産経抄 H20 【産経抄】1月22日 1本の手紙が、歴史を変えることがある。長州藩の木戸孝允が坂本龍馬に書いた手紙も そうだった。慶応2(1866)年1月23日(旧暦)、木戸が薩摩藩の西郷隆盛らと薩長 同盟を結んだ直後のことだ。 ▼倒幕に向けて取り決めた6カ条について、同盟を仲介した龍馬に確認を求めた。これ までさんざんひどい目に遭わされてきた、薩摩藩への不信感はぬぐえなかったらしい。龍 馬は「すこしも相違これ無く候」などと朱筆で裏書きし、署名した。 ▼これによって、明治維新への道筋ができたといっていい。司馬遼太郎によれば、薩摩 と長州が手を握れば天下を動かすことができることは、志士たちにとって「常識」だった。 同時に、犬猿の仲の両藩が連合することなどあり得ないことも常識だった。 ▼それを一介の浪人にすぎない龍馬が、成し遂げることができたのはなぜか。龍馬の「魅 力」が化学反応を起こした、と司馬はいう。その魅力について考えるうちに生まれたのが 『竜馬がゆく』だった。このほど新しい国民運動組織を発足させることになった知事たち は、どうやら龍馬を気取っているらしい。 ▼「日本を今一度せんたくいたし申候」。組織の略称の「せんたく」は、龍馬が故郷の姉、 乙女にあてた手紙の、有名な一節から名付けられた。ならば、参院で野党が過半数を占め る「ねじれ」のために、国会が機能不全に陥っている「常識」を覆してほしい。 ▼「生活者起点」 「脱官僚、脱中央」といった耳に心地いいだけのスローガンは聞き飽き た。国民の多くは、ある程度の我慢を強いられることを覚悟している。もちろん未来に明 るい展望が開けることが条件だ。それを説得できるかどうかは、運動組織の「魅力」にか かっている。 春秋 2008 春秋(1/15) 風に吹かれて舞う塵(ちり)や、それほど軽く小さいものを風塵(ふうじん)という。 転じて、煩わしい世の中、俗事の意味を持ち、戦乱を指すこともある。「風塵に奔走して」 (仕事、雑事に追われ)、 「風塵に老いる」 (生活にやつれる)などと用いる。 ▼司馬遼太郎さんは自分の新聞連載コラムを「風塵抄」と名付け、本にまとめたとき「あ とがき」に、こう記した。 「風塵抄とは、小間切(こまぎ)れの世間ばなしと解してもらえ ばありがたい」 「ただ心掛けとしては、風塵のなかにあっての恒心(こうしん)について書 こうとしている」 「恒心とはすなおで不動のものという意味である」 ▼今週、臨時国会が閉会し、すぐ通常国会が始まる。国民が目を凝らし耳を澄ますのは、 間違いなく、年金を巡る与野党のやりとりだ。風塵に奔走させられた現役生活を離れた後 の、穏やかなはずの暮らしを支える頼みの綱である年金が受け取れないかもしれない…… 多くの人々が深刻に、そういう心配をしている。 ▼「風塵抄」あとがきには「ひとびとに恒心がなければ、社会はくずれる」ともある。 「恒 産なきものは恒心なし」(孟子)。恒産と期待する年金が消えれば、引退者は恒心を失う。 司馬さんに従うなら、年金危機の日本は「社会がくずれる」瀬戸際に立つのだ。国会は、 そんな切迫感をもった議論をしなければならない。 春秋(1/30) 古代ギリシャの哲学者カルネアデスが示した有名な命題がある。水難で海に投げ出され たとき、1 人しか乗れない舟板に取りすがるためには他の人を振り落としても許されるの か――。 「カルネアデスの舟板」と称されるテーマである。 ▼今でいう刑法の「緊急避難」だが、大昔から論争は尽きない。現行の日本の刑法はこう 定めている。 「やむを得ずした行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えな かった場合に限り罰しない」。平たく言えば、多少の荒事であっても破滅を招くよりはまし ならば目をつむりましょう、ということだ。 ▼ガソリン税などの暫定税率期限を延長する「つなぎ法案」も、緊急避難のたぐいだろう。 たしかに、このままだと 4 月にガソリンがしばし安くなっても大混乱が起きるのは必定。 あえて奇手を繰り出すのも政権与党の務めかもしれない。とはいえ、昨夜の法案提出で国 会の混迷がかえって深まりそうなのが心配だ。 ▼そもそも、道路だけを聖域にして税金が流れ込む仕組みをいつまで続けるのか、道路財 源の看板で妙なカネの使い方はしていないのか。国会でのきちんとした論戦を聞きたいの に、期待薄だ。緊急避難だからといって、そういう議論まで避けてはなるまい。緊急避難 の行き過ぎを、刑法の世界では過剰避難と呼ぶ。 春秋(2/19) 集団が分裂・分離・分割を繰り返すと、似たもの同士がかたまり、純化が進み、内部は 均質で多様性を欠く集団が形成されていく。こんな「常識」とは逆に、数を半減させて分 裂することで、膨大な多様性を生み出すのが、生物の有性生殖の仕組みだという。 ▼卵子などの生殖細胞は、元の細胞の染色体数を半分に減らす分裂で誕生する。この減数 分裂の仕組みで、同じ父母から生まれた兄弟姉妹でも、一卵性双生児を除けば、遺伝情報 はみんな違う。どこか似ているけれどもそれぞれが微妙に違う遺伝情報を持ち、それがさ らに子孫に伝わり、新たな多様性が生まれる。 ▼この多様性が有性生殖の最大のメリット。現在の環境に最適の均質な個体をただ複製す る無性生殖は、環境の激変に対応できる異端の遺伝子を欠くため、時に種の滅亡を招く。 すぐに役に立たない変異こそ将来の備え。 「今」への過剰適応は、未来を危うくする。 ▼コソボがセルビアからの独立を宣言した。世界のおおかたは好意的だが、セルビアとロ シアは反対している。一体化が進んでいく欧州の大きな枠の中で、ほかにも分離・独立の 動きがいくつか伝えられている。独立は大集団の内部的な多様性を増すが、民族や宗教の 複雑な問題もはらむ。過去のいきさつよりも、未来を大事にしたい。 春秋(3/4) 日本のお金の単位「円」が生まれたのは、後に新貨条例と呼ばれる 1871 年(明治 4 年) の太政官布告が「貨幣の称呼は円」としたことによるが、なぜ円なのかについては諸説あ り、日本銀行の貨幣博物館では三つの説を並べている。 ▼「貨幣の形を、携帯に便利なようにすべて円形に統一したので、単位も円にした」。三つ のうち最初にあげるこの説が正しいなら、今日は 円誕生 の記念日になる。旧暦の明治 2 年 3 月 4 日、新通貨づくりを担当する大隈重信が「新しい貨幣は形状を円形にし、価名 も改めるべし」などの建議書を出したからだ。 ▼守旧派の反対は当然あった。 「お金を袋に入れる外国と違い、日本では紙に包んで四角い 箱に収める。円形では不都合」とか「価名は長く親しんだ『両』でないとダメ」とか。こ れを押し切ったのが大隈の主張だった。 「沿襲(古い習わしに従う)の弊を除かなくては富 国の基は立たない」 ▼円の番人・日銀の総裁が国会の成り行きで空席になりかねない現状を見たら、大隈はど う言うだろう。 「沿襲……」の前段には「今や万国交互貿易が盛んな時代なのだから」とあ る。国際化がずっと進んだ現代に「富国の基」である通貨の信認を損なわないため何をし たらよいか。与党も野党も「沿襲の弊」を捨てて考え行動してほしい。 春秋(3/11) よく「三十六計、逃げるに如(し)かず」という。面倒は避けて逃げ出すのが何より。 そんな響きがある。しかし「三十六策、走るを上計となす」とも唱え、もっと前向きな意 味も持つらしい。兵法は数々あれど、撤退こそ大切という教えだ。 ▼それを地でいくのが最近の電機業界だろう。新世代DVDの規格戦争で勝ち目はないと 見極めて兵を引く東芝。プラズマパネルの自社生産をやめるパイオニア。ソニーは多くの メーカーがひしめく国内の携帯電話市場から半ば撤退する。深追いはせず、傷が浅いうち に身をひるがえすのが生き残りの道に違いない。 ▼「新銀行東京」の救済策は、こういう決断ぶりとは対極にある。一度始めたらやめない 官製の営みのなかでも、これはひどい。回収不能に陥った融資先は全体の 17%、2300 社に 上り、1000 億円の損失が積み重なっている。もはや生き返るとは思えないのに、都はここ にあらためて 400 億円をつぎ込む考えだ。 ▼都議会で今日からこの問題の質疑が始まる。ずさんな融資を繰り返してきた旧経営陣が 責任を問われるのは当然だが、新銀行の生みの親は石原慎太郎知事だ。民間から招いた経 営者が悪かった、では済まされまい。泥舟からひとり「逃げるに如かず」を決め込まれて は困る。勇気を奮って「上計」を講じてほしい。 春秋(3/13) 開戦前に外相を務めた松岡洋右が、日独伊三国同盟推進派だったことは知られている。 その松岡が「三国が手を結べば米国なんか引っ込んでしまう」と言ったと伝え聞き、 「そう いうのを痴人の夢というのだ」と吐き捨てたのが後の海軍大将、井上成美(しげよし)だ った。 ▼松岡は日本の首席全権として、国際連盟総会の席を蹴(け)ったことでも有名だが、20 代前半の井上にもこんな逸話がある。海軍水雷学校普通科の学生が講堂に集められ、ある 事件について教官のしっせきを受けた。「それでも自分が正しいと思う者は出て行け」。教 官の言葉にひとり井上がすっと席を立ったという。 ▼政府の日銀総裁人事案に民主党などが反対し、参院本会議の否決で宙に浮いた。なるほ ど、野党が手を結べば日銀人事が引っ込んでしまうのか。それは分かったが、肝心の「な ぜ反対か」にさっぱり合点がいかない。日本はこのままで大丈夫かと、世界が厳しい目を 注いでいるというのに。 ▼民主党が採決を急いだのは、党内に政府案容認論がくすぶり与党に切り崩されるのを警 戒したからとも聞く。だから「自分が正しいと思う者は出て行け」と言うはずもないが、 それでも政府案を内心支持し、採決を棄権したり欠席したりした議員がいた。さて第二幕。 もう政争のおもちゃにする時間はなくなった。 春秋(3/27) 「福翁自伝」の連載を福沢諭吉が時事新報で始めたのは 110 年前のことだ。中で、世に 処するの法を一括して手短に申せば、と断って「すべて事の極端を想像して覚悟を定め、 マサカの時に狼狽(ろうばい)せぬように後悔せぬようにとばかり考えています」と書い ている。 ▼そして半年前、 「人生には上り坂もあれば、下り坂もある。もうひとつはマサカという坂 だ」と言ったのが小泉純一郎元首相。そのマサカの時に覚悟を定め、今の地位を得たのが 福田康夫首相である。ところが、次々起こるマサカに直面するうちに覚悟はすっかり色あ せ、狼狽が取って代わったように見えてきた。 ▼日銀総裁空席も、期限切れが刻一刻近づくガソリン税の暫定税率の問題も、福田さんに とってマサカには違いなかろう。民主党の対応にいらだちを募らせ「正直言ってわけがわ からない」と口にもしたそうだ。しかし、なぜそんな言葉が出てくるだろう。正直言って そのわけがわからない。 ▼まるで抽象画や現代音楽に首をひねっているようにも聞こえるが、あなたは一国の宰相 にして政権党の党首だ。政治の世界でどんな難問が持ち上がろうとも、わけがわからない などと口走られては困る。政治は言葉である、とはよくいわれる。当然「それを言っちゃ あオシマイよ」という禁句だってあるのである。 春秋(4/7) あるホテルチェーンがこんな制度を取り入れているそうだ。毎週、無作為に選んだ宿泊 客にサービスなどの良かった従業員を尋ね表彰する。さらにその従業員に、仕事をする上 で必要な協力をしてくれた裏方 3 人を挙げさせ、同じように表彰するのだという。 ▼人間関係がギスギスした職場が増えているのではないか。そんな問題意識から、コンサ ルタントや経営者らが共著で出版した「不機嫌な職場」の紹介する参考例だ。上下や部門 を超え仕事を認め合い、感謝する。誰もが主役気分を味わえる。そうした企業では自然に 協力が生まれ、結果的に生産性も上がると説く。 ▼残念ながら、実際は逆の会社も多いようだ。隣人の仕事や悩みには無関心。残業で悲鳴 を上げても見て見ぬふり……。都会のマンションを思わせる人間関係だ。会話が乏しく、 提案への反応も薄い。これでは心身が参ったり、自分の仕事だけをこなしたりする社員が 増えるのも無理はない。 ▼社員旅行の習慣が若手主導で復活しつつある。飲み会に手当を出す企業も現れた。少し ずつ、不器用な形だが、職場をつくるのは人だと皆が思い出し始めたのか。研修を終えた 新人がそれぞれの配属先に散る。彼らを待つのが「都会のマンション」ではなく、あいさ つや感謝が自然に飛び交う職場であるよう願う。 春秋(4/16) 若い岡っ引きの文五が必死に否認する老人に手荒な真似(まね)をする。ところが真犯 人があがる。文五は自分の過ちを知り精いっぱいの謝罪をする。 「とっつぁん、すまねえ」。 昭和 40 年代のNHK時代劇「文五捕物絵図」の一シーンである。 ▼老人は怒りで肩を震わせ文五に近寄るが、何か飲み込むようにしてこう言う。 「いいって ことよ」。このセリフは文五役の杉良太郎さんのエッセーのタイトルともなった。「本当は 許したくない、でも自分が、今までの仕打ちを無かったことにして少し我慢すれば、今目 の前で打ちひしがれるこの若者は救われる」 ▼「責める」ことに対して「許す」というこの老人の態度は粋で崇高でさえある。だが、 時代劇の世界と違って現世は切実だ。周知徹底せず、不手際だらけの後期高齢者医療制度 は 15 日、支給の年金から天引きが始まった。高齢者の生命線である「保険・医療」分野で 「許しがたい」不信と不安が増幅されている。 ▼福田首相の父・赳夫元首相は杉さんの後援会長で、その芸をだれより高く買った。自ら、 弱きを助け不正をただす昭和の黄門様を自称しただけに機微、人情にも通じた人であろう。 福田現首相は責められてばかりで余裕がない。謝罪と反省の日々から一度攻守所を変えて 「いいってことよ」と言ってみたいだろう。 春秋(4/20) 建築家の安藤忠雄さんが東大の入学式で親離れ、子離れの勧めを語り、話題を呼んだ。 「自立した個人をつくるためには、親は子を切ってほしい」。祝辞でクギを刺すほど、子に 構い続け、不満があれば学校にねじ込むのが今の親だとされてきた。ところが……。 ▼「最近、大学へのクレーマーの出足はぱたりと止まりました」。関西の大学で現代思想な どを教える内田樹さんが論壇誌「サイト」の取材に答えている。理由はひとつ。モンスタ ーペアレント(怪物のような親)という呼び名が広まったのを見て、世間が自分の側にな いことを親たちが悟ったからだという。 ▼「社会全部を敵に回せる腰の据わったクレーマーはめったにいない」と内田氏。病院の 「モンスター患者」、企業の「クレーマー」、怒る高齢者に作家の藤原智美氏が名づけた「暴 走老人」。新語の数々には、お客様を神様と奉った時代の振り子が逆にふれ始めた感も漂う。 風向きの変化を喜ぶべきか、嘆くべきか。 ▼罵声(ばせい)が幅を利かせ、教師や医師、接客業で働く人々が燃え尽きる社会も疲れ るが、正当な理由から声を上げた人が白い目で見られる世の中も息が詰まる。異なる意見 や立場を理解する想像力を皆が持ちたい。 「寛容さのない環境から未来は生まれない」と安 藤さんも祝辞で語っている。 春秋(6/2) 「茶坊主」と呼ばれても、そう怒らなくてもいいらしい。茶坊主は「(1)室町∼江戸時代、 武家に仕えて茶の湯の事をつかさどった剃髪(ていはつ)の者。(2)((1)が政治に口を挟 んだことから)権力者におもねる者をののしっていう語」(広辞苑)だ。 ▼悪口で使われるのは 2 番目の意味。すべての茶坊主が悪いのではない。実は「いい茶坊 主」がいた。「いい茶坊主 悪い茶坊主」(立石優著)によると、茶坊主は江戸城内にいる 大名たちの間を歩き、情報をささやく。いわば潤滑油役だ。浅野内匠頭が彼らをうまく使 っていれば、吉良上野介への刃傷はなかった。 ▼いい茶坊主は(1)社交性に富む(2)協調性豊か(3)調整能力がある(4)情報収集力に優れる (5)礼儀作法を弁(わきま)えている(6)知性と教養がある(7)周囲に気配りする。悪い茶坊 主は(1)ゴマスリ上手(2)何事につけ要領がいい(3)告げ口する(4)人の弱みにつけ込む(5) 権力者に取り入るのがうまい(6)虎の威を借りていばる(7)人の顔色を窺(うかが)う。 ▼この新書本によれば、いい茶坊主、悪い茶坊主の見分け方は上の通り。あなた自身や周 りを見ると、どうだろう。いい茶坊主とは、有能な秘書役の意味らしい。欧州訪問中の福 田康夫首相は、官房長官在任の最長記録の持ち主だ。いい茶坊主だったのだろう。が、ト ップになったら……。結論は、急がずにおこう。 春秋(6/20) 江戸初期の岡山藩主・池田光政があるとき、近ごろの自分に大きな過ちはないか家臣に 尋ねた。諫言(かんげん)を求めてのことである。これに泉八右衛門がズバリ答えた。 「恐 れながら、それが嫌にて候」 。光政、その場は顔色を変え席を立った。 ▼が、翌日になると、遠慮して出仕を控えた八右衛門に使いを出して登城させ、普段通り に談笑したという。このエピソードは菊池寛が随筆でひいている。光政は長く藩政を主導 し、後には真の名君とうたわれた。鼻持ちならぬ名君意識を見抜いて直言した八右衛門の 度胸を受け止めた度量は、さすがというべきか。 ▼プロ野球の野村克也監督が、歴代監督最多負け星の記録を更新した。負ければ舞台から 追われるのが勝負の世界のおきてだ。