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◆ 2014 年 8 月 29 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 民法(家族法)No.76
文献番号 z18817009-00-040761103
実母と養父の共同親権に服している子の実父への親権者変更の可否
【文 献 種 別】 決定/最高裁判所第一小法廷
【裁判年月日】 平成 26 年 4 月 14 日
【事 件 番 号】 平成 25 年(許)第 26 号
【事 件 名】 市町村長処分不服申立ての審判に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件
【裁 判 結 果】 棄却
【参 照 法 令】 民法 818 条 2 項・819 条 6 項、戸籍法 121 条
【掲 載 誌】 裁時 1602 号 1 頁
LEX/DB 文献番号 25446367
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事実の概要
らせば、戸籍記載をしないで放置することが、子
X男(申立人・抗告人)とB女は、平成 14 年 8
は理由があるとして認容した。これに対し、第二
の福祉に反する結果になるから、Xの不服申立て
月に婚姻し、Aをもうけたが、平成 18 年 10 月、
審である仙台高等裁判所は、平成 25 年 6 月 25 日、
Aの親権者をBと定めて協議離婚した。Bは、平
成 20 年 1 月、Cと再婚し、Cは、同年 3 月、A
離婚して親権者となった実親の一方が再婚し、子
がその再婚相手と養子縁組をして当該実親と養親
の共同親権に服する場合、民法 819 条 6 項に基
と養子縁組をした。Cは、Aに対し、しつけと称
して体罰を繰り返し、平成 23 年 1 月、Aの通う
づく親権者の変更をすることはできないから、別
小学校から児童相談所及び警察への虐待の通告が
された後、Aは同年 4 月まで児童相談所で一時
件審判は同項の解釈を誤った違法なものであり、
保護された。こうした事実を知ったXがAの親権
法規に反することが形式上明らかであるから、Y
者をB及びCからXに変更することを求める調停
が本件届出を不受理とする処分をしたことに違法
を福島家庭裁判所に申し立て、審判に移行した後、
同裁判所は、平成 24 年 1 月、Xの申立てどおり、
はないとして、原々審判を取り消し、Yの申立て
Aの親権者をB及びCからXに変更する審判を
に抗告した。
した(別件審判)。B及びCは、別件審判に対し
即時抗告したが、仙台高等裁判所は、同年 3 月、
決定の要旨
民法の予定しない申立てを認容したもので、実体
を却下した。これを不服として、Xは最高裁判所
同即時抗告を棄却する決定をし、別件審判が確定
した。同年同月、Xは親権者変更の届出をしたが、
最高裁判所は、以下の1、2を理由として、原
Y市長(相手方・被抗告人) は本件届出を不受理
とする処分をし、同年 5 月、Xに対し、不受理
決定を破棄し、原々審判に対する抗告を棄却した。
証明書を交付した。そこで、Xは戸籍事務管掌者
1 民法 819 条の規定の構造や同条 6 項の規
であるYの本件処分が不当であるとして、戸籍法
121 条に基づき、Yに本件届出の受理を命ずるこ
定の文理に照らせば、子が実親の一方及び養親の
とを申し立てた。
平成 24 年 12 月 25 日、第一審の福島家庭裁判
実親に変更することは、同項の予定しないところ
所は、確定した別件審判が明白に法令に反してお
で子の保護の観点から何らかの措置をとる必要が
り、戸籍記載が戸籍関係法規に反して許容できな
あるときは、親権喪失の審判等を通じて子の保護
いということはできず、特に本件の個別事情に照
を図ることも可能であるから、同項に基づき、子
vol.16(2015.4)
共同親権に服する場合、子の親権者を他の一方の
であり、親権者による親権の行使が不適切なもの
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新・判例解説 Watch ◆ 民法(家族法)No.76
の親権者を他の一方の実親に変更することはでき
当事者の協議だけで親権者を変更することができ
ない。
ない。
離婚によって子の親権者となった父又は母が再
2 審判による親権者の変更は、審判の確定に
婚し、父又は母の配偶者が子と養子縁組した場合、
よって形成的に親権者変更の効力が生じ、戸籍事
子は養親とその配偶者である実親の共同親権に服
務管掌者の戸籍の届出についての法令違反の有無
することになる1) が、民法 819 条 6 項に基づき
を審査する権限の範囲は、法令上裁判所が判断す
親権を有しない父又は母から親権者変更の申立て
べきものとされている事項についての確定審判に
基づく戸籍の届出の場合には、当該審判の無効を
