ダイレクト Gel 転換による 食品素材「米ゲル」と加工

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特別解説
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ダイレクト Gel 転換による
食品素材「米ゲル」と加工食品への応用
す ぎ や ま・ じ ゅ ん い ち
筑波大学第二学群農林学
類卒業。久保田鉄工,農林
水産省食品総合研究所,同
東北農業試験場等を経て,
現在,
(国研)農研機構食
品総合研究所食品工学 研
究領域計測情報工学ユニッ
ト長,上席研究員,筑波大
学生命環境系教授
工学博士
杉 山 純 一
1.はじめに
2.米のダイレクト Gel 転換技術
食料自給率向上の基幹作物として米は重要な品
米は小麦よりも硬質なため製粉が困難である。
目である。そのため米の消費拡大が食料自給率向
また,パンや製菓用途の米粉は小麦粉同等の粒度
上に直結する。しかし炊飯米としての米の消費量
とすることが望ましいとされている。二次加工上
は年々低下しており,歯止めがきかない状態であ
で重要となる損傷デンプン率を下げた細粉砕は製
る1)。要因は様々な議論がされているが,結果と
粉コスト上昇が難点となるため,多くの研究者・
して米消費低迷の一方で油脂・畜肉の消費拡大お
技術者により製粉装置の開発や既存装置の改良が
よび輸入小麦の比率が拡大しているのも事実であ
なされている。
る。農水省としては,現在80% 以上を輸入に依
上記米粉に対し,米粉にせずに粒のまま糊化を
存する小麦消費の一部に米が置き換えられること
してゲル状にするという全く異なった発想で,非
で,米消費拡大および自給率向上を促したい考え
粉砕によるコスト低減と加工工程の簡易化を目標
である2)。そこで新たな米の利用方法として,米
に開発されたのが米のゲル転換技術(ダイレクト
を米粉として加工する食品(既存の小麦粉製品へ
Gel 転換技術,特許査定・登録中)である。すな
の展開:米粉パン,米麺等)の開発が推進されて
わち,高アミロース米に,水を加えて,加熱によ
いるが,米粉用米の生産も H23年度をピークに
り糊化を促進した状態で,高速せん断撹拌を施す
減少に転じているのが現状である。
ことで軟らかいゼリー状から,高弾性のゴムボー
こ
か
かくはん
ル状のものまで,ゲル状の食品素材が
できることを見出した。このダイレク
ト Gel 転換技術により加工された米の
一次加工品を「米ゲル」と呼称してい
る(第1図)。米ゲルは,ダイレクト
Gel 転換時にかける回転速度 × せん断
時間 × 圧力 × 温度 × 水分量等の諸条
件が重要であり,それらの制御により,
二次加工品に最適な物性を作り出すこ
第1図 ダイレクト Gel 転換
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を示している。また,コシヒカリは,病院食とし
とを可能としている。
て嚥下困難者に食するものと同一のものである。
3.米の種類とダイレクト Gel 転換
そして,高アミロース米のみが,唯一,ゲル状の
第2図に,日本における米のおおまかな分類を
性質を示し,米ゲルの特徴とする低コスト化への
示す。大きく分けて,日本の米はもち米とうるち
可能性とその物性制御の幅が広くとれる特徴を有
米に分類され,その違いは,アミロースの有無に
する。
ある。アミロースを含むうるち米においては,さ
らに,その量において,低アミロース米,中アミ
4.米ゲルの特徴
ロース米,高アミロース米と分類される。通常の
4-1)様々な物性制御が可能
“ ごはん ” として食べる低・中アミロース米は主
米ゲルは,高アミロース米を使用することで原
食用米として分類され,ほど良い粘りを有してい
料米の約15倍以上の水を吸収する軟らかいゼリ
る。特に,低アミロース米は,冷めても粘りを有
ー状から高弾性のゴム状のものまで,幅広い物性
していることからコンビニ等のおにぎりなど,付
の制御が可能となる(第4図)。その上,米自体
加価値の高い用途に利用されている。高アミロー
は味が淡白でクセがないため副材料で様々な味付
ス米は,もち米から最も遠ざかっていることから
けができる。そういった意味では,米ゲルは食品
推察されるように,粘りが少なくボソボソとした
