こちら

文学教材の読解過程に働く思考力の育成
∼〈事象認識力〉を育てる教材開発の視点から∼
いみず
富山県射水市立大門中学校
キーワード
門島
伸佳
文学教材・読み書き関連指導・思考力・事象認識力・教材開発・教材「キツネとカモ」
1.本研究の目的
本研究は、筆者がこれまで取り組んできた自己学
習力を育てる文学教材の読み書き関連指導の実践的
る。記号である文章は、その解釈の所 産(「解釈内
、、、、、、
容」と呼ぶ)をある程度まで規定する。」と述べて
いる
研究の一環である。
3) 。
つまり、文章を読むとは言葉と経験を結びつける
本学会109回岐阜大会、110回岩手大会では、自立
ことによって記号を解釈し、個々の事柄や事象を認
した読者及び表現者の育成を目指して、文学教材の
識する行為である。ただし、ここでの「解釈」は、
読解過程に働く思考力を学習生活及び読書生活に関
文学教育における〈解釈〉とは違う意味をもってい
連した作文学習に転移させるための理論の構築と実
る。むしろ、客観的・普遍的なコードに依拠した〈分
践の成果を示した
析〉に近い意味である。
1) 。なお、本研究では、
〈事象認
識力〉・〈関係認識力〉・〈象徴認識力〉の三つの認
その際、認識した事柄と事柄(事象と事象)とを
識力を読解レベルに応じて適切かつ有効に働かせる
関連づけて認識する力、つまり〈関係認識力〉も同
力のことを「文学教材の読解過程に働く思考力」と
時に働かせることになる。
定義している。
佐藤(1981)は、「ことばの意味がいちばん見えや
112回宇都宮大会では、自立した読者を育てる文
すいかたちであらわれるのは、まさに二項対立(二
学教材の指導に焦点をあて、具体的な指導事例を提
分制)の形式で観察したときである。」と述べてい
示しながら、指導者に必要な心構えとしての授業の
る
原則を抽出した
あるとすれば、文章を読む行為は〈関係認識力〉抜
2) 。その一つが「(1)言葉を根拠と
して読むことを徹底する
『思い入れ読み』を
4) 。言葉というものの本質が他者との差違性に
きには考えられないことになる。
」で ある。これは文学教材の読解過程
波多野(1987)は、言語による思考訓練の三つの段
に働く思考力の基礎となる〈事象認識力〉の育成と
階として「目に見えるもの同士の関係」「目に見え
密接な関係がある。
るものと見えないものの関係」「目に見えないもの
排する
本発表では、〈事象認識力〉を育てる教材開発の
同士の関係」を挙げている
5) 。本発表では、
「目に
視点から、筆者自らが1989年から実践している「キ
見えるもの同士の関係」認識レベルに限定した〈事
ツネとカモ」の授業を紹介し、その教材としての価
象認識力〉の育成を想定している。具体的には、言
値と有効性を検証する。
葉を根拠にして、文学教材の「設定」
(時・所・人)
を正しく理解する能力の育成である。
2.〈事象認識力〉と〈関係認識力〉との関連性
〈事象認識力〉とは、書かれている文字や語句の
3.文学教材の「設定」を検討する授業
意味を認識し、個々の事柄・事象を認識する力であ
「設定」とは、文学作品を構成する三要素である
る。文種を問わず、文章を読むことの基本となる能
「時・所・人」のことを指す。「設定」を検討する
力である。
学習とは、簡単に言えば「いつ・どこで・誰が」と
宇佐美(1994)は、「文章を読むとは、今まで論じ
、
てきたように、記号の解釈である。文章自体には内
、
容は無い。内容は解釈において生じるのである。解
いう観点に基づいて、言葉を根拠にして〈事象認識
釈は、①記号と②解釈者の既有の言葉―経験の情報
『少年の日の思い出』(ヘルマン・ヘッセ/高橋
蓄積構造との関わりあいにおいて行なわれる。両者
健二訳)の作中場面と回想場面の時代や年代を推測
の相互干渉の間柄に おいて解釈が成り立つのであ
する学習を例にする。「ランプ」を根拠にして、電
力〉と〈関係認識力〉を働かせながら、作品の構造
を明らかにすることである。
気がない時代だと推測する生徒がいる。また、「彼
りしのびよって来たので、やぶのこちらにい
はろうそくをつけた。」を根拠にして、お金持ちの
たカモは、そちらをふりかえってみました。
家でさえも電灯がな い時代だと推測する生徒もい
「おや、ずるいキツネがやって来たわ。」
る。さらに、作者のプロフィールから「1800年代後
B1
キツネが雪の上の足あとをつけて、こっそ
半から1900年代前半」だと推測する生徒もいる(た
りしのびよって行くと、やぶのむこうにいる
だし、「作品論的読み」の立場では、作者を根拠と
カモが、こちらをふりかえりました。
するものは基本的に授業では取り上げない)。
「おお、うまそうなカモがいるぞ。」
生徒が気づきにくい根拠「二十ペニヒぐらいの現
金の値打ちはある」を教師側から提示し、「当時の
「文章」を検討の対象とする授業の必要性を訴え
ドイツの物価を調べれば年代を知ることができるか
た大森修(1985)は、小学4年生の児童に対してこの
も知れませんね。」と補足説明する場合もある。
教材を使った授業を行い、話者の視点を検討する学
さらに、『大人になれなかった弟たちに……』(米
倉斉加年)の季節・日時を検討する学習を例にする。
習作文を書かせている
7 )。
