地方分権に対応した都市計画事業再評価に関する研究 −自治体政策

政治・政策ダイアローグ(2004.1.)
地方分権に対応した都市計画事業再評価に関する研究
−自治体政策として「都市計画制限の長期化」
に対応する方策の検討−
小西 真樹(横浜市役所)
政治学専攻 2003 年 3 月修了
はじめに
い都市計画事業を「停滞した都市計画事業」と呼
都市の理想の将来像を描いた都市計画と、そ
ぶこととした。
れを実現するための公共事業である都市計画事
(2)都市計画事業の停滞による現実の課題
業との間の隔たりが縮まらない。都市計画決定さ
①都市計画決定による私権制限(都市計画制限)
れた道路や市街地再開発事業など、何十年も経
の長期化
過しても事業化されないものが多くなってきてい
都市計画決定区域内における建築には、都市
る。
計画法第 53 条により、原則として都道府県知事の
これまでは、このような都市計画事業の停滞に
許可が必要であり、簡易な建物以外は建築が制
ついて、都市の理想像実現のためにやむを得な
限される。都市計画事業の停滞により、都市計画
いこととして見なされてきた。しかし、現在、公共事
決定後長期にわたって地権者に権利制限が課さ
業の硬直性に対する批判と、公共事業見直しへの
れる状況となってきており、その不合理性が指摘さ
機運がこれまでになく高まってきている。また、地
れている。[3]
方分権により、都市計画決定は自治体の自治事
②都市計画の実効性の喪失
務となり、今後、都市計画事業の停滞に対する対
例えば、道路の都市計画決定後長期にわたっ
応について、自治体が責任をもって取り組むことが
て事業が行われないうちに予定地上に建物が建
求められている。実際に都市計画事業の中止とい
ち並び、補償にばく大な時間と費用がかかって事
う「勇気ある撤退」を決断する自治体も現れてきて
実上道路建設が不可能となっているのにもかかわ
いる。
らず、放置されている例は多いといわれる。[4]
この論文では、都市計画分野における地方分
権と公共事業見直しの流れに対応し、都市計画事
2.都市計画事業の停滞に関する検討
業の見直しが行われた事例を取り上げ、現在まで
(1)都市計画事業の停滞をもたらす要因
の自治体の取り組みの到達点と課題点を明らかに
①右肩上がりを前提とした都市計画
する。これにより、都市計画事業の停滞による都市
これまでの都市計画は、都市の成長・拡大を見
計画制限の長期化に対応する方策の検討を目的
越した事前措置型であり、事業化までの長期の都
とする。
市計画制限がある程度前提となっている。今後、
都市の低成長あるいは縮小の時代に突入し、必
1.都市計画事業の現状認識
要性が薄れてくる都市計画事業が発生することが
(1)都市計画と現実との乖離
予想される。
一例として、1981(昭和 56)年以降5年ごとの都
②強引な都市計画と住民の反対
[1]
市計画道路の進捗状況を見ると 、未完成道路の
すでに市街化しているところに都市計画決定す
総キロ数は約 28,000km 前後でほぼ一定である。
る場合、行政が関係住民に対して十分な説明や
現在の整備ペースで今後も整備を続けても、全線
説得をせずに都市計画決定を行ったため、その後
完成までにさらに最低 60 年以上かかる計算となる
の事業推進が思うように進まなくなってしまった例
[2]
も多い。
という指摘もある。 本論文では、都市計画決定後
長期間を経過しても事業着手の目途が立っていな
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地方分権に対応した都市計画事業再評価に関する研究(小西)
が必要となる。
③自治体の財政悪化
⑤国庫補助金の返還
日本の GDP に占める公共事業費の割合は、先
進各国に比べて飛び抜けて高く、国、自治体の財
都市計画事業の多くは、国の補助金を受けて事
政状況の急激な悪化を招くこととなった。今後、財
