不動産会社大央の情報発信スペース、「大央ホール」で開催された「語らい座」の第2回目。座長の建築 家、松岡恭子氏が迎えたゲストはレストランジャーナリスト、犬養裕美子氏。予想をはるかに上回る200名以 上の応募があり、泣く泣くお断りした方は100名以上にも上る。恐るべし犬養さんの人気だ。 昼夜2回行われたが、今回のレポートでは夜の部の様子をご紹介する。 ■「語らい座」とは 様々な分野で活躍されるスペシャリストと、建築家の松岡恭子氏との対談。これが「 大央ホール」を舞台には じまる「語らい座」である。「語らい座」が、「まちづくり」を考える福岡の人たちに何らかのきっかけや刺激を与え る場となること。そんな思いから「語らい座」が立ち上がった。ちなみに「語らい座」とは=cat・a・lyz・er n,〔化〕 触媒。 思考に化学反応を生み出す語らいの場(座)の意だと松岡氏は解説する。 ■レストランジャーナリストとは? 現在彼女は10誌に連載を持ち、特集記事が入ってくれば1ヶ月に60件の取材をこなすという、まさに体力勝 負の仕事をされている。「実際に全部行かなくてもいいよ、と言われることもありますが、行かないとわからない んですね」とにこやかに語る犬養さん。 「他の方は、フードジャーナリストなど、もっと広い感じで素材や料理そのもののことを書かれている方が多い んですが、私はあくまでレストランというものだけに絞っています。レストランは、おいしいまずいだけではなく、 楽しみ方だと思うんです。」 日本で唯一のレストランジャーナリストとして、ご自身の仕事のポジションをしっかり定めてまい進されている犬 養さん。「いい店を紹介するわけですから、その良さを伝えることがマスコミの仕事。基本的に批判的記事は書 きません。」 雑誌のポリシーや読者層の設定により、紹介するお店も記事表現の方向性も違う。 彼女のフィールドのベースである東京は、世界のメガロポリスである。世界的にみても飲食店の数がひときわ 多く、競争が激しい街。レストランジャーナリストは、そんなレストラン側の状況を理解し、応援する立場も担っ ている。 「私は、レストラン側に対して、愛情を込めて書いています。と同時に、ごく普通の方が利用する時にレストラン はこうあるべきでしょうという、視点を軸にしています。「普通の感覚でものを考えた時どうですか?」ということ が、私としてはレストランへの意見になるんですね。」と、自身のスタンスを明快に答えられる。 マガジンハウスから出版されている犬養さんの著書、「2006-07 Tokyo's Best Restaurants 東京 ハッピー・レ ストラン」では、店の紹介以外にも「レストランの経済学」として、サービス料のパーセンテージの設定や、食材 の仕入れ、また現金とカードで払う場合のお金の流れの違いなどを紹介している。このような利用者目線のレ ストランガイドブックは珍しい。サービスする側の立場に寄りすぎたり、評論家的な上から目線での書き方のも のが多い中、犬養さんは利用者の目線から、知的に、冷静に、客観的に表現してきた。 「サービス料というのは一体何のためにあるのか? サービス料が 13%、20%ってどこで決められているの か、それに見合ったものは何なのか、ということを突き詰めると、なぜこの店は 13%を設定しているのかってこ とは、疑問として書きます。問題提起として、サービス料って誰が決めてるの? なぜ必要なのか、ない店もあ るのはなぜなのかというようなことを、考えなきゃいけないと思うんですね。そういうことは雑誌の記事の中では なかなかスペース的に書けないし、雑誌の趣旨ではないということもあるので、私は自分の著作の中で書いて います。」 「レストランで食事をすること」には、おいしいものを食べるという道楽的な振舞いだけではない、その裏にたくさ んの人の関わりや仕組みがある。そういったことをわかっていたほうが、もっと高いレベルで食を楽しむこ とができるのではないか。そんな目線のヒント を与えてくれているのが犬養さんのレストランジ ャーナリストとしてのポジションなのだろう。 犬養 裕美子氏 ■ 海外から見た東京・日本の評価。 昨年秋に「ミシュラン東京」が発刊され、世間の大きな話題になったのは記憶に新しい。この背景を犬養さんに 解説していただいた。ミシュランは、レストランを星で格付けするガイドブック。東京版が出版された背景には、 東京が食ビジネスの観点から世界にどう見られているかを表している。 「ミシュランはヨーロッパ以外では2005年に初めてニューヨーク版を刊行。その後サンフランシスコ版、ロサン ゼルス、ラスベガス版が加わりました。そして今回アジアの第一歩として、東京版が出ました。次は日本では関 西、アジアでは中国を狙っているとも言われています。」 「今東京には世界的に有名なシェフが集まっている、というのが世界の共通認識です。それは東京にレストラ ンを出せば、必ず客が来る。つまりビジネスになると踏んでいるからです。」 