リスクマネジメント

リスクマネジメント
1)リスクマネジメントとは
リスクとは一般に、「危機」や「危険」という意味を表します。リスクを「危険」というときには、①「事故発
生の可能性」、②「事故それ自体」、③「事故の発生の条件、事情、状況、要因、環境」の 3 様の意味に近
いと言われています。
リスクマネジメントは、事故防止活動として理解されていることも多いのですが、「マネジメント一般の領
域にある専門分野の 1 つであり、組織がその使命や理念を達成するために、その資産や活動に及ぼす
リスクの影響からもっとも費用効率よく組織を守るための一連のプロセス」 で、発生防止だけではなく、
発生時、発生後を一連の流れの中で考える取り組みです。
リスクマネジメントは、「リスクの把握」「リスクの分析」「リスクへの対応」「対応の評価」という一連のプ
ロセス(図1)で行われ、「人間はエラーを起こす」ということを前提として、そのエラーが事故へつながら
ないようにマネジメントします。
図1 リスクマネジメントのプロセス
(1)リスクの把握(R i s k I d e n t i f i c a t i o n )
薬局において調剤事故に発展する可能性のあるリスク(問題点)を把握することから始まります。
重大な事故の発生を契機にその発生要因を詳細に調査して、リスク(問題点)を洗い出すことも重要
ですが、事故予防の観点からは、事故に至らない事象(いわゆる「ひやり・はっと事例」)を含めたインシ
デントデータを数多く収集し、多方面の角度から薬局の調剤事故発生リスクを把握することが必要でしょ
う。
また、あらかじめ報告すべき事象を定めておき、その予防対策を推進する方法もあります。この手法
は、自発的な報告制度であるインシデント・アクシデント・レポートによって該当する特定事象の報告数が
多く収集できる一方、該当する特定事象以外は把握できないデメリットがあります。
したがって、調剤過誤が多く発生している事象を広く収集し、事故予防策を検討することが望まれま
す。
(2)リスクの評価・分析(R i s k E v a l u a t i o n / A n a l y s i s )
インシデント・アクシデント・レポートの報告内容は、ささいな事象から重大な事故まで様々です。
ささいな事象であっても放置しておけば、他の要因と連鎖して重大な事故に発展するおそれのあるイ
ンシデントもあります。
そのため、インシデント・アクシデント・レポートの重大性(リスクの大きさ)を評価・分析し、再発を防止
すべきインシデントの選別が必要となります。
さらに、そのインシデントが発生した背景にある要因を分析することが大切です。
(3)リスクの改善・対処(R i s k T r e a t m e n t )
リスクの改善・対処の方法には大きく分けて、(ア)リスクコントロール(損失の回避・軽減・防止)と(イ)リ
スクファイナンス(金銭的な対処)の二通りがあります。
(ア) リスクコントロール(R i s k C o n t r o l )
損失を回避するための方策とは、危険な行為自体を行わないことですが、医療・調剤の分野において
は現実的には困難なケースがほとんどです。
損失を軽減・防止する方策は、事故の予防対策を講じることです。そして、この予防対策(改善策)の
検討は、現場の調剤従事者が中心となって検討することが重要であり、その際に、インシデントの発生
要因を踏まえた現在のシステム(現在の業務手順や夜間・休日の体制などの管理システム)の問題に目
を向けた改善手段を検討することが重要です。
(イ) リスクファイナンス(R i s k F i n a n c e )
金銭的な対処方法であり、自己資金による対応(リスクの保有)や保険加入による対応(リスクの転
嫁)が代表的な方策ですが、ここでは調剤事故予防に焦点を絞っているため、具体的な解説は省略しま
す。
(4)リスクの再評価(R i s k R e - e v a l u a t i o n)
一連のプロセス(活動)が機能しているかどうかを再評価することは重要なことです。
改善策が守られているかどうか、改善策を講じた結果、事故の発生が軽減・防止されているかどうか
など様々な角度から検証する必要があります。
予防対策の実行後も同様なインシデントが発生している場合には、対策が不十分ということになり、再
度検討のやり直しなどフィードバックが必要となります。
