ア ナ リ ス ト の 眼 サブプライムローン問題とクレジット市場動向 【ポイント】 1. 米国でサブプライムローンの不良債権化がすすみ、そのローンの証券化商品の価格が 下落したり、格付けが下がるなどの問題が生じている。 2. 問題に関連して損失が生じた金融機関の信用不安を起点として、クレジットスプレッ ドの拡大が市場全体に波及した。 3. 日米とも現在のクレジットスプレッドは歴史的な縮小状態の転換点といえる局面にあ り、今後の動向には要注目である。 1.はじめに 2007 年夏以降、米国のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)の不良 債権化問題が深刻さを増している。欧米の金融機関にとどまらず、日本の金融機関も次々 と関連損失を発表する事態となり、その影響はここまで拡大の一途をたどっている。今 回の局面では、欧米で多くの主要な金融機関において損失が膨らみ、一部では株価の下 落と共に企業の信用力の指標といえる社債のクレジットスプレッドが大きく拡大し、ま た、CDS インデックス(クレジット・デリバティブ・スワップ・インデックス:企業等 の信用力部分のみを取引するデリバティブ取引の代表的な指標)も上昇することとなっ た。これをきっかけにマーケット全体(金融機関以外の事業会社含む)のスプレッド水 準も上昇することで、ここ数年世界的な過剰流動性を背景に続いてきた市場でのスプレ ッドの縮小傾向が反転している(図表 1)。 図表1.CDSインデックス(5年)推移 (bps) 100 CDX.NA.IG(北米投資適格インデックス) iTraxx Europe main(欧州投資適格インデックス) iTraxx Japan main(国内投資適格インデックス) 90 80 70 60 50 40 30 20 10 (資料)Bloomberg 2008/01/04 2007/11/23 2007/10/12 2007/08/31 2007/07/20 2007/06/08 2007/04/27 2007/03/16 2007/02/02 2006/12/22 2006/11/10 2006/09/29 2006/08/18 2006/07/07 2006/05/26 2006/04/14 2006/03/03 2006/01/20 2005/12/09 2005/10/28 2005/09/16 2005/08/05 2005/06/24 2005/05/13 2005/04/01 2005/02/18 2005/01/07 0 (週次) 2.米国発の信用不安~サブプライムローン問題 米国サブプライムローンの残高は約 140 兆円~170 兆円であり、米国の住宅ローン市 場の約 13~15%を占めるとみられる。サブプライムローンは、米国での住宅価格高騰に より、住宅購入がしづらくなった層を対象に開発され、近年急速に普及した。その典型 アナリストの眼 例としては、所得の低い層や過去の返済歴から信用力が劣るとされている層にも返済し やすいように、当初は固定の低金利で返済額を少なく抑えておき、数年後に高い変動金 利に移行し、返済額が跳ね上がる仕組みとなっているものが多い。信用力が低い借り手 層に対しても、将来の住宅の担保価値向上を見込むことで積極的に融資し、残高を拡大 させる動きがここ数年流行的に続いていた。しかし住宅ブームの減速により、ローン延 滞率の上昇などいわゆる「焦げつき」が大量に発生することで、そのローンを証券化し た RMBS(住宅ローン担保証券)や CDO(合成債務担保証券)などの金融商品が大き く値下がりしたり、格下げをされたりすることで、それらを多く保有する金融機関に大 きな信用不安が生じたのである。 近年、資産証券化など金融技術の進歩により、貸し手が市場を通じローンにともなう 信用リスクを投資家に幅広く分散させるという手法が広まった。しかし、その過程の背 後では市場におけるリスクの所在や価格形成、あるいは商品の流動性等についての不安 定要素が高まっていたといえる。 3.米国クレジット市場の反応 2002 年後半以降、米国のクレジット市場では、スプレッドは縮小傾向が続いていた。 余剰資金が高い利回りを求め上乗せ金利の幅を縮めていく流れの中で、このサブプライ ムローン問題の表面化前夜には、極限といってよいほどのスプレッド縮小状態となって いた。しかし、その流れが反転するきっかけとなったのがこの問題といえる。以下、そ の反転の流れの順を追ってみたい。まず、①サブプライムローンの証券化商品の価格下 落が生じた。証券化商品の価格付けには、そこに付与された格付けが大きく意味を持つ が、当初格付け時の想定を越えたレベルでローンの不良債権化がすすみ、大きく格下げ されるものも出る中で、「市場が価格を見失う」とも言えるような状態となった。②サブ プライムローンとは直接的には無関係である類似の証券化商品の価格下落、スプレッド の拡大が生じた。この局面ではこれらの商品には買い手がつきにくいという流動性リス クが焦点となった。その後、③金融機関の損失が相次ぎ発表されるなかで、それら金融 機関のスプレッドが急拡大した(図表 2)。