野村さんはしかし、負け数をわずかだが上回る歴代 監督5位の勝ち星だって集めてきた。初監督から 40 年近くたってなお舞台上にとどまって いる価値を、この名将は十分知るに違いない。 ▼それでだろう、大記録を達成した一昨日の試合後も、思いのほかにこやかだった。 「不滅 の記録だ。名を残したな。汚名を」と、ぼやいてみせる調子もいつも通り。「不滅の記録」 は多分本音。「汚名を残した」はお得意の諧謔(かいぎゃく)と聞いた。「恐れながら、そ こに名将意識がのぞいて……」 。これは言わずもがなか。 春秋(8/30) 首相は昨年 10 月から週 1 回、メールマガジンを更新している。 「○×△。福田康夫です」 というのがタイトルで、○×△が毎回変わる趣向だ。最新号は「1 枚のうろこ。……」。一 瞬、首相が自らをうろこ 1 枚に例えたかと驚いた。こんなことが書いてある。 ▼好きな言葉に「龍蛇無鱗(りゅうにへびのいろこなし)」がある。数十万枚もある龍のう ろこの中に 1 枚でも蛇のうろこがあれば、それは本物の龍でなく蛇が化けたニセの龍であ る。しかして立派にみえる政策に 1 つのウソがあれば、国民の目はごまかせない。鋭い国 民目線恐るべし――。 ▼もちろん、読者に伝えたいのは「うろこ 1 枚おろそかにせず」という決意なのだろう。 それは分かるが、国民、国民と持ち上げるのには違和感もある。そもそも国会にいる人々 も国民なのだ。私たちの目があろうがなかろうが、あなた方がまず見極めろというのが、 首相いうところの国民の気持ちではあるまいか。 ▼景気は去年末あたりから下り坂だ。7 月の消費者物価が 10 年 9 カ月ぶりの高い上昇率だ ったというニュースもあった。そこに出てきたのが、総合経済対策ということになる。首 相の大見え通りかどうか。龍のはずなのに「選挙対策」だの「公明党へ譲歩」だのの解説 が気になる。蛇のうろこがなければいいのだが。 春秋(9/21) 将棋の谷川浩司 9 段が若き日に敬愛する大棋士、升田幸三と食事をした。その席で「谷 川の将棋は全部見ている」と言われたという。史上最年少の 21 歳で名人になった才能あふ れる青年は、升田が注目してくれることが大変うれしかったと振り返っている。 ▼「どれだけの目がその人に向けられているかが大切なのではないか。逆に言えば、自分 に向けられている目にどう気付き、それにどう応えていけるかです」とは、朝日新聞に載 った俳優仲代達矢さんの言葉だ。見ることで人を励まし、守り、鍛える。見られることで 人に励まされ、守られ、鍛えられていく――。 ▼そんな世のならいは、もうどこかへ消えていってしまったのだろうか。 「事故米」不正転 売問題のとめどもない広がりから見えてくるのは、業者に向けられた農林水産省のおざな りな視線。そして、その視線をかいくぐって不正を図る業者の卑しい心根。何とも寒々し い景色ばかりである。 ▼国民目線だか消費者目線だかも、大臣、次官の座を失った 2 人にとっては、ちょっとし ゃがんでみました程度のことだったに違いない。その目に映ったのは、 「役所に責任もない ことでじたばたする消費者」の姿なのだろうか。そんな目にいくら見られても、励まされ た、守られたと思うお人よしなどいやしない。 春秋(9/27) 小泉元首相の今期限りの引退について麻生首相は「(驚きは)全然」と即座に答えた。構 造改革修正に走る新政権には 過去の人 といいたげで、後継の次男進次郎氏を「お父さ んと違ってふつうの人、きわめて有能よ」と痛烈だった。 ▼小泉元首相は、車の窓を開け「引退は本当か」に数回うなずいて見せた。権力闘争から 離脱する悲哀もあるが、安堵(あんど)の色も見える優しい顔だ。マタイ伝に「新しい酒 は新しい革袋に盛りなさい」とある。新しい酒(構造改革)を古い革袋(自民党)に盛っ た故の限界を感じつつ「小泉交響曲」は未完成で終演する。 ▼郵政改革論議の中で小泉元首相は「空想と現実の区別が分からなくなったドン・キホー テだ」と揶揄(やゆ)されると「私はドン・キホーテが好きなんだ」と応じている。27 歳 で初選挙に落選した後、観(み)に行ったのがドン・キホーテの「ラ・マンチャの男」だ った。その精神の気高さに政治家の見果てぬ夢を追い求めた。 ▼官邸主導で戦後最強の宰相の 1 人となった。信長の非情さと深い孤独を貫く。音楽の世 界に逃避しながら。「夢実りがたく、敵(てき)あまたなりとも、我は勇みて行かん」。総 理引退後「私はいつもこの曲(主題歌・見果てぬ夢)を口ずさんでいた」 (音楽遍歴)と回 顧する。議員を離れてもこの世の楽しみを謳歌(おうか)しよう。 春秋(10/20) ことしが生誕 100 年にあたる宮大工の故西岡常一は、ひとにものを教えなかった。戦争 を挟み 20 年がかりで法隆寺の「昭和の大修理」をなし遂げた名棟梁(とうりょう)だ。若 者が全国から集まってくる。その口癖が「自分で考えなはれ」 「学校の先生やない」だった そうだ。 ▼例えば「納屋を掃除せい」と命じる。それしか言わない。しかし、納屋には門外不出の 図面が置いてある。掃除命令には図面を見て勉強していいぞという意味もあった。あるい はかんなくずを 1 枚渡す。受け取った方は窓に張り、同じくらい美しいくずになるまで、 かんなを研いで木を削り、をひたすら繰り返す。 ▼先ごろ奈良・薬師寺であった西岡の思い出を語る会で、そんなこんなの話を聞いた。少々 偏屈な職人気質の魅力にもひかれたが、改めて時間の流れの違いを思った。 「これからの 1 年間は、テレビラジオ新聞いっさいいかん。刃物の研ぎだけせい」なんて、もはやどこで も聞けないだろう。 ▼薬師寺には西岡が再建した西塔がある。対の東塔は 1300 年前にできた建物だ。西塔が完 成したとき、棟梁はちっとも喜ばなかった。何百年かたたないことには、いいも悪いも言 いようがないからだという。この秋、時間がいつにもましてあわただしく流れている。た まには、別の時の流れに浸ってみるのもいい。 春秋(10/31) 「いいかげんな男というのは、ほんとに一生懸命やらないと、いいかげんに見えなくな ってくるんですよ」。いいかげんな男を演じて右に出る者のなかった植木等さんの述懐であ る。各国の政治家の姿を見て、この言葉を思い出した。 ▼「頼れる男は、ほんとに一生懸命やらないと、頼れる男に見えない」。政治ではこう言い 換えられようか。まして金融危機の渦中だ。リーダーの資格ありと思われ続けなければ、 リーダーは務まらない。優劣が見えてきた米大統領選には、危機の源にいながら頼れる男 を演じられないブッシュ大統領が影を落とす。 ▼一方、緊急サミットを呼びかけたフランスのサルコジ大統領は自信満々の風情だ。英国 のブラウン首相も、財務相経験がものをいって株を上げている。7 月に洞爺湖に集まった 時、米仏英の首脳は支持率 20―30%台の体たらくだった。危機が、サルコジ、ブラウン両 氏に格好の舞台をお膳立てした形になった。 ▼洞爺湖にはもう 1 人、低支持率にあえぐ首脳がいた。G8サミット議長だったその人が 舞台を去り、すわ選挙近し、のはずが、そうではないらしい。麻生太郎首相はきのう「100 年に 1 度の金融災害だ。生活の安全保障を最優先にする」と見えを切った。問題は、国民 の目に頼れるリーダーと映ったかどうかである。 春秋(11/6) 4人の若者が軽食用のカウンター席に腰を下ろした。黒人の大学生である。しかしそこ は白人専用のいすだった。注文したコーヒーも供されず、罵声(ばせい)が飛んでつばを 吐きかけられた。それでも4人はじっと耐え、教科書を読みふけった。 ▼1960 年2月、米国ノースカロライナ州のグリーンズボロという町での出来事だ。差別に 挑んだ彼らの行動は各地に広がり、公民権運動の象徴となる。奴隷制の廃止以降も無残に 虐げられ、しばしば命さえ奪われてきた不条理の歴史。人種を隔てる座席への怒りは壮大 な闘いを呼び起こして合衆国の姿を変えた。 ▼その国で最後まで白人が占めてきた大統領のいすに、初めてアフリカ系のバラク・オバ マ氏が座ることになった。州知事や市長、そして閣僚の座にも隔てがなくなって久しいが、 やはりオバマ氏の鮮やかな勝利を見れば時代のうねりを感じずにはいられない。公民権運 動が半世紀後にたどり着いた頂点でもあろう。 ▼「私には夢がある」。かつてマーチン・ルーサー・キング牧師は演説でこう繰り返した。 「それはいつの日か、私の幼い子どもたちが肌の色によってではなく、人格そのものによ って評価される国に住めるようになることだ」。夢を実らせた 47 歳の指導者に、これから どんな評価が待ち受けているのだろうか。 春秋(12/19) 絶対王制全盛期のフランスに君臨した太陽王ルイ 14 世は「朕(ちん)は国家なり」と豪 語した。という証拠はどこにもないそうだ。しかし、いかにももっともらしい。それっぽ い偉人をサクラにして発言を創作する。そんな「名言」も歴史に残るという例にはなろう。 ▼サクラにひっかかったわけでもないだろうが、 「鉄は国家なり」に始まり「××は国家な り」なる言い回しが日本は好きだ。××は世につれ自動車になりITになり。金融に資格 ありと思われたこともあった。今その自負を持つものは、とは問うまい。ただ、時代を貫 いて××に入るべき言葉がある。教育である。 ▼国家が教育を管理しろということではない。国を支えるのは人。その人をつくるのだか らあだやおろそかにすべからず、の趣旨である。きのう政府の教育再生懇談会が第 2 次報 告を出した。教科書の質量の充実が眼目だという。とくに国語、理科、英語はページ数を 2 倍にと提言している。 ▼軽薄から重厚へ。さて効果はあるか。福沢諭吉は「如何(いか)に完全のものを用ふる も、書籍の力に由て生徒を導かんとするが如きは、到底人力に及ばず」と、教科書への過 ぎた期待を戒めた。 「 朕は――」をルイ 14 世の言葉と断じる高校の教科書はたくさんある。 教科書だけで「教育こそ国家なり」は実践できない。 2008 天声人語 〈教育とは、学校で習ったすべてを忘れたあとに残るものをいう〉。アインシュタインの言 葉だ。学校教育の「頼りがい」は常に問われてきた。教師は不本意だろうが、答えの一つ が教育産業の隆盛である▼東京都杉並区の区立中学校が、大手進学塾の講師を招いた夜間 授業を計画した。夜の教室を使い、正規料金の半額ほどで塾の指導を受けられる工夫だ。 民間出身の校長の発案で、2年生19人が受講を希望していた▼ところが、きょう予定さ れていた初の授業は、東京都教育委員会の指導で先延ばしされる。生徒全員が出られない /特定業者に教室を供する/教材づくりに教員がかかわる――の3点に疑義があるという ▼授業の理解を助けるための補習は別にあり、夜間塾は「できる子を伸ばす」試みといえ る。週3日で1万8000円の月謝を出せない家もあろう。一方、少子化に悩む塾にはそ れなりの商魂があるはずで、教室で営業されるという心配も分かる▼だが教師の過労が言 われる中、公教育の建前を並べるだけでは、学力をめぐる保護者の焦りは消えない。お金 のかかる私立校や塾が現にあるのだから、ここは塾に行けない子への福音と考えたい。先 人の言葉を続ければ〈まずはやってみなはれ〉 (西堀栄三郎)だ▼杉並区教委と学校側は「疑 義を晴らして始めたい」としている。国の将来がかかる人づくりで、公と私をことさら分 断しても無益だ。官民の知恵を合わせ、教育現場にようやく顔を出した試行錯誤の芽であ る。どう伸びるか、全国が見ている。 2008 年 01 月 09 日(水曜日)付 かつて本紙に連載された4コマ漫画の「フジ三太郎」は、万年ヒラ社員だった。やっと 昇進話があったが、ポストには空きがない。上司から「係長一応補佐仮代理」なる名ばか りの肩書を内示されて悲憤する。そんな場面があった▼「肩書が長くなるほど、仕事の重 要性は減る」と皮肉ったのは誰だったか。その点、 「店長」なら、きっぱりした肩書だ。と ころが名に伴う権限はなく、そのくせ管理職と見なされて、残業代は支払われないとしよ う。ヒラの方がまだましだと、三太郎も尻をまくるに違いない▼そうした名ばかりの「偽 装管理職」が、外食やコンビニなどに広がっている。管理職は、労働基準法で残業代や休 日手当の対象外とされる。ただ働きだから、経営側にとっては辞令一枚で人件費抑制策に なる▼日本マクドナルドの店長(46)が、それを違法だと訴えた。判決は主張を認め、 会社側に残業代など約750万円の支払いを命じた。休日なし、残業137時間の月もあ ったそうだ。過労死が危ぶまれるラインをとうに超えている▼胃袋と足が言い争うイソッ プの寓話(ぐうわ)がある。 「うまいものは胃袋が食うが、俺(おれ)なしには動けやしな い」と足が不平を鳴らす。胃袋の方は、 「私が栄養をあげなければ、お前はくたばる」と譲 らない▼胃袋の言い分は、いまなら企業のそれに近い。せっせと働いて会社をもうけさせ れば、おのずと栄養は社員にまわる。一方の理ではあろう。だが働く者の人間性を脅かす ような偽装がはびこるようでは、その理もむなしい。 2008 年 01 月 30 日(水曜日)付 「似て非なるものを憎む」は中国の孔子の言葉とされる。畑に生えて穀物を害する雑草は、 穀物の苗によく似ている。うわべだけの似非(えせ)君子がはびこっては道徳を損なう―― と弟子に憤りを語ったそうだ▼相撲部屋という「畑」にも、けいこにまじって、暴力とい う「似て非なる雑草」がはびこっていた。時津風部屋の若手力士、斉藤俊さんが急死した 事件で、当時の親方と兄弟子3人が逮捕された。だが、 「この部屋だけか」という疑念がぬ ぐえない▼兄弟子らは斉藤さんを鉄砲柱に縛りつけた。平手で何十発もはたき、木の棒で 激しく打ち据えたという。さらに30分におよぶ「ぶつかりげいこ」で土俵に倒しては、 金属バットで殴ったりした。斉藤さんはぐったりとなった▼土俵はむろん、鉄砲柱も修練 を積むための設備である。神聖をうたう場での集団暴行は、穀物の畑に、雑草が堂々と茂 っているさまを思わせる。 「かわいがり」という隠語は、旧弊を大目に見る、あうんの了解 にも聞こえる▼戦前に玉錦という名横綱がいた。小兵ながら猛げいこではい上がった。生 傷が絶えず、絆創膏(ばんそうこう)だらけの姿は「ボロ錦」と呼ばれた。当時のけいこ は荒く、厳しさもひとしおだったらしい▼そのさまは文壇きっての角界通だった舟橋聖一 の『相撲記』に詳しい。要領をおぼえて体を楽にさせる者は大成しない、と作家は言って いる。だが耐えるのは「けいこ」であって「暴力」ではあるまい。角界をあげて似て非な るものを絶つ決意こそ、無念の死へのつぐないである。 2008 年 02 月 09 日(土曜日)付 「少年よ大志を抱け」のクラーク博士が札幌農学校の開校にあたって着任すると、細かい 校則ができていた。博士は「規則で人は育てられない」と言い、 「ビー・ジェントルマン(紳 士たれ)だけで十分だ」と校則を廃したという▼元気ざかりの生徒である。不始末もあっ たようだ。だが、博士は「何をしていいか、だめか、自分で考えて判断する」よう求めた。 10代後半の少年らを「大人」として遇したということだろう▼いまなら何歳をもって大 人とすべきか。民法では明治半ばから「20歳」とされている。一世紀ぶりに年齢を引き 下げる是非を、鳩山法相が法制審議会に諮問した。憲法改正を問う国民投票法が、18歳 で投票できると定めたのがきっかけである▼「大人とは」の定義は多彩だ。 「20歳」は明 治の平均寿命や、精神的成熟度からはじいたそうだ。いまや寿命は大きく延びた。つられ てか、物心ともに親がかりの歳月も延びている。30歳までは未成年、という声も聞こえ てくる▼「大人とは」に続けて、「裏切られた青年の姿」と言ったのは太宰治である(『津 軽』)。人はあてにならない。太宰によれば、その発見こそが、青年が大人になるための必 修科目らしい。賛否は置き、人は人にもまれて大人になるのに違いない▼とはいえ「紳士 たれ」だけで己を律する自信はなく、裏切られての溜(た)め息も御免こうむりたい。年 を重ねても、 「大人」たることは容易ではない。その大人が若い世代の「大人年齢」を審議 する。思えばなかなかの難役である。 2008 年 02 月 14 日(木曜日)付 「人間を動かす二つのテコは恐怖と利益である」(ナポレオン)。この二つで人と歴史を動 かした男の実感だろう。では、老革命家を内から動かしたのはどちらのテコなのか▼キュ ーバのカストロ国家評議会議長(81)が、国家元首を退く。 「心理的にも政治的にも、私 の不在に備えるのが義務だ」と。権力ではどうにもならない高齢と病気。その現実に押さ れての決断だ▼20世紀半ばのキューバは、砂糖などの基幹産業を米国資本が握る半植民 地だった。怒れる青年弁護士カストロは武力蜂起に失敗し、亡命先のメキシコで盟友ゲバ ラと出会う。同志82人が中古のヨットで母国に潜入して以来、半世紀も国を率い、米国 をいら立たせた▼カリスマ指導者の「引退」は、自由な報道と野党のない国では珍しい。 うかつに権力を手放せば、政敵や民衆の反撃に遭うかもしれない。地位だけが今日の利益 を生み、明日の恐怖を退ける。だが、こうして「内なるテコ」がいつまでも働かず、歴史 のハンマーに葬られた者は多い▼ナポレオンは暗殺を恐れ、ひげは自分でそっていたと伝 わる。