スポーツ指導者・コーチが 身につけておくべき法知識

連載
No. 3
基礎から学ぶ「スポーツと法」
スポーツ指導者・コーチが
身につけておくべき法知識
片岡理恵子
1.はじめに
本誌読者の方には、スポーツ指導者・コ
ーチの方も多いかと存じます。
そこで、本稿では、スポーツ指導者・コ
ーチの方々が最低限身につけておくべき、
法知識をできるだけわかりやすく説明して
いきたいと思います。
2.スポーツ指導者・コーチが
「法」に関わる場面
スポーツは、各スポーツごとの競技規則
スポーツ法政策研究会、京橋法律事務所、弁護士
遊戯ですので、スポーツ活動には本質的に
頚椎捻挫等の傷害を負った事故につき、
生命・身体を損傷する事故の危険が内在し
体育教諭の過失を認め、過失傷害罪
ています。このうち、当該スポーツの競技
(罰金3万円)とした件(東京高裁S54・
規則の枠をはみ出して生じたスポーツ事故
については、
「法」が適用されます。
さらに、競技規則を守っていながらも不
②海中での夜間潜水講習中に受講生が溺死
した事故につき、潜水指導者の過失を
幸にして生じてしまったスポーツ事故につ
認め、業務上過失致死罪(罰金15万円)
いても、指導者・コーチに注意義務違反
とした件(最高裁 H4 ・ 12 ・ 17 判決、
(=過失)や安全配慮義務違反があった場
合には、
「法」が適用され、刑事上あるい
は民事上の責任を負う場合があります。
判時1451号160頁)
。
③高校ラグビー部の合宿訓練において部員
が日射病で死亡した事故につき、同部
顧問として全般的な指導監督にあたっ
やマナーに則って行われています。また、
アンチ・ドーピング規程のようなスポーツ
11・15判決、判時967号133頁)
。
(2)指導者・コーチの刑事責任
ていた同校教諭の過失を認め、業務上
の枠を超えた世界的なルールもあります。
指導者、コーチには、選手や受講生の事
さらに、スポーツも社会的活動のひとつ
故を未然に防止すべき注意義務が課せられ
ですから、スポーツにおける競技規則やマ
ています。事故の危険を予見し得る可能性
などがあります(各判決の具体的事案や事
ナーの枠をはみ出た行動・事態に対して
があり、かつ結果(=事故)回避のための
実認定、過失の認定の詳細をお知りになり
は、社会生活を規律する規範であり、国家
具体的措置を執ることが可能であったにも
たい方は、上記括弧内記載の判決にあたっ
権力等による強制的裏付けのある規範であ
拘わらず、結果、回避措置を執らずに事故
ていただき、全文をお読み下さい)
。
る「法」が適用されることになります。
が生じてしまった場合には、
「注意義務違
過失致死罪とした件(東京高裁S51・
3・25判決、判タ335号344頁)
。
過失の認定に関しては、上記①の件では、
スポーツ指導者、コーチが「法」に関わ
反(=過失)あり」とされます。注意義務
体育教諭の注意義務内容として、女生徒に
る場面としては、スポーツ事故、セクシャ
の内容は個別具体的事案によってそれぞれ
「必殺ブラリン」を課すにあたっては、降
ル・ハラスメント行為やパワー・ハラスメ
異なりますが、注意義務違反(=過失)の
下および着地時における安全対策上必要な
ント行為等が主に想定されます。
程度が甚だしい場合には刑法が適用され、
注意を与え、教諭自ら模範演技を示し、か
そこで、以下において、スポーツ事故、セ
過失傷害罪(刑法 209 条)、過失致死罪
つ落下地点には降下の衝撃を和らげるため
クシャル・ハラスメント、パワー・ハラス
(同210条)
、業務上過失致死傷罪(同211
のマットを敷く等、事故発生を未然に防止
メントという「法」に関わる場面、およびア
条)といった刑事責任を問われる場合があ
すべき注意義務があるとしたうえで、当該
ンチ・ドーピングについてご説明します。
ります。
体育教諭が単に口頭でやり方を説明しただ
過去の刑事判例としては、
3.スポーツ事故
(1)スポーツ事故における法の適用と
責任
スポーツは身体運動を伴う競技ないしは
