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有機化学Ⅰ
講義資料
第6回「アルケンの構造と反応」
第6回「アルケンの構造と反応」
前回までは、アルカン・シクロアルカンを題材として、主に有機化合物の「構造」に
注目して学んできた。今回からは、いよいよ最初の官能基「炭素­炭素二重結合」が登
場し、有機反応を本格的に取り扱う。
炭素­炭素二重結合を持つ炭化水素をアルケン alkene と呼ぶ。今回は、最初にアル
ケンの構造的特徴について学び、次いでアルケンの代表的な反応である「求電子付加反
応」について学ぶ。
1. アルケンの命名法
最も単純なアルケンは、エテン ethene である。アルケンの名称は、二重結合に水素
をつけてできるアルカンの名称を元にして、末尾の -ane を -ene に変えたものである。
エテンの場合、二重結合に水素をつけてできるアルカンはエタン ethane であるから、
末尾の -ane を -ene に変えて ethene となる。
エテンは、慣用名の「エチレン ethylene」で呼ばれることも多い。慣用名 common
name とは、正式な IUPAC 命名法に従った名称ではないが、慣用的に使われているも
のである。
H
H
C C
H
H
注1:論文などでは慣用名を乱用することは好ましくないとされている。IUPAC は、「使用し
てもよい」慣用名の一覧を定めており、それ以外の物質については IUPAC 命名法による名称(組
織名)を使うことを勧めている。しかし、試薬メーカーのカタログや瓶ラベルは慣用名で記され
ていることが多く、悩ましい。
炭素原子が3つ以上になると、二重結合の位置が二通り以上可能になる。この場合は、
位置番号をつけて二重結合の位置を指定する。
4
3
2
1
4
3
2
1
CH3CH2CH CH2
CH3CH CHCH3
1-butene
2-butene
2. アルケンの構造
エチレンの二重結合とは、どんな結合なのだろうか。第1回で学んだ分子軌道の考え
方を思い出しながら、考えてみよう。エチレンの炭素原子は、水素原子2個および炭素
–1–
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原子1個と結合している。3本の結合はすべて同一平面上にあり、互いに約 120°の角
度をなす。
121.3°
117.4°
このように、同一平面上の3つの等価な結合を作るためには、2s, 2px, 2py の3つの
軌道を下のように混ぜ合わせればよい。
1
s
√3
√2 p
x
√3
=
+
1
s
√3
–
1
px
√6
+
+
1
s
√3
1 p
y
√2
–
=
1
px – 1 py
√2
√6
+
+
=
こうして生成した3つの軌道を sp2 混成軌道という。
エチレンの結合は、これらの sp2 混成軌道を使って、次のように作られる。4本の
C–H 結合は、炭素の sp2 混成軌道と水素の 1s 軌道が混ざり合ってできる。
H 1s
C sp2
結合性軌道
反結合性軌道
–2–
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また、C–C 結合は、2つの炭素の sp2 混成軌道が混ざり合ってできる。
C sp2
結合性軌道
C sp2
反結合性軌道
これで全部だろうか? いや、実は炭素の p 軌道が1つずつ残っている。混成軌道を
作る時に使ったのは、2s, 2px, 2py の3つの軌道だった。だから、2pz 軌道はそのまま残
っている。しかも、電子も1つずつ余っている。そこで、2つの炭素の 2pz 軌道が混ざ
り合って、結合性軌道に2つ電子が入り、結合を作る。
C 2pz
結合性軌道
C 2pz
反結合性軌道
以上の考察から、エチレンの C–C 結合は、異なる二種類の結合からできていること
がわかる。一つは sp2 軌道同士の重なりによる結合で、もう一つは pz 軌道同士の重なり
による結合である。これらの結合は、原子軌道の重なり方に特徴的な違いがある。sp2
軌道同士の重なりでは、原子軌道のお団子(ローブ)が互いに向き合うように重なり合
っている。一方、2pz 軌道同士の重なりでは、ローブが節面を共有するように重なりあ
っている。節面の両側では、位相が逆転する。
節面
σ(シグマ)結合
π(パイ)結合
ローブが向き合うように原子軌道が重なってできた結合をシグマ結合(σ結合)、ロ
ーブの一つの節面を共有するように原子軌道が重なってできた結合をパイ結合(π結合)