マネジメントの基本的な考え方(Plan-Do-Check-Act)が整理されておらず、その体制が構築されてい
ない組織に、事故防止であれ、紛争・訴訟の防止と対応であれ、『リスクマネジメント』を持ち込んでもそ
の本質を理解するのは難しいことです。
2)医療・調剤におけるリスクマネジメントとは
医療・調剤におけるリスクマネジメントの目的は、事故防止活動などを通して、組織の損失を最小に抑
え“医療の質を保証する”ことと考えられ、逆に言うと「医療の質を確保することが事故防止に繋がる」と
いもえます。
医療における組織の損失とは、単に経済的損失だけではなく、患者・家族、来院者・来局者および職
員の障害や、病院・薬局の信頼が損なわれるなどの様々な損失が考えられます。薬剤師・経営者は医
療の質の保証を目的として、リスクマネジメントの考え方を取り入れ、その手法を生かしていく必要があ
り、医療を取り巻く経済環境が厳しくなるなか、起こさずに済むことを起こさないことによって組織を損失
から守ることも重要な健全経営への貢献であること、そしてそのことが患者の利益に繋がることを組織の
職員一人ひとりが意識する必要があります。
薬局では、調剤過誤、調剤事故というと薬の取り違いが一番のリスクとなりますが、禁忌対象への投
与、重複投与のチェックミス、剤型加工の不適合なども調剤過誤、調剤事故の一つと捕らえなければい
けないことです。
医療・調剤におけるリスクマネジメントに関する用語の整理
リスクマネジメントに関連した用語を以下のように整理しました。医療事故には、患者ばかりでなく医療
従事者が被害者である場合も含み、また廊下で転倒した場合のように医療行為とは直接関係しないも
のも含まれます。医療事故のすべてに医療提供者の過失があるというわけではなく、「過失のない医療
事故」と「過失のある医療事故」を分けて考える必要があります。
医療事故と医療過誤・調剤事故と調剤過誤
【医療事故】医療従事者が行う業務上の事故の内、過失が存在するものと不可抗力(偶然)によるもの
の両方を含めたもの。
【医療過誤】医療従事者が行う業務上の事故の内、過失の存在を前提としたもの。
調剤過誤
近年、医薬分業が急速に進展し、平成14年12月の数値によると、処方せん受取率は全国平均で
51.1%にまで達しています。
薬物療法の安全性を高める医薬分業において、患者に健康被害を及ぼす調剤事故はあってはならな
いことでありますが、医薬分業の進展に伴って、保険薬局における調剤事故も増加の傾向にあります。
加えて、調剤事故については、昨今の国民の医療に対する関心の高まりとも相俟って、一般紙等でも
しばしば報じられるようになり、国民からは薬局・薬剤師の調剤業務そのものに対して厳しい視線が向け
られるようになって来ています。
調剤事故は患者の健康被害はもとより、薬剤師職能の根幹に係わる重要な問題です。
調剤事故の対策をとるためには、まず、なぜ調剤過誤を起こしてはいけないのか、調剤過誤を起こし
てしまったらどうなってしまうのか、誰のため・何のために対策をとるのかを十分に考え、理解し、そのう
えで調剤事故を起こさない為にはどうしたらよいのか、ということを考えて行動しなければ調剤事故を減
らすことはできません。
<参考>日本薬剤師会における用語定義について
○ 調剤事故・・・医療事故の一類型。調剤に関連して、患者に健康被害が発生したもの。薬剤
師の過失の有無を問わない。
○ 調剤過誤・・・調剤事故の中で、薬剤師の過失により起こったもの。調剤の間違いだけでな
く、薬剤師の説明不足や指導内容の間違い等により健康被害が発生した場合も、「薬剤師
に過失がある」と考えられ、「調剤過誤」となる。
○ インシデント事例(ヒヤリ・ハット事例)・・・患者に健康被害が発生することはなかった
が、
“ヒヤリ”としたり、
“ハッ”とした出来事。患者への薬剤交付前か交付後か、患者が
服用に至る前か後かは問わない。
インシデントとアクシデント
【インシデント】思いがけない出来事「偶発事象」で、これに対して適切な処理が行われないと事故となる
可能性のある事象である。現場ではこれを「ヒヤリ」「ハッと」と表現することもある。インシデントについて
の情報を把握・分析するための報告書をインシデントレポートという。「ヒヤリ・ハッと報告書」「ニアミス報
告書」とも表現される場合がある
【アクシデント】インシデントに気付かなかったり、適切な処置が行われないと、傷害が発生し「事故」とな