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①高校体育教諭が体育授業の際に女生徒に
罰トレーニングとして「必殺ブラリン」
けで女生徒に「必殺ブラリン」を課した行
為を過失であると認定しています。
上記②の件では、潜水指導者の注意義務
と称する懸垂運動を課したところ、女
内容として、各受講生の圧縮空気タンク内
生徒が降下の際に転倒して加療10日の
の空気残圧量を把握すべく、絶えず受講生
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の側に居て、その動静を注視すべき注意義
義務を尽くさなかったとして、高校を
外の事故を防止するためにも、日頃から、
務があるとしたうえで、当該潜水指導者が
設置する北海道に損害賠償が命じられ
選手にはルール遵守を徹底させることも大
不用意に一人その場から移動を開始して受
た事例(札幌高裁H19・2・23判決)
。
事です。
講生の側を離れ、間もなく受講生を見失っ
③県立高校野球部のゴロ捕球練習中の野球
選手以外に対する配慮としては、施設・
部員に、同一グラウンド内で同時に行
器具・用具のメンテナンスを定期的に行う
われていたノック練習のノック球が当
こと、競技場所が山岳や海・川といった危
たって負傷した事故につき、顧問兼監
険が予想される場所である場合には、競技
たことを過失であると認定しています。
(3)指導者・コーチの民事責任
指導者・コーチには、民事上も、選手や
督の教諭の注意義務違反を認めて、高
場所の入念な事前チェックも必要でしょ
受講生の事故を未然に防止すべき安全配慮
校を設置する愛知県に損害賠償が命じ
う。また、屋外での競技においては、天候、
義務・注意義務が課せられており、これを
られた事例(名古屋地裁H18 ・11・28
気温、風、雷といった気象状況に留意する
怠った場合には、安全配慮義務違反(民法
判決、判タ1241号189頁)
。
ことも必要です。
415条)や不法行為(同709条)に基づき、
④小学校における体育授業中の組体操の練
②事故が起こってしまった際の対応
被害者に対して損害賠償責任を負うことが
習中に発生した事故につき、指導担当
あります。
教諭の安全配慮義務違反を認めて、小
それでも事故が起こってしまった場合に
安全配慮義務・注意義務については、指
学校を設置する東京都中央区に損害賠
は、素早い応急措置を行うとともに、救急
導者・コーチの立場や契約関係(例えば、
償が命じられた事例(東京地裁H18 ・
車・医師に連絡し、怪我人を早急に医療機
学校教諭か、スポーツクラブの指導員か、
8・1判決、判タ1243号248頁)
。
関に搬送することが肝要です。
⑤文科省登山研修所主催の冬山研修会に参
また、選手・受講生が学生である場合等
ーツの内容(例えば、格闘技か、水泳か、
加した研修生が雪庇の崩落により発生
には、保護者への連絡も速やかにしておき
ラグビーか、登山か)といった具体的事案
した雪崩に巻き込まれて死亡した事故
ましょう。
によって、要求される注意義務の内容や程
につき、講師の過失を認めて国に損害
度が異なります。選手の年齢が幼く判断能
賠償が命じられた事例(富山地裁H18 ・
力に乏しい者であったり、技量の未熟な初
4・26判決、判タ1244号135頁)
。
部活OBか)
、選手の年齢や熟練度、スポ
③日頃の心がけ
日頃の心がけとしては、スポーツ科学・
心者であった場合には、指導者に課せられ
などがあります(各判決の具体的事案や事
スポーツ医学の知識や理論を身につけてお
る注意義務としては、より高度なものが要
実認定、過失の認定の詳細をお知りになり
くことが望ましいです。
求されます。
たい方は、上記括弧内記載の判決にあたっ
また、登山やボートといった自然の中で
ていただき、全文をお読み下さい)
。
状況についてもとくに配慮する義務が生じ
てきます。
最近のスポーツ事故民事判例としては、
(4)リスク回避・軽減
以上を踏まえ、指導者・コーチの方にお
