原油価格高騰とオイルマネー

石油文化社「石油文化」原稿
400 字×15 枚(図表別)
2007 年 12 月 15 日
東京国際大学 教授 武石礼司
「原油価格高騰とオイルマネー」
1.原油価格高騰と産油国収入
2.世界経済への影響
3.オイルマネーの行方
1.原油価格高騰と産油国収入
2003 年以降の原油価格の急騰により、産油国は多額の収入を得ている。1970 年代にも、
第一次および第二次オイルショックと呼ばれる 2 回にわたる原油価格の急騰があり、産油
国には予想外の多大の利益がもたらされたが、現在、またしても多額の産油国収入が生じ
ている。特に、OPEC 諸国中で最大の産油国であるサウジアラビアは、従来から OPEC 生
産量の 3 割近くを生産してきており、石油輸出収入も多額である。その他の OPEC 諸国の
うち、人口が少なく、国土も狭い諸国においては、インフラ整備のための投資額が比較的
少なく、多額の経常黒字の計上が可能となっている。
第 2 次オイルショック時には、OPEC の石油輸出収入の最大値は、1980 年の 2,826 億ド
ルであった。一方、2005 年の OPEC の石油輸出収入は、原油価格の平均(OPEC バスケ
ット価格)が 51 ドル/バレルで、合計 5,326 億ドルに達した。2006 年には、同 55.25 ド
ル/バレルで 6,495 億ドルとさらに増大した。2007 年には、OPEC バスケット価格で対前
年比 5 ドル程度上回る見込みであり、OPEC の石油輸出収入は、7,000 億ドルを超えると予
測でき、さらなるオイルマネー(英語では Petrodollar)の蓄積が進行中である。
現在生じている原油価格の上昇において重要なのは、原油価格が高止まる可能性が高い
と考えられている点であり、2002 年以前の価格帯である、20 ドルから 30 ドル/バレルと
いった低位の価格からのシフトが生じ、50 ドル/バレル程度という価格帯が下値となると
考えられている。
原油が高止まりする中で、オイルマネー蓄積が今後も続くとすれば、いよいよ 70 年代の
オイルショック発生時のインパクトを上回り、世界的な資金の循環における大きな転換点
が生じることになる。
1
OPEC の石油輸出収入の推移(名目価格)
図1
(単位:10 億ドル)
700
600
OPEC収入
合計
500
400
300
うちサウジ
アラビア
200
100
2006
2003
2000
1997
1994
1991
1988
1985
1982
1979
1976
1973
1970
0
(注)数値は、イラク、アンゴラを含む 12 カ国の合計
(資料)OPEC 統計データより作成
OPEC の石油輸出収入の推移(2006 年実質価格)
図2
(単位:10 億ドル)
800
700
600
OPEC収入
合計
500
400
300
200
うちサウジ
アラビア
100
2006
2003
2000
1997
1994
1991
1988
1985
1982
1979
1976
1973
1970
0
(注)数値は、イラク、アンゴラを含む 12 カ国の合計。実質化には、OPEC 統計の算出法
に倣い、ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、日本、オランダ、スウェーデン、スイ
ス、英国および米国の物価指数を勘案。
(資料)OPEC 統計データより作成
2
OPEC の名目収入を示した図 1 に基づき、
インフレの効果を勘案して実質化したのが図 2
である。70 年代には、第一次オイルショックでまず油価が上昇し、5 年にわたり OPEC 諸
国で高収入が得られ、
さらに 1979 年からの第二次オイルショックで油価がもう一段上昇し、
高収入が上積みされた。このように 8 年程度も高収入の時期が続いたことになる。今回の
原油価格の上昇は、今後、さらに4~5 年の間、60 ドルから 70 ドル/バレルという高油価
が継続すれば、前回の 70 年代のオイルショック時と同様の規模に達する。
2.世界経済への影響
世界経済は、原油価格の高騰の影響を受けており、日本において顕著なように、石油製
品消費量の抑制傾向が、個々の消費者においてはみられる。
ただし、世界全体としてみると、実質経済成長率は、2000 年の 2%台を底として、その
後の成長率は上昇し、2003 年以降 2006 年までは 5%前後と、極めて好調に推移してきた。
このため石油を含めたエネルギー消費全般も大きく伸びており、特に、石油に関しては、
供給量を上回る潜在需要が常に存在していると言える状態にある。何らかの事故・騒乱等
が生じることによる供給量不足が生じることが懸念されるという、リスクを常に意識せざ
るを得ない状態となっている。こうして原油高にも関わらず、中国を始め、中東、ロシア、
