1 1. - こどもみらい館

平成 25 年度 第 5 回共同機構研修会
京都市子育て支援総合センターこどもみらい館
講師
田中
1.はじめに
一史
京都市児童福祉センター
児童精神科医師
感覚・運動の問題などの発達特性による要因も同
今回,「気になる子どもをどうみていくか」と
時に考えなければなりません。どちらかだけを捉
いうテーマをいただきました。
えてしまうと子どもの行動や発達について正し
私は,医師という立場なので,診断をつけてい
い評価を見誤ります。私のような児童精神科医は,
くという役割を担っています。ただ,診断をつけ
逆に発達特性に偏った捉え方をしてしまいがち
て終わりという訳ではなく,特性を評価し,それ
になりそうですが,順序としては発達特性をしっ
を支援につなげる作業をしていく事がお子さん,
かり理解した上で,それでは説明が付かない問題
そして保護者にとって役立っていく・プラスにな
や,場面による違いがあることではじめて二次的
る,そこまでやってこその診断だと考えています。
な要因を考える必要があります。このためには,
発達障害を見極めていくという作業,それを保護
やはり発達障害を理解していることが大切です。
者に伝えていく作業が,お子さんと関わる事の多
これを踏まえて,気になる子どもを見ていく大
い皆さんにとって少しでも役立つ事があるので
切なポイントを3つあげてみました。1つ目は
はないかと思って今回の話を組み立てさせてい
「保護者の困り」と「支援者の気付き」を「子ど
ただきました。
もがどう困っているか」という視点で共有するこ
2.「気になる」=「困ってるのは誰」
と,2つ目は,「気になる行動がなぜ起こってい
気になるとはどういうことか,困っているのは
るのか」の背景に「発達特性」の違いがあること
誰かという視点を持って捉え直してみましょう。
を認識すること,3つ目は,その上で具体的な支
保護者が感じている言葉の遅れ,他児との違い,
援方法や,関係機関との連携・相談先などの知識
支援者側が感じる問題として,集団でうまく動け
を持っておくことです。保護者と支援者との間に
ない,他の子とのトラブルを起こすなど,周りの
おきるズレも,このことを意識すれば起こりにく
大人から見ての気づきや困りは拾われやすいで
いと考えます。
す。しかし,見過ごされやすいのは,気持ちを伝
3.発達障害とは
発達障害とは,生まれつき持っている脳の先天
えられない,どう遊んだらいいのか分からないな
ど子ども自身の困りです。
「困っているのは誰か」
的な問題によって起こるもので,環境や育て方に
という視点が必要です。
よる問題ではありません。生まれつき脳の情報処
理過程に違いがあるということ,言い換えれば脳
では,気になる行動はどのような要因で起こっ
ているのでしょうか。保育や教育に携わる方の多
のタイプの違いであり,個性とも表現できます。
くは,家庭や保育環境の影響から来る経験不足や,
実際,障害という言葉が受け止めにくい保護者に
親からの虐待等の不適切な対応により適切な行
は,個性と言い換えたりしています。
動が身に付かない状況の存在,厳しく育てられた
浜松医科大学の杉山登志郎先生は発達障害に
り,過度の期待からくる自己否定感などの後天的
ついて,
「発達凸凹」という表現を使っています。
な要因の可能性に目がいきがちですが,対人コミ
つまり,発達の凸凹が大きい人が環境との不適応,
ュニケーションの問題や,場面の理解ができない,
ミスマッチで二次的な困難を示した状態が発達
新奇場面への不安,独特の注意の向け方,
障害というということなのですが,
「障害」と「タ
1
イプの違い」をイメージしやすい言葉だと思いま
の三つ組みの特徴で診断されます。自閉症の特徴
す。
としてよく挙げられる「こだわり」は想像力の偏
発達障害という概念で意識して欲しいのは,
りの特徴の一つで,必ずみられるわけではありま
「発達の遅れ」と「発達の偏り」という二つの別
せん。三つ組の特徴の表れ方は,典型的に重度の
の軸があるということです。広い意味では,知的
自閉症の人から,一見すると自閉症に見えない特
障害など全体の遅れも含まれますが,一般的には
徴の軽いパターンの人まで様々です。
発達障害とは発達の「偏り」が大きい人という意
これまでの診断概念では,知的な遅れや言葉の
味で使われています。
