日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題 -教育改革国民会議から

東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 61 集・第 2 号(2013 年)
日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
―教育改革国民会議から中央教育審議会までの審議を中心に―
頼
羿
廷
本研究の目的は,日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題について明らかにすることである。
本稿では,「教育改革国民会議報告」
,
「公務員制度改革大綱」
,
「中央教育審議会答申」及び議事録
を対象に分析することによって,そもそも教員評価制度はどのような考え方に基づいて生み出され
たのか,また,国が教員評価制度を導入することで達成しようとした目的は何であったのか,日本
の新しい教員評価制度の本質と課題について追究する。
キーワード:新しい教員評価,教育改革国民会議,公務員制度改革大綱,中央教育審議会答申
はじめに
本稿では,日本における教員評価システムの原点に戻り,国がどのような考え方に基づいて教員
評価制度を導入したかという教員評価政策の成立経緯について明らかにすることを目的とする。
教員評価制度に関する先行研究は,勤務評定制度の歴史的考察,外国の教員評価制度の紹介,新た
な教員評価制度の内容と制度運用の検討,教育現場における関係者の意識調査,の 4 つに大きく分
かれる。管見によれば,ほとんどの先行研究では教員評価制度に関わる政策経緯を踏まえているた
め,一目で国全体の政策の動向が把握できる。しかし,その審議の過程で教員評価制度に対してど
のような考え方があったか,あるいは除外された考え方は何があったのか,政策として最終的に採
用されたものはどのような性格を有しているのかについては言及されていない。こうした点は,日
本の教員評価制度の根本的意義を明らかにする上で非常に大きな意味を持っていると考えられる。
一方,教員評価政策の策定過程及びそのあり方に関する先行研究は,
「政策過程から見た教員評価
制度の特質と課題」
(佐藤全・松澤杏,2002)がある。同論文では,熊谷 (1976) の政策循環過程(政策
立案・形成→決定→実施)の理論モデルと村松 (1988) の中央地方関係(垂直的行政統制)と多元的政策
主体(水平的政治競争)を視野に入れた理論モデルを援用し,勤務評定制度と東京都教員人事考課制
度に関する政策過程について分析と整理が行われている。研究結果としては,
「政策過程には,政策
立案着手の現実的な動機が教育課題以外の要請にも対応することにあり,また,教育問題の集約や
課題解決利害の調整を経て政策決定を行うべき教育委員会は,教育長を含む教育官僚体制のもとに
教育学研究科
博士課程後期
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日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
あって本来の任務を遂行していない(佐藤全・松澤杏,2002)
」ということであり,教員評価政策の評
価が必要であると指摘した。新しい教員評価制度がもし教育課題を問題解決の中心に置いていると
したら,
「職務遂行の結果が予定されている成果に到達しているか否かを決定するだけではなく,職
務遂行能力を向上させるために将来にわたって援助することであり,形成的評価に相当する教員評
価の目的(佐藤全・松澤杏,2002)
」にするべきと考えられる。しかし,現在新しい教員評価制度の目
的は「教員の資質向上」と「学校組織の活性化」という二本立てとなっており,自治体によって教員の
資質向上を優先させるか,学校の活性化を優先するかという矛盾が学校現場で生じている実情も確
認できる(頼羿廷,2012)
。
「政策過程には,政策立案着手の現実的な動機が教育課題以外の要請にも
対応することにある(佐藤全・松澤杏,2002)
」という先行研究からの結論を踏まえ,日本教員評価制
度の政策形成・確立のプロセスに当時の政策背景や関連答申の議事録を検討しなければならない。
本稿では,先行研究を踏まえた上で,熊谷理論モデルにおける「政策立案・形成」の段階に着目し,
2000(平成 12)年に「教師の意欲や努力が報われ評価される体制をつくる」と提案した教育改革国民
会議を始め,2001(平成 13)年の公務員制度改革大綱を踏まえながら,中央教育審議会における関連
答申を対象に,分析を行うことによって,新しい教員評価制度をめぐる国の政策動向および新しい
教員評価制度設定の趣旨を明らかにする。
1
教育改革国民会議の「教師の意欲や努力が報われ評価される体制」
臨時教育審議会の答申以後の新しい教育問題に対応するため,平成 12 年 3 月内閣総理大臣の下に
教育改革国民会議が発足し,第 1 分科会―人間性,第 2 分科会―学校教育,第 3 分科会―創造性の 3
つの分科会が設けられ,教員評価については「教員」一般の問題など第 2 分科会で議論された。同会
議は,国レベルで初めて正式に教員評価について論議された重要な会議であるため,教員評価政策
の動向を左右する本会議の報告とその議事録を検討する必要があると考えられる。以下,
「教育改
革国民報告―教育を変える 17 の提案―」
(2000 年 12 月)
(以下,教育改革国民報告と呼ぶ)を中心に,
教育改革国民会議中間報告(2000 年 9 月)
,教育改革国民会議 分科会審議の報告(2000 年 7 月)と第 2
分科会の議事録を踏まえながら,教員の評価をめぐる議論を見ていきたい。
教育改革国民会議報告においては,
「人間性豊かな日本人を育成する」
,
「一人ひとりの才能を伸
ばし,創造性に富む人間を育成する」
,
「新しい時代に新しい学校づくりを」,「教育振興基本計画と
教育基本法」という 4 本柱が立てられ,それぞれ計 17 の提案が出された。その中,
「新しい時代に新
しい学校づくりを」の下に「教師の意欲や努力が報われ評価される体制をつくる」と提案され,以下
のような記述と提言が見られる。
4. 新しい時代に新しい学校づくりを
◎教師の意欲や努力が報われ評価される体制をつくる
学校教育で最も重要なのは一人ひとりの教師である。個々の教師の意欲や努力を認め,良い
点を伸ばし,効果が上がるように,教師の評価をその待遇などに反映させる。
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提言
(1)努力を積み重ね,顕著な効果を上げている教師には,「特別手当」などの金銭的処遇,準管理職扱いなどの人
事上の措置,表彰などによって,努力に報いる。
(2)すべての教師が,退職するまで児童・生徒に直接接し,教える仕事に就くことが望ましいとは限らない。学校
内でも適性によって異なる役割を負い,また,必要に応じて学校教育以外の職種を選択できるようにする。
(3)専門知識を獲得する研修や企業などでの長期社会体験研修の機会を充実させる。
(4)効果的な授業や学級運営ができないという評価が繰り返しあっても改善されないと判断された教師について
