特別養護老人ホーム「カサデマドレ〜母の家〜」

定 伝 統 工 芸 品の伊 勢 木
綿で作った記 念 扇 子と友
袋を土産物として発売し
た。 希望小売価格1万5
床新設し診療所も併設
月に安 濃 町 妙 法 寺89
年 度の新 設 備の ができるように1ユニッ レが 完 備。 入 浴 は 車い 0281。
人の少 人 数で家 庭 すで入れる。 入 居 費 用
2月
日に無料相談会
困った時は行政書士に聞いてみよう!
ル」 として登 録した。
問 合せは安 濃 聖 母の 2日( 火 )に津 市 と協
。3年ごとに施
施 設は入 居 者がやす 個室は約7畳(約 ・5
高 齢 者はますます 増え 日現在)
。 全室エアコン、トイ 家=電話059(267) 定を結び、「避難協力ビ
続けていく。 特養ホーム 設 整 備 計 画 を 立ててお らぎ、いやしのある生活 ㎡)
を 希 望 しても、 満 員の り、
年 ト
床の施 設が計 画 的な温 も り ある空 間に は収入に応じて設定。
ために入れず、待機して 建 設 計 画は無 く、
度に
で「母の家」の意味で、
母性愛のある温かみのあ 科医が就任予定。
日設 は
日(日) 午 前
時
る施 設にと秋 元 理 事 長
社 会 福 祉 法 人 聖フラ 三重県行政書士会津支
同 支 部では「 行 政 書
ンシスコ会は昭和 (1 部(米田智彦支部長) 士は守 秘 義 務があ り、
が名付けた。
施設の敷地面積は73 981) 年9月
秋元眞樹。 昭和
年4 津城山で「行政書士記
建物は2階建て延べ27 谷斎三郎、現在は長女・ 小野辺町のイオンタウン
83㎡( 約843坪 )
。
念日の無料相談会〜困っ
た時は行政書士に聞いて
みよう!〜」を開催する。
相 談 会では、遺 言 書
や遺 産 分 割 協 議 書、契
約 書・示 談 書・内 容 証
明 書の作 成、離 婚 協 議
文生代表取締役 録で、常 時 避 難 可 能な
棟 とあ
棟が市 民に提
は「 自 社の〝 災 「 避 難ビル」
害に強いビル〟に わせ計
ついて 制 震 構 造 供される。
市は「 収 容できるの
採 用の建 築であ
り、非常食と水 は 万人余り。 場所や
える( 避 難できる)ビ
を備蓄している」 使用時間など実際に使
と話した。
同ビルは、土・ ルを知っておくことが大
日 曜日 と祝日、 切」 と話す。 高層建築
年 末 年 始・夏 季 が少ない市 北 部や南 部
休暇・ゴールデン の海 岸に近い地 域の避
日 午 前9時から午 後6 の3階 以 上の建 物に外
時 まで時 間 を 限 定して 付け階段を取り付ける
利用が可能。 今回の登 などして対応している。
るアサザ を 日
常の場で育て、
それを 湖に植
えることで 環
境 を 学 んでい
る」 と協 働に
よる成 功 事 例
を紹介し、
「依 と話した。
続いて、大和ハウス工
存 す るのでは
なく、自ら作っ 業( 株 )と上ノ村 環 境
たネットワーク 保全プロジェクト(白山
の中に参 加 さ 町)の取り組み、キャノ
せる形で行 政 ンマーケティングジャパン
の協 力 を 得る ( 株 ) と 野 原 村 元 気づ
「ふるさ と 応 援 カンパ
同事業は農山漁村と のがポイント。 細 分 化 くり協議会(大紀町)
ニー推 進 事 業 」 に取 り 企 業の資 源と課 題がう された知を体 系 化 する の取 り 組 み2ケースが
組んでいる県は、事業の まく結びつくことで、双 新しい知の構築が必要」 発表された。
さらなる活 動 拡 大を図 方にメリットがあるより
年度から
るため2日(火)
、津市 良い関 係の創 出 を 目 指
一身 田 上 津 部 田の生 涯 そうと平成
初 めに、 認 定NPO
法 人アサザ基 金 代 表 理
学習センターで「三重の 取り組んでいる。
推進大会」 を開いた。
ふるさと応 援カンパニー
取 りたい、 成 年 後 見 制 ください」 と来 場 を 呼 発 表 が あ り、CSRを 業 との協 働 活 動による
始めたい、 営 業 許 可 を 安 心 して相 談にお 越 し 講 演や取 り 組み事 業の 事の飯 島 博さんが「 企
書 を 作 り たい、 事 業 を
71
ウィーク期 間 を 除 く 毎 難場所については、私有
13
度の利用相談などいろい びか けている。 予 約 考える企業人、地域活 農 山 漁 村のイノベーショ
ろな 質 問や 相 談に、 身 優 先。 予 約・問 合せは 性化に取り組む行政関 ン」 と題して講 演。 飯
は普段着の着物なんです」
下の食品売り場で伊勢木
案 していま す。 格 好いい
isemomen.com
84
2番地に軽費老人ホーム
「安濃聖母の家」(定員
人)を開設。 平成
18
参加した。
浦(茨城県)に生息す
電話070(5250) 係 者 など約100人が 島さんは「参加者は霞ヶ
サラリーマン 傾向になった。「商品開発 で新しい着 物ができる。 2444。
は「帰ってく いものでないと売れない。
を 経 験。 父 こそ生き残る道です。 良 「 晴れ着ではなく、 木 綿
るな」 と言っ お客様がほしいと思うも
のでないと売れない。 反物
呉 服で大 き くなった高
島屋も三越も今は、着物
ていたが、
歳 を 期 に 帰 である着 物が売れないと 売り場は隅に小さく追い
どの小 物では量がはけま
省 して 家 業 いけないのです。バッグな やられている。「私は、地
を継いだ。
と期待を寄せる。
当 時 は 日 せんが、 伊 勢 木 綿 を 知っ 綿を着た女性を歩かせて
米 交 渉 で 紡 てもらうには格好です」 キャンペーンを張ろうと提
錘 機や 織 機
人の従 業 員 が 機 を 織 いただけます」 と力を込
入ると、豊田織機の織機 だった。 売 り 先は無 く、 が並び、織子4人を含め くて、格好良ければ着て
を導入して生産量が上が 在 庫が山 積み。「 木 綿な
良い関係を築こう!