自らも恐怖に動かされていたわけだ。それでも武運は尽き、島に流され、造らせた 凱旋門を棺(ひつぎ)で抜けることになった▼並外れた権力者は、並外れて孤独だ。どう かすると側近や親族さえも信じられなくなる。カストロ氏は幸せにも、弟に譲るらしい。 そして、自身は「一兵卒として戦い続ける」そうだ。 「恐怖と利益」を吟味し、それだけが 最晩年を安らかに過ごす道だと判断したのだろう。 2008 年 02 月 21 日(木曜日)付 「アダムとイブの国籍は我が国である」という小話が、かつてのソ連にあった。 「裸で暮ら し、一つのリンゴを分け合い、それでいて天国の住人と信じている」(『世界のジョーク・ 警句集』自由国民社)▼ソ連が消えて17年、ロシアの衣食住は自虐話を懐かしめる程度 には向上した。 「米国製の車は世界最速だが、ソ連では世界で最も速く動く時計が生産され ている」(同)の一編も今は昔。行きつ戻りつ、「まともな大国」への歩みは続くと思いた い▼5月にロシア大統領になるメドベージェフ氏はまだ42歳だ。米国大統領の座に迫る オバマ氏より、さらに4歳若い。自分より下の世代が世界を動かすのかと、流れ去った時 をかみしめた▼もっとも、55歳のプーチン氏も首相として政権にとどまるらしい。これ を、2人こぎ自転車に例えて「タンデム体制」と呼ぶそうだ。危なげな一輪車を8年乗り こなした後部座席の先輩が、ハンドルにも手を伸ばすのだろう▼強権で築いた安定と、原 油高がもたらす繁栄。その陰で、万事に国家が介入し始め、大統領選も退屈な官製ショー の趣だった。安定と繁栄の両輪は、自由の風なしには心地よく回らない。自由の音、ロッ クが好きという新大統領にかじ取りも任せてみたい▼友人にタンデムを愛する夫婦がいる。 普段は夫を尻に敷く妻が、ひとたび緑の愛車にまたがれば後席でペダルを踏むことに徹す る。重くて小回りが利かず、速度が出るタンデムは倒れた時こそ怖い。前が見えない後席 で、余計なことはしないに限る。 2008 年 03 月 04 日(火曜日)付 蛇の頭と尻尾(しっぽ)が争う、古い寓話(ぐうわ)がある。いつも頭の行く所へ付いて 行かなくてはならない尻尾は、不満たらたら。天に向かって「私は頭のお付きじゃない」 と訴え、たまには先を歩かせてほしいと頼む▼天は訴えを聞き入れるが、そのため蛇はあ っちにぶつかり、こっちにつまずいて、地獄の川へと向かっていく。頭と尻尾が張り合っ て蛇が迷走するさまが、衆参両院の「ねじれ」に、つい重なってしまう▼いまは日本銀行 の総裁人事が迷走している。日銀は通貨の元締だ。 「物価の番人」とも呼ばれ、金利を調整 して暮らしの安定に大役を担う。総裁は政治から独立した司令塔であり、外に向けては日 本の金融政策の「顔」となる▼政府は、副総裁の武藤敏郎氏を提案した。参院で多数の民 主党は、かたくなに反対の構えだ。この人事が流れれば、総裁不在という異例の事態にな るという。そうなれば市場が動揺する。株価急落も案じられると聞けば、わが経済オンチ の頭でも職の重みの見当はつく▼「不在は許されない」と言いつつ、自民は自民で、予算 案などの採決を衆院で強行した。そうして民主が燃やす反対の炎に、わざわざ油を注いだ。 「蛇の胴体」ともいえる国民に分かりづらい、頭と尻尾の政争が、このところ多すぎはし ないか▼蛇の頭と尾の話は、ラ・フォンテーヌの『寓話』 (岩波文庫)に登場する。短い話 は、 〈こういうあやまちに陥った国家こそ不幸〉と結ばれている。国民を冷たい川に落とす ことのない、実のある「ねじれ」であってほしい。 2008 年 03 月 11 日(火曜日)付 「信なくば立たず」は孔子の言葉である。政治が民衆の信を失えば世の中は崩れる。ずば りと突くだけに座右の銘にする政治家は多く、元首相の三木武夫氏は好んで色紙に揮毫(き ごう)した。小泉純一郎元首相もよく口にした▼食糧よりも軍備よりも、治世に大切なの は「信」だと孔子は言ったそうだ。その「信」がやせ細り、立つ瀬もなくなった政治のさ まが、本紙の世論調査で浮かび上がった。政治家を「信用している」という人は18%し かいなかった▼うち17%は「ある程度は」という留保つきだ。きっぱり信を置く人がた った1%とは、乱世を生きた孔子先生もあきれ顔だろう。そればかりか官僚への信用度も、 政治家と同じ数字に沈んだ。政と官。 「公」の屋台骨を支える両者が、枕を並べて討ち死に の体である▼政官のやることなすことが、失望を招いてきた。大きいのはやはり年金か。 「最後のお一人まで」と見えを切った前首相はとうに去り、懺悔(ざんげ)や謝罪は風の 便りにも届かない。信じなければ欺かれることはない。むなしい処世を政治が広めたとし たら、罪なことである▼言葉を弾丸にたとえるなら、信用は火薬だと、作家の徳富蘆花(ろ か)は書いている。火薬がなければ弾は通らない。つまり相手に届かない、と。福田首相 は日々に火薬を減らすのか、 「他人事(ひとごと)節」は、ますます遠い声になる▼かつて 当たらないものの代名詞だった天気予報は、同じ調査で94%の信用を勝ち得ていた。雨 のち晴れ。国民も本心では、こんな展開を政治に待ち望んでいるはずだ。 2008 年 03 月 25 日(火曜日)付 桜前線が、ヒバリの初鳴きが、南から北へ春をつなぐ。命のリレーを見る季節に、命をめ ぐる言葉が聞こえてくる。厳しい病と向き合う先生から、卒業生へのはなむけである▼大 阪府吹田市の元教育長、延地(のべち)和子さん(62)が「最後の授業」をした、と小 紙の大阪本社版が伝えている。かつて校長を務めた中学の3年生に語ったのは、荒れる生 徒を相手に体を張った思い出、若くして先立った一人娘への愛惜、病身を支えてくれる人々 のぬくもり▼副腎皮質のがんが広がり、残された時間は多くない。 「私の命がなくなったと き、聞いてくれた人の胸に灯(ともしび)が残れば、私は第二の人生を生きられる」。目を 真っ赤にした生徒が、まっすぐに先生を見ていた▼再発した乳がんと闘う大分県の山田泉 さん(49)は、昨春に退職するまで共に過ごした中学3年生を家に招いた。学年全員で 9人。「このメンバーで会うのは最後かもね」と言い、「いのちの授業」の総仕上げを始め た▼この1年、各地の学校に招かれて出前授業を続けた。行く先々で、がんを病む子らと 出会い、語り合ったことを、9人に話した。 「隣のベッドの子と仲良くなっても、突然別れ がくる。そういう体験ときつい治療を乗り越えて、1秒1秒を大事に生きるあの子たちか ら、私は勇気をもらった」▼漱石の『草枕』に、空に鳴き上がる春のヒバリが描かれてい る。昇りつめて姿が雲に消えても、声は空に残っている、と。2人の先生の声もきっと、 巣立つ生徒の胸に、響きながら残ることだろう。 2008 年 03 月 27 日(木曜日)付 米国で封切られたチャプリンの「殺人狂時代」 (47年)は散々だった。宗教界や在郷軍人 会が「倫理に反する」 「共産党シンパだ」と映画館に圧力をかけたためだ。ほどなく赤狩り の嵐に覆われるこの国は、彼を「追放」する▼20年後、チャプリンは再び米国の地を踏 んだ。アカデミー特別名誉賞の授賞式である。それは希代の映画人と、表現の自由を守れ なかったハリウッドの謝罪にほかならない▼中国人監督のドキュメンタリー映画「靖国」 を上映するはずだった五つの映画館が、中止を決めた。不測の事態を警戒しての結論だと いう。終戦記念日の参拝風景などを撮った作品は素材提供に近いが、国会議員向けの試写 会が開かれ、政治色を帯びた▼右翼の抗議を怖がり、日教組の集会を拒んだホテルと同様、 あるいはそれ以上に、メディアの一翼を担う映画館の萎縮(いしゅく)は深刻だ。あらゆ る表現や言論、批判が出会うべき場が、近所迷惑になるからと自ら幕を下ろしては議論さ え始まらない▼面倒はいやだと縮こまる。ネットで匿名の中傷を浴びせる。そんな風潮を 含めて、時代の空気は少しずつ危うくなっている。一人、また一人と嫌がらせに譲れば、 筋を通す者に街宣車が群がるだろう。勇気ある者をどう支えるか。メディアの端くれとし て、ここは踏ん張りどころと肝に銘じたい▼靖国の桜はきのうも満開だった。北風に花び らが舞うが、多くは揺れる枝にしがみついている。花見の名所の木々らしく、週末までは 散るまいという意地なのか。風に負けてはならない時がある。 2008 年 04 月 02 日(水曜日)付 1年で50キロ減量した評論家の岡田斗司夫さんは『いつまでもデブと思うなよ』 (新潮新 書)で、太ければ太っている分だけ損をすると言い切る。見た目で不当に評価されたくな ければ、やせる努力をという旨だ。周りの視線を力に転じ、己を変えよと▼今月から始ま ったメタボリック症候群の健診制度も、そこを狙っているふしがある。わが身に測られた くない場所は多々あるが、その一つ、腹回りの測定が40歳以上に義務づけられた。顔を 赤らめ、巻き尺を引き絞ってもらったところで、男のメタボ基準とされる85センチは遠 い▼さらに血圧などが一定値を超せばメタボと判定され、専門家の指導を仰ぐ。内臓脂肪 が引き起こす病の怖さは知りながら、健診の苦手科目がまた増えたと浮かぬ顔も多いので はないか▼新制度いわく。膨れた医療費を削るには膨れた腹を削るべし。だが、着衣のま まや、自分で測ってもいいらしいと聞けば、そもそも腹が本当に決め手なのか疑いたくも なる。国公認の「準病人」を増やし、医療ビジネスが肥えるだけ、との見方もあるようだ ▼「腹回り絶対主義」に異を唱える医師、鎌田實さんは、肥満と正常の境目の「ちょい太」 がよろしいと、うれしいことを言う。170センチなら75キロあたりが「ちょい」だと か▼メタボの響きは情けなく、肥満の森で途方に暮れる様は「迷太暮」とでも当てたくな る。あげくに国策で腹をさらし、恥をさらす。それを減量の糧にしようがしまいが、体は 自ら律するしかない。まずは「ちょい」に向かってぼちぼちいくか。 2008 年 04 月 08 日(火曜日)付 劇作家の島村抱月が「スペインかぜ」で急逝するのは1918(大正7)年の秋だ。相愛 の女優、松井須磨子は2カ月後に自ら後を追い、劇中歌「ゴンドラの唄」の詞〈いのち短 し恋せよ少女(おとめ)〉を地でいく。大正ロマンに影をさすこの病は、日本だけで40万 人の命を奪った▼90年前と同様、鳥インフルエンザが人から人にもうつり始め、免疫の ない人類に大流行――。これが今語られる新型インフルの恐怖だ。国内で数十万人が亡く なると心配される新型ウイルスへの備えが、いよいよ動き出す▼感染の危険に身をさらす 医師や検疫官ら6千人へのワクチン接種が、世界に先駆け年内にも始まるという。副作用 がないと確認されれば、他の医師、看護師、警察官や国会議員ら「社会機能の維持にかか わる」1千万人への接種も考える▼国が備蓄する2千万人分のワクチンは、鳥インフルの ウイルスから作った「大流行前ワクチン」で、未知の新型に効く保証はない。新型が出現 したら、それをもとに全国民分を大急ぎでそろえるしかない▼感染症でも地震でも、今見 えぬ敵に備えるのは難しい。恐ろしげな数字が独り歩きし、逃げ場のない人々は焦るか、 思考停止に陥りかねない。右にパニックの谷、左に絶望の淵(ふち)。間の細道で「国家の 総合力」が試される▼政府の意識調査によると、国を愛する気持ちが他より強いと答えた 人が57%もいた。77年にこの質問を始めて以来の記録という。そういう民であればこ そ、国は人事を尽くして守らねばならない。「愛される者」の務めである。 2008 年 04 月 17 日(木曜日)付 「働けないのなら去れ、というのが上司の考えです」。うつを発症した大企業の社員(38) の言葉だ。自身もこの病と闘う上野玲さんが『日本人だからうつになる』 (中公新書ラクレ) で触れている。うつ多発の陰には日本的な「頑張れ精神」と、個を重んじない「村社会」 があると上野さんは見る▼仕事上のストレスから心を病む人が絶えない。07年度、精神 を患って労災と認められた人は、30代を中心に268人。うち、未遂を含む過労自殺が 81人を数えた。ともに過去最多だ▼成長期には、社員の頑張りが会社を大きくし、皆を 幸せにした。いまや競争と成果主義が職場を支配し、空気はとげとげしい。派遣やパート が増やされ、正社員の負担は重くなるばかりだ。時に頑張りという名のサービスだった残 業は、過労と非効率のシンボルになった▼トヨタ自動車は、現場の知恵を吸い上げるQC (品質管理)サークル活動に対し、6月から残業代を丸々出すという。会社側は社員の自 主活動としていたが、過労死訴訟で「業務」とする判決が確定、見直しを決めた▼日本マ クドナルドも8月から、直営店の店長らに残業代を払い始める。残業代なしで遅くまで働 く「名ばかり管理職」への批判に応えた形だ。同時に、店長手当をなくすなどして人件費 を増やさぬ策も講じた▼タダ働きが減れば、会社は次の手を迫られる。残業代を抑えるに は、新採用で人手不足を埋めるか、商いを身の丈に戻すしかない。何もせず、 「残業代を減 らせ」と号令をかけるばかりでは、病の巣は残る。 2008 年 05 月 26 日(月曜日)付 波が逆巻き、大地が揺れ、大きな災害がアジアを襲った。苦難の中から立ち上がろうとす る人々がいる。復興への願いをこめて、悲しみをくぐり抜けて輝く5月の言葉から▼兵庫 県の長岡照子さん(82)は阪神大震災で弟を亡くした。体験と防災の「語り部」を続け ている。「話すのは、今だってつらいんよ。でも同じ思いをしてほしくないから話すんよ。 経験者が伝えて被害を小さくできるなら、それでええやないの」▼北京で秋にパラリンピ ックがある。車いすバスケットの選手、福島県の増子恵美さん(37)は交通事故で19 ∼21歳を病院で送った。 「運命に逆らわず、ぼちぼち歩み、進化していきたい。失った青 春時代を今、埋められている気がします」。日本女子チームの司令塔を務める▼アフリカ ・ ウガンダの孤児らの「聖歌隊」が名古屋市などで公演した。空腹に泣き、一日中土を掘っ て食べ物を探したような子どもたち。 「 希望のないところから希望を見いだしてきた物語が 一人ひとりにある」と実行委の清家弘久さん(48)。澄んだ歌声に拍手がわいた▼ひきこ もりの人の共同作業所が和歌山市にある。事務局長の永井契嗣さん(36)は、自身、7 年のひきこもりから立ち直った。 「人はたくさん失敗し、たくさん成功もする。どっちにし ても大したことはない、自分は自分だと思えるようになる」▼「きっと誰かが助けてくれ ると思った」と中国の被災地から、200時間ぶりに救出された98歳の女性の声が届く。 誰かを信じることは、かくも強い命のささえかと思う。 2008 年 05 月 31 日(土曜日)付 ものごとが判然とせず曖昧(あいまい)なさまを混沌(こんとん)と言う。もとは中国の 古典『荘子』に出てくる、のっぺらぼうの帝王のことだ。あるとき混沌は、よその帝王2 人を招いてもてなした。2人は返礼を相談する▼「人の顔には七つの穴があって、見聞き し、食べ、息をする。混沌にはそれがないから、お礼に開けてやろう」。そして目、鼻、口 ……と穴をあけると混沌は死んでしまった。曖昧は曖昧のままに、と教える話である▼サ ミットの議長を務めた福田首相も、きりりと目鼻をつけたかっただろう。焦点だった温室 効果ガス削減のことだ。2050年までの半減を、世界の目標にしようと呼びかけた。だ が、主要8カ国の負う責任は曖昧さに包んだ▼中国やインドを加えた宣言では「50年ま でに半減」の文言も消えた。とはいえ無理に目鼻を描こうとすれば、会議そのものを『荘 子』の混沌のように葬りかねない。曖昧さを残すことで米国をなだめすかし、新興諸国を 引き込もうと努めたのだろう▼かくして3日間の会合は終わり、サミットというカンバス に、 「温暖化対策」の絵は描かれた。傑作なのか、凡作か、それとも駄作なのかは分かりに くい。いずれにしても抽象画である。首相は自画自賛の様子だが、さて42年の後にどう 評価されるだろう▼ところで冒頭の、のっぺらぼうの混沌は「ありのままの自然」の象徴 とも解釈される。つるりと丸い地球を私たちに想像させもする。その自然を、人間の営み が死に追いやる。悲劇を防ぐ取り組みは、いつまでも曖昧ではすまされない。 2008 年 7 月 10 日(木)付 「鬼籍に入(い)る」という言葉がある。その意味を女子大生にたずねたら、 「長男の嫁に なること」と答える者が多かったそうだ。中国文学者の一海知義さんが、人づての話とし て『漢語四方山(よもやま)話』 (岩波書店)に書いている▼この珍解答には腹を抱える人 も、さて「憮然(ぶぜん)」や「檄(げき)を飛ばす」の意味をご存じだろうか。文化庁の 「国語に関する世論調査」によれば、7割以上が意味を取り違えていたそうだ▼「憮然」 は、失望してぼんやりする様子。 「檄を…」は、自らの主張を広く知らせて同意を得る。そ れが元の意味だ。だが多くが、前者を「腹を立てている様子」、後者を「元気のない者を叱 咤(しっ・た)激励する」と誤って使っていた▼「日本語の乱れ」と嘆く向きもおられよ う。だが、これらはもはや「誤」が「正」になった感がある。 「憮然」から想像するのは仏 頂面であって、失望の顔ではあるまい。歩く人が多くなれば、それが道になっていく▼と はいっても、気になるのはカタカナ語である。