最新の研究から:消毒薬抵抗菌の問題点とその対策

消毒薬抵抗菌の問題点とその対策
東邦大学医学部看護学科感染制御学
教授
はじめに
明良
ペースメーカー、人 工 弁、義 歯などの 体 内留 置器材の 表 面
院内感染 が 起これ ば、新聞などで は大きく
「 消 毒 薬に耐
にバイオフィルムを 形 成 する。このようにバイオフィルムの形
性 の菌が出現 」と報道されることが多い。本当に消毒薬耐性
成 から、そ れ を足 が かりにして 遊 離した 細 菌によって 起こ
菌が 存 在 するのであろうか。われ われ は、消 毒 薬 に対 する
る感 染 症をバイオフィルム感 染 症と 呼 ん で いる。
臨床分離 株 の感受性を検討しているが、常用使用濃 度に
写真1
おいては、耐性の菌の存 在 は 認めていない。消毒薬の使用
は抗菌薬と異なり、高濃度の使用と短 時間での作用であり、
作用後、水で 洗浄し乾 燥させている。すなわち、感性か耐
性かを 調べる検査 法に問題があると考えられる。消 毒 薬の
ための適切な感 受性試 験を使用しているのかが疑問である。
耐性と評価している場合は、抗 菌 薬 の 感 受 性 試 験 である
MIC(最小発 育 阻 止濃度)測定法を用いていることが多い。
MIC 測定は、菌と薬 剤を作用させ 2 4 時間後の成 績であり、
液 体 希 釈 法 で あ れ ば 発 育 の 有 無 を 濁 り で 判 定 す る ため
>10 7 cfu/mlのとき発育と判定し、10 6 cfu/ml存 在していても
発育陰性と判定される。また、その得られた 濃 度も常 用 濃度
写真2
とあまりにもかけ 離 れた 値である場合が 多い。消 毒 薬 に 感
性・耐 性であるかは、消 毒 薬 独 自の測 定 法 が 必 要である。
病 院 などで 消 毒 薬 が 効 かないあるいは 抵 抗 性 を 示 すと
考えられるのは、血液 や体 液などが 存 在している場 合 や 微
生物 がバイオフィルムを形成している場 合である。消 毒 薬 が
作用していても、ただ単に 表面 だけに作用しているだけでは
不十 分である。
バイオフィルムとは
バ イ オ フ ィ ル ム 形 成( 緑 膿 菌 )
自然 界では多くの細 菌は、有機 物あるいは無機物などの
異物の表面に 付 着し、集 合して 存 在している。とくに、自己
の生育に不 利な 環 境におかれた 場 合、菌体表面に多糖体
を 主 成 分とするグリコカリックスやスライムなどの 粘 液 質を
バイオフィルム形成
バイオフィルム形 成 は、まず細 菌 が 異 物 表面に付着し、
産生し、これを 介して 互 い に 凝 集し、さらにそれを被 覆する
増殖 することが必要である。その付着には、
ようになる。これ がバイオフィルム
( bio f il m )
である
(写 真 1、
① 線毛などの 付 着 因子(アドヘジン)
、
2)
。日常のわれわれ の周辺 にも観 察される。風呂場 のタイ
② 物 質 表 面 の疎 水 性、親水性、
ル や 洗 面 所 の 流しの 表 面など 水 の 介 在 する 場 所で みら
③ 各種 産生物質などにより影 響される。
れる。とくに 医 療 領 域 では、各 種カテーテル、排 膿 チューブ、
とくに臨 床的に問題となるのが 緑 膿 菌 や 黄 色 ブドウ球 菌に
11
よるバイオフィルムである。カテーテル への細菌の付着性 は
の作用でも検 討した 4 1菌株 は 殺 菌されているが、次亜塩 素
その材質により大きく異なることが 報 告されている。表1は、
酸ナトリウム( 0 . 0 2 % )は30分間の作用でも14 菌 株しか殺 菌
われわれの成績であるが、ポリ塩 化ビニル は 他 の 材 質より
されていない(表3)
。作用濃度にもよるが長時間の作用が
