流通科学大学卒業論文 崔ゼミ ワールドのビジネスシステムについての研究 35020768 近藤えりか 2004年12月20日提出 1 目 次 はじめに 第1章 アパレル業界について 1.アパレルとは 2.アパレル業界の現状 (1) アパレル業界の歴史 (2) アパレル業界の市場規模 (3) SPA業態について 第2章 ワールドについて 1.ワールドの概要 2.ワールドの変遷 (1) 創業期 (2) バブル期 (3) 現在まで 第3章 ワールドの革新 1.ビジネスモデルの変革 2.「オゾック」の誕生 3.卸売事業にも改革のメス 第4章 ワールドの強さの秘訣「納期7日の多品種少量生産システム」 1.他社より先手を打つ 2.1週間サイクルで顧客ニーズに即応 3.内示をこまめに変更して伝える 4.週次で商品戦略を仮説検証 第5章 ワールドの新規小売業態 1.編集型大型世代店舗「オペーク」 2 2.バイイングSPA業態 3.ファッションコモディティ(FCOM)業態 4.「フラクサス」の展開 第6章 今後のワールドについて 1.卸事業の再構築 2.百貨店SPAブランドは復活するか 3.新規小売業態の成長性 4.「フラクサス」は救世主 おわりに 参考文献 3 はじめに 現在、1992 年から始まった平成不況により、景気は下降気味であり、消費購買力は、 年々低下している。このような日本経済の中で、アパレル業界では、たくさんの企業が存 在し、競争が激しくなっている。そして、平成不況の影響を受け、成長している企業もあ れば、衰退している企業もあり、明暗がはっきりと出てきた。成長している企業は、SP A(Specialty store of retailer Private Apparel:製造小売企業)を行なう大手アパレル メーカーであり、ワールドやファイブフォックスが先頭集団に立ち、成功した。両者の小 売事業の成功を見て、その後、多くのアパレルメーカーがSPAの導入を図っているので ある。 そこで、私は、まずアパレル業界全体を見ながら、その現状について調べていきたい。 そして、近年において最も成長し続けているワールドを取り上げ、成長することができた 要因は、SPAを行なった以外に何かあるのか、ワールドの強みは何なのか、を考察して いく。さらに、ワールドでは、卸事業とSPAによる小売事業を行なっている。なぜ縮小 している卸事業を行なうのか、SPAによる小売事業に特化していくべきではないのか、 という仮説を検証していき、今後のワールドはどうなっていくのか、ということも述べて いく。 第1章 アパレル業界について 1.アパレルとは まず、「アパレル」という言葉について、本論文中で使用する意味を定義しておきたい。 アパレルとは「衣類」という意味の「apparel」という英語で、和服・和装以外の洋服全 般のことを指す。アパレル業界とは、日本のファッション業界の、ひとつの区分けのこと を指す。そのアパレル業界は、大きく 3 つに分けることができる。「川上」と呼ばれる繊 維・テキスタイル業界、 「川中」と呼ばれるアパレル業界、そして「川下」と呼ばれる小売 業界である。 「川中」のアパレル業界を構成するのは、主にアパレル・メーカー、アパレル 卸商で、それらと取引・協力関係にある縫製メーカーやニットウェアなどの生産専業メー カーも「川中」に入る。中心となる企業はレナウン、オンワード樫山、イトキン、三陽商 会、ワールドなどがある。 4 2.アパレル業界の現状 (1)アパレル業界の歴史 1970年代、その当時、日本は高度経済成長であり、消費景気に沸いていた。しかし 第 1 次オイルショックで、繊維産業の「川上」は大打撃を受け、リストラの渦中にあった。 この時期に繊維産業の主役が「川中」のアパレル業界に移っていったのである。その後、 アパレル産業は、消費景気を反映した既製服需要の盛り上がりや、百貨店の売り場拡大、 次々と誕生したファッション雑誌などに後押しされて発展していった。80 年代には消費 者の個性化、多様化に対応したDCブランド(デザイナーズ・キャラクターブランド)ブ ームを迎え成熟期に入った。さらに、海外のインポートブランドも入ってくるようになっ た。 このように、百貨店の売り場拡大、DC ブランドブーム、海外輸入ブランド品の急増な どを受け、アパレル市場は1990年まで、順調な拡大が続いた。しかし、バブル崩壊後、 わが国の経済状態が急速に悪化する中、アパレル市場は深刻なダメージを受けた。経済産 業省の商業統計によると、 「衣服・身の回り品小売販売額」は91年にピークをむかえ、1 5兆円を超えたが、2002年には11兆円まで縮小している。 衣料品小売販売額 単位:兆円 16 15 14 13 12 11 10 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 (出所)経済産業省「商業統計」 5 (2)アパレル業界の市場規模 2002年において、アパレル業界の総小売市場規模は10兆3035億円、対前年比 96.0%で、6年連続の規模縮小となった。そのうち婦人服業界が6兆3532億円、同 96.0%で、アパレル業界のなかで最大のシェアを持ち、約6割を占めている。婦人服業 界における今後の課題は、団塊ジュニア市場の開拓である。消費のリーダーである団塊ジ ュニアが30歳代にさしかかり、この世代のニーズに応えて、どんな洋服を提供できるか がカギとなってくる。そして、郊外のショッピングセンターなどの商業施設でのファミリ ーへの対応と並んで、百貨店のヤング・キャリア売り場がその主戦場になってくるにちが いない。そして、紳士服業界は2兆8812億円、同94.5%である。紳士服業界は、婦 人服業界よりも厳しい市場環境にある。それは、紳士服はデザインの変動が少なく、消費 に繋がりにくいからである。また、ファッションのカジュアル化が進み、スーツやドレス シャツの売上げが落ち込んでいるのも要因となっている。だから、紳士服業界では、スー ツなどの重衣料を重点に取り扱うのではなく、カジュアルな服や雑貨を含めたトータル的 な取り扱いを行ない、そのための仕組みづくりが急務となっている。 さらに、ベビー・子供服業界では1兆691億円、同100.2%となり、ベビー・子供 服のみ前期比が横ばいで推移した。それは、少子化にあっても一人当たりの投資額が増え ているからであり、それをうまく利用できた企業が業績を伸ばしているのである。