社会福祉援助技術論1 第3講 第2章では、ソーシャルワーク実践を方向づけるものとして、ソーシャルワークの価値を学習しました。 ソーシャルワーク専門職は、ソーシャルワークの価値を深く理解し、ソーシャルワーク実践のなかにしっ かりと位置づけ、具現化していかなければなりません。 27 社会福祉援助技術論1 第3講 「価値」は、人の判断や行動に影響を与えます。ソーシャルワーカーの判断にも、「価値」が大きく影響し ます。ソーシャルワークとしてどのような援助の方向性をとるのか、さまざまな制約の中で援助や社会資 源の配分をどのような優先順位で行うか、個々の実践場面においてどのようなアプローチや方法を選択 するのか、個々の実践場面においてどのような言動をとるのかなど、ソーシャルワーカーは多くの判断を 求められ、その判断には「価値」が影響を与えるのです。 ソーシャルワーカーの実践は、クライエントとの面接場面を想像するとわかりやすいかと思いますが、瞬 時の判断が求められ、瞬時の判断に基づく行動が積み重ねられるものです。そうした瞬時の判断が求 められる時、判断材料としては、(1)法律・通知等のいわゆる法的根拠、(2)倫理綱領、行動規範、ガイドラ インやマニュアル、(3)科学的根拠のあるアプローチや支援方法、(4)これまでの知見の積み重ねから見 出される 方向性、(5)所属する組織の指針、スーパーバイザーなどから示される方向性、などがあります。 実際のソーシャルワーク実践の場面では、判断材料が明確とは限りません。それらが明確でない場合、 ソーシャルワーカーとしての判断には、「価値」が影響を与えます。判断材料として、どれを選択すべきか もそうですし、優先順位をつける判断も影響を受けます。そのため、ソーシャルワークの価値を正しく理 解し、身につけておかないと、知識や技術を身につけていても、ソーシャルワーク専門職としての適切な 判断ができないおそれがあります。 28 社会福祉援助技術論1 第3講 ソーシャルワーカーは、絶えず変化する社会において、ソーシャルワーク実践を展開します。その実践は、 さまざまな判断に基づく行動の積み重ねであり、その判断の根底には、何のために何をめざすのかとい うソーシャルワークの価値があることを学びました。そして、ソーシャルワーカーは、専門職として実践を するのですから、専門職としての知識と技術が求められます。 知識が技術を支え、実践に活用された技術の積み重ねが理論となり、新たな知識として次の技術を支え ます。ソーシャルワークの価値を根底に置き、豊かな知識と技術がソーシャルワーク実践の質を支え、 ソーシャルワークの目的を実現していきます。価値、知識、技術は、このような関係にあります。 29 社会福祉援助技術論1 第3講 では、まず、ソーシャルワーカーに求められる専門職としての固有の知識とはどのようなものかを考えて みましょう。国際ソーシャルワーカー連盟のソーシャルワークの定義は、「人間の行動と社会システムに 関する理論を利用して」と言っていますから、この知識は必須のものでしょう。 ソーシャルワークの構成要素から、もう少し紐解いてみましょう。 まずは、クライエントあるいはクライエントシステムとクライエントのニーズの理解が求められます。だとす れば、求められる知識の第一は、「人間の理解」でしょう。人間を理解し、人間の行動の理論に関する知 識が不可欠です。それは、人間の発達、心理、認知、行動、病気や障害、家族システムなどの知識です。 医学や心理学などの知見から得られた支援理論を学ぶことにつながります。 次に、クライエントを取り巻く環境でもある社会を理解するための知識です。ソーシャルワーカーは社会 の変革も促しますので、社会を理解するための知識が求められます。歴史、文化、社会構造、社会現象、 社会問題や社会システムなどの幅広い知識です。 ソーシャルワーカーは、クライエントのニーズに対して、社会資源を活用してニーズの充足や課題の解決 を図ります。したがって、社会資源に関する知識が求められ、その多くが公的な仕組みによって規定され ていることを考えると、福祉に関する政策や法律、制度、サービスの運用基準などの具体的な知識を欠 かすことはできないのです。 30 社会福祉援助技術論1 第3講 ソーシャルワーカーがクライエントの支援として積み重ねていく行動は、ソーシャルワークの目的に向 かって一定の手順や方法で行われるもので、ソーシャルワークの方法、援助技術と呼ばれます。個人へ の直接援助、グループへの援助、地域への援助や社会福祉調査、組織の運営管理などの方法や技術 です。また、人間の行動に関する理論を基盤にした支援の方法、療法やアプローチは、科学的根拠に基 づくものですから、前提となる理論や考え方を理解したうえで、目的やポイントをふまえ、手順に沿って行 動することが求められます。 ソーシャルワーク実践は、専門職としての実践ですから、常にその根拠を説明する責任があります。