は,他職種への配置換えを命ずることを可能にする途を拡げ,最終的には免職などの措置を講じる。
(5)非常勤,任期付教員,社会人教員など雇用形態を多様化する。教師の採用方法については,入口を多様にし,
採用後の勤務状況などの評価を重視する。免許更新制の可能性を検討する。
この提言では,教員の評価をその待遇などに反映することによって,学校教育で最も重要な教師
の意欲や努力を伸ばし,学校教育の効果を高めるという考え方を示している。具体的には「努力に
報いる昇進昇給の措置」
,
「適材適所への配置」,「校内外の研修充実」,「不適任教師の措置を徹底化
する」
,
「多様な雇用形態」
という 5 つの提言である。
提言の中で,注目したいのは(2)の「学校内でも適性によって異なる役割を負い,また,必要に応
じて学校教育以外の職種を選択できるようにする」というところである。教育改革国民会議中間報
告では,そもそもこの提言はなかったが,教育改革国民会議第 12 回議事録 1 によると,そこには第 2
分科会の審議報告における「教員の適性に合わせた校内役割と転職を含めたキャリアパスを用意す
る」
という観点が入れられたことが分かる 2。
また,「◎教師の意欲や努力が報われ評価される体制をつくる」の説明で,「…個々の教師の意欲
や努力を認め,良い点を伸ばし,効果が上がるように,教師の評価をその待遇などに反映させる」と
いう記述が見られるが,中間報告段階では,「個々の教師の努力や意欲を認め,良い点を伸ばし,効
果が上がるように評価と結果のフィードバックを行う」という文言であった。教員のやる気を引き
出すための手段は「評価と結果のフィードバックを行う」という仕方から「教師の評価をその待遇な
どに反映させる」
ということに変更された明確な理由は議事録からは確認できなかったが,第 2 分科
会の第 3 回議事録を通してみれば,それは評価結果について公表するかどうかで委員の意見が分か
れたからであると言え,上記 5 つの提言との整合性を図るために,修正したものと考えられる。
評価結果を公表すべきだという意見は以下のようにあった。
【田村委員】
評価する際に大事なのは,公表なんです。税金でやっている以上は公表しなきゃいけないわけ
です。その公表の仕方は難しいと思いますよ。しかし一切公表しないでやった評価なんていう
のは,何の意味もないんですよ。その公表をどうするかっていうことまで含めて,議論をした結
果を書かないと,はっきり公表しない評価なんて何の意味もないってまで書いておいた方がいい
と思うんですね。公表するということが前提にあって評価に取り組まないと,一切公表しません
よって言ったら,それは評価にならないです。それは,すべて本人の自覚に任せるっていう話で
しょう。私は給料には差別付けないで,そのかわり結果を公表するというのが一番いいと思って
いるんです。だって,
文句言えないですから。給料に差を付けるのは難しいと思いますけれども。
― 131 ―
日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
【金子主査】
公表するということも一つのリワードないしペナルティーだと思いますけれども。それに,
内部でやってよって言えば,なあなあでもって終わってしまいますね。だから,評価をだれが
するかっていう主体の問題と,それからその評価の結果をどういうふうに実行するかというこ
とについて,何かございますでしょうか。どういうのがいい ---これに対して,公表しないと主張した意見は,以下の通りである。
【藤田委員】
一般的な評価結果の公表はともかく,個人のプライバシーまで公表する必要はまったくない
わけですから。リウォードというか,報酬配分には反映されるわけでしょうから。
【今井委員】
でも,それが(教師の評価結果)
,保護者にまでわかると,どこのどういうところを選択すれ
ばいいのかなっていうのが,はっきりわかってくるんですね。
まとめると,評価を公表する意見は,教員の仕事と評価は税金によっているため,その結果は保
護者・社会に公表されるべきであり,また公表されないと単に本人の自覚に任せることになり,本
来の評価にはならないという主張である。他方,公表に反対する意見は,評価結果を公表した場合
に個人のプライバシー問題に及ぶことと,保護者や生徒が教師を選別する道具になるという危惧が
あるので,マイナスの効果になるという主張である。このような意見の不一致があったので,
「公表」
という言葉使いは「フィードバック」という表現の仕方で分科会の審議報告には採用されたものの,
最終の報告では却下されたことが推測でき,さらにこの時点では,学校現場の教員が教員評価の結
果を公表するにはまだ慣れていないし,反発する可能性が高かったと予想できる。
その他,正式の提案として入れられなかった注目すべき意見は以下の 2 点である。一つは,新し
いマネージメント理論 3 を引用し,給与・処遇で報いる代わりに,本人がやる気を出せる,いわゆる
自己実現の欲望が満たされることを鍵にして,教師のやりがいを引き出すべきであり,評価結果を
給与へ反映すべきでないという主張。この主張は結果的には採用されなかったが,学校現場におい
て評価結果と処遇とを結びつけることの問題点と不安とを表明したものであった。
もう一つは,提案にも出た「教員評価の仕方によっては,これまでの日本の教育現場の協調性の
よさが失われる恐れがある」という意見である。それは教員評価制度を全国一律に導入することで
はなく,評価制度のフレームワークは都道府県の教育委員会レベルで当事者たちが集まって最善の
仕方を考え,自分たちなりのシステムをつくるべきという意見である。その後の教員評価の展開を
見ると,従来のように中央政策⇒先行実施県のモデル⇒各地方という 3 次元の垂直的な関係ではな
く,水平的な関係で進行することになるので,この意見に注目しておきたい。
以上,教育国民会議の審議について検討してきたが,種々の論議の末に,前述したように,「教師
の評価を待遇などに反映させる」という方針が確定されたのである。その場合,評価の公表につい
― 132 ―
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ては決定されず「フィードバック」
という言葉も採用されなかった。ただし,不適格教員は転職も含
めて厳格な措置をとることとされたのである。
2
公務員制度改革大綱の「能力評価・業績評価と新給与制度」の確立
1997 年 4 月に総務庁(当時)に公務員制度調査会が設置したことをはじめ,公務員制度改革が動き
出した。1999 年の「公務員制度改革の基本方向に関する答申」では,「能力・実績に応じた昇進・給
与を支える人事評価」の整備の必要性を指摘している。2000 年 12 月 1 日に「行政改革大綱」が閣議決
定され,
「年向序列的な昇進や年齢給的な処遇を改め,成果主義・能力主義に基づく信賞必罰の人事
制度の原則を明確にするなど,国家公務員法,地方公務員法等のみなしを行う 4」ことを明記された。
そして,
「公務員制度改革の大枠」
(2001 年 3 月)及び「公務員制度改革の基本設計」
(同年 6 月)を踏
まえ,2001 年 12 月 25 日には「公務員制度改革大綱」が閣議決定された。
公務員制度改革大綱においては,
「現行の人事制度においては,職員の能力や成果を適切に評価し,
