地上視点を自由に操作できる天文学習用地球儀

中学第二分野
地上視点を自由に操作できる天文学習用地球儀
上越教育大学 久保田 善 彦
(業績分担者)筑波大学 葛 岡 英 明
**
(業績分担者)放送大学 加 藤 浩
**** (業績分担者)日立製作所 西 川 悟 史
******
(業績分担者)筑波大学 山 下 淳
(業績分担者)茨城大学 鈴 木 栄 幸
目 的
小学校における天文学習は、太陽や月の見かけの動
きを扱う。それに対し、中学校では、小学校で既習の
見かけの動き(以下、地上視点とする)を、実際の天
体の動き(以下、宇宙視点とする)から考察する。生
徒は、任意の時間や場所における地上視点の天体の見
え方と宇宙視点の天体の位置関係を、連動して捉える
必要がある。そのため、中学校理科における天体の学
習は教師が指導することも、生徒が理解することも難
しい分野である。国立教育政策研究所教育課程研究セ
ンターの調査が、「天体の動きと自転・公転」につい
て、77.3%の教師が生徒にとって理解しにくいと回答
していることからも、その指導の難しさがわかる。
これらを解決するために、様々な教材が利用されて
いる。例えば、天文シミュレーションソフトは、時間
や空間を容易に変更し、擬似的な観察が可能になる。
国立天文台が開発した MITAKA は、地上視点と宇宙
視点を切り替えて表示することもできる。また、平成
12 年度東レ理科教育賞受賞作品「小型 CCD カメラを
搭載した地球儀の製作と実践」のように、地上視点と
宇宙視点の融合を容易にする演示実験用教材がある。
それぞれは効果的な活用実践が報告されているが、課
題もある。MITAKA は通常の利用では、地上視点と
宇宙視点を併置することは難しい。また、生徒が自由
に操作できるインターフェイスとは言い難く、教師に
よる演示が基本となる。「小型 CCD カメラを搭載し
た地球儀」は、CCD カメラの画角が変えられない、
地上視点での太陽の高度がわからない、宇宙視点にお
*
* *** ***** ける天体の位置関係がモデルからしか把握できないな
どの問題がある。
そこで、以下を目的とした教材の開発をおこなった。
Ⅰ.地上視点と宇宙視点を併置することで、両視点の
統合を試みる。
Ⅱ.生徒が容易に操作できる教材とし、生徒の試行錯
誤を可能にする。
具体的には、地球儀と地球儀に取り付けることが可
能な人形(アバタ)、地球儀と連動して映像が変わる
天文シミュレーション(MITAKA Plus)を組み合わ
せた教材を開発し、中学校で実践することで評価した。
なお、開発した教材は、システムとして利用するた
め、ここではシステムとよぶ。
概 要
このシステムは首と体の向きを手動で操作すること
が可能な人形を地球儀に取り付け、地球儀を自転させ
たり人形を動かしたりすると、PC の画面にそれと連
動した CG が表示される仕組みになっている。この時、
サブディスプレイ内(写真 1 中央)には人形の仰角が
表示されている。写真 1 中の太陽のモデルは学習者の
理解を助けるために設置するものであり、システムで
位置を検出しているわけではいない。
くぼた よしひこ 上越教育大学大学院学校教育研究科 教授 〒 943-8512 新潟県上越市山屋敷町 1
☎(025)521-3440 E-mail [email protected]
**
くずおか ひであき 筑波大学大学院システム情報工学研究科 教授
***
****
かとう ひろし 放送大学 ICT 活用・遠隔教育センター 教授
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〒 305-8577 茨城県つくば市天王台 1-1-1 ☎(029)853-5258 やました じゅん 筑波大学大学院システム情報工学研究科 講師 同 上 ☎(029)853-5800
〒 261-8586 千葉県千葉市美浜区若葉 2-11 ☎(043)298-3270 すずき ひであき 茨城大学人文学部 教授 〒 310-0056 茨城県水戸市文京 2-1-1 ☎(029)228-8112
にしかわ さとし 日立製作所情報制御システム社 総合職研修員
〒 319-1293 茨城県日立市大みか町 5-2-1 ☎(0294)53-4118 17
CG は地球儀に取り付けた人形の視点から観察され
る現象を表示している。地球儀の自転に応じて時刻と
太陽の位置が変化し、人形の体の向きや首を動かすと
人形が見ている CG 内の視点が変化する(図 1)。
人形は日本とオーストラリア、ホンジュラスの三か
所に取り付けることができる。さらに、地球儀自体を
回転させることができるように地球儀の下に回転台を
設置し、これにより公転運動を表現し CG 内の季節を
変化させることができる。公転運動用の CG も別に用
意し、太陽と地球の位置関係が季節によりどのように
変化するのかを表示している(図 2)。
このシステムの特徴は以下の通りである。
Ⅰ.システム全体を眺めることで人形、地球、太陽の
位置関係を空間的に把握できる。
Ⅱ.地球儀を回転させることで時刻を簡単に操作でき
る。そのため、日の出、正午、日の入りといった
変化を即時に観察・比較することができ、季節に
よる太陽の日周運動の違いも回転台を回転させる