と呼ぶ。π結合の電子は、原子核が節面上にあるため、σ結合の電子と比べて原子核と
の結び付きが弱く、エネルギーが高い。このため、π結合の電子は化学反応に関与しや
すい。
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単結合と違って、二重結合は自由回転できない。C–C 結合周りの回転に関するエネ
ルギー図は下のようになる。ちょうど 90°回転したところでエネルギーが極端に高くな
ることがわかる。エタンやブタンの場合は、一番高いところのエネルギーが 3~6
kcal/mol だったから、桁が違っている。この障壁を越えて回転するには、分子に大き
なエネルギーを与えなくてはならない。実質的には、π結合を切断するのと同等のエネ
ルギーが必要になる。従って、室温で普通に存在している分子では、C–C 二重結合の
エネルギー (kcal/mol)
回転は起こらない。
60
40
20
0
0
120
240
360
H–C–H 二面角 ( )
二重結合が(通常の状態では)回転できないことから、ある種のアルケンには立体異
性体が存在する。
(立体異性体は第5回で学んだ。)特に、二重結合の両側の炭素に1つ
ずつ置換基がついている化合物については、2つの置換基が二重結合の「同じ側」にあ
る異性体と、「異なる側」にある異性体とが存在する。シクロアルカンの立体異性体と
同様に、
「同じ側」にある異性体を cis 体、
「異なる側」にある異性体を trans 体と呼ぶ。
H3C
C C
C C
H
H
H3C
CH3
H
H
cis-2-butene
CH3
trans-2-butene
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:分子式 C5H10 のアルケンをすべて書き、それぞれの系統的名称を答えなさい。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
3. アルケンの反応:求電子付加反応
アルケンの典型的な極性反応として、求電子付加反応 electrophilic addition reaction
がある。一例を下に示す。trans-2-ブテンと HBr が反応して、2-ブロモブタンが生成す
–4–
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る。この反応について、詳しく調べて行こう。
H
H3C
+
C C
H
H
H3C
H C C H
Br
CH3
H Br
CH3
化学反応は、
「何と何が反応して」
「何ができるか」によって特徴づけられる。反応前
の物質のことを「反応物」reactant、反応後の物質のことを「生成物」product と呼ぶ。
これからよく出てくる用語なので、覚えておこう。特に、「反応物」を「反応後にでき
た物質」と勘違いしないように(それは「生成物」)。
上の反応では、反応物(反応前の物質)は trans-2-ブテンと HBr、生成物は 2-ブロ
モブタンである。反応物の2つの分子に含まれる原子が、すべて生成物の1つの分子に
含まれており、失われる原子はない。このような反応を付加反応 addition reaction と呼
ぶ。
もう少し詳しく化学反応を論じるためには、
「どの結合が生成するか」
「どの結合が切
断されるか」「それら(結合の生成・切断)がどの順序で、なぜ起こるか」を知る必要
がある。このように、特定の結合の生成・切断とそのタイミング・原因を記述したもの
を反応機構 reaction mechanism という。本講義の主要な目標の一つは、代表的な有機
化学反応について、反応機構を説明できるようになることである。
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問:2-メチルプロペンとメタノールの付加反応で t-ブチルメチルエーテルが得られる。
反応式を書きなさい。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
4. 求電子剤と求核剤
アルケンに対する HBr の付加反応の反応機構を理解するための準備として、
「求電子
剤」と「求核剤」という概念について説明する。
すでに第1回に学んだ通り、有機反応の多くは「極性反応」である。極性反応とは、
電子豊富な原子や分子と電子不足の原子や分子との間で起こる反応である。極性反応の