その結果を任用や給与に有効に活用する仕組みが不十分であることなどから,採用試験区分や採用
年次等を過度に重視した硬直的な任用や年功的な給与処遇が見られること,また,職務や職種の特
性等を踏まえた職員の計画的な能力開発の仕組みが不十分で持てる人材を必ずしも有効に活用でき
ていないこと,さらには,組織の目標や職員に求められる行動の規準が不明確で徹底する手段もな
いことなど,様々な問題が生じている」
と指摘された。要するに職員の適切な評価,硬直的な年功序
列の是正,人材の有効活用,組織目標や職員の行動基準の明確化の課題が明示されたのである。
そのために,新たな能力等級制度を導入し,任用・給与・評価等の諸制度を再構築することにより
能力や業績を適正に評価した上で,
能力本位で適材適所の人事配置を推進するとともに,能力・職責・
業績を適切に反映した給与処遇を実現するという考え方を示した 5。それに伴い,教員である教育
公務員の在り方もこのような一般職の公務員制度改革の動きと連動して,2006 年 4 月に新公務員制
度の施行に合わせて見直しを行うことが求められた。
この公務員制度改革の中で,教育公務員に対して,もっとも制度上の変化をもたらしたのは「能
力・職責・業績を反映した新給与制度の確立」と「能力評価と業績評価からなる新評価制度の導入」
である。以下のように述べている。
「公務員制度改革大綱」
(抜粋)
⑶ 能力・職責・業績を反映した新給与制度の確立
① 基本的考え方
職員一人一人の貢献度をその能力・職責・業績に応じて適切に反映した,能力向上と業績達成に対するインセ
ンティブに富んだ給与処遇を実現するため,新たな給与制度を導入する。
② 具体的措置
ウ 業績手当(業績給)
民間における賞与に相当する給与種目として,業績手当を設ける。業績手当は,安定的に支給する部分(基礎的
支給部分)と勤務実績に対応して支給する部分(業績反映部分)で構成し,6 月と 12 月に支給する。人事管理権
者は,職員の勤務実績を業績反映部分の支給額に適切に反映できるよう,あらかじめ定められた明確な基準に
基づき,それぞれの実情に応じて,標準を上回る又は下回る支給額の段階数,具体的な額及び分布率を設定する。
個々人の業績反映部分の支給額は,直近の業績評価を重要な参考資料として人事管理権者が決定する。なお,
本府省課長級等の等級が上位の者については,業績反映部分の比率を高める。基礎的支給部分,業績反映部分
ともに,職員の勤務状況(期間率)を反映させる。
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日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
「(3)能力・職責・業績を反映した新給与制度の確立」では,「職員一人一人の貢献度をその能力・
職責・業績に応じて適切に反映した,能力向上と業績達成に対するインセンティブに富んだ給与処
遇を実現するため,新たな給与制度を導入する」と説明され,つまり,教育公務員への成果主義的な
賃金体系の導入が謳われ,今後教員評価制度における評価結果を給与へ反映することの法的正当性
が与えられたと考えられる。
「公務員制度改革大綱」
(抜粋)
⑷ 能力評価と業績評価からなる新評価制度の導入
① 基本的考え方
職員一人一人の主体的な能力開発や業務遂行を促し,人的資源の最大活用と組織のパフォーマンスの向上を図
るとともに,能力等級制度を基礎とした任用制度,給与制度を始めとする新人事制度を適切に運用するため,
現行の勤務評定制度に替え,能力評価と業績評価からなる新たな評価制度を導入する。
② 具体的措置
ア 能力評価
能力評価においては,職務遂行能力の発揮度を能力基準に照らして評価することにより,職員の主体的な能力
発揮・能力開発を促すとともに,人事管理権者による等級への格付け及び任免の際の重要な参考資料とするほ
か,計画的な人材育成に活用する。
イ 業績評価
業績評価においては,目標管理の手法を用いて業績を評価することにより,職員が組織の目標を明確に意識し
て,主体的な業務遂行に当たることを促すとともに,人事管理権者による基本給の加算部分決定の勘案要素と
し,業績手当の業績反映部分決定の重要な参考資料とするほか,計画的な人材育成に活用する。
ウ 評価制度の適正な運用を図るための仕組みの導入等
評価の公正性・納得性を確保するため,複数の評価者による評価,評価者訓練,評価のフィードバック,職員の
苦情に適切に対応する仕組みの整備などを,各府省の実情を踏まえつつ行うとともに,制度の趣旨・内容を職
員に周知徹底し,評価制度の適正な運用を図る。各府省は,新評価制度の実施に当たり,人事担当部局などに
おいて,評価制度の適正な管理・運用を行うために必要な体制を整備する。
新人事制度を適切に実施するためには,公正で納得性の高い評価制度の円滑な導入が不可欠であることから,
各府省がそれぞれの実情を踏まえた手法により評価の試行を十分に行い,その試行結果を踏まえつつ具体的な
制度設計を行う。
「
(4)能力評価と業績評価からなる新評価制度の導入」では,
「現行の勤務評定制度に替え,能力評
価と業績評価からなる新たな評価制度を導入する」こととされた。特に業績評価においては,民間企
業の人事考課で導入されている「目標管理」と呼ばれる手法を用いて業績を評価し,その結果を業績
手当へ反映することが提言され,これまでの勤続年数に過度に依存した賃金体系から業績に応じた
配分を行う成果主義的な賃金体系への移行が公務員においても目指されるところなったのである 6。
以上,公務員制度の改革は,新しい教員評価制度設立の環境と雰囲気づくりに大きな役割を果た
したことはもちろんであるが,同時に,新しい教員評価制度の原理的側面においても重大な影響を
与えるのである。
3
中央教育審議会答申にみられる教員評価の在り方と役割
(1)教えるプロとしての教師への育成
2001 年 2 月 19 日と 26 日の文部科学広報によると,2001 年を教育新生年と位置づけ,1 月 25 日に第
1 回の「文部科学省教育改革推進本部」を開催し,前年 12 月 22 日に教育改革国民会議がまとめた最
終報告を基に,「二十一世紀教育新生プラン」を決定した。
「今後,文部科学省として取り組むべき
教育改革の全体像を示したものであり,このプランに基づき教育改革を迅速・果断に実行すること
としている」と説明されている 7。
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具体的には,7 つの重点戦略を着実に実行することを通じて,教育改革国民会議最終報告に掲げ
られた教育改革の 3 つの視点,すなわち,①人間性豊かな日本人の育成,②一人ひとりの才能を伸ば
し,創造性に富む人間の育成を図る,更には,③新しい時代にふさわしい学校づくりを行うことを
通じて,
「国民の信頼・期待に応える学校教育の新生及び家庭や地域の教育力の向上」を実現し,「国
際社会に対して我が国が貢献していく土台となるような教育システムを構築」するという 8。その中
で,教員の処遇に関する「③新しい時代にふさわしい学校づくりを」は以下の通りである 9。具体的
には「教える『プロ』
としての教師の育成」という施策意識で,優秀な教員に対する表彰制度,あるい
は逆に不適切な教員へは厳格な対応が盛り込まれた。
