Page 1 社家騒著『清皇族与国政関係研究』 本書の著者である社家騒氏

《書 評 》
杜家驥 著 『清皇族与国政 関係研 究』
鈴木 真
本 書 の 著 者 で あ る 杜 家 驥 氏 は,南
開 大 学 歴 史研 究 所 の 研 究 者 で あ り,過 去,主
題 につ い て 個 別 論 文 を 発 表 して き た。 氏 が 特 に 注 目 して き た の は,天
に清 朝 の 八 旗 問
命 期 か ら順 治 朝 に お け る 八
旗 の領 有 問 題 で あ り,複 雑 な 改 編 を経 た 当 該 時 期 の 八旗 の 構 成 と,旗 主 の 変 遷 の解 明 に 主 眼 が 置
か れ て い た 。そ の 一方 で 議 政 王 大 臣 会 議 や 康 熙 ・雍 正朝 の 宗 室 諸 王 の領 旗 問題 に も注 目す る な ど,
氏 の 関 心 は 一 貫 して 宗 室 と八 旗 に あ る とい え よ う。 本 書 は そ う した 氏 の 主題 を 直 截 に 反 映 させ た
研 究 書 で あ り,タ イ トル 通 り清 朝 の 皇 族(氏
に 関 与 して い た の か を,さ
は 覚 羅 と宗 室 を 含 め て 皇 族 と称 す る)が
い か に国政
ま ざ ま な観 点 か ら論 述 した も の で あ る 。
著 者 は ま ず 前 言 に お い て 皇 帝 と皇 族 が 中国 の 社 会 と国 政 に 与 え る影 響 力 を確 認 した 上 で,清
が そ の 当初 にお い て は,八
朝
旗 を領 有 す る 皇 家 の旗 主 の合 議 に よ り大 事 が 決 定 され て い た こ と,当
時 の 政 治 闘 争 とは す な わ ち 皇 族 内 部 の 闘 争 で あ っ た こ と,あ
らゆ る官 員 ・兵 丁 ら が 皇 家 の 旗 主 に
隷 属 して い た こ と な ど,従 来 の 王 朝 に は な い これ らの 特 別 な 諸 要 素 が 入 関 前 は い う ま で も な く,
入 関 後 に至 って も清 朝 の 政 治 に影 響 を 与 え続 け て い た こ と を確 認 した 。 す な わ ち 清 朝 は(時
よ り当 然 差 異 は あ るが)一
代に
貫 して 皇 族 に 重 職 を担 わ せ,政 権 の 中 枢 に 在 ら しめ て き た の で あ り,
か れ らの 存 在 と 言 動 は 清 朝 の 国 政 に 甚 大 な 影 響 を及 ぼ さず に はお か な か っ た 。 こ こ に,と
りわけ
清 朝 の 皇 族 を研 究 す る意 義 と必 要 性 が 見 出 せ る ので あ る 。 そ し て 氏 の 論 述 は 清 朝 に 中 心 が 置 か れ
る も の の,必
要 に応 じて 漢 ・唐 ・宋 ・明 な ど過 去 の 諸 王 朝 との 比 較 分 析 も視 野 に 入 れ る広 範 な も
の で あ り,本 書 は清 朝 皇 族 の 実 態 を活 写 す る と同 時 に,中 国 史 に お け る清 朝 の 位 置 付 け も浮 き彫
り にす る の で あ る。
ま た,本
書 は す で に 発 表 され た 氏 の 個 別 論 文 宰を 無 条件 に 転 載 す る の で は な く,実
証的 な 部分
は あ えて 省 略 し,結 論 部 分 の み を 本 文 の流 れ に 沿 っ て 記 述 して い る の で 一 見 す る と見 逃 され が ち
で あ るが,本
*本
書 は 氏 の広 範 な 史 料 収 集 と堅 実 な 分 析 手 法 に よ る成 果 の 集 大 成 で あ る。
書 中 に も 言 及 され て い る が,本
書 の も と と な っ た 八旗 に 関 す る 主 な 個 別 論 文 は,以
杜 家 験 「清 代 八 旗 領 属 問 題 考 察 」(『民 族 研 究 』1987年5期)
「
雍 正 帝 継 位 前 的 封 旗 及 相 関 問題 考 析 」(『中 国 史 研 究 』1990年4期)
