経済産業省におけるクラウド導入の論点 ~霞ヶ関中央省庁での初の

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「経済産業省におけるクラウド導入の論点 ~霞ヶ関中央省庁での初のシンクライアント導入~」
経済産業省大臣官房情報システム厚生課情報システムリスク研究官 堀田博幸
1. はじめに
例えばセールスフォース・ドットコム社は日本において 2001 年 4 月にサービスを開始し、今で
は国内 で数 千社の顧客 を有 しているように、もう日本の民間 企業においてはクラウドサービス
は先進的ではなく、既に普及期に入っている技術である。
しかし、霞ヶ関の中央省庁においては、クラウドサービスの導入事例としては、10例程度の
業務システムを数えるのみであり、官庁の主要な業務である政策企画立案などを支える「情報
基盤システム」へのシンクライアントの導入に至っては経済産業省が初の取組みとなる。
経済産業省においてシンクライアント導入の際に議論を行った点として、セキュリティを向上
させ、システムコストを安くすることのほか、国の行政機関に固有のものと考えられる論点もあっ
た。以下に、中央省庁でのクラウド導入状況を簡単に示し、経済産業省におけるシンクライアン
ト導入の際に議論した点を報告する。
2. 政府におけるクラウド技術利用方策の位置づけ
我が国において、国としてのクラウドサービス利 用に対する考 え方としては、「デジタル新 時
代に向けた新たな戦略 三カ年緊急プラン」(2009 年 4 月 9 日、IT 戦略本部)が打ち出された
ことを受けて、「政府 情報 システムの整備の在り方 に関する研究会」において検討が進められ
てきた。昨年4月に取りまとめられた最終報告書では、「政府共通プラットフォーム」(霞ヶ関クラ
ウド)の構築等の方向性が打ち出され、現在は総務省を中心に導入に向けた取組みが進めら
れている。その調達仕様書によれば 2012 年度第 4 四半期から本番運用する予定である。
また、「新たな情報通信技術戦略」(2010 年 5 月 11 日、IT 戦略本部)においては、『クラウド
コンピューティング技 術を活用 した「政府 共通プラットフォーム」により、各府 省別々に構築 ・運
用している政府情報システムの統合化・集約化を進める』として、今後の電子政府でのクラウド
技術の利用が位置づけられている。
3. クラウドサービスを利用した業務システムの他省庁における導入事例
中央省庁でのクラウドサービス利用の例としては、2009 年 5 月のエコポイント制度での例が
知られているが、最近の例をあげると、先の東日本大震災に関連して、①農林水産省において、
自治体などが提供する住まい・農林水産業関係の雇用・活用できる農地などの受入れ情報を、
自 治 体 を通 じ被 災 者 に提 供 するための「農 山 漁 村 被 災 者 受 入 れ情 報 システム」(富 士 通 の
SaaS 型 CRMate システムを活用)の開発を行い、運用に供している。
また、②文部科学省において、被災地域で必要としている支援と地方公 共 団体などが実施
可能な支援を登録させ、お互いに閲覧・連絡をすることで、円滑なマッチングを図ることを目的
とした「東日本大震災、子供の学び支援ポータルサイト」(日本ユニシスとシニアデックスにより
SaaS 形式で情報提供)の開発を行って、運用に供している。
この他、③外務省において、官房業務システムに対し、PaaS または IaaS 形態でサービスを
行うプライベートクラウド「業務系共通プラットフォーム」(日立製作所が構築)を整備した例があ
る。これは、官房業務システムに対して、運用・保守の一元管理、システムに必要な IT リソース
の外務省全体での最適化とともに、IT 部門におけるシステム運用・管理にかかる負担低減な
どで、省内の各業務部門に対するサービスレベルの向上を目指すこととしているものである。
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以上のシステムは、東日本大震災への対応として迅速な開発が求められた結果、それを可
能とする既存のクラウドソフトを活かしたり、旅費、会計業務等基本的に一部の職員が時宜に
応じて利用する省内の業務システムのサーバ利用を最適化し、導入および運用コストを下げる
ために仮想化技術を導入したものであると考えられ、全省的に職員が恒常的に、または頻繁に
利用するクラウドシステムとは言い難いと思われる。
4. 経済産業省におけるシンクライアントシステムの導入とその意味について
4.1 中央省庁での政策立案等に必要な情報システムとは
各府省で個別業務毎に作っている業務システムは、ほとんど各府省毎に固有のシステムで
ある。このようなシステムは、政府全体で、2010 年 9 月現在、約 2,100 システム存在する。
それらシステムは、必ずしも全職員が利用することを想定しているものではなく、個々の府省
で業務に関係した個々の職員のみが使用する限定的な範囲でのシステム化のケースが多い。
これに対して、中央省庁における、主要かつ共通的な業務としては、政策立案、予算案作成、
法律案作成などの情報系業務が主たるものである。しかし、それら情報系業務に使用するワー