科 学的な根拠に基づく方法などは、その知識を実践に生かしていきますし、法律や倫理綱領などで明示的 なものもあります。必ずしも科学的根拠が示されていないものでも、実践の蓄積から導かれた知見が、 教育や実践の場で伝えられ体系化されていくものもあります。それらをきちんと実践の根拠として据え置 き、必要に応じて説明します。さらに、これらを明確に示すことが難しい場合でも、少なくとも、どのような 価値判断のもとにその実践をしたのかという軸足がぶれないために、ソーシャルワークの価値について も正しく理解しておくことが必要です。 31 社会福祉援助技術論1 第3講 第1章で学んだ、「求められる社会福祉像」からも、求められる知識が読み取れます。該当部分を抜粋し ました。 (2)地域において利用者の自立と尊厳を重視した相談援助をするために必要な専門的知識、(3)人と環境 との交互作用に関する専門的知識、(6) 一連のケアマネジメントのプロセス(アセスメント、プランニング、 モニタリング等)を理解、(9) 権利擁護と個人情報の保護のための知識、(10) 就労支援に関する知識、 (12) 組織の管理やリスクマネジメント等、組織や経営に関する知識。 32 社会福祉援助技術論1 第3講 ソーシャルワークは、知っている、理解しているという「知識」だけでは実践できません。知識を行動化し、 実践する「技術=スキル」が必要です。スキルとは、特定の知識と訓練を要する行動や活動のことを言 います。ソーシャルワークのスキルは、ソーシャルワークの価値に基づいて、ソーシャルワーク専門職の 固有の知識を得たうえで、実践的なトレーニングを積んで修得するものです。そのために、ソーシャル ワーク専門職として社会福祉士をめざすみなさんには、指定科目の学習のほか、ソーシャルワーク実践 の場面を想定した演習と、実際の実践現場における実習が準備されているのです。 社会福祉士の資格を得たら、それでソーシャルワーカーとして適切な行動や活動ができる総合的な力量、 コンピテンシーが獲得でき、完成するというものではありません。ソーシャルワーカーとして実践を積みな がら、スーパービジョンを受けるなどして、自分自身がソーシャルワーカーとして適切な行動や活動を行 うことができているのかどうかを確認し続ける必要があります。 具体的な技術として、「求められる社会福祉士像」に「技術」や「できる」と表現された項目を見てみましょ う。 (2)地域において利用者の自立と尊厳を重視した相談援助をするために必要な技術、(3)人と環境との交 互作用をアセスメントするための技術、(4)利用者からの相談を傾聴し、適切な説明と助言を行なうことが できる、(5)利用者をエンパワメントすることができる、(6)自立支援のためのマネジメントを適切に実践、そ の効果について助言することができる、(7)他職種とのチームアプローチをすることができる、(8)社会資 源の調整や開発、ネットワーク化をすることができる、(9)権利擁護と個人情報の保護のための技術を有 し、実践、その効果について評価することができる、(10)就労支援に関する技術を有し、実践、その効果 について評価することができる、(11)福祉に関する計画を策定、実施し、その効果について評価すること ができる。 具体的な実践を行うための面接等のクライエントを理解し、援助関係を形成する技術であったり、アセス メントや評価、説明の技術といった、ソーシャルワーカー自身が表出できるスキルと、関係機関や組織な どと適切な関係を取り結ぶ技術など、非常に幅広い技術が求められていることがわかります。 33 社会福祉援助技術論1 第3講 ソーシャルワークを継承可能なものとして伝えていくことは、専門職としての自己再生産という、非常に大 切な働きにつながります。専門職がその専門性でもってクライエントを支えるということは、支え続ける責 任と、それを受け継ぐ後継者を育成する責任を持つということです。「継ぐ」ためには、技術を個々人に帰 属する職人的な熟練技として置くのではなく、伝達可能なものとしていく必要があります。ソーシャルワー ク実践において技術が活用され、それが実績を作っていきます。積み重ねられた実践、実績によって、 技術が体系化され、理論化されることによって、技術は多くの人に受け継がれて共有され、さらなる技術 の向上にもつながっていきます。 社会福祉士の倫理綱領は、その前文で、「われわれはソーシャルワークの知識、技術の専門性と倫理 性の維持・向上が専門職の職責であるだけでなく、サービスの利用者は勿論、社会全体の利益に密接 に関連していることを認識」していることを言明しています。私たち、ソーシャルワーカー、ソーシャルワー カーの育成に携わる教員、ソーシャルワーカーをめざすみなさんすべてが、この認識を共有しながら、 ソーシャルワークの学びを深め、ソーシャルワーク実践が豊かな内容をもって展開されることを期待しま す。 34
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