ローライブラリー ◆ 2014 年 7 月 25 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.83 文献番号 z18817009-00-010831079 ダンスクラブの無許可営業が風営法に違反しないとされた事例 【文 献 種 別】 判決/大阪地方裁判所 【裁判年月日】 2014(平成 26)年 4 月 25 日 【事 件 番 号】 平成 24 年(わ)第 1923 号 【事 件 名】 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反被告事件(NOON 事件) 【裁 判 結 果】 無罪 【参 照 法 令】 憲法 21 条 1 項・22 条 1 項・31 条、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する 法律(昭和 23 年 7 月 10 日法律第 122 号、最終改正:平成 24 年 4 月 6 日法律第 27 号) 2 条 1 項 3 号 【掲 載 誌】 裁判所ウェブサイト LEX/DB 文献番号 25503643 …………………………………… …………………………………… 置いて規定された」。 さらに、ダンスフロアの広さや室内の明るさ等 「わ の規制がなされていることから、3 号営業は、 いせつな行為の発生を招くなど、性風俗秩序の乱 れにつながるおそれがあることを理由に、風俗営 業として規制している」。加えて、条文上薬物規 制を目的としていないし、カラオケ店などが風俗 営業とされていないことからダンスクラブ規制は 騒音規制も目的としていない。以上を踏まえれば、 本件規定の目的は、「善良な性風俗秩序を維持す るとともに、併せて少年の健全な育成に障害を及 ぼす行為の防止を図ること」にある。 事実の概要 風俗営業法(以下、風営法という。)2 条 1 項 3 号は、 ナイトクラブその他設備を設けて客にダンスをさ せ、かつ、客に飲食をさせる営業(いわゆるダン スクラブ)を風俗営業と定義し(以下、3 号営業と いう。)、同 3 条は風俗営業を許可制としている。 Yは大阪市内において無許可でこうしたダンスク ラブを営業したとして、風営法違反で起訴された。 これに対しY側は、ダンスが表現行為であって その規制は憲法第 21 条 1 項に反する、ダンスク ラブの営業許可制は憲法第 22 条 1 項が保障する 営業の自由を侵害する、ダンスクラブの一律規制 は、本来規制すべきでないダンスクラブまで規制 するものであって広汎にすぎ、また刑罰法規とし てあいまいであって憲法 31 条に反する、被告人 の行為は風営法 2 条 1 項 3 号に該当しない等と 主張した。 2 3 号営業の意義について 本件規制は職業の自由1)、表現の自由の制約に なりうるから、3 号営業といえるためには、形式 的に 3 号の文言に該当するだけでなく、「その具 体的な営業態様から、歓楽的、享楽的な雰囲気を 過度に醸成し、わいせつな行為の発生を招くなど の性風俗秩序の乱れにつながるおそれが、単に抽 象的なものにとどまらず、現実的に起こり得るも のとして実質的に認められる」ことが必要であ る。「このようなおそれが実質的に認められるか どうかは、客が行っているダンスの態様、演出の 内容、客の密集度、照明の暗さ、音量を含む音楽 等から生じる雰囲気などの営業所内の様子、ダン スをさせる場所の広さなどの営業所内の構造設備 の状況、酒類提供の有無、その他性風俗秩序の乱 れにつながるような状況の有無等の諸般の事情を 判決の要旨 1 3 号営業規制の目的 風俗営業は「具体的な営業態様によっては、性、 射幸、飲酒等人の欲望に端を発する歓楽的、享楽 的雰囲気を過度に醸成するおそれがあることか ら、規制の対象とされた」。「3 号営業を含む接待 飲食等営業は、射幸とは関わりがない上」、4 号 営業のように「飲酒等を要件としないものも含ん でいることからすると、性に関わる部分に重きを vol.7(2010.10) vol.15(2014.10) 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.83 それ故「その制約の程度は必要やむを得ない限度 にとどまる」ものであり、憲法 21 条 1 項に違反 しない。 総合して判断する」。 3 職業の自由について 「職業の自由の制約が是認されるかどうかは、 規制の目的、必要性、内容、これによって制限さ れる職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検 討し、これらを比較考量した上で慎重に決定され る」 。