「一所懸命頑張って成果を上げている方は伸
ばす,そうでない方にはそれなりの」
という対応である。2001 年 12 月の時点で実施済の主要施策は,
①「指導力が不足し十分な適格性を有しないと認める教員以外の教員へ円滑に異動させるための方
途の創設」とその人事管理システムづくりの促進」
,②教員の社会体験研修の大幅な拡充,③教員採
用方法の多様化,④教員定数を活用した非常勤講師で再任用短時間勤務教員の任用,⑤特別非常勤
講師の拡大,⑥国の行う教員研修事業の一元的実施,⑦教員の自主的・主体的研修活動の奨励である。
他方,未実施の施策は,⑧優秀な教員の表彰制度とそれに連動した特別昇給の実施,⑨免許更新制
の可能性の検討である。注目しておきたいのは,
「優秀な教員の表彰制度とそれに連動した特別昇
給の実施」は教育新生プランに取り入れたものの,検討中という状況となっていたことである。こ
の 21 世紀教育新生プランは,教員評価制度の導入を後押しする役割となり,2003 年に文部科学省が
各都道府県教育員会又は指定都市教育員会に「教員の評価に関する研究」という委嘱研究が始まっ
た背景となる。
(2)能力と実績の適正評価
次いで2002年2月21日に発表された中央教育審議会答申「今後の教員免許制度の在り方について」
では,第 2 部教員免許更新制の可能性における「4,教員の資質向上に向けての提案」で教員の適格性
の確保,専門性の向上及び信頼される学校づくりの 3 つの方向性が取り上げられた。そして,「信頼
される学校づくりのために」をもとに,新しい教員評価システムの導入を含む提言を行った。この
提案から,信頼される学校づくりのために,新しい教員評価システムの導入が必要であると考えら
れ,その新しい教員評価制度の目的は「教員の資質能力の向上」であり,「能力と実績の適正評価」と
「評価結果を配置,処遇,研修に結びつける」というところに重点が置かれたと読める。これらの考
えを基づいて,さらに公務員改革制度の動向を踏まえながら早急に研究調査の実施など,新しい教
員評価制度の導入を検討することが必要であると提言された。
(3)優秀教育の表彰と特別昇給
また,
この答申と同日に出された「新しい時代における教養教育の在り方について」
(答申)10 では,教
養の重要性を示し,21 世紀に求められる教養について検討を行い,幼少年期・青年期・成人に分けてそ
れぞれの教養教育へ提言し,教養を涵養する方策を取り上げている。その幼少年期における教養教育
― 135 ―
日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
については,教員の力量について言及され,
「子どもたちに教養の基礎を培っていくためには,教員一人
一人が,
教養の持つ意味を自覚し,
生涯にわたって教育者として力量を高めるとともに,
常に向上心を持っ
て教養を磨くことが必要である」
と示され,
教員の養成・採用・研修と一貫してこれを重視すること求められ,
その観点から,教員への「評価等の促進」が特筆されている 11 。「保護者や地域の住民等への授業の
公開をはじめ,多様な観点から授業の改善のための評価を受けることは,教員の自己啓発を促し,力量を
高める上で意義深いものであり,積極的な導入が期待される。併せて,各都道府県教育委員会等にお
ける勤務評定の評価方法等の工夫,表彰制度や特別昇給の実施等を通じて,優秀な教員を適切に評
価しその処遇の改善を図っていくことも求められる」
という内容で,
(1)授業公開による授業改善を筆頭に,
(2)教育委員会による評価方法の工夫,
(3)優秀教員の表彰,
(4)特別昇給等が提案されている。
今日では,授業公開は日常化してきたが,この時点では,特に高等学校等において授業を公開し
批評を受けることを拒否している風潮があったので,教員の資質向上の点で,注目すべき提案であっ
たといえる。小中学校は以前から授業研究会は存在したが,以後,高等学校でも授業公開が進展す
ることになった。教員評価は,まず授業改善から始まっていることを注目しておきたい。この後の
全国都道府県等の実態を見ると,授業改善を重視しているところと,教員一般の資質点検に終始し
ているところとがあるからである。
もう一つ注目すべきは,評価を待遇改善に連結することが明示されたことである。評価によって
待遇に差をつけることを本気で進めようとしていることが明らかに見えてきたからである。この答
申を受けて,さらに 18 年度から実施予定の公務員制度改革を見据え,文部科学省は 2003~2005 年度
にかけて,教員の評価システムの改善について,都道府県教育委員会又は指定都市教育委員会に対
して,
「教員の評価に関する研究」
という実践的な開査研究を委嘱する施策を打ち出すに至る。今後
3 カ年度の間に「可及的速やかに教員評価システムの改善を図り,2006 年度には,本格的導入となる
よう指導」することが要請され,これにより,教員についても,従来の勤務評定にかわる「新しい教
員評価」制度の導入が求められるようになったのである 12。
(4)体系的な人材育成システム
2004 年 5 月24日に,学校の組織運営の在り方について検討するために,中央教育審議会の初等中等
教育分科会の下に教育行財政部会
「学校の組織運営に関する作業部会」
が設立された。本部会は東京都,
神奈川県,香川県,大阪府,広島県,京都市,三重県等の人事評価制度を検討し,全国教員評価制度の
実施概要調査結果を踏まえたうえで,2004 年 12 月20日に「学校の組織運営の在り方について(作業部
会の審議のまとめ)
」
(以下「審議まとめ」と呼ぶ)を出した。それは,主体的な学校づくり・特色ある教
育活動を展開することが求められているので,学校の裁量を広げてその権限を強化する取組を進めよ
うとするものであった。具体的には,校長・教頭の適材確保と教職員の資質向上,学校運営組織の見直
し,学校の事務・業務の効率化,自主性・自律性の確立などについて提言を行っている。ここで注目す
べきのは,
「教職員の評価と処遇」
を提言していることである。以下,その趣旨を分析しておきたい。
「審議のまとめ」では,
「公務員法制上の勤務評定制度はあるが,一律の評価や処遇となっている
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など,
評価や処遇に差を設けることに消極的であり,必ずしも十分に行われていない」ことを反省し,
公務員制度改革に合わせて,
「評価結果について適切な処遇への反映を図ること」を提案している。
そして,教員の評価と処遇に関しては,
「人材育成と業務改善の 2 つの視点を重視」すること,かつ,
「チームとしての活動を適切に評価できるよう検討する」ことを要請している。審議過程では,教員
評価を導入することで,
「人材育成」につながるのか,また,「チームとしての活動」がかえって阻害
されないかなど種々論議されたが,答申としては,それらを重視して進めたいとしている。
また,評価の改善充実に当たっては,
「すべての都道府県,指定都市の教育委員会において」一層推
進することを求めていることに注目したい。従来の勤務評定に変わる新しい教員評価を全国すべての教
育委員会で実施することを要請しているのである。その場合,評価は(1)
「公正で透明性の高い」こと,
