犬の胸腰部椎間板ヘルニアについて~病気と診断から治療まで

腰の椎間板逸脱症について簡単に… 2009
このプリントを参考にするにあたっては、最後のページの左下の「利用における注意点」に
必ず目を通して、ご理解いただいた場合のみとさせていただきたいと思います。
Q1)椎間板逸脱症(椎間板ヘルニア)について簡単にいうと?
A1)様々な理由で“衝撃吸収装置”椎間板の一部が脊髄神経の方へ飛
び出てしまう病気です。椎間板のつくりの問題で、背側に飛び出しやす
いようです。でも360度、どこにでも出る可能性はあります。
椎間板物質の飛び出る時の「衝撃」「場所」「経過時間」などが絡み
合って様々な症状を示します。「痛みだけ」を示す場合もあれば、歩け
なくなって「足先の痛みを感じなく」なったり、ひどい状態では脊髄が
溶けてしまうような病態にもなります。「ついさっきまで元気だったの
に…」というくらいに急に起こることも多いと思います。
Q4)なりやすいとされている年齢や性別はあるの?
A4)年齢的には約80%が3~7歳で発症する傾向にあります。しか
し、早い子では2歳ほどでも見ることはあります。20%くらいが7歳
以上です。
性別による差は知られていないようです。
Q5)人の腰のヘルニアと同じなの?
A5)ほとんど同じですが、腰のつくりと発生部位に大きな違いがありま
す。
人の場合
腰 L1
L2
脊髄
神経の障害が起こる!!
末梢神経の束
(馬尾)
L3
L4
人だと腰の下のほう
L5
脊椎
(背骨)
S1
椎間板
人で多い場所はこの辺りで…
= 脊髄そのものに当たらない
= 腰が“ストン”とは抜けない
飛び出した椎間板物質
正常な椎間板と脊髄
椎間板ヘルニア
(例:Ⅰ型)
犬は人より上のほう
Q2)なんでなっちゃったの?
犬の場合
75%が胸椎の12-13間と、胸椎13-腰椎1間とその付近で起こる
A2)遺伝的(犬種)の問題、背骨の長さや筋肉の状態、生活スタイル
なども関連していると思われますが、これ!とは言えないと思います。
T11 12
13
L1
Q3)なりやすいとされている犬種はあるの?
A3)有名なのはミニチュアダックスフンドでしょうか?他の犬種の1
0倍の危険度と言われています。また、フレンチブルドッグの場合は経
験的に嫌な感じが多いと言われています。他にもビーグル・プードル・
シーズー・ペキニーズ・コッカースパニエル・ウェルッシュコーギーな
どに多い傾向がありますが、すべての犬種で発症の可能性があります。
人との違い!
交通事故クラスの
大きいダメージ!
L7
犬で多い場所はこの辺り
=モロに脊髄に当たってしまう
=脊髄損傷!麻痺!
⇒腰が“ストン”と抜けてしまう
Q6)ハンセンⅠ型とⅡ型って何?
Q9)重症度の目安はあるの?
A6)椎間板の出方による分類です。
Ⅰ型とは線維輪が破れて中身(髄核)が出て脊髄を圧迫したもので、
ダックスフンドやシーズー、ビーグル、コーギーに多いものです。若めの
子に急に起こることが多いようです。
Ⅱ型とは線維輪が膨らんで、比較的徐々に進行する傾向にあります。パ
グやゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバー、ドーベルマンなど
に多いものです。老齢の子に、慢性進行することが多いようです。
A9)当院では5段階評価を採用しています。
(病院によっていろいろあるようです。4段階とか。)
(一部でⅢ型というのも目にしますが、上記二つを把握しておけば十分ではないかと…)
Ⅰ型
グレード1:歩ける、痛みだけ
グレード2:歩けるけど、よろめく(繰り返す痛みもここ)
グレード3:歩けない、排尿コントロールOK
グレード4:歩けない、排尿できない
グレード5:歩けない、排尿できない、足先の感覚がなくなる
Ⅱ型
Q10)「こうなったらダメ!」とかはありますか?
Q7)診断はどのようにするの?
A7)症状やその経過などの問診(これが重要)や身体検査(一般的な
ものから神経学的なものなど)と、必要に応じたX線検査(診断の正確
性は50%前後)や血液検査などを行なって、他の病気の可能性(下の
Q8を参照)も考慮した上で診断を行ないます。仮診断をもって治療に
入ることも多いようです。その他、脳脊髄液検査や心電図検査などを組
み合わせることもあります。
確定診断は、脊髄造影やCT検査、MRI検査(CT、MRI検査は院
外検査)による画像診断によります。特に手術を実施する場合は、手術
箇所の確定のために、脊髄造影(院内)、CT検査(院外)を、適時行
なうことになります。
この病気に関しても思いこみは禁物で、例えば「ダックスフンドだか
ら…」と椎間板ヘルニアを想定してしまい、実は免疫介在性の病気だっ
たなどの話もあるようです。
Q8)同じような症状を示す病気はありますか?