多いと感じる人が8割を超す。開化期の文 化人たちは、なだれ込む外国語と格闘し、 「社会」 「個人」 「哲学」…と片っ端から新しい日 本語の服を着せた。いまは裸のまま、ネットに雑誌にカタカナが躍る。席巻ぶりを、4割 の人が「好ましくない」と見ている▼ところで冒頭の「鬼籍に入る」は、人が亡くなるこ とを言う。鬼の字にはもともと、 「人が帰る所」という意味があるそうだ。カタカナ語に虫 食いにされて、美しい日本語がいつか鬼籍に入ることにはならないか。心配である。 2008 年 7 月 26 日(土)付 福田首相は能が好きかどうか知らないが、世阿弥の書いた能楽の秘伝書『花鏡(かきょう)』 に「離見(りけん)の見(けん)」という言葉がある。舞台で舞う自分を見物人として冷静 に眺める、もう一つの目が必要という意味だ▼「自分自身を客観的に見ることができる。 あなたとは違う」と辞任会見で見えを切った福田さんは、だから能役者向きかもしれない。 ならば辞任表明後、記者団の「ぶらさがり取材」に1週間も応じなかった沈黙は、自身の 目にどう映っていたのだろう▼国民に意思を伝える機会を、自らつぶしてきたことになる。 おととい久々に姿を見せ、だんまりの理由を「(自分の発言で)政治の情勢が影響されては いけない」からと述べた。この「政治の情勢」は、翻訳すれば「政局」にほかなるまい▼ つまり「党利によろしい環境」であって、国民のための政治ではない。思惑含みの辞任を 質(ただ)されたくないのだろうが、 「首相」のバトンはまだその手にある。あとは野とな れと、国政への責任を忘れてもらっては困る▼福田さんが総裁に選ばれた時、小欄はやは り世阿弥の『風姿花伝』から一節を引いた。 「たとえ跡取りでも、不器量の者には奥義を伝 えるべからず」。そして増えつつある世襲政治家の志や責任感を案じた。1年たって、不安 は当たったようである▼「一寸先は闇」は何も政界の専売ではない。災害あり、経済不安 あり、国際問題あり。国民生活のいたる所で、あす何が起きるやも知れない。総裁選の祭 りに浮かれず、最後まで褌(ふんどし)を締めてかかるのが、せめてもの奉公だろう。 2008 年 9 月 10 日(水)付 中国の宋代の大詩人、蘇軾(そしょく)は政治家でもあった。直言の癖が災いしてか、た びたび遠方へ流されたりした。詩の一節に「自ら笑う、平生(へいぜい)、口の為(ため) に忙(ぼう)なるを」と記している。 「口がもとで数々の面倒を起こしたのが自分でもおか しい」という意味だと、中国文学の井波律子さんの著書に教わった▼わが政界にも「口の ために忙」な面々が目立っている。直言ならまだしも、失言だから情けない。一昨日は、 就任したばかりの中山国交相が記者会見で「3連発」を放った▼成田空港の整備の遅れに は「ごね得というか戦後教育が悪かった」。観光について「日本は内向きな単一民族」。さ らには「日教組の子どもは成績が悪くても先生になる。だから大分県の学力は低い」。言い たい放題の感がある▼人生いろいろだが、失言にもいろいろある。リップサービスが過ぎ た程度から、不適切な例え、軽率、勉強不足。だが今回のは日ごろの考えが噴き出してき たものだろう。根は深い▼それにしてもと思う。国会論戦などの肝心なメッセージはさっ ぱり胸に届かず、失言や放言、漫談まがいばかり記憶に残る。これは政治家の劣化か。そ れとも政治に娯楽を見いだした我々が、まじめな言葉には打てども響かなくなっているの か▼おりしも、その「政治劇場」の支配人だった小泉元首相が政界引退を表明した。こち らも「自民党をぶっ壊す」に始まり、良くも悪くも「口のために忙」な人だった。小泉流 には毀誉褒貶(きよほうへん)が入り交じるが、資質さえ疑われる中山流は「誉」と「褒」 から程遠い。 2008 年 9 月 27 日(土)付 〈堪忍のなる堪忍は誰もするならぬ堪忍するが堪忍〉は、人生訓をうたう道歌(どうか) の中でもよく知られている。その教えが昨今はあやうい。誰もするはずの堪忍さえできず、 ささいなことで堪忍袋の緒を切らす人が、世代を問わずに増えている▼当節は「キレる」 と表記される。本紙の記事には17年前に初登場し、10年前から急に増えた。キレる人 が増えたから言葉が広まるのか。言葉が広まってキレる人を誘発するのか。いらだつ空気 は世を覆って、募るばかりに感じられる▼そんな社会から、学び舎(や)だけが例外とは いかないらしい。 「子どもの暴力」に手を焼く学校の実情が、文部科学省の調べで浮かび上 がった。感情を抑えられずに暴発する子が、こちらも増えている▼机を投げる(小学校)、 はさみで同級生の背中を刺す(同)、すれ違いざまに肩がぶつかってけんかになる(中学校) ……。いらだちというガスに、他人への非寛容が導火線になって火がつくことが多いよう だ▼先日の本紙で、歌人の俵万智さんが、電車内で耳にした会話を語っていた。誰かとメ ールのやり取りでトラブルがあったらしく、 「そのときばかりは頭に来て、面と向かって電 話したよ」と言っていたそうだ▼電話では「面と向かった」ことにはなるまい。なのにそ う思うほど、メールや仮想空間の浸透で、友達同士が話さずに付き合う世界が広がりつつ あるのだろう。そうした中で自意識ばかり肥大すれば、寛容はますます失われないか。堪 忍袋の緒が細った社会は、子どもにも大人にも生きづらい。 2008 年 11 月 26 日(水)付 「刑事コロンボ」で知られる米国の俳優、ピーター・フォークさん(81)が認知症を患 っていると報じられた。家族を見分けられない状態と聞き、片手を上げて辞去するコート 姿が浮かんだ▼日本でも元女優、南田洋子さん(75)の闘病がテレビで紹介され、大き な反響を呼んだ。夫の長門裕之さん(74)による懸命の介護とともに、老境を控えた身 にはひとごとではない。著名人の余生に起きた異変に、長寿時代の定めを思う▼老人医療 の専門家、フレディ松川さん(62)の近著『フレディの遺言』 (朝日新聞出版)を読んだ。 前半の「遺言」は、自分が認知症になった時を思い、家族やヘルパーへのお願いをあれこ れ連ねたもの。後半は医師として、介護や予防の勘所を説く▼〈私の目をしっかりと見て、 優しい声で話しかけてくれたら、きっとあなたが大好きになります〉 〈 私の心が寂しいとき、 私が若いころに大好きだった曲を聞かせてください〉。温かな挿絵を交えた短文は切なく、 哀(かな)しい▼だがこれらは、記憶がこぼれ始めてからでは伝えられない。約2千人を 看取(みと)った経験が紡ぎ出した、声なき伝言といえる。理解しがたい言動を目の当た りにした時、叱(しか)れば患者はおびえ、症状が高じかねない。逆に優しく接すれば、 軽度に保つこともできるという▼予防では、ぼけたらどうしようとクヨクヨ案じるのが一 番悪いそうだ。先生のお勧めは、友だち、散歩、ありがたいことに活字。活字の朗読はさ らに効果的らしい。ここまで読まれた方はもう一度、大きな声でいかがでしょう。 2008 年 12 月 25 日(木)付 H20 編集手帳 1月25日付 編集手帳 明治天皇が三重県を旅した折、宇治山田町(現伊勢市)で土地の名士を招いて話を聴いた。 1905年(明治38年)の晩秋、真円真珠の養殖に成功して間もない47歳の御木本幸 吉もいた◆天皇の前で述べた言葉を御木本は後年、ひとつ話にして語った。「世界じゅう の女の首を真珠でしめてごらんにいれます」。後ろから知事があわてて服を引っ張ったと いう◆食品業を営む家に生まれたのは1858年(安政5年)1月25日、きょうは生誕 150年にあたる。奔放な野人のようでいて、消費者の心を読むことにも長けていたらし い◆昭和の初め、衆人環視のもとで粗悪品の真珠、約140キロを焼却し、「真珠の火葬」 と話題を呼んだ。時価5万円、背広1着が15円で買えたころである。上質の品のみ販売 することを消費者に伝え、損をして信頼という元を取った◆「芭蕉は歩いてあれだけの棒 杭(句碑)を建てとる。電車を使う貴様は芭蕉の30人前はやれ」と、高浜虚子を叱咤し た人である。売れ残り商品の火葬などに思いも及ばず、表示偽装に走った当節の経営者は 「真珠王」からどんな罵詈雑言を浴びたか分からない◆96歳で亡くなった。「死んだら 神様になって、世界じゅうからドルの賽銭を取ってやる」と語ったこともある。取ってい るかも知れないな、と思わせる人である。 (2008 年 1 月 25 日 01 時 42 分 読売新聞) 〈奇跡〉――新聞はそう報じた。だれもがそうだと思った。愛知県の山間部の池でおぼれ、 心肺停止状態になった同県田原市の会社員玉越立佳さんの長男で3歳の光ちゃんの話◆確 かに奇跡といえる話だが、奇跡と言ってしまっては失礼に当たる人たちがいる。迅速な救 急のリレーと沈着適切な救命治療を施した医療に携わったプロたちとシステム◆それが見 事に機能してこの奇跡をもたらした。事故は今月2日、愛知県設楽町の玉越さんの実家近 くのため池で起きた◆沈んでいた光ちゃんを玉越さんが見つけたが、体温は28度、心肺 停止は10∼30分は続いたとみられる危険な状態だった。救急隊の救命処置、浜松市か ら出動した静岡県のドクターヘリにリレー◆ヘリは70キロ以上離れた静岡市の県立こど も病院へ。東海地区で唯一24時間体制の小児集中治療室のあるこの病院で脳低温療法を 施し、6日に意識が戻り、22日、退院した。人間の力と連携は神の手に近い仕事も成し 遂げる◆救急医療はこうありたいが、一方では受け入れを断るたらい回しの悲劇が続いて いる。 (2008 年 1 月 24 日 14 時 13 分 読売新聞) たで 蓼 は湿地に自生する植物で、独特の辛みを持つ。「蓼食う虫も好き好き」とは、辛い蓼 を食う虫もあるように、人の好みは様々という意味だ◆千曲川が近い長野県立蓼科高校は、 蓼の葉3枚で雪の結晶を囲んだ図案を校章に使う。約4年前に封切られた映画「スウィン グガールズ」は、地方の女子高生がバンドを組み、ジャズ演奏する内容だったが、そのモ デルにもなった◆蓼科高のジャズクラブは、米国ワシントンのポトマック河畔で、3月末 から開かれる全米さくら祭りに出演する。創部10年で海外公演は初めてだ。メンバーは 現役とOGの30人。クラブ顧問の斎藤研郎教諭が指揮する◆ポトマック河畔の桜は、1 912年(明治45年)に、日本から贈られたソメイヨシノの苗木に由来する。ホワイト つぼみ ハウスに近い桜の名所で、日米友好の象徴である。固い 蕾 がほころび始める春も近い。数 千本の桜が咲きそろう◆手持ちの演奏曲は「シング・シング・シング」など幅広いが、 「桜 にちなんだ曲を披露したい」と斎藤教諭は話す。市内のストリートライブで、観光客たち を楽しませることも計画している◆ジャズ発祥の米国での軽快なスウィングは、日米友好 か れ ん の輪を広げるだろう。タデ科の植物に、淡紅色の可憐 な花をつけるサクラタデがある。 サ クラタデガールズ に期待したい。 (2008 年 2 月 25 日 01 時 36 分 読売新聞 日立や東芝の労働組合でつくる電機連合の委員長、中村正武さんが、大学院卒が多い開 発・設計職の働き方や処遇を見直さなければ、日本のものづくりは危うくなると、盛んに 訴えている◆「きつい、きびしい、帰れない」の新しい3Kと言われ、プラス1で「結婚 できない」のKもある。 「 ここが高付加価値を生み出す源泉。多くの人材が集まらなければ、 どんなに産官学の連携を叫んでも世界に対抗できない」というのだ◆中村さんが危機感を 持つのには、大学入学志願者の深刻な工学部離れがある。1990年代前半は60万人以 上いたが、昨春は約27万人にとどまった。文科系と比べて学生生活や就職後の賃金、昇 進に魅力がないからだという指摘がある◆電機連合が作った「理工系離れが進む理由」の 表が興味深い。製品のブラックボックス化で内部構造がわからなくなり、少年期から、も のづくりに触れる機会がない。企業に入ってからは、新技術に追いついていくのが大変だ かな ◆「プロジェクトX」の哀 しさ、という項目もある。このNHKテレビの人気番組には多 くの技術者たちが登場したが、現役を退いた後の「遅すぎる評価」だった◆嘆いていても 改まらない。電機連合は経営側とも協力し、子どもたちを対象に全国展開でものづくり教 室をやろうと準備を進めている。 (2008 年 3 月 2 日 01 時 44 分 読売新聞) へきしょ 度を過ぎた徳は害をなす、と語ったのは伊達政宗である。壁書 (家法)に言う。「仁過 へつらい うそ ぐれば弱くなる/義過ぐれば固くなる/礼過ぐれば 諂 となる/智過ぐれば嘘 をつく/信 はた 過ぐれば損をす」と◆なかでも傍 が迷惑するのは常軌を逸した「義」 (人として行うべき正 しい道)だろう。その人自身は正しいことをしている信念に凝り固まり、反省することも ないから、ときに悪人より始末が悪い◆南極海を航行していた日本の調査捕鯨船が米国の 環境保護団体「シー・シェパード」の船から液体入りの瓶などを100個以上も投げつけ らくさん られた。瓶は割れ、海上保安官など3人が目の痛みを訴えたという◆有機酸の一種、酪酸 と みられ、原液ならば失明の恐れもある危険なものである。国際条約に基づく正当な活動を 暴力で封じる。許しがたい蛮行であり、犯罪行為である◆鯨を保護することが人として正 しい道だと考えるのは自由である。だが、おのが「義」を貫くためならば、違法行為を含 むあらゆる手段が正当化される――そう信じているとすればテロリストと変わらない◆壁 書が教えるように、「仁過ぐれば弱くなる」。彼らもいずれは日本の主張を理解してくれよ うから、ここは穏便に…と、過剰な「仁」は禁物だろう。無法者には法に基づく厳正な捜 査と、処罰があるのみである。 (2008 年 3 月 4 日 02 時 14 分 読売新聞) ふ じ わ らさ ね す け 右大臣の藤原 実資 は知性の人で、賢人と評された。藤原道長の有名な歌「この世をば我が 世とぞ思ふ望月の…」が現代に伝わったのも、実資が日記に書き留めてくれたおかげであ じっき ん しょう る◆賢人らしからぬ挿話も残している。説話集「十訓抄 」によれば、門前を通る美女を屋 敷に抱き入れようとして、通りかかった人に「賢人の御ふるまいか」と非難された。実資 おんなごと は「 女 事 に賢人なし」と言い捨て、門内に消えたという◆その言葉は古今に通じる人生訓 かも知れない。教え子だった女性(20歳代)に交際を強要する脅迫のメールを送った疑 いで、埼玉県にある公立高校の校長(56)が逮捕された◆ある高校で教頭をしていたと き、当時2年生だった被害者と交際がはじまった。昨年春に別れ話を持ち出され、交際を 続けるための脅迫に及んだらしい。 「人を殺すのは平気だよ」等々、この1年間で100回 近くを数えるという◆「女事に賢人なし」とはいえ、女性を苦しませ、生徒を悲しませ、 かな 周囲の人を泣かせ、自身の人生に泥を塗る。あきれる以前に、哀 しみが胸を吹き抜けるよ うな事件である◆いにしえの太政大臣はいざ知らず、心に望むものが、ましてや相手のあ る色恋の欲望が満月のごとく満たされることなど、この世にありはしない。分別盛りの5 6歳が知らぬはずはなかったろうに。 (2008 年 3 月 12 日 01 時 33 分 読売新聞) かぎゅう 〈蝸牛 角上の争い〉―カタツムリの角の上で戦争しているということ。小さな範囲で、つ ぐ う わ まらぬことに互いにこだわるスケールの小さな争いの寓話 で中国の古典「荘子」にある◆ 日本銀行の武藤敏郎副総裁を総裁に昇格させる案が野党多数の参院で否決された。総裁空 席の事態が現実味を増してきた◆こんな事態を続けるなら、争いは〈蝸牛角上〉にも見え てくる。民主党はこの人事を政争の具にしたようにも見える。財務省出身の武藤氏が総裁 では日銀の独立性が保てないという不同意の理由も納得のいくものとは言えない◆任命権 のある内閣の案が立ち往生し、野党の拒否権がまかり通る。このまま日銀総裁空席となれ ば、日本の金融政策は不透明となり日本の政治への不信感も増す◆「荘子」の寓話で賢者 は「宇宙の無窮の広がり」を話し「カタツムリの角の上の争いの愚」を説いた。限りなく 山積する政治の課題を思えば日銀総裁人事の同意、不同意は、蝸牛角上の争いにも似てい る◆与野党双方に大局を見る目を求める。 〈蝸牛…〉では政治不信が募るばかりだ。 (2008 年 3 月 13 日 13 時 59 分 読売新聞) 写真のなかで、10歳くらいの子供が笑っている。いや、笑っていない。その証拠には、 両方のこぶしを握っている。 「人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものではないのであ る」◆太宰治「人間失格」の一節である。愛想笑い、つくり笑いに満ちた大人の世界では、 胸中にこぶしを握りしめて笑うことは、そうめずらしくない。 「目だけは笑っていない」上 司はどこの会社にもいる◆その不思議な機械は愛想笑いやつくり笑いには反応せず、心の 底からおかしい本物の笑いだけを感知するという。関西大学の木村洋二教授(60)が い測定機 笑 を開発した◆横隔膜の周辺に取り付けた感知器を通して、笑うときに筋肉が動 いて生じる電位を測定する仕組みだそうで、笑いの計測単位を木村教授はアッハ(=aH) と名づけている◆身を顧みれば、腹の皮がよじれるほど大笑いした記憶は遠く、苦笑いと 含み笑いの日々である。