土木技術資料 55-2(2013) 土研センター 鋼道路橋の塗替え時における含鉛塗料の除去について 片脇清士 * 中野正則 ** 料 の種類によ って異なる が、鉛丹と 乾性油を練 り 1.はじめに 1 合 わせた鉛丹 錆止めペイ ントが特に 多く含んで い 鋼 道 路 橋 塗 装 ・ 防 食 便 覧 の 発 行 (2005年 )に よ り る 。鉛系の錆 止め顔料の 役割は、油 性系の展色 剤 塗 替 え も 重 防 食 塗 装 Rc- I塗 装 系 が 標 準 と な っ た 。 と 反応して金 属石けんを 生成しち密 な塗膜とし 、 こ の塗装仕様 では旧塗膜 を完全に除 去する必要 が ア ルカリ性を 呈して防錆 することで あり、効果 の あ ることから 素地調整に ブラスト作 業を多く用 い 高い錆止め顔料として使用されていた。 るようになった。しかし、旧塗膜には含鉛塗料(鉛 1980年代から新設塗装は鉛を含まず防錆効果の 系さび止め塗料)が含まれる場合、ブラスト作業等 一 段 と 高 い C系 の 重 防 食 塗 装 に 変 わ り 、 2005年 以 に よって塗膜 を微粉砕除 去する際に 必要な対策 を 降 は塗替えも 重防食塗装 が標準にな った。重防 食 講 じなければ 、鉛および その化合物 に関する「 作 塗 装でない場 合にも鉛フ リー塗料を 用いており 、 業 環境管理基 準」を超過 し、作業者 の鉛中毒に よ 現在では含鉛塗料は用いていない。 こ のよ うに既 設橋 梁では 含鉛 塗料を 通常 塗膜 と る健康被害が生じることが危惧されている。 このような問題に対し、米国では15年ほど前か し ているが、 塗膜の形で は鉛が樹脂 で囲まれて い ら 塗替え塗装 は鉛に関す る法規制が 行われ、健 康 る ため有毒性 は無視でき る。しかし 塗替え作業 の 被害を生 じさせないブラスト工事が行われている。 際 の素地調整 にブラスト やサンダー ケレンを用 い 本報 文では、こ れからの橋 梁塗装の設 計や施工 る 場合には含 鉛塗料が微 粉砕され除 去される。 こ 管 理を考える 上での参考 として、鉛 中毒による 健 康被害や米国の対策などを紹介したい。 の際に鉛が微細化して飛散する可能性がある。 3.鉛の健康障害 2.道路橋における含鉛塗料の利用 日 常的 に人は 微量 の鉛を 摂取 してい るが 、通 常 含鉛塗料(鉛系さび止め塗料)は比較的防錆効果が の 環境条件で は摂取量と 尿からの排 泄量がバラ ン 高く現場で塗りやすいこともあり、明治時代から鋼 ス をとれ、体 内に取り込 まれ蓄積す る鉛の量は 限 橋の塗装に主として用いられてきた (図-1)。 ら れる。とこ ろが大量の 鉛のある環 境では呼吸 器 と 消化器から 少なからぬ 鉛が吸収さ れる。呼吸 器 か ら の 摂 取 で は 鉛 の 粉 塵 の う ち 数 μ m以 下 の も の A系;W/P~鉛系錆止め~フタル酸樹脂系 が 肺胞に達し 、血液に吸 収される。 血液に入っ た B系;W/P~鉛系錆止め~MIO~塩化ゴム系 鉛 は赤血球の 表面に付い て体内をま わる。急速 に 大 量に吸収さ れ、摂取量 が排泄量を 上回ってい る と 、体内の蓄 積量は増え 、血中濃度 があがり中 毒 症 状 が 出 る 。 鉛 中 毒 の 症 状 に は 体 が だ る い (貧 血 )、 図-1 道路橋塗装系の変遷 (A・B系は2005年以降鉛を含まないさび止め塗料を用い、 C-1・C-4系は鉛を含まない) 塗 料 の 種 類 は 多 少 変 わ っ た が 、 2005年 ま で は A 系 や B系 で 鉛 丹 、 亜 酸 化 鉛 、 塩 基 性 ク ロ ム 酸 鉛 、 シ アナミド鉛 などの鉛を 原料とした 防錆顔料や 着 色 顔料が長ら く用いられ てきた。鉛 の含有量は 塗 筋肉のいたみ(神経障害)、筋肉に力が入らない(神 経障害)、さらにすすむと、腹部のさしこむような 痛み(疝痛)等の自覚症状が表れる。 医 学的 には血 液中 鉛量の 多寡 によっ て鉛 中毒 と 診 断 さ れ る 。 米 国 で は 、 血 中 濃 度 50μ g/ dLを 超 え ると、労働 者を鉛暴露 から遠ざけ なければな ら ないとしている。 ──────────────────────── Removal of lead in coating for steel highway bridge 我が国では鉛中毒予防規則によって、 ・ 塗替え工事 等における 既設塗装の 塗膜につい て - 56 - 土木技術資料 55-2(2013) 土研センター 鉛等有害物質検査の実施 に 伴う鋼橋の 塗替え工事 ではコスト と煩雑さが 大 ・鉛中毒予防規則に則った衛生管理の徹底 幅 に 増 加 し た 。 そ こ で 連 邦 道 路 庁 (FHWA)で は こ ・安全衛生管理体制の強化 れ らに対応す るために多 くの研究プ ロジェクト を ・鉛中毒防止を中心とした安全衛生教育の実施 立 ち上 げ、FHWAの 道路 研究 所の中 に塗 装研究 室 を行うことが求められている。 を新しく設置した。 FHWA は 1994 年 に は FHWA-RD-94-100 ( 鉛 含 4.米国の鉛リスク削減 有 塗料除去、 封じ込め、 および処分 方法)など の レ ポートによ り、鋼橋か ら鉛含有塗 料の除去に 影 4.1 経緯 米 国に おいて は道 路橋の 塗替 えにブ ラス トを 用 響 を与える環 境と健康の 規制に関す る情報を提 供 いてきたが1980年代までは、鉛を含む粉塵に対し し、廃棄 物削減のためのガイドラインを公表した。 対 策 が と ら れ て な か っ た (写 真 -1)。 し か し 、 鋼 橋 また、1997年には鋼橋塗装用の費用対効果の高い で は錆や腐食 から鋼を保 護するため に鉛やクロ ム 塗 替えモデル を選定し鉛 対策ユーザ ガイドとあ わ 塗 料のほかに 、着色塗料 としてカド ミウムを含 む せて公表した(FHWA DTFH61-97-C-00026)。 こ の結 果、橋 梁塗 装に用 いる 塗料、 塗装 系、 工 塗 料を用いて いたため、 環境汚染や 健康問題を 引 法 などが大き く変わった 。その際、 中~重度の 腐 き起こし大きな社会問題となった。 この様な問題に対し1990年代初め頃から米国連 食 環境で最も 耐久性のあ る塗料とブ ラストによ る 邦 政 府 、 環 境 保 護 庁 (EPA)、 労 働 安 全 衛 生 管 理 局 素 地調整の組 み合わせが ライフサイ クルコスト の (OSHA)、 労 働 安 全 衛 生 研 究 所 (NIOSH)な ど に よ 観 点から最適 な選択肢と なることを 確認し、素 地 り 環境や労働 者の健康と 安全に関す る規制が行 わ 調 整として信 頼性の高い ブラスト工 法が有効で あ れた(表-1,写真-2)。 ることを明らかにした。 これらの動きに対応して、業界(塗料、塗装会社、 規 制が 強化さ れた ことに より 鉛含有 塗料 の除 去 資機材、コンサルタント会社)では鉛問題などを起 表-1 こ さない新し いブラスト 方法や鉛封 じ込め方法 な 米国における塗装時の鉛規制 ど多くの塗装新技術を開発し普及させた。 機関 タイトル 内容 労働安全衛 29 CFR 1926.62 橋から含鉛塗料を除去する際 建設工事における鉛 の労働者保護と監視のための 生管理局 OSHA ガイドライン。労働者のため の訓練と監視が必要であると している。 環境保護庁 クリーンエアアクト 橋梁塗装から大気中にでる粉 EPA (大気清浄化法) 塵の排出を規制している。 RCRA(資源保護・ 塗料廃棄物を埋め立てなどで 回収法) 規制している。 これらの努力により、2000年頃までには塗替え 塗 装時の健康 上の問題は ほぼ解決さ れ、生産性 に 優 れる鉛対策 を施したブ ラストが広 く塗替えに 適 用されている(このような技術開発の施策をエンジ ニアリングコントロールと呼ぶ)。結果的には、工 法 の全米的な 標準化、シ ステム化に よって合理 的 な 価格での塗 装工事が技 術開発によ り可能にな っ たといえよう。 こ の経 緯から 得ら れる教 訓は 、問題 が起 こっ た ときに速やかに体系的に全体的に解決しようと FHWAが 努力 した ことで あり 、規制 だけ でなく 、 工 法の開発、 エンジニア リングコン トロールに よ り 、効果的で しかも経済 性に優れる 工事ができ る ようになったことである。 塗 装コ ストが 従前 に比べ て高 くなっ たた めに 、 写真-1 FHWAは 塗装 品質 の問題 にも 取り組 み、 塗装の 失 1960年代のブラスト 工事 敗の80%は素地調整の不十分さにあると推定され た こ と か ら 、 素 地 調 整 の 品 質 管 理 / 品 質 保 証 (QC 29 CFR 1926.62 / QA)を 向 上 さ せ 、 た と え ば 、 素 地 調 整 に お い て 建設工事における鉛労働安全衛生管理局 厳 密な第三者 の検査など を組み込む ことで塗装 の 写真-2 - 57 - 土木技術資料 55-2(2013) 土研センター 長寿命化 を図りコストパフォーマンスを改善した。 ・呼吸器の使用およびメンテナンスプログラム 4.2 保護具の改善 ・呼吸器の使用と保管、適切なフィットテスト 作 業者 を守る 対策 として 、ま ず行わ れた のが 作 業者の鉛暴露からの軽減である。ブラスター(ブラ ・作業現場での危険に対処するための"適格者"の指定 4.3 ダ ス ト コ レ ク タ ー や コ ン テ イ ン メ ン ト シ ス テ スト作業者)や清掃作業者が鉛を含む塗料を吸入ま ムの開発 た は摂取しな いように、 給気、陽圧 人工呼吸器 の 作 業時 の高濃 度の 粉塵は 視認 性を損 なだ けで な フ ー ド (ブ ラ ス タ ー が 着 用 し て い る )、 フ ィ ル タ ー く 労働者に危 険な曝露レ ベルとなる 。このため 、 カ ートリッジ 呼吸器など の呼吸用保 護具が開発 さ 大 型 で 高 効 率 の ダ ス ト コ レ ク タ ー (集 塵 機 )が 開 発 れ 、その仕様 や着用方法 等が詳細に 規定されて い さ れた。ダス トコレクタ ーを用いた 換気によっ て る(写真-3,写真-4) 。 作 業環境での 鉛粉塵の濃 度を減少さ せ清掃作業 を た とえ ば、保 護マ スクな どの フィル ター は細 か 短 時間で行え ることにな る。ダスト コレクター を い ダ ス ト 微 粒 子 (HEPAフ ィ ル タ ー )用 の も の は 鮮 用 いた塗装工 事では、排 出風が周囲 環境や公共 の や かなピンク 用に着色さ れ、レベル に応じて色 分 場 への影響を 最小限に抑 えるよう、 ダストコレ ク け されている 。呼吸用保 護具の必要 なレベルは 呼 タ ー の 大 き さ や 配 置 場 所 が 決 め ら れ る (写 真 -5)。 吸 空気中の鉛 濃度に対応 しており、 労働者が暴 露 ブ ラストでな い場合にも 、覆い付き の電動工具 を さ れる時間に あわせて選 ぶこととさ れている。 ま 用いるなどで鉛粉塵の濃度を減少させている。 た 、作業者が 鉛を持ち帰 らないよう に、クリー ン ルームや シャワールームなどが必要とされている。 OSHA29 CFR 1926.62で規定されている項目は以 下の通りである。 ・専用の作業服 ・鉛作業領域の設定と警告標識 ・労働者のための定期的な血中鉛レベルのチェック ・休息や食事エリアの要件 ・手洗い場所とシャワー 写真-5 塗装作業時に用いる大型のダストコレクター 鉛 含有 ダスト を封 じ込め るコ ンテイ ンメ ント シ ス テ ム (封 じ 込 め 装 置 )は 、 カ バ ー パ ネ ル 、 足 場 、 支 柱、スクリ ーン、防水 シートの組 み合わせで 構 成 されている 。橋ごとに 個別に設計 されること も あ るが、業界 ではガイド ラインをつ くり形と要 求 さ れる機能に ついて標準 化を図って いる。材質 に は作業時 および検査時の視認性が考慮されている。 こ の ほ か、FHWAで は塵 埃 の 発生し に く いブラ 写真-3 (左)ブラスターが着用している服、 ス ト工事、た とえば湿式 ブラスト、 塗膜剥離材 の (右)清掃などの作業者が着用している服 併用、高圧水ブラストなども検討している。 4.4 鉛除去工事が行える塗装会社の認証制度 塗 装工 事の中 でも 鉛除去 を含 む工事 には 高度 な 技 術が必要で あると認識 されている 。衛生安全 の 点 からも信用 が大切であ り大規模な 工事が多い 州 で は塗装会社 に認証を義 務づけてい る。カリフ ォ ル ニア州道路 局では、鉛 処理を含む 塗装工事に は QP2認 証 を有 す る 施 工者 が 従 事 する こ と と し、 入 写真-4 (左)鉛作業に用いる保護マスク、(右)給気保護マスク 札時にこれを有しない業者は契約できない。 - 58 - 土木技術資料 55-2(2013) 土研センター QP2認 証 で は 、 有 害 塗 料 除 去 プ ロ ジ ェ ク ト の マ ネ ジメント、 有害塗料除 去技術、作 業者の保有 資 格 とトレーニ ング、安全 と環境コン プライアン ス • プログラム が備わって いることを 会社に要請 し て いる。