選考委員特 別 賞 那須正幹賞 ヴェネツ ィ ア と 私 ホーチミン日本人学校 六年 私は、ビックリしすぎて、声も出なかった。妹も、い いのぉ と か 言 っ て る け ど、 か な り ビ ッ ク リ し て い る。 「そうだよ。璃子も瞳子も、大きくなったし、何より父 さんが、一番イタリアに行きたいし。 」そういって、父 は 笑 っ た。 「何みんな、そんなに暗い顔してるんだよ。 みんな行きたがってたじゃないか、イタリアに。特に、 ヴェネツィアに行ったらちょうどカーニバルの時期じゃ ないか。今いくしかないだろう。」 「おっ、お金は大丈夫なの ヨーロッパに行くとなっ たら、かなりのお金が必要なんじゃないの 」 と、私がおそるおそる聞くと、 4 4 4 4 4 4 行きたくない。」と言う。なんだコイツ、せっかくイタ らず高いんだー。と感心していると、妹がとつ然、メソ 4 と返された。そうか、お父さんの給料って、見かけによ 気。」 「大丈夫さ。そのくらいのたくわえはあるし、平気、平 ?? 今村 瞳子 」私はコーフンして、 この旅行記は、私がイタリアに初めて行った時のコー フンがつづられている。中でも私の視点から見た「ヴェ ネツィア」を書いた。 二〇一五年 二月十五日 「ヴェネツィアが見えて来たー ?? も、うれしそうだ。 」 26 ?? メソ泣き出した。なんでかわけを聞くと、 「イタリアに 4 4 シートから乗り出して、さけんだ。私のとなりにいる父 !! そう、私はイタリアに来てしまったのだ。コトの始ま りは、半年以上前にさかのぼる。 「えーーっ、いいのぉ ?? 第7回 し て お こ う。 ヴ ェ ネ ツ ィ ア は、 イ タ リ ア の 北 部 に 位 置 ばされそうだ。ここで少し、ヴェネツィアについて説明 が顔にかかって、寒い。風は強くて、下手したらふきと 話をもどそう。ヴェネツィアについた私達四人は、水 上タクシーでホテルへと向かっていた。冷たい水しぶき さまり、家族みんな、イタリアに行くことに賛成した。 賞はとれないということだ。これで、妹の皆勤賞熱もお 休んだ。つまりイタリアに行っても行かなくても、皆勤 ていたが、イタリアに行く三ヶ月程前に、カゼをひいて やっと飛行機がとれた。妹はその後もイヤイヤ言い続け したくない、と妹は言うのだった。泣く妹を説得して、 に入る前に行かなければならないのだ。二日もズル休み しかし、イタリアに行くためには二日程休んで、旧正月 い、元気なので毎日休まず学校に行っているのだった。 すると、皆勤賞をとりたいからだという。妹は私とちが が、母は、「どうして行きたくないの。」と問いつめた。 リ ア に 行 け そ う に な っ て い た の に。 と 私 は 思 っ て い た て、たいていの家は小さな船着き場があった。 さ す が に ド ア は れ っ 化 す る の か、 ド ア は 新 し い。 そ し かしい。何百年も前のものもきっとあるだろう。でも、 もステキだ。建物はレンガでできていて、とっても古め り。青く、ぬけるような空を、ハトが飛んでいる。とて い て あ っ た り、 ち ょ う こ く が し て あ っ た り、 橋 の 上 の から見える景色も、すごく面白い。橋の裏には何やら書 たしたような色。まるでヒスイみたいだ。水上タクシー 最初、ヴェネツィアの運河を見たときには、本当に感 動してしまった。エメラルドグリーンに、ちょっと青を 行きかう神秘的な感じに。 ら、ああいう町並になったのだ。橋が多く、ゴンドラが く な っ て、 干 潟 に 逃 げ、 家 を 建 て た か ら で き た。 だ か そもヴェネツィアは、敵がせめてきて陸地に逃げ場がな 特ちょうは、海の上に町が建てられていることだ。そも ツィア共和国の一千年」を参照)ヴェネツィアの一番の として栄えたらしい。 (くわしくは塩野七生著「ヴェネ 人と手をふったり、窓辺にすわっている人と目があった している。