かつ,
(2)
「職務行動(コンピテンシー)
を基準として明確にする」
こと,
(3)
「自己改善に資する」
こと,
そし
て(4)
「評価者とのコミュニケーションを促進する」仕組みとすることという4 つの条件が求められている。
従来の勤務評定は,そのプロセスが不透明であり,必ずしも基準が客観的ではなく資質向上につな
がらなかったこと,校長・教頭等とのコミュニケーションを促進するものではなかったので,
これらを反省し
た新しい教員評価システムを要請しているものであるが,同時に,
この後,各都道府県等での教員評価
システムの形成過程を分析する場合,その 4 条件が重視されていることを踏まえておきたい。
教員評価を進めるに当たっては,
「目的管理手法は業務改善の一方法であり,単なる評価のため
だけの目標管理とならないようにし,学校全体の目標を共有した上で,これに基づいて個々の職員
が自己の目標を設定することが大切である」として,「学校が目標達成のためのチーム」となること
が強く要請されている。
「学校組織の中でどれだけの役割を果たしたか,あるいはその貢献度など
についても評価されるよう工夫することが必要である」という。
要するに,
「学校組織全体の総合力の向上につながる」
ことがポイントであって,学校目標から離れ
た個々の資質向上は求められてはいない。ここに教員評価システムの形成にとって,
(5)学校の目標
達成と(6)組織全体の総合力向上,という 2 つの条件が打ち出されていることに注目しておきたい。
この「新たな評価システム」
は「有効に機能し適正な評価が行われる」ことが必要であるので,「審
議のまとめ」では,さらに評価者の十分な研修をすること,評価システムに対する自己評価と第三者
評価を取り入れること,そして学校評価など組織単位で評価する仕組みも合わせて検討することな
どを要請している。評価システムの十全な運用のためには,
(7)評価者研修,
(8)自己評価,
(9)外
部評価,(10)学校評価の 4 条件が大切であるというのである。
さらに「処遇などへの反映」の問題がある。
「審議のまとめ」では,
「現行でも特別昇給や普通昇給
延伸,勤勉率など」があり,前述の評価システムと連結することを要請している。
「具体的には,一般
的に能力評価は任用,業績評価は給与上の措置に反映する」ことが考えられるが,
「能力評価と業績
評価のバランスが大切であり,教育においては,その特質にかんがみれば,余りに成果主義に傾きす
ぎるのはなじまない」と警告している。実際的には,
「国立学校準拠制の廃止や総額裁量制の導入に
より地方公共団体の裁量が大幅に拡大したことを踏まえ,給与体系の見直しについて検討すること
も必要」であるという。ここには,
(11)過剰な成果主義に陥らないこと,しかし(12)評価を反映し
― 137 ―
日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
た給与体系をとすることへの提案が見られる。これも評価システムの条件として数えておきたい。
そして,能力開発につながる「体系的な人材育成システム」を構築することが期待されている。
「能
力開発を重視した評価においては,面接などを通じた本人へのフィードバック,評価者による指導
なども大切であり,評価を人材育成につなげることが求められる」という。
「人材育成システムの中
に評価を明確に位置付けるとともに,評価結果を人材育成の視点から人事配置や研修などにも活用
することが適当である」というのである。評価と人事配置・研修につなぐことで体系的な人材シス
テムを構築することが要請されているのである。ここに,(13)評価に基づいた人事配置と(14)評
価と連結した研修の活用をはかることが提案されていることも注目しておきたい。
最後に,
「優秀な教職員の評価と処遇」に関しては,優れた実践や高い指導力のある教職員は管理
職には向いていない場合もあるため,従来優れた教員を任用面で遇するには管理職への登用しかな
かったが,今後教職員として専門性を高め,教職員のキャリアの複線化を図る仕組みを検討する必
要があるという。要するに,教員としてのキャリアパスが,校長・教頭などの管理職だけでなく,
「エ
キスパート教員」
,
「スーパーティーチャー」など,教育専門職としてのステータスを付与しようと
いう構想で,(15)
「教職員のキャリアの複線化」というタームで表明されている。
以上,15 項目にわたる改革のポイントを含んだ「体系的な人材育成システム」として,新たな教員
評価制度が提案されたことが確認できたが,同時に,今後,全国都道府県及び政令都市が教員評価
システムを構築する上で,踏まえるべき条件が提示されたとみることが出来るであろう。
(5)信頼される教師
2005 年 10 月 26 日に中央教育審議会が「新しい時代の義務教育を創造する」の答申を出し,総論に
おいては,義務教育の改革の基本的な方向性を述べ,各論においては,改革の実現のための具体的
な改革策を述べている。教員評価に関する部分は,第Ⅱ部第 2 章の「教師に対する揺るぎない信頼
を確立する-教師の質の向上-」
で,
「信頼される教師の養成・確保」に関しては「教員評価の改善と
充実」
が一つの手立てとして取り上げられた。教員評価に当たっては,「単なる査定をするのではな
く,教師にやる気と自信を持たせ,教師を育てる評価である」ことと「評価の客観性・教師の権限と
責任の明確性」は重要であると示された。
また,優れた教師の処遇に当たっては,「表彰を通じて社会全体に教師に対する信頼感と尊敬の
念が醸成されるような環境を培うことが重要である」と指摘し,スーパーティーチャーなどの職種
の導入も含めた「教師のキャリアの複線化を図ることができるようにする必要がある」と提言した。
一方,「問題のある教師」に対して毅然と対処することが求められ,教師に関する保護者の意見や苦
情に対応できるような相談窓口の設置も要請された。
要するに,教員に対する行動基準の明確化と評価の客観性を持たせることを通して教員評価を改
善し,さらに,表彰制度・教員の適材適所の配置と保護者意見の受け入りなど現制度を充実するこ
とによって信頼される教師の養成と確保をしていくという提言であり,教員評価制度について,成
果主義的な単なる査定のような評価への懸念を示したことを留意すべき点である。
― 138 ―
東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 61 集・第 2 号(2013 年)
全体として見ると,前述の 2004 年 12 月 20 日に「学校の組織運営の在り方について(作業部会の審
議のまとめ)」を受けた内容となっていることが確認できるが,具体的に「相談窓口を通じ,教師に
関する保護者の意見や苦情に対応」することを要請していることが注目されるところである。ここ
には「信頼される教師」をいかに育成するかという課題意識が見える。それほどに教師に対して社
会的批判が大きい時代であった。
(6)
「問題のある教員」
への厳格な対応措置
2006 年 7 月 11 日に中央教育審議会は,
「今後の教員養成・免許制度の在り方について」の答申を出
した。
「本答申は,今後教員養成・免許制度の改革の基本的方向を明示しつつ,それを実現するため
の方策として」,「教職課程の質的水準の向上や採用,研修及び人事管理等の改善・充実等,教員の
