時 の 話 題 ~平成25年度 第10号(H25.6.28調査情報課)~ 一般用医薬品の インターネット 販売 平成 21 年6月に施行された改正薬事法に伴う省令改正によ り、一部を除き一般用医薬品のインターネット等での販売が 禁止された。しかし、平成 25 年1月、一律の規制は違法であ るとの最高裁判決が下された。こうした中、政府は6月 14 日、 一般用医薬品のインターネット販売を認めるとの内容を盛り 込んだ成長戦略を閣議決定した。これまでの動きをまとめる。 1 現状 (1)医薬品 医薬品には、原則として医師の処方せんが必要な「医療用医薬品」と薬剤師等の専門家 からの情報提供に基づき自ら選んで使用する「一般用医薬品」がある(表1) 。 医療用医薬品は「処方薬」ともいわれ、医師の診断に基づいて交付される。一般用医薬 品は軽い病気や怪我のときの初期治療薬として、患者自身の判断で服用するための医薬品 で、街の薬局やドラッグストアなどで購入でき、市販薬、大衆薬、OTC(*)医薬品など と呼ばれている。 *OTC:Over The Counter の略で、カウンター越しに医薬品を手渡すような陳列方法 表1 「医療用医薬品」と「一般用医薬品」の違い 薬の購入方法 医療用医薬品 医師の診断に基づき交付 一般用医薬品 患者(消費者)が自己判断で購入 保険適用 使用方法 保険適用あり(薬価基準による公定価格) 医師、薬剤師の指導・助言に従って服用 保険適用なし(自由価格) 専門家からの情報に基づき自己判断で服用 効き目・副作用 比較的作用が強く、副作用にも注意が必要 比較的作用が弱いが、副作用の懸念も 出典:厚生労働省 「厚生労働 平成 25 年1月号」より作成 (2)一般用医薬品 一般用医薬品は、消費者の安全確保のため、平成 18 年の薬事法改正(平成 21 年6月施 行)により、副作用のリスクの程度に応じて3段階に分類され、リスクの区分に応じて薬 剤師又は登録販売者(*1)が情報提供する制度が導入された(表2)。 (※時の話題 平成 21 年度 第 22 号 「医薬品の安全確保と適正使用」参照) 表2 一般用医薬品の分類 分 類 品目数 (例) 対応者 情報提供 ネット販売(*3) 第一類医薬品 特にリスクの高いもの 第二類医薬品 リスクが比較的高いもの 第三類医薬品 リスクが比較的低いもの 一般用医薬品としての使用経 験が少ない等安全性上特に注 意を要する成分を含むもの まれに入院相当以上の健康 被害が生じる可能性がある 成分を含むもの 日常生活に支障を来たす程度では ないが、身体の変調・不調が起こ るおそれがある成分を含むもの 約 110 品目 胃腸薬、禁煙補助剤 等 約 8,290 品目 解熱鎮痛薬、かぜ薬 等 約 2,950 品目 ビタミン剤、整腸薬 等 <市場規模>約 401 億円 <副作用症例数>12 例(*2) 薬剤師 <市場規模>約 6,409 億円 <副作用症例数>228 例 薬剤師又は登録販売者 <市場規模>約 2,604 億円 <副作用症例数>12 例 薬剤師又は登録販売者 義務(書面による) 否 努力義務 否 不要 可 *1 登録販売者:一般用医薬品の販売資格で、1年以上の実務経験を積み、都道府県が実施する試験に合格した者 *2 市場規模と副作用症例は平成 23 年度の数字である *3 ネット販売の可否は省令(薬事法施行規則)による 出典:厚生労働省 平成 25 年2月「一般医薬品のインターネット販売等の新たなルールに関する検討会(第1回)」資料より作成 (3)一般用医薬品の副作用報告 平成 19 年度から平成 23 年度の5年 間に製造販売業者から報告された一 般用医薬品の副作用報告数は、合計 1,220 例で、毎年 250 症例前後報告さ れている(図2)。 このうち、死亡症例が 24 例、後遺 症が残った症例が 15 例あり、一般用 医薬品でもアナフィラキシーショッ ク、肝機能障害、スティーブンス・ジ ョンソン症候群(*)等の重篤な症例や 死亡に至る症例が報告されている。 図2 (症例数) 300 一般用医薬品による副作用報告(副作 用症例数)の年次推移 267 240 237 252 224 200 100 0 H19 20 21 出典:厚生労働省 平成 24 年8月 情報 No.293 より作成 22 23 (年度) 医薬品・医療機器等安全性 *スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS):発熱、発疹、粘膜のただれ、眼球の充血等の症状を特徴とし、予後が悪い場 合、失明や致命的になることもある。