中学校教師である筆者は、〈事象認識力〉をより
効果的に育てるために、次のように修正(ゴシック
「石釜という山あいの村」に疎開したのはいつご
ろの季節ですか。根拠を三つ探して答えなさい。
体・下線部)を加えた。
文章A
キツネが雪の上に足あとをつけて、こっそりし
答えは「春から初夏」となる。根拠は「桃の花」
「あゆ」「田植え」の三つである。
のびよって来たので、やぶのこちらにいたカモは、
そちらをふりかえってみました。
「おや、ずるいキツネがやって来たわ。」
「ヒロユキ」が死んだのは何年何月何日ですか。
文章B
答えは「1945年7月28日」となる。根拠は「弟が
キツネが雪の上の足あとをつけて、こっそりし
死んで九日後の八月六日に、ヒロシマに原子爆弾が
のびよって行くと、やぶのむこうにいたカモが、
落とされました。」である。昨今の中学生には、7
こちらをふりかえりました。
月が何日あるのかを知らない者が増えている。一般
「おや、うまそうなカモがいるぞ。」
常識として、大の月と小の月の覚え方「西向く士」
を教える必要があるのが現状である。
さらに、「『ヒロユキ』が入院したのはいつごろ
ですか。」と問う。答えは「7月18日前後」となる。
文章Aの助詞「の」を「に」に変えることによっ
て、実際の授業にどのような変化が生じるのか。以
下、授業の実際を示す。
根拠は「十日間くらい入院したでしょうか。/ヒロ
ユキは死にました。」である。
5.「キツネとカモ」の授業
8)
このように〈事象認識力〉は、言葉を根拠とした
理由付けによって、事柄や事象を正確に認識する学
習によって育てられるのである。
第1時
教材を提示し、各自音読・追いかけ読み・一斉読
みをした後、次のように指示する。
4.〈事象認識力〉を育てる教材の工夫
国語の授業入門として、筆者が実践しているのが
「キツネとカモ」の授業である。
西郷竹彦(1975)は、「教師のための文芸学入門」
文章Aと文章Bとの違いを検討します。違いを
一つ書く度にノートを持ってきなさい。時間は7
分間です。
と題した実験的授業記録の中で、次の教材を紹介し
ている
6) 。
持ってきた生徒のノートに赤丸をつけながら個別
指導をする。時間がたったら、机を向かい合わせて
A1
キツネが雪の上の足あとをつけて、こっそ
全員起立型発表を行う。ここでは、文章Aはカモの
立場(視点)から、文章Bはキツネの立場(視点)
から書かれている文章であることを簡単に確認する
にとどめる。
机を元に戻させ、次のように指示する。
行して(たどって)」という意味になる。
したがって、文章Bの場合は、カモの足あとの上
にキツ ネの足あとを重ねるよう に描かねばならな
い。
文章Aの場合は、カモが歩いてきた方向(つまり
二つの文章の違いがよく分かるように、ノート
カモの足あとのついている方向)と違う方向からキ
に図または絵を描きなさい。ただし、「キツネ」
ツネが忍び寄ってきている図(絵)でも間違いでは
「カモ」「やぶ」「足あと」は必ず書きなさい。
ないことになる。
「図」と「絵」の違いを確認し、各自のノートに
生徒による図示例
二つの図(または絵)を描かせる。
第2時
音読後、グループ学習に入る。ノートに描いた図
(または絵)を互いに検討させ、グループの考えを
まとめさせる。各グループに西洋紙を2枚ずつ配布
し、マジックで図(絵)を描かせる。同時並行で次
時のグループ対抗討論のための準備をさせる。
ここでは次のことを指導する。
① 「文章中のどの言葉からわかるか」という「根
拠」をきちんと示すこと。
② 「思い」と「考え」を区別すること。
※「根拠」を示すことができる場合は「考える」
を使う。そうでない場合は「思う」を使う。
③ 「根拠」と「理由」の違いを意識すること。
※「根拠」とは、文章中の言葉そのものである。
※「理由」とは、その言葉がなぜ「考え」を支
える「根拠」となるのかを説明するものであ
る。
授業後、各グループが描いた2枚の図(絵)は集
めておき、縮小コピーしてプリント印刷しておく。
第3時
各グループの図(絵)をネームプレート(マグネ
ット)で黒板に貼り、討論に入る。同時にプリント
したものも全員に配布する。
ここで問題となるのは、①「キツネ」「カモ」「や
ぶ」の位置関係、②「キツネ」と「カモ」の「足あ
第4 時
文章Aについて次のように問う。
と」の描き方の2点である。
文章Aは「キツネが雪の上に(自分の)足あとを
くっつけて(残して)」という意味になり、文章B
は「キツネが雪の上にあった(カモの)足あとを尾
「キツネ」は「カモ」に自分の存在を気づかれ
たと思っていますか。
文章Aは「カモ」の視点で書かれた文章である。
んで「間違いさがし」をしたと思います。
したがって、「キツネ」の気持ちは読めない。想像
この文章は絵本のような短くわかりやすい文章だ
するしかない。これを「行間読み」と称して、言葉
と初めは思いました。でも授業を進めていくうちに、
を根拠としない思い 入れ読みを強制してはいけな
こんな短い文章でも何度も何度も読み返して、やっ
い。教材「キツネとカモ」を扱う意義はここにある。
と意味がわかっていくんだなあと思いました。
さらに次のように問う。
6.〈事象認識力〉を育てる教材の条件
「カモ」はどの時点で「キツネ」の存在に気づ
いたのですか。ふりかえる前ですか?