許可制は「職業選択の自由そのものに制約 を課すという職業の自由に対する強力な制限であ るから」 、合憲といえるためには「重要な公共の 利益のために必要かつ合理的な措置であることを 要する」 。そしてそれが「消極的、警察的措置で ある場合には、許可制に比べて職業の自由に対す るより緩やかな制限である職業活動の内容及び態 様に対する規制によってはその目的を十分に達成 することができないと認められることを要する」 (最大判昭 50・4・30 民集 29 巻 4 号 572 頁)。 そして本件規制は、 「善良な性風俗秩序を維持 するとともに、併せて少年の健全な育成に障害を 及ぼす行為を防止するという、いわゆる消極的、 警察的目的を定めるもの」であり、これは「重要 な公共の利益に当たる」 。そして許可制でなけれ ば「適性を欠く者が経営に参入したり、不適切な 設備を設けたりすることによって……性風俗秩序 の乱れが現実化する事態が容易に想定される」か ら、許可制は「必要かつ合理的な措置」である。 5 過度広汎・あいまい不明確について 裁判所は、3 号営業に該当するというために は、形式的に同条項に該当するのみならず、「そ の具体的な営業態様から……性風俗秩序の乱れに つながるおそれが実質的に認められる営業に限ら れる」ところ、「このような解釈の下においては、 本件各規定が規制目的との関係で過度に広汎な規 制であるとも、その規制対象が不明確なものであ るともいうことはできない。また、このような規 制の対象となる営業は、その内容からして、一般 人にとっても判断することは可能」である。した がって、本件規制が過度広汎・あいまい不明確と いうことはできない。 6 3 号営業該当性について 裁判所は、本件ダンスクラブにおいて客がして いたダンスはステップを踏んだり腰をひねったり する程度であって性風俗秩序の乱れにつながるよ うなものではなく、また客同士が接触するような 状況にはなかったことや座って音楽を聞いていた 客もいたことなどから、音楽や映像によって盛り 上がりを見せていたという域を超えていたとはい えない。それゆえ、本件ダンスクラブにおいて性 風俗秩序の乱れにつながるおそれが実質的に認め られる営業が行われていたとは認められず、3 号 営業には該当しないので、Yは無罪である。 4 表現の自由について 本件規制は「営業行為を規制するもので、何ら かの表現行為を規制することを目的とするもので はない」。 しかし、音楽の選曲やダンスの中には「表 現の自由による保障を受け得るものが含まれる可 能性も否定することができない」。 規制が合憲といえるかどうかは「目的達成のた めに制約が必要とされる程度と、制約される自由 の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の 態様及び程度等を較量して決するのが相当であ る」(最大判昭 58・6・22 民集 37 巻 5 号 793 頁)。 本件の規制目的は「重要な公共の利益である善 良な性風俗秩序の維持にある」。また「表現行為 の規制を目的とするものではな」く、 「あくまで 表現行為が……3 号営業の中で行われる限度で課 されるにすぎず……営業行為としてではなく同様 のイベント等を行うことや、客が他の場所で同様 のダンスをすることが妨げられるものではない」。 2 判例の解説 一 判決の意義 本判決は、無許可でダンスクラブの営業をして いた者に対し、本件営業は 3 号営業ではないと して構成要件該当性を否定し無罪としたものであ る。 ダンスクラブに対する風営法の規制に対しては 近年、営業の自由や表現の自由を侵害するものだ との批判がなされていた2)。そんな中で起訴され た本件は当初から憲法訴訟として注目を浴び、弁 護側も憲法論を積極的に展開した3)。 これに対し、判決は違憲の主張をいずれも斥け た。しかしクラブ経営者による音楽の選定やイベ 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.83 ント企画が場合によっては表現の自由の保障対象 となること、またダンス自体が表現の自由の保障 を受けうることを裁判所が認めたという点につい ては過去に例がないようであり、注目される。 また判決は、風営法が営業の自由・表現の自由 の制約になりうることを踏まえ、3 号営業該当性 の判断に際し、適用対象を規制目的との関係で必 要かつ合理的な範囲に限定すべく慎重に解する必 要があるとした。そして 3 号営業の規制目的を丁 寧に検討した上で、その適用範囲を「性風俗秩序 の乱れ」の発生が実質的に認められる場合に限定 し、本件ダンスクラブの営業形態を厳密に検討し た上で、本件ダンスクラブはそのようなおそれが 実質的に認められないとして無罪とした。