学位論文内容の要旨

博 士 ( 経 営 学 ) 池 田幸 代
学 位 論 文 題 名
企 業 に お け る ブ ラ ン ド 戦 略 と 組 織 ア イ デ ンテ イテ イ
学位論文内容の要旨
これまでブランド論では、広く日本型のブランド管理と、欧米型のブランド管理が示されてきた。す
ぺてのブランドにコ―ボレ―ト・ブランド名を付けた日本型ブランド展開のもとでは、全社で共有され
た 組 織 文 化 に よ っ て 、 ブ ラ ン ド の 一 貫性 を生 み出 すこ とが でき ると いわ れて い る。
また日本型ブランド管理を行う企業が、既存のコ―ボレート・ブランドのほかに、企業ブランド名を
利用しない個別ブ ランドを保有する欧米型ブラ ンド管理ヘ進むとき、従来から共有されてきた組織
文化が、ブランド の個性を発揮する上で障害と ならないのだろうか。また、そのー方でーつの企業
グ ル ー プ と し て 統 一 感 を 生 み 出 す た め に は 、 ど の よ うな マネ ジメ ント が 必要 であ ろう か 。
ブランド論では、主としてコーボレ―ト・ブランドとブランドの一貫性をもたらす組織文化との関係
が説明されてきた。しかし、企業グルーブとして、既存のコ―ボレート・ブランドが異質なブランドを
多数保有するグル―プ・ブランドとなったとき、組織文化が一枚岩として存在するのか、あるいはブ
ランドの個性に応 じて組織文化の多様性を創造 するなどについては、ほとんど言及されてこなかっ
たのである。
そうした理論的限界をもとにして、従来のブランド論に、組織文化と組織アイデンティティの視点
を加え、企業グル―プの中でコ―ボレ―ト・ブランドとは個性の異なる個別ブランドを複数所有する
場合のブランドマネジメントのあり方について、明らかにすることが本研究の課題である。それは、
企業グループ内で 異質なブランドの個性を発揮 させるための分化と統合のマネジメントをどう行う
かという問題である。本研究では、戦略的な視点に加えて、組織のマネジメントとして、各ブランドを
管理する組織の主 体的意思に着目してブランド の分化と統合を議論することを試みている。そのた
め、 ブラ ンド 論、 組織 文化 論に 組織 アイ デンテ ィテ ィ論 の視 点を 加えている。
第2章ではブランド の個性の発揮という視点で分化と統合を議論した。ブランドの個性はブランド・
アイデンティティとして議論されており、ブランドの分化と統合は、ブランド名やボジショニング、マー
ケティング戦略と いった組織外部に向けたアプ ローチから管理することによって実現される。しか
し、企業グループの中でいくっかの異なる個性のブランドがそれぞれに異なるブランド・アイデンテ
イティを持っているとすると、それぞれが異なる組織文化や価値を持っているのか、あるいはグル―
ブ・ブランドとして、共有された組織文化や価値を持っているのかは、明らかになっていない。グル
―プ・ブランドの中で個別ブランドとコ―ボレ―ト・ブランドが共有して保持する部分とそれぞれが同
時に獲得する部分 については、組織文化の視点 から議論はされておらず、 常に―枚岩としての組
織文化が前提であ った。しかし、組織文化がブ ランドのイメージに大きく影響する要因であるなら
ば、組織文化の分 化と統合もブランドの分化と 統合に合わせて議論する必要がある。ブランド論は
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マ ー ケ ティ ン グ や 戦 略論 、 広 告 論 など の 領 域 が 中 心で あ り 、 プ ラン ド の 個 性 に影 響 を 与 え るよ う な
組 織 の マ ネ ジ メ ン ト に つ い て は ほ と ん ど ふ れ ら れ て い な い た め、 組 織 の 価 値や 文 化 に つ いて 議 論