業を行っている。補助金等適正化法により、各省
政状況の厳しい自治体などでは、都市計画事業
庁の長は、補助金の交付を取り消した場合、その
の進捗がますます遅くなることも十分に考えられ
返還を命じなければならない。補助金の返還は自
る。
治体にとって多大な負担となり、事業を簡単には
④事業見通しの困難性
やめられない原因となっている。
⑥補償問題
土地区画整理事業や市街地再開発事業などは、
地価下落によりいつまでも保留地、保留床を処分
都市計画を廃止した場合、廃止するまで都市計
することができず、事業を推進することができない
画法第 53 条によって権利制限していたことに対し、
でいる地区も多い。
地権者から損失補償、損害賠償請求が発生するこ
⑤都市計画制限の長期化に対する司法解釈
とが予想されている。日本においてはこのような補
償という経験がほとんどない。
判例から見た、都市計画決定およびそれによる
都市計画制限に対する裁判所の見解は、「都市計
画事業およびそれによる都市計画制限の長期化
3.都市計画決定の権限委譲の経過
はやむを得ない。」であり、これらの行政行為につ
(1)国家権力行政としての都市計画の時期
いて司法の場で争うことを極めて限定している。
①東京市区改正条例
(2)都市計画事業の見直しを困難にさせる法制
1888(明治 21)年8月、日本で最初の近代都市
計画法制度として東京市区改正条例が公布され
度的要因
た。条例では、市区改正の設計及び毎年度の事
①都市計画の安定性・硬直性至上主義
都市計画に対する政治的介入の余地をなくし、
業を定める権限を内務省に設ける東京市区改正
客観性・公平性・公共性を担保することが重要と考
委員会に持たせ、東京市区改正事業は国家事業
えられており、都市計画は容易に変えるべきもの
として考えられていた。
ではないとする主張は根強い。
②(旧)都市計画法
②個別の都市計画の必要不要の是非
1919(大正8)年4月、(旧)都市計画法が公布さ
れた。都市計画法は、中央集権的性格を東京市
1つの都市計画事業の中止、廃止を検討した場
区改正条例から継承したとされる。[5]
合、都市全体から見たその事業の廃止の是非を
判断することが本来求められる。都市計画道路な
1933(昭和8)年の改正により、都市計画法はす
どは、ある部分の事業が進まないことを理由に、そ
べての市および主務大臣が指定する町村に適用
の事業が不要とは言い切れない面を有している。
されることとなった。また、1941(昭和 16)年の勅令
③国、都道府県との協議手続き
改正により、各道府県に都市計画委員会が設置さ
特に地方分権一括法まで、都市計画決定に対
れ、都市計画の立案にあたった。しかし、委員会
する国、都道府県の後見的関与が都市計画法に
事務局には内務省の職員があてられ、都市計画
おいて強く規定されていたため、広域的な役割を
は国の事務であるという建前は人事面でも貫かれ
担う都市計画道路などの廃止、変更には、国や都
ていた。
道府県から難色が示されることが想定されていた。
(2)都市計画が地方行政への漸進を始める時期
④都市計画事業の施行者と都市計画の決定者
①終戦後の地方制度改革
都市計画事業は、都市計画決定権者、事業施
1949(昭和 24)年、いわゆる「シャウプ勧告」の中
行者、事業認可権者のすべてが異なることがあり、
で、都市計画の事務、特に「地方的計画立案」は
その事業に対する責任が分散し、最終的な責任
「地方に全面的に移譲できる事務」とする試案が示
主体がどこにあるのかが不明確になっている。見
され、1950(昭和 25)年 12 月の「地方行政調査委
直しに際しては、多くの関係機関との調整、協議
員会議」(神戸委員会)第一次勧告においても、
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政治・政策ダイアローグ(2004.1.)