遅れを含んでいるものを「自閉症(カナータイ
プ)」,知的障害がないものを「高機能自閉症」,
自閉症が軽く言葉の遅れがないものを「アスペル
ガー症候群」と呼ばれていますが,言語発達の遅
れがあって自閉症の診断に入る場合でも,後に言
語性のコミュニケーションが多くなり「アスペル
ガー症候群」の特徴を示す場合も多くみられます。
このような診断名の違いは昨今では臨床的な
意味が無くなりつつあり,これら全てを含んだ
「自閉症スペクトラム」という概念が用いられる
方向になっています。支援・サポートの考え方が
図1
発達の遅れ,アンバランスさともに,程度に違
共通しているので分ける意味がなくなっている
いがあり,グレーゾーンとよく言われるように,
ということです。
境目は非常にあいまいで,どこで線を引くかは難
自閉症スペクトラムの人はそれぞれに違いが
しいです。図1のグラフで示すように,知的能力
あり,三つ組の行動特徴は,「偏り」の水準の強
程度の軽い人でも,自閉症が重い人もいます。
さだけではなく,発達年齢や知的能力,おかれて
「発達の偏り」の中で,診断として定義されて
いる環境によって変わってきます。「この行動が
いるものは主に次の三つが挙げられます。
あるから自閉症なんだ」「こういう事が出来てい
自閉症スペクトラム障害(ASD)
るから自閉症じゃない」のような形にはなりませ
多動性障害(ADHD)
ん。特徴的な行動の有無ではなく,三つ組の苦手
学習障害(LD)
さがどのような感じで,どの年齢に,どんな場面
これ以外にも別に定義づけられているものも
で出ているかをイメージ的に捉えていくことが,
ありますが,重要なのがこの三つになります。特
診断ではなく支援する役割を担っているみなさ
に,就学前の子どもを見るときには,自閉症スペ
んにとって非常に大事なことではないかと思い
クトラム障害の特性がどんなものなのかを理解
ます。
していれば,捉え間違いや拾い洩れをする事がな
(1)対人社会性の障害
いと思います。
発達段階の早期からみられる対人社会性の特
-自閉症スペクトラム障害とは-
徴として,人のことをどう見ているのか,どれだ
今は自閉症スペクトラムという言葉は大分定
け人に注目しているかといった,周囲の人への注
着してきたのではないかと思います。この概念は
イギリスの精神科医 Lorna
目・意識の持ち方の量と質の問題があります。
Wing が提唱したもの
定型発達の子どもの多くは乳児期からあやす
で,自閉症スペクトラムの人は,人との相互交
と笑うなど人への注目がみられますが,自閉症特
渉・コミュニケーション・想像力の質的異常(さ
性の強い子の場合,自分の興味のある物には関心
らに反復的な行動や興味のパターンを持つこと)
を示すのに対し,人からの働きかけには反応を示
2
さないといった行動がみられます。他にも,視線
を合わせることが少ない,愛着を示したり,なぐ
さめを求めないなどの人への関わりの量が少な
いという問題があります。一方,視線を合わせる
ことは少なくないものの,その人や場面が限られ
ている場合や,知らない人にもべたべた抱っこを
求めるといった愛着の持ち方の質の違いがみら
れます。たとえば,人見知りについては,定型発
達の場合,乳児期からある程度みられますが,自
そしてコミュニケーションに使われる道具と
閉症スペクトラムの診断がつく子の場合,人見知
して,言葉と,言葉以外の身振り手振り・視線・
りがなさすぎるという形で対人社会性の問題が
表情などがあります。
現れることが多い印象があります。
言語によるコミュニケーションの特徴の代表
続いて他児との関わりについてですが,自閉症
例として,話し言葉の発達の遅れ,偏り,アンバ
スペクトラムの子どもは,一人遊びが多く反応が
ランスさが挙げられます。
少ないといった関わりの量の問題と,相手に合わ
量的な問題である言葉の遅れはわかりやすい
せることが少なく一方的に言われるままに行動
特徴ですが,エコラリア(いわゆるオウム返し)
してしまう,限られた人しか関われないといった
や,主客の逆転(ただいまおかえりなど同じ場面
質の問題がみられたりします。また,他の子がや
でも立場で使い分けられる言葉を間違ったまま
っている事が気にならず,周りの子からの働きか
修正しにくいこと)など質の特徴もよく見られま