犬養さんから見ても、パリ、ニューヨーク、ロンドン、東京、上海等のメガロポリスの中でも、東京にはバラエティ があり、おいしいものが揃っているという。またお店の数もパリの10倍あるとのこと。 「日本には雑居ビルやレストランビルと呼ばれる、1F から最上階まで全部飲食店といった建物がたくさんあり ますが、基本的にヨーロッパにはそれがない。レストランは1F にあるもの。都市の広がり方も違いますね。例え ばパリであれば外周の高速道路の内側がパリの中心部、その外側はパリの外という認識で、その意味で街に 境界があります。しかし東京にはない。どこまでが東京かを言えない巨大な都市。」と、松岡座長が補足する。 また現在、食の世界では、日本が世界中から注目されているという。 「今は流通が発達して海外の食材を手に入れやすいし、また日本国内の豊かな食材を世界が注目していま す。また、日本の食材、調味料、技法を知らないと、今、世界では、最先端を走っていけないという風潮もあり ます。」今や海草やちりめんじゃこなども食材として使われているそうだ。 ■ 食のグローバリズムとローカリズム。 かつてのグローバリズムのシンボルはファーストフードだったが、今は何が起こっているのだろうか。 「ブランド化が起こっています。ピエール・ガニエール、アラン・デュカスといったスターシェフがプロデュースして いる、というような「アイコン」の出現ですね。まさしくエルメスやシャネルと変わらないブランドです。」 「一方で、自分でハーブやチーズを作ったりするシェフもいて、 “地産地消”のようなローカリズムに動く潮流も ありますね?」という松岡座長の問いを受けて、犬養さんが説明される。 「個の料理を突き詰めていくと、"土地に根ざす“というキーワードになっていきますね。例えばフランス人シェフ のミッシェル・ブラスは、その土地の食材を探し当てて、仕事をします。彼は北海道でもレストランを開いていま すが、北海道の食材しか使わない。そこにあるものをどういう風に料理で表現できるか、ということをやってい ます。技巧に走った料理であれば全世界どこでも作ることはできますが、食材を特化したものが自分の料理だ と思っている料理人は、その土地から離れない。その土地からインスピレーションをもらったもので作っていく。 ということで二極化していってますね。」 ■ 信頼でき、長生きするもの、その土地の文化を支えるものは何か? 「船場吉兆は、大きくなっていく過程で「お客様を大事にする」といいながらも全然お客様を見なくなったのだと 思います。逆にお客様も、船場吉兆という名に集まってきて、そこの誰々を見ているわけではない。お互いに 顔がない状態で接していたのではないでしょうか。誰が作っているのか、どんな人が運んでくれるのか、この人 は誰なのかというのがわかる範囲のレストランというのが一番信頼出来ると、私は思います。もちろんお店の 方も私たちゲストの顔を確認して、それに対してどういうサービスをするか、どういう料理を出すか、どういうワ インを選ぶかということとなっていくと思うんです。レストランの信頼性というのは、つまるところお互いの人間 性のコミュニケーション以外ありえないので、小さい単位であればあるほど密であるし、確実なものがあると。 だからご夫婦で始めたばかりのお店など、よくなっていく可能性が高い。私の仕事としては新しいお店を紹介 するのも大事ですが、3年、5年、7年、あるいは10年という長さで仕事を続けておられるお店を再発見する、 ということもそのひとつ。」(犬養) 「今はネットがあって、いろんな情報を瞬時に手に入れることができて、顔を見ないでもメールで仕事ができる という時代だからこそ、やっぱり人と人、こうやって顔を合わせて生でお話しするということの大事さが重要だと 思いますよね」(松岡) 「食べるという行為はバーチャルではありえません。人が作ったものを口に入れる、そのひとたちの手を通った ものが私たちの身体に入ってくるわけです。そこに偽りや邪悪なものがあったら、私たちの身体は拒否反応を 起こすと思うんです。おなかを壊すという具体的な害だけでなく、気分を害す。せっかく作られたものでも変な 出し方をされたらおいしくない。レストランというのはどうしても人と向きあわなければならない場所。だからこ そ、相手を見ること、相手も自分を見てくれるようコミュニケーションをとっていくことが必要。」(犬養) 「私達は今、本当の価値は何なのかを考える、見極める思考力を問われているのではないかと思います。デ ザインという切り口で考えると、りっぱな料理ができたことのみがデザインではない。建築でいうなら、完成した 建築物だけがデザインの対象ではなく、建てるか建てないか、何を残し保存すべきか、排除すべきかを考える 思考力も含めてデザインだと思う。どんなチームメンバーで仕事をするかもデザインだし、それをどうやって楽 しむか、人に発信していくか、ということもデザイン。むりやりデザインと言ってると思われるかもしれないけど、 そういうところを突き詰めて考えないと、本当の価値が見えてこないんじゃないか。