素材であり,様々な二次加工を施すことで多様な
食感が特徴である。しかしながら,比較的安定的
加工食品への応用の可能性がある。
に収量が得られること(あるいは多収)や病害虫
4-2)経時変化が少ない
に耐性が高い品種が多いため栽培が容易であり,
第5図は,米粉パンと米ゲルパンのクラム(パ
コスト低減にも繋がると期待されている。用途と
ンを焼いた時の,中が軟らかい部分)の硬さの経
つな
しては,当初はピラフ等が想定されていたが,
前述のようにボソボソとした食味が受け入れ
られず,現状は加工用もしくは飼料用米とし
て使われていることが多い。
第3図に,アミロース含量の異なる米に対
して,ダイレクトGel 転換処理を全く同条件
(加水量,温度,撹拌条件等)で行った事例
を示す。ヒメノモチは,アミロース含量0%
のもち米,コシヒカリは同16%の中アミロー
ス米,モミロマンは同28%の高アミロース米
である。いずれも,加水量,温度,撹拌条件
は全く同じでダイレクトGel 転換を試みたも
第2図 日本における米の分類
のであるが,ヒメノモチはさらさらの液体状,
コシヒカリはペース
ト状,モミロマンが
ゲル状というように
性状が異なった 3)。
面白いことにもち米
は,さらさらの性状
を示した餅という概
念からは程遠い性状
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ヒメノモチ(0%) <
コシヒカリ(16%) <
モミロマン(28%)
第3図 品種により異なる米ゲルの性状
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図に,米団子を作る場合の比較を示す。左側は従
来法であり,米粉から水を足してミキシングする
ことで団子生地を作り,それを丸めて成形し,沸
騰したお湯の中に落とすといった工程である。そ
れに対して,右側が米ゲルを使った場合で,米ゲ
ルを作る工程は,加熱とミキシングに相当する
Gel 転換の部分である。あとは,丸めるだけで完
第4図 様々な物性制御が可能
了となる。
時変化を示したものである。各項目における3本
同様のことは,シュー生地を作る場合も当ては
の棒グラフは,左から順に,1日目,2日目,3
まり,小麦粉から作る従来法では,様々な温度管
日目のクラムの硬さを示しており,傾きが急なほ
理と作業タイミングのノウハウが必要であるが,
ど,硬化が早いことを示している。また,図中の
米ゲルの場合はゲルに必要材料を混ぜるだけで
20%,30% は,小麦に対する米の置換量を表して
シュー生地ができてしまうというメリットがある。
おり,米粉パンにおいては,20% より30% の方が
4-4)離水のしにくさ&健全性のアピール
硬化速度は早いことがデータに表れている。一方,
第7図(左)は,内(クリーム)も外(シュー
米ゲルパンにおいては,置換量は同じでも,全体
皮)も,小麦粉を全く使わず米ゲルを主体で作っ
的に米粉パンよりも軟らかめであると同時に,3
たシュークリームである。通常のシュークリーム
日間の経時変化はほとんどないことが明らかに
は,クリームから離水が生じてシュー皮を濡らし,
なっている。経験的には,水分が飛ばない密閉袋
皮部分がしっとりした食感になってしまうことが
に入れておけば,常温放置でも1週間程度ではほ
あるが,米ゲルから作ったクリームはほとんど離
とんど硬さには変化がないようである。
水が起こらない。おそらく,沢山の水を抱き込め
4-3)工程の簡略化
る,物性の経時変化が少ないという現象は,この
米ゲルは既に加熱してあるため米デンプンはア
離水が起こらない(もしかしたらβ化しづらいこ
ルファ化されており,人の胃腸で消化可能な素材
とに通じる可能性も)ということとも関連してい
である。このことは,米ゲルを用いて2次加工食
ると推察される。当所においてもデンプンの専門
品を作る場合において,工程の簡略化がなされる
家がチームを組んで,これらのメカニズムの解明
場合が多々ある。最もシンプルな一例として第6
に当たっている最中で,今後の成果を期待してい
※3本の棒グラフは,左から順に,1日目,2日目,3日目のクラムの硬さを示す。
米粉置換割合が高いと硬化傾向,米ゲルパンは変化が少ない
第5図 パンの日持ち性の比較(米粉 VS 米ゲル)
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るところである。