資質能力の向上を図るための総合的な方策についてとりまとめた」という。教員評価に関して,分
限制度の厳格な適用や教員評価の処遇への反映等が要求されている。
この答申では,教員養成・免許制度の改革の具体的方策として取り入れた「採用,研修及び人事管
理等の改善・充実」
において,分限制度の厳格な適用や教員評価の処遇への反映など人事管理及び教
員評価の改善・充実が求められた。
「学校教育や教員に対する信頼」が失われているという認識のも
とに,これをいかに「確保する」か,この観点から,教員評価,特に「問題のある教員」への対策をと
るべきことが力説されている。学校と教員への社会的批判が大きかったことも事実であるが,同時
に,教員評価を導入する大きな理由として,否定しがたい理由として力説されている側面があるこ
とは見逃せない。
具体的には,2005 年「新しい時代の義務教育を創造する」
の答申と同じく,成果主義に偏らない,か
つ客観的,明確的,教師を育成していく教員評価の構築と評価結果を適正に処遇に反映することを
求め,
「問題のある教員」
への厳格な対応措置を要請したという観点が踏襲されていることが分かる。
(7)教員評価に直結した教員給与
2007 年 3 月 19 日中央教育審議会が「今後の教員給与の在り方について」の答申を出した。教員の
任用や給与上の待遇問題を直接に扱った答申で,教員評価と直結させて「メリハリのある教員給与」
に改変しようというものである。
本答申では,「教員に優秀な人材が確保されるよう,教員の給与の一定程度の水準が安定的に確
保すること」,
「教員が適切に評価され,
教員の士気が高まり,教育活動が活性化されていくためにも,
それぞれの職務に応じてメリハリを付けた教員給与にしていくこと」と「教員に意欲と自信を持た
せるよう,適切な教員評価の構築と評価結果を任用や給与上の措置などの処遇に適切に反映してい
くこと」
という 3 つの考えが重要であると示した 13。
それらの考え方を踏まえ,教員評価制度の在り方についても提言されている。具体的には,2005
年「新しい時代の義務教育を創造する」
,2006 年「「今後の教員養成・免許制度の在り方について」の
答申にもあったように,教員の質の向上のために,適切かつ育成型の評価制度の構築と処遇への反
― 139 ―
日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
映が求められ,「指導力不足教員や不適格教員」への厳格な対応措置も要求された。
この答申から,教員評価制度の目的は教員の資質向上にあるが,評価結果を処遇へ反映する覚悟
を「メリハリのある教員給与の在り方」
という表現から読み取ることができるであろう。同時に,
「指
導力不足教員や不適格教員」という烙印を押す仕方のタームが出現したことも注目しておきたい。
評価と処遇に対する断固たる覚悟と姿勢とが感じられる答申であるといえるであろう。
(8)教育振興基本計画としての教員評価の推進
2006 年に改正教育基本法では政府が基本的な計画(教育振興基本計画)を定めることが新たに規
定されたため,2007 年 2 月から教育振興基本計画特別部会を中心に教育振興基本計画について審議
を行い,2008 年 4 月 18 日に「教育振興基本計画について―「教育立国」の実現に向けて―」の答申が
出された。本答申は,
「今後の知識基盤社会において,一人一人の充実した人生と我が国社会の持
続的な発展を実現するため,改めて『教育立国』を宣言し,その上で,「10 年間を通じて目指すべき
教育の姿を提言するとともに,今後 5 年間に総合的かつ計画的に取り組むべき具体的な施策を明ら
かにした」というものである。教員評価制度に関する部分は「今後 5 年間に総合的かつ計画的に取り
組むべき施策」の「基本的方向 2: 個性を尊重しつつ能力を伸ばし,個人として,社会の一員として生
きる基盤を育てる」
において見られる。具体的には,
「教員は,子どもたちの心身の発達にかかわり,
その人格形成に大きな影響を与える存在である」と考えられ,教員の資質の向上を図るため,
「適切
な処遇や教員の養成・研修の充実,厳格な人事管理を促す」ことを要請している。教員評価に関する
施策については,まず,良き教師を確保するために,「メリハリある教員給与体系の実現」が求めら
れた。そして,
「学校教育に対する信頼を確保し,教員の資質を向上させる」ために,教員評価の推
進が促され,「広く教員の意欲を高め,あわせて社会全体に教職に対する信頼感と尊敬の念を醸成
する」
ために,優秀教員表彰に関する取組が要請された。
この 3 つの提言は,2008 年 7 月 1 日に出される国の教育振興基本計画に反映され,
「メリハリのあ
る教員給与体系を推進します」という取組に濃縮された。それによって中央教育審議会の答申で出
された提言は正式に「国の教育振興基本計画」となり,全国都道府県の教員評価制度を牽引すること
になるのである。
以上,文部科学省の教員評価政策中心に検討してきたが,実質は,2004 年 12 月 20 日「学校の組織
運営の在り方について(作業部会の審議のまとめ)
」で決定されたと見られる。そこで確認された教
員評価の条件を改めて確認するなら,
(1)
「公正で透明性の高い」,
(2)
「職務行動(コンピテンシー)
を基準として明確にする」こと,
(3)
「自己改善に資する」こと,
(4)
「評価者とのコミュニケーショ
ンを促進する」,
(5)学校の目標達成(6)組織全体の総合力向上,
(7)評価者研修,
(8)自己評価,
(9)
外部評価,(10)学校評価の推進,
(11)過剰な成果主義に陥らないこと,(12)評価を反映した給与
体系(メリハリのある体系)とすること,
(12)評価に基づいた人事配置と(13)評価と連結した研修
の活用,そして(14)
「教職員のキャリアの複線化」である。さらに,他の審議経過で見ると,
(15)
指導力不足教員や不適格教員」
の排除,
(16)優秀教員への表彰をあげることができる。
― 140 ―
4
東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 61 集・第 2 号(2013 年)
結論―新しい教員評価制度本質と課題
本稿では,教育改革国民会議報告,公務員制度改革の動向,
そして中央教育審議会答申を通して,教員
評価制度をめぐる国の政策動向を検討することによって,
新しい教員評価制度が求めるポイントを明確にした。
2000 年の教育改革国民会議報告-「教育を変える 17 の提案」で「教師の意欲や努力が報われ評価
される体制」という新しい評価原則,かつ,「教員評価制度を全国一律に導入することではなく,評
価制度のフレームワークは都道府県の教育委員会レベルで当事者たちが集まって最善の仕方を考
え,自分たちなりのシステムをつくるべき」であるという都道府県教育委員会ごとの各県独自設定
の原則が打ち出された。これは従来のように中央政策⇒先行実施県のモデル⇒各地方という 3 次元
の垂直的な関係ではなく,各県水平的な関係で進行することを意味する。
2001 年の「公務員制度改革大綱」における公務員評価では,硬直的な年功序列の是正,人材の有効
活用,組織目標や職員の行動基準の明確化という方針が明示された。ここでは能力主義の評価原則