バイオフィルム形成能は グラム陽 性菌、グラム陰性菌とも高
必 要 である。
く、天 然ゴムはグラム陽 性 菌では低い。また、Lope z - Lopez
らは、ポル塩化ビニルは 緑 膿 菌、黄 色ブドウ球 菌とも付着
表3
金属付着臨床分離6菌種41菌株に対する消毒薬の殺菌効果
性 が高いことを報 告している。
作 用 時 間( 殺 菌 さ れ た 菌 株 数 )
消 毒 薬
(作用濃度)
表1 各種カテーテル材質によるバイオフィルム形成能
5分間
10 分間
15 分間
30 分間
次亜塩素酸
ナト リウム
(0.02 %)
4
4
6
14
グルタラール
(2%)
41
41
41
41
付着菌数(cfu/cm 2, log)n= 4 35℃ 4日間
グラム陽性菌
カテーテル材 質
グラム陰性菌
黄 色ブドウ 表皮ブドウ
肺炎桿菌
球
菌 球
菌
緑膿菌
天 然 ゴム
<1.9
<1.0
3.5
7.3
シリコン
2.3
2.4
7.1
7.4
ポリ塩化ビニル
4.3
5.7
6.6
6.8
S. aureus
消毒薬抵抗性
E. faecium
E. coli
P. aeruginosa
有機物の存在とその効果
バ イオフィルム形成菌に対する効果
多くの 消 毒 薬 は、対 象 物 に 有 機 物 があるとその 消 毒 効
表2は 緑 膿 菌をカテーテルチューブに バイオフィルムを
果が著明に低下することが 知られている。表4は 臨 床分離
形成させ 消 毒 薬 の除菌効果をみた成績である。グルタラー
株を使用し、馬血液を添加したときの消毒薬の殺菌効果の
ルで は 15 分 間以内の作用で 殺 菌 効 果 がみられているが、
変化を検 討した 成 績 である。グルタラール( 2%)
は1分間の
グルコン酸 クロル ヘキシジン、塩 化 ベンゼトニウムとも殺 菌
作用でも全株殺菌され、有機物の影響はみられていないが、
効果を示すのに長時間の作用が必要である。また、金 属に
次亜塩素酸ナトリウム
(0.02%)
や 塩化ベンゼトニウム
(0.1%)
付着させバイオフィルムを形成させた緑膿菌を含む6菌種
は著明な殺菌効果の低下の影響がみられている。
4 1 菌 株に 対 する 殺菌効果でも、グルタラール(2%)
は5分間
表 4 臨 床 分 離株に対する薬 剤 の 短 時 間 殺 菌 効 果
表 2 バイオフィルム 形 成 緑 膿 菌 に 対 する消 毒 薬 の 殺 菌 効 果
(殺菌時間:分)
消毒薬
菌株
濃度
グルコン酸
クロルヘキシジン 塩化ベンゼトニウム グルタラール
0.1% 0.2 %
2%
薬
剤
作用時間(殺菌された菌株数)
1分間 3分間 5分間 10分間
スーパ−ミル 88 R(0.2%) 24
24
24
24
次亜塩素酸ナトリウム(0.02%) 24
24
24
24
グルタラール
(2%)
24
24
24
24
塩化ベンゼトニウム
(0.1%) 24
24
24
24
21
21
21
0
0
0
0
24
24
24
24
4
9
11
16
0.1%
0.5 %
60
30
180
180
≦15
Fisher Ⅲ
180
180
180
60
≦15
TA25
180
60
60
30
≦15
TA312
180
60
180
180
≦15
TA344
180
30
180
30
≦15
スーパ−ミル 88 R(0.2%) 21
TA339
60
60
180
30
≦15
次亜塩素酸ナトリウム(0.02%)
TA343
180
60
180
180
≦15
グルタラール
(2%)
TA347
60
60
180
60
≦15
No.10
>180
60
60
60
≦15
TA335
>180
180
>180
180
30
ATCC27853
バイオフィルム形成:カテーテルチューブを使用
12
E. faecalis