「
順 治 朝 八 旗 統 領 関 係 変 化 考 察 」(『南 開 学 報 』1996年5期)
「
天 命 後 期 八 旗 旗 主 考 析 」(『史 学 集 刊 』1997年2期)
「
清 初 両 白旗 主 多 爾 袞 与 多 鐸 換 旗 問 題 的 考 察 」(『清 史 研 究 』1998年3期)
一135一
下 の も の で あ る。
本書 の構 成は以 下の通 りで あ る。
前言
上 編(入 関前)
第 一章
努爾 哈斉家 族成 員的嫡庶 之分 与八旗 分封
第 二章
宗室分 封制 下満族 政権的 特徴
第 三章
宗室 的宗人 関係及 其対政 治的影 響
下編(入 関後)
第 四章
愛新 覚羅家族 在清 建立及 強 固統 治 中的軍事作 用
第 五章
八旗 「
八分 」体制 的瓦解 与宗 室領 主性 旗権的 消失
第 六章
皇家 与八旗領 属 関係的延 続及 其政治影 響
第 七章
皇族教 育及 其与 王朝政 治
第人章
入 関後 的宗 室参政
第 九章
皇族経 済及 其与 国政之関係
第十章
皇族聯 姻与王朝 統治
第 十 一章
皇室家 法
第 十 二章
総結
参 用 史料
参 考 著作
後記
氏 は ま ず 天 命 ∼ 崇 徳 期 にお け る宗 室 の 領 旗 問 題 に つ い て 言 及 す る 。 各 時 代 にお い て ヌ ル ハ チ の
嫡 子 に 代 表 され る宗 室 が い ず れ の旗 を 領 有 して い た か,ど
の よ うな 変 遷 を 経 た の か を 明 確 に す る
と と も に,当 該 時 期 に お け る 越 旗 移 動 とそ れ に 伴 う旗 主 と旗 人 の隷 属 関 係 の 継 続 性 を詳 述 し,清
初 の 八 旗 が,当 該 宗 室旗 主 を 中心 と して,姻
戚 関 係 に あ る 有 力 大 臣 を も含 む 一 勢 力 を形 成 して い
た こ と を改 め て確 認 す る。f天 聡 九 年 襠 」 や 『満 文 老 襠 』 な ど の基 本 的 な 史 料 に 依 拠 した 論 述 で
あ るが,断
片 的 な 記 載 を 丹 念 に渉 猟 し,清 初 に お け る宗 室 の 複 雑 な 領 旗 情 況 を明 確 に跡 付 け た と
い え る(第 一 章)。
旗 主 と旗 人 の隷 属 関係 につ い て は,旗
人 に対 す る 旗 主 の 拘 束 力 が 私 事 に ま で 及 び,旗
主 が 自身
の 旗 人 に 対 して 生 殺 与 奪 の 権 を握 っ て い た 諸 例 も挙 げて い る。 さ らに は 当 時 は 各旗 が 独 立 した 経
済 単 位 で あ り,戦 利 品 な ど 自旗 内 の 財 物 に 関 して は 旗 主 が あ る 程 度 の 所 有 権 と処 理 権 を 有 して い
た 。 しか も他 旗 に 対 す る 旗 主 の 容 喙 は 禁 じ られ て お り,事 実 上 旗 が独 立 した存 在 で あ っ た こ とを
氏 は 史 料 を 挙 げて 例 証 して い く。す な わ ち旗 人 の 生 計 は 自身 の 旗 主 の 存 念 に 左 右 され る の で あ り,
こ う した 特 殊 な 経 済 体 制 に よ る服 従 関 係 が,旗
で あ る と氏 は 強 調 す る。 ま た,自
主 と旗 人 の私 的 な 隷 属 関 係 を形 成 して い っ た 原 因
らニ ル を 領 有 す る 開 国 功 臣 も,宗 室 旗 主 の こ う した 影 響 力 か ら
は 免 れ 得 な か った の で あ り,入 関 以 前 の か れ らの 政 権 を,氏
現 す る。 こ う した 背 景 を踏 ま えた 上 で,氏
は 「中央 控 制 下 的 領 主 分 封 制 」 と表
は 天 聡 期 にお け る ホ ン タ イ ジ の 六 部 の 設 立 が 旗 主 や 固