米ゲルうどんは,米以外の粉を添加せずに加工
第7図(右)は,米ゲルから作ったチョコレー
(米100%)しており(第9図),従来の米粉では
トムースであるが,1週間冷蔵庫に保存していて
不可能であった太麺でコシのあるうどんを実現し
も,全く離水は生じていない。一方,通常のムー
スは,2,3日で離水が生じるものである。
また,このシュークリームは,前述したように
小麦を全く使っておらず,完全に小麦代替をした
食品の一例でもある。いわゆるグルテンフリーの
アレルギー対応食品としても位置づけられる。ま
た,チョコレートムースにおいては,食感は米ゲ
ルの物性制御により達成しており,実は油脂分を
大幅に削減し,カロリーを37% カットしたもの
である。このように,米ゲルで物性を調整するこ
とでカロリー(油脂,卵等)を大幅に減らすこと
第6図 工程の簡略化
も可能である。
4-5)成形しやすさ
特に,洋菓子等への応用において
は,絞り出し成形に向くもの,ある
いは型で打ち抜き成形をしたいもの
など,成形方法を選ぶ場合がある。
特に打ち抜き成形の場合には,固め
るためにゼラチンや卵を使う必要が
あった。しかし,米ゲルを使えば,
いずれの場合も,物性制御をするこ 冷凍&解凍を繰り返したシュークリーム 1週間後のチョコレートムース
とで対応が可能となる。そのため,
卵やゼラチン,あるいは増粘多糖類
の物性改良剤を使わずとも,天然の
※クリーム:ゲルで形状維持 ※離水せず,はじめの物性のまま
シュー:ゲルで作成
※クリームから離水がなく,ベチャ
ベチャにならない
米だけでこれらの役割を担わせるこ
とが可能となる(第8図)。
5.米ゲルの食品への展開
および可能性
第7図 離水のしにくさ&健全性のアピール
米ゲルは,そのままでは単なる
“ ゲル状物質” であり,用途の拡大に
は繋がらない。そこで,ダイレクト
Gel 転換技術により各食品に合わせ
た物性制御を行うことにより冷凍讃
岐うどんに匹敵する “ コシ ” を持った
うどん(米ゲルうどん)4) の作製や小
麦パン同等の膨らみを擁する米置換パ
絞り出し成形 型で簡単に成形
※硬化剤(卵,ゼラチン)不必要
ン(米ゲルパン)5)6) を開発した。
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第8図 成形のしやすさ
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歪 0.5 時の荷重fに対する破断時の最大荷重Fをコシの指標値とした。
平均値 ± 標準偏差(n=4)。異なる文字の間に有意差あり(p < 0.05)。
第9図 米ゲルうどんとその物性(加水量と攪拌時間が麺のコシに与える影響)
ており,成形性が悪かった麺への展開に新たな可
モミロマンを上回る有望品種はいくつか見つかっ
能性を示す結果である。なお,この時点では,押
ている。今後は,できるだけこういった技術情報
出製麺機を使ってのデータであったが,その後,
を米ゲル利用推進協議会(来年1月までに Web
さらに量産化に向くようにロール製麺機を使って
サイトを作成予定)にて広めたいと考えている。
の製造法の開発にも成功している。
また,これまであまり試みられていない洋菓子
米ゲルパンは,グルテンを追加添加することな
への応用として,生菓子から焼き菓子まで小麦粉
く小麦粉の10 〜 40% を米に置き換えて,ほぼ小
を一切使わず(小麦粉100% 代替)加工すること
麦粉パンと同等か条件によってはそれ以上の比容
に成功している。これら洋菓子については2013
積(膨らみの指標)向上に成功している(第10図)。
年に開催された国際食品工業展(FOOMA)にて
なお,図では,高アミロース米にモミロマンを使っ
FOOMA AP 賞グランプリを受賞している。さら
ているが,最近の研究においては,さらに膨れや
に,高付加価値化という点においては,チョコレ
すい品種(一例:ミズホチカラ)も見出されてい
ートペーストやクリームチーズの基材やカスター
る。品種による米ゲルの加工適性の依存性はかな
ドクリームなどの卵の代用とすることで,高額な
り大きく,それ以外にもこれまで標準としていた
食品・食品素材への米の新たな活用の可能性を示
した。これらにより,当初,パ
ン生地における小麦の代替素材