す る に は 、 組 織 文 化 論 や 組 織 ア イ デ ン テ 朽 Pイ 論 の 知 見 を 活 用 す る 必 要 が あ る 。
第 3章 で は 、 組 織 メ ン バ ― の 知覚 に 支 え ら れた 組 織 ア イ デン テ ィ テ ィ 論 では 、 統 合 の 視点 と 分 化
の 視 点 を動 的 に 捉 え るこ と が 可 能 であ り 、 全 体 の 中で の 個 の 自 立を 扱 う 理 論 であ る こ と を 示し た 。
ブ ラ ン ドの 分 化 と 統 合の 背 景 に あ る組 織 文 化 の 分 化と 統 合 を 説 明す る に は 、 組織 ア イ デ ン ティ テ ィ
を 交 え て議 論 す る こ とが 重 要 で あ る こと が 明 ら か にな っ た 。さ らに、 組織ア イデ ンティ ティ論 は外部
に 対 し てイ メ ― ジ を 意図 的 に 表 明 す る組 織 の 姿 を 扱う 理 論 であ ること から、 ブラ ンドを 議論す るうえ
で 重 要 であ る 。 このこ とか ら、組 織アイ デンテ ィティ と組 織文化 の視点 を交え るこ とで、 企業グ ルーブ
に お け るブ ラ ン ド の 分化 と 統 合 と いう マ ネ ジ メ ン トの 可 能 性 を 高め る こ と が 出来 る こ と を 示し た 。
第4
章 の 本 研 究 のフ レ ― ム ワ ―ク で は 、 ブ ラン ド 戦 略 、 組織 文化、 組織ア イデン ティ ティと いう3つ
の 理 論 領 域 を 研 究 の 関 心 領 域 と し て 提 示 し 、 そ れ ぞ れ の 理 論 的関 連 性 を 示 した 。 ま ず 、 理論 的 関
心 領 域 は大 き く 理 論 を大 別 す る と 、組 織 文 化 論 と ブラ ン ド 論 に 分け ら れ る 。 そし て 組 織 文 化の 一 部
と し て 組織 ア イ デ ン ティ テ ィ が 位 置 づけ ら れ て い る。 次 に 、こ こで説 明した 理論 的関心 領域を もとに
し て 、 フ レ ― ム ワ ― ク の 構 成 概 念 を 提示 し た 。 示 され た 3つ の 構成 概 念 は 、 「組 織 ア イ デ ンテ ィ テ
イ」 、「 外部志 向のブ ランド 戦略」、「内部志向のブランド戦略」である。組織アイデンティティは、外部
ス テ ― クホ ル ダ ― と の関 係 の 中 か ら 、「 わ れ わ れ は誰 か 、 どう なりた いか、 どう いう存 在か」 につい
て 、 組 織メ ン バ ー が 認識 し た も の であ る 。 外 部 志 向の ブ ラ ン ド 戦略 は 外 部 ス テー ク ホ ル ダ ーを 意 識
し 、 新 たな 自 己 像 を 外部 ス テ ー ク ホ ルダ ー に 表 現 する こ と を目 的とし て実行 され るもの である 。内部
志 向 の ブ ラ ン ド 戦 略 は 、 戦 略 を 実 行 す る た め に 行 わ れ た 組 織 的な 行 動 、 あ るい は 組 織 で 共有 さ れ
た価 値を 伝える シンボ ルの部 分であ る。
そ して コ ー ボ レ ート ・ ブ ラ ン ドか ら 、 異 質 な個 別 ブ ラ ン ドが創 造され る過 程で、 それぞ れの個 性を
発 揮 し つつ 、 グ ル ー プ全 体 と し て のー 体 感 を 生 み 出す 場 合 、 そ れぞ れ の ブ ラ ンド が 組 織 ア イデ ン テ
イ テ ィ 、外 部 志 向 の ブラ ン ド 戦 略 、 内部 志 向 の ブ ラン ド 戦 略 の 3
つ の 点 で 、 互い に どの ように 異なっ
て い る か、 ど の よ う に影 響 を 与 え 合 って い る か を 明ら か に しよ うとし た。分 析は 資生堂 グル― ブの事
