テーマ 骨格筋の糖取込みに対するストレッチの作用について 薬学部 薬理学分野 小 原 一 男 連 絡 先 TEL:054-264-5693 FAX:054-264-5696 キーワード 骨格筋;糖取込み;ストレッチ;GLUT4;血糖値 研究のアピールポイント 食物、サプリメントおよび薬物と受動的伸展刺激(ストレッチ)を組み合わせることにより、より効 果的に血糖値をコントロールできる可能性を科学的に証明する。 研究の目的・概要 近年、わが国においても、心筋梗塞や脳卒中に代表される致死的心血管疾患の頻度は着実に増加し ており、その対策は急務である。心血管疾患の主要因である動脈硬化の多くは、肥満、耐糖能異常、 高血圧、脂質代謝異常といった複数の原因が重積して発症することから、最近ではこれらを「メタボ リックシンドローム」と呼称することで、病態解明、診断、治療の明確なターゲットとして捉えるよ うになった。このメタボリックシンドロームの改善には、食事および薬物療法とともに、運動療法が 極めて重要な位置を占める。しかし、運動療法の有効性に関する科学的根拠は未だ薄弱である。とこ ろで、運動の際には、エネルギー消費に加えて、骨格筋細胞に「ストレッチ刺激」も加わる。しかし、 「ス トレッチが骨格筋細胞に及ぼす影響」については、これまで詳細な検討はなされてこなかった。我々 は最近、摘出マウス下肢骨格筋において、5分間という短時間の周期的(1 Hz)ストレッチにより、糖 輸送担体GLUT4の細胞膜へのトランスロケーション(移行)や糖取込みが促進されることを見出した。 すなわち、運動をしなくても、骨格筋をストレッチするだけで、骨格筋細胞への糖取込みが促進され、 血糖値を下げられる可能性が示唆される。 本研究では、骨格筋細胞においてGLUT4の移行と糖取込みを引き起こすストレッチの刺激受容応 答機構の全貌を明らかにするとともに、ストレッチを取り入れた2型糖尿病の新規治療法の開発を視 野に入れて、ストレッチと食物や薬物との併用効果を明らかにすることを目的とした。 ストレッチ刺激を与えたマウス後肢骨格筋から遠心分離法により調整した膜分画へのGLUT4の移 行を検討した結果、ストレッチによりGLUT4は細胞内膜分画(IM)から細胞膜分画(PM)へ移行する ことが明らかとなった。この結果は、インスリンやエクササイズによりGLUT4が細胞内膜分画(IM) から細胞膜分画(PM)および横行小管系(TT)へ移行する結果とは異なっていた。また、ストレッチ により糖取り込みは増加したが、その増加量はインスリンやエクササイズによるものに比べ少なかっ た(図1A)。一方、インスリンによるGLUT4の移行にはAktが、また、エクササイズによるGLUT4 の移行にはp38MAPKおよびAMPKの関与が示唆されている。エクササイズはAMPK、Aktおよび p38MAPKを活性化したが、ストレッチは、AMPKの活性には影響を与えず、Aktおよびp38MAPK を活性化した(図1B, C, D)。 近年、PI3キナーゼ-Akt経路の活性化とカベオリンの関係が示唆されている。また、カベオリンは 機械的刺激を受容するメカノセンサーの一つと考えられている。PI3キナーゼとカベオリン3の局在 を、共焦点レーザー顕微鏡を用いた免疫組織染色法を用い て検討した結果、ストレッチを与えたマウス骨格筋では、 PI3キナーゼとカベオリン3が細胞膜上で共存することが明 らかとなった。すなわち、ストレッチにより、PI3キナーゼ が細胞膜へ移行し、カベオリン3と相互作用することが示唆 された。 図1. 糖 取 り 込 み(A)、AMPK(B)、Akt(C)お よ びp38MAPK(D) 活性に対するエクササイズ (Ex)およびストレッチ(St)の影響. Ins:インスリン 以上の結果より、骨格筋に対するストレッチ刺激は、PI3キナーゼ−Akt経路およびp38MAPKの活 性化を介してGLUT4を細胞膜へと移行させ、糖取り込みを促進することが示唆された。 骨格筋においては、ストレッチおよびインスリンによる糖取込みにPI3キナーゼ−Akt経路が関与 していることから、ストレッチ刺激受容応答機構のさらなる検討が必要と考えられる。 産学連携について 食品、サプリメント製造業、製薬業等との連携が可能 未来のビジョン 実生活のこんな場面に活用できます メタボリックシンドロームの改善には、食事および薬物療法とともに、運動療法が極めて重要な位 置を占めている。しかし、老人や身障者など運動療法ができない場合がある。このようなとき、第三 者(介護者など)が手足を伸展させてやることで、血糖値を下げることができる。また、本研究により 明らかにされる伸展誘発性糖取込みに関与する因子を食物、サプリメントおよび薬物で制御すること で、伸展による糖取込みをより効果的に行うことができる。 将来はこうなる!こうなって欲しい! 食物やその主要成分(例えば、お茶カテキン類など)を上手に組み合わせることで運動療法がより効 果的になり、メタボリックシンドロームの予防・改善ができるようになる。また、薬物との併用効果 を高めることで、副作用などの薬害をより少なくできることが期待される。
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