アドリア海に面していて、昔は海洋都市国家 27 らげていた。すっげー と思った。私だったら、一人 じゃ食べられないなぁと、じーっと見ていたら、 「そん たとき、となりの人(女の人です)が、一人でピザを平 ら出かけようということになり、ゆっくりくつろいだ。 なに人を見ない 」と母におこられた。でも、ほんとに ホテルに着くと、中は暖かい。ほっこりするような、 不思議な暖かさだ。部屋に案内された。一ねむりしてか 今までたまってきたつかれを、いやすためにねた。 た。あーっという間に満席になった。早くついてよかっ ぶらぶらしていると、開店時間になったというので入っ にやらあやしげな物を売っている店もあった。しばらく そうなにおいが、むんむんとただよう店もあったし、な ちょっと散歩してみた。あちこちの店をのぞく。おいし どりついた。店につくと、まだ開いていなかったので、 ソックリ。今回も、迷って迷って迷った末に、やっとた い て、 わ か り に く い。 そ し て ど の 道 も 似 て る し、 家 も は、迷いやすい。まるで迷路みたいに、道が入りくんで 夜ごはんは、路地にある店で食べるらしい。地元の人 も来るような、人気店なのだそうだ。ヴェネツィアの街 次から次へと料理が来た。どれもおいしかったし、日 本ではみられないような素材を使った物もあった。日本 た。 なくて、そっけないけど、生ハムはとってもおいしかっ 枚、所せましとならんでいる。盛り付けなんて全然して てるけど、イタリアはちがう。大きいお皿に二十~三十 のってるだけで、そのかわりにかざり、盛り付けにこっ オーダーが来た。最初は生ハムの盛り合わせだった。 日 本 だ っ た ら、 大 き い お 皿 に 五 ~ 六 枚、 ち ょ ち ょ っ と た。 ごいきちょうな体験をしているんだなと心から実感し イタリアって面白い と思った。日本じゃ絶対ない。す たね、と、話した。 んで食べているので、気にせずしゃべれた。いい気分で !! そうこうしているうちに、オーダーしなきゃ、という ことになった。色々注文して、まだかまだかとまってい !! 人がいなかったので気楽だったし、他の人もワイワイ飲 28 !! 第7回 店 を 出 た 私 達 は、 ま た 迷 い 迷 い、 ホ テ ル に た ど り つ い 」と私が聞くと、三時半 ない所でも、時おり人の笑い声や、橋をコツッ、コツッ た。夜のヴェネツィアも、活気があって楽しい。人気が スリねた。 しい。少しねないと、一日もたない。そう思って、グッ だと言う。時差ボケのせいで、早く目覚めてしまったら きを読んでいた。「今、何時 と渡る音がする。ヴェネツィアに来てよかったな。そう 「 瞳 子、 お き な さ い。」 と い う 母 さ ん の 声 で は ね お き ひと け 思いながら、目をとじた。 た。 今 日 は、 い ー っ ぱ い 見 て、 聞 い て、 食 べ る ん だ っ そうやって運河をながめていて、かれこれ三十分そこに ん、潮が満ちてきた。少しずつ、水位が上がっていく。 切るように、ゆっくり、ゆっくりと飛んでいく。だんだ た ま に、 カ ラ ス や 何 鳥 か わ か ら な い 鳥 が、 家 と 家 の 間(つまり、運河)を横切っていく。冷たい空気をかき た。 て、 早 朝 の ヴ ェ ネ ツ ィ ア の 街 を、 長 い こ と 見 続 け て い 入ってきた。鼻をすすりながら、ベランダに出た。そし 目を開けたら、外はまだ真っ暗だった。早朝の運河を 見てみようと、窓を開けると、さすように冷たい空気が 朝食から帰って来て、ゆっくりした後、出かけること にした。細い裏通りから外に出る。仮面を売っている店 後、母が言っていた)なんでだろう。 いとは言えなかったらしい。(イタリアから帰って来た 料理はおいしかった。しかし、コーヒーはあまりおいし 朝食はどこで食べるのか、よくわからなくて、あちこ ち探しまわったあげく、やっと見つけた。