る。医療におけるリスクマネジメントで取り扱う「事故」とは、患者だけでなく、来院者、職員に傷害が発生
した場合を含む。事故報告書は、事故に関する情報収集をして分析するための報告書である。
エラー
【エ ラ ー】人の誤り全般を指す。ミステイクとスリップが含まれる。
ミステイク意識的に不適切な目標を選んでしまう誤り。
スリップ目標を行為に移す過程で無意識的に発生した、目標とは異なった行為。
事故防止に取り組む3つのポイント
事故防止に取り組むための基本的なポイントは次の 3 点です。
1) 組織として事故防止に取り組む
多くの医療機関・薬局は、これまでも事故防止策に取り組んできています。これからは更に、組織とし
て事故防止に取り組むための具体策を提案していくことが重要です。他部門・職員とも協力して、事故防
止に関する委員会の設置やマニュアル作成などに参画し、リーダーシップを発揮しましょう。
2) 情報の共有化を図り、事故防止に役立てる
事故およびそれに関連する情報の収集はこれまでも行われています。しかし、情報は収集するのみに
止まらず、同様の事故防止のために十分に役立てることが重要です。
その際、事故に関連する情報は慎重に取り扱い、適切な処置を行った上で、共有化されることが必要
です。
3) 事故防止のための教育システムを整え、教育を行う
事故防止のために、最新情報を取り入れながら、具体的で実践的な教育を定期的に行う必要がありま
す。組織として、それぞれの職員の役割に応じた事故防止のための教育プログラムが重要です。
組織として事故防止に取り組む
医療・調剤事故防止のためのリスクマネジメントとして、システムや風土づくり、職員の教育・研修など、
多岐にわたる取り組みが考えられます。
組織の最高責任者と協力して、組織として積極的に事故防止の取り組みを行うよう働きかけることが
必要です。
組織としての取り組みを推進するための方策
1) 組織としての目標設定
医療・調剤事故を防止することが、医療の質を保証することになります。そのためには、組織としてリス
クマネジメントに取り組むことが重要です。このことについて職員全体が認識を深めるために、組織の具
体的目標の一つとして、“リスクマネジメントに取り組み事故防止に努める”ことを明記します。
2) リスクマネジメントに関する委員会の設置
各部署の責任者などが集まって、事故に関連する情報を集め、事故防止策を検討するリスクマネジメ
ントに関する委員会を設置します。委員会の役割と権限を明確にして、縦割りのラインにとらわれず、横
断的なチームを編成し、事故防止対策が効果的に行えるようにします。病院・薬局の規模によっては委
員会組織ではなく、リスクマネジメントに関する責任者を任命し、定期的に事故防止に関して検討する機
会を持つという方法も考えられます。
3) リスクマネジメントに関するマニュアル作成
組織全体でリスクマネジメントに取り組めるよう、リスクマネジメントに関するマニュアルを作成し適宜見
直しをします。このマニュアルには、各部署がそれぞれの部署で起きやすい事故とその防止について検
討した内容を盛り込みます。
4) 各職種の責任範囲の明確化と連携の推進
チーム医療を行う上で、各職種間の責任を明確にし、スムーズな連携がなされることは重要です。これ
は事故防止のためにも重要なポイントとなります。職種間の連携がスムーズになされるよう業務分担と
責任範囲を明確にするよう努めます。また、各職種が集まるなどして定期的な話し合いをもち、連携をす
る上での問題やその解決法を検討します。
5) 適切な労務管理と良い労働環境の提供
職員の配置や勤務体制について適切に管理し、疲労や作業環境の悪化などによる事故を防止するよ
うに努めます。
6) 組織内の良好なコミュニケーション
職員間や、職員と患者とのコミュニケーションが円滑となるような環境づくりをします。職員間の良好な
コミュニケーションは、お互いに気づいた情報や意見を自由に交換できることにつながり、結果として事
故を未然に防ぐこととなります。
患者と職員との良好なコミュニケーションは、患者の不安や不満を軽減し、事故防止にも役立ちます。
事故が生じた場合でも、信頼関係が確立していれば誤解や混乱を避けることが出来ます。
7) 職員の教育・研修
リスクマネジメントに関する職員への教育・研修を、定期的かつ計画的に行います。患者に直接接する
職種だけではなく、全職員に教育・研修への参加を促して、事故防止に大切な役割があるという理解を