A8)背骨の骨折や脱臼・椎間板脊椎炎・先天奇形・腫瘍(背骨・脊髄
など)・骨髄炎・線維軟骨塞栓症・髄膜炎・変性性脊髄障害・外傷など
があります。そのうちのいくつかはX線検査で仮診断をつけます。また、
治療に対する反応などをみたり、他の検査をすることもあります。
A10)グレード5になったら様子を見ないほうが良いようです
つまり、つま先の感覚がないようだったら、
48時間以内に何らかの処置を受けるほうが
良いとされます。2~3日様子を見てはいけ
ない!と考えてよいと思います。
特に症状が出てからグレード5になるまで
の時間が短いほど、ゆっくり構えていないほ
がいいと思います。
*グレード5の足先の間隔を確認するために
動物病院では、鉗子などで犬の足をかなり強
くつねる(つまむ)ことがあります。決して
虐待をしているわけではありませんので、ご
了承いただければと思います。
グレード5の一例
後ろ足で体を支えられない。
足が“ピン”と伸びることも
Q11)重症度の目安に“排尿できない”とありますが…?
A11)椎間板ヘルニアでは「排尿と排便ができなくなる」ケースは少
なくありません。術後でも戻らない場合もあります。
そのような場合に“おしっこが出ない”と尿毒症となってしまい、命
を落とすことになってしまいます。以下の方法で、ご家族に補助をして
いただくことになります。(膀胱炎になってしまうことが非常に多いの
で、定期的な尿検査や治療が重要になります)
・男の子
・女の子
:カテーテル排尿
:圧迫排尿
Q12)今回のうちの子のグレードはいくつですか?
Q14)内科療法はどんな時に選ぶの?
A12)以下を参考にしてください。獣医師はこのあたりを身体検査な
どで評価していきます。診療時点での評価(しかも、あくまでも目安)
なので、今後、良化や悪化をすることを、意識してくださいねっ!
A14)今までの内科療法は「グレード1~2」と「手術前の対処」と
「ご家族が手術を望まなかった場合」に行うことがほとんどでした。
しかし最近では、比較的重度の椎間板ヘルニアにも効果を示す可能性
がある薬も現れてきました。とはいえ、すべての薬において100%治るわ
けではなく、悪化傾向や薬が無効な場合は、速やかに外科手術に移行し
ます。(外科手術でも100%歩ける保障が無いのが実情ですが…。)
<診断・評価の目安リスト>
獣医師が記載いたします。
・症状
・発症時期
・きっかけ
・意識や反応など
右
左
・手足首の位置感覚
・踏み直り反応
・跳び直り反応
・引っ込め反射(L6-S1)
・膝蓋腱反射(L4-5、大腿神経)
・肛門反射(S1-3、陰部神経)
・尾の反応
・皮筋反射
・深部痛覚
・単純X線(椎間腔が狭い・椎間腔の石灰化・椎間孔の透過度の低下)
現在のグレードは・・・
・絶対安静(ケージレスト)を4週間!!(Q15も参照して下さい)
歩きまわらせない・ジャンプ(3次元の動き)をさせない
:歩かせることで悪化するケースは少なくないです!!
:これができないなら、どんな内科療法も無意味かも!
・非ステロイド系抗炎症剤(皮下注射・内服)
:いわゆる「バファリンR」のような痛み止めとして利用します
:消化器をいじめる可能性があるので、保護剤を使うことも
:個人的な印象は…ちょっとは効くかな?う~ん効かないか?くらいかも
・ステロイド剤(皮下注射・内服・静脈注射)
:炎症や浮腫を抑え、痛みも抑える
:使用には賛否両論ありますが、様々な専門家の話を伺って、当
院でも使用することはあります。
:消化器をいじめる可能性があるので、保護剤を使うことも
:個人的な印象は…痛みは軽くなるな~って感じ
・ポリエチレングリコール製剤(点滴静脈注射)
:神経の器械的損傷を保護(コーティング)するとされています。
:比較的新しい薬ですが、自身の使用経験からも予後が良いこと
が多いので、特に重症の場合に使用することがあります。
:手術後の印象は良いのですが、いろいろな先生に話を伺って帰ってくる意見は
マチマチです。
Q13)グレードごとで治療は変わるの?