例 を も とに 、 各 期 ご とに 資 生 堂 、 イ プサ 、 ア ユ ― ラと い う ブラ ンド間 の分化 と統 合の関 係を明 らかに
する ため 、ケ― ス・ス タディ を採用 する ことに した。
第 5章 の 事 例 では 、 各 期 の 資 生堂 、 イ プ サ 、ア ユ ― ラ に つい て 述 ぺ た 。そ の 上 で 第 6
章のケース・
ス タ デ ィで は 、 まず各 期ご とに、 組織ア イデン ティテ ィ、 外部志 向のブ ランド 戦略 、内部 志向の ブラン
ド 戦 略 の視 点 の 視 点 に基 づ ぃ て 、 資 生堂 と イ プ サ 、ア ユ ― ラ と いう 3つ の ブ ラン ド 間の 関係に ついて
示 し た 。そ し て 時 期 に応 じ て 、 そ れぞ れ の ブ ラ ン ドの 個 性 を 発 揮す る べ き 時 期、 企 業 グ ル ープ 全 体
を 統 合 する ぺ き 時 期 、と い う 動 き が みら れ る こ と が明 ら か に な った 。 第 1期 では 、 既存 のコ― ボレ―
ト ・ ブ ラン ド が 弱 体 化す る こ と か ら 個別ブ ラン ドが分 化する 現象を 捉え た。第 2
期 では、 分化し た個別
ブラ ンド に影響 を受け 、再構 築され たコ ーボレ ート・ ブラン ドに よって 、異質性を包括しようとした。そ
の こ と が 個 別 ブ ラ ン ド の 独 自 性 に 危 機を 与 え て い た。 第 3期 に は新 た な 個 別 ブラ ン ド が 計 画的 に 創
造 さ れ ‘、 異 質 な ブ ラン ド に 独 自 性 をあ た え 、 か つ全 体 と して の―体 感を出 すた めに、 新たな グルー
ブ・ ブラ ンドと しての 上位の アイデ ンテ ィティ を創造 するこ とが 示され た。
最 後に 、 第 7章 では 結 論 と し て、 ブ ラ ン ド の分 化 と 統 合 は、 グ ル ― プ で 共有 す る 資源の 程度、 各ブ
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学位論文審査の要旨
主査教
授金井一頼
副査教
授小島廣光
副査助教授平本健太
学 位 論 文 題 名
企業におけるブランド戦略と組織アイデンテイテイ
産 業界 で は 事業 の 多 角化や 製品の多 様化に よって複 数ブラン ドが常 態化し、 それに よっ
て 個 別 ブラ ン ド の個 性 の 発揮 と 企 業 全体 と し ての ア イ デン テ ィ ティ の 確 保と いう ブラン
ド ・ マ ネジ メ ン トの 問 題が 重要な戦 略的イシ ューと なってき ている 。本論文 は、こ のよう
な 背 景 のも と に 近年 経 営学 において 注目を集 めてい る研究テ ーマの ーっであ る企業 のブラ
ン ド 戦 略の 議 論 に多 く の先 行研究に おいて軽 視され ていた組 織論の 視点を導 入する ことに
よ っ て ブ ラ ン ド ・ マ ネ ジ メ ン ト を 総 合 的 に 分 析 し た 意 欲 的 な実 証 研究 で あ る。
〈 <論文の 概要〉 〉
第1
章 で は 、複 数 の 個別 ブ ラ ン ドを 持 つ 企業 の ブラ ンド・マ ネジメ ン卜につ いて組 織ア
イ デ ン ティ テ ィ の視 点 を導 入して分 析するこ とによ ってグル ープ全 体として のブラ ンド戦
略 を 明 らか に す るこ と が本 論文の研 究課題で あると の研究目 的の設 定が明確 に行わ れてい
る。
第2
章 で は 、先 行 研 究の レ ビ ュ ーが 行 わ れて お り、 ブランド 戦略、 組織アイ デンテ ィテ
イ 、 ブ ラン ド ・ マネ ジ メン トに関わ る先行研 究が詳 細に検討 されて いる。こ の検討 を通じ
