Japanese Great Controversy

イエスとイエスの天使たちと
サタンとサタンの天使たちと
の間の
大闘争
すべて存在するものを創ったイエス・キリストの最初作はルシフアー、創られたも
のの中で極めの美で、完璧だった。 なぜ堕落して悪魔になったか? 神様はなぜ
人間を創ったか? 神様には人間的な感情があるかな∼? 人間の歴史の裏に何か
が動いているような気がするけど・・・最終的にどうなるの? 今どうしたらい
い?
この本はフィクションではない。
宇宙のスケールで繰り広げられている「善」と「悪」の戦いを神様の視線で、悪が天国で始まっ
てから地球にはびこり、地球と共に火で撲滅され、そして新しい地球が創られるに至るまでの全
貌が明らかになる!
10月23日に更新。 やっとキリストとキリストの天使たちとサタンとサタンの天使
たちとの間の大闘争が丸ごとダウンロードできるようになりました! 質問あれば
ベストを尽くして答えます。[email protected]
目次
4章 イエス・キ
リストの最初の降
臨
まえがき
単語表
1章 サタ
2章 人間の堕落
ンの堕落
3章 救いの計画
5章 イエスの働
き
6章 イエ
7章 キリストは
スの姿変わ
裏切られる
り
8章 キリストの裁 9章 キリストの
判
はりつけ
10章 キリスト
の復活
11章 キ
12章 キリスト
リストの昇
の弟子たち
天
13章 ステパノの 14章 サウロの
死
改宗
15章 ユダヤ人
はパウロを殺す事
に決めた
16章 パ
ウロはエル
17章 大背教
サレムを訪
れた
19章 死、永遠
18章 邪悪の奥義 に惨めに生きるも
のではない
20章 宗教改革
21章 教
22章 ウィリア
会と世間の
ム・ミラー
結合
23章 第一の天使 24章 第二の天
のメッセージ
使のメッセージ
25章 再臨運動
の描写
26章 も
う一つの描 27章 聖所
写
28章 第三の天使 29章 揺るぎな
のメッセージ
い台
30章 交霊術
31章 貪 32章 ふるい分
欲
け
33章 バビロンの 34章 大きな叫
罪
び
35章 第三の
メッセージの終わ
り
36章 ヤ
37章 聖人たち
コブの苦難
の救出
の時期
38章 聖人たちの 39章 地球の荒
報い
廃
40章 第二の復
活
この本を丸ごとダ
41章 第 ウンロードした
い! 形式は二つ
二の死
→ RTF
ZIP
(^−^)
聖書研究もしたい!
預言が今日成就されづつあるのを見たい! ローマ法王が1998年5月31日に発表した文書(日
曜日は「聖なる日」と書いてある!?!) (英語)
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第1章
サタンの堕落
サタンは天国でイエス・キリストに次いで位の高い天使だった事を主は私に見せてくれた。 他の天使と同様彼の表情は穏やかで、幸福を表していた。 額は幅広く、高く、優れた知恵を
示していた。 その体形は完璧だった。 そして高貴な威厳のある振るまいをしていた。 神
様が自分の息子に、「人間を我々のかたちに創ろう」と言った時、サタンがイエスを妬んでい
たと私は見た。 サタンは、人間を創る過程に自分の意見を聞いてもらいたかった。 心はう
らやみ、ねたみ、憎しみで満ちてしまった。 天国で神様に次いで高い位に上り、一番高い名
誉を手に入れたかった。 今まで全天は神様の支配に対して秩序正しく、和を保ち、完全に従
順だった。
神様の規律に反抗して、心にかなわない事をするのは一番重大な罪だった。 全天は大騒ぎの
ようだった。 天使は指揮者の天使の下で各部に配列された。 皆がざわめいていた。 それ
となくサタンは神様に反していた。 イエスの権威に従うのを嫌がり、自分が偉いと認めても
らいたかった。 一部の天使達はサタンの反乱を支持していて、他は息子に権限を授けた神様
の知恵と名誉を強く支持していた。 それで天使達はもめていた。 サタンと彼の影響を受け
た天使たちは神様の統治を変えてしまおうと躍起になっていた。 彼らは、神様がイエスを高
め、無限の権力を与えたその目標と、そこにある計り知れない知恵を知りたがっていた。 神