今後の 子供服業界は、子育ての中心世代となりつつある30代前後の団塊ジュニアの心をどう掴 むかがカギとなる。そして、団塊ジュニアの選択にしたがって、団塊の世代も孫たちのた めに財布の紐を緩めるのである。 (3)SPA業態について バブル経済の崩壊やデフレによる消費の低迷により、百貨店や量販店などの売上げは伸 び悩んでおり、その影響を受けているアパレル業界各社は、軒並み構造の見直しを迫られ ている。そのため、独自性を伸ばして他社との差別化をはかり、消費者に自社ブランドを 正確に認知させ、さらには消費者のニーズに応えるためのマーケティングを徹底してCS (顧客満足度)を追求することが重要になる。 そして、アパレル業界全体が川中から川下へ移行する動きが著しい。路面店の出店や百 貨店のインショップ展開、通信販売などを行い、最近の動向として注目すべきSPA (Specialty store of retailer Private Apparel:製造小売企業)型ブランドの開発にも積極 6 的である。SPAとは、企画・生産・販売を一体化して行なう新しい業態で、アパレル・ メーカー(問屋)の機能とアパレル小売業の機能を合体して、流通経路を短縮することに より、高マージンが取れ、しかも価格を安くして販売できる仕組みを構築している。さら に、売場の情報を直に入手でき、それに合わせて売れ筋商品を増産・投入、死に筋商品は 製造を中止、という具合に即座に対応できる。製造者利益と小売販売者利益の両方を享受 できるのも強みである。 急成長が記憶に新しいユニクロ(ファーストリテイリング社)はSPA の代表的企業で ある。従来の事業構造に甘んじていたアパレル企業のなかにも、SPA 事業を立ち上げる ところが増えるというように、SPA は確実に業界に根付いているのである。今後、いか に事業構造の転換を図っていくかがアパレル業界で生き残ためのカギとなるにちがいない。 第2章 ワールドについて 1.ワールドの概要 ワールドは、1959年に神戸で、ニット卸業者としてスタートした。その後、196 0年代からトータルコーディネートの企画提案を展開し、全国展開の総合アパレルとして 地位を築いていった。そして、売上高2362億2500万円、経常利益156億600 万円というように、現在ではアパレル業界の中でも売上げを伸ばし、勝ち組を代表する企 業に成長したのである。 過去の業績 単位:百万円 250000 18000 16000 200000 14000 12000 150000 10000 8000 100000 6000 4000 50000 2000 0 0 1998.3 1999.3 2000.3 2001.3 2002.3 (出所)ワールドHP 7 2003.3 2004.3 売上高 売上総利益 経常利益 品目別売上高を見ると、婦人服が 7 割前後を占め、安定した伸びを続けている。アパレ ル業界の中でも婦人服業界が最大のシェアを占めている。だから、ワールドは商品の開発・ 生産・販売ができる能力を持ち、この業界をリードしている、ということがいえる。紳士 服の売上げは伸び悩み、厳しい状況である。子供服は若干の伸びがある。子育て中心世代 を迎えた団塊ジュニア世代と孫のためには出費をいとわない団塊世代の、いわゆる第一 次・第二次ベビーブーマーの心をいかに掴むかが、重要な課題となりそうだ。そして、服 飾装身具(バッグや靴などの雑貨)の占める割合は増えている。 ワールドは服飾装身具の需要が高まってきていることを受け、 「ルージュルー」や「マイ・ フェアレディ」など、雑貨単体のブランドやセレクトショップを続々オープンさせ、店舗 も拡大している。 品目別売上高 2001.3 婦人服 紳士服 子供服 服飾装身具 その他 2002.3 2003.3 2004.3 0 50000 100000 150000 200000 250000 単位:百万円 (出所)ワールドHP 2.ワールドの変遷 (1)創業期 1959年に創業したワールドは、事業展開の基軸をニットのセーターの企画生産に置 き、スタートさせた。この時代のワールドの成長を支えたビジネスの仕組みは、中小専門 店との「完全買い取り制」を徹底させたことである。 「完全買い取り制」とは、百貨店など で売れ残った商品をアパレルメーカーに返品しないことである。当時のアパレル業界で常 8 識だった「委託販売」慣行を無視したのである。そして、ワールドでは、ワールドの単一 ブランドあるいは複数ブランドが全体売上高の7割以上を占める専門店を「オンリーショ ップ」と呼び、このような強力な販売ネットワークを築いていったのである。 さらに、1960年代から、これまで単品で販売していた婦人服は、一定のブランド・ コンセプトによる組み合わせで販売する「トータルコーディネート」を展開していった。 そして、1967年ミセス向けの「コルディア」を、1975年 OL 向けの「ルイシャン タン」を誕生させたのである。この 2 つのブランドを主力として、さらに戦後における物 不足時代の売り手市場の環境に恵まれていたことが重なり、ワールドの成長を大きく支え ることになったのである。 (2)バブル期 今まで順調に成長してきたワールドであったが、1984年にワールドの中核を成す「コ ルディア」と「ルイシャンタン」の2大ブランドの売上高が、前年度と比べてマイナスに なった。そしてワールドは、高度経済成長期を経ながら、専門店を巡る競合他社との奪い 合い合戦の中で、売上高をなんとか伸ばしたいという「売上至上主義」になった。それに より、数字をあげたいがゆえに、実需を考慮せずに過当な生産、小売チャネルへの無理な 押し込み販売により、大量在庫を抱え込んだのが「現金買い取り制」の崩壊の原因である と考えられる。そして、売上高重視のスタンスを捨てきれず、バブル経済の崩壊を迎えた のである。 (3)現在まで 当時のワールドは卸売業が中心であったため、顧客との接点がなく、直接マーケットニ ーズなどの顧客情報を得られない状態にあり、顧客中心主義の実現のためには、店頭から 仕組み作りに取り組む必要があった。そこで、ワールドは1992年より、顧客を起点に 生産から小売までを一気通貫させ、ロス・無駄を利益に変える仕組みである「スパークス (SPARCS)構想」をもとに新しいビジネスモデルの構築による改革に取り組み始めたの である。この「スパークス構想」は、フェーズⅠとフェーズⅡの2つの段階に分けられる。 