けにも意識や反応が弱いといった特徴,集団場面
す。
での暗黙の了解が分からない,相手の意図や状態
イントネーションの奇妙さや声の大きさの調
が分かっていないなど社会的な状況判断が出来
整ができないといった特徴もあります。
ないといった特徴があります。社会的な状況判断
また音声言語の聞き取りが弱く,相手の話して
の例として,幼稚園児の中には自分が大事にして
いることの内容が理解しにくかったり,相手の反
いるおもちゃであっても,自分より小さい子が欲
応に関係なく一方的になってしまったり,そのこ
しがっていることに気づいて貸してあげるとい
とで自分から働きかけづらくやり取りになりに
った社会的立場を意識した行動を取れる子がい
くいことも多いです。
るのに対し,自閉症スペクトラムの子どもの中に
言葉以外のコミュニケーション方法である,表
は,他の子が使っているおもちゃを勝手に取り上
情・ジェスチャー・しぐさなどをうまく使えない
げてしまい,取られた子どもが泣いてしまっても
という特徴もあります。例えば楽しく遊んでいて
その理由がわからないといった,興味のある物は
もそれが顔に表れず無表情だったり,辛い時に笑
見ても周りの人のことを見ず,状況がわかってい
ってしまうなど本人の気持ちが私たちが知って
ないことがあります。この時に叱ってもなぜ叱ら
いる表現と一致しないなどです。
れているのか分からないわけで,これは保育の場
続いてコミュニケーションの要素の切り口で
面ではよく見られる事例ではないでしょうか。
「理解の困難さ」についてです。
(2)コミュニケーションの障害
特性として耳から入る言葉の意味を抽出する
コミュニケーションの要素とは,相手に意図す
のが難しかったり,相手の働きかけに対する準備
ることを投げかける表出,相手から意図を投げか
が出来ていないため,コミュニケーションされた
けられたことを捉える理解,それを繰り返すこと
ことに気付きにくかったり,言葉を合図ととらえ
で生まれるやり取りといった3つの要素で成り
て内容や誰に向けられた言葉かはわかっていな
立っています。
かったりします。また,全体の一部分だけを聞い
3
て反応してしまうことや,非言語的コミュニケー
わからないからです。
ションがわからない,視覚的な情報が優先される
定型児は,経験したことがない場面でも何かし
話し言葉に注意が向かないといった特徴もあり
らの取っ掛かりを見出す事が上手だと感じます。
ます。ある高機能自閉症の当事者は,幼児期には
一方で,自閉症スペクトラムの子どもは,繰り返
父からの言葉でさえどこからか聞こえる音でし
すことや決まった通りに物事が進むことを好み,
かなく,意味のある働きかけだと気付かなかった
環境がわずかに変わっただけでも対処できず固
と語られています。
まってしまうことが多くあります。よって様々な
次に「表出の困難さ」ですが,言葉など意志表
決め事を作りたがる傾向があり,強く執着する場
示の手段に乏しいことももちろんですが,とくに
合には「こだわり行動」といわれます。
機能的表出という「要求」
「援助要請」
「拒否」
「注
当事者のウェンディ・ローソンさんは「何かに
意共有」の表現が乏しいのが特徴であり問題とな
立ち向かわないといけないと前もって分かって
ります。例にあげたように,母を引っ張ってはこ
いる時は,なるべく変わらない物を用意しておく。
れてもしてほしいことを正確には言えないとい
それを頼りにしていれば,変化のショックも和ら
った事や,独特の表現で意志表示するために周り
げられるし,自分が主導権を握ったままでいられ
からは意図がわからないことが多いです。また,
る」と語っています。社会的に不適切な行動かも
表現を知っていても,使える場面や相手が限られ
知れませんが,この人にとっては「こだわり」が
るといったこともよく経験します。
あることで,変化や新しい場面でも耐えられるの
(3)想像力の障害
です。「こだわり」は,多くの場合,その人にと
想像力(イマジネーション)とは,目の前に無
って必要であり,むやみに取り上げないという事
いものについてイメージを作りだしたり,直感的
が大切です。
に捉えたりする力のことです。これは遊びだけの
自閉症スペクトラムの子どもには,待つ事,切
話ではなく,私たちは日常生活の中で物事の段取
り替える事の難しさを持つことが多いです。では