きっと数値は低いだろう。メタボがどうのと胴回りを意識し、ア ッハはいかにと横隔膜に気を配り、わが腹部もなかなか世話が焼ける◆快活に高笑いをし ながら目だけは笑わない上司に、測定機を付けてみたい方もあろう。 「部長、ゼロaHです よ。ヨッ、人間失格!」とでも口走れば、それこそ笑えぬ結果になるのは見えているから、 ま、やめておくに限る。 (2008 年 3 月 26 日 01 時 45 分 読売新聞) きのうに続いて阿久悠さんのことを書く。が、テーマは一転、野球だ。折しもセンバツの 春。この高校野球大会の大会歌〈今ありて〉は作詞・阿久悠、作曲・谷村新司ではないか ◆今ありて 未来も扉を開く……。阿久さんは昨年8月、70歳で亡くなった。今年のセ ンバツは死後初の大会ということ◆この作詞家は「30年近くも高校野球をほぼ全試合を つづ 見、感動詩を書き綴 っているが、これこそが日本が世界に誇る文化だと思っているからで ある。どこの国に、ハイスクールの生徒の大会に5万人の客を集める競技があるであろう か」と書いた◆敗戦直後の野球少年だった彼は手製のボール、グラブ、バットで遊んだ。 当時を〈ぼくらの野球石器時代〉と呼び、その世代こそ真に野球を信じ、愛した世代と自 負していた◆あの時代があって今がある。その思いが〈今ありて りて 未来も扉を開く 今あ りん 時代も連なり始める〉という大会歌の歌詞に連なっているのだろう◆「凛 とした少 年に会うと、この国の未来を信じたくなる」とも書いた。球春に明るい未来を託したい。 (2008 年 3 月 26 日 13 時 46 分 読売新聞) 「みんなはお前のこと心臓に毛が生えているって言うけど、実際は?」PL時代の女房役 おれ だったキャッチャー・今久留主成幸がたずねたことがあった◆「俺 はちっちゃな自信を積 み重ねているだけ。今日、100メートル10本走ろうと思ったらどんなにしんどくても やる。毎日、腹筋を50回、1年間やると決めたら、たとえ酒を飲みに行く日にもやる」 ◆「ちっちゃな成功体験。ちっちゃな自信。それを重ねて、やり通した達成感が俺の支え になっている」――これがピッチャー・桑田真澄の答えだった◆「だから、これがダメだ ったらしょうがないと思うこともできる」のだ。この話、今月刊行された〈不惑〉 (矢崎良 一著)にある。副題が〈桑田・清原と戦った男たち〉だ◆桑田は4日後の4月1日で40 歳になる。不惑を目前にして引退を発表した。 「燃え尽きた」はいかにも桑田らしい。40 にして惑わず、やることはやったと納得して現役を去る◆15歳の高校1年だった198 3年夏、甲子園を制覇してから25年。背番号18の引退はさびしいが、さわやかな別れ でもある。 (2008 年 3 月 28 日 14 時 26 分 読売新聞) 「この世は無常迅速。その無常の感じは若くてもわかるが、迅速の感じは老年にならぬと わからぬらしい」 (倉田百三・出家とその弟子)◆親鸞が75歳のとき、25歳の弟子に話 さび した言葉だ。時の去りゆく速さと淋 しさ、人生には老年にならないとわからない気持ちが ある。宗教者の達観とは別に、率直に人生を見つめた言葉だ◆75歳といえば、その時の 親鸞は今でいえば〈後期高齢者〉になっていた。こう名付けた役所言葉の作り手はまだそ の年齢の心境のわからぬ若輩であろう◆先日、当欄で紹介した読売歌壇の1首を再録する。 〈後期高齢者といふ新語出づ長生きするは罪のごとくに 日野市・三浦正〉◆新語には人 生の先輩への尊敬や配慮が感じられないと書いたら、賛同の便りが寄せられた。気流欄に も投稿があった。福田首相の一声で通称〈長寿医療制度〉と言い換えが決まった◆さて、 この制度、名称はさておき、中身のわかりにくい不満もある。はたして長寿を心から喜べ る内容か。運用にも十分な配慮を望む。 (2008 年 4 月 3 日 13 時 51 分 読売新聞) か わ うち こ うは ん 作詞家の川内康範 さんは北海道函館市の貧しい寺に生まれている。小学校を出て炭坑など で働き、上京した。血を売って生活の糧とした当時を著書「生涯助ッ人」 (集英社)で回想 している◆手術の血液が足りない患者に血を提供し、家族から5円、7円の謝礼をもらう。 ある日、採血を終えて病院の一室で体を休めていると、隣室で家族の相談する声が聞こえ た。 「お礼をするお金がないよ。どうしよう」◆ふと、故郷にいる母親の顔が浮かんだ。寝 る布団まで質に入れる暮らしの中で、寺に集まる供物を路上生活者などにいつも分かち与 げ た えていた人である。川内さんは足音がしないように下駄 を胸に抱き、はだしで廊下を走っ て病院を立ち去ったという◆〈お前もいつかは世の中の/傘になれよと教えてくれた…〉 (おふくろさん)。歌詞改変をめぐる騒動で森進一さんに見せた過剰とも映る怒りも、人生 の涙と血で書かれたこの歌に思い入れがあってのことだったろう◆晩年まで芸能界を独特 の険しい眼光で見つめて、川内さんが88歳で亡くなった。 「演歌とは人の志を運ぶ舟であ る」と、残された言葉にある。 (2008 年 4 月 8 日 01 時 37 分 読売新聞) 「私は自分が生れたときの光景を見たことがあると言い張っていた」。作家の三島由紀夫は たらい 自伝的小説「仮面の告白」の中でこう述べ、産湯の入った 盥 の中の光景を描き出している ◆にわかには信じ難い話であるが、出生時、あるいは母親の胎内にいた時の人間の記憶に ついては研究もある。産婦人科医の池川明さんは、約1600組の親子にアンケート調査 を実施している◆我が子に胎内記憶が「ある」と回答した保護者は33%にも上った。胎 内に入る前に天空から下界を見下ろし「おかあさんのいるところに決めたんだ」と話す子 もいたという◆こうした「記憶」の多くは、成長と共に失われるという(池川明「赤ちゃ んと話そう!生まれる前からの子育て」学陽書房)。子どもの心の内には、大人にはうかが こんとん い知れない混沌 とした世界が広がっているのだろう◆かつて「七つ前は神のうち」と言わ い け い れていた。子は数えの7歳まで人より神に近い存在とされていた。大人たちは畏敬 の念を もって「神の子」を育て、その日々の成長を大きな喜びとした。 「こどもの日」には、そん な先人の知恵にも思いを寄せたい。 (2008 年 5 月 5 日 01 時 52 分 読売新聞) インターネットはまことに便利な道具だが、同時に悪事をそそのかす魔のツールにもな りやすい。魔力のもとは何よりも<匿名性>だ◆面と向かっては言えないことも、メール なら恥ずかしげもなく言えてしまう。<透明人間>になれば、怖いものなしで、大胆に行 動ができるというものだ◆この悪魔にとりつかれると、抑制がとれて、分別もどこへやら になるらしい。何と「法の番人」の裁判官がストーカー規制法違反容疑で逮捕された。5 5歳の判事が20代の女性裁判所職員にインターネットカフェなどから、しつこくメール を送っていた◆3月には埼玉県で高校の校長が脅迫の疑いで逮捕されている。元教え子の 20代の女性に電話やメールで交際継続を迫っていた◆校長は逮捕の日、卒業式で「現代 社会はインターネットが普及する反面、人と人との直接的コミュニケーションが希薄にな り……」と分析、卒業生に「自覚と責任ある行動を」と訓示していた◆ネットの悪魔は裁 判官をも誘惑してその自覚と責任を失わせた。 (2008 年 5 月 23 日 14 時 01 分 読売新聞) 志賀直哉が山手線の電車にはねられ、重傷を負ったのは1913年(大正2年)の夏であ る。養生に訪れた兵庫県の城崎温泉で死と隣り合う生を見つめ、名作「城の崎にて」を書 はず いた◆「自分は死ぬ筈 だつたのを助かつた、何かが自分を殺さなかつた…」と、その一節 にある。神にであれ、仏にであれ、 何か にであれ、 「生かされている」という自覚は大 て ん と 病を経験した人もときに語るところである◆お天道 さまが見ている。お天道さまに済まな い。昔の人がおそれた「お天道さま」も、 何か だろう。人知を超えたものに「生かさ れている」と感じたとき、いかに生きるべきかについても想をめぐらすことになる◆「自 然のなかに人間の力を超えた何かを感じることがある」。宗教に関する本紙の最新世論調査 で56%の人が答えた。56%「も」とみるか、 「しか」とみるか、感想は人さまざまだろ う◆他人の命をためらいもなく奪ったり、みずから死に急いだり、胸ふさがる世相に触れ るたび、志賀直哉の言う 何か が唇をかみしめている姿が眼底に浮かんでは消える。迷 いながら、 「しか」に1票を投じる。 (2008 年 5 月 31 日 01 時 30 分 〈まあいい、 読売新聞) おれ 俺 の一生を何かの役にたてて見せる ころぶ時があっても〉――武者小 路実篤の〈まあいい〉という詩である◆人生いつも順調にはいかない。病気、過労、仕事 の失敗……さまざまな理由で失意に沈む。そんな時に「まあいい」と考えると、そのうち 心が軽くもなる。 「 そのうち何かの役に」と再挑戦の気力も出るというものだ◆「死にたい、 死にたい」と言っていた人がそれを言わなくなった。なぜと尋ねると「堅い自分が死んで、 がけ 少し柔軟性が出てきた」と答えた◆「崖 の途中で草にしがみつき、何とか上へ登ろうとも がいていたが、思い切って手を離すと草地に軟着陸、そこには新しい世界が広がっていた」 し ょ ほ うせ ん ◆これは河合隼雄著「こころの処方 箋 」にある。だれもが「まあいい」の人、軟着陸でき る人になれればいいが、難しい。昨年1年間の全国の自殺者は3万3093人。3万人以 上が10年連続という現実は深刻だ◆病気、貧困、過重な仕事……そのストレス退治、あ るいは共生を工夫しよう。 (2008 年 6 月 20 日 13 時 41 分 読売新聞) 月光仮面は控えめな人である。〈正義の味方よ善い人よ…〉。正義に味方はしても「我こそ は正義だ」とは言わない◆「われわれ凡俗は正義そのものになれっこないから、せめて正 義の手助けをしよう、と」。今年4月に88歳で死去した生みの親、川内康範さんは回想録 で語っている。 「我こそは」の正義に酔う危うさを知っていたのだろう◆環境保護団体「グ リーンピース・ジャパン」の幹部ら2人が窃盗などの容疑で逮捕された。調査捕鯨船の乗 にら 組員がクジラ肉を横領していると睨 み、証拠立てるべく、乗組員が自宅に送った肉を宅配 便会社から持ち去った疑いである◆横領を告発する目的は「善」だから、不法な手段には 目をつむれ。その言い分が通れば、誰かを拉致、監禁、脅迫して犯罪行為を自白させるこ とも許されるだろう。ついでながら、横領容疑で告発された乗組員は「嫌疑なし」で不起 訴とな り、 独り よが りの 正義 は空 振り に終 わっ ている ◆月 光仮 面の 名は 奈良 ・薬 師寺の がっこうぼさつ じ 月光菩薩 に由来する。薬師如来の脇に侍 した仏さまである。 「 我こそは」の人々も脇に一歩、 身を控える謙虚さを学んでいい。 (2008 年 6 月 21 日 01 時 44 分 読売新聞) 表具職人の栄二は男前で頭が切れ、腕もいいが、やや言動に難がある。年配の与平が諭し た。 「どんなに賢くっても、にんげん自分の背中を見ることはできないんだからね」◆山本 周五郎の小説「さぶ」の一節である。鏡を用いれば背中を見ることができる。世の経営者 かんげん は た ん には、耳に痛い諫言 を聞かせてくれる部下こそが鏡だろう◆経営が破綻 した英会話学校「N さ は し のぞむ OVA」の猿橋 望 元社長(56)が 社員の財産 を横領した疑いで逮捕された。会社の 資金繰りに窮し、社員が給料天引きの形で福利厚生用に積み立てた約3億円を無断で流用 したという◆生徒勧誘の虚偽説明といい、茶室やサウナを備えた常識外れの社長室といい、 周囲をイエスマンで固めたワンマン経営者に、背中を映す鏡はなかったらしい。目端の利 く創業者で広告宣伝に異才を振るったとはいえ、 「どんなに賢くっても…」である◆作家は 12歳で質店に奉公した。山本周五郎という筆名は主人の名前を拝借したという。かけて もらった恩を終生、忘れないようにと。感謝の涙を流させる人、怒りの涙を流させる人、 上に立つ経営者もいろいろである。 (2008 年 6 月 25 日 01 時 47 分 なほ はたらけど 読売新聞) く ら し はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る――石川啄木の歌。明 治43年7月、苦しい生活の続く感慨を詠んだ◆何もかも行末の事みゆるごとき なしみは このか ぬぐ 拭 ひあへずも――貧乏から脱出する見通しはなく、先も知れているという吐息 のような歌も詠んでいる◆こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと 思ふ――そうは思っても、思うにまかせない。今と明治とでは貧困の様相は違っても、 〈は たらけど はたらけど……〉の思いには変わらぬ共感があろう◆今、 〈ワーキングプア〉の 語に啄木の歌のような詩情はないが、平成の〈はたらけど はたらけど〉を代表する◆労 働者派遣法とその規制緩和がこの層を生み出した一因との見方が強い。規制緩和で急成長 した日雇い派遣最大手「グッドウィル」が退場に追い込まれた経過を見よ◆不安定な雇用 形態、低賃金、数々の違法……グッドウィルとは善意、親切の意ではなかったのか。行き 過ぎた緩和を正すのが遅すぎる。 (2008 年 7 月 3 日 13 時 43 分 読売新聞) 日本を代表する発明や発見、というと何が思い浮かぶだろうか。特許庁のロビーに「10 大発明家」のレリーフが飾られている。紹介しよう◆豊田佐吉(木製人力織機)、御木本幸 吉(養殖真珠)、高峰譲吉(アドレナリン)、鈴木梅太郎(ビタミンB1)、杉本京太(邦文 タイプライター)、本多光太郎(KS鋼)、八木秀次(八木アンテナ)、丹羽保次郎(写真電 送方式)、三島徳七(MK磁石鋼)。これで9人◆もう一人は池田菊苗。功績はグルタミン う ま み 酸ナトリウム、というよりも「旨味 調味料」と呼ぶ方がいいだろう。その製造法の特許を 得たのが、ちょうど100年前、1908年7月末のことだった。今や「AJINOMO TO」は世界中で通用する◆いずれも産業の草創期に貢献した。無論、その後に見るべき 発明や発見がなかったわけではなく、改めて10大発明を選べば、違う業績と顔ぶれも考 たんぱくしつ えられよう◆先日、大阪の研究所が新たな蛋白質 を見いだし、日本発のアニメにちなんで、 ピカチュリンと名付けたという。頼もしいことだ。100年後の日本人が思い浮かべる1 0大発明は、さて何だろう。 (2008 年 7 月 27 日 01 時 52 分 「愛語、というものがあります 読売新聞) 相手をやさしく思いやる言葉という意味です」――愛語 とは今の世に一番欠けていて、一番求められている言葉ではないか◆そんなことを思いな がら〈良寛さんの愛語〉という新刊を読んだ。越後の名僧の最晩年の遺墨をやさしい現代 文にした本で、新潟市の考古堂書店が刊行した◆遺墨「愛語」の全文も収録してあるが、 その逐語訳ではない。やはり新潟生まれの作家・新井満さんの自由訳。良寛さんの生涯と 照合しながらのびのびと自由訳を手がけた◆「相手を切りきざむ 憎心ではなく 冷たいナイフのような 相手を抱擁する春風のような愛心……愛心から発せられた愛語を あの人 にそっとかけてあげましょう」◆「愛語には大きな力があります。世の中を変えてしまう ような、時代を変えてしまうような、とてつもない力を秘めています」――遺墨の原文で かいてん 読めば、 「愛語ヨク廻天 ノ力ラアルコトヲ学スベキナリ」だ◆冷たいナイフのような心で事 件を起こした者たちに読ませたい。 (2008 年 7 月 31 日 14 時 05 分 <ソフト 読売新聞) 有終の「金」>――この朝刊1面の見出しに万感の思いが込められている。北 京五輪のソフトボール決勝、日本が常勝アメリカを倒して、優勝した◆ソフトボールは次 回五輪では正式競技から外れる。この決勝が五輪ソフトボールの最後の試合だった。その 最後の試合で勝った。最初で最後の金メダルは、まさに<有終の美>に輝いた◆<有終> とは終わりを全うすること、最後までよく仕上げること。<初めあらざることなし。よく 終わり有ることすくなし>と中国の古典「詩経」にある◆何事でも「初めはともかくもや るが、それを終わりまで全うする者は少ない」ということ。ソフトの日本チームはそれを なしとげた。アトランタからの4大会を4位、銀、銅、金で終えた◆準決勝から3連投の 上野由岐子投手は有終の華と呼ぼう。前日の延長戦2試合318球に加え、決勝は95球 を投げた。計413球、鍛え上げた鉄腕の熱投だった◆<BACK ――ソフトよ、また五輪に帰ってこい。 (2008 年 8 月 22 日 14 時 19 分 読売新聞) SOFTBALL> はんどく 釈迦の弟子、槃特 はのちに悟りをひらいて高僧となったが、若いころは物覚えがわるく、 自分の名前も覚えられなかったという。