肢体不自由教育 運動障害と知的発達の遅れがある子どもへの買い物

肢体不自由教育
運動障害と知的発達の遅れがある子どもへの買い物指導の一考察
−「お金の出し方を工夫したおつりのある買い物」の系統的な指導−
筑波大学大学院教育研究科
千葉県立○○特別支援学校
Ⅰ
鈴木淳一
研究主題について
自校では,運動障害と知的発達の遅れを併せ有する子どもたちが多く在籍している。彼らは,障
害による困難さを改善・克服し,より豊かな日常生活・社会生活を送ることができるよう願いながら
日々の学習に熱心に取り組んでいる。
そのような子どもたちに,生活の中で必要性の高い,金銭の扱いや買い物をする能力を身につけさ
せることは大変重要であるため,各学部で算数・数学,校外学習,作業学習等を中心に指導が行われ
てきている。しかし,指導したことがなかなか定着せず,小学部から高等部にかけて同じ指導内容を
繰り返すことが多くなり,そのため指導の積み上げや発展がしにくく,子どもたちの生活に生かしき
れていない状況が度々見られるのも確かである。
川間健之介は「知的障害のある子どもたちは抽象的思考力に弱さを持つ故に,一人一人の障害の状
況や発達の程度に応じてきめ細かく系統的な指導をする必要がある」(『数の指導』山口発達臨床支援
センター研修会資料 2005 年)また,「肢体不自由児の数の指導を行うにあたり,系統性を踏まえ,き
め細かな指導を行うことが非常に重要である」(『 肢体不自由児の「数の指導」』肢体不自由教育 № 177
2006 年)と述べている。
このことは,金銭の扱いや買い物の指導においても,系統性を踏まえたきめ細かい指導が必要であ
ることを示唆していると考える。特に運動障害と知的発達の遅れがある子どもたちについては,「お
金をどのように組み合わせて出せばよいか」といった認知面だけでなく,「財布を開いてお金を出す」
といった動作面へのきめ細かな指導をすることも重要であり,そのことが確実な定着につながり,実
際の生活に生かす力になると考えられる。
買い物指導の初期段階として,藤原鴻一郎は,お金の種類が分かること→貨幣の等価関係がわかる
こと→(請求額に対して)ぴったりの金額が出せること→お金の出し方を工夫したおつりのある買い物
ができること,をあげている(『発達に遅れがある子どもの算数・数学 量と測定編 』学習研究社 1995
年)が,本研究では,その中の「お金の出し方を工夫したおつりのある買い物」(1000 円まで)の指導を
取り上げることとした。実際の買い物場面では請求額に対してぴったりの金額を出せるとは限らない
ため,本指導内容が定着することにより支払い可能となる場面が増え,さらに生活を広げることがで
きると考えたからである。
そこで本研究では,「お金の出し方を工夫したおつりのある買い物」をする方法がまだ理解できてい
ない事例生徒に対して,指導期を〔第1期〕∼〔第3期〕に分け,系統性を踏まえた指導を行い,考
察を行うこととした。
Ⅱ 研究目標
「お金の出し方を工夫したおつりのある買い物」の指導を通して,運動障害と知的発達の遅れがある
子どもへの系統性を踏まえた指導の有効性について明らかにする。
Ⅲ 研究の実際
1 研究仮説
出すお金の組み合わせ方等の認知面,財布からのお金の出し入れ等の動作面,以上について指導系
統表,指導段階表を作成し,それをもとに指導することによって指導内容が定着して実際の買い物場
面に生かすことができ,系統性を踏まえた指導が有効であることを明らかにすることができるだろう。
2 研究内容・方法
(1)事例生徒について
Aさん(高等部)
指導期間 平成 19 年5月∼ 12 月
(2)実際の指導について
〔第1期〕お金の出し方(出すお金の組合せ方の指導)
お金の出し方を理解させるための補助具「お金支払いボード(※1)」を主に用い,系統的(※2)
に指導する。
(※1)Aさんの認知特性等を考慮し,順序性等を重視した,板状の補助具。(図1参照)
(※2)所持金の硬貨の数や種類,請求された金額,等によってお金の出し方の難易度が異なる。そ
こで,易しい問題から順にステップアップできるよう,指導系統表(表3参照)を作成して指導を行
う。この指導系統表は,人がお金を支払うときの思考プロセスを分析し,整理したものである。
〔第2期〕買い物シミュレーション(財布からのお金の出し入れ等を含めた指導)
財布からのお金の出し入れ,かばんからの財布の出し入れ,商品(雑誌等)の保持 ,以上の各動作 ,
