気体の性質-理想気体と状態方程式 2011 5/19 第3セメスター 化学B 第二回講義 担当 奥西みさき 目的 熱力学の入門としての気体の性質を学ぶ。理想 気体を中心に、分子の熱運動を解析することで、 より普遍的な熱力学を理解するための基礎とする 気体の熱力学から普遍的熱力学へ 熱力学の学習は大抵の場合、気体(理想気体)から始める •理想気体(気体)では構成する分子間の相互作用や分子の大 きさが(ほとんど)無視できるので、簡単なモデルで理解出来る。 •その簡単なモデルに基づき具体的な計算が容易。 •個々の気体の種類にほとんど依存しない状態量が存在。 •歴史的に熱力学の発展は気体を中心に行われてきた。 気体の熱力学から普遍的な熱力学へと発展 ボイルの法則 ボイルの法則 温度一定のとき圧力(p)と体積(V)は pV = 一定 の関係を持つ 1atm=760mHg (torr) ボイル、フックの実験(1660, 1662) (h+h0)·l=h0·l0 h0 :760 mm 大気圧で釣り合う 水銀柱の高さ p=(h+h0)·ρ, p0=h0·ρ ρ :水銀の密度 ボイルは pV=一定には言及していない 気体の熱膨張とシャルルの法則 シャルルの法則(ゲイ・リュサックの法則) 圧力が一定のとき体積(V)と絶対温度(T)は V/T = 一定の関係を持つ ゲイ・リュサックの実験(1802年) (シャルルの結果は未発表) Vθ °C = V0°C × (1 + θ (°C ) k ) k は気体の種類に依存しない一定の値 T=k+θ とすれば V/T = V0 ºC /k (理想気体温度計による絶対温度) 実験装置の一例 (0℃と100℃の2点での体積比を測定) 現在では k = 273.15 ºCが用いられる 理想気体とボイル・シャルルの法則 ボイル・シャルルの法則は厳密 には正しくない近似的な法則で あるが、高温・低圧下ではかな り良い近似となっている p ボイルの法則 (p-V 等温線) V pV = 一定 , T p1V1 p2V2 = T1 T2 V シャルルの法則 (V-T 等圧線) T この法則が成り立つ系のことを 理想気体と呼ぶ(現実には存在 しないー分子の大きさと分子間 の相互作用を無視した極限) アボガドロの定理とボイル・シャルルの法則 ボイル・シャルルの法則より pV = R' = nR T ここで p, T は示強性状態量で気体の物質量(n)に依存しない のに対して V は示量性の状態量で n に比例する。 + アボガドロの法則(アボガドロの仮説ー近似則) 全ての気体は、温度・圧力・体積が等しければ同数の分子を 含んでいる。(pV/nT は物質の種類によらず一定) R は気体の種類に依存しない定数 理想気体の状態方程式 アボガドロの法則から全ての気体について共通の定数 R を 用いると pV = nRT p, V, n, T のうち3変数を決め れば残りは自動的に決まる が成り立つ(理想気体の状態方程式) アボガドロ数(NA= 6.02×1023)の分子の物質量を1モル(mol)と呼ぶ。 1mol の気体の体積は温度0℃で圧力1気圧のとき 22.4 l であるこ とが知られている 物質量をモル単位で表した時の定数 R = 8.31 J/mol·Kを気体定数と呼ぶ (分子1個あたりの定数 kB = R/NAをボルツマン定数と呼ぶ) 実在気体の理想気体からのずれ 圧縮因子: Z = (PVm/RT) Vm は1モルあたりの体積 理想気体の場合 Z = 1 なので Z の1からのずれ が実在気体の理想気体からのずれの指標となる 分子間斥力 分子間引力 He, N2, CH4 の 0℃での圧縮因子 CH4の圧縮因子の温度依存 高圧力、低温度になるにつれて理想 気体からのずれが大きくなる 図:M&S 物理化学(下) より 実在気体と van der Waals の状態方程式 分子の大きさと分子間の相互作用(分子間力) を考慮に入れて状態方程式を修正する。 1.分子のサイズの補正 分子1モルあたりの体積の減少を b とする。 nRT p= V − nb 2.分子間力の補正 分子が容器の壁に衝突する際に分子間力により速度が減少。 