板切れに書き、背負って歩いた…◆上方落語「八 五郎坊主」では和尚さんがこの伝承を例に引き、何でも忘れてしまう八五郎に修養を説い ている。世の政治家は槃特さんとは違って、人の名前を覚える達人ぞろいと感心していた が、そうでもないらしい◆太田誠一農相の政治団体をめぐる事務所費の不明朗な扱いが明 るみに出た。これから領収書などを精査し、国民にきちんと説明するというが、入閣する 時に済ませておくべきことだろう◆佐田…松岡…赤城…と、安倍政権が短命に終わる一因 をなした 不始末組 の名前をもう忘れていたか。八五郎にあきれた和尚さんのせりふで はないが、 「そう尻から尻から忘れてもろうては、どもならんな」である◆遅ればせながら 高僧に倣い、政治資金でつまずいた閣僚リストを、まあ、板切れを背負うのも大変だから、 紙に書いて背広の下あたりに留めてみるのもいいだろう。留める道具は安全ピンか、粘着 ば ん そう こ う テープか、そう、絆創膏 もある。 (2008 年 8 月 29 日 01 時 49 分 読売新聞) クーベルタン男爵の姉の孫、ジョフリー・ナバセル・ド・クーベルタン氏が語っている。 よみがえ 「大叔父が 蘇 ったら、教育的価値が少ないと言って、五輪廃止に動くかも知れないねえ」 (結城和香子著、オリンピック物語)◆今ならば近代五輪の父は、金メダル至上主義やド ーピング問題に揺れるオリンピックよりも、パラリンピックに力を入れたことだろう。五 輪の行き過ぎた面がこちらには広がらぬよう願いたい◆パラリンピックの礎を築いたグッ い トマン卿は言った。「失ったものを数えてはいけない。残ったものを最大限に活 かそう」。 残酷にも響く、厳しい言葉である。それを真正面で受け止める所から障害者のスポーツは 始まるのだろう。パラリンピックのアスリートたちは、五輪選手以上に観客の心を揺さぶ る◆わが身を眺めてみれば四肢をはじめ失ったものはなく、その幸いを当たり前と思い込 んできた。天賦の才の乏しさを嘆くことに時を費やし、では与えられたものは活かし切っ とも ているのか、と問われれば首を振るしかない◆北京の聖火台に再び火が点 った。本当に見 たいドラマが、これから始まる。 (2008 年 9 月 8 日 01 時 49 分 読売新聞) あや 〈言葉は身の文 〉という。言葉はその人の人柄や品性を表すものということだ。 〈言葉は心 の使い〉ともいう。心に思っていることは自然と言葉に現れるもの◆言葉は大切にしなけ ればならない。政治家ならそのことを十分にわきまえているはずだ。が、その言葉が随分 軽率、乱暴に使われた。わずか5日で大臣の職を辞任した中山成彬氏のこと◆その大切な かみそり 言葉は同時に〈口は剃刀 〉とか〈口の剣〉などともいう。刃物のように人を傷つける凶器 わざわい にもなりうる。使い方を誤れば、自分をも傷つける◆〈口は 禍 のもと、舌は禍の根〉と いうのはそういうことだ。中山氏は辞任後も日教組批判の部分については「確信的にあえ て申し上げた」と撤回していない◆お気の毒だが、あの言葉では確信も思うようには伝わ らない。事実の裏付けと吟味した言葉がなければ、 「確信」も独断偏見と受け取られるだけ と知るべし◆「発言ははなはだ不適切」と麻生首相。 「私も表現のきつい人間ですが、私か ら見てもきついな」と鳩山総務相。 (2008 年 9 月 29 日 14 時 01 分読売新聞) 〈石部金吉〉――物堅く、きまじめ過ぎて融通の利かない人、金銭や女色に迷わされない 人のこと◆石と金と硬いものを並べてつくった擬人名。近ごろ聞かないのは、そういう人 こっけい が少なくなったからだろうか。昔はたくさんいたから、そんな名ができた。江戸の滑稽 本 などでおなじみだ◆江戸といわず、昭和でも使われた。 「家族合わせ」というカードを使う 子供の遊びで、銀行員一家のお父さんは石部金吉だった。江戸なら武士、明治・大正・昭 和なら銀行員が〈石部氏〉の典型◆「新銀行東京」の大でたらめな詐欺事件で「石部は遠 くなりにけり」と思った。銀行を舞台に、行員が金融ブローカーや元暴力団員と暗躍して いた◆甘い審査を巧妙に利用、銀行から融資金を詐取した。融通の利かない〈石部流〉と は遠い。ずさんな審査の融資拡大路線が土台で、融資の金言「貸すも親切、貸さぬも親切」 とは全く別の世界◆石部流とつき合うのも骨だが、石部金吉が死語に近いと、石部氏は今 き ぐ や絶滅危惧 種かと心配にもなる。 (2008 年 10 月 30 日 13 時 59 分 読売新聞) そ う い 古代中国の遊説家、張儀は盗っ人と間違われて傷だらけにされたことがある。満身創痍 の み 身となって「わが舌を視 よ、なお在りや」 (私の舌はまだあるか)と妻に問うた。あると聞 いて、「足れり」(十分だ)と述べたという◆民主主義というものに思いが及ぶたび、史記 の一節が浮かぶ。行政の不手際や不始末で社会が傷を負うこともある。自由に物を言う国 民の「舌」があれば、しかし、治癒に「足れり」と◆世の中をより良く変えていく道具は 発言する「舌」であり、法を見る「目」であり、一票を投じる「指」である。刃物を握る 「手」では断じてない◆厚生労働省の元次官宅が相次いで襲われ、さいたま市では夫妻が 刺殺され、東京・中野では妻が刺されて重傷を負った。年金などで不祥事の続いた厚生行 政に不満を持つ者の仕業かどうかは不明だが、社会そのものに牙をむく許しがたい蛮行で ある◆事件を受けてメディアに求められるものは、政治や行政の批判を手控えることでは なく、批判すべきは節度と責任をもってきちんと批判していく姿勢だろう。わが舌を視よ ――張儀の言葉を胸に繰り返す。 (2008 年 11 月 20 日 01 時 58 分 読売新聞) あだ 〈人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇 は敵なり〉――武田信玄の言葉。江戸初期 の軍学書「甲陽軍鑑」がそう伝えている◆この話、江戸中期には浄瑠璃で「天の時、地の 利は人の和にしかず、人は城、人は石垣……」と語られた。人間管理が巧みだった信玄は 「大事なのは何よりも人間だ」と味方を励ました◆〈内定取り消し〉や〈派遣切り〉 〈期間 従業員・正社員の解雇〉にまで及んできた当節の人員削減など、冷えた雇用状況は「とん でもない話」というだろう◆景気悪化の影響で来春卒業予定の大学生や高校生のうち、先 月25日現在で87社の331人が採用内定を取り消された。社会への入り口で早々に社 会不信を若者に植え付けてしまう◆また10月∼来年3月の半年間に失職したか、職を失 うことが決まっている派遣社員や期間従業員など非正規労働者は3万人に上る。 〈 雇用の調 整弁〉とは悲しくも非人間的に過ぎるネーミング◆人が石垣なら、粗末には扱えない。思 慮もなしに取り外せば城は崩壊する。 (2008 年 12 月 4 日 13 時 58 分 読売新聞) ホンダの創業者、本田宗一郎さんは読書嫌いだった。 「立派なことが書いてある本はどうせ 嘘だから読まない」と。活字文化振興の面からはあまりお薦めできない説だが、百の能書 きよりも一つの実証を大事にした、その人らしい◆亡くなるまで自動車レースの最高峰F 1世界選手権に血をたぎらせたのも、いいクルマ、いいエンジンであることを百の宣伝文 句ではなく一つの勝利によって実証したかったからだろう◆「挑戦する企業精神の象徴」 と自他ともに認めてきたF1から、ホンダが撤退する。金融危機に端を発した景気後退と 自動車販売の不振で、年間500億円にのぼる費用の負担が困難になったという◆「企業 は実力の範囲内で健全な赤字部門を持たねばならない」とは、旭化成で社長、会長を務め かがやき た故・宮崎 輝 氏の言葉だが、ホンダに限らず、自動車業界に限らず、企業精神を支える 「健全な赤字部門」を抱える余力は限界に近づいているのだろう◆「本には過去のことし か書かれていない」と本田語録にある。いかにして生き残るか。企業には、万巻の書物に も答えの見つからない問いがつづく。 (2008 年 12 月 6 日 01 時 44 分 読売新聞) 平成 20 年 余禄 余録:大黒ネズミ 50円のお年玉つき年賀はがきの左上を見ると、大根の上に白ネズミがのっかっている。 その下は大根をかたどった年賀の印だ。なぜ、大根?という方もおいでだろうが、ネズミ が大根を食べているのがミソという▲「だいこんをくうねずみ」→「だいこくうねずみ」 →「だいこくねずみ」。つまり大黒ネズミという縁起のよいデザインなのだそうだ。昔の人 が語呂合わせで考えついたらしいが、いやはや日本人のダジャレ好きもただごとではない ▲ネズミは、袋を背負って右手に小槌(こづち)を持つおなじみの福徳と財宝の神、大黒 天の使いというのが古くからの日本での言い伝えである。だが、この福々しい大黒さまも ずっとルーツをたどればインドの怒りと戦いの神で、その名の通りおどろおどろしい暗黒 神だったというから驚く▲ここまで性格が和らいだのは日本に伝わった後、 「古事記」にネ ズミに助けられる話がある大国主命(おおくにぬしのみこと)と習合したおかげである。 それも「大黒」=「大国」の音のせいという。気難しく物騒な外来神も、日本人の語呂合 わせの才には思わず笑って福々しく変身してしまったようだ▲何しろ大黒さまの使いの年 だから、経済に縁起の悪い年であろうはずがない。十二支ごとに集計した戦後の平均株価 の騰落率をみると子年(ねどし)は4割近い断トツの上昇率を示すそうだ。「ネズミ繁盛」 は東京証券取引所のある兜町の格言になっている▲もっとも年初の市場は、海の向こうか らやって来たサブプライムローン問題にまだまだ振り回される恐れが強いと専門家はいう。 ここは不機嫌な外来の神も笑いと共に福の神に変えてきた日本人の伝統の力で元気を取り 戻したい。 毎日新聞 2008 年 1 月 3 日 0 時 03 分 余録:交通事故死者減少 日本で初めて自動車による死亡事故が起きたのは、1907年のことだ。実業家の大倉 喜七郎が所有する車を工員4人が乗り回し、東海道の平塚付近で電柱に衝突して全員即死 した。当時、東京の自動車登録台数は16台だった▲日本で車が走り始めてから既に8年 たっていたが、警視庁はこの年から、自動車に関する規則を制定して取り締まりに乗り出 す。一定幅以下の道路での走行を禁止し、時速制限も設けた(「警視庁史」明治編)▲日本 のこの100年は、車の持つ利便性と危険性という二面性に社会が振り回されてきた歴史 でもある。警察や行政は、歩道や信号などの設備、法律や取り締まりの強化などハード、 ソフト両面で事故防止に取り組んできたが、なかなか追いつかないのが現状だった▲60 年には、 「交通戦争」の言葉が流行語となる。同年の全国の交通事故死者は1万2000人 を超え、日清戦争での日本人の死者に迫ったことや、交通遺児や後遺症を残す悲惨さによ って、戦争に例えられた。80年代にも「第2次交通戦争」があった▲その交通事故死者 が昨年、54年ぶりに6000人を割った。9月に改正道路交通法が施行されるなど飲酒 運転の厳罰化が進んだことが影響したという。法改正に伴い、役所や企業が飲酒運転をし た者に厳しい処分を科すようになったことも、抑止力となったのだろう▲ただし発生件数 は10年連続で80万件を突破し、負傷者も9年連続で100万人以上を記録しており、 手放しでは喜べない。飲酒運転や危険運転への法的対応や取り締まりをさらに強めてドラ イバーの意識を向上させ、社会全体で封じ込めていくことが必要だ。 毎日新聞 2008 年 1 月 7 日 0 時 17 分 余録:シンクロニシティー たとえば何年も会っていない友だちのことを思い出していると、その人から電話がかか ってくる。こんなとても偶然とは思えない偶然を「シンクロニシティー」ということがあ る。スイスの心理学者ユングが唱えた概念で、日本語では「共時性」と訳される▲ユング はそこに単なる偶然ではない、物事の同時発生の原理を見るのだが、どだい科学的には検 証しようのない話だ。この「シンクロニシティ」をラブソングの題名にした竹内まりやさ んは「素敵な偶然」というサブタイトルをつけている▲ならばこれはいかなるシンクロニ シティーなのだろうか。NHKの記者たちのインサイダー取引疑惑では、東京、水戸、岐 阜に勤務する3人がそれぞれ別個に企業の資本提携の特ダネを放送前に知り、株売買で利 益をあげていたというのだ▲今さらいうのも何だが、報道にかかわる者が職業上知りえた 情報で私利を得ては、視聴者・読者とも、取材先とも信頼関係の成り立ちようがない。そ んな背信行為が1本のニュースについて、全国3カ所で一斉に起きたのは果たして偶然か ▲こちらの同時発生のメカニズムは神秘的でもなんでもない。30∼40代の中堅世代に あって基本的職業倫理を踏み外すのを罪とも恥とも思わない退廃が、NHKの組織全体に 広がっていたのだ。その検証は可能だし、とことんやるべきである▲報道に携わる者の一 人として、悔しく、悲しいのは、この背信のシンクロニシティーで読者・視聴者の不信の 視線がメディア全体に注がれることだ。傷ついた職業倫理への信頼回復にむけて、自らを 恃(たの)み、自らを律するジャーナリストの初心を改めて胸に刻みたい。 毎日新聞 2008 年 1 月 19 日 0 時 02 分 余録:世界同時株安 ウォール街入り口にあるトリニティー教会は、ゴシック様式のニューヨーク最古の教会 だ。宗派は英国国教会だが、そこにプロテスタント各派やカトリック、ユダヤ教徒までが 祈りに詰めかけたのは1929年の株価大暴落の際だ▲暗黒の木曜日に続く翌週の火曜日、 相場の崩壊が明らかになったその時だ。ウォール街の人々は宗派を超え、そこが祈りの場 だというだけで終日教会を埋めた。富への熱狂からさめ、初めて人々の心に神がよみがえ ったのだろうか(G・トマスほか「アメリカの死んだ日」)▲しゃべる言葉、食べる料理、 そして信じる神の違いを超えて人々を突き動かし、その運命を根こそぎ巻き込んでいく市 場の力学である。それは現代のグローバル経済にあって、たとえば世界の株式市場の株価 の連鎖的な変調となって表れる▲米国の低所得者向け住宅ローン(サブプライムローン) 問題による信用不安と景気懸念で各地の株価が急落し、世界同時株安の様相を見せている。 22日の東京市場は日経平均で1万3000円を割り込み、前日比750円以上値下がり した▲この日は中国の大手銀行のサブプライム問題による損失懸念が広がり、上海や香港 株も大幅に続落した。また中国とともに年初から株高だったインドの市場もここにきての 急落だ。世界の投資家は祈るよりも先に株式市場から逃避し始めたのか▲同時株安のきっ かけは先週の米政府の緊急経済対策の甘さへの市場の失望だった。人々が信ずる神は違っ ても、世界を覆う不安や不信の根源は共通である。米国は日本のバブルの経験も踏まえ、 サブプライム問題への劇的な対策を示すときではないか。 毎日新聞 2008 年 1 月 23 日 0 時 07 分 余録:コンピューターウイルス 人は欲と好奇心とが混じり合わさると警戒心を忘れるらしい。中国にはこんな話がある。 険しい地形によって守られていた蜀(しょく)の王が、隣の秦(しん)に黄金の糞(ふん) をする5頭の石牛があるという話を聞く。それをもらいたいと申し入れると、秦王は簡単 に承知した▲蜀王は5人の力士を遣わし、苦労して石牛を蜀に運び入れたが、さっぱり黄 金の糞などしない。そのうち秦の軍勢が石牛運搬のために作った道路から攻め込んで蜀を 滅ぼしてしまった。むろん作り話だろうが、中国版トロイの木馬である(金関丈夫著「木 馬と石牛」岩波文庫)▲これがもとで後世、蜀に至る難所は石牛道や金牛道などと名づけ られ、五丁関、金牛峡などの名も残った。人々はよほどこの教訓話に感心したのだろうが、 だからといって今なお人間がこの手の詐術にひっかかりにくくなったわけでもない▲先ご ろ著作権法違反容疑で逮捕された大学院生が作成したコンピューターウイルスも人気アニ メの動画ファイルを装い、またファイルの流出元を偽装して広めていた。人気動画を手軽 に入手したい、一目見たいという好奇心が狙われたのだ▲このウイルスの場合はファイル 交換ソフト「ウィニー」を介して感染を広げている。いったん感染すれば勝手な画像を表 示したり、ファイルを削除したり、個人情報を流出させたりといった乱暴を働くこと、石 牛道から乱入した軍勢と同様だ▲メールによる大量配布よりサイトに誘い込んで感染させ る悪知恵が目立つという昨今のウイルス事情だ。少なくとも石牛の金の糞に類するあやし いソフト、うまい話のファイルにはまゆにつばをするのが自衛策の一つだろう。 毎日新聞 2008 年 1 月 30 日 0 時 08 分 余録:力士暴行死事件 心理学に「ミルグラム効果」という言葉がある。どんな善良な人間も、閉ざされた環境 の中で権威を持つ人の命令があればどこまでも残虐になるという現象をいう。米国のミル グラムという心理学者が行った実験の知見だ▲この実験ではその真の目的を知らされてい ない被験者が、他人に電気ショックを与える役目を与えられる。やがて電圧を強めると、 相手は苦しむ姿を見せて中止を懇願する。しかし実験の管理者が命じると被験者の半数以 上は、人が死に至る高電圧になっても実験を続けたという▲むろん電気ショックはみせか けで、相手もサクラだ。