様の息子の権力に対して反抗したとして、天使皆が神様の前に呼び出され、裁きを受けること
になった。 それでサタンと彼の反乱に参加していた天使たちすべてに、天国から追い出され
る判決が下った。 そして天国に戦争が起こった。 天使たちが戦った。 サタンは神様の息
子と神様の息子の意志に従順だった天使たちを征服しようとした。 しかし、善良な天使たち
が勝って、サタンと彼を支持した天使たちは天国から追放された。
サタンと、一緒に堕落した天使たちは、天国から締め出されてから、永遠に天国の潔白さや栄
光を失った事に気付いた。 そこでサタンは悔い改めて、天国に復帰してもらう事を望んでい
た。 元の位、いや、どんな位に当てられても喜んで受け取ると思っていた。 でもだめだ。
天国を危険にさらさせてはいけない。 彼が罪の始まりであり、反乱の種は彼の中にある。
彼を天国に復帰させれば、全天をダメにする可能性がある。 サタンは自分の反乱に同情す
る者を獲得した。 彼と一緒に悔い改め、泣き、神様にもう一度目を掛けられるようと切に
願った。 しかし、彼らの罪、憎しみ、ねたみや嫉妬はあまりにもひどく、神様は消す事がで
きなかった。 それらは最後の罰を受ける為に残しておかなければならない。
二度と神様に目を掛けられる事は不可能とやっとわかった時、サタンの敵意と憎しみがあらわ
になった。 自分の天使たちと協議して、神様の統治に反抗を続ける計画を練った。 アダム
とエバが素晴らしい園に置かれた時、サタンは二人を破壊させる計画を練っていた。 悪天使
達との協議会がもたれた。 この幸せなカップルが神様に従えば、その幸福を台無しにできる
手だては無い。サタンが彼等にたいしてその力を発揮するには、まず彼等が神様に従わず、好
意を失う必要がある。 どうしてもその二人を神様に対する不従順な行為をさせる事で神様に
嫌われる方法を考え出さなければならない。 そうするとサタンとサタンの天使たちがもっと
直接的に二人に影響を与えられるようになる。 そこでサタンが違う形を取り、人間のために
善意を装う事が決められた。 神様の言う事は真実かどうか、本当に言った通りにそうなるか
どうかの疑いを引き起こさせなければならない。 次に好奇心をそそらせ、自分がやったよう
に、神様の計り知れない計画を覗き込ませ、なぜ知識の木に関する制約があるのかを考えさ
せ、二人を誘惑しなければならない。
エゼキエル28:1∼19、イザヤ14:12∼20、ヨハネの黙示録12:7∼9を参照
2章 人間の堕落 ヘ進む
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第2章
人間の堕落
私は、天使達がたびたび園を訪れては、アダムとエバに仕事についての指導をしたり、サタン
の反乱と堕落について教えているのを見た。 サタンを注意するよう、と彼らに警告した。 堕
落した敵に接触する恐れがあるので、二人とも仕事をしているうちにお互いから離れないよう
呼びかけた。 神様からの指示をきちんと守るようと二人を促した。 安全な道はただ一つ、
完全に従う事。 これを守るなら、その堕落した敵は二人に対して力を振るえない。
エバに不従順な行為をさせるためにサタンは働き出した。 エバの最初の誤りは主人から離れ
る事だった。 次の誤りは禁止された木の近くでうろうろする事だった。 更に、誘惑魔の声
を聞き、神様が言っていた、「それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ」という言葉ま
でも疑ってしまった。 彼女は、「主が言った通りの意味じゃないかも知れない」と思った。
そして思い切って、不従順な行動に出てしまった。 手を出して、果物を取って、食べた。 それは見るには良し、味もよかった。 彼女は、神様が本当はためになる物を出し惜しんだ事
をねたんだ。 夫に果物をあげ、誘惑した。 蛇の言った事を全部アダムに告げ、また蛇が発
言する力を持っている事への驚きを伝えた。
アダムの表情が悲しくなってきた事を私は見た。 恐れと驚きが交じっていたようだった。 心の中はざわめいているようで、これはきっと注意された敵の事で、妻は必ず死んでいくと