このよ うに犯罪の構成要件に該当するかどうかに関し、 憲法上の権利が制約されうることを踏まえ、規制 対象となる危険の発生につき実質的なおそれを求 めて、その適用を限定する点は、国公法違反事件 4) (堀越事件) 最高裁判決 の手法と共通するもの である。 客が他の場所で同様のダンスをすることが妨げら れるものではない」としていることから、内容規 制ではないと捉えているようである。 だが、本件規制は内容に基づく規制と捉える余 地がある。というのも、裁判所のいうように、営 業態様次第で「歓楽的、享楽的雰囲気を過度に醸 成するおそれ」があるから 3 号営業が規制される ならば、ダンスや流される音楽が作り出すそうし た雰囲気、すなわちダンスや音楽が持つメッセー ジの影響(伝達的効果)が問題とされていると解 することができるからである7)。 確かに、本件規制は営業時間や場所の適正さ・ 広さ等への規制であり、それ自体は典型的な手段 規制である8)。しかし、ダンス自体が、一定の場 所を必要とする表現行為なのであって、場所や広 さの手段規制は、そのままダンスそのものを禁止 する効果を持つ9)。そして、ダンスをする者にとっ ては、ダンスによる表現こそが重要なのであって、 他の手段・媒体での表現が残されているかどうか 10) は重要ではない 。またダンスはそれ自体が固有 の意味を持つ特殊な表現行為形態であって、他の 11) 代替手段によるメッセージ伝達が想定し難い 。 くわえて、表現の自由の自己実現という面を重視 するならば、ダンスそのものを保護する必要性は 12) 高い 。以上を踏まえるならば、本件規制を内 容中立規制と捉え、違憲審査基準を緩和すること は妥当ではないように思われる。 二 ダンスと表現の自由 憲法第 21 条 1 項は「一切の表現の自由」を保 障しており、言論・出版のような典型的な表現行 為のほか、音楽、映画、演劇、絵画、写真、彫刻、 紋章等も保障の対象となる5)。音楽が表現行為の 一つであり、ダンスが音楽に合わせてなされる ことがしばしば見られること(ミュージカルはそ の一例)からすれば、ダンスも表現行為であるこ とは否定できず、そうしたダンスの場であるダン スクラブの規制も表現への規制となりうる。判決 も、ダンスに適した雰囲気の醸成のために音楽を 流すことやイベントを企画することが内容によっ ては表現の自由で保護されうること、またダンス も表現の自由の保護を受けうることを認め、3 号 営業への規制が表現の自由の制約になりうるとし ている。そこで審査基準との関係で風営法の規制 がダンス表現そのものへの規制(内容規制)なの か、それとも時・場所・態様の規制(内容中立規制) なのかという点が問題となる6)。 本判決はこの点にさほどこだわっていないの か、はっきりとしたことは述べていないが、風営 法の規制は「表現行為を規制することを目的とす るものではない」とする点や、規制が「営業行為 としてではなく同様のイベント等を行うことや、 vol.7(2010.10) vol.15(2014.10) 三 営業の自由 判決は、薬事法事件最高裁判決を踏まえ規制目 的二分論を採用した上で、本件規制が許可制であ ること、積極目的ではなく消極目的による規制で あることから、薬事法判決と同様のいわゆる「厳 格な合理性」の基準による審査を行い、規制を合 憲とした。 しかしこの判示には疑問が残る。何故なら、判 決は、合憲といえるためには「許可制に比べて職 業の自由に対するより緩やかな制限である職業活 動の内容及び態様に対する規制によってはその目 的を十分に達成することができないと認められる ことを要する」と述べつつ、それが認められるか どうかの審査を実質的に行っているとはいえない からである。判決におけるこの点の検討は、許可 制でなければ、適正を欠く者の経営参入や不適切 な設備によって営業内容が不健全となり、性風俗 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.83 秩序の乱れが現実化する事態が容易に想定され、 その防止は許可制でなければ達成できない、とい うだけである。だが、厳格度の高い審査をするの であれば、 「より緩やかな制限」の有無について、 より立ち入った実質的な検討をし、それが存在し ないということを論証すべきであったと思われ 13) る 。 4)最判 2012・12・7 刑集 66 巻 12 号 1337 頁。 5)芦部信喜『憲法学Ⅲ〔増補版〕』 (有斐閣、2000 年)240 頁。 6)芦部・同上 401 頁以下。また新井誠「風営法における ダンス営業規制の合憲性について」広島ロー10 号(2014 年)196 頁。こうした二分論には批判もある。