ことで観察できる。
Ⅲ.実物体を生徒自らが操作することで、実感を伴っ
た学習をすることができる。
Ⅳ.日本以外の太陽の日周運動の様子を観察・比較す
ることができる。
教材・教具の製作方法
Ⅰ.システムの内部構造
図 3 は、本システムの内部構成である。システムを
構成する人形、地球儀、回転台、CG については以下
に示す。
写真 1 システムの全体図
図 3 システムの内部構成
Ⅱ.人形の仕組み
図 1 地上視点映像
図 2 宇宙視点映像
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写真 2 取り付ける人形
地球儀に取り付ける人形は写真 2 である。頭部を上
下に、体を左右に動かすことが可能である。学習者は
この頭や身体の向きを操作することによって CG 内で
の視点を変更する。
人形の頭部の上下機構には GPS 社製の超小型 R/C
サーボモータ PICO、左右の機構には日本電産コパル
電子社製の多回転型ポテンショメータを使用してい
る。人形の胴体内部はポテンショメータ、DIN プラグ、
アクリル板で構成されている。ポテンショメータの回
転軸には、ストッパーが取り付けられている。このス
トッパーは 2 本の軸で制御されており、ストッパー自
体が- 180~+ 180[deg]回転する間に、胴体部が
- 250~+ 250[deg]程度回転できるような構造に
な っ て い る。 こ れ は、 人 形 の - 180~ + 180[deg]
以上の回転を実現すると同時に、無限に回転すること
が原因で起こる配線の断線を防ぐためである。これら
の内部機構を ABS 樹脂で製作した外装で覆い、その
外装とポテンショメータの軸が同時に回転することで
胴体部の回転を実現している。
人形の頭部はサーボモータ、アクリル板で構成さ
れ、回転するサーボモータを支えているアクリル板と
胴体内部を覆う外装とを繋ぐことによって 1 体の人形
としている。頭部の外装も ABS 樹脂を用いて製作し
ている。
Ⅲ.地球儀の仕組み
写真 3 は、地球儀内部エンコーダ部分である。
写真 4 地球儀内にあるコントローラ基盤
写真 4 に地球儀内部にあるコントロール基板を示
す。 コ ン ト ロ ー ル 基 板 に あ る Microchip 社 の
PIC16F876-20/SP と CG 表示用 PC 間の通信に ZigBee
通信モジュールを用いることで地球儀と人形を無線化
している。ZigBee 通信モジュールで送信するデータ
は地球儀の自転による時間情報、人形の頭部の動きに
よる視点情報(仰角)、人形の体の回転による視点情
報(方位角)
、人形が地球儀と接続されている位置情
報の 4 種類である。
Ⅳ.回転台
写真 5 は回転台である。
回転台には地球儀と同様、回転量を計測するためア
ルプス電気社製のインクリメンタルロータリエンコー
ダ STEC16B04 を利用した。回転台は RS232C ケーブ
ルで PC と接続され、時間情報(月日)を送信している。
写真 3 地球儀内部エンコーダ部分
地 球 儀 は キ ム ラ コ ー ポ レ ー シ ョ ン 製 MAHINA
GLOBES スカイエース 11 号(直径 30cm)を利用し
た。 地球儀内部にはコントローラ基板、単三形電池 3
本、回転量を計測するロータリエンコーダが設置さ
れ、地球儀表面には DIN プラグ、電源スイッチが設
置されている。 ロータリエンコーダはアルプス電気社
製のインクリメンタルロータリエンコーダ
STEC16B04 を利用し、地球儀の地軸に対し写真 3 の
ように取り付けている。
写真 5 回転台
Ⅴ.CG 表示
この地球儀システムではモニタに提示する CG のコ
ンテンツとして、国立天文台 4 次元デジタル宇宙プロ
ジェクトが提供する Mitaka、
(株)オリハルコンテク
ノロジーより無償配布されている Mitaka Plus を用い
ている。図 2 に地上視点映像、図 3 に宇宙視点映像を
示してある。本システムでは地上視点映像と宇宙視点
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映像の時刻は同期している。Mitaka Plus はキーボー
ド入力による操作が可能なため、ZigBee 通信モジュー
ルと回転台に繋がっている RS232C ケーブルによって
受信したデータに応じて異なるキーボードコマンドを
実行するプログラムを動作させている。なお、受信し
たデータとは⑶で述べた 4 種類のデータと⑷で述べた
1 種類のデータ、合計 5 種類のデータを指す。
学習指導方法
平成 21 年度は茨城県つくば市の公立中学校、平成
22 年度は新潟県柏崎市の公立中等学校で実践を行っ
た。両実践とも中学校 3 年生の「地球と宇宙」の単元
で実施した。両実践ともほぼ同様の流れである。下線
部の学習でシステムを利用した。
写真 6 一斉授業のシステムの配置
Ⅰ.天体の動きと地球の運動
(日周運動と地球の自転)
1.天球の説明
・透明半球を使って演示。その後、休み時間を利用し
て、透明半球の実験をさせる。
2.太陽の日周運動と地球の自転の理解(1 時間)
・システムのモニタをプロジェクタで投影し、夏至の