プロ、メール、グループウェア、表計算などのいわゆる「業務生産性向上ソフトウェア」を使用し
た「情報基盤システム」に対しては、これまで中央省庁では、クラウドサービスを活用し、使い勝
手やセキュリティなどの向上を図るといった視点で構築されたものは無かった。
その理由として、そういったソフトウェアにクラウドサービスという技術を採用することに対し、
前例がなかったことや、国の施策に関する情報へのセキュリティ確保方策など技術の面で、ま
た、データセンター事業者の事業の成熟度の面においても、不安があったのだろうと思われる。
4.2 経済産業省が構築しようとする情報基盤システム
経済産業省がこれから導入を行おうとしている次期情報基盤システムは、省内 LAN とその
上で動作するメール、ワープロなどの「業務生産性向上ソフトウェア」を合わせた「基盤情報シス
テム」に対 して、初 めてクラウドサービスを全 省 的 に導 入 し、約 10,000 人 規 模 での DaaS
(Desktop-As-A-Service(画面転送型仮想デスクトップ技術によるシンクライアントシステム))
環境を実現しようとするものであり、それにあたっては、パブリッククラウド形態からオンプレミス
形 態 まで許 容 する仕 様 としている。その仕 様 では、全 職 員 が省 内 で使 用 するシンクライアント
PC については、省内執務室、会議室を問わず同一のクライアント PC を利用可能とする予定で
ある。また、クライアント PC は、経済産業省との間で VPN 接続をすることにより、出張先や自
宅など外部からでも、ほぼ執務環境とおなじPC利用環境となることを実現することとしている。
これは、クラウドサービスの導入という点ではこれまでに紹介した外務省などの SaaS、PaaS、
IaaS 型システムの例と共通点を持つが、それらはファットクライアント上で動作させている。一
方、一つの府省で全職員の業務に密着したシステムについて、DaaS 型によるシンクライアント
を採用し、従来のような、ピーク時にも対応しうるようなハードウェアスペックを決める方式から、
必要な規模、量の業務サービスを受ける方式としたことにより、コスト削減効果やワークスタイ
ル変革の可能性も含めて、本格的にクラウドサービスのメリットを享受するという意味では、経
済産業省の取り組みはそれらより、さらに踏み込んでいるものである。
また、シンクライアントシステムにおいては、ハードディスク等の記録媒体を持たないシンクラ
イアント PC を導入することとなるが、それにより、業務データをサーバに一元管理し、情報漏洩
リスクを軽減するなどの効果をねらっている。この他、安全性、信頼性の確保として、USB メモ
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リ等の外部記憶装置の接続を管理し、利用制限がかけられる環境とするほか、外部記憶装置
に保存する業務データは自動的に暗号化される仕様であり、また、外部へのデータ提供は暗号
化(パスフレーズ付き)した上で行なわれ、情報漏洩リスクの軽減が図られることとしている。さ
らに、シンクライアント PC の利用にあたっては、ID 及びパスワードを用いた知識による利用者
認証に加えて、国家公務員証カード等を用いた所有物による利用者認証の実施も行う。
このような、安全性、信頼 性を確保しつつ、一般 的 な業務生産性 向上をねらって、情報シス
テムの向上を図ることは重要であり、中 央省 庁全 体としてのクラウドサービス実現のための一
つのモデルケースとなることをねらっている。
5. シンクライアント(クラウドサービス)導入の仕様を決定する際に特に考慮した事項
5.1 データ管理やトラブル発生時における予見可能性の確保について
クラウドサービスを導入するにあたっては、WTO 協定により内外無差別の調達手続による
ことが民間企業における調達と異なる点であり、そのような中で、今後の運営等にあたって特
段の問題が生じないような方策を明確に講じておく必要がある。
海 外 の事 例 を調 査 したところ、米 国 における SaaS 等 サービスの調 達 を行 う際 の RFQ
(Request For Quotation) に記載されている事項等として、GSA (U.S. General Services
Administration) が昨年5月に IaaS のサービスを調達した際に公表した RFQ のケースで
は、データセンターは、地理的に離れた2つ以上の、という制限があるとともに、CONUS (the
Continental United States) に置くこととされており、また、RFQ が参 照 している NIST
SP800-53 内において「システムおよびサービスの調達方針と手順は、適用法、大統領令、指
令、方針、規制、基準、およびガイダンスに準拠する」とあった。
5.1.1 データセンターの立地場所等について
海外の事例 を参考 として、経済 産業省の次 期情 報基盤システムで各サービスを提供する
データセンターは日本国内に立地することとしている。クラウドサービスを提供する事業者によ
っては、海外にデータセンターをもっている場合があり、より安価なサービスを受けられる可能