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山 額 真 の 権 限 を 削 減 す る 一 助 とな っ た と捉 え,そ の 意 義 は 大 で あ る とす る も の の,依
然 と して旗
主 の 勢 力 は 残 存 し,中 央 集 権 体 制 の完 成 は入 関 後 まで 持 ち 越 され る こ と と な っ た とす る(第 二 章)・
入 関 前 後 に 至 る ま で の 清 朝 の 政 治 的 事 件 と して は,ホ
ン タ イ ジ即 位 の 経 緯 ・ホ ン タイ ジ とマ ン
グル タ イ の 確 執 ・正 藍 旗 の 没 収 と改 編 ・ジル ガ ラ ン と ドル ゴ ン の 対 立 な ど を 取 り上 げ,詳 述 す る 。
特 に,即 位 前 後 の ホ ン タ イ ジ が ハ ン権 力 を確 立 す る ため に,自
身 が 掌 握 す る 両 黄 旗 以 外 の旗 とそ
の 旗 主 を め ぐ っ て の 処 遇 に 関 す る 記 載 は 詳 細 で あ り,ホ ン タイ ジ が 他 の 宗 室 旗 主 の 掣 肘 に腐 心 す
る過 程 の一 端 を跡 付 け る と と も に,当
時 の 政 争 が旗 主 と旗 の 利 害 関係 に根 ざ して い る こ とを 改 め
て 確 認 す る。 ま た 氏 は 両 白旗 を掌 握 して い た ア ジ ゲ ・ドル ゴ ン ・ ド ドの 同 母 三 兄 弟 の 動 向 と,ド
ル ゴ ン とホ ー ゲ の 抗 争 に 伴 う順 治 初 年 にお け る 両 白旗 と正 藍 旗 の 旗 主 の 複 雑 な 変遷 に つ い て も頁
を 割 い て お り,当 時 の 情 況 を過 不 足 な く記 して い る(よ
さ れ た い)。 そ して,ド
り詳 細 な 考 証 は,前
掲 の個別 論文 を参照
ル ゴ ン の 死 に 伴 う三 兄弟 とそ の 一 派 の 凋 落 を経 て 順 治 帝 は 上 三 旗 を 掌 握
す る の で あ り,以 後 宗 室 の 勢 力 は 衰 え,政 争 は 上 三 旗 内 部 と康 熙 帝 の 諸 皇 子 が そ の 中 心 と な っ て
い く と氏 は入 関 前 後 の 情 況 を 概 観 し,上 編 を締 め く くる(第
三 章)。
下編 は,上 編 で 述 べ た よ うな 宗 室 旗 主 の 勢 力 が,時 代 を 経 る ご とに徐 々 に 瓦 解 して い く過 程 を
丹 念 に 追 う。 入 関 後 の 本 格 的 な 俸 餉 制 度 の 実 施 に よ り,旗 人 の 自 己 の旗 主 に 対 す る 経 済 的 依 存 関
係 は 弱 体 化 し,越 旗 任 官 の 恒 常 化 な ど に よ り,旗 主 の旗 人 に 対 す る影 響 力 は 薄 れ,さ
らには雍 正
朝 に お け る 王 府 護 軍 の 削 減 に よ り,宗 室 旗 主 は 実 際 の 軍事 力 も削 がれ る こ とに な っ た 。 こ の 辺 り
の情 況 を,氏 は 順 治 帝 や 康 煕 帝 が 自身 の 皇 子 た ち を 分 封 して い く過 程 と平 行 させ て 論 述 す る 。 す
な わ ち 順 治 帝や 康 煕 帝 の 諸 皇 子 が,下
五 旗 の うち い ず れ の 旗 に 封 じ られ た か を,玉 牒 な ど に 依 拠
して 指 摘 す る。 従 来 の 八 旗 と宗 室 に関 す る 研 究 書 で は,入
関 以 前,も
しく は ドル ゴ ン の 死 の 前 後
ま で を 主 な 対 象 とす る 場 合 が 殆 どで あ り,そ れ 以 後 の 時 代 に お い て 宗 室 の旗 色 に 注 目 した 研 究 は
管 見 の 限 りで は 氏 が 初 め て で は な か ろ うか。 順 治 帝 が 自身 の 皇 子 を ま ず 鐘 白旗 と正 藍 旗 に 分 封 し
た 事 実 を,両 旗 が 辿 っ て き た 変 遷 過 程 と結 び っ け て 述 べ る 箇 所 は 興 味 深 い 。 惜 しむ ら く は,氏