一連の動作についての指導段階表(表6参照)を作成し,それをもとに指導する。
〔第3期〕買い物実践(コンビニエンスストアでの買い物指導)
第2期までの学習を生かし,実際に買い物をする。
以下に,各指導内容・方法・結果を示し,考察を行う。
3 研究の具体的内容
(1)事例生徒について
金銭の扱い・買い物に関する実態としては,硬貨の範囲(999 円まで)であれば指定された金額を
出す(ぴったり出す)ことができるが,お金の出し方を工夫したおつりのある買い物をするのは難し
い。そのため,今までの買い物では,財布にある 1000 円札から使っていき,硬貨ばかり残ってか
ら支払いに困ってしまう状況が多く見られた。
また,硬貨を摘むこと,財布やかばんを開閉すること等の個々の動作は,器用さはないがゆっく
りならできる。「かばんから財布を出し,続けて財布からお金を出す」というように,各動作をつな
げることができるようになるには,段階的な指導が必要である。
表1 事例生徒について
身体面
WISC Ⅲ
算
数
・障害名:両下肢障害
・靴型の装具を使用し,クラッチなしでの歩行が可能。長時間の歩行は困難で校外学習等では配慮が必要。
・言語性>動作性
動作性検査では特に積木や組合せが落ち込んでおり,全体と部分との関係性を見る
ことや,視覚−運動協応等に困難さを示している。言語性検査では比較的知識や数唱が高い。このため,
言語・聴覚(2∼3語文の言葉を中心)を積極的に活用することや,複雑な視点の移動がなく一定した順序
で思考できる学習補助具の開発と指導手順の作成が大切であると考える。
・形の弁別はできる。
・未測量の概念(大・小,多・少,長・短,重・軽,等)はある。
・5とび,10 とび,100 とびの数唱,記述ができる。このことはお金を数えるとき(例:5円玉が3個あ
るとき,「5,10,15 … 15 円」と数える)等で有効である。
・3桁の数の大小比較ができる。請求された金額に対して,自分の出したお金の合計額が足りているか,
足りていないか判断するときに有効である。
・2桁程度の足し算,引き算を筆算でほぼ正確に行うことができる。しかし,くり上がり(例: 5 + 7)や
くり下がり(例:13 − 8)の計算については 10 の補数関係を用いた方法をとっておらず,繰り返しの練習
で答えを暗記している可能性が高い。このため,桁数が多くなるほど誤りが多い。
・九九の暗唱はできるが,かけ算,わり算の意味概念は理解できていない。
(2)実際の指導について
ア 〔第1期〕お金の出し方(出すお金の組合せ方の指導)
(ア)目的 お金の出し方を工夫しておつりのある支払い(例:234 円の請求に対して 235 円, 240
円,250 円…を出す)をする方法を理解させる。
(イ)指導準備1(お金支払いボードとその利用)
まず「お金支払いボード」とその使い方について述べる。
図1は,「お金支払いボード」の縮図(実物:縦 43 ㎝×横 44 ㎝)である。「請求額」欄には数字カ
ードを並べ,ここで請求額を示す。「所持金」欄は財布の中身に代わるスペースで,出すときのお
金を選びやすいよう,貨幣ごとに分別して並べる。「出すお金」欄は所持金欄から取り出したお金
を置くスペースである。表2は図1のような請求額に対して所持金からお金を出す手順を示した。
キーワード(助言)と指差しは「今どこを見て考えればよいか」はっきりと分かるようにするための
支援である。次に,234 円を請求された場合を例に挙げて表2①∼⑤の手順を説明する。
①請求額の最も大きな位(百位)であるA欄「2」の数字を指導者が指差し,「 200 円ぴったりあ
る?」と助言し,続けて所持金欄(B欄)を指差しする。(B欄だけで 200 円にならない場合はさら
にE→Hと指差しする)学習者は,B欄から 100 円玉 2 個をC欄に移動(このとき,指導者は移
動先のC欄を指差しする)する。
②同様に,次の大きな位(十位)であるD欄の「3」を指差し,
E欄からF欄にお金を移動する。
③同様に,一位のG欄「4」を指差し助言するが,ここではぴ
ったり4円を出せないので,
④「4円より大きいお金を探そう」と助言する。学習者はH,
E,B欄から5円玉を1個選び,I欄に出す。
⑤どこかの位で大きなお金を出した時点(ここでは一位の5円)
で終了となる。出したお金で足りるかどうか確認し,おつり
を受け取る。
このように,手順を明確にすること,簡単なキーワードを
図1 お金支払いボード
