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エピソードで綴るパリとフランスの歴史 質 疑 応 答 〔回答は常体で標記〕 1.

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エピソードで綴るパリとフランスの歴史
第6回:フランス料理 — イギリス料理との比較において—(6 月 4 日)
質 疑 応 答 〔回答は常体で標記〕
1.
ブエノスアイレスの地下鉄の件、ありがとうございます、本当に。私もテレビは
見たのですが、やっぱり、イギリスとアルゼンチンと日本の地下鉄の話がつなが
りませんでした。さすがです。嬉しい、本当に嬉しい。仲間に受け売りします。
イギリスの地下鉄はフランスより小さかったので日本は・・・などとテレビでは
言っていましたが、それがなぜアルゼンチンから・・・という不思議でした。あ
りがとうございました。
そこまで言われると、ひとえに縮み入るしだいである。私自身、中南米のことは詳し
くない。教師として、ブラジルからの日系留学生(大学院生)と接触したとき、自分の
知らなさ加減を思い知らされた思い出がある。日本で世界史というとユーラシア大陸と
北米だけであって、他の世界がものの見事に吹っ飛んでいる。しかも、日本の高校教育
では「日本史」と「世界史」がまるで別科目のようにきれいに“分割”されているが、
その「世界史」さえ、北半球中心という極端な偏りぶりだ。
ところが、中南米の人々は日本のことは実によく知っている。これには驚き入るばか
りだ。われわれのほうが相手のことを知らないゆえに、端なくもこうした面が表に出る
のかもしれない。彼らはアメリカへの反感の裏返しとして ― 第二次大戦で巨人アメ
リカと堂々とわたりあった小国日本という構図で見る ― 日本を理想化する面もある
ようだが ―。 初対面であっても私が日本人であることがわかると、その親近感の吐露
ぶりは異常なほどに感じる。
2.
昔、世界三大料理はフランス、中国、トルコと聞いていました。20 年くらい前、
親日家で日本へ 11 回来たことのある墨絵画家(トルコ人)がトルコ料理より日
本の料理のほうがおいしいよ」と言っていました。トルコ料理はなぜ? 交って
いるから・・?
名物ランキングなどで「日本三大景勝」
「日本三大温泉」
「日本三大うどん」というよ
うな言い方がしばしばなされる。
だが、
それをありがたく信じ込むのはお人好しである。
よくよく吟味してみると、第一位、第二位はだれでも認めるものだが、第三位が曲者で
ある。ご当地名物を売り出すため、第一位、第二位に伍する逸品というようなかたちで
PR文句として使われる場合が多い[注 1]。
[注 1]昨年 12 月、伊香保温泉に行ったとき、
「日本三大石段」にというもの出くわして面喰った。こう
したPR文句をちゃかして「世界三大がっかり」というものもあるからおもしろい。
「ブリュッセルの
小便小僧」
「シンガポールのマーライオン」
「コペンハーゲンの人魚姫」がそれらだ。
「マーライオン」
は今や造りなおされたから、
「シドニーのオペラハウス」が昇格したとかなんとか・・・。
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さて、本題に戻ろう。
「世界三大料理」は昔、確かにそう言われていた。質問にあるよ
うに、フランス料理、中華料理、トルコ料理であり、列挙の順番もこの順だ。トルコ料
理はつけ足しや上記のようなPR文句と無関係に、
正真正銘の美味で有名な料理である。
現に、今のパリでもトルコ料理店は多い。近年、トルコ人のフランスへの流入が激しい
作用もあるが、急激に増えてきた感じはある。トルコ料理は、私自身が惣菜屋でいろい
ろな食品を購入し食したかぎりでいうと、まちがいなく、安価で美味しいとは言ってお
かねばならない。
上記3料理のいずれも大帝国における宮廷料理として発展してきた背景をもち、王や
皇帝が領土内の各地方・各民族の料理法を組みあわせ、珍味の食材を蒐集し、国富を背
景に多くの料理人を召しかかえて腕を競わせた結果、多彩で豪華な料理文化が発達する
という共通の歴史をもつ。
トルコ料理は特に 19 世紀になってその欧州でのステータスが揺るぎはじめ、
(ヨーロ