深めます。また、直接患者に接する職種については、それぞれの部署で特に起こりやすい事故を想定し
た研修など、実際に即した教育を行います。これはリスクマネジメント委員会の機能でもありましょう。
8) リスクマネジメントに関する専門的な教育・訓練を受けた者の配置
リスクマネジメントを有効に展開するためには、組織内に、リスクマネジメントに関する専門的な教育・
訓練を受けた者を配置することが望ましいと言えます。しかし、現状ではそのような教育を受けた専門家
の確保は困難です。今後、リスクマネジメントの専門家(リスクマネジャー)の育成を行う必要があります。
当面、これまで事故防止に役割を発揮してきた職員を、事故防止の担当者として位置づけ、公認するこ
となども一つの方法です。
情報の共有と対策の徹底(インシデント・アクシデントの報告)
ハインリッヒの労働災害に関する研究によると、1件の重大事故の
背景には、29 件の同種の軽症事故、300 件の同種のインシデントが
存在すると言われます。これは、一般産業の災害の例ですが、医療
事故の陰にも多くのインシデントの積み重ねがあると想定されます。
医療事故防止に取り組むには、まず、事故に関する情報を収集(イ
ンシデント・アクシデントの報告など)し、事故の背景要因を多方面か
ら分析し、対策を講じ、組織全体に周知徹底させる必要があります。
このプロセスを効果的に実行するためには、収集された事故に関連
する情報について、患者や職員のプライバシー保護に配慮して取り
扱う必要があります。また、事故当事者の個人的責任を追及する姿
勢では、積極的な情報の提供は行われにくくなります。
医療事故および関連情報の収集
医療事故に関する情報には、インシデントや事故の当事者から提出された報告書、その報告書から個
人名などを削除するなどして加工したもの、報告内容を統計分析した結果についての情報、担当者によ
る巡回で得る情報などがあります。情報収集の方法によっても、得られる情報の量や内容も変わります。
目的によって情報収集の手段や加工の仕方を工夫する必要があります。
種 類 事故報告書
インシデントレポート
個別報告書から個人
名などを加工したもの
統計分析用シート
集計分析結果
目 的 ・事故事実を把握する ・組織内での事故防止 ・組織における事故
策を図る
の傾向を把握する
・原因を究明する
・組織内での事故防
・事故防止策を図る
止策を図る
・分析結果を職
員に周知徹底
させる
・事故の防止策
を図る
様 式 記述式
記述式
最終的に職員
へ周知 させる
様式
記述者 本人と管理者
本人あるいは管理
本人と管理者
*管理者が必要性を 者
判断
分析者 本人と管理者
リスクマネジメントに関 リスクマネジメントに リスクマネジメ
する委員会など
関する委員会など ントに関する委
員会など
分析
方法
SHEL モデル
4M-4E 方式など
チェック方式
リスクマネジメ
ントに関する委
員会など
マクロ的分析
管理 管理責任者を決める。部外秘扱いを原則とする。
情報を周知させ
事故当事者と直接管
委員会での参考資 る対象と範囲を
委員会での参考資料
理者、事故を調査した
料とし、検討後は保 明確にしてお
とし、検討後は保管期
担当者間での扱いとす
管期間を規定して く。
間を規定しておく。
る。
おく。
アメリカ外科学会の推定(1985)によると、インシデントを報告するよう指示しただけの場合、実際の問
題の5~30%しか明らかにならず、報告すべき事柄を特定すると 40~60%が明らかとなり、更に基準に
沿って診療録を系統的に検討し特定の出来事を拾い上げる方式(事故発生スクリーニング)では 80~
85%が、事故発生スクリーニングとインシデント報告や同僚のスタッフによる再調査制などを組み合わせ
た場合 90~95%が明らかになると言われている。(United States General Accounting Office, Health
Care-Initiatives in Hospital Risk Management ,Washington DC 1989.より)
1)報告書による情報収集
インシデント・アクシデントの報告は、集計・分析の対象にしていなかった“未遂に終わった事故”や“ヒ
ヤリ、ハッとした経験”にも焦点を当てた事故報告書であり、実際起こった事故の集計ではなく未遂の事
故から何を学ぶことができるかを検討する資料として活用されます。