でしかなかった米が,全く新し
い 食 品 素 材「 米 ゲ ル 」 と し て
様々な加工食品への展開が可能
になり,独り立ちができるよう
になったと考えている(第11図)。
当研究室では,これらの特徴
を活かして,高アミロース米を
使った高付加価値食品の実現を
目指して,うどん,パン,洋菓
子への展開だけでなく,さらに
医療・健康食といった各世代ニ
第10 図 米ゲルパン
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ーズにマッチした食品,また天
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第 11 図 米ゲルから作ったパン・洋菓子類
然の添加材として,様々な食品
の食感改良にも使えるような研
究も進める予定である。
6.今後の課題と展望
米粉と米ゲルおよび通常の炊
飯米の位置づけを整理した(第
12図)。これまで,経営所得安
定対策の一貫として補助対象と
なる新規需要米は,飼料用か従
来の用途(米菓・調理用)以外
の米粉として生産された加工米
であった。米ゲルも同様に,パ
ン,麺,菓子等に使われること
から,位置的には同様なものと
考えられ,H27年4月に施行
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第 12 図 米ゲルが新規需要米に適用
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規則が改正され,米ゲルの原材料として使われる
可能であると考える。
高アミロース米も,この補助対象となり,収量に
技術的な今後の課題としては,現在,実験室レ
応じて55,000円~ 105,000円 /10aの対象となっ
ベルであれば比較的小さな装置で米ゲルを作製で
た。これにより,小麦粉が製品価格として100円
きるが,業務用に向けた大量生産技術の開発,お
/kg であるのに対し,製粉コストも不要になる米
よび,高アミロース米の流通網の構築が急務であ
ゲルは十分にコスト競争力のある食品素材となり
ると考える。逆にこれができれば,健康食品,医
うる可能性が出てきた。
療食品などの高付加価値食品,ひいては,米ゲル
また,米粉は保存性,運搬性に優れるが作製に
を中間製品として輸出(特に先進国へのグルテン
手間,コストがかかる。一方,米ゲルは,保存性,
フリー食品市場に)も可能であり,新たな米の展
運搬性には劣るが,製粉時の工程の簡略化,コス
開が期待される。
(HP に全文および図表はカラーで掲載)
トが低いなど,お互いに補完する関係にあること
から,米の市場をこれまでより一層広げることが
参 考 文 献
1)農林水産省データ,米粉利用の推進について(H26年
徹也,鍋谷 浩志,高アミロース米の機械的撹拌ゲル
2月)http://www.maff.go.jp/j/seisan/keikaku/
化処理を利用した米麺加工法の開発,日本食品科学工
komeko/pdf/20140203.pdf
学会誌,Vol.61 No. 3:127-133 (2014)
2)農林水産省データ,よくわかる食料自給率(H26年
5)藤田かおり,平野由香里,柴田真理朗,鈴木洋子,杉
10月)http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/pdf/h26_f
山純一,蔦瑞樹,松山信悟,粉川美踏,奥西智哉,日
act_book.pdf
本食品科学工学会第61回大会講演集:76 (2014)
3)柴田真理朗,杉山純一,藤田かおり,蔦瑞樹,吉村正
6)柴田真理朗,杉山 純一,藤田かおり,平野由香里,
俊,粉川美踏,荒木徹也,攪拌処理による高アミロー
蔦瑞樹,粉川美踏,吉村正俊,荒木徹也,高速せん断
ス 米 の ゲ ル 物 性 の 変 化, 日 本 食 品 科 学 工 学 会 誌,
による高アミロース米ゲルのパン物性へ及ぼす効果,
Vol.59 No.5:220-224(2012)
日本食品科学工学会誌,Vol.62 No.4号:212-218
4)松山 信悟,柴田 真理朗,杉山 純一,藤田 かおり,
(2015)
蔦 瑞樹,吉村 正俊,粉川 美踏,平野 由香里,荒木
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