と組織目標達成の評価原則が注目される。公務員制度改革の一環として,教育公務員である教員も
2006 年 4 月の新公務員制度の施行に合わせて,評価の見直しが求められる契機となった。
そして,2008 年までに,中央教育審議会は新しい教員評価制度をまとめた。まず,
「評価の改善
充実」に当たっては,勤務評定に変わる新しい教員評価を全国すべての教育委員会で実施すること
を要請し,学校組織全体の総合力の向上かつ適正な評価につながる評価システムを求めた。そして,
「処遇などへの反映」に当たっては,過剰な成果主義に陥らないことを注意しつつ(非成果主義の原
則)
「メリハリのある教員給与体系」が求められた(給与に反映の原則)
。また,
「体系的な人材育成
システムとしての評価」
に当たっては,評価結果に基づいた人事配置をし,かつ評価と連携した研修
の活用をはかることが提案されていた(人事に反映の原則,研修に反映の原則)。これを受けて,
「優
秀な教職員の評価と処遇」に関しては,校長・教頭などの管理職だけでなく,
「エキスパート教員」,
「スーパーティーチャー」など教育専門職としてのステータスを付与しようという「教職員のキャリ
アの複線化」の構想も視野に入れられたことを明らかにした。
前述で明らかにしたように,教育改革サイドである教育改革国民会議報告によって,最初に教員評
価に対する国の期待は,教育課題を克服する上で根本の武器である教員の資質を教員評価制度によっ
て向上させ,良い教員を確保しようとしていることであった。一方,行政改革サイドである公務員制度
の改革は教育公務員である教員に対して,
「一般職の公務員制度改革の動きと連動して見直しを行い,
新公務員制度の施行のスケジュールに合わせて,関連する法令の改正を行う」ことを要請した。既存の
勤務評定は形骸化していると批判され新たな制度に脱皮せざるを得ない状況にあった。能力評価と業
績評価が確実に遂行され,かつ評価結果が実質的に活かされることが一層求められることになった。
教育改革国民会議が出した「良き教員の確保という観点からの教員の資質向上」,「教員のやる気
を引き出せるための人事・給与への反映」という方針と,公務員制度改革大綱が提出した「能力評価
と業績評価からなる新評価制度の導入」
,「教員への適正評価」という方針とは,必ずしもその性格
は一致していない。前者は,教員の意欲と資質向上に重点があり,形成的評価という評価目的の性
格を持つ。後者は能力・業績評価と組織の目標達成に重点があるからである。これらの方針を受け
― 141 ―
日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
た文部科学省は,2 つの方針の矛盾が解消されないままその対応に追われることとなり,
「教員評価
の改善充実」,「メリハリある教員給与体系の実現」,「能力開発につながる『体系的な人材育成シス
テム』
の構築」,「優秀な教職員の評価と処遇の検討」などの改善方針をまとめたのであった。これが
新しい教員評価制度の原点と言える。
しかしながら,このようにして決定した新しい教員評価制度は,そもそも異質である両部門が出し
た結論を受けたものであり,容易には調整しがたい原則が入っている。教育改革国民会議は良い教員
の確保をするために教員の資質向上を求め,その目的を果たすための手段として教員評価制度を選択
した。つまり,教員評価制度をいかに構造化して実行すれば教員の資質を向上できるかという出発点
ではなく,教員評価制度を創設することで良い教員が確保できれば良いという甘い期待の側面が大き
く,教員評価制度によっていかに教員の資質を向上させるか,いかに給与と人事へ反映すればよいか
といった実行面までは熟慮されていなかったのである。これに対して公務員制度改革大綱ではそも
そも一般職の公務員を対象にし,その延長線で教育公務員も適用しようとしているので,教職の特性
を配慮した上で作った制度ではなかった。ところがこの公務員制度大綱の方は,教育国民会議の答申
に比較してはるかに実効性があり,都・県などの地方政府を突き動かしていくことになった。教育改
革国民会議側が提案した良い教員の確保ための教員の資質向上と公務員制度改革大綱が提案した具
体的な評価制度改革が,十分な調整のなされないままに並行することになったのである。見方によっ
ては,理想と現実を兼ね合わせたことになり,教員評価制度を実施にまで漕ぎ着ける意義があったと
言えるが,他面,やはり両者の異質な志向性がさまざまな跛行現象をもたらすことになったのである。
「
『教員の資質向上』と『学校の活性化』とは必ずしも同じ方向に向かっているには限らない。学校組織
の目標を達成するための『資質』に限定するか,一人ひとりの教員自身が乗り越えたい課題としての
『資質』にするかという点において,かならずしも調整が十分ではない。それは教師という職業が教育
専門職であるということに深く根ざす問題でもあるので,中途半端なポリシーでは対応できないので
ある。その結果,
評価制度の実施に支障が出たことが分かった。本来,
教職の特有性や学校現場の実態・
文化を考慮した上で,相応しい評価方法を編み出して教員の資質向上を考え出すべきであるが,違う
部門が出した中途半端な方針を受けて創りあげられた教員評価制度は,政策のコンセプト自体,容易
には調和しがたい課題を有しているのであるといえるであろう。
【資料,参考文献】
文部科学省(2001)
「文部科学白書」
教育改革国民会議(2000)
「教育改革国民会議中間報告」」
(2000)
「教育改革国民会議報告-教育を変える 17 の提案-
(2000)
「第 2 分科会審議の報告」
(第 1 回~第 7 回)
公務員制度調査会(1999)
「公務員制度改革の基本方向に関する答申」
閣議決定(2001)
「公務員改革制度大綱」
(2008)
「教育振興基本計画」
― 142 ―
東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 61 集・第 2 号(2013 年)
行政改革推進事務局(2001)
「公務員制度改革大綱のポイント」
中央教育審議会答申(2001)
「二十一世紀教育新生プラン」
(2002)
「今後の教員免許制度の在り方について」
(2002)
「新しい時代における教養教育の在り方について」
(2004)
「学校の組織運営の在り方について(作業部会の審議のまとめ)」
(2005)
「新しい時代の義務教育を創造する」
(2006)
「今後の教員養成・免許制度の在り方について」
(2007)
「今後の教員給与の在り方について」
(2008)
「教育振興基本計画について-「教育立国」の実現に向けて-」
熊谷一乗(1976)
「教育政策決定の力学」,田村栄一郎・潮木守一編『現代社会の教育政策』東京大学出版社,91―119 頁
村松岐夫(1988)
『地方自治』,東京大学出版社
佐藤全・松澤杏(2002)
「政策過程から見た教員評価制度の特質と課題」,『教育社会学研究』第 72 集
刈谷剛彦・金子真理子編著(2010)
『教員評価の社会学』,岩波書店
頼羿廷(2012)
「東北地方における教員評価制度の意義と課題」,『東北教育学会研究紀要』16 号
【註】
1)
教育改革国民会議第 12回議事録(2000 年 12月11日)
【金子委員】