りをつけたり,見通しを持ったり,予想をつけた
定型児はなぜ待てるのかと考えると,別の可能性
りなど無意識にこの力を使っています。
を想定して切り替えられるからだと考えていま
遊びの場面でみられる特徴はままごと遊びが
す。自閉症スペクトラムの子どもは,代わりのこ
できないことです。ままごと遊びは,他児とイメ
とを提案されても自分の中の見通しが決まって
ージを共有したり見立てをするなどかなり高度
いて途中で修正がききにくいのです。さらにこだ
にイマジネーションを使います。自閉症スペクト
わりや独特の興味・関心事があると,よほど納得
ラムの子どもは,同じようなことをしているよう
できる理由がないと切り替わりません。本人の中
に見えても,一人で体験した事を再現する遊びを
で納得のいく新たな捉え方を見つけることは大
していて,これはイマジネーションではなく記憶
変で,決してわがままでやっている事ではないの
力を使っています。またイマジネーションが弱い
です。
と遊びが続かず,ミニカーを並べるだけ,ブロッ
(4)感覚の偏り
クを積むだけ,線路を一つつなげるだけと,次々
自閉症スペクトラムの特徴は三つ組み以外にも,
と落ち着かずウロウロしているような子はよく
感覚面での違いが様々な場面で見られます。就学
見かけます。このような場面を見て多動と間違わ
前の児を支援するためにはここを理解しておく
れがちですが,これは,多動ではなく「想像力が
ことが非常に大事だと思います。
弱い」ことによる結果なのです。
感覚には,五感+2つの感覚があげられます。
遊び以外では,初めての場所・人・場面が苦手
①視覚⇒回るもの,光るものに没頭する等
という特徴です。これはその場面を実際に見て経
②聴覚⇒音に敏感,特定の音を嫌がる,執着する
験しないとイメージを作れず,どうすればいいか
等
4
③触覚⇒特定の手触りを好む,服や手袋,帽子の
りするなどが見られます。
感触に敏感,触られることに抵抗する等
感覚の問題は大事であり,そのような特性があ
④嗅覚⇒臭いに敏感等
るかも知れないという想定で子どもの行動を観
⑤味覚⇒味に敏感,頓着しない,刺激物を好む等
察してみてください。
⑥固有感覚⇒強く抱きしめられることを好む,叩
手先の不器用さや運動が苦手という事もよく
く,噛むなど刺激する行動をする等
見られる特性です。高機能自閉症やアスペルガー
⑦前庭感覚⇒くるくる回るものを好む等
症候群の子どもは,運動面の不器用さが強いこと
感覚の偏りには,量的なコントロールの難しさ
が多く,困りを感じたり自信を失いやすいです。
と特定の刺激に対する感じ方の違いという質の
あとは行動面の問題として,注意力散漫,多動,
問題があります。(感覚特異性)
衝動性などがあります。注意力の問題というと
量的なコントロールの難しさは,感覚刺激が選
ADHD ではと考えられるかもしれませんが,自閉症
べない,感覚刺激を選択しすぎてとても狭い範囲
スペクトラムでも非常に多くみられます。自閉症
に焦点を絞ってしまうというものがあります。聴
特性としてシングルフォーカスになりやすいこ
覚刺激の場合,通常は,聞きたい音にフォーカス
とがあります。特定の事物に注意が焦点化してし
をあてて他の余分な音を意識から遠ざけていま
まい,複数のことに同時に注意を向けることが難
すが,特性によりそれが出来ず,たくさんの音が
しい,必要性に応じて注意力を配分できない,優
同じレベルで入ってきて刺激の洪水となり混乱
先順位がつけられない傾向のことです。そのため
してしまうといったことが起こります。また,狭
周囲にとって見て欲しいところや大事なところ
い範囲にフォーカスされる場合は周囲の呼びか
を見てくれないということになりやすいです。ま
けが聞こえないといったことになります。
た集中しすぎて他の事に切り替えるのが難しか
他の例としては,視野に自分の見たい物だけを
ったり,他の大切な事に対して不注意になりがち
入れるようにテレビに近づいて画面を見てしま
で忘れ物やミスが多くなります。
う子や,他の子どもが叱られているときに自分に
ノースカロライナ大学 TEACCH 部部長のゲーリ
も同じように嫌な声と感じてしまい癇癪を起こ
ー・メジボフ先生は,自閉症の独特の注意の持ち
す子などは,みなさんも経験されているのではな
方について,光の拡散の調節ができるライトに例