は
康 熙 帝 の 諸 皇 子 に 関 して は 旗 色 を 明 示 す る の み で,か れ らの 旗 色 を 当該 時 期 の 政 治 史 と有 機 的 に
結 び 付 けて お らず,た
とえ ば 雍 正 帝 の 皇位 継 承 問題 や,即 位 後 の 雍 正 帝 に よ る 諸 皇 子 弾 圧 な どの
政 治 史 上 重 要 と思 わ れ る事 件 に つ い て も何 らか の言 及 が あれ ば,さ
とな っ た で あ ろ う(第 四,五,六
さ ら に 氏 は 入 関 以 後,宗
か ら抽 出す る と と も に,宗
ら に こ の 箇 所 は 充 実 した も の
章)。
室 が い か な る肩 書 き ・官 職 の も と に 国 政 に参 画 して い た の か を 諸 史 料
室 の 政 治 参 与 につ い て 氏 の 見解 を 詳 述 して い る 。 す な わ ち,清
朝 皇帝
が そ の 一 代 を 通 じて 宗 室 を 重 職 に 就 け て 国 政 に参 画 させ た理 由 に つ い て,少 数 の 満 洲 族 が 大 多 数
の 漢 族 を統 治 す るた め,満
洲 族 の と りわ け 宗 室 を任 用 し,入 関 後 に は 政 治 を輔 弼 す る に 足 る 優 秀
な 宗 室 子 弟 の育 成 を 重 視 した 結 果 で あ る とす る。 ゆ えに,清
問 題 が 激 しか った 順 治 朝 か ら康 熙 朝 初 年 に か けて や,三
抗 争 時 な どに は,入
朝 の 統 治 が 全 国 に 及 び,か
つ満 漢 の
藩 ・台 湾 ・ロ シア ・ジ ュ ー ン=ガ ル と の
関 前 よ り も国 政 に 参 画 す る宗 室 は 大 い に 増 加 した が,乾
隆朝 の太 平 な時 代 に
な る と,宗 室 は 軍 機 処 な どの 重 要 機 関 に 詰 め る こ と も な くな っ た 。 これ は 軍 事 面 に お い て も 同 様
一137一
で,上
述 の 戦 場 に あ って は 宗 室 は しば しば 大 軍 を統 率 した が,乾
も行 わ れ な くな っ た 。 た だ 皇 帝 不 在 や 有 事 の 際 に は,や
隆 朝 以 降 に な る とそ う した 任 用
は り清 朝 皇 帝 が 頼 る の は 宗 室 で あ っ た と
す る。 氏 は 以 下 の よ うに 強 調 す る 。 確 か に 清 初 の ドル ゴ ンや 雍 正 朝 の 廉 親 王 らの よ うに,皇
対 立 した宗 室 も存 在 した が,そ
れ は 一 部 に 過 ぎず,清
を 決 して 排 除 し よ う とは しな か っ た 。 これ は,漢
帝と
朝 を通 して 皇 帝 た ち は宗 室 と くに 近 支 宗 室
・唐 ・宋 ・明(永
異 な る 点 で あ る 。 入 関 以 前 の 宗 室 が 政 治 に 参 与 す る 旧 習 は,満
よ っ て 入 関 後 も長 く存 続 した が,そ れ ゆ え に 政 治 の 上 で,宗
楽 以 後)の 歴 代 王 朝 と極 め て
漢 の 矛 盾 や 西 洋 列 強 の 圧 力 な どに
室 はあ る種の貴族的 な色合い を帯び
て しま った 。 そ の た め,漢 王 朝 が 「
加 強 皇 権 削 弱 藩 権 」 した よ うな 観 点 か らの み 清 朝 は 取 り扱 わ
れ,宗
室 の 政 権 参 与 と政 治 問 題 に関 して は 正 確 な理 解 は な され ず,そ
的 民 族 性 ・貴 族 性 に っ い て の 深 い 理 解 に 影 響 を及 ぼ して い る,と
れ が 清 朝 の 政 体 とそ の 行 政
。 氏 の こ の 指 摘 は,「 宗 室 イ コ
ー ル 皇 帝権 を 阻 害 す る も の 」 とい った 先 入 観 に よ り清 朝 政 治 史 を 把 握 して しま い が ち な 従 来 の 理