それとも
ふりかえった後ですか?
〈事象認識力〉を育てる教材の条件は、論理的思
考の基礎となる考え方の一つである三角ロジックに
おける「根拠(Data)」・「論拠/理由付け(Warrant)」
・「主張(Claim)」の結びつきを強固なものにしなけ
生徒の意見は必ず二分する。各自のノートに「理
れば正しく事象を認識することができない文章であ
由」と「根拠」を書かせた後、討論をさせる。授業
ることである。これは、PISA型読解力における「情
の詳細は割愛する。
報の取り出し」・「解釈」・「熟考・評価」にそれぞ
正解は「ふりかえる前」である。
れ対応している。
「ふりかえった」のは「キツネ」に気づいたので
はなく、「何か」に気づいたからふりかえったのだ
本発表で提示した教材「キツネとカモ」がその一
つであると考えている。
から、「後」であると考える生徒もいる。
文章Aの修飾語のいくつかを省略すると、「キツ
ネがしのびよって来たので、カモはふりかえってみ
た。」となる。
1)
「キツネがしのびよって来たので、」の部分は「確
門島伸佳(2005)「『分析批評』による文学教材の読み書
― 学習作文としての『文芸
き関連指導の実践的研究
定条件の順接」である。文法的に読むと、「キツネ
評論文』の成果を検証する― 」第109回全国大学国語教
がしのびよって来た」ことを認識したことが「原因」
育学会(岐阜大会)自由研究発表
で、その結果、「カモは(試しに)ふりかえってみ」
門島伸佳(2006)「『分析批評』による文学教材の読み書
たということになる。
しかも、「カモ」は「キツネ」のことを以前から
感想文指導への応用 ― 」第110回全国大学国語教育学会
知っていたことも読み取ることができる。根拠は「ず
るい」である。「おや」は「思ったとおり、あのず
― 思考力の関連による読書
き関連指導の実践的研究
(岩手大会)自由研究発表
2)
門島伸佳(2007)「自己学習力を育てる文学教材の読み書
るいキツネじゃない!」という意味となる。したが
き関連指導の実践的研究∼自立した読者を育てる授業の
って、視点人物である「カモ」はふりかえる前に「キ
原則∼」第112回 全国大学国語教育学会(宇都宮大会)自
ツネ」をちゃんと認識していたことになる。
由研究発表
授業後の生徒の感想(中学1年女子)
3)
宇佐美寛(1994)『国語科授業における言葉と思考』p.29
4)
佐藤信夫(1981)『レトリック認識
私がこの授業で学んだことは、文章を読むことの
奥深さです。だって、「上の」と「上に」の違いで
「つける」という言葉の意味が全然ちがう言葉にな
るからです。また、その文章はだれの視点から見て
界をつくる
5)
』講談社
p.119
波多野完治(1987)「国語科における思考力育成の課題」
『教育科学 国語教育』№373
6)
いるかで、向きや位置がとっても違うこと、文章か
ことばは新しい世
明治図書pp.7-8
西郷竹彦(1975)『西郷竹彦文藝教育著作集 2 文芸学入
門』明治図書 p.23
ら想像する絵は十人十色で違うことなどがわかりま
7)
大森修(1985)『国語科発問の定石化』明治図書 pp.12-17
した。この文章は答えがないのではなくて、答えを
8)
門島伸佳(1999)「言葉を根拠にして読むことを徹底せよ」
見つけられなかっただけでした。
文章で絵を想像して、その絵は「あの足あとが…
…」とか「あれの位置が……」というように文を読
『教育科学国語教育』№575 明治図書
pp.67-68
門島伸佳(2002)「文学作品の授業入門『キツネとカモ』」
『向山型国語教え方教室』№007
pp.48-49