使うこと,見る位置を指差しすること
表2 教師の支援(キーワード・指差し)と思考・操作手順
はAさんへの有効な支援になると
考えられる。※キーワードや指差
しによる支援・助言は,習熟度に
応じて徐々に減らすこととする。
(ウ)指導準備2(指導系統表の作成)
(イ)のように,「お金支払いボ
表3 指導系統表 「お金の出し方分類」
ード 」を用いて指導を進めるわ
けであるが,所持金の種類・個
数や請求額などの違いによって
お金の出し方の難易度が異なる
ため,易しい問題から徐々にス
テップアップできるような系統
的な指導が必要と考える。そこ
で, 表3 ような指導系統表「お
金の出し方分類」(※以下「分類」
と表記)を作成した。
表3は,請求額が 234 円の場
合のお金の出し方を例にまとめ
たものである。分類番号が大き
くなるほど思考・操作は複雑に
なっていく。したがって,分類
1→5の順に指導を進めること
が有効である。また,同じ分類であっても請求額が高いほど( 999 円に近いほど)当然難易度は高
くなる。そこで,「分類1を指導する中で徐々に請求額を大きくし,理解できるようになったら
分類2へ進む…」という段階を踏む必要がある。また,もし表3の分類2において,所持金(例)
を「(50)×5(他の貨幣は無し)」に変更したら,始めに 200 円分出すとき(=思考・操作手順①)に
50 円玉を4個出さなければならない。このように所持金を徐々に細かくしていくことも系統性
を保つ要素となる。
(エ)指導内容・結果・考察
指導期間
指導内容
6月∼7月 計6時間
第1∼2時間目 お金支払いボードの使用に慣れるためのお金をぴったり出す指導
第3∼6時間目 分類1∼3の指導
※分類4∼5については次年度の指導とする
第1∼2時間目は請求額に対してぴったり出す指導を行った。分
表4 各分類の出題数
類1∼3を指導する前のレディネスとして,お金支払いボードの使
用に慣れることが大きな目的である。キーワードや指差し等の支援
を用いながら指導し,第2時間目終了時には支援なしでできるよう
になった。
表5 到達度の設定
第3∼6時間目の出題の内容は表4
のとおりである。また,問題を行うご
とにどれだけ理解が進んだか分析する
ために,思考・操作手順(表2)と照ら
し合わせて到達度を設定した(表5)。つまり,
到達度3に達した問題は正解に到ったと評価で
きる。
結果は図2のとおりである。第3時間目はA
さんの取り組みの様子を観察するために分類1,
2について指導した。やはり,今回初めて直面
する「ぴったりなければ大きいお金を出す」こと
は難しいようであった(5/7 問が到達度1に止ま
っている)。そこで,第4時間目は分類1につい
てのみ指導し,その定着を図った。そして,第
図2 分類1∼3の問題における到達度
5時間目には分類2,第6時間目には分類3まで
進み,キーワードや指差しによる支援なしでできることが多くなった。
グラフにおいて,到達度2に止まっている問題は「大きいお金を出せたが,そこで終わりにしな
かったので余分なお金を出してしまった」(例:34 円の請求に対して 50 円玉 1 個で足りるのに,
余分な 10 円玉 1 個を加えて 60 円出してしまった)ことを意味する。しかし,実際の買い物でこ
のような出し方をすれば店員の手間を増やすことにはなるが,出したお金で足りているという状
況は必ず作ることができる。また,例えば「 42 円の請求に対して 50 円玉 1 個で終わらず 1 円玉 2
個を追加して合計 52 円出した」というように,偶発的ではあるが,支払い後の所持金の硬貨数が
少なくなる方法になることもあった。以上のことから,到達度2に達していれば「ほぼ目的を達成
している」と考えてよいだろう。また,グラフ全体を考察すると,ポイントAにあたっては,分類
2を始めてすぐに高い到達点を示している。このことからAさんが既習(分類1)を生かして分類
2に取り組んでいたことが分かる。同様の様子が,ポイントB(分類2→3)についても見られた 。
以上のように,系統性を持たせた分類をもとに指導したことで,既習を生かしながら徐々にス
テップアップできることがわかった。
今後は「分類4∼5」について指導し,支払い可能となる場面をさらに増やしていきたい。
イ 〔第2期〕買い物シミュレーション(財布からのお金の出し入れ等を含めた指導)
(ア)目的 Aさんのように,買い物経験が少なく,視覚−運動協応の困難さ等がある子どもに対