いては、スポーツ事故のリスク回避・軽減
のため、以下の点に留意すべきと考えます。
①高校生が課外クラブ活動のサッカーの試
合中に落雷で負傷した事故につき、引
ーツの傷害保険に加入しておくことも有用
でしょう。
の危険なスポーツにおいては、選手の身体
のみならず、天候、気温、風といった気象
また、リスク軽減策としては、当該スポ
4.セクハラ・パワハラ行為
(1)セクハラ(セクシャル・ハラスメ
ント)行為
セクシャル・ハラスメント行為(以下、
①事故予防の観点
「セクハラ」と言います)とは、性的嫌が
率者兼監督の教諭に落雷事故発生の危
指導者・コーチは、選手・受講生に対し
らせであり、相手の意に反する性的言動す
険が迫っていることを予見すべき注意
て、適確な安全指導・助言を行わなければ
べてを言います。性的な言動で、受け取る
義務違反および安全な場所への退避措
なりません。そのためには、まず選手・受
側からみた評価として、男女問わず不愉快
置を執るといった結果回避義務の違反
講生の体調管理や健康状態に留意しなけれ
な思いをした人がいれば、それはセクハラ
があったとして、教諭の過失を認めて、
ばなりません。
にあたります。例としては、性的な冗談・
教諭の使用者である学校の責任を認め
また、適切な練習メニュー(準備運動、
た事例(高松高裁H20 ・9・17判決)
。
練習プログラム、トレーニングプログラム、
からかい、不必要な身体的接触、性的行
為・性的関係の強要等があります。
②公立高校のボート部の活動としてボート
整理運動、ストレッチ等)を作成すること
スポーツ界のセクハラについては、指導
競技の新人戦に参加した高校生が死亡
も大事です。競技中には、水分補給や休憩
者と選手との間にスポーツ界独特の支配従
した事故につき、引率教諭が安全配慮
の取り方にも配慮して下さい。また、想定
属関係があるために選手が泣き寝入りして
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基礎から学ぶ「スポーツと法」
しまう例が多く、表面化しにくい、身体に
接触しながらの指導やマッサージ等、身体
接触する機会がセクハラを誘発しやすいと
(2)パワハラ(パワー・ハラスメント)
行為
パワー・ハラスメント行為(以下、
「パ
で、日本のみならず世界的に多くの競技団
体において、ドーピングが禁止されていま
す。
ワハラ」と言います)とは、権力や優越的
好成績を上げるべく禁止薬物を不正に使
地位を利用した嫌がらせを言います。職場
用していたことが判明すると、その選手に
としては、
における上司が部下に行うパワハラや、大
は成績・記録の抹消(メダル剥奪等)
、出
①高校陸上部の合宿にアドバイザーとして
学等教育機関における教授が学生に行うパ
場停止、罰金といった厳しい処分が下され
参加した指導者が、一緒に散歩してい
ワハラ(アカデミック・ハラスメント)が
ますし、ドーピングに関与していた指導者、
た女子部員に自分の股間を押し付ける
有名ですが、スポーツ界においてもパワハ
コーチ等関係者にも制裁が課されます。し
等のわいせつな行為をした事件(強制
ラは想定されます。
たがって、指導者、コーチは、ドーピング
いった特徴があります。
過去に起きたスポーツ界のセクハラ事件
わいせつ罪で懲役2年4月の実刑判決)
。
例えば、指導者による指導である叱咤激
についても正確な知識を有している必要が
あります。
②バドミントン協会の役員が実業団バドミ
励が度を超して、侮辱的あるいは威圧的な
ントン部の女性選手を強姦し、その後
発言や体罰・暴力(有形力の行使)に至っ
アンチ・ドーピングについては、財団法
も性関係を強要した事件(熊本地裁H
た場合には、それは違法なパワハラになり
人日本アンチ・ドーピング機構(JADA)
9・6・25判決、判時1638号135頁)
。
ます。部活動において指導者が選手を平手
のホームページ(http://www.anti-dop-
③スポーツ少年団を指導していた市職員が