て 、 池 田氏 は 既 存の 研 究が 複数ブラ ンドのブ ランド ・マネジ メント の議論に おいて 組織文
化 の 一 貫性 の 保 持や 多 様性 のマネジ メントに ついて ほとんど 分析さ れていな いこと を示唆
し 、 ブ ラン ド 戦 略の 議 論に 組織アイ デンティ ティの 視点を加 えるこ とによっ てブラ ンドの
分 化 と 統 合 を ダ イ ナ ミ ッ ク に と らえ る こと が 可能 に なる と 指摘 し て いる 。
第3
章 で は 、第 2章 の先 行 研 究 のレ ビ ュ ーを 踏 ま えて 独 自 の分 析 フ レー ム ワー クが提 出
さ れている 。池田 氏のフレ ームワ ークは、 「グル ープ全体 としての組織アイデンティティ」
「 市場ー向 けた取 り組み」 「分化 と統合ー の組織 的対応」 という3つの 要因によ って構 成さ
れ て お り、 ブ ラ ンド の 分化 と統合と いうブラ ンド・ マネジメ ントと 組織アイ デンテ ィティ
を 統合した 視点を 提供して いるこ とが特徴 である 。
第4
章 で は 、分 析 の 対象 と な る 資生 堂 グ ルー プ の ケ← ス が 3
っ の 時 期に 分 けて 経時的 に
紹 介されて いる。
続 く第 5章 がケ ー ス ・ス タ デ ィ の部 分 で あり 、 第 3
章 で 提 出さ れ た 分析 フ レー ムワー ク
を べ ー スに 資 生 堂の ブ ラン ド展開の プロセス と組織 アイデン ティテ ィとの関 係が詳 細に分
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析されている。この分析を通じて、既存のコーポレート・ブランドの弱体化と新たなブラ
ンドの創発的な創造(ブランドの分化)、ブランドの統合の試みによる個別ブランドの独自
性発揮の阻害、新たなブランドの計画的創造とグループ・ブランドによるグループ・アイ
デ ン ティ ティ の創 造を 通じた ブラ ンド の統 合のプ ロセ スが 検討さ れて いる 。
第6章では分析の結諭として@ブランドの分化と統合にはアイデンティティをべースに
したマネジメントが必要である、◎ブランドの分化を高めるためにはグループで共有する
資源を最低限にとどめ、各ブランドに対応した競争相手を意識させる、◎ブランドの分化
が高い場合にはグループ全体を統合するアイデンティティの抽象度が高まる、といった諸
点が提出されるとともに理論的含意、実践的含意、および今後の研究課題が提示されてい
る。
<〈論文の評価〉〉
1本論文の最大の貢献は、ブランド戦略の議論に組織アイデンティティの考え方を導
入した独自のフレームワークを構築することによってブランド戦略論の新たな可能性を提
示したことである。このことは、マーケティング論や戦略論と組織論(組織文化論)の議
論をブランドという概念によって統合的に考察することができる可能性を示していること
を意味している。
2組織論における分化と統合の概念をブランド論に応用することによって、複数のブ
ランドから構成される企業のブランド・マネジメントの議論に新たな展開の可能性を拓く
とともにここから導き出された結論が現代企業のブランド・マネジメントに実践的な含意
を提出していることが第2の貢献である。
なお、審査委員会では先行研究のレビューをもう少し簡潔にする必要があることと組織
全体のアイデンティティー向けての統合を可能にする仕組み(グループ・ブランドの創造)
にっいてより一層の議論が望まれることが指摘されたが、これらの指摘は本論文の価値を
減ずるものではない。
<〈結論〉>
以上の所見を総合して、審査委員は全員一致して、本論文は博士(経営学)の学位を授
与するに値するものと判断した。
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