ができるかどうかについては争いがある。
肯定説にたつ判例は 1 件のみで、判例・学説
もたらす重大な法令違反の有無に限定されるか
はともに否定説が大勢である。親権を有する実親
ら、たとえ当該審判が誤った法令の解釈に基づく
ものであったとしても、当該審判が無効であるた
に対してのみ親権者変更を申し立てた事例におい
て、否定する理由として、盛岡家審昭 38・10・
めその判断内容に係る効力が生じない場合を除
25(家月 16 巻 2 号 81 頁)は、
「この変更が許され
き、当該審判の法令違反を理由に親権者変更の届
るためには、親権者の親権が依然単独行使の状態
出を不受理とする処分をすることはできない。
にあることを要する。……この場合も実親の親権
は単独行使の状態にないので、その親権を他の一
判例の解説
方に変更することは許されないものと解する。も
一 本決定の意義
同行使を当然のこととしておるのに、もし、以上
本件は、離婚後、子の親権者とならなかった実
の場合実親の親権を他の一方に変更することがで
ともと、民法は、親権は婚姻中にある父と母の共
父が、当該子の親権者を実母及び養父から実父に
きると解すると婚姻関係にない―あり得ない―2
変更する審判に基づき親権者変更の届出をしたと
名の男性または 2 名の女性の親権者が同時に存在
ころ、戸籍事務管掌者が当該届出を不受理とする
するという、民法の全く予想だにしなかった事態
処分をしたことが不当であるとして争った事案で
が生ずることになるし、また、この 2 名の親権は、
ある。従来から議論のあった実親の一方と養親の
いたずらに衝突反ぱつして事端を繁くし、子の福
共同親権に服している子の親権者変更の可否につ
いて、さらに本件のような親権者変更の届出につ
祉を目的とする親権が正しく行われない結果を招
くであろう。」とし、東京高決昭 48・10・26(判
いての戸籍事務管掌者の審査権限の範囲につい
時 724 号 43 頁)は「
、親権に関する実定法の各規定、
て、最高裁判所が初めて判断した点で注目される。
なかんずく民法 819 条の文言及び趣旨からみて、
法は、親権者変更なる観念及び手続を、子が一方
二 実親の一方と養親の共同親権に服している
の単独親権に服している場合に限っているとみる
子の親権者変更の可否
べきであり、本件の如く、子が既に単独親権者で
未成年の子に対しては父母が親権を有し、共同
あった実母と、これと婚姻し子と養子縁組した養
して親権を行使する(民法 818 条 1 項・3 項)。し
父との共同親権に服しているような場合には、子
かし、父母が離婚した場合には、父母の一方を親
権者と定めなければならない。民法 819 条 1 項
は、親権制度本来の姿である共同親権に服するこ
ないし 5 項までの規定により父母の一方に親権者
の単独親権に変更する余地は全くない」としてい
が定められている場合において、子の利益のため
る。本件のように、親権を有する実親及び養親の
に必要があると認められるときは、家庭裁判所が、
両名に対して親権者変更を申し立てた事例におい
子の親族の請求によって、親権者を他の一方に変
ても、上記と同様の理由付けにより、申立てを認
更することができる(同条 6 項)。親権者の変更は、
めていない2)。学説の大勢も判例と同様、否定的
必ず家庭裁判所の審判又は調停によって行うこと
である3)。本件において、最高裁は否定説を採用
を要し(家事事件手続法 39 条別表第 2 の 8 の項)、
した。
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ととなったのであるから、これを従前の他の一方
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新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 民法(家族法)No.76
肯定説にたつ大阪高決昭 43・12・24(家月 21
をもたらす重大な法令違反の有無」に限定される。
巻 6 号 38 頁。親権を有する実親及び養親の両名に対
したがって、上記二でみたように、民法 819 条 6
して親権者変更を申し立てた事例) は、
「新憲法の
項に基づき、親権者変更はできないと解釈される
下における親子法は子の福祉を度外視して考える
ので、別件審判は法令の解釈に誤りがあるが、
「し
べきではないこと多言を要しないところであると
つけの名の下に体罰を繰り返してきたことなどか
ともに、本件のごとく、親権者を有する者が再婚
ら」親権者変更を認めたものであり、このような
し、新しい配偶者が養子縁組により共同親権を行
解釈がなされたことが直ちに別件審判を無効とす
使するに至った場合にも、若しこの再婚自体が子
るとはいえない、すなわち、別件審判の無効をも
の幸福のため好ましいものでない場合には、先き
たらす重大な法令違反はなかったという判断をし