都道府県並みに委譲
「都市計画及び都市計画事業は、市町村の事務と
し、市町村が自主的に決定し、執行する。」という
自治体の責任は大きくなったとも言えるが、都道
画期的勧告がなされた。しかし、結局都市計画法
府県や国との同意を要する協議を必要としており、
の改正には至らず、すべての都市計画は国(建設
実質が変わらないともされる。
大臣)が決定するという建前は維持された。
(4)都市計画決定の地方分権化がもたらすもの
②(新)都市計画法の誕生
①都市計画を「自治体政策」ととらえる
1968(昭和 43)年、(新)都市計画法が制定され
自治体の政策主体としての自己決定機能が拡
た。都市計画の決定権限が建設大臣から都道府
大し、都市計画決定についても、各自治体の自主
県知事及び市町村に委譲されたが、主要な都市
性、独自性を発揮しつつ行われるべき政策として
計画の決定権限は都道府県知事に集中し、都道
とらえ直される必要がある。
府県知事の都市計画決定は機関委任事務で建設
②「都市計画制限の長期化」への対応
都市計画制限が長期化している多くの都市計
大臣認可が必要であるなど、国や都道府県知事
の後見的関与が強く規定されていた。
画は、(旧)都市計画法時代に国が決定したもので
③都市計画の自治体行政への漸進
あり、これまでは、その責任の所在が曖昧であった。
1980(昭和 55)年創設の地区計画制度では、都
地方分権一括法以降は、都市計画制限の長期化
市計画決定権者はすべて市町村とされた。1990
という問題に自治体が政策として対応していかな
年代からは、都道府県知事から市町村への都市
ければならない。現場での取り組みとともに、法制
計画決定範囲を拡大する方向で、都市計画法令
度上の問題として今後早急に検討が必要であろ
改正が数次にわたり行われた。
う。
(3)地方自治行政としての都市計画へ
4.行政評価による公共事業見直しへの動き
①都市計画における地方分権の審議
(1)公共事業再評価の取り組み
地方分権推進法制定により、1995(平成7)年7
①北海道「時のアセスメント」
月に地方分権推進委員会が発足した。1996(平成
8)年 12 月の第1次勧告では、機関委任事務を廃
公共事業の見直しという面で国や自治体に大き
止し、都市計画決定は自治事務とすることが明記
な影響を与えたのは、北海道の「時のアセスメント」
された。
(時代の変化を踏まえた施策の再評価)である。
一方、建設省諮問機関である都市計画中央審
1997(平成9)年1月に導入され、日本で初めて時
議会も、地方分権推進委員会と同時並行で審議
間という評価軸を導入した。
を行い、1997(平成9)年6月、中間とりまとめが行
②政府によるこれまでの公共事業再評価の取り
われた。この内容はほぼそのまま、地方分権推進
組み
橋本龍太郎首相(当時)は、1997(平成9)年 12
委員会第2次勧告(同年7月)に盛り込まれた。
月、国の公共事業について事業再評価を行うよう
②都市計画における地方分権改革の到達点
1998(平成 10)年 11 月の都市計画法政省令の
指示した。当時の建設省、農水省、運輸省、国土
改正、2000(平成 12 年)7月施行の地方分権一括
庁、北海道開発庁、沖縄開発庁は、1998(平成
法により、一連の分権改革が実行された。都市計
10)年3月、所管公共事業の再評価実施要領を制
画決定に関する具体的成果は、以下が挙げられ
定し、平成 10 年度から事業再評価が行われること
る。
になった。
・都市計画決定を自治事務とする。
2000(平成 12)年7月の衆議院総選挙での敗北
・都市計画決定に際し必要な建設大臣、都道府
を機に、自民党は党内に「公共事業抜本見直し検
県知事の「認可」「承認」を「同意を要する協議」
討会」を設置した。8月には、自公保連立与党が
とし、協議の視点を明確化
「公共事業の抜本的見直しに関する三党合意」を
・市町村都市計画審議会の法定化
決定し、公共事業 233 件の中止を勧告した。11 月
・政令指定都市の都市計画決定権限について、
末、建設、農水、運輸各省は、このうち 211 件の中
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地方分権に対応した都市計画事業再評価に関する研究(小西)
止を報告した。
図−1:国土交通省所管公共事業再評価の結果
2001(平成 13)年1月、中央省庁改革により国土
交通省が発足し、公共事業の約8割を所管する巨
6,000
大省となった。同年7月には、旧建設省、運輸省、
5,000
国土庁、北海道開発庁の再評価実施要領を統合
4,000
し、国土交通省所管公共事業の再評価実施要領
3,000
を制定した。
2,000
(2)国土交通省による公共事業再評価
1,000
①国土交通省による公共事業再評価の仕組み