客はあまり多 直そうと、タイツを見たら、後ろ前だった。 (トホホ…) ツがうまくはけない。ウーンとうなって、もう一回はき た。あわてて服を着がえる。こういう時に限って、タイ 二月十六日 いた。鼻水の量がハンパじゃなくなって来たので、部屋 があったので、ちょっとのぞいてみると、中は仮面だら くないらしく、食べる所はとてもせまかった。それでも にもどる。もどってみたら、父もおきていて、電子書せ 29 ?? 白 な 仮 面 で お お わ れ て い て、 中 世 風 っ て 言 う の か な、女の人はふりふりドレスだし、男の人は、モーツァ へえ、そうなんだー。そういうこだわりがあるのか。 おもしろーい と思いながら、店を出た。トコトコ歩 いて行くと、なんかすごい人達に出くわした。顔は真っ 店の人が答えた。 「いいや、外に出してある、安いのは中国製さ。」と、 「これは全部、イタリア製?」 てくる。母がたずねた。 たり、形にこっていたりと、見ているだけでワクワクし それも、一つ一つちがって、ラメが入っているのがあっ けだった。三百個以上の仮面が、ずらりと並んでいる。 て、とても面白かった。 ば、 天 じ ょ う 画 が か か っ て い る 古 め か し い 部 屋 も あ っ アーノ、ヴェツィア派の巨匠たちの絵やちょうこくが、 と、目の前に、どっしりとした建物がたっている。かん くらいで着くらしい。木製の橋を渡って、向こうにつく 館だと言う。こりゃあ面白そうだ。しかも、あと二十分 行き先を聞いてなかったな、と思って父に聞くと、美術 わ り だ。 角 を ま が っ た ら、 や っ と 追 い つ け た。 今 日 の 路のようなヴェネツィアでは、迷子になったら一巻の終 族においてかれそうになった。あわてて追いかける。迷 い た。 中 に 入 っ て み る と、 カ ラ ヴ ァ ッ ジ ョ や テ ィ ツ ィ いっぱい飾られている。モダンなふんい気の部屋もあれ 30 板には「アカデミア美術館」と、イタリア語で書かれて ルトやバッハが着てるような服を着てた。かぶり物も、 そ ろ そ ろ お 昼 と い う こ と で、 ア カ デ ミ ア 美 術 館 を 出 た。そしてレストランへ向かった。そこにたどりつくま )ボンネッ トみたいなのをかぶってるし、男の人は、これまたバッ で に、 色 ん な 店 を の ぞ い た。 ア メ な の か ソ フ ト キ ャ ン またすごい。女の人はでっかい(頭の2倍 ハみたいなかつらをかぶってる。こっ、これこそ、変そ ディーかよくわからないけど、パッケージが本当にかわ いい。なので、食事が終わったら、買うことにした。 !! ?? !! うだ ガイドブックによると、これを作るのに何十万 円とかかるそうだ。大変だなぁと思って見ていると、家 !! 第7回 の二をしめている。とてもお酒にこだわりがある感じが ワインの種類はすごーく多くて、ワイン倉庫が店の三分 んまりした店構えで、席数もそんなに多くない。でも、 レストランの中はエノテカ風で、お昼にチャチャッと 飲みに行って、チャッチャッと帰る感じだ。とてもこじ いなやつ)をたのんだ。これがまた、本当においしい。 グルト系の物にした。妹はパンナコッタ(牛乳かんみた まあ、気をとり直して、デザートをたのんだ。私はヨー そわしていて、落ちつかない。ちょっとメンドクサイ。 スッカラカンだった。と中で日本人が入って来た。そわ べ 始 め て し ま っ た。 は っ と 気 が つ い た 時 に は、 お 皿 は する。 う。妹のパンナコッタもおいしかった。 だ。きっと、お酒が大好きなんだと思う。「ワインはど と り に 来 て く れ た お じ さ ん も、 ま た い い 感 じ の す る 人 タリアに来れてよかったと、やっぱり思う。 いい気分で店を出た。石だたみを歩くと、コツコツと 音がする。だれかのコツコツにあわせて、私も歩く。