広範な一般用医薬品により起こりうる ものとされている。 (4)一般用医薬品のインターネット販売規制のこれまでの動き これまで厚生労働省は、一般消費者に対し薬剤師等が注意事項等を直接告げて販売する 「対面販売」を指導してきたが、インターネットを含む郵便等販売について、法令による 規制は行ってこなかった。 平成 20 年9月に厚生労働省が、対面販売の原則を徹底するため、第三類医薬品を除い て一般用医薬品のインターネットを含む郵便等販売を禁止する「薬事法施行規則等の一部 を改正する省令案」の概要を公表すると、消費者の利便性を主張してインターネット販売 に賛成する立場と、安全性を主張してインターネット販売に反対する立場の双方から、そ れぞれ要望が出された。 また、政府の規制改革会議からは規制を撤回し、新たなルール整備を行うべきとの見解 が示された。 《一般用医薬品のインターネット販売規制をめぐる主な意見》 ★インターネット販売に賛成 ・離島や過疎地域など近隣に店舗のない人、時間的制約がある人でも購入できる ・対面で購入しにくい薬(育毛剤・妊娠検査薬等)が購入できる ・対面販売でないことを起因とする健康被害の実例は確認されていない ☆インターネット販売に反対 ・対面販売でなければ、購入者の状態(高齢者、妊娠中、未成年など)の把握が困難 ・偽薬が売られる可能性がある ・インターネットで提供される情報や相談が専門家によるものであるか確認できない 出典:厚生労働省 平成 21 年2月「医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会」資料より作成 最終的に厚生労働省は、インターネット販売は対面販売と比較して専門家による購入者 の状態の把握や意思疎通が困難であり、国民に安全と安心を提供できないという従来通り の見解を示して、平成 21 年2月に「薬事法施行規則の一部を改正する省令」を公布し、平 成 21 年6月から、一般用医薬品のインターネットを含む郵便等販売を、第三類医薬品を除 いて原則禁止とした。 (5)インターネット販売規制をめぐる裁判 改正薬事法施行直前の平成 21 年5月、医薬品や健康食品のインターネット通販サイト を運営する2社が国を相手取り、医薬品のインターネット販売の権利の確認や省令の無効 確認・取り消しを求める訴えを東京地方裁判所に起こした。 その結果、平成 23 年3月に東京地裁判決では国が勝訴したが、平成 24 年4月の東京高 裁判決で国が敗訴し、平成 25 年1月の最高裁判決により国の敗訴が確定した。 <最高裁判決の概要> ◆旧薬事法の下では違法とされていなかった、郵便等販売に対する新たな規制は、郵便等販売を事業の柱 としてきた者の職業活動の自由を相当程度制約することが明らか ◆新薬事法の各規定では、文理上は郵便等販売の規制等が規定されておらず、また、それらの趣旨を明確 に示すものは存在しない 新薬事法の授権の趣旨が第一類・第二類医薬品の郵便等販売を一律に禁止する旨の省令の制定までを も委任するものとして、明確であると解するのは困難 ◆したがって、省令のうち、第一類・第二類医薬品について、郵便等販売をしてはならない等とする規定は、 新薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効 2 国の動き (1)一般用医薬品のインターネット販売等の新たなルールに関する検討会 厚生労働省は、最高裁判所の判決を受け、平成 25 年2月に「一般用医薬品のインター ネット販売等の新たなルールに関する検討会」を設置して検討を行ってきた。この検討会 では、新たな販売方法のルールについては合意に至らず両論併記されたが、安全性確保の ための方策の大枠や偽造医薬品対策等の強化については合意に至り、平成 25 年6月 13 日 に報告書を公表した。 薬のネット販売解禁へ それでもくすぶる火種 市販薬のネット販売は、副作用のリスクが高いとされる第1類、第2類の販売を厚生労働省が規制し た省令について、今年1月に最高裁判所が違法と認定したことから事実上解禁された状態になってい る。これを受けて、厚生労働省は2月に検討会を設け、新たな安全対策のルール作りを議論してきた。 ところが、会合を重ねても慎重派と推進派の溝はまったく埋まらなかった。