そして米国においても石油消費量は着実に増大してきた。
また、現在、原油は世界的にドル建てで取引されているが、ドル通貨が対ユーロを始め
として、他通貨に対して切り下がってきているため、ドルで見た原油価格の上昇分が他通
貨建てで見ると緩和される効果も生じている。こうして、誰も予想しなかったほどの原油
急騰が生じていても、経済の好調さと為替調整の効果もあり、世界の石油需要は毎年増大
している。図 3 で示すように、90 年代に石油需要量が減少したのは、湾岸危機が生じた 91
年と 93 年のみであり、90 年から 2006 年の平均で見ると対前年比で 100 万バレル/日を超
える需要増が続いた。
3
図 3 世界の石油消費量の対前年比の増減量(単位:千バレル/日)
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
-500
(資料)BP 統計 2007 年版
産油国の石油輸出収入額は、原油価格の高騰を受けて急増している。今回の原油高で注
目されるのは、OPEC 以外にも石油輸出収入を大きく伸ばしている国が存在する点である。
表1は、主要産油国の 2006 年における石油輸出収入を示しているが、サウジアラビアが
1,620 億ドルで第一位であるのに次いで、ロシアが 1,130 億ドル、UAE(アラブ首長国連
邦)が 530 億ドル、ナイジェリアが 527 億ドルと続いている。そのほか、イラン、ノルウ
ェー、クウェイト、アルジェリア、ベネズエラ、リビアの順となっている。石油の純輸入
国であるインドネシアと英国はマイナスの数値となり、原油高からの負の効果を受けてい
る。
70 年代のオイルブームと異なるのは、今回は、ロシア、メキシコ、アンゴラ、ノルウェ
ーといった諸国も加わった多様なオイルマネーの出し手が出現している点である。また、
GATT、WTO の進展、多様な自由貿易協定(FTA)の締結、EU 等の経済共同体の形成等
のグローバル化の進展により、世界各地への資金の還流も以前と比べると容易となってお
り、各種ファンドを利用して投資資金から利益を得る手段も大幅に進歩している。
4
表1
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
世界の主要産油国の石油輸出純収入(2006 年)(単位:10 億ドル)
サウジアラビア
ロシア
UAE
ナイジェリア
イラン
ノルウェー
クウェイト
アルジェリア
ベネズエラ
リビア
メキシコ
イラク
カタル
アンゴラ
オマーン
スーダン
コロンビア
シリア
エジプト
インドネシア
英国
2006年
162.0
113.0
53.0
52.7
50.1
46.0
44.1
41.6
39.4
31.2
25.0
24.9
23.3
22.0
11.0
5.0
3.0
2.0
1.0
-0.6
-2.0
(資料)US DOE EIA データ
急増する OPEC の石油輸出収入は、これら OPEC 諸国の輸入のみでは吸収しきれず、経
常収支の大幅な黒字をもたらし、オイルマネーとして、国際金融市場への資金流入をもた
らす。この経常収支の大きさを見ることで、オイルマネーの規模を推測できる。
表 2 は OPEC 諸国の 2000 年以降の経常収支の推移を示している。7 年分の経常収支の単
純合計を表 2 の右端に示すが、サウジアラビアが 3,017 億ドル、クウェイトが 1,401 億ド
ル、ベネズエラが 1,015 億ドル、UAE が 979 億ドルである。
石油輸出収入の順番では、サウジアラビア、UAE、イラン、クウェイトとなっているが、
イランが経常収支の順位では大きく後退している。これは人口が多く、輸入額も大きくな
る傾向があるイランの国情を反映した結果である。イランは、1979 年のイスラム革命発生
以来、国民が長い間の耐乏生活を余儀なくされており、政府が輸入統制を少しでも緩める
と、国内製品の品質に不満を感じている国民が、こぞって輸入品の購入に走るという「ハ
イアブソーバー」経済の特徴を持っている。
表 2 の 2000 年から 2006 年の OPEC 諸国の経常収支の合計は 9,999 億ドルである。これ
らの新規の余剰投資資金に加え、サウジアラビア、クウェイト、UAE といった諸国は、1970
年代の第一次・第二次オイルショック時にオイルマネーを蓄積している。その後、湾岸戦
争でクウェイトは多大の出費が生じたが、それでも各国は、依然として多額のオイルマネ
ーの運用を行っており、毎年多額の運用益を得てきた。
5
しかも、これら産油国の国内金融資本市場の規模は小さく、海外への資金流出が続くこ
とになる。
表2 OPEC 諸国の経常収支の推移
(単位:10 億ドル)
サウ ジアラビア
クウェイト
ベ ネズエ ラ
UAE
アルジェリア
ナ イジェリア
イラン
リビア
インドネシア
カタール
アンゴラ
