タイにおける日本酒・焼酎の プロモーションについて

No.165
タイにおける日本酒・焼酎の
プロモーションについて
バンコク事務所
東 幸治
敬虔な仏教徒が多く、酒類の販売や広告に対する規制が厳しいタイ。しかし、訪日ビザ免除によるタイ人観光客の増
加に伴い、日本食ブームに拍車がかかり、今後はタイの富裕層・中間層を中心に、日本酒・焼酎の販売が伸びることが
期待されている。
1
タイ人のアルコール飲料に対する嗜好
タイは、世界でも有数の仏教徒が多い国として知られてい
る。国民の90%以上が仏教徒であり、タイ人の生活のあらゆ
る場面に仏教が根付いている。
その一つに、仏教で定められた「不飲酒戒」という戒律が
あり、仏教徒の飲酒は戒められている。このため、タイでは
飲酒をしない人が多く、パーティーなどでもソフトドリンク
しか飲まないタイ人をよく目にする。
一方で、時代の変化とともに、飲酒を行うタイ人が増えて
いるのも事実である。タイには、シンハービールやチャーン
ビール(写真1)などの地場のビールメーカーがあり、年間
を通して暑い気候も相まって、酒類の消費量に占めるビール
の割合は最も高い。日系メーカーでは、アサヒビールが2002
年からタイで生産を行っているほか、キリンビールも2013
年から生産を開始している。ビール以外の酒類では、特にワ
インが高級でおしゃれなイメージを持たれており、好んで飲
まれている。また、最近の傾向としては、甘いリキュール類、
中でも梅酒が女性の間で人気を博しており、普段お酒を飲ま
ない女性でも、これらの飲料であれば飲むといった人が増え
ている。さらに、スパークリング日本酒も人気があり、全般
的に甘くて飲みやすい酒類が好まれている。
日本人の場合は、
料理と一緒に酒類を嗜む傾向があるため、
料理とお酒の相性を重視するが、タイ人の場合は、食事は食
事、お酒はお酒と分けて楽しむ傾向があり、レストランで食
事を楽しんだ後で、バーにお酒を飲みに行くことも多い。こ
のため、料理とお酒の相性より、お酒そのものの味を重視す
る傾向がある。
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タイの酒類市場
次に、タイの酒類販売に関する規制について整理したい。
写真1 タイのローカルビール
まず、タイには酒類の販売時間規制があり、コンビニやスー
パーなどの小売店では、11時~14時、17時~24時の間に販
売が限定されている(写真2)
。年に数回ある仏教関連の祝日
においては、酒類の販売が終日禁止されており、レストラン
でも酒類の提供が断られるほか、バーなどは閉店となる。
また、テレビや雑誌、看板などを使った酒類の広告も禁止
されているため、テレビや映画の飲酒シーンでは、酒類にモ
ザイクがかけられる。そのため、ビールメーカーの広告では、
バーの写真を用いて商品イメージを醸し出したり、ミネラル
ウォーターの広告に会社のロゴを用いて自社名をPRしたり
するなど、間接的に酒類を想起させる工夫を行っている。
その他にも、選挙前日の18時から選挙当日の24時までは
酒類の販売が禁止されるなど、タイでは酒類に関する様々な
規制が存在している。
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徐々に拡大する日本酒市場
前述のような様々な規制に加え、酒類には、物品税、内国
税、健康振興基金負担金、公共TV税、付加価値税などが課税
される。また、日本から輸出する場合には関税もかかり、法
定税率は60%となっているが、すでに発効している日タイ
EPAを活用すれば、清酒の関税は0%、焼酎は10.91%とな
る。なお、2017年には焼酎にかかる関税も0%に下げられる
予定である。
これらの税金に物流経費などの諸経費が上乗せされると、
日本酒・焼酎のタイでの店頭販売価格は日本の約3倍と高
価になる。このため、日本食は「健康、安全、おいしい、高級、
おしゃれ」というイメージがあり、タイ人に人気が高いが、
飲酒の習慣が従来あまりなかったことも重なり、日本酒・焼
酎の消費の中心は、年々増加する日本人駐在員であった(表
1)
。このような理由から、主な販路も日本人駐在員が利用す
る日本食レストランや日系百貨店、日系スーパー、現地系高
写真2 酒類販売時間を規制する店頭表示
表1 在留邦人数の推移
在留邦人(人)
2010 年
47,251
2011年
49,983
2012 年
55,634
2013 年
59,270
2014 年
64,285
出典:外務省「海外在留邦人数調査統計」
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BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2016.2
表2 清酒・焼酎のタイ向け輸出量・金額の推移
清酒
量(L)
表3 清酒・焼酎の輸出量・金額(2014 年の上位 10 ヶ国)
焼酎
金額(千円)
焼酎
金額(千円)
輸出先
量(L)
2010年 249,577
84,462 119,670
89,096
アメリカ合衆国
4,340,913
4,128,462 中華人民共和国
815,330 479,384
2011年
97,783 120,920
90,112
大韓民国
3,221,473
1,313,696 アメリカ合衆国
413,865 313,831
2012年 445,913 167,869 157,844 117,563
台湾
1,742,111
2013年 452,483 176,512 124,713 101,423
香港
1,613,390
1,828,942 香港