分子1個あたりに働く分子間引力~密度 単位時間に壁の単位面積に衝突する分子の量~密度 nRT ⎛n⎞ p= − a⎜ ⎟ V − nb ⎝ V ⎠ 2 ⎛ n2 ⎞ ⎜⎜ p + a 2 ⎟⎟(V − nb) = nRT V ⎠ ⎝ Van der Waals の状態方程式 (近似式の一例) 状態変化(相転移)と相図 複数の相の存在も可能 p-V 等温線 相図 (p-T 図) 超臨界流体 圧力一定で 温度を変化 気体→液体(固体)、液体→固 体の相変化の際に体積が不連 続に変化(通常は収縮する) 水の場合は固体(氷)の方が 液体より密度が小さい 臨界点=これ以上の温度では 気体が液化しない限界の温度 三重点=固体・液体・気体の3 相が共存する領域のこと 相転移と相平衡は熱力学において重要なテーマの1つ Van der Waals の状態方程式と実在気体 van der Waals 定数の決定 臨界点(C.P.) Van der Waalsの状態方程式か ら計算したCO2分子の P-V 図 (変曲点) 液相への相転移 CO2分子の実測 P-V 図 図:M&S 物理化学(下) より (例) van der Waal 定数と臨界点の関係の導出 Van der Waals の状態方程式より、Vm を1モル当たりの体積とすると RT a V − 2 Vm = n (Vm − b) Vm ⎛ ∂2 p ⎞ RT 2a 2 RT 6a ⎛ ∂p ⎞ ⎜ ⎟ + = − ⎜ ⎟ =− 3 4 ⎜ ∂V 2 ⎟ (Vm − b )2 Vm3 ⎝ ∂V ⎠T ⎝ ⎠T (Vm − b ) Vm p= 臨界点の温度(臨界温度)および1モル当たりの体積をTc, Vc とすると、 この点で状態方程式が変曲点を持つことから ⎛ ∂p ⎞ ⎜ ⎟ =0 ⎝ ∂V ⎠T ⎛ ∂2 p ⎞ ⎟ =0 ⎜⎜ 2 ⎟ ⎝ ∂V ⎠T したがって Vc = 3b, Tc=8a/27bR となる。 臨界点の実測値からvan der Waals 定数を求めることが出来る 分子運動論に基づく理想気体の状態方程式の導出(1) 分子運動論:構成分子の力学的運動というミ クロな観点からマクロな熱力学現象を理解 圧力 p を分子運動論を用いて考察する 圧力 p = 分子が壁に衝突する時の単位面積 あたりに壁に加わる力の平均値 1.壁に衝突する1つの分子(質量 m )に着目 分子の速度 υ = (υx, υy, υz) とし、 υx に垂直な壁への衝突を考える このとき壁が分子から受ける x方 向の力積は 2m υ x で表される 統計力学への 第一歩 熱力学の理解に役 に立つ考え方 分子運動論に基づく理想気体の状態方程式の導出(2) 2.壁の面積 S に単位時間当たりに衝突する分子の個数を数える 速度 υ の分子の単位体積あたりの分 子数(速度分布)を n(υ) とする。 S に単位時間あたり衝突する速度 υ の 分子の総数(N1)は, N 1 = n(υ)υ x S で表される 速度 υ の分子 ・・・ 速度が (υx, υy, υz)~(υx+dυx, υy+dυy, υz+dυz) の範囲内にある分子 ・・・と考える (例) 速度が (υx, υy, υz)~(υx+dυx, υy+dυy, υz+dυz)の範囲内にある単位体積あ たりの分子数を n(υ)dυxdυydυz とする。 (統計力学で n(υ) は決定 : 第6章) 分子運動論に基づく理想気体の状態方程式の導出(3) 3.全ての速度 υ の分子により壁の面積 S が単位時間あたりに受ける力 積(I)は υx > 0 のみを考えて 2m υ ∑ υ = ∑ 2m υ υ I= x >0 x >0 = x × n(υ)υ x S 2 x × n(υ) S 1 2m υ x2 n(υ) S =∑ m υ x2 n(υ) S ∑ 2 υx υx 4.υx2 についての平均値<υx2>を使って力積(I)を表すと I = n0 m υ x2 S (n0 は単位体積あたりの全分子数) ⎡ ⎢ 2 ⎢ υx = ⎢ ⎣ 2 υ ∑ x n(υ) ⎤ υx n0 ⎥ ⎥ ⎥ ⎦ 分子運動論に基づく理論上の理想気体の状態方程式 気体分子の運動の等方性 : <υ2> = (1/3)<υx2> の関係より 1 I = n0 m υ 2 S 3 気体全体の体積 V と分子数 N を用いると n0 = N/V 単位時間あたりの力積 = 単位時間あたりの平均の力(F) : p= ∫ F= 1 F I N = = m υ 2 ⇒ pV = Nm υ 2 3 S S 3V (分子運動論から導いた) 理論上の状態方程式 T 0 F (t )dt T 理想気体の状態方程式との比較 1 molの気体に対する状態方程式 : pV = RT を用いて理論上の状態方程式 と比較すると(NA: アボガドロ数ー1 mol の気体の分子数) 1 pV = N A m υ 2 = RT 3 気体分子1個あたりの平均(並進)運動エネルギー 1 3 R 3 2 mυ = T = k BT 2 2 NA 2 kB = R/NA ボルツマン定数(分子1個あたりの気体定数) 気体の絶対温度は気体分子の(並進)運動エネルギーに比例 (絶対零度のとき、運動エネルギーはゼロ) 気体の内部エネルギー 内部エネルギー = 気体の持つ力学的エネルギーの総和 (=分子の熱運動のエネルギー + 分子間力による位置エネルギー) 理想気体の場合、分子間力は無視できるので、単原子分子気体(He, Ne, Ar など)の1モルあたりの内部エネルギー(U)は並進運動のみを考えて、 1 3 2 U = N A × m υ = RT 2 2 となる。