太陽の動きを確認させる(演示による一斉指導、写
真 6 参照)。
・日の出日の入りを、地球儀の明暗とその時間から朝
夕を特定し、地球の自転方向を確認させる(演示に
よる一斉指導)。次時のグループ学習で、再確認さ
せるために詳細は指導しない。
・アバタをオーストラリアにセットし、オーストラリ
アの日周運動を確認させる(演示による一斉指導)。
この学習も、グループ学習で確認するため、オース
トラリアの地球上の位置の確認と、現象の確認のみ
を行う。
3.太陽の日周運動を地球の自転から考察
(発展的課題:1 時間、写真 7 参照)
・日本に人形をセットし、地球の自転を確認させる
(グループ活動)。
・オーストラリアに人形をセットし、地球の自転を確
認させる(グループ活動)。
・日本とオーストラリアでは、太陽の動きが違うこと
を考察させる(グループ活動)。
4.夜の星の動き
・星の動きを地球の自転と関係づけながら考察させる。
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写真 7 グループでのシステム利用の様子
Ⅱ.四季の星座と季節の変化
(年周運動と地球の公転)
1.地球の公転の星座の変化
・公転運動を理解させる。
2.地軸の傾きと太陽の季節変化(3 時間)
・システムの演示により、夏と冬の日周運動の比較
(日の出日の入りの方角と時刻、南中高度)をさせる。
・地軸の傾きを理解させる。
・システムを利用し、季節によって南中高度が異なる
理由を考察させる(グループ活動)
。
・システムを利用し、季節によって日照時間が異なる
理由を考察させる(グループ活動)
。
・システムを利用し、季節によって日の出日の入りの
方角と時刻が異なる理由を考察させる(グループ活動)
。
Ⅲ.太陽系と恒星
1.恒星惑星について
2.金星の満ち欠け
3.月の満ち欠け
4.銀河系の天体と構造
実践効果
以下では、太陽の日周運動の学習を評価した。茨城
実践は、システム利用の主観的評価をした。新潟実践
は、システムを利用した「システム群」と通常の地球
儀と人形を利用した「地球儀群」の比較から、地上視
点と宇宙視点の理解を評価した。
Ⅰ.アンケートによる主観的評価(茨城実践)
4 件法で調査し、その平均を求めた。「意欲的に取
り組めたか」は 3.7 点、「太陽の日周運動と自転の関
係が理解できたか」は 3.4 点、「オーストラリアの日
周運動が理解できたか」は 3.3 点、「地球儀の操作は
簡単だったか」は 3.2 点であった。システムを利用し
たことで意欲的に学習に取り組め、更には内容がよく
理解できたと感じている。また、システムを初めて使
う中学生にとって、簡単かつ自由に操作できたことが
わかる。
Ⅱ.評価テストによる地上視点と宇宙視点の評価
(新潟実践)
1.地上視点から見た太陽の日周運動
地上視点から見た太陽の日周運動に関して、システ
ム群と地球儀群の授業前後における理解を示したのが
図 4 である。本実践によって、両群とも、地上視点か
ら見る太陽の日周運動については、理解が向上したこ
とがわかる。また、遅延テストは低下している。群に
よる違いはない。
図 5 地球の自転の理解
3.日本とオーストラリアの日周運動
日本とオーストラリアの太陽の動きの違いを一斉授
業で確認した後、太陽の昇る方位の違いを、システム
群はシステムを使いながら、地球儀群は地球儀を使い
ながら考察した。ワークシートに記載された考察を得
点化したのが表 1 である。システム群は、北半球と南
半球の日周運動の違いをより正確に考察できている。
以上をまとめると、このシステムを利用することで
宇宙視点の理解を促進することが可能になる。また、
北半球と南半球の日周運動の違いを的確に理解するこ
とができる。これは、宇宙視点と地上視点が連動して
いることで視点移動を支援することができたからだと
考えられる。
表 1 オーストラリアの太陽の動きの理解
N
Maen
S.D.
システム群
24
1.96
0.71
地球儀群
52
1.29
0.91
参考文献
図 4 太陽の日周運動の理解
2.宇宙視点から見た地球の自転
宇宙視点から見た地球の自転に関して、システム群
と地球儀群の授業前後における理解度を示したのが図
5 である。本実践によって、両群とも、宇宙視点から
見た地球の自転に関する理解が向上している。特に、
システム群はより向上しているため、活用の効果が表
れている。また、遅延テストにおいても、効果が持続
している。
1)国立教育政策研究所教育課程研究センター:
平成 15 年度小・中学校教育課程実施状況調査質問
紙調査集計結果─理科─.
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/katei_h15/
H15/03001040000007003.pdf
2)中高下亨:小型 CCD カメラを搭載した地球儀の
製作と実践,平成 12 年度東レ理科教育賞受賞作品
集,29-31(2001).
3)国立天文台:4 次元デジタル宇宙プロジェクト.
http://4d2u.nao.ac.jp/html/program/mitaka/
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