思った。 そうすると二人は離れ離れになってしまう。 彼はエバを強く愛していた。 そし
て、すっかりがっかりして、彼女と同じ運命をたどる事を決心した。 果物をぐいとつかん
で、いっきに食べた。 その時、サタンは大変喜んだ。 天国で反乱を起こした際、彼を愛
し、同情して従う者たちがいた。 自分は堕落して、そして他の者も誘惑して堕落させた。 そして今、彼は女性が神を疑うように仕向け、神の智恵を覗き込ませ、その全能なる計画を探
らせる事をした。 サタンは、女性が一人で墜ちることはあり得ない、と知っていた。 アダ
ムは、エバに対する愛のために神様の戒めを犯して、一緒に堕落してしまった。
人間は堕落した、という知らせが天国に響き渡り、すべての琴が静かになった。 天使たちは
自分の冠を悲しそうに脱いだ。 全天は慌てふためいた。 その二人の有罪者の処分を決める
ため、協議会が開かれた。 天使達は二人が手を出して、命の木の実を食べたら、永遠に生き
続ける罪人になってしまう事を恐れた。 しかし、神様は、園から罪を犯した二人を追い払お
う、と言った。 直ちに命の木への道を守るために天使たちが任命された。 アダムとエバが神
様のしかめ面を買って、戒めに背いてでも命の木の実を食べ、罪と背きの中に生き続ける事
で、罪を不朽にするのがサタンの練った計画だった。 しかし、二人を園から追い払うために
聖なる天使たちが遣わされ、他の天使の集団は命の木への道を見張るために送られた。 この
力強い天使たちがそれぞれの右手にキラキラする刀のようなものを持っていた。
その時サタンは勝ち誇った。 自分の堕落で他の者が苦しんだ。 自分は天国から追い出さ
れ、彼らは極楽の園から追い出された。
創世記3章を参照
3章 救いの計画 へ進む
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第3章
救いの計画
神様が創った世に、病気で、惨めな一生を送る末、死ななければならない運命にある迷い者で
いっぱいになる事が分かるにつれ、天国は悲しみに満ちてきた。 罪を犯した者に逃げる道は
無く、アダムとその血族は全滅しなければならない。 私はイエスを見た。 その表情には、
同情と悲哀があった。 すぐ父なる神を包んでいる非常にまぶしい光の方に行くのをも見た。
私の付き添いの天使は、「イエスは自分の父と親密な相談をしている」と言った。 イエス
が自分の父と相談をしている間、天使たちはピリピリしていたようだった。 三回も父の周り
の素晴らしい光に包み込まれ、やっと出て来たらイエスの身体が見えた。 その表情は平和的
で、当惑うところなく、ことばで言い表せないほどの慈愛と麗しさに輝いていた。 天使たち
に、「迷い人間のために救いの道が作られた」という事を知らせた。 「人間が赦されるため
私を身代金として死の判決を引き受けるよう、とお父さんに懇願していた。 そして、私の血
の値打ちと神様の戒めへの従順さにより、人間が神様の好意を得、きれいな園に入り、命の木
の実が食べられるようになる」と知らせた。
最初、天使達は、司令長官が隠さずに救いの計画を表明してくれた事に対して喜べなかった。
「私のお父さんの怒りと犯罪者である人類との間に立って、不正と軽蔑を負うが、私を『神
様の息子』と受け入れる人は少ない」とイエスは言った。 ほとんどの人に憎まれ、拒まれ
る。 自分の栄光を全て天国に残し、地球で身分を低くし、人間として現れ、そしていろんな
誘惑に遭う者を助ける方法を自分が同じように誘惑に遭う事によって会得する。 そしてつい
に先生としての使命を果たしてから、人の手に渡され、サタンと彼の天使たちに促される悪い
人間にいろんな虐待を受け、痛まれ、ひどく苦しい死に方を成し遂げなければならない事を話
して聞かせた。 その死に方は罪人の死に方と同じく、天と地の間に掛けられ、天使たちが目
を覆うほど何時間もひどくくもんする。 体の苦しみだけではなく、心の苦しみをも受ける。
全人類の罪をみな、自分が負う事になるから、体の苦しみは心の苦しみと比べものになれな
い。 死んで、また三日後よみがえり、迷い犯罪者、人類と自分の父との間に入って、仲介す
るため天に昇る、と言った。