典型的な例は、酸・塩基反応である。この反応は、正に分極して電子不足となっている
水の H 原子が、電子豊富な N から電子対を受け取ることによって進行する。
H
H N
+
H
H
!–
!+ O
H
H
H N H
+
O H
H
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電子不足の原子や分子で、電子対を受け取ることができるものを求電子剤
electrophile と呼ぶ。-phile は「∼を好む」という意味の接尾語なので、electrophile は
“electron(電子)を好む” という意味になる。求電子剤は、上のように正に分極した分
子の一部でもよいし、正電荷を持ったイオンでもよい(例:H+, NO2+など)。また、中
性分子であっても、オクテット則を満たしていないため求電子性を持つものもある
(例:BH3 など)。
一方、電子豊富な原子や分子で、電子対を与えることができるものを求核剤
nucleophile と呼ぶ。Nucleophile は “nucleus(原子核)を好む” という意味である。原
子核は正の電荷を持つものなので、求核剤とは要するに「正電荷のあるところを好む」
ものである。求核剤は、求電子剤に対して供給できる電子対を持っている。この電子対
は、上の例のようにローンペアであってもよいし、これから見るアルケンのようにπ結
合の電子であってもよい。
極性反応とは、求核剤が求電子剤に対して電子対を供給することで進行する反応であ
る、と言うことができる。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:次の反応は、いずれも求電子剤と求核剤の反応である。どちらが求電子剤か。
(1)
(2)
+ HCl
(3)
+ BH3
O
+ NH3
N
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
5. アルケンと HBr の反応:第一段階・カルボカチオンの生成
アルケンと HBr の反応に戻ろう。まず、2つの反応物の性質を調べてみる。
trans-2-ブテンは炭素­炭素二重結合を持つ。第1回で学んだ通り、二重結合はσ結
合とπ結合から成っており、2つの原子の間に4つの結合電子があるため、電子豊富で
ある。すなわち、trans-2-ブテンは求核剤として働く。特に、π結合の電子の反応性が
高い。
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反応性高い
σ(シグマ)結合
π(パイ)結合
一方、HBr は、H が正に、Br が負に分極した構造を持つ。この分極は、H と Br の
電気陰性度の違いによって起きるのだった。正に分極した H 原子は、求電子剤として
働く。
!+
!–
H
Br
これらの分子が近づくと何が起こるだろうか。求核剤である trans-2-ブテンのπ電子
は、求電子剤である HBr の H 原子と引きつけ合う。
π結合
(電子豊富)
引き合う
!+
!–
H
Br
この「電子豊富な分子と正の電荷を帯びた H 原子が引き合う」という状況は、第2
回に学んだ NH3 と H2O の酸・塩基反応に似ている。あの時と同じように、π結合の電
子が H 原子に向かってふくらんで行き、H 原子を包み込むように新しい C–H 結合を作
る。
Br
H
π電子が
Hに向かって
ふくらむ
Hが電子雲に
とりこまれる
C‒H結合が
できる
trans-2-ブテン
それと同時に、もともとあった H–Br 結合は切断される。H–Br 結合の電子は Br 上
に残ってローンペアになる。
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Hが電子雲から
H‒Br
電子はBr上の
はみ出す
σ電子
ローンペアに
なる
この時点では、Br はまだ C 原子とは結合していない。それは後の段階で起きる。す
なわち、求電子付加反応は二段階反応であり、上に示した反応はその第一段階となる。
第一段階の反応を化学式で書くと、次のようになる。
H
H3C
+
C C
H
H
H3C
H Br
C C H
H
CH3
CH3
+
Br–
この式が、先ほどの電子の流れと一致していることを確かめよう。まず、trans-2-ブ
テンのπ結合の電子は C–H 結合を作るのに使われる。このとき、左側の炭素原子(2
位の炭素原子)はπ電子を失うので、電子が1個足りない状態になる。つまり、2位の