いかと思います。
えて説明し,定型児は,物事の関係性に注目し周
感覚刺激の量的なコントロールが難しいこと
りとの関係やつながりに注目するのに対し,自閉
で,落ち着きなく動きまわる,刺激の多さにテン
症スペクトラムの子は,フォーカスが当った部分
ションが高くなり,突然の癇癪やなどの行動に至
をより強く捉えるといった認知特性の違いがあ
ることがあります。こういったことは本人が嫌な
ることを指摘しています。
場所で起こるのであれば分かりやすいのですが,
―注意欠如・多動性障害(ADHD)について-
楽しい場面でも起こる場合があります。
ADHD は注意を調整したり,行動をコントロール
また刺激に圧倒されてしまいその場に入れな
する脳の機能が生まれつきうまく動かないことよ
い,外出を嫌がるといったことや,刺激を避ける
り,不注意の特徴,多動・衝動性の特徴,又はそ
ために静かな所を好む,部屋の隅や狭い所が好き,
の両方が発達年齢に見合わない程度に見られ,生
そして自分の好む刺激に注目すると周りからの
活に不都合が生じる場合に診断されます。不都合
呼びかけに注意を向けないといった行動にもつ
ということが文化的な背景や周りの要求水準で変
ながります。
わってくるところもあり,ADHD の診断は決して簡
質の問題としては,特定の刺激に対して敏感す
単ではないと感じています。
ぎるため,苦痛を感じたり,執着したり,また反
ADHDの行動特徴として,それぞれ以下のよ
対に鈍感すぎるため,強い刺激を入れたくなった
うなものが挙げられます。
5
多動性:じっとしていられない,しゃべりすぎる,
です。
走り回る,高いところへ登る等
4.診断評価のために・・・
診断や評価のためには,直接子どもの行動を観
不注意:集中できる時間が短い,注意が移りやす
い,忘れ物やなくし物が多い等
察することと保護者や子どもに関わる人からの情
衝動性:質問が終わる前に答える,順番が待てな
報を得ることが必要です。直接観察の中では子ど
もの遊び方や人への働きかけ,コミュニケーショ
い,人の邪魔をする等
一般的には走り回ることや人の邪魔をすること
ンの取り具合や人への注目度合いなどについて,
が問題視されがちですが,私が重視してる所見は,
心理検査などの構造化された場面での取り組み方
しゃべりすぎる,質問が終わる前に答えるといっ
と,診察室で遊ばせている時などの構造化されて
た,思いついたら頭の中に保つ事ができずにすぐ
いない場面の両方から情報をとっています。
行動に移すというものです。ADHD の人の不注意は
保護者や周りの大人からは,発達歴や現在の発
多くのことに注意を向けすぎて大事なことへの注
達状況,行動の特徴,生育環境や家族関係などの
意が薄まるという印象で,自閉症スペクトラムの
情報の聴き取りをしています。
下の図は,児童福祉センターでの発達障害の診
注意の向け方とは違うと感じています。
断の流れです。
ADHD と自閉症スペクトラムの鑑別についてDS
M-IVのような操作的診断基準では両者の合併
を認めないルールになっていますが実際には,A
DHDと自閉症スペクトラムの合併は少なくなく,
Lorna
Wing は,自閉症スペクトラムは様々なもの
が合併しているのでADHDもLDも含まれてい
るという考え方です。支援の視点からは両者を区
別する意義は乏しく,実際的には不注意や多動に
対して自閉症スペクトラムの支援をやってみて,
改善した場合は自閉症スペクトラムの特性による
ところが大きく,環境調整をして行動の激しさな
どが残る場合にはADHDの要素も考えて支援を
するのがいいと思います。
-学習障害(LD)について-
LD の評価・支援についてはここでは多くは触れ
ませんが定義について少しお話しておきます。
医学的には,知的に遅れがないのに読む,書く,
計算する事についてそれぞれ特徴的に苦手な人の
事を指します。しかし,学校現場で定義される学
習障害は,医学的な定義より広くとらえ,知能発
このようにして得た情報から,定型発達・発達
達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計
水準と比較しながら三つ組の有無を評価し特性の
算する,または推論する能力について困難を持つ
見極めをします。三つ組の表れ方は,経過によっ