イラク
合計
2000
14.3
14.7
11.9
12.1
9.1
7.0
12.5
7.7
8.0
4.6
0.8
4.1
106.8
2001
9.4
8.3
2.0
9.6
7.0
2.2
6.0
3.7
6.9
4.2
-1.4
1.8
59.5
2002
11.9
4.3
7.6
3.4
4.6
0.6
3.6
0.1
7.8
3.8
-0.2
-0.8
46.7
2003
28.0
9.4
11.8
7.5
7.0
8.2
0.8
3.6
8.2
5.8
-0.7
-0.9
88.7
2004
51.9
18.2
15.5
10.6
10.2
10.3
2.0
3.5
2.9
7.6
0.7
-9.7
123.6
2005
90.7
34.3
25.5
27.2
16.9
25.6
14.0
14.9
0.9
10.7
5.1
1.3
267.3
2006 左記合計
95.5
301.7
51.0
140.1
27.2
101.5
27.4
97.9
25.2
80.0
23.2
77.0
14.3
53.2
12.9
46.5
9.6
44.3
6.1
42.7
8.4
12.7
6.6
2.4
307.3
999.9
(資料)OPEC 統計より
3.オイルマネーの行方
現在の油価高騰により生じている産油国の余剰資金(オイルマネー)がどのように運用
されているかを見る。図4はサウジアラビアの中央銀行(SAMA)の資産運用先である。
2003 年以降に顕著に資産額が増大し、増大部分は外貨有価証券の増大となっていることが
わかる。保守的な運用がなされるに違いないサウジアラビアの政府資金は、主として米国
の財務省証券(Treasury Bill)等の購入に当てられていると考えられる。2007 年 10 月に
おける SAMA 保有の外貨有価証券 6,260 億リヤルは、1,670 億米ドルにあたる(1 ドル=
3.75 リヤル)。
6
図4
サウジ中央銀行(SAMA)の資産内訳(単位:10 億サウジリヤル)
900
800
その他
700
600
外貨有価証券
500
400
外国預金
300
200
Notes and conis
100
2007年10月
2006
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
0
外貨および金
(資料)サウジ中央銀行(SAMA)ホームページ(http://www.sama.gov.sa/)より作成
産油国からあふれ出て累積する経常収支の黒字額は、政府あるいは中央銀行が保有する
外貨準備を増大させるとともに、資本収支の増大、つまり資金の国外への流出を生じさせ、
巨額のオイルマネーをもたらす。SAMA の例でも明らかなように、債券・証券投資中心の
資金配分がなされ、特に、米国の経常収支赤字を、オイルマネーが補完する役割を果たす
ことになる。オイルマネーの累積額は、1 兆ドルを超えたと見積もられており、今後さらに
蓄積が進むと考えられる。現状の投資傾向が今後も続くとすれば、発生するオイルマネー
の半分程度は米国へ流入し、安全資産である債券投資に主として向けられ、その他、より
ハイリターンを要求する株式投資等にも配分されていく。
このオイルマネーの投資動向について、米国の財務省の報告書1を見ると、2007 年 9 月末
の米国政府債(Treasury Bills および T-Bonds & Note の合計)の石油輸出国2による保有
残高は、2,664 億ドルに達しており、図5で示すように 2007 年に入って急増している。
圧倒的な保有高を維持し第一位を続けてきた日本は、2004 年の 6,899 億ドルをピークと
し、その後減少傾向にあり、2007 年 9 月末では、5,822 億ドルとなっている。石油輸出国
1米国財務省:Treasury
International Capital(TIC)reporting system データより。
http://www.treasury.gov/tic
2 米国財務省は、中東産油国に関しては国別のデータを公表しておらず、
「石油輸出国(Oil Exporters)
」
と一括りにして数値を公表している。石油輸出国に含まれるのは、エクアドル、ベネズエラ、インドネシ
ア、バハレン、イラン、イラク、クウェイト、オマーン、カタル、サウジアラビア、UAE、アルジェリア、
ガボン、リビア、ナイジェリアである。
7
の保有高の合計は、第 2 位の中国に迫る勢いとなっている。
英国の保有高は、2007 年 9 月で 1,257 億ドルとなっている。この英国持分には産油国の
持分が一部含まれていると考えられる。そのほか、中東産油国は、いったん中東から欧州
に送金するか、あるいは、欧州経由でオフショア市場を利用して、米国政府債を購入して
いる。これは、中東産油国から直接米国での資産取得に動くと、厳しい情報開示を迫られ