また、この金融機関の信用不安を増幅させた 要因には、証券化市場の拡大に大きな役割をはたしたとされる SIV(ストラクチャード・ インベストメント・ビークル)とよばれる資産運用会社の問題もあった。SIV は金融機 関の連結決算の対象外であったが、その設立や運営には金融機関の関与が大きい。SIV が資産として保有する証券化商品の含み損が膨大となったり、その事業が立ち行かなく 図表2.米国社債スプレッド推移(A 格・5年) 250 (bps) 米国社債総合 200 米国金融(ブローカー/ディーラー) 150 100 50 2001/01/12 2001/03/23 2001/06/01 2001/08/10 2001/10/19 2001/12/28 2002/03/08 2002/05/17 2002/07/26 2002/10/04 2002/12/13 2003/02/21 2003/05/02 2003/07/11 2003/09/19 2003/11/28 2004/02/06 2004/04/16 2004/06/25 2004/09/03 2004/11/12 2005/01/21 2005/04/01 2005/06/10 2005/08/19 2005/10/28 2006/01/06 2006/03/17 2006/05/26 2006/08/04 2006/10/13 2006/12/22 2007/03/02 2007/05/11 2007/07/20 2007/09/28 2007/12/07 0 (資料)Bloomberg (週次) アナリストの眼 なったりするなど苦境に陥るものがでてくることで、金融機関のなかには、それらに対 し信用補完など何らかの救済策を取る必要に迫られるものもでてきた。また、④それら 証券化商品の保証を業としておこなっている金融保証会社のスプレッドも急拡大し、そ れがさらに証券化商品の価格を下げるという負のスパイラルが生じ、証券化市場の発展 を支えてきたシステムへの信頼が揺らぐことになった。⑤それに連なって一般事業会社 のスプレッドも拡大することとなった。 4.日本のクレジット市場への波及 損失額は相対的に少ないものの日本のいくつかの金融機関にもサブプライム問題に よる損失が発生した。それにあわせ欧米以上に縮小したスプレッド環境であった日本で も CDS スプレッドの拡大などの影響がでてきている。市場ではサブプライム問題をき っかけに米国景気の減速、円高、資源価格上昇など日本企業の今後の収益に対するリス ク要因が意識され始めているのかもしれない。社債市場では金融セクター(利付金融債、 銀行社債、銀行劣後債)をはじめ、サムライ債や近年発行量の多かったセクターの長期 債(総合商社、不動産業界)にスプレッド拡大が見られる(図表 3)。損失の生じた企業 を含む金融セクターはともかく、一般事業会社については企業の信用力に問題が生じて いる、もしくは問題が生じうると考えられているわけではなく、多分に需給要因も影響 しているのではないかと考えられる。投資に様子見姿勢を強める参加者も増え、また同 一セクターの社債に売りが集中することで、スプレッドを拡げないと売買が成り立ちに くいという流動性リスクが市場に顕在化しつつあるといえる。 図表3.国内社債スプレッド推移(A 格・5年) (bps) 120 社債総合 100 銀行セクター サムライ債 80 60 40 20 2007/12/28 2007/11/23 2007/10/19 2007/09/14 2007/08/10 2007/07/06 2007/06/01 2007/04/27 2007/03/23 2007/02/16 2007/01/12 2006/12/08 2006/11/03 2006/09/29 2006/08/25 2006/07/21 2006/06/16 2006/05/12 2006/04/07 2006/03/03 2006/01/27 2005/12/23 2005/11/18 2005/10/14 2005/09/09 2005/08/05 2005/07/01 2005/05/27 2005/04/22 2005/03/18 2005/02/11 2005/01/07 0 (週次) (資料)Bloomberg 5.まとめ サブプライム問題に対しては米国当局はじめ関係各国の中央銀行による対応・支援策 や損失を受けた企業による個別の資本増強策等が打ち出されているが、今後急速に問題 が収束し、各市場ともクレジットスプレッドが以前の「かなり」縮小した水準までもど るとは考えにくい。市場で薄れていたスプレッド商品への投資リスクへの意識が呼び覚 まされることで、今後は発行体ごとに厳しい市場の選別の眼が向けられるようになるだ ろう。そこでは個々の投資家にこれまで以上にしっかりとした銘柄の選別力が求められ ることになるはずである。サブプライム問題をきっかけに、クレジット市場はダイナミ ズムを取り戻しつつある。 (資金債券グループ 岩田 功憲)
© Copyright 2024 Paperzz