まず、フェーズⅠの段階では、販売系の業務改革から行なった。そして、小売店頭から アパレルメーカーまで一気通貫させた業態・業務に着手し、1993年の第一号ブランド 「オゾック」に代表されるSPA業態を開発した。また、そこで培ったSPA業務精度を 9 活かして、販売チャネルを拡大していくために、特にMD精度の高いブランドから取引先 である小売店とのコラボレーションとして、小売店が販売業務を担当し、ワールドは商品 構成をする「バーチャルSPA」も展開したのである。つまり、SPAを基盤とした顧客 起点のビジネスモデルを、ほぼ確立したのである。 次に、フェーズⅡの段階において、フェーズⅠのビジネスモデルをさらに顧客中心へと 発展させるために、生産段階でのロスや無駄を削減するプロジェクトとして、2000年 に「WP2(ワールド・プロダクション・パートナーズ)プロジェクト」を起動させた。 この「WP2プロジェクト」とは、顧客にとってベストな価値を追求するために、素材開 発から生産、縫製、さらに店頭への物流まで、商品に関わる全ての流れを、店頭の週次業 務に同期化させることによって、販売と生産における機会ロスや在庫ロスをなくそうとい う生産系プロジェクトである。この趣旨に賛同して、ワールドと一体的なネットワークを 構築するパートナー企業の連合体が「WP2」である。 これにより、 「店舗、MD、開発、生産」という4つのコア業務を、顧客起点で一気通貫 させる仕組みをさらに強化した。特に、MD業務と店舗業務は、顧客価値を高めるうえで 密接な関係にあり、MD業務が商品系の顧客価値を高め、店舗業務がサービス系の顧客価 値を高めるという機能を果たしている。そして、現在ワールドでは、店頭から生産に至る すべてをつなげる情報システムの構築を進めており、SCMとして商品系の支援システム も完成しつつある。 第3章 ワールドの革新 1.ビジネスモデルの変革 このようにワールドは、先進的なビジネスモデル作りにまい進している。しかし、本業 であるアパレル卸として業績が大きく落ち込んでいたわけでもないワールドが、他社に先 駆けてビジネスモデルの変革に乗り出せたのはなぜだろうか、という疑問について述べて いく。 そのきっかけを作ったのは、現在の社長である寺井秀蔵氏である。寺井社長は、ワール ドが卸事業で過去最高益を上げた80年代半ば、その卸事業の危うさに気がついた。なぜ かというと、現在のセブン・イレブン・ジャパン会長である鈴木敏文氏が経済誌上で語っ ていた「ロス」に対する見方にあったという。 「超優良企業といわれるセブンイレブンでも、 見た目の利益以上に、表に見えないロスがある」との指摘に、驚いた。だから、自分の会 10 社について調べてみると、アパレル業界の商慣習が原因で大きなロスが生じていることが 分かったのである。 当時は、実際に店頭で販売する半年ほど前に開く展示会で、そのシーズンの受発注を、 ほぼすべて行なっていた。見込みと実際の売れ行きが異なると、大量に在庫が残ったり、 逆にもっと売れるはずの商品が供給できないという機会ロスが発生する。しかも、売上げ 管理は納入先任せになるため、決算時まで最終的な利益を確定できない。 「そんな危ういビ ジネスではなく、店頭を起点に、顧客情報や売上げ、利益の状況を常に把握できる、ある べき姿へと事業モデルを改革しなければ、いずれ行き詰まってしまう」という危機意識が、 SPA事業中心へと構造転換させる原動力だったのである。 しかし、従来型の卸としての成功体験が染みついた社員の意識を変えるのは容易ではな かった。その証拠に、スパークス構想を打ち出しても、話に乗ってくる現場は皆無だった という。当時すでに寺井社長は、「タケオキクチ」や「ドルチェ」などの紳士服ブランド、 それに「ジ・エンポリアム」などの雑貨小売事業を次々と立ち上げて実績を上げていた。 それでも社内の現場は、寺井社長の提案に背を向けたのである。 それにもかかわらず、寺井社長はあきらめず、事業の採算が合わずに撤退が検討されて いた若者向けの服や子供服のチームに目をつけた。たとえ失敗しても文句は言われないが、 逆に成功すれば社内へのインパクトが大きい。しかも、それらのブランドのスタッフは、 30歳代前半の若手が中心で、成功体験にとらわれていない。そうした人材が魅力的に映 ったのである。 2.「オゾック」の誕生 4 つの赤字ブランドのスタッフを集めたうえで、まず寺井社長が行なったのは、スタッ フのやる気を引き出すことだった。なにしろ、そこに集まったのは赤字ブランドで辛酸を なめた社員ばかりである。そんな彼らが成功するには、新しいビジネスモデル以上にやる 気が必要だったのである。 そのために寺井社長は、どんなブランドを立ち上げたいのかを聞き取り、そこで出た1 つの案に賛同するスタッフだけを集めてチームを作った。それが、現在も社内で上位の売 上げを誇るブランド「オゾック」である。20歳代前半までの若い女性を狙ったブランド で、ワールドにおけるSPA事業の立ち上げを、強力にけん引することになった。 しかし、当初の1年間は売上げが伸びず、全く振るわなかった。 「スパークス構想」に基 11 づいて、週次で販売データを分析したうえで、流行の把握やシーズン途中の新商品投入、 在庫量の適正化などに取り組んだものの、シーズン末期になっても大量の在庫が残ったま まであり、事業としては採算が合わなかった。製造を委託している工場が、週次生産に対 応できないなど、原因はいくつかあったが、比較対象にすべき前年の販売データがないこ とが致命的だったのである。 3.卸事業にも改革のメス そうして我慢の時期が続いた2年目の94年から「オゾック」の業績が少しずつ上向き、 翌95年には「アンタイトル」「インディヴィ」「インデックス」などのブランドを相次い で立ち上げた。どれも、現在のワールドの中核をなすブランドである。 ブランドが複数になると、業績はめざましく改善していった。ブランド間の横断会議を 頻繁に開いて、互いの知恵を出し合う一方で、いい意味での競争意識が生まれたからであ る。そして、96年に「オゾック」が待望の事業黒字化を果たし、その後に「アンタイト ル」、「インディヴィ」なども続いた。ただしそれで、寺井社長が安心したわけではない。 97年2月に副社長に就任すると、改革はさらに従来の卸事業にも及んだ。メスを入れ たのは、小売店との取引条件である。