ロマン主義 / ロマン主義時代の定義 鈴木雅之 いかなる時代や文化も過去と「断絶」したところでは成り立たない。文学作品も広い意味での文化という織物の一部 として、その織物のひとつの絵柄を構成しているにすぎない。「ロマン主義」も例外ではない。先立つ時代、つまり啓 蒙期(Enlightenment)と称される18世紀と断絶して考えることはできない。また定義とは、定義をしたその瞬間に排 他的になってしまう性質のものであることを十分に認識しておくことが必要である。従って、「ロマン主義」の特徴を知 っておくことは大事だが、それに囚われないことがもっと大切である。 結果的には双方を同時に把握することが重要ということになると思われるが、「ロマン主義」(Romanticism)と「ロマ ン主義時代」(Romantic Age)とを少し分けて考えたい。 (1)「ロマン主義時代」について: 「ロマン主義時代」は、1798年から1836年または1832年までとするのが一般的な習わしである。1798年は、この時代 を代表する詩人ウィリアム・ワーズワス(William Wordsworth)とS. T. コウルリッジ(Samuel Taylor Coleridge)ふたり の手によって、『抒情民謡集』(Lyrical Ballads)という画期的詩集が出版された年である。1836年はヴィクトリア女王 が即位(‐1901)する前年にあたる。1832年は「選挙法改正法案」(Reform Bill)が議会で可決された年である。この ような時代区分・時代設定がそれなりに有効だと思えるのは、すでに文学を広い文脈のなかで捉えることを可能に するものだからである。つまり『抒情民謡集』の出版という文学的事件と、ヴィクトリア女王の即位もしくは「選挙法改 正法案」の可決という政治的事件をもって、「ロマン主義時代」を捉えようとするものだからである。 この時代はまた、「革命の時代」と呼ばれることもあるほど、政治的にも知的にも変動の多い時代であった。さまざま な領域において「流動」の時代であったと言うことができるだろう。アメリカの独立(1776)に始まり、フランス革命 (1789)が続く。後者は西欧における市民革命の最大にして決定的なものであった。ロマン主義時代を代表する詩人 のいわば年長組、ウィリアム・ブレイク(William Blake)、ワーズワス、コウルリッジらは、思想・心情的にこれに深く 共鳴している。19世紀に入って、国内・国外ともに、圧政や搾取に対する反動、自由への希求が年ごとに高まってい った。ギリシャ独立宣言(1822)、マンチェスターの労働運動、アイルランド独立運動などは、根底においては一連の 動きと捉えることができよう。バイロン(George Gordon Byron)やP. B. シェリー(Percy Bysshe Shelley)ら年少組の詩 人たちは、これらに思想および心情のみならず、行動においても積極的に関わった。ナポレオン戦争(1804-15)の 影響も見逃せない。 また、産業革命が進行したのも「ロマン主義時代」のことである。その知的母体ともいうべき「ルナー協会」(Lunar Society)がバーミンガムという新興産業都市で活動を始めたのは1760年代のことであった。 さらに、18世紀から盛んになった、ジェイムズ・クック(James Cook) に代表されるような探検航海の増大により植民 地主義が拡大し、それに伴いたとえば博物学が飛躍的に発達するなど、知の領域でも様々な地殻変動を見ること になる。 このほか革命の時代あるいは世紀末にふさわしく、数々の過激な思想が1790年代には混沌たる状況で混在したこ ともこの時代の特徴である。 (2)「ロマン主義」について: たとえば、「ロマン主義」について次にように言ってみることができる。 ロマン主義文学とは多感の芸術であり、ロマン主義は身体性 に深く関与する感受性の深い変化を特徴とするひとつの文学 運動である。この変化は英国のみならずヨーロッパ全域にわ たっておおよそ1770年代から1830年代の間に起こった。知性 の面では、啓蒙主義への烈しい反発があり、政治的には、ア メリカやフランスにおける革命から強い影響を受けた。感情 の面では、自己主張や個人的経験の価値を重視し、併せて無 限や超越的なものへの感覚を大切にした。さらに社会の進歩 を重視した。ロマン主義の合い言葉は「想像力」であった。 「ロマン主義」の定義を詩というジャンルに限定した場合、この要約はほぼその特徴のすべてを言い得ていると思わ れる。 ワーズワスやコウルリッジの作品や行動はそれを証明している。『抒情民謡集』は、「抒情性」を強調した点、 また「バラッド」という素朴な民衆詩への傾斜を示した点など、題名そのものがロマン主義の特色を表している。『抒 情民謡集』の「序文」でワーズワスは、詩とは「力強い感情が自然に溢れ出たもの」であるべきこと、詩の言語とは平 凡な人間の日常の言語であるべきこと、などを堂々と主張した。 一般的にロマン主義とは、18世紀の新古典主義が見失ってしまった自然への愛と想像力のはばたきを回復したも のと理解されている。しかしこれは完全には正しくない。両者の相違はおそらく、「自然」とか「想像力」とかの言葉の 根底に、何が期待されていたかによる。ロマン主義時代の詩人にとって「自然」とは、たんに緑の森のそよぎとか小 川のせせらぎということではなく、宇宙と人間に生まれながら備わる創造的な力をさした。また「想像力」とはたんに ふわふわとした空想に遊ぶ能力ではなく、人間の魂がその創造的な力によって宇宙の神秘に参与する能力をさし た。一般に「自然詩人」と呼ばれるワーズワス作品の特徴を言い当てている。 コウルリッジとワーズワスは、相互に相手を絶対的に必要としていたが、性格は対照的であった。『抒情民謡集』に おいて、ワーズワスは日常生活から選んだ題材を扱い、コウルリッジは超自然的、神秘的、物語的な題材を扱うと いう業務分担を行っている。コウルリッジが示した「超自然への傾斜」は「ロマン主義」の特徴としてあげることができ よう。さらに第三の特性として、サー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott)の作品に見られるような、歴史的過去と りわけ中世への心情的遡行をあげることができる。 これまで男性詩人のみに言及してきたが、優れた女性詩人が「ロマン主義時代」に多く誕生したことは特筆に値す る。シャーロット・スミス(Charlotte Smith)、メアリ・ロビンソン(Mary Robinson)、アナ・レティシア・バーボールド(Anna Letitia Barbauld)、フェリシア・ヘマンズ(Felicia Hemans)等々。彼女たちの活動範囲は、詩に限らず小説や戯曲に まで及ぶのであり、「ロマン主義」を男性詩人だけあるいは詩のみに限定して定義を試みることは、もはやできない。 従来の男性詩人を中心にして作られてきたいわゆる「文学キャノン」は、崩れてしまったと言わねばならない。 「ロマン主義時代」に活躍したのは、言うまでもなく詩人だけではない。ジェイン・オースティン(Jane Austen)、マライ ア・エッジワス(Maria Edgeworth)、スコットなどの作家が多数活躍した時代である。詩人だけを論じることはもはや できない状況になっている。 © 2007 放送大学
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