ッパにとって)危険な帝国でなくなるにつれ、その文化的な側面がクローズアップされ
てきた。その実例が建築スタイルであったり料理(コーヒーを含む)であったり、そし
てハーレムであったりしてブームを起こす。おりしも「オリエント急行」という鉄道ル
ートの開設(1883 年)により、
「オリエント」とはまさしくトルコと同義で、そこの文
化の何もかもがヨーロッパに入ってきたのだ[注 2]。
[注 2]女性の垢すり師が個室部屋で男性に奉仕する「トルコ風呂」は日本起源のように思われて
いるが、実はこれも西洋におけるオリエンタリズムのなかで西洋に紹介されて始まったものであ
り、日本に入ったのは 1950 年代初めのころである。1964 年の東京オリンピックで一躍有名にな
り、トルコ人青年による抗議が起点となってこの呼称が取りやめになった。
しかし、しょせんブームはブームであり、徐々に欧州におけるトルコの文化趣味は飽
きられ、これに代わるものとしてインドやシャム、そして日本がクローズアップされる
ようになる。もともと、美味、造形美、工芸美、
(美人も)などの優劣は簡単に決められ
ものではなく、評判や知名度で暫定的な順位を占めるにすぎない。ましてやメディアが
決めるべきものでもない。一時のブームが終わったとき、人気投票と同じくランクダウ
ンしていくのは避けがたいものである。料理の世界でトルコに代わって上位の座を占め
たがイタリア、インド、日本であることは言うまでもない。フランス料理とてこの先ず
っと「世界三大料理」の地位を維持できるとは限らない。
「モード」もそうであり、
「映
画」もそうである。
3.
フランス人の肉料理へのこだわりは大きな驚きをもたらした。グルメというより
食いしん坊といった感覚である。そこで大食に対するものとしてフランス人はチ
ーズに対してのこだわりも大きなイメージがある。これは果たしてどこから来た
ものなのか。単純に考えれば、栄養摂取の効率だろうか.
いい質問であるとともに、わたしには答えるのに荷の重い問いである。おそらく質問
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者のほうが私より豊かな知識をもっているものと推察する。栄養面についての記述はむ
りなので、留学経験者として印象的なものにとどめざるをえない。
たしかに、フランス人は「チーズ狂」の評判をとるほどにチーズにうるさい。彼らが
外国に出て、当地で真先に賞味するのはチーズである。知人のフランス人が言っていた。
「日本に来て驚いたのはこの国でチーズの種類が少ないのと、眼が飛び出るほどに値段
が高い」
、と。そういえば、海外に出てまず懐かしむのは「フランス人のチーズ味、日本
人のしょうゆ味」という話を聞いたことがある。
チーズの生産量でアメリカがダントツのトップの座を占め、フランスは世界第 4 位だ
が、対人口比率に直すとこれまたダントツのトップである。一人当たりの年間摂取量は
26.3 ㎏と、第二位のアイスランドの 24 ㎏に大きく水を空けている。生産量の順位第7
位までをヨーロッパ勢が占めるところから、ヨーロッパ人はおしなべてチーズ狂である
と言ってよい。日本などは生産量において世界百位にも入らないのではなかろうか。
まず、フランスの食料品店には店の大小を問わず必ずチーズコーナーがあり、その売
り場面積も半端ではない。だいいち、チーズ専門店のあること自体がその「キチガイ」
ぶりを示している。お祭りの時には必ずチーズ売りの屋台が出る。チーズ屋台の出ない
(ブドウ酒もそうだが)お祭りなどおよそ考えられない。その場でこれらを食べたり飲
んだりできるからこそお祭りなのである。
「コウベ牛」
「マツサカ牛」もフランス人はよく知っている。これはかれらが「日本食」
を語るときに必ず出てくる名前である。要するに、垂涎の的ということだ。私が 1974
年の最初の留学時に大家さんから「日本では牛をと畜する前にビールを飲ませるそうだ
が、それは本当か?」という質問を受けてドギマギした。ごくふつうの中産階級ですら
こうした知識をもっているのだ。和牛と較べると、フランスの牛肉は靴のゴム底を食べ
ているように硬い。だから、美味しくもなんともない。小生が子どもの頃によく食べた
鯨肉の食感に近い。よって、小生のパリ生活では豚肉のほうを好んだ。
4.