ワールドはもともと、 「完全買い取り」を前提に取引 先に商品を卸していたが、実際には売れ残り商品を値引いて売っていた。だから、値下げ 分を負担したり、返品を認めたりすることも珍しくなかった。寺井社長は、そんな不明朗 な取引条件を、ガラス張りの単一条件に変えようと目論んだのである。 しかし、当初は社内に動揺も広がった。それは、 「今までよりも条件が悪くなる相手が出 れば、反発されるのではないか」といった意見が、卸事業部門から上がったからである。 これに対し、寺井社長は「本当の声を聞こう」と、すべての取引先を相手にアンケートを 実施し、自分の考えへの評価を求めた。結果は8割以上の取引先が、透明性が高い取引を 望み、寺井社長の主張が正しかったことが証明されたのである。 取引先にとっては、競争 相手にもなり得るSPA事業を強化しながら、一方で取引条件の見直しまで認めさせたの は、寺井社長が常に両者にとってメリットを生む改革を打ち出したからである。卸事業で も取引先の店頭との情報交換を緊密にし、年に2回しかない展示会で一括契約する方法を 改め、シーズン中にも売れ筋商品を的確に追加投入できるようにした。 こうした取り組み が功を奏し、卸事業の粗利益率は98年3月期の39.9%から、2001年3月期には 50.6%へと大幅に改善した。 12 そして、97年2月に社長に就任し、2000年にはブランドの業績評価の指標にCF ROA(総資産キャッシュフロー比率)を導入して、過剰在庫への注意を促し、限られた 資金で最大限に事業展開できるようにしたのである。 このように寺井社長の経歴は、社内改革の歴史でもある。寺井社長が掲げた「スパーク ス構想」を実現するには、まだいくつもの山を乗り越える必要がある。しかし、経営トッ プである自らが改革を強力に推進する限り、着実に前進していくにちがいない。これこそ が、ワールドにおける最大の強みである。 第4章 ワールドの強さの秘訣「納期7日の多品種少量生産システム」 1.他社より先手を打つ アパレル業界では、現在中国製が当たり前になっている。そうした中で、ワールドは日 本製を武器にしている。ワールドの国内生産比率は、2002年の春夏物で75%、秋冬 物では65%と業界の中でも最高水準にある。超高級品へのシフトではなく、普通の製品 を日本で作って収益を上げているのである。その秘訣は、商品戦略や在庫計画を週次で立 案し、顧客ニーズのめまぐるしい変化に即応し、徹底した多品種少量の生産システムを行 なっている点である。 そして、その仕組みは発展途上だが、毎週店頭で売れた分だけを作って補充する試みを、 小ロットでも機敏に生産できる「機動力」を持つ国内工場の力で実現し、スピード経営に 挑んでいる。さらに、前に述べた「スパークス構想」により、1週間単位で製造・販売の 計画を軌道修正できるようにしている。こうした取り組みは、ワールドに限らず、他の大 手アパレルにも見られる。しかし、ワールドの強みは他社に先駆けて、順序立てて取り組 んできたことにある。 2.1週間サイクルで顧客ニーズに即応 今どき、週次のMDやSCMは当たり前と思うかもしれない。しかし、アパレル業界で は、これが難しいのである。なぜなら、衣料品はアイテム数が多いうえに需要が読むにく く、さらに紡績やテキスタイル、染色、縫製など多段階の工程を経る。それだけに、追加 生産が難しいという事情があるからである。そのために、ワールドでも従来、春夏と秋冬 の2シーズンが始まる前に、生産量を決めていた。それが、アパレル業界の常識であった のである。 13 しかし、実際シーズン前にトレンドや販売量を読みきれるわけがなく、人気商品は売り 切れごめんという状態に陥った。さらに、一方で毎シーズン末には思うようには売れなか った商品の在庫が積み上がったのである。だから、 「スパークス構想」では、6ヶ月単位だ ったMDとSCMにおけるサイクルを1週間に大幅に短縮させた。つまり、商品の売れ方 は土日を中心とする1週間サイクルだから、それに合わせたのである。 そして、販売データの分析と仮説・検証を、MDとSCMについて週次で繰り返し、顧 客ニーズに対するQR(クイックレスポンス)を実現しているのである。つまり、投入し た商品が仮説通りに売れているかどうか、ということを検証する。そして、店頭が常に新 鮮な商品で満たされているかどうか、品切れ(機会ロス)はないか、また投入した商品の出 足はどうか、短期の需要予測に対して実際はどうか、ということを仮説の検証にデータを 使い、売れ行きをみて、商品の在庫調整をするのである。これにより、MDでは、毎週の ように店舗ごとの商品構成を組み替えたり、シーズン中でも随時、新商品を追加投入する ことができ、店頭を常に新しい商品があるという状態を保っているのである。例えば「オ ゾック」の場合、商品の回転日数は22日から23日であり、売場には常に新しい商品を 投入している。その中から次の新しい商品を導き出している。そして、当たる商品を全店 で展開し、外れた商品を引き上げ、ワールドのアウトレットストアである「ネクストドア」 へ移動させている。このようにして、常に売場は鮮度の高い状態に保っているのである。 一方のSCMでは、売れた分だけ作って、すぐに店舗へ納入する体制を整えている。そ のために、毎週月曜日に在庫計画を見直して、生産計画を確定する。そして、作った商品 は木曜日までに集荷して、金曜日に店舗に納品するのである。つまり、製造のリードタイ ムは、月曜日から木曜日までの4日間しかない、ということになる。この短い納期の期間 に、意欲を見せる国内の外部工場や原材料の納入業者を「WP2」として組織化し、実際 の仕組み作りを続けているのである。 具体的に言うと、まず前日の日曜日までの1週間に売れた商品の数量を、アイテムごと に色や柄、サイズなどで見ていく。この数字は、直営店からPOSシステムを使って収集 したものである。さらに、前年同期や前々週の販売実績と比較しながら、売れ行きの傾向 を把握する。そうして販売予測をして、適正在庫量を調整するのである。 しかし、アイテムの売れ行きをすべて把握するのは手間がかかるため、よほど売れ行き が変化しない限り、原則として適正在庫量を変えないのである。そうすることで、工場へ の発注量は前日までの1週間に売れた分に単純化できる。そして、1週間サイクルで製造・ 14 補充を繰り返すために、それで対応できるのである。