渡部 朋子(わたなべ ともこ) NPO 法人 ANT-Hiroshima 理事長 グリーン・レガシー・ヒロシマ・イニシアティブ 共同創設者ならびにコーディネーター アンナプルナ脳神経センター医療協力会 副会長、(公財)広島平和文化センター 理事 法律事務所の事務局長を務める傍ら、まちづくりや国際協力活動・平和教育活動・平和文化交 流などの市民活動に携わってきた。1989 年発足した NPO 法人 ANT-Hiroshima の代表として、広 島から平和を伝えるとともに、広島市民や子どもたち、広島を訪れる海外の研修生などを対象 として、国際理解や平和教育の実践に取り組んでいる。 Nassrine Azimi (ナスリーン・アジミ) グリーン・レガシー・ヒロシマ・イニシアティブ 共同創設者並びにコーディネーター 国連訓練調査研究所(ユニタール) シニア・アドバイザー 1959 年イラン生まれ。スイス国籍。ローザンヌ大学で政治学の学士号、ジュネーブの高等国 際問題研究所で国際関係の修士号を取得、また、ジュネーブ大学建築学部で都市研究学の修士 号を取得。ユニタールでは、ジュネーブ本部事務所での初代環境訓練プログラムコーディネー ター、並びに本部次長、ニューヨーク事務所所長を歴任。2003 年、アジア太平洋地域事務所 を広島に立ち上げ、初代所長に就任。執筆、出版活動も多く、その内容はトレーニング、国連 の平和維持活動、紛争後の再構築、建築、環境と幅広い。最新では、ベアテ・シロタ・ゴード ン氏について書いた本が、2013 年 6 月に出版されている。ヘラルドトリビューン、ニューヨー クタイムズの国際版には定期的に署名記事が掲載されている。 堀口 力 (ほりぐち ちから) 樹木医 アーボリカルチャー広島 代表 グリーン・レガシー・ヒロシマ コミティ―メンバー 1945 年 5 月 12 日 満州國四平省生まれ。 鹿児島経済大学 経済学部卒。大学4年のとき、前年発見された屋久島の縄文杉を見て「緑に関 わる仕事」につくことを決意、庭師を志す。福岡で修業ののち、広島の造園業者に移って市街 地の緑化を担当。28 歳のころ、日本初の「樹医」山野忠彦氏との出会いから、被爆樹木という 無言の証人を残すことを生涯の仕事にしようと決心した。1991 年に樹木医の資格を取得。以来、 広島市の被爆樹木の樹勢回復事業の樹木医として被爆樹木の調査、治療を行っている。 錦織亮雄 (にしきおり あきお) 1937 年広島市生まれ。建築家、日本建築家協会名誉会員。 1961 年京都工芸繊維大学工芸学部建築工芸学科卒業。1966 年(有)都市建築研究所(㈱新広島設 計に社名変更)を設立、代表となる。1996 年~2000 年日本建築家協会中国支部長。2003 年~広 島県建築士会会長。作品に日食広島支店(広島市優秀建築物受賞)、西区民文化センター(広島市 優秀建築物受賞) 、広島金座街アーケード(広島県景観大賞受賞)などがある。7 歳の時原子爆 弾被爆。建築家として広島市の復興にかかわると共に、地域活性化のための各種の社会活動や 広島からの平和発信に参加しており、まちづくりやくらしづくりに関わるコミュニティーアー キテクトとして広範囲に活動している。 鈴木 雅和(すずき まさかず) 1952 年 東京生まれ。 1975 年に東京大学農学部卒業後、14 年間日本住宅公団で造園設計を行い、その後 4 年間東京大 学農学部付属農場助手を経て、現職は筑波大学芸術系環境デザイン研究室教授(農学博士)。専 門はランドスケープデザイン。これまで、団地・公園の計画・設計を行い、現在、福島県岩瀬 牧場活性化、水戸市七ツ洞公園活性化、東海村緑化計画、筑波山梅林再生を手がけている。
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