して,買い物をするときに必要な動作面の段階的な指導を行い,実際の買い物場面で生
かせるようにする。
(イ)指導内容・方法・結果・考察
実際の買い物(会計)には「表6①∼⑧」のような流れがあり,各々の活動が結びつくように指導
することが必要である。そこで,指導段階表(表6)を作成し,それをもとに指導を行うこととし
た。
指導期間 10 月∼ 11 月 計6時間
指導内容 第1∼2時間目 第1段階∼第3段階
第3∼6時間目 第4段階
※分類は第1期を引き継ぎ,1∼3を取り上げる
a
※第2段階∼第4段階については立位での指
導が望ましいがAさんの身体面に配慮し,時
折座位で指導する
〔第1段階〕お金支払いボードから財布への移行
始めからお金支払いボードを完全に取り去るのではなく段階的(第1−1∼1−3段階)に指導
表6 買い物シミュレーション 指導段階表
することにした。
(第1−1段階)は,数字カードA,D,G(図
1参照)を非表示にし,代わりに電卓(お店での
会計表示を想定して)を置いた。電卓の小さい表
示を見なければならないが,徐々に電卓の数字
の大きい位から見ることができるようになった。
(第1−2段階)では,貨幣種別に分けて並べ
ていた所持金B,E,HをE欄1カ所に集めて
無作為に並べた。始めはお金の選出に戸惑いを見せたが,E欄の中で指先を使って硬貨種別に選
り分け,お金を出すことができるようになった。
(第1−3段階)は,お金支払いボードを取り去り,所持金を財布に入れて支払いを行った。(※
財布は小銭入れを開くと縦8㎝,横 10 ㎝程の面が正面を向く,硬貨の見やすいものを用意した。)
財布を開いた後,(第1−2段階)と同様に,指先を使いながら財布の中で硬貨を種類ごとに選り
分け,机の上に出すことができた。慣れてくると硬貨を選り分けずに出すことができた。
b 〔第2段階〕肩掛けかばんの利用(※肩掛け型:Aさんが日常よく使用しているもの)
あらかじめ,レジの順番待ち(実際には前に人はいないが教師が前の人と接客をしているよう
な演技をする)の間にかばんから財布を出しておき,自分の順番がきたらすぐに支払いが始めら
れるようになった。左手でかばんをつかみ,右手でジッパーを開閉することができた。
c 〔第3段階〕商品の保持(※Aさんは雑誌を購入する機会が多いので,本を1冊使用した)
レジの順番待ちの間に,本を脇に抱え,かばんから財布を出しておき,自分の順番がきたら本
をレジ台に置くことができた。支払い後は,財布をかばんに入れてから本を取ることができた。
※ここまでの指導で表6①∼⑧の一連の流れを通して行うことができるようになった。
d 〔第4段階〕スムーズにできるようになるために
Aさんはこれまでの買い物経験で,自分の会計
中に後ろに並ばれると慌ててしまうことが悩みで
あった。そこで,本段階では,表6①∼⑧の流れ
が 60 秒程度でできることを目標に練習を重ねるこ
とにした。早くできることが大切なのではなく,
Aさんが「目標時間内でできるようになったので,
自信をもって買い物に行ける」と思うことが重要だ
図3 会計にかかった時間
からである。また,そのかかった時間については,
自信を持たせるために 60 秒以内でできたときのみAさんに伝えることにした。
図3は計4時間の指導を通して 32 問実施し,各々のかかった時間をグラフにしたものである。
所持金の硬貨数が比較的多くお金の選択に迷ったとき等に 70 秒前後かかることがあったが,商
品の受け渡しやかばんの開閉,財布の出し入れ等の一連の動作は指導が進むにつれてスムーズに
なっていった。特に平均時間以内でできたときは財布からお金を選んで出す活動だけを見ると 5
∼ 10 秒で処理できており,分類(1∼3)の違いによっても大きな時間差は見られなかった。ま
た指導後半には,「 10 円玉をたくさん出さなければならないときに2∼3個同時に出す」といっ
た新たな方法が見られるなど,Aさんなりの効率化への意識が伺えた。
以上のように,買い物に必要な動作について目や手指等の動きが大幅に変わらないよう段階的
に指導したことが一連の動作の習得につながったと考えられる。
ウ 〔第3期〕買い物実践(コンビニエンスストアでの買い物指導)
(ア)目的 お金の出し方を工夫したおつりのある買い物が コンビニエンスストア でできるようにする。
(イ)指導内容・方法・結果・考察
指導期間 11 月∼ 12 月 計3回 ※1回 20 分程度の指導