この作業は月曜日の午前中にも終え て、すぐに工場にファクシミリや電子メールで発注データを送る。工場はこのデータを受 け取ってから日割りの生産計画を立てて、木曜日までに製造を終える。製造した商品は、 ワールドが木曜日中に東京や神戸の物流拠点に集荷して、金曜日に店舗に搬入し、最も来 店客が多い週末に備えるのである。 ただしこれでは、製造のリードタイムが月曜日を含めても 4 日間しかない。ただでさえ 納期が厳しいうえに、毎週の金曜日から日曜日は「WP2」の仕事がないために、繁閑の 差が大きくなる。 そうしたことによる生産効率の落ち込みを軽減するために、月曜日に 1 週間分を確定発注するのと併せて、翌週分の販売量を予測して内示として発注している。 内示ではあるが、アイテムごとに一定の割合で買い取りを保証する。こうすることで工場 は、金曜日から日曜日に買い取り保証分を前倒しで製造でき、ワールドにとっても、納期 遅れを防げるメリットがある。 こうした週次のSCMの取り組みは2000年に、春夏シーズンの商品から実験的に始 めて順次、対象を広げてきた。昨年の秋冬シーズンでは、対象ブランドは「アンタイトル」 や「オゾック」など12にまで増えて、合計で20万枚の衣料品を週次のSCMによって 製造した。これに対応した工場は、試験運用も含めると67社に広がったのである。 まだ始めて間もないこともあり、 「WP2」の対象商品は全体の約1.5%にすぎないが、 すでに成果の予兆が表れている。例えば「アンタイトル」では、昨年の春夏シーズンにお いて、 「WP2」の対象商品におけるCFROI(投下資本キャッシュフロー率)が、平均 より46%高かった。つまり、欠品も売れ残りも少なかったのである。この好成績の一因 が「WP2」である、ということが考えられる。 3.内示をこまめに変更して伝える しかし、短納期化による製造原価の上昇を抑えることが課題である。ワールドと取引し ている工場側のメリットは、週次のSCMに対応することで、ワールドからの受注増につ ながったうえに、1 年を通して仕事量が平準化するようになることである。しかし、その 半面、製造原価が上がって採算を合わせるのは厳しいことがデメリットである。 原価が上がったのは、従来のように大量生産できず、生産効率が下がっているからであ る。なにしろ、週次の発注量が2∼3枚しかないアイテムもたくさんある。そのたびに、 編み機に糸を付け替えるなどの手間と時間が生じる。従来のように、数カ月分の販売量を 15 連続して製造するのとはわけが違うのである。 こうした工場の事情に配慮して、ワールドはいくつかの改善策を提案している。例えば 「アンタイトル」では、内示を提示したあとでも売れ行きに変化があれば、こまめに修正 する。さらに内示の買い取り保証率をアイテムによっては50%に引き上げて、工場が確 定発注を待たずに前倒しで製造できるように配慮している。 国内のアパレル工場は中国勢の攻勢によって軒並み厳しい経営状況に置かれているだけ に、今後もさらにこうした工夫を重ねる必要があるにちがいない。 4.週次で商品戦略を仮説検証 一方、SCMとともにスパークス構想の両輪をなす商品企画・販売・店舗運営のMD戦 略は、ブランドごとに開く毎週火曜日の「MD会議」で決められている。そこには、その ブランドの中核メンバーである十数人が出席し、商品構成やデザイン、店舗運営、製造な どそれぞれの専門的な見地から意見を出し合うのである。 ただし、 「私はこう思う」とい った裏付けのない議論に終始しないように、様々な情報を準備して、たたき台にするのが 特徴である。 例えば、新商品の追加投入の場合、議論の土台になるのは、まず販売実績データである。 色や丈の長さ、フリルやレースなどの素材、クルーネックやタートルネックなど首周りの デザインといった商品属性を全社共通で用意しており、アイテムごとに設定している。こ うすることで、販売データから「フリル商品の売れ行きが上向いている」といった傾向を いち早く見つけだし、「フリルがはやる」という仮説を立てる。もちろんそうしたことは、 MD担当者の経験や勘、さらには店舗にいる店員がファクシミリで送る業務日誌などによ って、前々から分かっていることが少なくない。 しかし販売データを活用することで、数字で裏付けられる。これは、あとで仮説を検証 するために、重要である。 もし「フリルがはやる」という仮説を立てれば、関連する商品 の品ぞろえを拡充する。例えば、既存のフリル商品におけるサイズや色のバリエーション を増やしたり、新商品を企画して投入する。そして、それによってフリル商品の売れ行き がどれだけ上向くかを、次週のMD会議で検証する。 こうして、MDにおいても週次で軌道修正を繰り返している。このスピードによって、 変化の激しいファッションの流行に対応しているのである。 16 第5章 ワールドの新規小売業態 1.編集型大型世代店舗「オペーク」 1990年代後半からは、市場での実験を早期に繰り返し、仮説・検証・修正を重ねる ことで、まず収益構造を確立している。その後、積極的な拡大を目指すという手法によっ て、さらなる成長にむけて、さまざまな新規業態の開発を推し進めている。その一つとし て、顧客サービスの最大型化を図ることから対象ターゲットに向けて、ライフスタイル提 案が可能な編集型大型世代店舗の開発に力を入れている。消費者の価値観や嗜好がますま す多様化している中で、一つの場所で最大限に欲求を満たすことができる編集型の世代店 舗の開発である。それが、1998年から展開している「オペーク」である。 これはターゲットを世代で絞り、ワンフロア毎にコンセプトやインテリア、雰囲気など を創っていこうとするものである。そして、フロアコンセプトを基にワンブランドだけで はなく複数ブランドで、様々なテイスト・カテゴリーを提案する。これにより、消費者が 商品をセレクトしやすい売場を提供しようとするのである。このように、ターゲット世代 に向けてライフスタイル提案が可能な大型専門店を作ることによって、魅力的な商品提供 や、サービスの面から価値を生み出そうとしているのである。 第一号店「オペーク ギンザ」での実験は順調に進み、多くの検証結果を得ることができ ている。この検証の結果、2001年3月に名古屋で二号店、2004年9月に東京の丸 の内に三号店を開設させた。2002年8月に大阪の心斎橋店にも開設していた。