従って n モルの単原子分子理想気体の内部エネルギーは、 と表すことができる。 根2乗平均速度 3 U = nRT 2 υ2 = 3 RT 3RT = mN A M (M: 分子量) エネルギー等分配則 分子1個あたりの平均の運動エネルギーは 1 1 1 3 2 2 2 m υ x + m υ y + m υ z = k BT 2 2 2 2 <υx2> = <υy2> = <υz2> の関係から 1 1 1 1 2 2 2 m υ x = m υ y = m υ z = k BT 2 2 2 2 x, y, z 方向の運動に対してそれぞれ等しいエネルギー が分配されている(エネルギー等分配則) (古典的な極限での近似) 剛体回転子と考え2原子分子の2つの方向の回転自由度を考慮すると全体 で5自由度となることから1モルの2原子分子の内部エネルギーは 1 5 U = N A × 5 × k BT = RT 2 2 授業の予定 1. 熱力学とは?-熱力学の基礎概念 (5/12 奥西) 2. 3. 気体の性質-理想気体と状態方程式 (5/19 奥西) 熱力学の第1法則-エネルギー保存則と理想気体への応用 (5/26 上田) 4. 熱力学の第1法則-熱機関と熱サイクル (6/2 上田) 5. 熱力学の第2法則-熱力学の第2法則と熱機関の効率 (6/9 上田) 6. 熱力学の第2法則-エントロピーの導入 (6/16 上田) 7. 自由エネルギー (6/23 上田) 8. 分子運動論と分配関数 (6/30 上田) 9. 中間試験 (7/7) 10. 相平衡 (7/14 奥西) 11. 溶液 (7/21 奥西) 12. 化学平衡 (8/4 上田 or 奥西) 13. 統計力学 (8/11 上田) 14. 量子統計 (9/8 上田) 15. 試験 (9/15) 問題 1. 大気圧下で様々な気体の温度を 0℃から100℃に上昇させて、気体 の体積変化を測定した。その結果、気体の種類によらず体積が37.5% 増加した。シャルルの法則により気体の体積が温度に比例すると考え て、この時に絶対零度となる温度を摂氏で表せ。(絶対零度=体積が 0となる極限の温度と見なして計算せよ) 2. 温度0℃で1mol の理想気体は1atmで22.4l の体積を持つ。この時の 気体定数 R(J/mol·K) の値を求めよ。また、この値から、ボルツマン定 数kB(J/K)を求めよ。ここで、1l =1000 cc (cm3)、1atm=1.013×105 Pa、 NA = 6.02×1023 (アボガドロ数)、0℃=273.15 Kである。 3. 酸素分子(分子量32) の根2乗平均速度500m/secと1000m/secのと きの温度を絶対温度で求めよ。(分子量:1モルあたりの分子の質量) 根2乗平均速度: υ2 = 3 RT mN A (m:分子の質量) 学籍番号と氏名を書くことを忘れないように 問題の解答(1) 問1 絶対零度を摂氏で表した時の温度を T0 と置く。この時、シャルル の法則より0℃の時の体積をV0, 100℃の時の体積をV100とすると、 V100 V0 = (100 − T0 ) (0 − T0 ) また V100 /V0 = 1.375 より 1.375×T0 = T0 – 100 したがって、 T0 = -266.7 ℃となる。 問2 pV 1.013 ×105 (Pa) × 22.4 ×10 −3 (m 3 ) = = 8.31 (J/mol ⋅ K ) R= T 273(T) 8.31 R − 23 = = 1 . 38 × 10 (J/K) kB = 23 N A 6.02 × 10 問題の解答(2) 問3 υ2 = T= 3 RT 3 RT = mN A M M υ2 3R の関係より、500 m/s および1000 m/s において絶対温度は T= T= M υ2 3R M υ2 3R 32 × 10 −3 (kg/mol) × 500 2 (m 2 /s 2 ) == 321(K ) = 3 × 8.31(J/mol ⋅ K ) 32 ×10 −3 (kg/mol) ×1000 2 (m 2 /s 2 ) = == 1.28 ⋅103 (K ) 3 × 8.31(J/mol ⋅ K ) となる。(分子量はg/mol なので単位の変換が必要)
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