ただ人間は権威者によって一見まともな理由さえ与えられれば、 他人への慈悲など一切かなぐり捨ててしまうものだという悲しいデータが残った▲そんな 人の性(さが)を改めて思い起こさせた大相撲時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊さんの暴 行死事件だ。警察は前時津風親方と兄弟子3人を傷害致死の容疑で逮捕に踏み切った。斉 藤さんの死は前親方の指示による集団暴行が原因と認定したのだ▲部屋からの脱走を繰り 返した斉藤さんの根性を入れ直すとの名目による「かわいがり」や「ぶつかりげいこ」だ った。相撲部屋という閉鎖空間で、若い力士には絶対的権威者である親方が指導を建前に 暴行を指示すればどうなるか。残ったのは17歳の死というむごたらしい事実だ▲手荒な 「かわいがり」も珍しくないという角界だ。もしかしたらミルグラムが示した人間の性も、 昔の親方なら誰もが知って弟子を指導したのかもしれない。今いえるのは、若い力士を被 害者と加害者に分ける悲劇は二度と繰り返してならないということだ。 毎日新聞 2008 年 2 月 8 日 0 時 02 分 余録:イージス艦事故 ギリシャ神話の盾を示すアイギスは、もともとヤギの皮を指す言葉という。ゼウスに乳 を与えた雌ヤギの皮から作った盾は、ゼウスが振ればたちまち嵐を起こした。この盾は女 神アテナに渡り、その防具として有名になる▲というのも盾にはそれを見た人が石になる メデューサの首が埋め込まれ、無敵の盾として人々を恐れさせたからだ。このアイギスの 英語読みがイージスである。その名を冠した戦闘艦は多数の敵目標を同時に探知、撃破す る能力で、なるほどメデューサの首のついた盾を思わせる▲ではそんな神のような探知能 力を備えた艦にして、目の前の漁船に衝突することがあるのか。そういぶかしむ声も出よ う。だが仲の良いことで知られた漁師の父子は厳寒の海原で消息を絶ち、今はみなが奇跡 の生還を祈っているのが現実だ▲その吉清治夫さん、哲大さん親子の清徳丸は7トンの漁 船だった。かたや海上自衛隊のイージス艦あたごは7750トンで国内最大の艦だ。真っ 二つになった清徳丸と、あたご艦首の傷が未明の野島崎沖の出来事をうかがわせるすべて だった▲艦船の当直を「ワッチ」というのは、ウオッチ−−見張りが勤務の核心だからだ ろう。ハイテク機器があろうとなかろうと、水上レーダーを監視し、目視で前方を警戒す る。その当たり前のワッチをしていれば起こるはずのない事故である▲昨年の護衛艦しら ねの戦闘指揮所の火災では、無許可で持ち込んだ私物の保冷温庫が出火元らしいという。 どんなハイテクも、運用する人間次第でムダなばかりか人に害をなす。海自では自らの心 のワッチを怠る退廃が組織をむしばんではいなかったろうか。 毎日新聞 2008 年 2 月 20 日 0 時 15 分 余録:調べる学習 「はつか大根のはつかってなーに?」。千葉県袖ケ浦市立奈良輪小1年、竪石鼓太郎くん はホームセンターで大根の種を見つけ、母親に聞いた。「20日のことよ」「だったら、夏 休みにつくれるぞ」。鼓太郎くんは調べる学習に挑戦した。「赤くて甘そうだけど、普通の 大根と同じ味だろうか」▲芽がでて、葉が開き、虫に葉を食べられる姿を一喜一憂しなが ら観察した。20日目、根の部分がちょっと赤くなっているだけだったが、とりあえず口 にすると「とっても辛い」。収穫できたのは28日目だった▲さらに「暑い夏、虫から自分 を守るために辛くなる。冬には甘くなる」と聞き、びっくり。9月に再度挑戦すると、今 度は60日かかり「本当に甘いや」。葉を食べるアオムシがチョウになる不思議さ、殺虫剤 のこと、季節による味の変化など次々と学んでいく▲そのリポート「ぼくのそだてたはつ かだいこん どうなるぼくの20日かん!」が第11回図書館を使った「調べる」学習賞 コンクール(図書館の学校など主催)の文部科学大臣奨励賞(小学校低学年の部)に選ば れた。63ページにわたる調査記録は素朴な発見の喜びに満ちている▲先日公表された学 習指導要領改定案では小中学校とも「総合的な学習の時間」が削減されている。総合学習 は、教える側の力量が求められ、大変だ。しかし、子供たちが自ら「学ぶ力」をつけるた めにもっと充実させてほしい▲「肉は大好きだけど、野菜は苦手」な鼓太郎くんはいう。 「野菜を作っている人の大変さがわかった。調べることもがんばったので、野菜もがんば って食べてみます」 。子供たちの知的な好奇心を大切に育てたい。 毎日新聞 2008 年 2 月 25 日 0 時 05 分 余録:うるう年 1288年、スコットランドのマーガレット女王は少し風変わりな法令を布告した。そ の統治中、未婚の娘はうるう年ごとに誰でも好きな男性に求婚できる、相手の男性が拒め ば1ポンドの罰金を払うか、絹のガウンを女性に与えねばならないというのだ▲そうした 慣習はかなり古くからあったらしいが、罰金を科せられる男たちの反発のせいだろうか、 後に2月のうるう日だけの習慣になった。同じような法はフランスにもあり、15世紀の ジェノバやフィレンツェでも慣習になっていたそうだ▲昔の人もふだんの男性優位の習慣 から跳び出たこのうるう年、英語ではリープ・イヤー(跳躍の年)だ。普通の年の月曜の 日は翌年には火曜になるが、うるう年の次の年は同じ日が水曜に跳ぶからという(ブルー ワー英語故事成語大辞典)▲宇宙の摂理に厳密に従う天体の動きと、人間の都合で作られ た暦の間のズレを跳び越えるうるう年である。きょうはその跳躍の日だが、宇宙の摂理を 極めることで未知の惑星の存在を予測してみせた人間の知の跳躍のニュースも届いている ▲神戸大の研究チームの理論予測は、太陽系の外縁に9番目の未知の惑星が存在するはず だというものだ。太陽から平均225億キロ離れた楕円(だえん)軌道で、質量は地球の 0.3∼0.7倍、大きさはほぼ同じという。予測は40億年の太陽系の歴史をシミュレ ーションして得られたものだ▲理論が正しく、観測が進めば、10年以内に新惑星発見の 可能性が高い。次の次のうるう年には、もう太陽系の新顔のお披露目がすんでいるかもし れない。きょうはふだんより少し遠くに想像力を跳躍させる日にしてはどうだろう。 毎日新聞 2008 年 2 月 29 日 0 時 02 分 余録:ダライ・ラマ 「政治家だって使い捨て」。小泉純一郎元首相が、いわゆる「小泉チルドレン」にそう言 い放ったら、ワーキングプアといわれる若者たちの間で、小泉人気が急上昇したそうだ。 明日への希望をもてない「使い捨て」扱いの気持ちがよく分かっているというのだ▲その ことに文化人類学者の上田紀行さんは大きなショックを受けた。 「 使い捨てにされているの は政治が悪いからではないか」と怒るどころか、 「そうだ、みんな使い捨てなんだ」という ふうに納得してしまっている、と▲このまま「使い捨て」が社会の標準になれば、取り返 しがつかなくなる。私たちは交換可能な消耗品ではなく、一人一人がかけがえのない存在 ではないか。上田さんは最新刊「かけがえのない人間」 (講談社現代新書)でそんな思いを 熱く語っている▲その本で「使い捨て」の対極に置かれているのは、チベット仏教の最高 指導者ダライ・ラマ14世が説く「愛と思いやり」だ。そんなことを言えば、国際的な競 争力が低下し、国民にも依存心が広がり、弱い国になるとの批判を浴びそうだが、社会へ の信頼を取り戻すのが大切だという▲そのダライ・ラマは今や中国政府の最大の敵。チベ ット暴動の収拾に向けた対話を呼びかけても、中国側は激しい敵意を表すだけだ。外国メ ディアなどの現地立ち入りが拒否され、閉ざされた中で悲劇が続いていないか気がかりだ ▲人は何によって生き、どんな社会を求めるのか。ダライ・ラマは「愛や思いやりの心を 持てばこそ、差別や暴力に怒るべきだ」という。チベット暴動は遠い世界のことではない。 日本人は「思いやり」も「怒り」も忘れている。 毎日新聞 2008 年 3 月 24 日 0 時 06 分 余録:自由 米国の独立宣言を起草した政治家で実業家、科学者でもあったベンジャミン・フランク リンは節制、勤勉、誠実、中庸など13の徳目を説いた人として知られる。だが時おり「空 気浴」と称して裸になる習慣だけは、周りをあきれさせ、困惑させたという▲権力の集中 を嫌う自由主義者として人民の信頼を集めたフランクリンであった。たとえ余人には奇行 とみえようと自分の幸福は自分で決める 奇行権 もいわば自由主義の核心である。空気 浴は彼の自由の譲れない一線だったのかもしれない▲ただこと自由についての譲れぬ一線 といえば、フランクリンにはなかなか厳しい名言がある。 「自由と引きかえに安全を求めよ うとする者は、自由にも安全にも値しない」。つまり自由を守るには闘わなければならぬ時 もあるということだ▲靖国神社を描いたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」 の上映を決めていた映画館が相次いで上映自粛を決め、映画公開のめどが立たなくなって いるという。 「映画への抗議で近隣に迷惑がかかる」というのがその理由である▲こう聞け ば、先日の日教組の教研集会を断ったホテルの釈明も思い出される。映画の配給会社が「日 本社会の表現の自由の危機を感じる」というのももっともだ。どんな団体や個人であれこ んな調子で言論や表現の場が次々に奪われていくなら、もはや自由社会とはいえなくなる ▲正体不明の不安や、恐怖が社会のあちこちに埋め込まれ、ゆっくりと人々の自由が萎縮 (いしゅく)していくような未来はお断りだ。日本社会にもこと自由について譲れぬ一線 がある。それをはっきり世界に示さねばならないのは今である。 毎日新聞 2008 年 4 月 2 日 0 時 02 分 余録:ピグマリオン効果 教育心理学に「ピグマリオン効果」という言葉がある。教師が期待を込めて子供を教え れば、実際に子供の成績が上がるというものだ。期待のまなざしが人を成長させるのはあ りそうな話だが、それを立証したとする実験の信ぴょう性には疑問の声もあるそうだ▲昔、 キプロスの王ピグマリオンはこの世に理想とする女性がいないため、象牙で自分の望む女 性の像を彫った。彼がそれに恋をすると、美神アフロディテは同情して人形に生命を与え た。ピグマリオン効果とは、この物語からの命名という▲ちょうど逆に教師の期待度が低 いために子供の成績が下がるのは「ゴーレム効果」と呼ばれる。このゴーレムとはユダヤ の伝説にある意思のない泥人形である。呪文で動き出すのだが、額の護符の文字を1字取 り去ると土に戻るという話だ▲人形もいろいろだが、とっかえひっかえ出して遊ぶのも人 形ならいい。しかし生身の人間の人事がこんなことでいいのかと思わせた日本銀行人事だ。 ようやく白川方明(まさあき)新総裁が誕生して、先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議 へ送り出せた▲わずか3週間での副総裁の総裁昇格はむろん異例だ。だがそこは人の期待 がそれに応じた能力を開花させるピグマリオン効果を信じてもよかろう。心配なのはまる で泥人形を扱うような手つきで政治が日銀人事をもてあそんだ後遺症である▲この1カ月、 国民は政治の駆け引きによってもみくちゃになる「通貨の番人」を目のあたりにした。市 場では日本の中央銀行は政治の呪文のままに動くゴーレムと思われて当然だ。新総裁は一 日も早く日銀への内外の「期待のまなざし」を再建せねばならない。 毎日新聞 2008 年 4 月 11 日 0 時 05 分 余録:硫化水素 大きな金づちを「げんのう」と呼ぶのは、近づく生き物を殺してしまう殺生石を打ち砕 いた玄翁和尚(げんのうおしょう)にちなんだものという。鳥羽上皇が寵愛(ちょうあい) した玉藻前(たまものまえ)−−実は九尾の狐(きつね)が妄執を残して石となったとい う栃木県那須町の殺生石にまつわる伝承だ▲能の「殺生石」では玄翁和尚はげんのうを振 るうわけではない。里の女の姿をした石の霊と語り合い、言う。 「あまりの悪念は、かえっ て善心となるべし。ならば衣鉢(いはつ)(仏道)を授くべし」。その玄翁が石に花を手向 け、焼香して供養をすれば、それより殺生はなくなったという▲殺生石が近づく鳥獣を倒 したのは主に周囲で発生する火山性ガスの硫化水素によるものといわれる。腐った卵に似 た刺激臭で知られる硫化水素は、実際に火山地帯などで多くの人命を奪ってきた。命は助 かっても重い後遺症のおそれもある▲この硫化水素を人為的に発生させた自殺事件で、周 囲の2次被害が相次いでいる。風呂場で中3の女子が亡くなった高知の集合住宅では約7 0人が手当てを受け、男性の客が部屋で倒れていた滋賀県のホテルでは従業員9人が病院 に運ばれた▲昨年夏には家族2人が巻き添えで死亡した硫化水素自殺もあった。家族に異 変があればまず救おうとする肉親や近所の人を害する有毒ガスだ。独りで思い詰める人に は自分を愛する人や縁ある人々との結びつきを改めて思い起こし、どんな手段による自殺 であれ思いとどまってほしい▲人の心を石に変える自殺サイトのはびこるネットの世界だ が、こわばった心をときほぐす玄翁のような役を果たすサイトもあろう。自殺を思う人を 一人でも多くそちらに導く手だてはないか。 毎日新聞 2008 年 4 月 25 日 0 時 07 分(最終更新 4 月 25 日 1 時 36 分) 余録:天空の城 宮崎駿監督のアニメでおなじみの天空の城「ラピュタ」は、もともとはガリバー旅行記 に出てくる天に浮かぶ島だ。作者のスイフトはこの島の話を当時の科学者の風刺のために 書いたといわれる。物語に出てくるその住人は、いつも考え事をしている変な連中だ▲考 えにふけるあまりものも言わず、他人の話も聞けない。それどころかガケから落ちたり、 溝にはまったりするので、いつも従者にたたき棒を持たせている。何かあるごとに目や耳 や口をたたいてもらい、われに返るようにしているのだ▲現実離れした夢想にふけるラピ ュタの住民だから家造りは大の苦手である。家々の壁は傾いて、どの部屋もゆがんでいる。 頭ではいろいろ考えても、およそ実際の役に立たない−−というのがスイフトの科学者観 で、ラピュタはその楽園だ▲だが現代科学が作り上げた天空の城ISS(国際宇宙ステー ション)の住人は家造りもちゃんとこなさねばならない。スペースシャトルで無事ISS に到着した日本人宇宙飛行士、星出彰彦さんは、いよいよ日本初の有人宇宙施設「きぼう」 の実験室の取り付け作業にとりかかる▲ISSの中でも人が活動する施設としては最大と いう「きぼう」の実験室だ。取り付けは難作業の連続で、その後の複雑なシステムの起動 も今後の運用のカギとなる重要作業という。完了すれば、今年8月から始まる予定の宇宙 実験が可能になる▲「宇宙に行きたい」という子供時代の夢を、いくつものハードルを越 えながらついに現実にした星出さんである。頭に宿った夢とアイデアをしっかり現実に変 えていく意志と努力こそ、21世紀のラピュタ住民の真骨頂だ。 毎日新聞 2008 年 6 月 4 日 0 時 03 分 余録:自殺者 心理学に「ポジティブ・イリュージョン」という言葉がある。直訳すれば「肯定的、積 極的な錯覚」という意味だが、手品の話ではない。人の自分についてのイメージのことで ある。実像より自分を良く評価する人間心理の傾向をこう呼んでいるのだ▲米国のある心 理学者によると、人が元気よく生きられるのはこの楽観的な自己欺瞞(ぎまん)のおかげ だそうだ。どうも人が前のめりに生きてゆくには、事実通りの認識よりバラ色の幻想が役 立つらしい。なるほど何人かの元気な知人の顔も思い浮かぶ▲ところで日本人は米国人な どに比べ、ポジティブ・イリュージョンに乏しく、自分に厳しいイメージを抱きがちだと いわれる。以前聞いたそんな話を思い出したのは、昨年の全国の自殺者が10年連続で3 万人を超えたとの発表があったからだ▲とくに世代別の内訳では60歳以上と30代で過 去最多だった。原因はうつ病をはじめ健康上の悩みが多いが、高齢者で生活苦、30代で は仕事疲れが少なくない。むろん心の病でも生活や職場の不安やストレスがかかわってい る場合があろう▲過去のデータとの比較になるが、10万人当たりの自殺者数を示す自殺 率25.9はロシアやハンガリーなど東欧や旧ソ連諸国に次ぐ水準で、先進産業諸国で最 も高いグループに入る。ちなみに02年の米国は11.0で日本の半分以下である▲自ら 命を絶つ人にはそれぞれ余人に分からぬ事情もあろう。だが高止まりする自殺率を見れば、 この間の社会の変化が人々から楽観的な夢や幻を見る力を奪ってはいないかが気になる。 苦境に立つ人を前向きに生かす心のはずみを生み出せない社会は、誰にとっても不幸だ。 毎日新聞 2008 年 6 月 20 日 0 時 03 分 余録:ヒラリー 高校3年の時、生徒会長に立候補したら男子生徒にいわれた。 「バカだよ、女が会長にな れると思うなんて」。大学4年の時、ハーバード大ロースクールに合格したら教授にいわれ た。 「これ以上女性は必要ない」▲ヒラリー・クリントンさんが自伝「リビング・ヒストリ ー」で書いている体験だ。