従来の事故報告書は、事故の責任を明確にし、事故に対する反省を促すために書かれた「始末書」
的なもので、事故自体も当事者が事故報告書を提出したことで終了となり、それ以上の原因追求をしな
いされないままになっていました。そのため事故の再発の危険性が高く、リスクが残存する状態のまま
放置される結果となっていました。
インシデント・アクシデントの報告の一番の目的は、事故の再発を防止することにあり、そのための重
要な情報であるとの認識を深めて、事故を起こした当事者ばかりでなく、事故やインシデントの発見者な
ど、全職員が気付いた時点で記録され報告されることが必要です。
内容については、目的に応じて簡単な項目から詳細な項目まで考えられます。また、すべての事故を1
つの様式で報告するものや特定の事故に焦点を当てて作成された様式もあります。 記録を作成するた
めに多くの時間を使って書かなければならない報告書では、提出が困難となります。病院の規模や事故
の数によって、どのような様式を選択するかは各施設で考える必要があります。
また、事故当事者の上司である管理者は、インシデントや事故の状況について、当時者の意見にとら
われずに自ら事故現場を点検し、当事者の意見を聞くなどの調査を行って、不十分な記載内容を補い、
行った管理指導の内容についても記述します。
組織として検討が必要と判断したインシデントや事故については、プライバシー保護のために個人名を
削除するなどして、リスクマネジメントに関する委員会での検討用資料とします。
事故背景要因の分析
1) 報告書から得られた情報の分析
インシデントレポートや事故報告書によって収集された情報を分析し、発生の背景要因を明らかにする
とともに対応策を検討することが必要です。
事故当事者だけを問題と捉えるのではなく、事故の背景や発生要因について検討するのに有効だと考
えられます。
また、事故当事者はインシデントレポートや事故報告書を記述する過程で、発生要因等についての振
り返りを行うことができます。これは報告書作成によるメリットのひとつです。
2) 統計分析用シートから得られた情報の分析(マクロ的分析)
統計分析用シートの集計・分析により、インシデントや事故の傾向を把握することができます。その結
果は、組織内でのマニュアルづくりや業務改善に生かす事ができます。また、特定の事故分析のために
は、その事故の特徴的な項目を盛り込んだ統計分析用シートを開発・活用することも必要です。
事故防止対策の徹底
1)事故情報の公表
分析した結果は、事故の再発防止のため、組織内で共有される必要があります。事故の内容によって
公表する範囲を決めます。また、内容の詳細さや公表の方法について予め決めておくことも必要です。
事故防止のために、組織全体に知らせる情報と、関連部門内だけで良い場合とがあります。
2)事故要因の排除
インシデントレポートや事故報告書の情報から、まず、速やかに対処できることを考え、実行に移すこと
が重要です。
また、組織内での事故の他、他施設での医療・調剤事故、文献等を教訓にし、事故要因の排除あるい
は事故防止策の改善に努めます。
以上リスクマネジメントの概念について記載してきましたが、これも一つのシステムであり、マニュアルで
しかありません。一人一人がこのシステムを理解し、実行することで初めてリスクマネジメントが機能して
きます。薬剤師として、薬局として調剤事故・調剤過誤のようなリスクを侵すことは、自分にとって、薬局
にとって、患者さんにとってどういうことなのかを考えてみてください。
参考資料
・調剤と情報 10 月臨時増刊号 『もっと充実 調剤過誤防止対策』 vol.8 No.11 P129
・「リスク感性」を磨く OJT-人を育てるもうひとつのリスクマネジメント- 釜英介(著) 日本看護協会出版会
・社)日本看護協会ホームページ資料 http://www.nurse.or.jp/senmon/riskmanagement/
・外苑企画商事ホームページ資料 http://www.gaiki.net/lib/2001/04/01404ck.html
・「都立病院におけるリスクマネジメント」 東京都病院経営本部ホームページ資料
http://www.byouin.metro.tokyo.jp/osirase/hokoku/jikoyobou0500.html
・「投薬・与薬における事故防止マニュアル」 東京都病院経営本部ホームページ資料