二十代 のOLに照準を定めて婦人服、雑貨、インテリア用品を幅広く扱う都市型実験店だったが、 狙った客層と実際の来店客に差があり、当初のコンセプト通りの商品構成を続けるのは難 しいと判断し、8月に閉店している。 「オペーク」は、都心部において、セレクトショップ形態で出店している。だから、販 売動向の分析を積み重ねて、ブランド強化につなげているのである。 2.バイイングSPA業態 ファッションビルや駅ターミナルを中心に、ファッション性と利便性を同時に追求した セレクトショップを展開している。主なものとして、 「INDEX」や「イッツデモ」があ る。これは、20代の働く女性向けのファッション性ある店である。衣料品、雑貨、食品、 アクセサリー、CDなど、いつも通る駅近くに、いつも通る時間にオープンしており、い つも欲しい商品がある店というように、さまざまなニーズに対応した幅広い店舗の開発を 17 すすめている。 しかし、今年「イッツデモ」の事業を分社化することを決議した。その理由は、 「イッツ デモ」の事業はワールドの中でも独自性が強く、事業の成長には専用のビジネスモデルを 確立する必要があると判断したからである。そして、今後、事業の競争優位性を活かし、 収益性と成長性のスピードを上げていくためには、商品管理・店舗開発・店舗運営・シス テム環境などにおいて迅速な意思決定のもと、 「イッツデモ」の事業に最適な独自のモデル 開発が必要である。4月1日付で飯田恭一社長が、事業を引き継ぐこととなった。また、 カジュアル衣料や化粧品類、バスグッズや文具に食品など幅広い商材を扱うため、衣料と ファッション小物が中心のワールドのブランドとは異なる事業モデルの開発を急ぐ必要が ある。 3.ファッションコモディティ(FCOM)業態 FCOM業態とは、もとは実用衣料と呼ばれるベーシックな衣料に、ファッション性を 兼ね備えろことによって、そこに新たなマーケットが生まれるのではないか、という仮説 のもとに開発した業態である。そして、大都市中心のターミナル型で展開するファッショ ンマーケットと郊外ショッピングセンター(SC)などで展開する。2000年にスター トさせた「ハッシュアッシュ」、2001年にスタートさせた「三寒四温」、2002年に スタートさせた「THE SHOP オゾック」、「THE SHOP TK タケオキク チ」の4つのブランドを、ワールドの新規業態の中核をなす成長する業態として、力を注 いでいる。 そして、価格重視の低価格な商品群と、ファッション価値を追及する商品群の間に位置 し、価格競争力を持ちつつファッション性を追求するファッションコモディティとしてい る。ターゲットとなるのは、団塊ジュニアのファミリーである。親子向けブランドの主軸 は、カジュアル衣料・雑貨の「ハッシュアッシュ」である。値ごろ感が売り物で、中心価 格帯は婦人用ニットが2900円から4900円、子供服はTシャツ880円から290 0円である。つまり、婦人服はワールドのOL向けブランドの半額程度である。 また、 「三寒四温」は紳士衣料を加えたブランドである。中心価格帯は「ハッシュアッシ ュ」よりやや高めで、外出着らしい商品をそろえている。そして、店頭のマネキンは父親、 母親、子どもが似た素材の色違いの服を着る。そうすることで、素材や色を変えつつ家族 で統一感のあるデザインを提案することが出来るのである。 18 4.「フラクサス」の展開 現在、全国各地の郊外・都市近郊にSCが続々誕生している。そして、これまでの食料 品や日用品を提供する場から、より豊かなライフスタイルまでを提案する場として、その 役割を進化させ、これまでにない幅広い商材を必要としている。超大型(リージョナル)も あれば、ライフスタイルセンターという中型の新業態SC、さらにはアウトレットモール もある。その中で、ワールドは、ダイヤモンドシティが開発するSC内に、ライフスタイ ル編集メガ・ファッションストアである「フラクサス」を展開している。そして、200 4年3月に広島で「ダイヤモンドシティ・ソレイユ」を、同年4月に奈良で「ダイヤモン ドシティ・アルル」を、同年6月に福岡で「ダイヤモンドシティ・ルクル」というように、 相次いでオープンさせたのである。 売場面積は広島のソレイユ店が1170坪、奈良のアルル店が900坪、福岡のルクル 店に至っては1730坪に達する。ワールドは都心対応大型編集業態「オペーク」を3店 展開しているが、最大の銀座店でも420坪なので、 「フラクサス」はケタはずれに大きい ことが分かる。さらに、これまで大手アパレルが郊外SCに出店してきたスーパーストア を格段に凌駕するメガストアであるばかりでなく、美術館を想起させるほどアートな店舗 環境や、多様な編集MDという点でも、既存のスーパーストアとは次元を画するクリエイ ティブなものである。 そして、 「美的感動のある生活」をテーマに、カテゴリーミックスで提案するファッショ ン特化型大型ライフスタイルストアをコンセプトに、洋服、コスメ、ファッション雑貨、 生活雑貨、ベビーマタニティー、飲食など様々な商品カテゴリーで構成されている。ター ゲットとしているのは、ショッピングセンターの中心顧客である30歳前後の家庭を持つ 女性を中心とした、その前後の女性である。また、その夫や子どもを対象にしたコンテン ツも提供している。 ワールドの事業セグメント 卸事業・・・専門店と卸形態で取引を行なっている事業 小売事業・・・百貨店SPA業態 (主に百貨店インショップで 1 ブランド 1 ショップ展開する業態) 19 ・・・ファッションコモディティ業態 (主な販売チャネルはショッピングセンター) ・・・バイイングSPA業態 (主な販売チャネルは駅ターミナルビル・ファッションビル) ・・・その他 (ダイレクトマーケティング、雑貨、大型ストア等) (出所)ワールドHP 第6章 今後のワールドについて 1.卸事業の再構築 ワールドの2004年3月期において、卸事業の売上高は425億円であり、全社売上 に占めるシェアは2割を切ったのである。そして前期と比べ、9.9%減と落ち込み幅が 拡大した。かつては400億円を超えていた基幹ブランドの「コルディア」も、前期比1 4.4%減の125億円まで縮小している。 地域専門店をオンリーショップ化して、一時代を築いたワールドであるが、80年代中 盤以降、取引先専門店の疲弊を商品供給の半委託化と支払い猶予で支える、というもたれ 合いが深刻化して収益力が低迷した。