0
国土交通省所管公共事業の再評価実施要領に
休止
中止
継続
よると、その内容は表−1のとおりである。
②国土交通省による公共事業再評価の結果
H10年度 H11年度 H12年度 H13年度 H14年度
56
13
0
0
0
12
4
192
21
38
5,747
820
878
767
1,042
表−1:国土交通省所管公共事業再評価の内容
対象事業
の範囲
再評価
実施事業
国土交通省所管の公共事業(①直轄事業、②
過去5年間の事業再評価の結果(図−1 [6])で
公団等施行事業、③補助事業等)のうち、維
は、初年度の再評価事業件数が突出して多い。再
持・管理に係る事業、災害復旧に係る事業等
評価により中止となった事業は少ないが、その中
を除く全事業
でも、平成 12 年度に中止を決定した事業は若干
(1)事業採択(事業費の予算化)後5年間が経
多くなっている。これは、与党三党による公共事業
過した時点で未着工の事業
見直し勧告の影響によると思われ、政治の影響力
(2)事業採択後10年間が経過した時点で継続
の大きさをうかがうことができる。
中の事業
③公共事業再評価に対する評価
(3)準備・計画段階で5年間が経過している事
業(高規格幹線道路に係る事業、地域高規
国土交通省による公共事業再評価は、まだ試
格道路に係る事業、連続立体交差事業等で
行錯誤の段階と言っていいのではないかと思われ
大規模なもの及びダム事業に限る。)
る。国の要領の規定も曖昧な点が多く、各自治体
(4)再評価実施後一定期間(5年又は 10 年)が
の運用も地に足のついたものとは言い難い。しか
経過した時点で継続中又は未着工の事業
しながら、政府の取り組みは、公共事業評価という
(5)社会経済情勢の急激な変化、技術革新等
概念を全国的に広め、各自治体において行政評
により再評価の実施の必要が生じた事業
再評価の
実施主体
・直轄事業:地方支分部局等
価への意識の底上げをはかったという側面はある
・公団等施行事業:公団等
であろう。
また、このシステムによって中止、休止された公
・補助事業等:地方公共団体等、地方公社又
再評価の
進め方
は民間事業者等
共事業がわずかでも存在するという事実は重視す
再評価の実施主体は、再評価作業を行い、
べきであろう。
対応方針(案)及びその決定理由を添えて国
土交通省に提出する。本省が、これらを踏ま
5.都市計画事業再評価に対する取り組み
えて当該事業の補助金交付等に係る対応方
事業評価
監視委員
会の設置
針を決定する。
「再評価の実施主体の長は、再評価の実施に
当たり第三者の意見を求める諮問機関とし
て、
学識経験者等から構成される委員会を設
置するものとする。
」とされ、地方支分部局
等、都道府県、政令指定都市、公団等に対し
「事業評価監視委員会」
の開催と再評価対象
事業について外部委員による再評価を要請し
ている。
(1)国土交通省による公共事業再評価における
都市計画事業
①中止、休止事業の分析
1998(平成 10)年度からの5年間に、再評価の
結果中止または休止となった旧建設省および国土
交通省所管事業の事業種別内訳を見ると、中止、
休止事業のうち比較的多いのは、ダム事業、港湾
整備事業、河川事業などとなっている。また、これ
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政治・政策ダイアローグ(2004.1.)
①近鉄西大寺駅北地区市街地再開発事業
らの事業の大部分は補助事業となっている。
近鉄大和西大寺駅は、1日の乗降客数が 20 万
②都市計画事業の中止、休止事例
中止、休止事業の中で、都市計画決定され、都
人以上あるにもかかわらず、駅前広場や道路の整
市計画事業として行われている可能性があるのは、
備が遅れており、周りも商業施設や住宅が密集し
街路事業、河川事業、土地区画整理事業、市街
ていた。奈良市は、駅の北側に再開発事業を計画
地再開発事業、鉄道整備事業、下水道事業、都
し、1988(昭和 63)年4月に「近鉄西大寺駅北地区
市公園事業、公団事業などである。これらの事業
市街地再開発事業」が都市計画決定された。
しかし、不況でキーテナント企業の誘致が困難
が都市計画決定されているかどうかは、個別に調
な見通しとなったほか、地権者の多数が事業に反
べる必要がある。
対した。そのため事業は以後 10 年間停滞してい
そこで、これらのうちから、都市計画事業として
た。
行われている可能性の高い、「市街地再開発事
1998(平成 10)年 10 月、大川靖則奈良市長は、
業」について中止、休止事業の事例を取り上げ、
再開発事業の断念を表明した。1999(平成 11)年3
都市計画決定の有無を調べた。(表−2)
月、奈良市は、奈良県公共事業評価監視委員会
表−2:中止市街地再開発事業と都市計画決定