A13)あくまでも目安なため「コレ!」ってのはないように思います
が、一応教科書的には…
グレード1と2 : まずは内科的に始めて、反応がなかったり、内科
療法をやめると再発する場合には手術を考えます。
グレード3 : 内科療法を基本にすることも多いですが、反応によっ
ては手術を前向きに検討するようにしています。
グレード4 : 基本的に手術の対象にしています。
グレード5 : 基本的に手術の対象としていますが、発病からの経過
時間や悪化のスピードによっては、歩ける可能性は低い
場合もあって、十分な話し合いを必要としていると考え
ています。
・エラスポール(皮下注射・静脈内点滴)
:好中球エラスターゼ阻害薬と呼ばれるもので、炎症が起こった
ことで放出される「神経に損傷を与える」とされている体内物
質を抑えて、神経の状態を良い方向へ導くと予測されています。
:基本的には通院にて実施します。最高で10日間の通院ができ
ることがあります。症状が重い場合は、入院点滴で持続的に流
すことを数日行なうこともあります。
:個人的な印象はグレード3くらいまでなら良く効くな~って感じで、4以上で
も効果を期待して使用したく思ってます。弱点は高いことです。
最も多い過ちは、安静せずに内服薬だけを使用することです
薬を飲んでいる=安心ではありませんよ~
結果として悪化させてしまう子に出会うことがあります。
Q15)絶対安静(ケージレスト)ってどのくらい安静なの?
Q19)手術したら、みんな歩けるようになるの?
A15)アメリカでは「ダックスフンドをポストに入れておけ!」とか、
大学では「ケージの中に雑誌を積んで体の幅まで狭くして」とかいうく
らいの安静をしろとも言われます。
しかし、実際問題そこまで家で可能かといわれると、なかなか難しい
ですよね…。なので実際は…
最初の3~4週間はこれを注意!
すべる床禁止
昇り降り禁止(家具・階段)
人の不在時はケージに閉じ込めておく
⇒暴れる場合は別ですネ
人に向かって立ち上がらせない
こういうポストですね
…って感じでしょうか?
A19)教科書的には下記のように言われています。
しかし「歩ける」とは「スタスタと駆け回る」ではありません…
Q16)手術はどのあたりから考慮するのですか?
A16)最近は神経の症状の進行を抑えて治癒を早めることが可能な場
合もあって、手術をどこから行なうか?の判断は難しくなってきていま
す。今までは手術を急がなければいけなかった場合でも、内科療法から
入ることもあります。急性の場合、一般にはグレード3以上だと、外科
を意識するようです。
しかし、低いグレードでも痛みが続く場合や、歩けるけれどフラフラ
しているような場合には、手術をしてあげることでよりシャキッと歩け
るようになる場合がありますので、状況に応じて考えることがあります。
グレード3 90%くらいの子は歩けるようになる
グレード4 75%くらいの子は歩けるようになる
グレード5 10~25%の子は歩けるようになる
*グレード5に関しては、経過時間や衝撃度も重要です。
Q20)歩けないこともあるの?どうするの?
A20)「歩けなくなることがあります」としか言えません…。その場
合、継続的なリハビリ、歩行の補助(介護)、排便や排尿の補助などが
必要になります。
最近ではリハビリも兼ねた車いすなどの利用(購入)もできます。
Q21)一度起こった子ではもう再発しませんか?
A21)椎間板ヘルニアは椎間板の変質などが基本にあることが多いよ
うです。そして、人でも犬でも椎間板は複数ありますので、再発の可能
性はあると思います。
また、何の症状もない子でも、MRIなどで椎間板の変性がみられる
ことがあって「実は昔、椎間板ヘルニアになったことがある」場合があ
ります。
Q17)外科手術は何をするのですか?
A17)外科手術では、背骨を削って飛び出している椎間板物質を除去
することで神経の圧迫などを解除してあげることを行ないます。確かに、
脊髄に優しい処置ではないのですが、飛び出した椎間板物質にいじめら
れ続けてしまうことから脊髄神経を開放してあげられます。同時に、衝
撃を受けた脊髄の浮腫を軽減してあげます。
Q18)手術の目的は何なの?
A18)手術をしたからと言って100%治るとは言えませんが、やら
ないと歩けないままの可能性が高すぎます。しかし、「完全に治す」こ
とはできなくても(治る場合もあります)…
○ フラフラでも歩ける
○ 尿が自分で出せる
○ 痛みがない
…といった状況をできるだけ作ってあげることが目的になります。
Q22)おしっこができない子の場合でも、自力でおしっこはできるよ
うになるの?
A22)排尿に関しては、神経支配も複雑なため、戻らないこともあり
ます。また、歩けることと、尿が出ることの「どちらが先」とかは特に
なくて、ケースバイケースのようです。
Q23)手術後のリハビリはどんなことをするのですか?