市川正人『表 現の自由の法理』(日本評論社、2003 年)75 頁以下。 7)内容に基づく規制と伝達的効果については、芦部・前 掲 注 5)403 頁 以 下。Cf. Glen Theatre, Inc., 501 U.S.560, 592 (White, J., dissenting).(ヌードダンスによるメッセー ジ伝達機能を認めた。)評釈として岡田信弘「ヌード・ 四 その他の問題 判決は条文のあいまい性を否定し、 「規制の対 象となる営業は……一般人にとっても判断するこ とは可能」だとした。だが、それにもかかわらず、 実際にYが起訴されたということは、法の専門家 である検察官でさえ条文を読み違えたということ である。そうであるならば、規制対象が「一般人 にとっても判断することは可能」であるとは到底 いえず、条文のあいまい性を認定すべきであった ように思われる。 また、本件は無罪という結論に必要とは必ずし もいえないにもかかわらず、憲法判断を行ってお り、憲法判断回避の準則との関係も問題になりう 14) る 。この点に関し、樋口陽一の指摘する合憲 15) が本判決に 判断積極主義・違憲判断消極主義 も妥当するといえよう。 なお、本判決の影響なのかは必ずしも明らかで はないが、超党派によるダンス文化推進議員連盟 16) が風営法の規制の緩和を目指しており 、警察 庁もダンスクラブなどの規制を緩和することを検 17) 討しているとの報道もなされている 。 ダンスに対する州の規制と第 1 修正」憲法訴訟研究会・ 1998 年)34 頁。 芦部信喜編『アメリカ憲法判例』 (有斐閣、 8)Cf. Barnes v. Glen Theatre, Inc., 501 U.S. at 566 (1991).(ヌー ドダンスへの規制を内容中立規制と構成した。) 9)高山佳奈子「意見書」(2013 年 6 月 26 日)16 頁。判 決は「他の場所での同様のダンスをすることが妨げられ るものではない」とするが、判決が認定する「本件当日 の状況」にあるような、20 人程度がダンスをし、DJ が 大音量で音楽を流し、かつモニターに映像を映せるとい う場所は簡単に見つけられるものではない。 10)市川・前掲注6)225 頁、奥平康弘『なぜ表現の自由か』 (東京大学出版会、1988 年)194 頁以下。 11)新井・前掲注6)198 頁。 12)奥平・前掲注 10)31 頁以下。 13)新井・前掲注6)185 頁以下は、この点の検討を丁寧 に行い、許可制の違憲性を論証している。この新井論文 は意見書として裁判所に提出され証拠採用されたもので あるが(同 171 頁)、裁判所が新井の論証に反論しえて いるとは思われない。なお、合憲とする場合の立論に触 れた新井誠「経済的自由――ダンスさせ営業規制」同編 著『ディベート憲法』(信山社、2014 年)143 頁も参照 せよ。 14)この点につき、高橋和之「憲法判断回避の準則」芦部 信喜編『講座憲法訴訟第 2 巻』(有斐閣、1987 年)3 頁、 ●――注 特に 12~13 頁注 (7) を参照せよ。 1) 「職業の自由」と「営業の自由」の違いについては、石 15)樋口陽一『憲法Ⅰ』(青林書院、1998 年)540 頁。 川健治「薬局開設の距離制限」憲法判例百選Ⅰ〔第 6 版〕 16)朝日新聞 2014 年 5 月 17 日付朝刊 33 頁。 206 頁を参照せよ。なお、百選で石川が解説するような 17)朝日新聞 2014 年 7 月 10 日付夕刊 14 頁。 理由で本判決が「職業の自由」という語を用いたかどう かは疑わしく、学説も通常は「営業の自由」と表記する *付記 本稿の執筆に際し NOON 訴訟弁護団(団長・西 ため(たとえば芦部信喜(高橋和之補訂) 『憲法〔第 5 版〕 』 川研一弁護士)から裁判資料を提供していただきました。 (岩波書店、2011 年)216 頁)、本稿でも基本的には「営 記して感謝いたします。 業の自由」という語を用いる。 2)朝日新聞 2012 年 3 月 18 日付朝刊 34 頁。こうした批 鹿児島大学准教授 大野友也 判は比較的最近のもののようである。澤登俊雄「風俗営 業法改正の経緯と新風営法の性格」法時 57 巻 7 号(1985 年 )8 頁、 内 野 正 幸「 性 風 俗 」 法 セ 377 号(1986 年 ) 64 頁などが風営法の法的問題について論ずるが、営業 の自由・表現の自由については言及がない。 3)朝日新聞 2013 年 10 月 1 日付夕刊 11 頁、同 2013 年 10 月 15 日付夕刊 2 頁。 4 4 新・判例解説 Watch
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