5%馬血液添加の場合
塩化ベンゼトニウム
(0.1%)
臨床分離6菌種24菌株:
S. aureus 4株, E. faecalis 4株, E. faecium 5株, E. coli 4株, S. marcescens 4株,
P. aeruginosa 3株
消毒薬抵抗性への対策
すると 短 時 間 で 殺 菌されている( 表5)
。病 棟 で 一 次 洗 浄
患者に使 用した 医 療 器 材は、環 境 汚 染 のため病 棟での
一次 洗 浄 や 一 次 消 毒 が 行 わなくなっている。その 医 療 器
材は血液、体 液 などで 汚 染されているため、場合によっ
しないときは、このようなスーパーミル 88 や他の酵素製剤
を噴 霧 処 理しておくのも一 つの方 法 である。
以上、消 毒 薬 が 効かないとは 消 毒 薬 耐 性 菌 が 出 現し
ては 原因 微 生 物 や環 境 常在 菌などでバイオフィルムの形
たので はなく、その多くが 消 毒 薬 に 触 れていないためで
成がし易い 状 態になっている。その対策については、バイオ
あり、消 毒 不 十 分なためである。これまでにもいわれてい
フィルムや血液を 溶かすあるいは分解させる薬 剤(酵素製剤
ることであるが、消 毒 薬 の 適 切 な 選 択 と 使 用 が 重 要 であ
など)でまず 処 理をして、次 いで 消 毒 薬を作用させるのもそ
り、感 染 制 御として 重 要なことは、感 染 経 路 の 遮 断と感
の方法 の1つである。蛋 白分 解作用を有 するポリヘキサメチ
染 源 の 排 除であり、
レンビグアナイドハイドロチオライド(スーパーミル8 8 )
を用い、
① 感 染 源 を 持ち込まないこと、
金 属付 着緑膿 菌に対して検討した 結 果、スーパーミル 8 8
② 感染源を持ち出さないこと、
で 30 分 間の前処 理をした 後、次亜塩素酸ナトリウムで処 理
③ 感染源を拡げないことである。
表5
金属付着緑膿菌に対するスーパーミル88 R と次亜塩素酸ナトリウムとの併用効果
P. aeruginosa 4 - 37
一次 処理
二次処理
スーパ−ミル 88 R
次亜塩素酸 Na
作 用 時 間
5分間
15分間
30分間
60分間
ー
+
+
+
+
ー
+
+
+
+
次亜塩素酸Na
+
+
+
ー
スーパ−ミル 88 R
ー
+
+
+
ー
次亜塩素酸 Na
ー
+
+
ー
ー
次亜塩素酸Na
ー
ー
ー
ー
スーパーミ ル 88 R *
P. aeruginosa 27- 08
スーパーミ ル 88 R *
注)スーパーミル88 R :ポリヘキサメチレンビグアナイドハイドロチオライド
*:30 分 間 前 処 理
+:発育
ー:発育なし
参考文献
1)
明良:消毒薬の抗微生物試験法ー抗細菌・抗真菌試験法についてー、
臨床と微生物、29(4)
:357- 366 ,2002
2)
明良:細菌性 バイオフィルムと消 毒薬、感 染 症、2 8(3)
:10 7-111, 199 8
3)
明良、山崎 智 子、 李 秀 華、 山口聖賀、五島瑳智 子:バイオフィルム
形成 St a phylococcus aureus および Pseudomonas aeruginosa に 対する
消毒薬の殺菌効果と作用温度による影響、日本環境感染誌、13( 1)
:1 - 4、 199 8
4)小林宏行:国際 会議 Medic al Biofilms 2002 報告書ーBiofilm研究の最前線ー、
Bacterial Adherence & Biofilm、16 : 1-10, 2002
5)
明良:感染制御の基礎知識、メディカ出版、2001
6)
明良・村井貞子編集:院内感染対策へのサポート、南山堂、2003
7)
明良、五島瑳智子 編:在宅感染 ハンドブック、ヴァンメディカル、2001
13