こととしており,この基準だと自閉症スペクトラ
て変化し,その表れ方は幅広く,人によってかな
ムの人やADHDの人も学習障害としての支援の
り違います。また高機能のケースや特性が軽いケ
枠組みに入る場合があります。いずれにしても自
ースだと乳児期の所見がはっきりしない場合もあ
閉症スペクトラム,ADHD,LD は多くの場合合併し,
り,中には家族が三つ組みの特性を持っている人
それぞれの視点で支援が必要と捉えることが重要
がいる場合もあり,そのような場合,保護者が他
6
の子どもとの違いを認識できなかったり,自分の
和感がないなど価値観や文化背景に違いがあるケ
子どもの行動を観察し,文章として表現できなか
ースなど,子どもの状態や,よりよい支援を受け
ったりすることもあり,聞き取りにはかなり工夫
るための診断の必要性について保護者と共有する
が必要になってきます。チェックシートだけでは
事が難しいことがあります。
有効な所見が得られないことも多いのです。
また,診断そのものが難しいケースもあります。
時々,発達検査上のプロフィールのパターンで
もともと自閉症スペクトラムの概念は正常発達と
診断をつけられないかという話を聞きますが,発
の境界が明確ではないため,結果グレーゾーンの
達障害とは小さい時から今までに一貫した特性が
ケースが多くなりやすいです。不安や緘黙などで
あることを示さないと診断できないので,生育歴
全くしゃべらない子や,能力が高く対人コミュニ
の聴取は必須です。
ケーションの課題が表面に出にくい子(特にアス
何のために診断しているかということですが,
ペルガーの女児に多い)
、重度の遅れがあり行動が
私たちは診断名は,その子を理解するためのキー
遅れによるものか偏りなのかの区別がつきにくい
ワードに過ぎず,診断が確定しなくても特性を理
ケースなどです。
解して支援することは出来ると考えています。よ
ここ最近は虐待などの環境問題の隠蔽のためや,
って診断を受けることで,その子への理解が深ま
十分な支援に保護者が執着するがために発達障害
り,支援の手立てが増える場合に意味が大きいと
にしたがるケースもあり,診断については慎重に
思います。
考えないといけないです。
保護者に診断を伝える際には様々な点に注意し
ています。発達面の特性,特徴について伝えると
きは,三つ組の所見というものはどうしても否定
的な情報として捉えやすく,できないことを理解
させようとする形になり,拒絶されてしまう危険
性があります。これが興味・関心やこだわり,切
り替えなどイマジネーションの視点で子どもの
「困り」の部分を共有し,子どもの「強み」を説
診断したあとは,学習会など必要な情報提供を
明すると,話が入りやすく支援に繋げやすい印象
行い,自閉症の特性を理解し本人の見方・感じ方
があります。
「こんなことをしています」という行
から考え,行動の裏にある困り・特性を考える事
動だけを指摘するのではなく,
「こういうところを
で支援すべき方法が見えるようになること,そし
見て行動しているんですね」と行動の意味も一緒
て,その子の強い部分に目を向けそこを伸ばすよ
に説明すると納得されやすいです。
うに考えることを目指しています。
診断の受け入れが難しいケースもあります。こ
子どもの行動を特性から考えるということにつ
れは,子ども側と大人側の両方に要因があります。
いて具体的に例をあげて説明します。
子ども側の要因としては,子どもの年齢が小さす
週に 1 回療育に通園している子がいて,いつも療
ぎて,
「今はこうだけど大きくなれば・・・」と考
育では自分の好きなおもちゃを出して遊んでいま
える場合や,家の中と外とで違いが大きく特性が
したが,最近になって,自由遊びの時間に急にパ
共有しにくい場合が多いです。
ニックを起こして物を投げるようになってきまし
大人側の要因としては,保護者に問題意識がな
た。療育にも慣れてきて周りも特に制止などして
かったり,子どもに関心が少なかったりする場合
いませんし,本人もさっきまで笑っていました。
や,保護者が診断を受けることが支援に繋がるイ
こんな時,どう対応すればいいかです。
メージを持っていないケース,例えば家族全員が
こういうとき得てしてパニックの理由について考
マイペースなのが当然で人に関わらないことに違