るためである。
図5
米国政府債の国外保有者残高の推移
(単位:10 億ドル)
800
700
日本
600
500
中国
400
300
石油輸出
国
200
100
0
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007
英国
(注)各年とも 12 月末の数値、2007 年のみ 9 月末
(資料)米国財務省(http://www.treasury.gov/tic/ticliab.html)
オイルマネーは、空売りを行う私募債であるヘッジファンドにも流入している。金利を
否定し、先物も回避しようとしてきたイスラム諸国においては、こうしたヘッジファンド
への資金投下は好まれない。しかし、ファンドのうち、どれがヘッジファンドでどれがそ
うでないかを峻別することは難しく、中東のオイルマネーにおいても、多大の利益を出し
ているヘッジファンドが、一部、オイルマネーの運用先となっている。
従来から、国際金融市場で運用されているオイルマネーは、利益の確定が行われるたび
に、資金が、米ドルからユーロ、あるいはその逆、また、債券から株へというように、運
用先が変化してきた。国際金融市場に比べると規模が小さい原油先物市場等の商品市場に
流入したオイルマネーは、容易に、石油価格のいっそうの値上がりを生じさせることにな
った。
図6は、中東産油国で生じた石油収入がどのような使途に流出しているかを示している。
石油輸出収入は、消費財等の輸入代金として使われるとともに、その余剰部分は経常収支
の黒字額となり、産油国の投資機関を経由して、欧州金融機関に投資されるか、あるいは、
8
米国およびその他の先進国の債券・株式・不動産・商品市場へ流入している。また、BRICs
その他新興国等の途上国への投資されている。
注目されるのは、イスラム金融に向けてオイルマネーが流れ込んでおり、イスラム圏の
諸国の国内インフラ開発、建設投資に向けて資金の出し手となっている点である。イスラ
ームにおいては、金利を禁じているために、金利を用いない様々な工夫が施された金融手
法が導入されている。
イスラム金融から欧州機関に向けた資金の流れも大きくなっている。イスラム債(スク
ーク:Sukuk)の発行には、非イスラム系の欧米主要金融機関であるバークレイズ・キャピ
タル、ドイツ銀行、BNP パリバ、HSBC 等が取り組んでおり、これら金融機関が中東に設
置した支店で取り込んだ資金は 2,000 億ドルに達していると推定されている。
また、イスラム資本市場の規模は総額 3,000 億ドルにのぼり、250 本ものイスラム・ミュ
ーチュアルファンドが運用されている。さらに、イスラム諸国のイスラム金融機関数は 300
に達しており、それらの資産総額は 2,500 億ドルと見積られており、現在もさらに資金量
が増大している。
このように、オイルマネーの蓄積において、イスラム金融がしっかりとした地歩を築い
た点が、今回の原油価格高騰において大きな意味を持つ。中東諸国の人々の支持を集める
金融手法を持つイスラム金融機関は、今後、さらに世界の資金の出し手、および、受け手
としても役割を向上させていくと予測される。
図6
中東産油国の石油収入の使途(主要な流れの概念図)
産油国
石油収入
消費財等輸入代金
国民所得の増大
経常収支黒字
国内インフラ開発、建設投資
国内株式市場
国内企業
産油国投資機関
イスラム金融
欧州金融機関
含:ファンド等
イスラム圏途上国
インフラ開発、建設投資
オフショア
マーケット
米国およびその他の先進国
債券・株式・不動産・商品市場
BRICSその他新興国等の途上国
債券・株式・不動産市場
(資料)筆者作成
昨今、米国でのサブプライム(信用力の低い個人向け住宅融資)問題に端を発した国際
金融市場の信用不安が生じており、欧米中央銀行が相次いで市場安定化策を発表している
9
にもかかわらず、2007 年 12 月末現在でも収束していない。巨額の損失を世界の主要銀行
が相次いで発表しているのは、そもそも、証券化によるリスクの分散を目指すはずの派生
証券の価格付けそのものに対する不信感が生じてしまったことによる。
商品市場に対してもこの影響が及び、金融市場での損失を少しでも取り戻そうと投機資
金が入り、WTI 原油が 100 ドル/バレルを目指すという価格高騰が生じてしまうことにな
った。
1980 年代初め以降、メキシコをはじめとして中南米等、多くの途上国では相次いで金利
支払いが困難となり、多額の貸倒れを生じさせた。不良債権処理には長期間を要すること
になった。
現在、オイルマネーは、オフショア市場経由で BRICS およびそのほかの途上国にも流入
している。サブプライムから始まった国際金融市場の動揺が、途上国を巻き込んだ不良債
権の連鎖に入らないよう、早目早目の対応がとられる必要が生じている。
10