天使たちはイエスの前にひれ伏した。 自分たちの命をささげようとした。 イエスは自分の
死でたくさんの人を救えるが、天使の死でその負債を返す事ができないと言った。 自分のお
父さんが人間の身代金として受け入れるものは一つしかない→イエスの命。
イエスはさらに天使たちにどんな役割をしてもいいのか、自分と一緒に居て、時には力づけて
もらう事になると告げた。 堕落した人間の性質を取るから、天使の力に及ばないほど弱くな
る。 自分が受ける恥と大きな苦痛を目撃する事もある。 その苦痛と人間に嫌われるのを見
る時、彼らの感情が強くかき立てられ、愛する者を人殺しの手から救いたくなるが、どんな事
があっても、入って、成り行きを変えたり、じゃましたりするのはだめだ。 でも、復活の際
に役割を果たしてもらう。 救いの計画が考案され、そして既に自分のお父さんに承認され
た、と話した。
イエスは聖なる悲しみで天使たちを慰め、元気づけた。 これから自分が身受けする人は永遠
と一緒に住むようになると知らせた。 自分の死で多くの人を受け戻し、死の支配者を滅ぼす
ことになる。 神様の国を、その天下の大いなる国を自分のお父さんにもらい、世々限りなく
所有する事になる。 サタンと罪人は滅ぼされ、二度と天や清められる新地球を乱さない。 自分のお父さんに承認された計画に甘んじるよう、と天使たちに命じた。 自分の死を通し
て、堕落してしまった人類がまた高められ、神様の好意を得、天国を楽しめる事を喜びなさい
と言った。
そして天国は口に言い表せない程の喜びに満ちた。 天国の大勢は賛美と崇拝を込めた歌を
歌って、 神様が腰低く、大いなる慈愛で反乱族のために最愛の者を死に譲ったので、天使た
ちはハープを持って、今まで出せなかった高い音を歌った。 同じく、イエスが父の懐から離
れる事に同意して、他人に命をあげるためにひどく苦しい人生を送る末、恥しい死に方を選ん
だので、天使たちが力を入れ、賛美と崇拝を込めた歌を歌った。
ある天使が私に聞いて、言った、「父が簡単に最愛の息子を譲ったと思う? とんでもない。
天の神様にとっても犯罪者である人類が滅びるべきか、彼らのために最愛の息子を与えるべ
きか、という選択に悩んだんだよ」。 天使たちが人間の救いに非常に高い関心を持ち、滅び
るべき人間のために自分の栄光と命を捨てても良いと思った者さえあった。 「しかし、それ
は何もならない」と私の付き添いの天使が言った。 その罪は重過ぎて、天使の命では負債が
返せない。 迷った人間を絶望的な悲しみや苦痛から救える方法は一つしかない→息子の死と
仲介だけだった。
しかし、天使には、やる事が与えられた。 神様の息子が苦しい時に、昇り降りして、栄光か
らの力づける慰めを持って来て、もてなしをするのがその一つ。 更に、恵みを受けた人たち
を、暗やみを掛けようとする悪天使たちとサタンの絶えない攻撃から守る仕事が与えられた。
迷い、滅びる人間のために自分の法律を変える事は不可能だから、神様は、人間の罪のため
に最愛の息子の死を許した。
サタンと彼の天使たちが、人間を堕落させた事で、神様の息子を高い位から引き下ろせる事で
また喜んだ。 イエスが堕落した人間の性質を受ける時、イエスに打ち勝って、救いの計画の
邪魔をするとサタンが自分の天使たちに言った。
昔賞賛され、幸せな天使だった時のサタンの様子を私に見せてくれた。 そして今の様子も。
まだ王様のような姿を保っている。 彼は天使、堕落した天使だからその顔立ちはまだ高貴
的である。 でもその表情は心配、不安、不幸、憎しみ、悪意、いたずら、欺き、あらゆる悪
に満ちている。 非常に高貴だった額が特に目を引いた。 それは目から引っ込んでいた。 長い間、自分の品位を落としてきたので、性質のすべての善いところが低下してきていると同
時に、すべての悪いところが発達してきてしまった事を私は見た。 彼の目付きは陰険で、悪
賢かった。 その目付きは物を貫くように鋭く見えた。 体格は大きいが、顔と手の肌は緩
く、ぶら下がっていた。 私が見ていた時、彼は左手でほお杖をついていた。 深く考えてい
るようだった。 彼の表情に悪とサタンらしい悪賢くさが満ちた微笑みがあり、それは私を身