指導場所 Aさん宅付近のコンビニエンスストア ※保護者同伴
まず買うものはAさんが決め,その値段
表7 買い物実践 指導内容
に合わせて所持金を調整して財布を渡し,
その財布をかばんに入れ,買い物(支払い)
をすることとした。
指導内容と結果は表7,表8のとおりで
ある。また評価の観点は「買い物の一連の活
表8 買い物実践 指導結果
動(表8①→⑧)がスムーズにできたか」とし
た。
1回目の指導では,Aさんから複数の商
品(飲み物と菓子)を買いたいという希望が
あったため買い物かごを使用することにし
た。買い物かごは第2期の指導で使用しな
かったので,レジを待つ間にかごを床に置
き,かばんから財布を出しておくよう助言した。ここで混乱が生じ,活動が継続できなくなるこ
とも予想されたが,その後,緊張の面持ちながらも自らかごをレジ台に置き,表8③∼⑧の内容
を助言なしで行うことができた。また2回目の指導でも1回目と同様に買い物かごを使用したが,
助言を必要とすることなく会計をすることができた。以上のことを考察すると,第1∼2期の指
導によって表8①∼⑧の各活動・一連の流れを理解していたことが,部分的な変化に対応できる
ことにつながったと考えられる。
3回目の指導ではさらにスムーズに会計をすることができた。店員から言われた請求額( 345
円)を記憶に留め,レジの表示を見ずにお金を出す様子も見られた。会計終了後のAさんの表情
からは,安堵感と達成感が感じられた。今後は,このような具体的な場での指導を領域・教科に
位置づけ,さらなる定着を促す必要がある。
Ⅳ 研究のまとめ(成果・課題)
1 成果
(1)第1期での「指導系統表(分類)をもとにしたお金の出し方の指導」,第2期での「指導段階表を
もとにした買い物に必要な動作面の指導」が,第3期においてAさんが「お金の出し方を工夫した
おつりのある買い物」ができたことにつながった。このことから,きめ細かく,系統性を踏まえ
た指導が有効であることを明らかにすることができた。
(2)きめ細かく系統的に指導することは,つまずき箇所の発見や次の課題設定の具体化にもつなが
ることが分かった。またこのことにより,子どもの実態によって,指導系統表,指導段階表の順
序を柔軟に変更・修正しながら指導する必要があることも分かった。
2 課題
(1)本事例以上に手指の巧緻性に困難さがある子どもや,車いすを利用する子ども等については,
本研究の系統性を基にしつつ,以下のような指導について検討する必要がある。
ア 財布からお金を出すことが困難である場合,金種ごとに分別できるコインケース等を利用し,
お金を取り出しやすくすること。
イ 店内で商品を棚から取り出したり,かばんから財布を取り出したりすることについては,動作
面の指導によって能力を高めるだけでなく,同伴者や店員への依頼の仕方も含めて,子ども一人
一人の実態に合わせて指導すること。
(2)卒業後の生活を考えると,子どもたちが日常生活用品や食料品等の買い物に対して興味・関心
・必要感が高まるよう指導すると共に, 1000 円以上の買い物の系統的な指導についても検討し
なければならない。
(4)卒業後の生活を考え,1000 円以上の支払いについても指導が必要である。
(5)買い物実践(第3期)については,校外学習や頒布会活動などに位置づける必要がある。
(6)Aさん以上に手指の巧緻性等に困難さが見られる子どもへの支援方法も検討しなければならな
い。財布に代わるコインケース等の開発等が必要になるだろう。また,車いす利用者が買い物を
するときの動作面の支援を明らかにする必要もある。
(7)本研究では第1∼3期の指導に 15 時間を費やしている。実際に授業を成立させるにあたって
は,適切な指導計画について検討する必要がある。
【主な参考文献】
○川間健之介『計算に困難さを示す児童の指導−繰り下がりのある減法計算のストラテジーの変化−』
山口大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要第 16 号 2003 年
○朝日大学マーケティング研究所『コンビニのレジ待ち時間に関するマーケティングデータ』 2006 年
○川間健之介『数の指導』山口発達臨床支援センター研修会資料 2005 年
○川間健之介『肢体不自由児の数の指導』肢体不自由教育№ 175~177 2006 年
○藤原鴻一郎『発達に遅れがある子どもの算数・数学 量と測定編』学習研究社
1995 年