仏では昼寝の習慣はあるのか。
スペインやイタリアで見られるシエスタ siesta がフランスにもあるか? という質問
には答えやすい。フランスでは制度的にも実質的にもない。なぜなら気候が温暖だから
だ。一方、スペインやポルトガルの夏はとにかく酷暑そのもので、屋内における仕事で
も苦痛以外のなにものでもない。時に 50 度を超えるという。
私も旅行中のセヴィージャ(セビリア)で経験したが、その時(8 月初旬)の日中の
気温が42 度、
列車待ちのプラットホームでも41 度だった。
「居ても立ってもおられない」
とはまさにこのことを言う。これほどの高温になると、湿度の高低で快・不快が分かれ
るようなこともない。ただ、息をするだけでも辛い。
このため、スペイン人は午前中の朝 9 時から~12 時までが仕事(学校)で、その後昼
食をとって午後 1 時~3 時までがシエスタ(昼寝)
、午後の仕事は 4 時~8 時である。シ
エスタの時間はお店もすべてシャッターを閉めて家路に就く。かくて、通りに人っ子ひ
とりいなくなる。だが、このスペインも十年ほど前から公務員はシエスタ制を廃止した
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という。冷房が普及したからだそうだ。
しかし、上には上がある。フランスで知り合ったシリア人から訊かれたことがある。
― 日本は暑いそうだが、何度になる?
― 35 度くらいにはなる
― なんだ、そんなもんか! わがシリアでは 56 度になる
他にシエスタ制のある国はギリシャ、トルコ、マグレブ諸国、中近東諸国、インド、
ヴェトナム、中米などである。そう、アルゼンチンもそうだ。アルゼンチンはそれほど
暑くないのにシエスタ制があるのはおそらく旧スペイン領であって、その習慣をもちこ
んだからでなかろうか。
5.仏の中産階級の食費の比率は、英・日との比較では?
質問主旨はエンゲル係数の比較のことと推察する。エンゲル係数とは家計支出に占め
る飲食費の割合である。
一般に、
エンゲル係数の値が高いほど生活レベル低いとされる。
これは、食費(食糧・水など)は生命維持の関係から(嗜好品に比べて)極端な節約が
困難とされるためであり、これをエンゲルの法則という。以下に主要国のエンゲル係数
を列強してみよう。統計は 2011 年にOECDが集計したものである。質問には「中産階
級」とあるが、これは定義が難しいため、階級を無視し国民全体の表示にした。
(米)15.2 (独)19.7 (豪)20.4 (加)20.9 (瑞典)21.8
(英)22.5 (韓)23.3 (日)23・6 (仏)23.8 (伊)26.0
(葡)29.9 (希)30.9 (西)34.0
仏・英・日のエンゲル係数はほぼ同一レベルとみてよい。上記で目につくのは韓国の
エンゲル係数が低いことであり、仏・英・日の 3 国と肩を並べている。
念のために、経済史の観点から工業化がいかにエンゲル係数の低下に寄与しているか
を見てみよう。これをみると、
「食うための闘い」がいかに大きかったかがわかる。
工業化以前(15~18 世紀)のヨーロッパではどの国、どの地域でも軒並み 80~70 で
ある。工業化の早かったオランダ(17 世紀末)ですら 60 である。つまり、人々の稼い
だカネはほとんど「食」にまわり、残りは家賃・間借り賃に消え、
「衣」はほとんどない!
というありさまだった。工業化によって暮らしは豊かになってきたのである。
一方、19 世紀末になって急激に工業化を果たした日本ではどうか。<1870 年> 80;
<1948 年> 60; <1960 年> 38.8; <1975 年> 30.6; <2005 年> 21.5。順調に
エンゲル係数は落ちてきているが、2005 年を境に最近 10 年間は高くなりつつある。2014
年に 24 を超したという報道があった。まちがいなく「失われた 20 年」の影響である。
(c)Michiaki Matsui 2015
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