だから、悪循環を断ち切って事業再生を図るべく、 97年以降に卸事業の抜本的改革に乗り出したのである。不採算ブランドの整理と再編に 続いて着手したのが、取引きの正常化である。また、取引先専門店の意見を聞いたり、様々 なシミュレーションを重ねた後、99年秋には完全買い取りに移行すると同時に、仕入実 績と支払実績で納入掛率がスライドするシステムを導入している。その後も、各ブランド のポジション明確化と商品企画の差別化や、ファックス受注・ウェブ受注の導入による期 中対応の強化など、様々な角度から専門店との取引きの効率化を押し進め、サプライチェ ーン全体の収益性向上に努めていったのである。 2000年秋には、SPA事業のノウハウを卸事業で活用すべく、 「バーチャルSPA」 の取り組みを開始した。これは、ワールドがSCMの全てを受け持って在庫リスクも負担 し、小売店側は内装・什器等の店舗投資や家賃・販売人件費等を負担する。そして、粗利 益を両者で折半する、という協業型ビジネスである。 ワールドは現在、卸事業でミセスを対象としたブランドを中心に27の自社ブランドを 20 展開している。しかし今後、専門店の品揃えを充実させるために、2003年から新たな ビジネスモデルを構築したのである。それは、ワールドの卸売り仕組みを生かし、他者商 材の販売をする「ワールド・レップ・システム(WRS)」である。「WRS」とは、ワー ルドが持つ卸販売力と、優れた商品企画力を持つ外部のアパレルメーカーやデザイナーと コラボレート(協働)することによって、お互いの強みを生かし、専門店や顧客の多様化 するニーズに応えていくものである。2003年5月、 「ヨシキ ヒシヌマ」ブランドを所 有する菱沼アソシエイツとのコラボレーションにより、WRSの第一弾としてスタートさ せ、専門店から好評を得た。また、8月には五泉ニット組合加盟3社とのコラボを通じて、 高品質と生産技術を持つファクトリーブランドの販売を開始した。さらに、11月にはデ ザイナーの松本ちゆき氏との取り組みで、 「チユキ」ブランドを展開している。これらデザ イナーやファクトリーブランドを含め、他社ブランドは現在14ブランドに拡大している。 「WRS」には、ワールドは自社で開発が難しい分野のカバー、外部のアパレルメーカ ーは販路拡大、そして取引先専門店は商品バリエーションの拡充という、三者それぞれに メリットがある。だから、今後も自社ブランドの商品力をさらに強化させるとともに、他 社ブランドの導入、外部のアパレルメーカーやデザイナーとのコラボレーションを積極的 に進め、卸事業における取り扱いブランドの充実を図っていく考えである。収益性こそ回 復しているものの、縮小が続く卸事業の再拡大は、取引先専門店の再活性化以外に道はな く、「WRS」はその可能性を秘めたプロジェクトと期待されている。 2.百貨店SPAブランドは復活するか 小売事業売上高は、99年3月期に1000億円を突破して卸事業を逆転した。その後 も拡大を続けて、2004年3月期は前期比5.1%増の1751億円に達したのである。 しかし、今だ小売事業売上高の3分の2近くを占める百貨店主体SPAブランドが壁に当 たっているのである。 SPAブランドの総売上は、2002年3月期に1212億円とピークに達した後、2 003年3月期は1202億円と0.8%減少した。そして、2004年3月期は6.9% 減の1120億円と、2期連続の減収に終わっている。ブランド別に見ても、 「アンタイト ル」が4.5%減、「インディヴィ」が7.5%減、「オゾック」は23.5%も減少し、 これらの基幹3ブランド合計は613億円となり、78億円(11.3%)も落ち込んで いる。そして、 「オゾック」が減収に陥った2000年3月期以降も後発ブランドが成長を 21 支えて来たが、「アンタイトル」「インディヴィ」に陰りが見え始めた2003年3月期以 降は、全体を底支えするブランドは見当たらない。その原因は、 「納期7日の多品種少量生 産システム」での短サイクルな開発体制で供給出来る質感には限界があり、その威力は団 塊ジュニアを狙ったブランドまでに留まったからである。この壁を突破すべく2001年 にスタートしたのが「WP2」である。この試みにより、その効果は卸ブランドにまで波 及したが、基幹SPAブランドの売上げ回復には繋がっていないのである。 落ち込みが続いているとは言え、SPAブランドは今も全社売上げの約半分を占める最 大事業であり、再拡大に向けて取り組んでいる。その内容とは、 「オゾック」のリモデルで ある。これは、ディレクターにチダコウイチ氏を起用したのを始め、スタッフを一新して リ・ブランディングに挑戦することである。18歳から24歳だったターゲットを20代 後半まで拡げるとともに、彼女達を取り込むべく素材や加工に凝った高付加価値商品を強 化した。そして、短期間の納入によるフォロー体制は残しながらも初期企画の比重を大幅 に高め、トレンド後追いから提案力重視に方向転換しているのである。 今後、この戦略が軌道に乗ればSPAブランドの再拡大も不可能ではない。しかし、百 貨店の限度を越えた高歩率を考えれば収益改善の目処は立たず、新生「オゾック」が結局 は百貨店外に活路を見いだす事になる。既にSCやファッションビルに高収益なビジネス モデルを確立したワールドにとって、百貨店ブランドという収益可能性を断たれた領域に 非効率な投資を行うメリットは考え難い。だから、百貨店依存から脱却し、新規小売業態 にシェアを移行させていくべきである。 卸事業・小売事業別売上高 単位:百万円 180000 160000 140000 120000 100000 80000 60000 40000 20000 0 卸事業 小売事業 1998.3 1999.3 2000.3 2001.3 2002.3 2003.3 2004.3 (出所)ワールドHP 22 売上構成比率 1998 1999 2000 卸事業 小売事業 2001 2002 2003 2004 0% 20% 40% 60% 80% 100% (出所) ワールドHP 3.新規小売業態の成長性 SPAブランドにかわって、急拡大を続けているのが新規小売業態である。2004年 3月期も前期比36%増加の631億円と大幅に増収を継続している。過去3年で3倍強 に拡大し、既に卸事業の売上げを超えて、全社売上げの3割近くを占めるに至っている。 