C 原子は +1 の形式電荷を持っている。(「2位」というのは、「位置番号が2」という
意味である。)
H3C
H
C C H
2位の炭素原子
CH3
(形式電荷=+1) H
このように、炭素原子上に正の形式電荷を持つ化学種のことをカルボカチオン carbocation と呼ぶ。カルボカチオンは有機化学における非常に重要な化学種なので、
あとで詳しく取り上げることにする。
一方、Br は H と共有していた2個のσ電子を受け入れてローンペアにしている。つ
まり、価電子が1個増えているので、–1 の形式電荷を持っている。
(要するに、普通の
臭化物イオンである。)
(形式電荷=­1) Br–
さらに、巻き矢印を使って電子の動きを書き込んでみよう。先ほどローブの図で見た
通り、この反応での電子の動きは次の2通りである(これらが同時に起きる)。
(1) C–Cπ結合の電子が、C–Hσ結合の電子になる。
(2) H–Brσ結合の電子が、Br 上のローンペアになる。
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これらを表す巻き矢印は下の通りである。(1)の矢印の出発点は C–Cπ結合、到達点
は H 原子である。この矢印は、「C–Cπ結合の電子」が移動して、C–H 結合を作るこ
とを示している。一方、(2)の矢印の出発点は H–Brσ結合、到達点は Br 原子である。
この矢印は、「H–Brσ結合の電子」が移動して、Br 原子上のローンペアになることを
示している。右辺の Br 上には、生成するローンペアを明記しておこう。
H
H3C
+
C C
H
H3C
H Br
H
C C H
H
CH3
CH3
+
Br–
注2:(1)の巻き矢印は、「H と結合するのがどちらの C 原子か」を明示していない。これを明
示したいときは、巻き矢印の到達点を原子にせずに、新しく作られる結合を点線で表記して、
「結
合から結合に」巻き矢印をつける書き方もある。このように書けば、二重結合の右側の C 原子
が H と新しく結合を作ることが明示される。
H
H3C
H Br
C C
H
CH3
6. アルケンと HBr の反応:第二段階・カルボカチオンと求核剤の反応
さて、trans-2-ブテンと HBr の反応の第一段階は、カルボカチオンを生成する反応
であることがわかった。それでは、次の段階は何だろうか?
第一段階の生成物は、カルボカチオンと Br–である。このうち、カルボカチオンは正
電荷を持っており、求電子剤として働く。また、Br–は負電荷を持ち、求核剤として働
く。これらが互いに引き合って、反応すると考えるのが自然である。
電子の動きは下のようになる。Br–のローンペアが正電荷を持つ C 原子に向かって伸
びて行き、C–Br のσ結合を作る。
ローンペアが
–
Br
Cに向かって
ふくらむ
Cのp軌道と
混じり合う
C‒Br結合が
できる
カルボカチオン
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巻き矢印で書くと次のようになる。今回は、動く電子対が一組だけなので、巻き矢印
も一本になる。この巻き矢印は、「Br 上のローンペアの2つの電子が移動して、C–Br
σ結合の共有電子になる」ことを表している。
H
H3C
H C C H
Br
CH3
H
H3C
C C H
H
CH3
+
Br–
注3:左辺では巻き矢印が「上から」C 原子に向かっているが、右辺では Br 原子は「下から」
結合している。これはこのままで構わない。巻き矢印は、「電子対がどの原子とどの原子を結び
つけるか」を表示するだけであり、生成する結合の空間的な向きを表示するものではないからで
ある。
以上をまとめると、trans-2-ブテンと HBr の反応は、下のような二段階で起きると
言える。これがこの反応の「反応機構」である。
H
H3C
H
H3C
H Br
H
C C H
H
CH3
Br–
H
H3C
H C C H
Br
CH3
H3C
+
C C
CH3
H
C C H
H
CH3
+
+
Br–
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:シクロヘキセンに対する HBr の付加反応の反応式を書き、反応機構を巻き矢印で
示しなさい。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
7. カルボカチオンの構造と安定性
カルボカチオンは、有機化学における重要な反応中間体の一つである。カルボカチオ