「これは,
中間報告では削った第 2 分科会の審議の報告
の中に入れた文章をそのまま持ってきちゃったんですけれども,
教員というのはいつでも現場でもって教壇に立って教えるだけが教員
ではなくて,
教頭になるとか,
いろいろな役割を学校の中でもつくって,
キャリアパスをたくさん増やして,
それでその人の力に一番ふさわ
しい適性によって事ある役割を負ってほしいということです。また,
必要に応じて学校教育以外の職種を選択できるようにするというこ
とです。また実践者であり,
生涯現役という言い方はちょっとわかりにくいのかもしれません」,
教育改革国民会議 HPより。
2) 教育改革国民会議第 12 回議事録より,
「中間報告との違いは,
中間報告の場合には各分科会関連は2 ページという制約
を設けましたので,
それから漏れ落ちているけれども最終報告には盛りたいというものを入れております。特に『分科会の審議
の報告』
を今度は添付いたしませんので,
そこからかなり拾っております。各分科会ごとに1 ページか 2 ページ増えております」。
3) 教育改革国民会議第 2 分科会第 3 回会議議事録より,
【田村委員】
「マネージメントの今の最先端というのは,
組織影響力
とか,
本人がやる気を出せる,
いわゆる自己実現です。
自己実現の欲望が満たされるかどうかということを鍵にして,
経営のマネー
ジメントを立案するというのが,今の基本的な発想です。金でつると言うと教育の場ではうまくいかないと思っているんですよ」
4)「行政改革大綱」2000 年 12 月 1 日,閣議決定。http://www.gyoukaku.go.jp/about/taiko.html
5) 公務員制度改革大綱,内閣官房行政改革推進事務局,2001 年 12 月 25 日 http://www.gyoukaku.go.jp/jimukyoku/
koumuin/taikou/honbun.html より
6) 刈谷剛彦・金子真理子編著『教員評価の社会学』,岩波書店,2010 年 6 月 25 日,11 頁
7) 平成 13 年 2 月 26 日文部科学広報
第 4 号(2)21 世紀教育新生プランの FAQ
8) 同上
9) 中央教育審議会 11 回議事録資料 2 ‐ 21 世紀教育新生プラン(取組状況)2001 年 12 月 10 日
10)中央教育審議会「新しい時代における教養教育の在り方について ( 答申 )」文部科学省,2002 年 2 月 21 日
11)中央教育審議会「新しい時代における教養教育の在り方について ( 答申 )」文部科学省,2002 年 2 月 21 日
12)前掲『教員評価の社会学』14 頁
13)中央教育審議会「今後の教員給与の在り方について」
(答申)第 1 章 教員給与をはじめとした処遇の在り方につい
ての基本的な考え方
― 143 ―
日本の教員評価制度に内在する矛盾と課題
Lesson and Contradiction Hiding in
Japanese System of Teacher Appraisal :
Based on Conference Records from National Commission on Educational Reform
to Central Council for Education
Yi Ting Lai
(Graduate Student, Graduate School of Education, Tohoku University)
This research aims to confirm the contradiction and problems potentially existing in New
Evaluation System for Teachers in Japan. According to pertinent information such as the
National Commission on Educational Reform, An Outline of Reform of National Public Officers'
Systems, A Report from Central Council for Education, and by means of the Theory of Policy
Circulation (Kumagai, 1976), the research focus on the issues brought up in the phases of policy
formation and the process of policy-making that is proposed to give up, in order to have
understanding of how Japanese government thinks and establishs the system of teacher appraisal.
Here are the findings of the research: the idea and establishment of a new system of teacher
appraisal is mainly affected by
① the National Commission on Educational Reform which put
emphasis on quality of teacher and capability, ② reformations of the civil service system which
emphasizes performance assessment and goal-achieving in an organization. Former is relevant to
the purpose of formative evaluation whereas latter is relevant to the purpose of summative
evaluation. When Central Council for Education which belongs to MEXT (Ministry of Education,
Culture, Sports, Science and Technology) integrates all the requirements mentioned above into
one new evaluation system for teacher in japan, the contradiction in the structure of policy is
unavoidable, which makes the system difficult to put into practice.
Keywords::new evaluation system for teacher, The National Commission on Educational Reform,
A Outline of Reform of National Public Officers' Systems, A Report from Central
Council for Education
― 144 ―