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部屋
意外に多い
社会恐怖症とパニック障害
産業保健相談員(メンタルヘルス)
有 田 茂 夫
人間の心理には、不安とか恐怖という感情があり
generalized anxiety disorderと言われるもので
ます。不安や恐怖というと一般にはマイナスのイメ
す。これらは軽症から重症まで広い範囲の病態が認
ージに捉えられがちでありますが、人間には本来備
められます。ここにパニック障害の事例をあげてみ
わったもので、生命保存のための重要な感情であり
ますと
ます。たとえばいきなりビルの工事現場の高いとこ
ろに上れば、危険を感じ足のすくむような恐怖を感
じるのが普通であります。この恐怖心がなければ、
事例
S氏 40歳 会社員
S 氏は大学を卒業し、某製造会社に就職。
危険な場面でも無謀な行動を起こし、命を落として
以来積極的に仕事に取り組み上司からの信頼も
しまうのであります。しかし恐れる必要のない場面
厚く、今年の 4 月に企画部の部長に昇進した。
で不安や恐怖が過剰に現れれば、その不安や恐怖は
仕事の責任はこれまで以上に重く感じていた。
その人を苦しめ、社会生活さえも支障をきたすよう
6 月の初め仕事から疲れて帰り、いつものよう
になります。神経症性の不安による苦しみは体験し
に夜11時に床に就いたが、仕事の緊張がとれず、
ている本人にしかわからず、他者からは理解されが
すぐに寝付けないでいた。その時いきなり、動
たいものであります。
悸が激しく打ち出し、息が苦しく、顔面蒼白に
従来日本の伝統的な精神医学診断に恐怖症と不安
なり冷汗でびっしょり濡れた。このままでは死
神経症があります。さまざまなタイプの恐怖症の中
んでしまいそうな不安が襲ってきたので、すぐ
に対人恐怖症があります。日本には特に対人恐怖症
に救急車で病院に運ばれた。病院につくころに
が多いといわれ、恥を重んじる日本特有の社会文化
は発作もおさまりかけ、病院の診察結果で身体
と関係がある恐怖症ではないかと論じられたことも
的に異常はなかった。それから 3 日後に S 氏
ありました。近年ICD−10(国際疾病分類第10改
は通勤列車の中で同様の不安発作が生じ、それ
訂版)では社会(社交)恐怖(症)social phobia
以後列車に乗ることができなく自家用車で長時
と言われ米国精神医学会では社会不安障害social
間かけて通勤を始めた。またいつ発作が襲って
anxiety disorder(SAD)と呼ばれている。昔は
くるか不安が強く、近くの総合病院精神科を受
米国において、対人的な恐怖という疾病概念は乏し
診した。
かったが、最近注目をあびるようになってきていま
す。不安神経症については、ICD−10でパニック
もしS氏が精神科による治療を開始しなかった
障 害 panic disorderと か 全 般 性 不 安 障 害
ら、その後はどうなっていたかを想像しますと、S
6
氏は同様の発作が職場の会議中に起こるかもしれま
せん、そうなると以後その会議室にはいろうとする
と強い不安が襲い会議室に入れなくなります。会社
での仕事ができそうにないと思い、会社を辞めるべ
きかどうか追い詰められます。二次的なうつ状態も
現れついに家に引きこもってしまうことになります。
社会恐怖症においても、恐怖を感じる場面に出る
とパニック発作へと発展する可能性があります。未
治療の場合パニック障害と同じ経過をたどることに
なります。パニック障害や社会恐怖症の心理規制の
特徴として、恐怖の対象に近づかない「回避行動」
が強く現れます。この回避行動のため社会生活に大
きな支障をきたす結果になります。
従来の治療薬として、抗不安剤や三環系抗うつ剤
が使用されてきましたが、最近セロトニン再取り込
み阻害剤(SSRI)のパロキセチンが発売され新し
い治療薬として注目されています。従来の治療薬で
治療抵抗性のある人に一度使用してみることをお勧
めします。
(b) 不安は、特定の社会的状況に限定されるか、あ
るいはそこで優勢でなければならない。
(c) 恐怖症的状況を常に可能な限り回避しようとす
る。
F41.0
パニック障害(エピソード[挿間]性発
作性不安)
本質的な病状は、いかなる特別な状況あるいは環境
的背景にも限定されず、したがって予知できない、反
復性の重篤な不安(パニック)発作である。他の不安
障害と同様に、主症状は患者ごとに異なるが、動悸、
胸痛、窒息感、めまいおよび非現実感(離人感あるい
は現実感喪失)の突発が共通している。そこでほとん
ど必ず、死、自制心の喪失あるいは発狂への二次的恐
怖が存在する。発作の頻度と障害の経過はいずれもか
なりさまざまである。パニック発作に襲われた患者は、
恐怖と自律神経症状が高まっていくのを体験し、その
結果、どこにいようと、通常は急いでその場から立ち
国際疾病分類第10改訂版(ICD−10)
F40.1
ってはならない。
社会[社交]恐怖[症]Social phobia
社会恐怖は青年期に好発し、比較的少人数の集団で
(雑踏とは対照的に)他の人々から注視される恐れを
中核として、社交場面をふつう回避するようにな
る。・・・社会恐怖は通常、低い自己評価と批判され
去る。これがバスや雑踏など特定の状況で起こると、
その後患者はそのような状況を避けるようになること
がある。同様に、頻回に起こる予見不能なパニック発
作は、一人になることや公衆の場に赴くことへの恐れ
を生み出す。また発作が起こるのではないかという持
続的な恐れが、しばしばパニック発作の後に生じる。
診断ガイドライン
ることに対する恐れと関連している。赤面、手の振る
この分類では、一定の恐怖症的状況で起こるパニッ
え、悪心あるいは尿意頻回を訴えることもあり、時と
ク発作は、恐怖症の重篤さの表現とみなされ、診断的
して、自分の不安の二次的な発現の1つにすぎないも
優先権は後者に与えるべきである。パニック障害それ
のを、一時的な問題と確信している。症状はパニック
自体は、F40.−のいかなる恐怖症も存在しない場合
発作へと発展する可能性もある。回避はしばしば顕著
のみ診断すべきである。確定診断のためには、自律神
であり、極端な場合はほとんど完全な社会的孤立にい
経性不安の重篤な発作が、ほぼ 1 ヵ月の間に数回起き
たることがある。
ていなければならない。
診断ガイドライン
確定診断のためには、以下のすべての基準が満たさ
なければならない。
(a) 心理的症状、行動的症状あるいは自律神経症状
は、不安の一次的発現であり、妄想あるいは強迫
(a) 客観的危険が存在しない環境において起きる。
(b) 既知の、あるいは予見できる状況に限定されな
い。
(c) 発作と発作の間は、不安症状は比較的欠いてい
る。(しかし、予期不安は通常認められる)
思考のような他の症状に対する二次的なものであ
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