13
年4月には同 町 今 徳
―2に、 特 別 養 護 老 人
人)
、短期入
ホーム「安濃聖母の家」
(定員
所生活介護施設 「安濃
聖母の家」
(定員 人)
、
デイサービスセンター安
避難協力ビル 市と協定
「 行 政 書 士の日 」(2 近 なま ちの法 律 家であ
・4坪 )
、所 長には内
月 日 ) を 記 念して、 る行政書士が応じる。
併 設 する診 療 所は鉄
サデマドレ」はスペイン語 骨平屋建て179㎡(約
津 市では特 別 養 護 老 されている。この施設開 なっている。 名 称の「カ
良く、おしゃれなので江戸
イメージして、職人の手で
を 破 棄 させ
今も、創業以来の工場 じゃないですか。とにかく
仕上げた。 糸は太めの単 した。 伊勢木綿は品質が が始まりました。 明治に られて、大変な繊維不況 には約 台の小型の織機 着てもらう。 着心地が良
糸。よりを戻せば指で切
さは糸にある。
初は一身田に通っていたよ 品質が高く、産業として
亀 山 市の三寺の出で、最 います。 津の伊勢木綿は
室町時代に綿の種が伝
わって以 来、 木 綿の生 産
う で す。 江 戸 時 代の後
千円で3〜4万円
[email protected]
歴史を語る。
。 電 話 0 5 9( 2
父(故・賢一)と母(玲子) 文が来るようになった。1
大学を卒業して東京で の名で、それぞれ表彰状 反(着物1着分の生地) 3 2) 2 0 2 2、 メ ー
確立していました」。次第
が始まったといわれる。 江
期に木綿織りに転じまし に熱を帯び、伊勢木綿の 物産展に皆勤だったので、 木綿を着るのがはやって注
家 庭 は 母 と 妻2 男1
いう時代だった。
1反を織り出 す。 ゆっく
女。 多彩だった趣味も控
「 家 業 を 継 ぐと、父は りしたペースだ。
母と全国の物産展に出か
最近、京都の若い人た え、今は仕事一筋。
■臼井織布株式会
けて宣 伝していました。 ちが、古 着 屋で見つけた
社 = 津 市一身 田 大 古 曽
戸時代には伊勢商人を通
りが工業化し、工場生産
して綿花が集められ、伊 た。 江戸時代末期に手織
勢 平 野は一大 産 地を形 成
災害に強い「津丸の内ビル」
濃聖母の家(定員 人)
社会福祉法人聖フランシスコ会(本部・津市安濃町妙法寺、秋元眞樹理事長)が、安濃町戸
三交不動産(株)は、 避 難 協 力ビルとして
を開設した。
島のグリーン道路沿いに特別養護老人ホーム「カサデマドレ〜母の家〜」を4月1日(金)オー
各施設とも随時見学・ 津市丸之内9番 号に 番目になる。
プンする。特養 床に加え診療所を併設する予定。特養ホーム待機者にとっては朗報だ。
入居申し込みを受け付け ある「 津 丸の内ビル」
この日、 津 市 役 所で
超高齢化社会を向か 人ホーム待機者が337 設により充足が一歩前進 全 室 個 室 型のユニットと ている。 新施設では入居 を津波発生時の避難場 調 印 式が行われ、森口
地域交流室などがある。 者と看護職員を募集中。 所としての使用を決め、
え、介 護 を 必 要 とする 人いる(平成 年9月1 する。
やすらぎ、
いやしのある暮らしを
50
36㎡(約2223坪)
、 立。 初代理事長は伊勢 〜午 後4時、津 市 久 居
10
いる人も多くいる。
11
17 56
57
2万〜3万円。 仕立代が ル
近 年やっと生 産が上 昇 1万
が残っています」
67
一志農機商店買取部
相好体操倶楽部
株式会社アポア
HIVE
ガイソー
津和美装社
メガネのマスダ
三重公務員学院
パティスリームラング
24
81 24
21
10
28
60
「臼井家は元は紺屋で、 りました。 小幅の織機で んか誰が着るものか」 と る。 1台の織 機は1日で める。
らかい。 伊 勢 木 綿の優し
糸 を 染めていたのです。 すが、今 も 現 役で働いて
れる。 肌触りは温かく柔 で売れた。
40
2
農山漁村と企業が協働
26
特養
伊 勢 志 摩サミットの開
催を記念して、三重県指
4月1日 安濃町戸島グリーン道路沿いにオープン
50
22
21
29
※ イメージパース
52
13
三重のふるさと応援カンパニー推進大会
60
10
15
60
臼井 成生 さん(63)
伊勢木綿はお洒落な普段着です
30
特別養護老人ホーム「カサデマドレ〜母の家〜」
千円。 英虞湾の海の色を
伝統工芸伊勢木綿
臼井織布 ( 株 ) 代表取締役
(昭和 63 年 4 月 2 日第 3 種郵便物認可)
毎週金曜日発行
第 1472 号
三 重 タ イ ム ズ
平成 28 年(2016)2 月 12 日(金曜日)
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