えるのではなく,パニックを抑える方法を考えが
7
ちです。しかし,まずはパニックの理由を自閉症
きない親に対しては,あまり急がず時期を待って
の特性から考えてみることが重要なのです。私た
今できる具体的な見通しを説明するといいです。
ちはこれを「氷山モデル」という考え方で説明し
こちらの指摘をきちんと理解できない親に対し
ています。氷山に例えると,表面に見えている問
ては,書いて説明したり,段階的に少しずつ分か
題となる行動の下には,自閉症の特性という部分
ってもらうような工夫が必要です。
が潜んでおり,特性から行動の意味を理解してア
3つめは保護者を取り巻く心理社会的要因への
プローチすることが必要です。叱ったり押さえつ
配慮です。保護者,特に母親は障害に対する様々
けたりしては逆効果になり問題は解決しません。
な偏見や将来に対する不安を感じていることが少
状況や特性から仮説を立て,仮説に沿って支援を
なくありません。ここに配慮せず考えを押し付け
組み立てていくことが大切です。
たり,良かれと思って強いアドバイスをしてしま
このケースで考えられる支援のプランとして,
うと周りへの不信感を助長してしまう場合があり
自由遊びの時間が苦手であれば,遊びの時間を上
ます。
「サポートしてもらえた」という経験を保護
手く過ごせるように好きなおもちゃを出したり,
者にもってもらうため,保護者が置かれてきた過
興味ある物を利用して本人に合う遊び方の出来る
去の状況を謙虚に理解しようとする姿勢で接し,
アイテムを準備しておく。いつ終わるか分からな
支援者への信頼関係を育てることが重要です。
い,見通しがもてないようであれば,時計やタイ
これらを踏まえつつ,専門家の視点を押し付け
マーなどを準備し,終わるタイミングをはっきり
ないように意識し,保護者が気軽に相談でき,楽
伝えられる方法を考える。自分の気持ちをコミュ
になれるような支持的,援助的な聴き取りに努め,
ニケーション出来ないのであれば,おもちゃや家
子育てについて前向きな気持ちに変えていくため
の写真を用意し,意思表示が出来る方法を考える
に「強み」に目を向ける働きかけを行い,困って
など,試行錯誤して支援の方法を見つけていくこ
いる保護者に,適切で具体的な目標,対処法を一
とが大事です。そのことによって,支援者も保護
緒に考え整理できるようになると更に支援者への
者も子どもへの理解が深まります。
信頼が高まっていくのではないかと思います。
5.保護者と協働するために・・・
自閉症については原因にまつわる誤解や,周囲
保護者と協働するために支援者に求められるこ
の無責任な言葉や安易な慰めによる孤立感,診断
ととして,1つめは支援のための知識,情報を持
の複雑さなど家族が不安を抱えやすく,きょうだ
っておく事です。支援機関,相談機関との連携,
いも含め注意深い家族支援が必要です。
福祉施策,親の会等のピアカウンセリング,参考
6.最後に・・・
書籍,ホームページなどの情報を持っている人が
必要なのは診断ではなく,なぜそうするのかを
園(所)に1人~2人はいたほうがいいでしょう。
考え相談者と共有し,そのうえで親にとって今,
それぞれの役割をうまく使い分けてどういう支援
具体的に何が出来るかという気付きを与えること,
が受けられるか知っておく事はとても大事です。
子どもの困りを理解し一緒に目を向けて助けてく
情報を知らないために支援が止まってしまう事も
れる支援されているという実感を育てていく事で
あり,福祉施策等について知っていると保護者か
す。園(所)の先生は,相談しやすい支援者にな
らの信頼も得やすくなります。
りうると思うのです。
「子育てについて前向きな気
2つめは,保護者の特性に合わせた対応です。
持ちになれる」そのような流れに持っていってい
言葉の遅れなどの部分的なことにしか注目でき
ただければ,私たち専門家としても非常にありが
たいことです。
てなかったり,三つ組の特性が正確に把握できて
いない親には,保護者が把握している特性から説
共同機構研修会第5回
平成25年9月12日
於:京都市子育て支援総合センターこどもみらい館
明し,子どもの特性を共有する試みから始めると
いった工夫が必要ですし,将来の事をイメージで
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