に離婚により親権者でなくなった親は、子の幸福
たことになる。どの程度あるいはどのような法令
のため右の共同親権を行使する両名を相手方とし
て前記法条に基づいて親権者変更の申立をするこ
の解釈をすれば、審判を無効にするほど「重大な
法令違反」といえるのか。民法 819 条 6 項によ
とを許されるものと解すべきである。
」と判示し
る親権者変更の申立ては解釈上認められないが、
ている。(ただし、当該事件においては親権者の変更
少なくとも、本件のように養父による虐待があっ
を認めることは相当ではないとした。
)
た場合には、家裁が同規定の解釈を誤って親権者
離婚に際して親権者とならなかった親の法的地
変更を認めたとしても、その審判を無効にするほ
位については、親権を行使する者だけが親権者で
どの重大な法令違反はなかったことになる6)。
あって、他方の親は親権者でないとするのがこれ
までの通説であった 4) が、近時は、非親権者に
何らかの法的地位を認めようとする見解が有力に
四 普通養子縁組との関係
養子となる者が 15 歳未満であれば法定代理人
なっている。こうした見解は、単独親権者死亡の
の承諾により普通養子縁組が可能であるが、法定
際、後見が開始するが、停止された親権が親権者
代理人のほかに監護者がいる場合、養子となる者
変更の審判によって復活することもありうるとす
の父母で親権が一時停止されている場合には、そ
るなど家裁実務に大きな影響を与えている。本件
の者の同意を必要とする(民法 797 条 2 項)。しか
のような実親と養親の共同親権の場合にも、親権
し、父母の一方が親権者にも監護者にもならない
を行使しない父母は親権行使の資格を失うもの
場合には、養子縁組への同意は不要となる。また、
の、親権行使につき子の権利の実現にかなうよう
未成年者を養子とするときには家裁の許可を必要
な内容を与える義務及び何が子の権利実現に対応
とするが、自己又は配偶者の直系卑属を養子とす
したものかを決定する権利は停止されず、これら
るときには家裁の許可は不要とされている(798
の権利義務の変形として、単独親権行使資格者に
条ただし書)。したがって、離婚後、親権者とな
対する一種の監視権を有し、それに基づき親権者
らなかった親は、自らが知らないうちに養子縁組
変更の申立てをなす権利を有するとする見解があ
が成立し、子の親権者が決められてしまう。離婚
る5)。
後、親権者となった一方の親が他方の親権者とな
らなかった親からの親権者変更の申立てを阻止す
三 親権者変更の届出と戸籍事務管掌者の審査
るために養子縁組をすることもある。実親と養親
権限の範囲
の共同親権の場合に、親権者変更の申立てが認め
最高裁のいう戸籍事務管掌者である市長村長が
られないとすると、本件のように養親による虐待
有する「法令違反の有無を審査する権限」とは何
等、子の福祉に反するような事態が生じている場
か。本件の場合、法令違反の有無を審査するとい
うことは、実質的には民法 819 条 6 項の解釈が
合には、養親から親権を剥奪するには親権喪失等
適法であったか否かを審査するということになろ
普通養子縁組制度の不備を前提とすると、子の福
う。つまり法令解釈権が市長村長にあるというこ
祉という観点から、親権者変更の申立てについて
とになる。しかし、その範囲は「当該審判の無効
も、検討の余地があるかもしれない。
vol.16(2015.4)
の審判の申立てをするしかない。こうした現行の
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●――注
1)我妻栄『親族法』(有斐閣、1961 年)323 頁等。
2)金沢家審昭 44・6・3 家月 22 巻 3 号 84 頁、東京家審
昭 52・11・11 家月 30 巻 5 号 133 頁。
3)於保不二雄編『注釈民法 (23) 親族』(有斐閣、1996 年)
58 頁[山本正憲]、中川淳『親族法逐条解説』(日本加
除出版、1977 年)346 頁、山本正憲「実親の一方と養
親との共同親権の場合と他方実親への親権者変更」中川
淳編著『家族法審判例の研究』
(日本評論社、1971 年)
136 頁、山名学「子が一方の実親と養親の共同親権に服
する場合の他方の実親の親権者変更の申立ての可否」
『家
事審判事件の研究 (1)』(一粒社、1988 年)176 頁。
4)我妻栄『親族法』(有斐閣、1961 年)320 頁。
5)川田昇『親権と子の利益』
(信山社、2005 年)19 頁以下。
6)松原正明判事は、家庭裁判所の法令解釈と市長村長の
法令解釈とが対立する場合には家庭裁判所の解釈が優先
するものと解さざるを得ないという。同「戸籍事務管掌
者の違法処分に関する救済方法」判タ 747 号(1991 年)
412 頁。
東洋大学教授 中村 恵
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