http://www.byouin.metro.tokyo.jp/osirase/hokoku/jikoyobo0600.pdf
調剤事故・過誤対策の基本的な考え方
人間はエラーを犯す
国立大学医学部附属病院長会議常置委員会の中間報告(平成12年5月)において、巨大で複雑なシス
テムである航空輸送や原子力発電等では、事故やミスを「独立した個人」の問題としてではなく、「人間と
システム(ハードウエア、ソフトウエア、環境及び対人関係)の相互関係」という枠組みでとらえ、システム
の中で働いている人間の特性、能力及び限界(いわゆるヒューマンファクター)を踏まえた事故防止対策
をとっていると報告されています。
また、厚生労働省の医療安全対策検討会議の「医療安全推進総合対策」でも、「他産業のシステムは、
必ずしも医療にそのまま引用できるものではないが、これまで医療の現場では希薄な概念であった「人
は誤りを犯す」ことを前提とした組織的対策を講じているなど参考とすべき点が多くあり、今後、こうした
手法を可能な限り積極的に取り入れる必要がある。」と報告されています。
医療の分野においても最近では、輸液ラインとその他のラインとの誤接続を防止するカテーテルチップ
型シリンジや、誤接続防止タイプのチューブが開発されるなど、「人間(医療従事者)はエラーを犯す」こ
とを前提にした安全対策が徐々に浸透しつつあります。
医療事故予防のためには、このような人間のエラーを前提とした「エラーを起こしても事故に結びつかな
い対策(Error Tolerant Approach)」を「エラーを減らす対策(Error Resistant Approach)」(例えば、色や
形で識別性を高めるためのカラーシリンジの導入等)と併せて検討、実施していくことが重要です。
エラーは、多くの目(チェックシステム)を通ることによって、減らしていくことができます。
①自分の目 : 最初に確認するのは自分の目であるが、思い込みや知識不足によるエラーが発
生しやすく、1人での確認は最も信用できないと考えることが必要。
②他人の目 : 自分で確認した後に、もう一度自分以外のスタッフに確認してもらう。これを
ダブルチェックといい、信頼性の高い確認方法。確認する際には指差しや声だ
しなどをするとより効果が上がる
③システムの目:たとえ2人で確認したとしても、2人とも勘違いをしていたり、ポーズだけの
確認であったりすると、エラーが発生する確率は減らない。そこでルールやマ
ニュアルとの照らし合わせを行う
④患者の目 : 最後には患者の目にも照らし合わせて確認を求める。その際、患者に対しての
情報提供が正確に伝わっているかも問われ、日頃からのコミュニケーションが
功を奏する結果となります。
セーフティーネットモデル
発生リスク
大
発生リスク
小
被害
大
被害
小
リスク
リスク
リスク
リスク
リスク
リスク
リスク
自分の目
潜在的なリスク
他人の目
システムの目
顕在化したリスク
患者の目
対処可能なリスク
またヒューマンエラーを減らす為には、自分を知ることも重要です。
未経験者・未熟者に見られる一般的なエラー傾向について確認し、このようなことに陥らないよう注意し
てください。
未経験者・未熟者に見られるエラー傾向
► 最大判断量が少なく、判断時間が遅く、時間的制約で判断ミスやパニックを起こしやすい
► 錯視や錯覚を起こしやすい
► 過度な注意集中を一点にしてしまい、全体の状況を把握できない
► 冒険的行動をとる(未知なる物にチャレンジしようとする)
► 過負担、過疲労現象により意識レベルの低下が速く進行する
► 未経験、未教育、経験量の不足により自己制御や将来予測ができない
ヒューマンエラーを防止する 10 の方法
1. 声に出す(呼称確認):視覚刺激を音声刺激に変える
2. 指をさす(指差し確認):意識の焦点化・集中化を図る
3. 色をつける(カラーマーク):感覚刺激を働かせる
4. 他者に見せる(ダブルチェック):思い込みによるエラーを確認する
5. 時間を与える:余裕をもって作業ができる
6. よく考える:じっくりと自分の記憶と照らし合わせる
7. ポスターを貼る:注意を常に誘発させる
8. 場所を変える:物理的単純エラー、パターン認識エラーを無くす
9. 事例を調べる:当事者責任を体験できる
10. インシデントレポートを読む:エラーの心理的不安を軽減する
[「リスク感性」を磨く OJT 釜英介 日本看護協会出版]