借り物の価値観、誰かに与 えられた価値ではなく、これから福岡の街を考えていく時に、そんな視点でちゃんと自分たちで考えようよと思 うんです。」(松岡) 食とデザインというと、すぐにはイメージ的に結びつかない気がするが、私たちが生きる上で必要な要素として の「価値を見極める視点」は、食もデザインもビジネスにも共通する、核のようなものなのではないか。二人の 対談は、福岡の街が人がどうあるべきかに話は続いていく。 松岡恭子氏 「政令都市・100万都市レベルの、福岡や札幌、仙台などが、どんな都市を目指すのか、どう立ち振舞って行 くのかが、今後の日本の国の行く末を変えていくと思います。福岡は九州の中枢、玄関口で、かつ1500年の 交流の歴史をもっている。福岡は九州を牽引し、固有の文化を持っていくべきだと思っています。だから「福岡 モデル」というような、福岡に住むということはこういう生活ができることだというモデルを、戦略的に構築してい くべきだと私は思っていて、建築家としては、そういう一翼を担いたいと思っている。そこで犬養さんに福岡へ の助言をいただけたら。」と松岡座長が投げかける。 「東京で活躍されているシェフ・料理人の方々には、福岡出身の方が多いんですね。食材も福岡・九州のもの がとても注目されている。築地が一番という時代では今はもうなくなっています。ただ、福岡の人たちはどうい うものを自分の街、都市の特徴として自覚しておられるのか。福岡の街をどういう風に他の都市の人たちにア ピールするのか、共通意識みたいなものがどのくらいあるのか、そこが鍵になってくるんじゃないかな。たとえ ば食材で言えば、「このイカ、おいしいですね」って言われたときに、なんというイカで、どういう特徴があって、 他のイカとどう違うのかをはっきり言えて、それを推す理由が言えるかどうかなんです。非常にいいものを持っ ているところ程、当たり前すぎてそれを説明する努力を怠ってしまう。分析も必要だろうし、それをきちんと言え るかも問題かと思います。」(犬養) 私たち福岡市民にとって今福岡で手に入る食材は当たり前すぎる存在だが、品質のよさ、豊富さなどをほか の都市と比べて見るというような機会はあまりなかった気がする。これからの地域や福岡・九州のあり方を考 える場合、そんな目線で見て価値を認識するということが事なことだと気づかされる。 ■「レストランジャーナリストとして、繁盛し続ける店の共通点を挙げるとすると?」 「キーパーソンになる人が居るかどうか。マダム、ソムリエ、あるいは客かもしれません。流行っているお店とい うのは、常連層、同じ志向を持った人が集まるのですから、自然と淘汰されていってお店側の思惑とそれに賛 同したお客さんが集まってくる。トーンが似てくるわけですね。お客さん、シェフ、スタッフが一連の同じカラーを 持っている場合、確実に流行っている。」 松岡座長が続ける。 「あの店のあの人に会いに行く、あの人のサービスを受ける、あの人の料理を食べに行くという、思い出せる 顔があるところですね。人に魅力があるから、そこにいろんな魅力が倍増してくっついてくる。今回ここにはさま ざまな業種の方がいらっしゃいますが、これはきっとあらゆるビジネスに共通なことではないでしょうか。」 熱気あふれる2時間は瞬く間に終了した感があった。幅広い「食のビジネス」においても、鍵はやはり人である という。「食はバーチャルではありえない」という犬養さんの言葉には本当に納得である。身近な食・レストラン を軸にしながら、「人の繋がり」「価値の創造と共有」といった、都市の魅力づくりにも展開可能な話題へと話は 広がり、多様で濃密な対談だった。 ☆ ミシュラン・・・元はタイヤで有名なフランスの企業。1900年にパリ万国博覧会が開催され、ドライブ文化 を、より安全で楽しいものにするために、地図の中に、自動車修理工場やガソリンスタンド、ホテルの紹介 など、ドライブを楽しむためのガイドブックとして無料で発刊されたのがきっかけ。レストランの評価を星の 数で現すことで知られている。 ☆ アラン・デュカス・・・史上最年少で 3 つ星を獲得したフランス人のシェフ。世界各地でレストランやホテルを 多数運営している。 ☆ ピエール・ガニエール・・・フランスを代表するミシュラン 3 つ星シェフ。最近は、科学者エルヴェ・ティス氏と ともに、食材の分子反応を料理に反映する“分子料理 cuisine moleculaire”なる新分野も開拓。 ☆ ミッシェル・ブラス・・・フランスのライヨール地方の大自然の中のホテル・レストラン(ミシュラン三ツ星)のオ ーナーシェフ。サミット予定の洞爺湖のウインザーホテル「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン(Michel Bras TOYA Japon)」も支店。
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