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第 24 回 「パリ会議 ~凱旋門賞競走と国際競馬会議~」
横田 貞夫 (よこた さだお)―――――――――――――――――――――――
栗東トレーニング・センター
競走馬診療所 所長。
昭和35年生まれ。
岐阜大学大学院 農学研究科
オルフェーヴル号の出走した凱旋門賞競走は、毎
ています。欧州では英国の動物福祉団体による活動
年10月第1週の日曜日に開催されることになってい
に対応するために鞭の使用が規制されてきており、英
ます。世界最強馬の称号を競うべく世界各国の強豪
国では他にもグランドナショナル競走における事故
馬が参戦してくる本競走は、パリ郊外にあるロンシ
の多さが問題になっています。また、米国ではエイ
ャン競馬場で行われますが、この凱旋門賞競走に合
トベル号がケンタッキーダービー出走時に故障して
わせて世界各国の競馬統括機関(日本では地方競馬
安楽死になった件について、競走直前に薬物が投与
全国協会とJRAがこれにあたります)が一同に会
されていたことが大きな問題となっています。
し、競馬に関するルールづくりや各国の競馬統括機
このように世界各国で起こっている競走馬に関す
関が抱える諸問題について話し合いが持たれます。
る福祉の問題について、IFHA として明確な指針を示
この会議は通称『パリ会議』と呼ばれていますが、
前に設立されました。獣医部門に関わる課題が多い
れるものに反映され、各国の競馬ルールの統一が図
ことからJRAからも獣医職員が委員として参画し
られています。今回は、この『パリ会議』について
ています。
紹介したいと思います。
IFHA(国際競馬統括機関連盟)
サッカーは世界各国で人気のあるスポーツですが、
り込まれ、競走期はもちろん、競走馬の育成段階や
置く FIFA(国際サッカー連盟)で定められています。
引退後の取り扱いについても定めている「パリ協約」
サッカー同様に、競馬のルールが世界各国で異な
っていては国際交流競走が行われる際に問題が生じ
ます。そこで、国際的に統一されたルールを定める
競走馬診療所に8年、
JRA本部
馬事部防疫課・獣医課に
11年勤務して、
2010年3月から現職。
全般について見直しが図られようとしています。
「パリ協約」第6条 ~禁止薬物~
ために組織されたのが IFHA(国際競馬統括機関連
「パリ協約」は、馬名登録や騎手の斤量など競馬に
盟)で、本部はパリに置かれています。1961年に発
関することを多岐にわたって定めていますが、私ど
足したこの組織は、世界各国の競馬統括機関の事務
も獣医部門として最も関連があるのが第6条「禁止
局長クラスが一同に会し、国際ルールの修正協議や
薬物」です。今後は「馬の生物学的高潔性」と名称
各国で問題になっていることの解決を図っており、現
が改められ、薬物の問題はもとより、最近スポーツ
在59ヵ国から63の競馬主催団体が加盟しています。
の世界で話題になっている遺伝子ドーピングについ
この会議で取り纏められている国際ルールが通称
て、競馬の世界でも規制するように条文で定めよう
「パリ協約」と呼ばれるもので、正式には 「生産、競
としています。
馬及び賭事に関する国際協約」 と表記されます。こ
遺伝子ドーピングはヒトの医療で行われている遺
の名称からもお分かりいただけるように、競馬のこ
伝子治療を応用して筋肉増強を図るもので、その実
とだけを取り扱っているだけではなく、生産から賭
態はヒトのスポーツ界においてもまだまだ未確認の
事に関することまでサラブレッド産業に関わること
ことが多いのが事実です。というのも、もともと身
全般に対しての国際ルールの確立に努めています。
体のなかにある筋肉を作り出す能力を遺伝子操作に
「パリ協約」の条文は30条から構成されており、各国
よって増強するものですから、薬物が投与された場
は自国のルールと照らし合わせて条文ごとに批准す
合に薬物を検出するのとは異なり、遺伝子を操作し
るかしないかの立場を明確にしています。
た事実を解明することが困難だからです。
I F H A には執行協議会を頂点として様々な分科会
しかし、サラブレッドの血統(遺伝子)を300年に
議が設立されています。来年からJRAでも導入さ
わたって守り育ててきた競馬産業を脅かすかもしれ
れる裁決(降着・失格の判断)基準の見直しについ
ない遺伝子操作について、IFHA は断固として規制す
ても、『競走ルール(裁決事項)の調和に関する委
る態度を明確に内外に示そうとしています。
員会』で長らく協議されてきたもので、JRAから
も裁決委員がこの委員会に参画しています。
また、ワールドサラブレッドランキングは IFHA か
競走馬診療所に7年、
に基づいて見直しを図ろうとしています。
「パリ協
約」の序文には馬の福祉・幸福についての理念が盛
ら発表されています。凱旋門賞競走で2着となった
栗東トレーニングセンター
に紹介した「パリ協約」全体についても福祉の理念
が必要で、サッカーの国際ルールはスイスに本部を
獣医学専攻を修了し、
(現JRA)入会。
この委員会では、各地域を代表する委員によって
馬の福祉について指針を定めようとしていますが、先
国際大会を開催するためには統一したルールの存在
1984年日本中央競馬会
美浦トレーニングセンター
そうということで『馬の福祉に関する委員会』が3年
ここで取り纏められたルールは「パリ協約」と呼ば
次回は、競走馬診療所が行っている各種講習会に
ついて紹介したいと思います。 オルフェーヴル号は宝塚記念競走を見直した結果、
127ポンドと世界第3位の評価がなされていますが、
このランキングを決定するのが各国のハンデキャッ
パーが集う『国際ハンデキャッパー会議』であり、J
RAからもハンデキャッパーが出席しています。
『馬の福祉に関する委員会』
凱旋門賞競走でオルフェーヴル号に騎乗したスミ
ヨン騎手が鞭の不適切な使用について制裁が課され
パリ会議はIFHA
(International Federation of Horseracing
Authorities:国際競馬統括機関連盟)によって開催され
ています。この連盟は1961年に米、仏、英、愛の4カ国
で世界的な競馬の公正確保や、繁殖、競走、賭けの世界
的な原則の調整、技術的、社会的、経済的な競馬の発展
などのために設立され、1967年からパリで会議を開いてい
ます。日本も1978年から毎年参加しており、現在の会議
参加国は59カ国63団体に及びます。
次回は11月26日発行号