慎重派は「市販薬の販売 には顔色を見る、においをかぐなど、五感をフルに生かせる対面でのカウンセリング体制が必要」と一 貫して主張。対する推進派は「それを義務とするならば(薬の使用者でない人の)代理購入を禁じるべ きだし、それが必要なほど副作用リスクが高い市販薬は存在しない」と応戦するなど議論は平行線の ままだった。結局、肝心のルール作りにメドが立たず、11 回目となった5月 31 日に双方の意見を併記し た報告書をまとめて議論は打ち切りになった。 その後、安倍首相は原則解禁の方針を打ち出した。原則解禁の方針が出たとはいえ、安全性を確 保するための販売ルール作りをしなければならない点は変わっていない。消費者の利便性と安全性を 両立できるルールを今度こそきちんと作ることができるのか。先行きはまだまだ波乱含みだ。 (平成 25 年6月 15 日号 週刊東洋経済 より抜粋) (2)日本再興戦略(成長戦略) 国は、平成 25 年6月 14 日、減税と規制緩和で民間活力を引き出す「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」を閣議決定した。この中で、健康長寿産業を戦略的分野の一つに位置付け、医 薬品産業の発展と市場規模の拡大のため、医薬品のインターネット販売を進めることとし た。 <成長戦略:一般用医薬品のインターネット販売> ◆ 一般用医薬品については、インターネット販売を認めることとする その際、消費者の安全性を確保しつつ、適切なルールの下で行うこととする ◆ ただし、「スイッチ(*)直後品目」および「劇薬指定品目」については、他の一般用医薬品とはその性質が 異なるため、医療用に準じた形での慎重な販売や使用を促すための仕組みについて、その成分、用法、 用量、副作用の発現状況等の観点から、医学・薬学等それぞれの分野の専門家による所要の検討を行 う。秋頃までに結論を得て、所要の制度的な措置を講じる ◆ 検討に当たっては、インターネット販売か対面販売かを問わず、合理的かつ客観的な検討を行うものと する *スイッチ(医薬品):従来医療用として使用されていた医薬品のうち、長年の使用実績があり、処方せんなしに使用しても、 比較的安全とみなされる成分を一般用医薬品に転用(スイッチ)したもの 高まる利便性 安全啓発必要 薬のネット販売について電通総研が3月に行った調査では、「市販薬のネット販売が開始されれば利 用したい」と答えた人は8割に上る。しかし、薬害被害者らからは「市販薬のネット販売が経済の活性化 にどうつながるのか」と疑問や不安の声もある。「薬」とどう付き合っていくか、消費者も問われている。 実際に多くの消費者は市販薬のネット販売に抵抗はない。電通総研が全国の 20~60 代の男女2千人 を対象に行った調査では、市販薬のネット販売に「賛成」は 58.7%、「反対」は 10.7%。77.2%がネット販 売が解禁されれば利用したいと答えた。 ネットでなら購入したい市販薬には、ビタミン剤(10%)▽育毛剤(9.7%)▽漢方薬(9.5%)―などが挙 がり、調査は「インターネットで市販薬が買えるようになれば、市場規模は最大 2400 億円拡大する」と結 論づける。消費者の利便性向上に期待する声は大きい。 電通総研の調査では、気になる結果も出ている。消費者がネット販売に感じるメリットに、「店員に話し かけられない」(10.5%)▽「購入時に薬剤師・店員の商品説明を聞かなくて済む」(5.9%)―を挙げた点 だ。市販薬のネット販売が解禁されれば利便性は増すが、同時に薬の安全性に対する意識を消費者に 啓発する必要性も増すといえる。 (平成 25 年6月5日付 産経新聞 より抜粋) 3 今後の課題 インターネットによる一般用医薬品販売については、消費者の安全性確保のためのルー ルがこれから検討されることとなっている。すでにインターネットによる一般用医薬品の 販売を行っている通販サイトでは、購入時に症状の入力を必要としたり、薬剤師によるネ ット相談を受け付けたりするなどの独自の取り組みを行っているところもある。 今後、医薬品がより手軽に購入できるようになるが、使用方法や服用量を誤れば、重大 な健康被害が起きる可能性がある。消費者のそうしたリスクを最小限にし、安全性と利便 性を両立させるインターネット販売の仕組み構築とルールづくりが求められる。
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