震えさせた。 彼は、えじきを罪に落とす直前にこういうふうに微笑する。 そして罪のわな
を締め、えじきを落とすにつれ、この微笑みがひどく恐ろしくなってくる。
イザヤ53章を参照
4章 イエス・キリストの最初の降臨 へ進む
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第4章
イエス・キリストの最初の降臨
その後、イエスが人間の性質を受け、人間になるまで地位を下げ、サタンの試みを受ける時代
まで私は運ばれた。
イエスの誕生はこの世的な壮大なものではなかった。 馬小屋で生まれ、飼い葉おけの中に寝
た。 しかし、人間の誰の誕生よりもはるかに名誉のある誕生だった。 神様の光と栄光と共
に天国から天使たちが降りて来て、羊飼いたちにイエスの誕生を告げた。 その天使たちはハ
ープを持って、神様をあがめた。 天使たちは神様の息子が身受けの仕事を成し遂げるため
と、彼の死によって平和、幸福と永遠の命を人間に与えるためにこの堕落した世に誕生した事
を勝ち誇って布告した。 神様が自分の息子の誕生に名誉を与えた。 そして天使たちは彼を
拝んだ。
イエスが洗礼を受けた時に天使たちはその上に舞っていた。 周りに立っていた人たちは驚き
のあまり、その場に釘付けになった。 聖霊が鳩の形になって降りて来て、イエスの上に止
まった。 そして父なる神様の声が天から、「これは私の愛する子、私の心にかなう者であ
る」と言うのが聞こえた。
ヨルダン川にいたヨハネは、洗礼を受けるために来た者が救い主かどうか、はっきり分からな
かった。 しかし、神の小羊を表すしるしによって見分けが付く事を、神様は約束していた。
そのしるしとは、イエスの周りに神様の栄光が輝き、聖なる鳩がイエスの上に止まる、とい
うかたちで与えられた。 ヨハネはイエスの方に手を差し伸べ、大声で、「見よ、世の罪を取
り除く神の小羊」と言った。
ヨハネは「イエスは約束されたメシヤ、世の救い主だ」と自分の弟子たちに教えた。 自分の
生涯が幕を閉じようとしている事を知って、弟子たちにイエスを見習い、偉大な先生としてイ
エスに従うよう教えた。 ヨハネの人生は楽しみの無い、悲しみにあふれた自己否定の人生
だった。 イエス・キリストの最初の降臨を布告したのに、イエスが発揮した力や起した奇跡
を見る事は許されなかった。 イエスが教職に就いたら、自分は死ななければならない事を
知っていた。 荒野以外では、あまり彼の声が聞こえられなかった。 その人生は寂しいもの
だった。 自分の使命を果たすために父親の家族の楽しい交わりに執着せず、彼らから離れて
行った。 不思議で独創的な預言者の教えを聞くため、大勢の人は慌ただしい町や都会から荒
野に出かけた。 ヨハネは木の根におのを当てた。 結果を恐れずに罪を責め、神の小羊の道
を用意しておいた。
ヨハネの力強く鋭い証しを聞くとヘロデ王の心は動かされた。 弟子になれるには何をしなけ
ればならないか、と興味深く尋ねた。 ヘロデが自分の兄のまだ生きているうちに、兄の妻と
結婚しようとしている事実を、ヨハネは知っていた。 そして忠実に、そうする事は不法だと
ヘロデに言った。 ヘロデに何一つ犠牲にする気などはなかった。 兄の妻と結婚し、彼女の
影響を受けた彼は、ヨハネを捕らえ、獄に入れた。 でもいつか彼を解放するつもりでいた。
拘束されていた間ヨハネは、弟子たちを通して、イエスの力強い働きの話を聞いた。 イエ
スの恵みに満ちた話を直接聞けなかったが、弟子たちに聞かせてくれた話で慰められた。 ヨ
ハネはすぐ、ヘロデの妻のさしがねで、首を切られた。 イエスの奇跡を見、その口から出る
優しい言葉を聞いて、イエスに従った一番小さな弟子がバプテスマのヨハネよりも偉大である
事を、私は見た。 つまり、彼らはヨハネよりもっと誉れ、高められ、その人生がもっと楽し
いものだった。
ヨハネは、エリヤの霊と力によって、イエスの最初の降臨を布告するために働いた。 私に世
の終わりの時代が示され、ヨハネは、エリヤの霊と力によって怒りの日とイエスの再臨とを布
告する人たちの代表者である事を私は見た。
ヨルダン川で洗礼を受けてからデビル(悪魔)の誘惑を受けるためにイエスは聖霊によって荒