219,507 173,888
2014年 441,452 187,169 176,133 130,704
中華人民共和国
1,073,526
690,291 タイ
176,133 130,704
カナダ
480,314
290,224 台湾
107,384
69,806
シンガポール
454,688
512,274 シンガポール
105,116
78,991
タイ
441,452
187,169 マレーシア
102,398
65,603
オーストラリア
333,585
269,529 ベトナム
87,130
70,984
ドイツ
318,671
115,211 フィリピン
41,352
26,284
272,014
量(L)
清酒
出典:財務省「貿易統計」
級百貨店が中心で、一般のスーパーにはほとんど流通してい
ない。
そのような現状ではあるが、タイ向けの日本酒・焼酎の輸
出量は着実に伸びている。2010年から2014年の5年間で、
清酒が約76.9%増、焼酎が約47.2%増と大幅に伸び(表2)
、
2014年のタイ向け輸出量は、清酒で世界第8位、焼酎で第5
位となっている(表3)
。
さらに、2013年7月の訪日ビザ免除によりタイ人の訪日
観光客が増加したことに伴い、タイでの日本食ブームに拍車
がかかり、日本食レストランが急増している(表4)
。これに
より、タイ人富裕層・中間層の間でも、徐々に日本酒を嗜む
人が増えている。
一方、焼酎については、タイではラオカオ(写真3)という
焼酎が製造されており、ボトル1本(330ml)で約60バーツ
(約204円)と非常に安価で売られているため、
「焼酎=安酒」
のイメージがあり、日本酒ほど販売量が伸びていない。日系
卸業者によると、
「日本の焼酎のほとんどが日本食レストラ
ンにおける日本人駐在員による消費で、黒霧島以外の商品は
あまり伸びていない。
」そうである。別の日系卸業者は、
「日
本の焼酎はバラエティー豊かで、タイのラオカオとは異なる
ため、タイ人にも焼酎の深みを理解してほしい。
」と述べ、試
飲会などを開催して、日本酒だけでなく焼酎の普及にも努め
ている。
また、日本からだけではなく、例えば、ベトナムのフエフー
ズ(本県の才田組が設立)などが生産しているベトナム産の
日本酒や焼酎もタイに輸入されているが、品質がよく価格も
安いため、日本人経営の高級寿司店で提供されている例もあ
る。現在のところ輸入量が少量のためあまり競合は生じてい
ないが、今後タイのマーケットを目指して輸入量が増えた場
合には、価格面での競争が生じる可能性がある。
表4 訪日外客、日本食レストランの推移
訪日外客(人)
日本食レストラン(店舗)
2010 年
214,881
1,307
2011 年
144,969
-
2012 年
260,640
1,676
2013 年
453,642
1,806
2014 年
657,570
2,126
輸出先
637,748 大韓民国
量(L)
239,786
金額(千円)
91,055
出典:財務省「貿易統計」
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本県の日本酒・焼酎プロモーション
本県では、タイにおける日本酒・焼酎のプロモーションに
力を入れており、2014年度は、県内の蔵元8社がタイの卸業
者や飲食店25社60名と商談し、うち3社が成約に至った。ま
た、大使公邸で開催されたレセプションには、卸業者や飲食
店、旅行会社などを招待し、福岡県の酒や食、観光地などを
PRするとともに、日本酒・焼酎の試飲会も行った。
2015年度は、すでにタイに輸出している蔵元の販路拡大
や、これから輸出を目指す蔵元の新規開拓を目的として、蔵
元4社が28件の商談を行うとともに、情報発信力のあるブロ
ガーやメディアなどを招待し、試飲会を兼ねたレセプション
も行った。
このような日本酒・焼酎のプロモーションを行う中で、い
くつか気付いた点を述べたい。まず、日本酒や焼酎には様々
な種類があり、それぞれ味が異なるため、日本人でも区別が
難しい。それを、飲み慣れていないタイ人が区別することは
至難の業である。ワインに甘口・辛口の表示や、どんな料理
に合うのかという記載があるように、日本酒や焼酎にも、少
なくともタイ語で同様の記載があれば、タイ人は選択しやす
くなると思われる。また、タイ人は見た目も重視する傾向が
あるため、日本食に対して持つ「高級でおしゃれ」なイメー
ジに合うパッケージデザインなど、タイの消費者が手に取り
やすい工夫を凝らすことも必要であると考える。
さらに、輸入に際しては、酒類1銘柄につき輸入業者が1
社に限定され、独占輸入販売権を与えなければならない規定
があるため、影響力のあるパートナー探しも重要となる。実
際、日本であまり有名ではない銘柄でも、現地の大手卸業者
によって現地系高級百貨店で販売されている例もある。
日本酒や焼酎の市場が
拡大していくことが予想
写真3 タイ産焼酎「ラオカオ」
される一方、すでに全国
各地から様々な銘柄が
輸入され、競争が激しく
なってきている。その中
で、他との差別化をいか
に図っていくかが今後ま
すます重要となってくる
だろう。
出典:日本政府観光局「訪日外客数」統計
日本食レストラン海外普及推進機構及び日本貿易振興機構による
共同調査
お問い合わせ
金額(千円)
情報取引推進課 TEL:092-622-6680
※為替レート:1バ ー ツ
=3.4円
BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2016.2
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