解 に注 意 を 喚 起 す る もの で あ る 。 そ して 氏 は,清
た 理 由 と して,家
朝 が 他 の 王 朝 と異 な り宗 藩 の 乱 が 発 生 しな か っ
法 を遵 守 す る 清朝 の 性 格 を挙 げ る。 す な わ ち,清
朝 が 入 関 前 の祖 制 に 倣 っ て,
宗 室 を地 方 に 分 封 す るの で は な く京 城 に集 住 さ せ 皇 帝 の 監視 下 に置 い た こ と,宗 室 が 領 有 す る私
的 関 係 の 強 い 護 軍 の 削 減 に 意 を注 い だ こ と,宗 人 府 な ど に よ り厳 し く宗 室 を統 制 した こ とな ど を
挙 げ,祖 先 で あ る歴 代 皇 帝 の こ う した 法 は,家 法 と して 公 的 拘 束 力 を保 持 した とす る(第 八 章)。
さ ら に氏 の 考 察 は,皇 室 財 政 に ま で 及 ぶ 。 明 朝 な ど過 去 の 王 朝 が,皇
な 負 担 とな っ た 先 例 に鑑 み,清
朝 の 皇 族 の経 済 収 入,す
族 へ の俸 禄 が 国 家 の 甚 大
な わ ち荘 田や 宗 禄 な どの 固 定 収 入 ・冠 婚
葬 祭 な ど臨 時 の 収 入 ・皇 子 が 分 封 され る とき に 下 賜 され る種 種 の 恩 典,さ
らに は皇 族 の 商 業 活 動
とそ の 情 弊 に対 す る統 制 に も言 及 し,清 朝財 政 の 特 質 を 述 べ る。 そ して 乾 隆 朝 以 前 の財 政 は 豊 か
で あ り,宗 室 へ の 種 種 の 俸 禄 が 清 朝 財 政 に は影 響 しな か った とす る一 方 で,一 般 宗 室 の 貧 窮 化 に
つ い て は,か れ ら の寄 生 性 と奢 侈 を そ の 主 な原 因 と して 挙 げ て い る。ま た 嘉 慶 ・道 光 朝 に 至 る と,
一 部 の 皇族 ,特 に 閑 散 宗 室 や 覚羅 が 国 勢 の 凋 落 と軌 を 一 に して 没 落 して い く情 況 も,宗 人 府 襠 案
の 諸 例 を 引 き な が ら,明 朝 と比 較 し論 じて い る(第
九 章)。
皇 族 の政 治 参 与 は 内 政 だ け に は止 ま ら ない 。 清 朝 とモ ン ゴ ル の 関 係 は そ の 開 闢 に まで 遡 及 し,
盟 友 と して あ るい は 潜 在 的 敵 国 と して,モ
ン ゴ ル の 動 向 は 清 朝 に と って 常 に無 視 し得 な い も の で
あ り,モ ン ゴル との紐 帯 を 強 化 す る 通 婚 は極 め て 重 要 で あ っ た。 氏 は 主 に 玉牒 か ら,清 朝 一 代 の
モ ン ゴル と の 婚 姻 関 係 の 情 況 を,モ ン ゴル との 対 外 関 係 の 変 遷 との 関 連 を念 頭 に お い て 論 述 して
い る(第 十 章)。 そ の 他 に も 氏 の 視 点 は,教
育(第
七 章),家
法 ・外 戚(第
十 一 章)に
も 及 び,
お よそ 政 治 史 研 究 に 必 要 な要 素 は 本 書 に ほ とん ど出 揃 っ て い る とい っ て よい 。 清 朝 全 般 を 網 羅 す
る 本 書 の性 格 上,個
を 得 な い が,要
々 の 皇 帝 ・政 治 的 事 件 に 関 す る よ り突 き詰 め た 考 察 は ど う して も割 愛 せ ざ る
所 を押 さ えた 論述 か ら史 料 の 断 片 的 記 載 の 収 集 に よ り作 成 され た 種 種 の 表,さ
に は厳 密 な 註 記 に 至 る ま で,氏
の 手 堅 い 論 証 方 法 が 本 書 を密 度 の 濃 い もの と して お り,90年
降 の 中 国 に お け る 八旗 研 究 の水 準 の高 さ を示 し て い る。
(中華 発 展 基 金 管 理 委 員 会 ・五 南 図 書 出 版 公 司 共 同 出版,1998年10月,A5版,v+557頁,580元)
∼138一
ら
代以