女性初の米大統領は今回は実現しない。でも「バカだよ、女が 大統領になれると思うなんて」とあざける米国人はもういないだろう。この国はがらりと 変わった▲半年前までは本命だった。民主党予備選で50歳代以上の女性の支持は際だっ ていた。女性というだけで機会を奪われた理不尽さを共有するからだろう。だが、若者が 夢を託したのはバラク・オバマさんだ▲きのうまで時代の先頭を走っていたのに「チェン ジ」の旋風に行く手を阻まれ、気がついたら時代が彼女を通り越していた。女性だから、 ではない。世代間闘争となったから、負けたのではないか▲事実とそれを解釈する観念を 区別し、人々が受け入れる理解しやすい観念を「通念」と呼んだのは経済学者のガルブレ イスだ。 「通念が致命的な打撃を受けるのは、陳腐化した通念を明瞭(めいりょう)に適用 できないような不慮の事件が起こって、通念では処理しえないことがはっきりしたときで ある」(「ゆたかな社会」岩波現代文庫)▲「大統領は白人の男しかなれない」が建国以来 の通念だった。今年、この通念は致命的な打撃を受けた。同時に「無敵のヒラリー」とい う今までの常識も崩れた。 「どうせ変わりっこない」とだれもが惰性で思いこむ通念は日本 にもある。通念を次々に破る大胆な転換に米国の再生力をみる。 毎日新聞 2008 年 6 月 22 日 0 時 35 分(最終更新 6 月 22 日 0 時 46 分) 余録:火星の氷 ススキが幽霊に見えたり、空の雲が羊の群れのように思える錯覚を、専門用語で「パレ イドリア」という。よく経験するのは、模様やシミが人の顔のように見える錯覚で、むろ ん偶然と分かっていても気になるものだ▲70年代に火星上空から探査機バイキング1号 が撮影した写真に、人の顔のような地形が写っていた。人面岩と呼ばれ、 「人工物か」と話 題になったが、その後の観測で不規則な形の岩塊にすぎないと分かる。パレイドリアの一 例である▲火星をめぐる錯覚といえば、その地表の「運河」も有名である。19世紀のイ タリアの学者が「溝」と名づけた地表の模様が英語で運河と解釈され、知的生命体による 人工物と想像された。しかし、これも観測が進むと一部の自然地形を除いて、そんな地形 は存在しないと分かった▲怖いと思うとススキが幽霊に見えるように、人が火星に人工的 な造形の幻を見るのも地球外生命の存在を期待していたからだろう。その生命存在の可能 性を探りに火星へ着陸した米NASAの探査機「フェニックス」から、地表のすぐ下の氷 の存在を裏付ける画像が送られてきた▲生命存在の前提となる水だ。それが確認できたの は氷と見られる地面の白い物質が時間経過と共に消滅したからという。白い物質は氷か塩 に違いないが、気化したので氷と断定できたのだ。こちらの消滅は、錯覚による幻とはか かわりなかった▲フェニックスは今後も土壌を採取し、水や有機物の存在を調査する。さ て、地球の私たちは太陽系で孤独なのか、どうか。仮に探査がそれに悲観的結論を下した としても、まだ幻を見るわずかな余地は残してほしい気もする。 毎日新聞 2008 年 6 月 24 日 余録:北京故宮 0 時 00 分 書の名宝展 酒に酔った時に浮かぶ「すばらしい着想」を書き留めることがある。いざ酔いがさめて 見直せば大方は見るにたえない乱筆乱文だ。だが李白のように酒一斗で詩百編という人物 もいた中国のことだ。酒の勢いが歴史的傑作を生むのも不思議ではない▲教科書で見たの を覚えている方もおいでだろう。書聖と仰がれる東晋の(王羲之おうぎし)の書の最高傑 作「(蘭亭序らんていじょ)」は、名勝・蘭亭での酒宴で詠まれた詩集の序文だ。後世に絶 大な影響を与えたこの書は、酒興にのって書かれた草稿だったといわれる▲酔いからさめ た王羲之は連日清書にはげみ数百枚に及んだ。しかし、ついに草稿をしのぐ作は生み出せ なかったのだ。たとえば文中に20ある「之」の文字に二つとして同じ調子の書体はない。 しかも、それぞれが文にしっくりなじんだ変化と調和の奇跡のような絶妙を見せている▲ 残念ながらその真跡は、王羲之を崇拝した唐の太宗が陵に副葬させてしまった。昔の皇帝 というのも困り者である。だが書聖の(推敲すいこう)の跡まで忠実に示す複製が残り、 書の至宝として伝えられたのだ。 「神龍半印本」は中でも保存状態が良く、日本の教科書に ものる最も有名な墨跡である▲その蘭亭序「神龍半印本」をはじめ、欧陽詢(おうようじ ゅん)、蘇軾(そしょく)、黄庭堅(こうていけん)、米ふつら中国書道史の巨人たちの名品 を集めた「北京故宮 書の名宝展」が東京の江戸東京博物館で開かれている。国宝級13 点をふくむ北京の故宮博物院所蔵65点の展観である▲伝説や論争に彩られた蘭亭序だか ら、にぎやかな論議のことを「蘭亭聚訟(しゅうしょう)」という。この夏、書にかかわる 方はもちろん、あまり縁のなかった方も「聚訟」の輪に加わってはいかがだろうか。 毎日新聞 2008 年 7 月 24 日 0 時 10 分 余録:改造人事 幕臣だった勝海舟に明治新政府の貴顕となって世を渡るとは何事かと食ってかかったの が福沢諭吉の「痩我慢(やせがまん)の説」である。これに対する勝の返事が「行蔵(こ うぞう)は我に存す、毀誉(きよ)は他人の主張、我に与(あず)からず我に関せず」だ。 福田康夫首相の座右の銘という▲「行蔵」とは、世に用いられれば行い、世に捨てられれ ば蔵(かく)る(隠れる)という「論語」の言葉で、出処進退のことだ。私の進退はこの 私が決めることで、それをけなす、ほめるは他人が勝手にすればいい−−そんな自信を示 す言葉である▲論語ではこの「用舎行蔵」の話の後で、もし大軍を率いるなら誰と一緒が いいか聞かれた孔子が答えている。−−虎に素手で立ち向かったり、河を歩いて渡るよう な人(暴虎馮河(ぼうこひょうか))はだめだ。「事に臨みて懼(おそ)れ、謀(はかりご と)を好みて成さん者」、つまり慎重で、計画的な人を選ぶという▲では前政権の居抜き内 閣といわれた福田政権初の改造人事はどうだろう。ふたを開ければ、消費者行政や拉致問 題担当相人事で世論に目配りする一方、厚生労働や総務など注目閣僚の留任も目立ち、仕 事の継続や堅実、バランス重視の布陣だ。確かに暴虎馮河の派手さはあまりない▲いきお い世の注目はポスト福田の有力候補と目される麻生太郎氏の党幹事長起用に集まる。首相 の狙いは麻生氏を取り込んだ挙党態勢の形をとることでの政権安定にあろう。片や麻生氏 には「次」をにらむ政権戦略が念頭にないはずはない。それぞれに「謀」を胸に抱えた人 事である▲さてこの新布陣が、内閣支持率の浮揚と攻めの政権運営をもたらせるだろうか。 世に用いられるか、捨てられるのか、それこそ正念場の新内閣である。 毎日新聞 2008 年 8 月 2 日 0 時 08 分 余録:乱は言葉から始まる よく政権交代で「禅譲」という言葉が使われる。中国の伝説の帝王が子ではなく有徳の 者に帝位を譲った故事による。その帝王の一人である舜(しゅん)は、禹(う)への禅譲 に際して「口は好(こう)を出(いだ)し戎(じゅう)を興(おこ)す」と言い渡した▲ 口は友好をもたらすこともあれば、戦争を引き起こすこともあるという戒めである。政治 に携わる者の言葉の重みを諭したのだが、人のしゃべる言葉を兵事になぞらえた名言には こんなのもある。 「口は関なり、舌は兵なり、言を出して当たらざれば反(かえ)って自ら 傷(そこ)なう」(説苑(ぜいえん))▲口は関所で、舌はそこに詰める兵隊だという。口 を出た言葉が不適切なら自分が傷つくのだから、慎重に話せというわけだ。だが世の中に は発言が民の運命を左右する政治家なのに、とんでもない言葉が口の関を素通りしてしま う人もいる▲失言が飛び出たのは、発足間もない麻生新内閣の中山成彬国土交通相からだ。 まず所管の成田空港問題で拡張反対派を「ごね得」と非難し、観光客誘致にふれる中で日 本を「単一民族」と述べ、所管外の日教組批判から学力テスト不要論までを開陳し、その 後にいずれも撤回した▲発言内容が閣僚として不適切なことは、ご当人がすぐ撤回したこ とでも明らかだ。背景に職を賭す信念があるとの緊張感もうかがえない。政治家の失言と しても何十年前の話かと耳を疑う。口の関、舌の兵も働いていた気配すら見られない▲舌 禍が危ぶまれながら首相就任後は口舌の関を固めたかにみえた麻生太郎首相だが、今度は 閣僚の任命責任も問われる立場だ。中国の名言をもう一つ。「乱の生ずる所は即(すなわ) ち言語以(もっ)て階(かい)を為(な)す」 (易経)−−乱は言葉から始まる。 毎日新聞 2008 年 9 月 27 日 0 時 16 分 余録:日本人3人にノーベル物理学賞 「友人らしく見える人はおおかた友人ではない、そう見えない人がおおむね友人である」。 古代ギリシャの哲学者デモクリトスの言葉という。こと人間性については、なかなか皮肉 っぽい観察眼の人だったようだ▲だがこの人はこと自然界のことはまっすぐ考え詰める性 格だったらしい。その師であるレウキッポスという人とともに物を限りなく細かく分割し ていけばどうなるかと思いをめぐらした。そして最後にこれ以上分けられない粒子がある と考えたのだ。それをアトム、原子と呼んだ▲その彼には「知性をともなわぬ名声と富は 危険な持ち物なり」という言葉もある。近代の物理学はついに原子の存在を突き止めたが、 すぐさまにその原子はさらに何種類もの粒子から成ることも知る。この素粒子の解明こそ が現代の知性のフロンティアとなった▲その素粒子の探究で日本人学者3人がノーベル物 理学賞を受賞した。もちろん初のことで、高エネルギー加速器研究機構の小林誠名誉教授 と益川敏英京都産業大教授、そして南部陽一郎米シカゴ大名誉教授(米国籍)は、その知 性にふさわしい名声に輝いた▲何せ素粒子中の素粒子クォークの理論だ。 「 対称性の自発的 破れ」やら、それを可能にする6種のクォークやらを説明されても頭が痛くなるが、アイ デアは風呂上がりに浮かんだなどのエピソードを聞けば、同じ人間の業績だとホッとする ▲デモクリトスの洞察は二千数百年後に立証されたが、3人の研究も何十年もの歳月を経 ての受賞だ。「偶然には何事も起こらない」。デモクリトスの言葉通り、神様はこの世の最 も奥深い謎に答えた者をちゃんと祝福してくれた。 余録:株 コップに水が半分入っている。これを「まだ半分ある」というのがオプチミスト(楽天 主義者)、 「半分しかない」と思うのがペシミスト(悲観主義者)だ。世の中は広いもので、 そんなペシミストだけの名言集もある▲「人生にはおぞましい人生と悲惨な人生の二種類 しかない」 (ウディ・アレン)、 「何も期待しない人間は幸せである。落胆させられることが ないから」(A・ポープ)などを集めたE・マーカス編「心にトゲ刺す200の花束」(祥 伝社)には、名もない賢人たちの言葉もある▲「取り越し苦労なんてしなさんな。もうす ぐあんたのところに本物の苦労がやってくるから」はラパポートという人のおばあさんの 言葉。 「あすのことは心配するな。今日どんな災難が降りかかるかわからないから」とはユ ダヤのことわざだ▲さてバブル後の株価低迷期の日本で交わされたジョークには「さあ笑 おう、今日は明日ほど悪くない」というのもあった。週明けの東京株式市場はとうとうそ のバブル後最安値を割り込み、市場はペシミストたちに埋め尽くされたかのようだ▲この 株価、実に82年10月以来というから一気に26年前に時計の針が戻った格好だ。 「他人 をほめる人、けなす人」 (草思社)の著者F・アルベローニがオプチミズムとペシミズムと の違いは、人々の未来への不安や恐怖を介して広がる後者の異常な伝染力だと書いたのも うなずける▲ペシミズムの毒への免疫を作るには、不安や恐怖をはぐらかすユーモアやウ イットに満ちたペシミストの名言を予防注射する手もある。 「 人生をそんなに深刻に考える な。永久に続くものじゃないんだから」(作者多数) 毎日新聞 2008 年 10 月 28 日 0 時 01 分 余録:あこがれ不足? この夏亡くなった国語学者の大野晋さんによると、 「あこがれ」の古形「あくがれ」の「あ く」はことやところを指し、 「かれ」は離れて遠く去ることだ。自分のいる場所を離れ、心 うきうきと歩き回るのが「あくがれ」である▲現実の自分は力不足で身動きできないが、 心だけははるか遠くの望むところを求めてさまよい出る。そんなさまを示す「あこがれ」 には、意のままに動けない人間のはかない思いがついてまわると大野さんは述べている(日 本語の年輪)▲しかしノーベル賞授賞式を前に会見した受賞者の一人、益川敏英さんは「若 者が育つ原動力は『あこがれ』です。これがあれば、言われなくともものすごく努力する」 と語った。遠い夢や理想へのあこがれこそが若者の意欲をもり立て、潜んでいる能力を引 き出すというのである▲小学4年と中学2年を対象とした理数学力の国際調査で、日本の 児童生徒がいずれの科目でも前回以上の成績を収めた。理数学力の低下が懸念され、それ を裏付けるデータも多かった中、ようやく低落傾向に歯止めがかかったかたちである▲だ がそんな中で目を引くのが、中2の学習意欲の低さだ。 「勉強が楽しい」と答えた割合は理 科で48カ国・地域中ワースト3、数学でワースト6である。とくに小4理科は国際平均 を上回っただけに、中学になっての意欲の落ち込みようが目立つ▲中2理科の「日常生活 に役立つか」との問いにイエスの割合が最低だった日本だ。日々の学習をはるか遠くから 活気づけ、心浮き立たせる「あこがれ」の不足が心配である。日本人学者のノーベル賞受 賞の光景が少しでも多くの子の心に刻まれるよう願う。 毎日新聞 2008 年 12 月 11 日 0 時 04 分 余録:ポンジ・スキーム チャールズ・ポンジは19世紀末に渡米したイタリア系移民だった。皿洗いなどを転々 としていた彼は、やがてその名が英単語になるほどの有名人になる。今「ポンジ」を英和 辞書で引けば、「スキーム(策謀)」との組み合わせで「ネズミ講詐欺」とある▲ポンジは 後に続くカモの金を最初の投資者に配当することで巨額の資金を集め、街のヒーローとな った。むろんすぐに破綻(はたん)したが、被害者は主にクッキー缶にためたなけなしの 金をはたいた庶民だった(「詐欺とペテンの大百科」青土社)▲さて、容疑者自らが「ポン ジスキームだった」と認めているという詐欺事件である。だが、こちらの 被害者 は顔 ぶれがすごい。スペイン、仏、英などの欧州の銀行をはじめ、日本や韓国もふくむ世界の 大手金融機関が直接間接に巨額損失を被る公算が大きくなっているという▲米連邦捜査局 に逮捕されたナスダックのB・マドフ元会長による詐欺事件の損害額は約500億ドル、 実に約4兆5000億円という。高利回りをうたった彼のヘッジファンドは、運用の実績 がなく新たな投資資金を配当に回していたらしい▲なぜ大手金融機関がヘッジファンドな らぬポンジファンドに手を出したのか。米証券取引委員会はその怪しげな内実をチェック できなかったのか。疑問は次々浮かぶが、クッキー缶のへそくりにしか縁のない身には想 像もできぬ世界の話だ▲これではヘッジファンドへの規制や監視強化を求める声も勢いを 増そう。ポンジの崇拝者は彼を「金を見つけ出す最高のイタリア人だ」とたたえたという。 ペテン師がつけ込む欲ボケも時代とともにスケールを増すものだろうか。 毎日新聞 2008 年 12 月 17 日 0 時 01 分 余録:クリスマス・キャロル 「スクルージ」はケチ、守銭奴のことと辞書にある。C・ディケンズの「クリスマス・ キャロル」の主人公の名が一般名詞となったのだ。なにしろ「並はずれた守銭奴で、人の 心を石臼ですりつぶすような情け知らず」というキャラクターである。彼は言う▲「クリ スマスはどういう時期だ? 金もないのにたまったつけを払わされ、一つ年を取って、こ れっぱかりも豊かになりゃしない。帳簿を締めれば、ほとんどとりっぱぐれだ」。めでたい なんてやつには心臓にヒイラギのくいを打ち込むぞ▲強欲な彼の名がクリスマスに世界中 で語られるのは、イブの一夜で困窮する人への思いやりに目覚めた奇跡のおかげだ。その 夜彼は精霊に連れられ、過去から未来の自分の姿と、貧しいが心清らかに聖夜を祝う人々 を見て改心したのである▲物語が書かれたのは19世紀英国で「飢餓の40年代」と呼ば れた窮乏の時代だった。貧しく苦しむ人々に手を差しのべようというクリスマスの精神は すぐ広がり、ディケンズは「クリスマスを創始した男」とまで呼ばれた(池央耿(ひろあ き)訳「クリスマス・キャロル」光文社古典新訳文庫)▲そのスクルージすら震え上がり そうなウォール街の強欲が行き着いた金融危機だ。それを震源とする世界不況が人々のつ つましい暮らしに失業や倒産となって襲いかかるクリスマスである。 「 クリスマスなんてめ でたくない」との悪態に思わず同感したくなる方も少なくなかろう▲しかし窮乏の時代が 「クリスマス・キャロル」を生んだように、人がやさしさとぬくもりを分かち合うところ に新たなクリスマスの奇跡も生まれよう。今夜がそんなイブになればいい。 毎日新聞 2008 年 12 月 24 日 0 時 07 分
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