野へ導かれた。 イエスはその特別な場面の強烈な誘惑のため、聖霊によって、備えられてい
た。 四十日間、何も食べずに悪魔の誘惑を受けた。 イエスの周りは、人間が普通避けるよ
うな不愉快なものばかりであった。 野生の獣と悪魔と一緒に、寂しい荒れ果てたところに居
た。 断食と苦しみのために、神様の息子はやつれ、顔が青ざめているのを私は見た。 でも
イエスの進路は示されていて、するためにやって来た仕事を成し遂げなければならない。
サタンは神様の息子の苦しみに付け込み、数々の誘惑をするために準備をした。 神様の息子
が自ら位を引き下げ、人間となったので自分に負けるだろう、とサタンは期待していた。 サ
タンはこの試みを持ち出した→「もしあなたが神の子であるなら、この石に、パンになれと命
じてごらんなさい」。 イエスより下の位にある自分にイエスが位を引き下げ、神性な力を働
かせ、救い主である事を証明させる事がサタンの試みだった。 イエスは穏やかに、「『人は
パンだけで生きるものではない、神から出るすべてのことばによる』と書いてある」と答え
た。
サタンは、イエスが神様の息子かどうかについてイエスと言い争いたかった。 イエスの弱く
苦しい状態に触れ、自慢げに自分の方が強いと主張した。 しかし、「これは私の愛する子、
私の心にかなう者である」という天から語られた言葉で、イエスはすべての苦しみを耐え抜く
事ができた。 イエスの使命には自分の力や、自分が救い主である事をサタンに説得するとこ
ろが全然ない事を私は見た。 サタンには、イエスの高い位と権威についての証拠が十分で
あった。 その権威に従うのを嫌がっていたのでサタンは天国から締め出された。
自分の力を見せるためサタンはイエスをエルサレムに運び、神殿の頂上に立たせた。 神様の
息子ならその証拠を示すため、自分に立たせられた目がくらむような高いところから身を投げ
てみよ、と再び誘惑した。サタンは霊感によって書かれたところを引用して、「『神はあなた
のために御使いたちにお命じになる』と、『あなたの足が石に打ちつけられないように、彼ら
はあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」と言い付けて来た。 イエスは、
「主なるあなたの神を試みてはならない」と答えた。 イエスが父のあわれみに付け込み、使
命を果たす前に自分の命を危険にさらすのはサタンの狙いだった。 サタンは、救いの計画が
失敗に終わる事を望んでいたが、その計画が熟考されているので、このようにサタンによって
倒されたり、傷付けられたりするのは無理だという事を私は見た。
イエスとは、皆のクリスチャンが誘惑されたり、権利が問われたりする時の手本である事を私
は見た。 彼らはそれを辛抱強く耐えるべきである。 神様が直接あがめられ、栄光を受ける
特別な目的がない限り、敵に対して勝利を得るために神様の力を発揮させるような権利はクリ
スチャンにはない、と考えた方が良い。 イエスが身を頂上から投げ落とし、サタンと神様の
天使たちしか目撃しない事をするなら、自分の父は栄光を受けない、という事を私は見た。 その上、これは主が一番強い敵に自分の力を見せる誘惑でもあった。 そうするなら、イエス
が征服するために来た相手の位まで自分自身を引き下げることになってしまう。
「それから、悪魔はイエスを高い所へ連れて行き、またたくまに世界のすべての国々を見せて
言った、『これらの国々の権威と栄華とをみんな、あなたにあげましょう。 それらは私に任
せられていて、だれでも好きな人にあげてよいのですから。 それで、もしあなたが私の前に
ひざまずくなら、これを全部あなたのものにしてあげましょう。』 イエスは答えて言われ
た、『引き下がれサタン。』 『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてあ
る」。
ここでサタンがイエスに世の国々を見せた。 最高に魅力のあるところを見せた。 この場で
自分を拝むなら、その国々をみなイエスに与える、とサタンは約束した。 地球の所有権を主
張するのを放棄する事も約束した。 救いの計画が実施されたら、自分の力は制限され、最終