性はあるが、海外にデータが置かれた場合、データを保護するための制度として日本国法が
及ばない場合には予見が困難な事態が発生することが懸念されるためである。
具体的に言うと、例えば、Google のデータセンターが東京にあるかどうか公式には明らか
ではないが、利用者のデータは海外にも分散して配置されていると思われる。さらに、Google
のファイルシステムでは公開されている情報が少なく、利用者から見てデータがどこにどのよう
な形式で情報が格納されているのか、またはデータセンタでどのような運用を行っているのか、
わかりににくい。これは例えば Amazon Web Services でも、リージョンを選べること以外はほ
ぼ同様であろう。そのような状況下においては、データセンター内のデータの管理状況につい
て、わずかではあろうが、懸念が生じ、データの管理や保護に関して不安が残ることとなる。
経済 産 業省 などの中央 省庁が扱 うデータの中には、今後の政 策の方 向 性 や国際 交 渉へ
の対処方針などに関する機微なデータや、種々の許認可に関連 して提出 された個人情報 な
どをはじめ国民・企業・経済にまつわる情報が含まれることから、予見可能性をもって職員が
データ管理や保護、場合によってはシステム監査を適切に行うことに対する要請がある。
したがって、データは経済産業省から見て一定の管 理の下に置かれるべきである。このた
め、仕様書において、日本国法が確実に及ぶ日本国内にデータセンターが立地すること、か
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つデータセンター内に保存されるユーザデータは暗号化されることを条件とした。
5.1.2 国内法令に対応する事業者としたことについて
海外の事例を参考として、ASP、SaaS 等のサービスを使用する場合は、国内法令に対応
した事業者を採用することした。これは、海外の事業者の場合、日本においてクラウドサービ
スを行っていたとしても、トラブルが発生したとき、解決のための法の準拠地や裁判管轄が海
外となる可能性があり、その場合、不慣れな海外の法廷、海外の法律の適用などによる、予
見が困難な事態が発生することが懸念されるためである。
具体的に言うと、例えば、Google Apps 及び Amazon Web Services の各サイトにおいて、
それぞれ利用規約が和文で開示されているが、それによると、準拠法について、Google にお
いては「本契約は、…カリフォルニア州法に準拠するものとします。本契約から生じた紛争また
は本 契 約に関する紛 争について、…カリフォルニア州サンタクララ郡の裁 判 所の人 的および
専属的管轄権に従うことに同意するものとします」とあり、Amazon においては、「AWS サイト
をご利用いただいた場合、米国ワシントン州法が、…本利用規約、およびお客様とAWSとの
間に起きる可能性のあるあらゆる種類の紛争について、これを規制することに同意していただ
いたものとします」とある。これでは、万が一トラブルが発生した場合に、予見が困難な問題を
生じさせる可能性がある。このため、仕様書において「ASP、SaaS 等のサービスを使用する
場合は、国内法令に対応する事業者を採用すること」とした。
5.2 その他、クラウドサービスを利用した場合に想定される問題への対応の例
5.2.1 ベンダーロックインの排除
クラウドサービスを利用した場合に、よく懸念される点として、クラウド事業者 間でデータの
インターオペラビリティがないことから、一つのベンダーのサービスにロックインされてしまうこと
がある。これは経済産業省として、定期的に情報基盤システムを更改していることから、避け
なければならない点であるし、民間企業においてもシステムの更新はあるだろう。このため、仕
様書において、「本システムのサービス契約後、次期に導入するシステム(平成 28 年 10 月予
定)(以下、「次期システムという。」)への移行に伴い、…次期システム構築事業者への支援
を行うこと」とし、データ移行を保障し、ベンダーロックインを避けることとした。
5.2.2 データの確実な消去
先の米国 GSA の RFQ において、「応札者は、データのライフサイクルを通じて磁気データ
を管理しなければならない」とあるが、データを消去する指示をコンピュータに行った場合、ま
た、クラウドサービスの利用を終了した場合、データが確実に消去され、外部への漏洩を防止
することは重要な視点である。
これに関しては仕様書において「本システムで使用したハードディスクを保守交換等により
データセンタ外部へ持ち出す場合は、ハードディスクの完全消去 を行うこと」、「本システムで
使用したハードディスクについては、契約終了後に、使用した領域の完全消去を行うこと」とし
ている。これにより、データセンタから故障したあるいは使用済みのハードディスクが排出され
ることを通じて情報が漏洩することを防止することとしている。
6. 終わりに
経済産業省における次期情報基盤システムは、10 月 15 日現在では、機能証明書の審査
中である。各社からの工夫された提案について期待するところが大きいものである。
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