イ ちょっぴり酸味のあるヨーグルトは、ベリー類とよく合 オーダーしようと、メニューを見ると、全てがおいし そうに見えてくる。実際、そうなんだなぁと思った。と うされますか?」おじさんは聞いた。「私的には、コレ ホテルについて、また一休みしてから、観光に出かけ ることになった。時差ボケはまだ直らなくて、時々フッ 31 りあえず、前菜を一品とパスタ二品をたのんだ。注文を とコレがおススメです。ああでも、コレも合うかもしれ とねむくなる。とにかくねた。 「早く 気がつくと午後で、母の顔が目の前にあった。 支度しなさい。閉館時間に間に合わなくなっちゃうじゃ ませんね。」そう言いながら、ニッコリした。父は、そ さっきのおじさんの様子からすると、このお店はかなり ないの。 」何のことだかよくわからなかったが、あわて )選んで、オーダーしていた。 期待できそうだ。オーダーが来た。予想通り、おいしそ て、マフラーとコートをつけた。 れの中から一コ(ビン うだ。あまりおいしそうだったので、写真もとらずに食 ?? イタリアってやっぱりすごいと感動した。(これで何回 人々も、ここを上がっていったのだろう。そう思うと、 た。よく見ると、段の真ん中がすりへっている。大昔の ぶん大理石)階段があって、上の回廊へとつながってい がっていた。はじっこには、堂々とした彫刻つきの(た の だ。 中 に 入 る と、 中 庭 の よ う な、 解 放 的 な 空 間 が 広 のヴェネツィアのリーダーが住み、政治が行われていた リア語で「宮殿」という意味だそうだ。ここでは、当時 サン・マルコ広場に行って、ヴェネツィアの名所、パ ラッツォ・ドゥカーレの中に入った。パラッツォはイタ るようになりました。牢には、水責めで殺せる仕掛けが と一生出てこられないことから、『溜め息橋』と呼ばれ 橋』があります。その先には牢があって、この橋を渡る 客に、ガイドさんが説明していた。 「この先に、『溜め息 ただ、一つの部屋だけは、雰囲気が違った。質素で、 かび臭くて、窓には鉄格子がはまっている。隣のツアー つかまれている絵とかもあった。本当に豪華だった。 の絵とか、なんだかキリストっぽい人がだれかにうでを あったし、ヴェネツィア共和国を代々仕切ってきた人達 か か っ て い た。 何 を 意 味 し て い る の か わ か ら な い 絵 も いいたので、安心した。 立て札があったので、指示通りに行ったら、人がいっぱ れの隣に、「見学入口はあちらです。」みたいな矢印形の ていないのか、階段の前に、テープがはられていた。そ が置かれていた部屋に行けるそうだ。でも、今は使われ 段」というそうで、この階段を通って、当時の政治機関 て、太陽はキラキラとオレンジ色の光を、運河に投げか 去 っ た。 建 物 の 外 に 出 る と、 も う 日 が 暮 れ か か っ て い 「はぁー。 」 溜 め 息 を つ い て、 私 達 は 足 早 に そ こ を 立 ち さ倍増。 ……すごくこわい。しかも本当のことなんだから、こわ ですね。 」ガイドさんは淡々と語っていたけど、この話 ついています。水に困らないヴェネツィアらしいやり方 32 あって、壁にもたくさんのこれまた金で縁取られた絵が 目 )。ガイドブックによると、この階段は「巨人の階 2階の部屋は、みんな金か漆喰で縁取られた天井画が ?? 第7回 いしかったらしい。) に落ちていた。(後で聞いた話によると、他の料理もお これを飲んで、私はなにやら安心したのか、深いねむり ダシの味と、野菜のうまみが口の中いっぱいに広がる。 ここのお店のミネストローネは本当においしくて、深い 暖かい空気がもわーんとやって来た時は、ホッとした。 ていても、足がぶるぶるふるえる。やっと店について、 再びホテルにもどって、すこし休けいしてから、外に 出た。外は身も凍る程の寒さで、ムートンブーツをはい けていた。 トマトソースのパスタにしていた。父と母は、海産物の レルギーなので、トマトソースのニョッキにした。