中止市街地再開発事業名
長津田駅南口市街地再開発事業
近鉄西大寺駅北地区市街地再開発
事業
花京院一丁目第四地区市街地再開
都決の有
無
に「事業中止」の方針案を提出し、了承された。
②蕨駅西口地区市街地再開発事業
都決年月
1984(昭和 59)年2月、国鉄蕨貨物駅の廃止に
無し
−
伴い、蕨市は跡地利用および蕨駅西口周辺の再
有り
1988.4
整備を検討し、1995(平成7)年2月、「蕨駅西口地
区第一種市街地再開発事業」が都市計画決定さ
れた。
有り
1991.12
勝田駅東口地区市街地再開発事業
有り
1994.3
上本町駅前地区市街地再開発事業
有り
1989.12
新川一丁目地区市街地再開発事業
無し
−
大宮駅東口地区市街地再開発事業
有り
1983.2
牧志・安里地区市街地再開発事業
無し
−
公共事業の再評価対象事業となった。蕨市は、将
蕨駅西口地区市街地再開発事業
有り
1995.2
来のまちづくりにとって必要不可欠の事業とし、見
小松駅前A地区市街地再開発事業
無し
−
直しを前提とした事業継続の方針を提案し、建設
無し
−
省もこれを受けて、事業継続の方針を出した。
無し
−
有り
1998.10
有り
1991.3
有り
1998.12
発事業
幕張駅南口地区A街区市街地再開発
事業
蒲郡駅西地区市街地再開発事業
相生駅前Aブロック地区市街地再開
発事業
大正町1丁目地区市街地再開発事
業
中央北地区(住宅街区整備事業)
しかし、その後の不況により企業の進出が消極
的になるなど、再開発事業の推進が困難な状況と
なってきていた。
1999(平成 11)年度には、当事業が建設省所管
しかし、2000(平成 12)年8月、与党三党の「公
共事業の抜本的見直しに関する三党合意」により、
この事業が中止勧告対象公共事業に挙げられた
ため、再びこの事業の再評価を行うこととなった。
結局、2001(平成 13)年4月には、国土交通省によ
る再評価結果として、「国庫補助中止」とされた。
2001(平成 13)年度以降、蕨市により、事業の見
直しによる継続が検討されてきている。
(2)自治体による都市計画事業再評価への取り
③大宮駅東口地区市街地再開発事業
組み事例
当地区では、1965(昭和 40)年 12 月に大宮駅東
市街地再開発事業の中止事業のうち、都市計
口交通広場が都市計画決定されていたが、乗降
画決定を伴っている3事例について、事業中止と
客数の増加により公共施設整備が追いつかず、そ
なった経緯や、地元自治体のその後の対応などに
の整備が求められていた。1982(昭和 57)年4月、
ついて明らかにした。
大宮市は、「大宮駅東口再開発事業構想」を発表。
75
地方分権に対応した都市計画事業再評価に関する研究(小西)
これに基づき、1983(昭和 58)年2月、「大宮駅東
止又は休止を決定した事業については、もともと
口第一種市街地再開発事業」及び都市計画道路、
自治体もその事業について何とかしたいと考えて
駅前広場などの都市計画決定がなされた。しかし、
おり、そこに国の公共事業再評価が後押しする形
都市計画決定の際に多数の反対・賛成意見が出
で中止、休止の決定に至ったのではないかと推測
され、その後も長らく合意形成に至らなかった。
される。
1998(平成 10)年3月、「建設省所管公共事業の
ただし、平成 12 年度については、平成 10、11
再評価実施要領」制定により、当事業が 1998(平
年度の再評価対象事業で再評価の結果「事業継
成 10)年度の再評価対象となった。大宮市は、事
続」となっていたのにもかかわらず、与党三党合意
業継続の方針を提案し、建設省も、これを受けて
により、再び公共事業再評価の対象として挙げら
事業継続の方針を出した。
れるという事例が存在する。自治体にとっては、再
ところが、2000(平成 12)年8月、与党三党の「公
度の事業再評価を要請されたことになる。これによ
共事業の抜本的見直しに関する三党合意」により、
り「事業継続」から「事業中止」に方針が変更され
この事業が中止勧告対象公共事業に挙げられた
た事例が存在し、自治体の方針に影響を及ぼした
ため、再び事業再評価が進められることとなった。
ことが推察される。
2000(平成 12)年 10 月、大宮市公共事業評価監
②取り組みの方向性
視委員会にて、市の対応方針案として、「休止
3事例から、各自治体がそれぞれ事業の見直し
(2002(平成 14)年度末と期限を設けて、現計画の
を模索した様子がうかがえるが、このような中で、
抜本的見直しを行い、関係権利者の意向を尊重し、
大宮駅東口地区のように、「都市計画の廃止を含
事業手法等を含めた事業の再構築を図る。)」との
む事業中止」という選択をとる自治体が現れてきて
提案を行った。委員会は、附帯意見と共に方針案