A23)教科書的には筋肉の痙攣と痛みをやわらげるために、マッサー
ジ・加熱療法・電気刺激・超音波療法などが言われていますが、当院で
は自宅でできるもの(屈伸運動・マッサージ、温灸など)を推奨してい
ます。できるだけ早期に始めるように心がけています。
Q24)レーザー治療や針灸は有効ですか?
Q26)予防方法はありますか?
A24)現段階では“治療とは呼べない”という見解が多くの獣医師で
考えられています。
低いグレードのものは放置しても治ることもあるし、高いグレード
(重症)のものでは、レーザー自体が何かをしてくれるとは考えづらい
ので、全てのグレードにおいて、特にレーザー治療を実施する意味があ
るのかは疑問視されているところです。
しかし、“リハビリ”の中に取り入れるとすれば、特に針灸は効果が
あると思われます。
他にも、サプリメント療法・ホメオパシーなどの治療法もあります。
これらも補助療法として取り入れることはできると思いますが、「優し
い治療法」などの曖昧な“聞こえの良い”ものには気をつける必要もあ
ると考えております。
A26)腰に負担をかけない生活って感じでしょうか?例えば…
・すべる床(フローリング)の改善
・後ろ脚で立ちあがることをさせない
・階段やソファーなどの上下運動の制限
・痩せすぎや太りすぎにさせない
・栄養バランスを考慮した食生活
・・・って感じかと思います。でも、上のことをしないでいたら「椎
間板ヘルニアにならないよ!」ってことはないと思います。
Q25)脊髄軟化症って何ですか?
A25)「皮膚の反射が頭側でしか起こらない子」や「腰が抜けて一気
にグレード5まで悪化してしまう子」の場合、脊髄が死んでしまってと
ろけてしまう“脊髄軟化症”になっていることがあります。
激しい痛みを伴い、ほとんどの場合、1週間程度で呼吸が止まってし
まい、お亡くなりになってしまいます。
今までは「基本的に無治療」でしたが、最近ではいくつかの治療に有
効な場合があるとの見解も出ています(が、決定打にはならなそうです
し、期待も薄いけど…)。通常、術前に分かれば手術に持っていくこと
はしませんが、手術前に予測できない場合もあって、手術時に確認され
ることも少なくありません。
<このプリントを利用されるにあたっての注意>
◎このプリントは、当院にかかられている患者さんとの診察中などに会話をしながら説
明させていただくために作ったのが主な目的です。その都度新しい情報や間違ってい
る箇所の訂正をしながら、各患者さんの状況に合わせて考えるための材料のひとつで
す。
◎ここにある知見は、教科書や学会などで得たものを2009年3月の時点でまとめただけ
のもので「絶対的な正解」とは“全く”考えていません。そもそも獣医学に絶対はな
いと考えています、日進月歩ですから…。あくまでも参考として考えてください。
◎当院の患者さん以外がこれをご覧になった時に生じた疑問がありましたら、かかりつ
けの先生を信じて、お話されると良いと思います。(トラブルになっても、当方では
責任を負いかねますので、よろしくお願いいたします。)
◎何の予告もなく(当院ホームページやブログでお伝えするとは思いますが)、ガラリ
と内容が一転することもあったりします。
◎誤字脱字は、何度か見直しているのですが、それでもあると思います。広い心で許し
てください(笑)。
ちなみに、一番大事かな…って思うのは、
「痩せすぎや太りすぎにさせない」です。つ
まり、栄養バランスの良い食事を心がけて
(ドッグフードってことになるのかな…)、
適度な運動を行なって「中肉のマッチョ」を
特にダックスフンドでは目指すべきだと思っ
てます。
よく「ダックスフンドは太らせちゃダメ」
とか言って、ガリガリの子に出会いますが、実際手術にまでなってしま
う子は、このような痩せている子もかなり多いです。下の絵のように目
安は「ろっ骨」です。ゴリゴリ触れちゃうようなら完全にアウト!!痩
せている子は、昔のヘビのおもちゃ(右上の絵みたいの)のように、背
骨が不安定な状態にあるからダメ!
筋肉のないデブデブもやばい。犬の背骨は物干しざおのように横に
なってるから、弱い物干しざお(筋肉のない背骨)に思い布団(脂肪)
を乗っけていることになっちゃうから。
目指せ!プチまっちょ♪
「ろっ骨や背骨」と皮膚の状態で、体格を確認する目安
皮膚のラインが…
外
このあたり
どこが“ろっ骨”だ!?
× おデブさん
間に脂肪が…
○
良い感じ
× 痩せすぎ
ゴリゴリと洗濯板状態
ろっ骨(あばら骨)
や背骨
文責やました動物病院
獣医師
山下貴史