妹も お 店 に 着 い た。 中 は 海 賊 風 の 装 飾 が ほ ど こ さ れ て い る。どうやら、海鮮物が売りのようだ。私は、甲殻類ア なのであきらめた。 ユーロ(当時、一ユーロは百四十円位だった)もする。 し く 高 い。 親 指 の 二 分 の 一 く ら い の サ イ ズ で も、 二 十 た。けっこうかわいいものもあったけど、値段がおそろ がズラリと並んでいた。特に、ガラス細工の店が多かっ 以上のってるんじゃないだろうか。人々をかきわけかき パスタをたのんだ。 わけ、やっと橋を渡り終えた。この通りにはみやげ物屋 二月十七日 朝、下に食べに行くと、アジア人ぽい顔立ちの男の人 が、料理していた。アジアにいる時はなんとなく「敵」 トマトのパスタは、思いのほかおいしかった。新鮮で おいしいトマトを使っているのだろう。トマトソースそ ヨーロッパ だけど、こっちだと親近感を感じた。なんでだろう。 ソースとよくからむ、ベストパートナーだった。 いやいや、本当においしかったね、と言いながら店を 後にした。イタリアは、どんなとこで食べてもハズレが のものが、素直で優しい味だった。ニョッキも、トマト 今日は、本当はガラス工の島、ムラーノ島に行く予定 だったけど、妹の風邪がひどいので、リアルト橋に行く こ と に し た。 リ ア ル ト 橋 は、 観 光 客 で ご っ た 返 し て い た。まるで人がアリみたいだ。たぶん、橋の上に二百人 33 気が、私は好きになった。かれこれ三十分もそこにいた 差しこみ、明かりがなくても大丈夫だった。そのふんい の足音だけだった。大きな窓からは太陽の光がいっぱい 教会の中は、とても静かだった。しーん、という擬態 語がぴったりだ。人もまばらで、聞こえるのは、何人か 妙にマッチしていた。 鐘よりも、もう少し高い音だ。すんだ空気と、鐘の音が になった。外に出ると、鐘の音が聞こえて来た。お寺の しい教会だ。近そうだし、行ってみようか、ということ まった。ピンクと白のレンガでできた、とてもかわいら いたら、「サン・ザッカーリア教会」という所が目にと ど こ か い け る 所 は な い か と、 ガ イ ド ブ ッ ク を め く っ て 妹の風邪が悪化して来たため、早めにホテルに帰り、 ゆっくりした。二時間程ねた妹は、すっかり回復した。 た。 ない。これを毎日食べてるイタリア人て幸せだなと思っ 二月十八日 た。 と い う の に は、 感 心 し た。 私 達 は、 い い 気 分 で 店 を 出 ここのお店の料理は、ヴェネツィアで食べた中で一番 クオリティーが高かった。意外な食材で意外な味を作る ると、長ネギだという。 この深みがあってコクがあって、優しい味は。聞いてみ 入ってるのか、全然わからなかった。でも、何だろう。 たのは、スープだった。一回飲んでみたら、何の野菜が ていた。その人達を見ていたら、料理が来た。最初に来 三 人 程 お 客 が 入 っ て き た。 そ の 人 達 は み ん な 仮 装 を し く、料理をオーダーした。まだかとまっているうちに、 あ っ て、 大 人 が 飲 み に く る よ う な ふ ん い 気 だ。 さ っ そ 程休けいし、また出かけた。ちょくちょくお店を見て回 は、大人向けの店なので、開店がおそいらしい。一時間 り な が ら、 目 的 の お 店 に 着 い た。 中 は 照 明 が 落 と し て だろうか。 水上タクシーから、私は遠ざかっていくヴェネツィア を見ていた。あっという間の三泊四日だったけど、とっ ホテルに帰って、また少し休けいした。今夜行くお店 34 第7回 ても楽しかった。楽しませてくれてありがとう。感謝の 意 を こ め て、 力 い っ ぱ い 手 を 振 っ た。 見 え な く な る ま で、ずっと、私は手を振り続けていた。 35
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