しかし、駅ビルやファッションビルを主戦場とする、バイイングSPA業態では最大業 態である「インデックス」が2000年3月期以降、一進一退を続けている。その理由は、 セレクト商品を含む性格から言って、多店舗化には限度があるからである。郊外SCを主 戦場とするファッション・コモディティ業態は、急拡大を継続しており、「ハッシュアッシ ュ」が前期比55.7%増加の123億円、 「THE 億円、 「THE SHOP SHOP TK」が3倍増加の48 オゾック」も51.9%増加の41億円に達し、30億円に届 かないが「三寒四温」も成長途上である。 これらの成長によって、SCチャネルの売上げは369億円と過去4年でほぼ5倍に拡 大し、全社売上げの16.3%に達した。一方、百貨店チャネルの売上げは約950億円 と全社売上げの41.8%を占めるものの減少に転じている。 歩率負担の重い百貨店SPAブランドから郊外SCのファッション・コモディティ業態 へのシフトは、小売事業の収益改善に直結している。来期もファッション・コモディティ業 態は24%増加の340億円を計画しているが、全国主要SCのテナント別販売成績では、 主要なバイイングSPA業態もファッション・コモディティ業態も既存店前年比は攻防と なっている。拠点数拡大によって増収は続けているものの、主要業態は成長期を通り越し 23 つつあるのが実情である。ワールドが月度に公表している事業別の売上前年比推移を見て も、成長力の減退は明らかである。 バイイングSPA業態に加えてファッション・コモディティ業態も期待ほどの成長を継 続出来ず、全社売上げの4割強を占める百貨店SPAブランドの凋落が止まらないとなれ ば、ワールドの成長戦略も壁に当たる事になる。そのリスクに直面してワールドが仕掛け たのが「フラクサス」である。 4.「フラクサス」は救世主 前に述べたように、「フラクサス」のコンセプトは、「美的感動ある生活をカテゴリーミ ックスで提案するファッション・ライフスタイルストア」である。しかし、その実態は既 に開発されたファッション・コモディティ業態やバイイングSPA業態、百貨店SPAブラ ンドを集めた「クォリテイ感ある美術的店舗環境のもとに、ユニット編集してレイアウト したデパートメントストア」に他ならないが、核店舗にチャレンジした「フラクサス」の 姿は、業界の想像を越えた美術的店舗環境とあいまって、英雄的である。そして、ワール ドの置かれた情況をシリアスに直視すれば、ワールドの成長を継続させる救世主たる役割 を担っているのである。 店舗環境は美術的で豪華絢爛の仕上がりであり、賞賛することができる。そして、奥行 きの深い広大な売場と核店舗としての位置付けは、各業態が個別に出店するより好条件が 得られるし、運営コストも確実に下げることが出来る。さらに、デパートメントストアと して地域の顧客層を形成すれば、新たな開発や他社の取り込み、営業展開する手法の開発 も容易に進めることが出来る。しかし、MD構成と陳列については、既存の百貨店で展開 するブランドを羅列しただけである。MDにおいて、まだまだ未完成であり、もう少し手 を加える必要がある。 しばらくは厳しい状況が避けられないだろうが、店舗環境は世界的な注目に値するほど 斬新で洗練されたもので、ブランディングという視点に立てば、その志の高さが十分に具 現化されたものである。だから、当初の販売成績はどうであれ、ストアの格が画期的に高 いのだから、丁寧にMDを積み上げて行けば、顧客の支持を増やすことができ、販売効率 も確実に上昇していくはずである。 24 おわりに 今まで見てきたように、ワールドは、卸事業からSPA事業に転換し、ビジネスモデル を変えたことにより、成長を続けてきた。現在、長引く不況により、 「作れば売れる」時代 ではなくなった。だから、無駄・ロス(機会ロスや在庫ロスなど)を排除し、コストを抑 えて、全体の効率化を図らなければ、顧客満足度は下がり、企業は淘汰されていくのであ る。つまり、今後もSCMが不可欠となり、さらなる効率化の向上を目指していかなけれ ばならないのである。また、昔と比較して、時代は大きく変わっている。量から質の時代 へと変化しているのである。消費の二極化がすすみ、ますます個性化・多様化していく中 で、これからは、人々に夢や安心、満足、楽しさといったソフト面を重視した企画を立案 し、商品化していくような時代にマッチした経営戦略を立てなければならない。そして、 消費者のニーズに対応し、感動や満足を提供していく企業こそ、成長することができ、厳 しい世界の中で生き残っていけるのである。 さらに、ワールドはSPA戦略で小売事業が成功しているにもかかわらず、縮小し続け ている卸事業を廃止せずに、新たな改革を行なっている。それは、単なる卸としての商品 供給だけではなく、ビジネスとしてトータルなサポートを強化することで、専門店の発展 に寄与し、パートナーシップ関係を築いているのである。また、 「WRS」による他社との コラボレーションもすすめて、新規の取引先も着実に拡大している。このように、SPA 戦略に特化するのではなく、卸事業の改革、 「フラクサス」など新たな業態の開発を行ない、 変化するマーケットに対応しているからこそ、永続的な成長をすることができたのである。 卸事業において、収益性重視の観点から、厳しい外部環境の中でも利益をしっかり伸ば せる体質に改善しているが、今後、収益性を保ちながらも成長を促し、継続的に企業とし て成長していけるような基盤をつくることが課題である。そして、新規業態においても、 次なる成長の軸となるように、早期の黒字化を目指し、スピードを上げて収益構造を確立 していくことが課題となるにちがいない。 25 参考文献 「アパレル産業白書 2003」 矢野経済研究所 「SPAマーケット総覧」 矢野経済研究所 「ファッションビジネス躍進する会社・沈む会社」椎塚武 エール出版社 1999 年 「ファッション業界戦略地図」椎塚武 パル出版 2002 年 「図解アパレル業界ハンドブック」松尾武幸 東洋経済新報社 2004 年 「日経情報ストラテジー」2002 年 5 月号 「日経ビジネス」2003 年 6 月 2 日号 「商業統計」経済産業省 ワールドHP http://www.world.co.jp/ 26
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