やげんこつあるいは竹刀等で殴打する例が
ing.or.jp/#SlideFrame_1)にアンチ・ド
同少年団に所属する女子児童を下半身
ときどき見受けられますが、こういった行
ーピング規程やドーピング検査の流れ等に
裸でランニングさせた事件。
為は暴力に他なりません。
「愛のムチ」で
ついて詳しい説明がありますので、指導
あるとか、熱心な指導のあまりといった弁
者・コーチの方においてはこのサイトをご
ランティアとして運営を手伝った女子
明は到底認められるものではありません。
覧いただくのが宜しいでしょう。
生徒が一部の役員・選手からスカート
また、選手への度重なる罵倒は、選手の人
の中を覗かれたり、
「胸が大きい」等と
格を大きく傷つける違法な行為です。
④クレー射撃の国体リハーサル大会で、ボ
また、ドーピング問題については、本誌
第107号(2009年1月号)の本連載にて、
言われた事件。
セクハラと同様に、パワハラも違法性が
境田正樹弁護士が『Jリーグ 川崎フロン
などがあります。
大きい場合には、刑事責任・民事責任を負
ターレ我那覇選手 ドーピング誤審事件の
セクハラ行為は違法な行為であり、違法
うことになります。有形力の行使である暴
残した課題』
(P.35)を掲載しています。
性が大きい場合には、刑事責任・民事責任
行(刑法208条)や傷害(同204条)は刑
ご興味のある方は、こちらの記事も是非ご
を負うことになります。
事罰を受ける犯罪行為です。また、暴行や
参照下さい。
刑事責任の例としては、強姦(刑法177
傷害の場合のほか、長期間にわたる侮辱
条)
・強制わいせつ(同176条)
・準強姦
的・威圧的発言等によって被害者に心の傷
(同178条2項)
・準強制わいせつ(同178
(精神的苦痛)が生じている場合には、不
条1項)
・強要罪(同223条1項)は刑事
法行為(民法709条)として、被害者に対
罰を受ける犯罪行為ですし、覗きやつきま
する損害賠償責任を負います。
とい行為は迷惑条例違反や軽犯罪法違反に
該当する場合があります。また、18歳未
5.アンチ・ドーピング
満の者に対する淫行やわいせつ行為は青少
ドーピングとは、スポーツ競技における
年保護育成条例に触れる可能性もありま
競技能力を高めるために、使用が禁止され
す。民事責任としては、不法行為(民法
ている薬物(筋肉増強剤、興奮剤、成長ホ
709条)として、被害者に対する損害賠償
ルモン等)を不正に摂取することなどを言
責任を負います。
います。
セクハラ行為をした本人が、その意識に
ドーピングは、選手自身の健康を害する
欠けている場合もあります。指導者・コー
危険性を有していると同時に、アンチ・ド
チにおいては、選手への配慮を常に考える
ーピングというスポーツ界のルールに違反
ようにし、セクハラ行為のないように注意
して自己の成績を上げようとする点で不誠
する必要があります。
実(アンフェア)であり社会悪です。そこ
Sportsmedicine 2009 NO.108
スポーツ法政策研究会
代表幹事/菅原哲朗・キーストーン法律事務所
幹事/竹之下義弘・東京六本木法律特許事務所、
白井久明・京橋法律事務所、伊東 卓・新四谷法
律事務所
会計/高木宏行・キーストーン法律事務所
●入会方法
参加資格/幹事の承認を得たうえで参加していた
だきます。
年会費/5,000円
入会申し込み/会入会希望の旨を下記事務局ま
で、電話、FAX、E-mail にて申し込み、所定の申
込書に必要事項を明記し返送する。
●事務局
〒104-0031
東京都中央区京橋1-3-3 柏原ビル2階
京橋法律事務所内「スポーツ法政策研究会」
事務局長/片岡理恵子
TEL:03-3548-2073
FAX:03-3548-2071
E-mail:[email protected]
http://www.keystone-law.jp/sports/sports-index.htm
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