鉛塗 膜を安全に 除去し適切 に有害物質 を 管 理する能力 について請 負業者の能 力を評価す る ものである。 5.我が国の取り組み事例 写真-6 クリーンルームと内部の エアーシャワー(右上) 写真-7 集塵機の設置例 6.まとめ 我 が国 では既 設橋 梁の塗 替え 工事に おけ る含 鉛 ・我が国の既設橋梁では含鉛塗料(鉛系さび止め塗 塗 料対策は、 米国のよう に体系的に は行われて い 料)を塗膜に含むものが少なくないため、塗替え塗 な いが、ブラ スト工事で は、粉塵対 策が作業環 境 装 工事での塗 膜除去時に 作業環境基 準を遵守で き や 施工品質の 両面から重 要と考えら れ、取り組 み ず、鉛中毒等の健康障害の発生が危惧される。 が行われている。 ・米国では1990年後半から塗装工事時の健康障害 ①オープンブラスト(エアーブラスト) 対 策 が 進 め ら れ て い る 。 連 邦 道 路 庁 (FHWA)や 州 オ ープ ンブラ スト 工事に おい ては、 作業 中の 粉 政 府道路局が 対策ガイド ラインを策 定するとと も 塵 の飛散が多 いことから 、ブラスト 作業者はフ ー に 、効率的な ブラスト機 器や周辺設 備の改良開 発 ド や保護マス ク等の重厚 な装備の着 用が一般的 に な どによって 鉛発生抑制 、飛散防止 、回収、廃 棄 行 われている 。作業着に 付着した塗 膜などを外 部 の一連のシステムができている。 に出さないように作業場の出入り口にクリーン ・ 我が国でも 粉塵対策と して取り組 みが行われ て ル ー ム を 設 置 し た 例 ( 写 真 -6) や 、 作 業 場 所 の 粉 い るが、今後 は国や関連 業界などが 連携して含 鉛 塵濃度を減少させるために集塵機を設置した例 塗料対策へ取り組むことが望まれる。 (写真-7)も見られるが、特別な場合にとどまって 参考文献 いるのが現状である。 ②バキュームブラスト 最 近で は、飛 散す る粉塵 を大 幅に低 減す ると と も に廃棄物の 発生も低減 できるバキ ュームブラ ス トを用いた工事が増加している。ただし、バ キ ュームブラ ストは、狭 隘部などの 施工では吸 引 の ためのノズ ル先端部分 を取りはず してオープ ン ブラストとして施工する必要がある。 ③湿式ブラスト 研 削材 に水な どを 混合し 噴射 するブ ラス ト工 法 で あり、粉塵 の発生を少 なくするこ とができる 。 1) 労 働 安 全 衛 生 法 ( 昭 和 四 十 七 年 法 律 第 五 十 七 号 ) 及び労働安全衛生法施行令(昭和四十七年政令第 三百十八号)鉛中毒予防規則 2) FHWA-RD-94-100, Lead Containing Paint: Removal, Containment, and Disposal.1994 3) FHWA Bridge Coatings Technical Note: Personnel Protection During Bridge Paint Removal Federal Highway Administration 2012 4) 3.29 CFR 1926.62, Occupational Safety & Health Administration Interim Standard for Lead-inConstruction, 1993. 5) Lead in Construction U.S. Department of Labor Occupational Safety and Health Administration OSHA 3142-09R 2003 モ イスチャー ブラスト、 ウォーター ジェットブ ラ ス トなどがあ るが、廃水 処理には留 意する必要 が 片脇清士* 中野正則** ある。 ④塗膜剥離剤 PCBや鉛を含む塗膜を粉塵の飛散なく安全に除 去 する方法と して塗布系 の塗膜剥離 剤が使用さ れ て いる。塗膜 剥離剤は塗 膜の剥離の みに有効で あ り 、腐食や錆 が見られた り、ジンク リッチ塗膜 の 付 着を確保す るために素 地調整が必 要となる場 合 は、ブラスト等で除去することとなる。 - 59 - 一般財団法人土木研究セン ター土木研究アドバイ ザー、工博、技術士(建設 部門) Dr. Kiyoshi KATAWAKI 一般財団法人土木研究セン ター 審議役 Masanori NAKANO
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