ンの構造と基本的な性質について、ここで学んでおこう。
最も簡単なカルボカチオンは、メチルカチオンである。
H
H
C
H
methyl cation
C 上のプラスの形式電荷は、価電子が一つ減っていることを意味している。すなわち、
この C 原子の価電子は3個である。この3個の価電子が、3つの H 原子と一つずつσ
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結合を作る。従って、C 原子の最外殻電子は6個となる(共有結合1本あたり2個の電
子と数える)。最外殻電子が8個に満たないため、カルボカチオンはオクテット則を満
たしていない。
メチルカチオンの C–H 結合はどのような原子軌道からできているのだろうか。C に
結合している原子は3つしかない。もし C 上にローンペアがあれば、ローンペアを含
めて「4つの電子対」を収めるために sp3 混成になるが、カルボカチオンにはローンペ
アがないので、結合を作る軌道は3つあれば十分である。そこで、C は sp2 混成になり、
3つの sp2 混成軌道を使って C–H 結合が作られる。すなわち、メチルカチオンは平面
構造である。
H 1s
結合性軌道 反結合性軌道
C sp2
sp2 混成軌道ということは、C の p 軌道が1つ余っているはずだが、それはどうなっ
ているのだろうか。最外殻電子は6個しかなく、これらは C–H の3つの結合性軌道に
2つずつ入っているので、この p 軌道は空っぽのままのはずである。
空のp軌道
この「空の p 軌道」の存在は、カルボカチオンの性質、およびカルボカチオンを経由
する反応に対して、大きな影響を与える。詳しくは、次回以降に学ぶことにしよう。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:(1) エチルカチオンのケクレ式を書きなさい。(2) エチルカチオンの C–C 結合はど
んな軌道の重なりでできているか説明しなさい。(3) エチルカチオンの空軌道を図示し
なさい。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
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8. まとめ
・ 炭素­炭素二重結合を持つ炭化水素をアルケンと呼ぶ。
・ アルケンの名称は、対応するアルカンの末尾の –ane を –ene に変えて得られる。
・ s 軌道と2つの p 軌道が混ざり合うと、平面上で互いに 120°の角をなす3つの軌道
が形成される。これを sp2 混成軌道と呼ぶ。
・ 2つの原子軌道のローブが向き合うように混ざり合ってできる結合をσ(シグマ)
結合と呼ぶ。また、2つの原子軌道が節面を共有して、その両側でローブを重ね合わ
せてできる結合をπ(パイ)結合と呼ぶ。エチレンの C=C 二重結合は、σ結合1つ
とπ結合1つから成る。π結合の電子はエネルギーが高いため、反応に関与しやすい。
・ 炭素­炭素二重結合は、通常の条件では自由回転しない。このため、立体異性体が
存在する場合がある。二重結合の両側の炭素に1つずつ置換基がついている場合、置
換基が二重結合の同じ側にあるものを cis 体、異なる側にあるものを trans 体と呼ぶ。
・ 化学反応において、反応前の物質のことを反応物、反応後の物質のことを生成物と
呼ぶ。
・ 反応物に含まれる原子がすべて生成物の1つの分子に含まれるような反応を、付加
反応と呼ぶ。
・ 化学反応において、どの結合の生成・切断がどの順序でなぜ起こるかを記述したも
のを反応機構と呼ぶ。
・ 電子不足な反応物を求電子剤、電子豊富な反応物を求核剤と呼ぶ。極性反応は求電
子剤が求核剤に対して電子対を供給することで進行する反応である。
・ アルケンの典型的な極性反応として、求電子付加反応がある。
・ 求電子付加反応は二段階で進行する。第一段階は、求電子剤が二重結合に攻撃する
ことによるカルボカチオンの生成である。第二段階は、カルボカチオンと求核剤の反
応である。
・ カルボカチオンは炭素上に正の形式電荷を持つ分子である。カルボカチオンの中心
炭素は最外殻電子を6個しか持たず、オクテット則を満たさない。
・ カルボカチオンの中心炭素は sp2 混成であり、平面構造をとる。
・ カルボカチオンの中心炭素には、空の p 軌道がある。
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