いることは注目すべきである。このような選択肢が
を了承した。国土交通省も、事業再評価の結果と
現実的になってきたことを意味しており、今後、他
して、この事業について「国庫補助中止」とした。
の自治体においても、停滞した都市計画事業を見
直す選択肢の1つになっていくことは間違いない
2001(平成 13)年1月、大宮市は、新たなまちづ
であろう。
くりに向けた取り組み方針を決定・公表した。3年
間、計画の見直し検討を行うとともに、地権者等と
のパートナーシップによるまちづくりの推進が目指
まとめ−「都市計画の長期化」に対応する方策の
された。合併後のさいたま市は、2002(平成 14)年
検討
(1)到達点と課題点
度に、今後のまちづくりの基本方向を示す「大宮
駅東口都市再生プラン」の策定検討と同時に、権
本論文では、都市計画事業の停滞と、それによる
利者を対象に、今後のまちづくりについてのアンケ
都市計画制限の長期化という問題点について提
ートを行った。
[7]
起し、その問題を解決していく上で、いくつもの法
そして、それらの結果をふまえ、
制度上の課題があることを述べた。
11 月、さいたま市公共事業評価監視委員会に事
しかしながら、都市計画決定の権限委譲により、
業中止の提案を行い、附帯意見と共に方針案は
自治体の主体的できめ細かな対応が可能となって
了承された。
さいたま市は、2003(平成 15)年度末を目標に
きた点や、公共事業再評価の制度が運用されるよ
都市計画の見直しを行うとしている。市街地再開
うになってきた点などの社会的変化を経て、自治
発事業の都市計画については廃止し、道路や駅
体が公共事業再評価という制度に基づいて都市
前広場等、都市施設の都市計画についても、廃止
計画事業の見直しに取り組む事例が現れ、その結
を含めた変更の検討を行うとしている。
果「都市計画の廃止を含む事業中止」を選択する
(3)取り組みから見えてきたもの
自治体が現れてきたことまでを、本論文で明らか
①公共事業再評価による影響
にした。
これまでの大部分の事業について、自治体は事
一方で、都市計画決定に伴う権利制限と補償の
業継続の意向であった。しかし、数は少ないが中
問題等、法制度上の課題について解決方策を本
76
政治・政策ダイアローグ(2004.1.)
論文で明らかにするところまでは至らなかった。
ることが望ましい」という答えが 61.3%に上った。
(2)都市計画制限の長期化への対応
(回収率 51.21%)
都市計画事業の停滞による都市計画制限の長
期化に対応するための方策としては、今後一層の、
事業再評価による事業の吟味と、自治体が実効性
のある都市計画事業再評価を行うためのシステム、
プロセスの拡充が必要である。また、中止という選
択肢をとる際の法制度的な障害を取り除き、自治
体の政策決定として公平な判断ができる状況を作
り出していくことが必要である。
(3)自治体政策としての都市計画事業再評価に
向けて
これからの都市計画に求められるものは、時代
の変化に合わせて都市計画を調整、修正していく
システムであろう。自治体レベルで都市計画、街
づくりに携わる人間にも、過去に計画された都市
づくりのプランを実際の都市に合わせて調整、修
正していく役割がより求められるであろう。
注
[1] 「都市計画年報・平成 13 年(2001 年)」国土
交通省都市・地域整備局監修、(財)都市計画
協会 他による。
[2] 朝日新聞(2001 年 6 月 29 日)
[3] 荒秀(1983)「土地利用規制と補償」(「現代
行 政 法 大 系 6 」 有 斐 閣 ) 277 頁 、 阿 部 泰 隆
(1988)「国家補償法」(有斐閣)278 頁、小出和
郎(2002)「橿原市の都市計画道路の変更」
(「都市計画 235」(社)日本都市計画学会)12
頁など。
[4] 坂和章平(2000)「実況中継 まちづくりの法
と政策」(日本評論社)173 頁
[5] 西尾勝(1966)「都市計画の行政制度」(都市
問題講座7「都市計画」有斐閣)88 頁
[6] 「平成 13 年度国土交通省政策評価年次報
告書」(平成 14 年6月 25 日)および国土交通省
記者発表資料による。これらによると、平成 13
年度については1事業が、また平成 14 年度に
ついては 14 事業が評価手続中となっているた
め、結果に反映されていない。
[7] アンケート結果では、大宮駅東口市街地再
開発事業の今後の対応をどのようにしたら良い
かとの質問に対し、「現再開発事業を中止にす
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地方分権に対応した都市計画事業再評価に関する研究(小西)
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