的には取り除かれる事をサタンは知っていた。 人間を身受けするためにイエスが死ぬなら、
いずれ自分の力を失って、殺される事をも知っていた。 だから可能なら、神様の息子が開始
した偉大な仕事の完成をじゃまする事はサタンの熟考された計画だった。 もし人間の身受け
の計画が失敗に終われば、自分のものと主張した地球の所有権を持ち続けられるようになる。
そして、もし自分の計画が成功したら、天の神に対立して、地球を支配し続けられるだろ
う、とサタンはうぬぼれていた・p> イエスが自分の力と栄光を天に置き去った時にサタンは
大変喜んだ。 神様の息子は自分の手の中にあると思った。 エデンの園で聖なる二人を簡単
に陥れたから、自分のサタン的悪賢さと力で、神様の息子をも倒せるだろう、それによって自
分の命と国を守れると思った。 イエスを自分の父の心にかなわない誘惑に陥れる事ができる
なら、目的達成。 しかし、イエスは「引き下がれ」とサタンに命じた。 イエスは自分の父
だけにひざまずかなければならない。 イエスには、自分の命でサタンの持ち物を買い戻す時
がくる。 そしてしばらくすると、天国と地球にいる者が皆イエスに服従する。 地球の国々
は自分のものであると主張していたサタンは、イエスが受ける苦痛が回避できるかもしれな
い、とイエスにほのめかした。 この世の国々を得るために死ななくても良い。 ただ自分を
拝んでくれるなら、地球のすべてのものとそれに伴う支配の栄光が手に入れる。 (しかし)イ
エスは動揺しなかった。 合法的に世の国々を相続し、手渡され、そして永遠に所有するため
に自分の父の指示に従い、苦痛な人生とひどい死に方の道を選んだ。 その上、サタンもいつ
かイエスの手に渡され、死で滅ぼされ、二度とイエスや栄光にいる聖人たちを煩わせる事はな
い。
申命記6:16、8:3、列王記下17:35−36、詩篇91:11−12、ルカ2−4章を参照
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第5章
イエスの働き
サタンが試みをやめて、しばらくイエスから離れた。 そして天使たちは荒野で料理を作り、
イエスを元気付けた。 そこで自分の父からの祝福がイエスを覆った。 一番強烈な誘惑が失
敗に終わったが、サタンは悪賢く、イエスが働いている間に時々イエスを攻撃するのを楽しみ
にしていた。 イエスを受け入れない者を扇動し、イエスを憎ませ、殺させる事によって、ま
だイエスに打ち勝つ事を望んでいた。 サタンと彼の天使たちは特別な会議を開いた。 神様
の息子に対して何もできなかったので彼らはがっかりして、激怒した。 もっとずる賢くなっ
て、イエスは世の救い主である事に対して同胞者が疑うようになるため全力を尽くそう、と決
めた。 この方法でイエスを落胆させ、やる気を無くさせようとした。 ユダヤ人がどれほど
儀式と、いけにえの任務を正確に守っても、預言に対して盲目にさせ、その預言を成就する者
はこの世的な力強い王様であると信じさせる事に成功したら、救世主のやって来るのは未来
だ、と考え続けるようになる。
次に、イエスが働いている間、サタンと彼の天使たちは人間が疑って、憎んで、軽蔑するよう
仕向けるのに大変忙しかった様子が私に示された。 イエスが鋭利な真実でユダヤ人の罪を叱
ると、彼らはよく激怒した。 サタンと彼の天使たちは彼らをせき立てて、神様の息子の命を
取ろうとした。 ある時、石を拾って、イエスに投げようとしたが、天使たちがイエスを守
り、怒っていた群集から安全なところに運んであげた。 又、別の時に、分かりやすい真実が
イエスの聖なる唇から出たとき、群集はイエスを捕まえ、丘の崖まで連れて行き、投げ落とそ
うとした。 そこでイエスについてどうしたら良いのか、もめ始めた。 その時、天使たちが
再び群集の目からイエスを隠したので、イエスは人込みを通って、去った。
サタンはまだ偉大なる救いの計画が失敗に終わる事を願っていた。 皆の心をかたくなにさ
せ、イエスに対して無情を起こさせるのに全力を注いだ。 イエスが神様の息子であると受け
入れる人があまりにも少なく、自分が味わう苦痛や犠牲は大きすぎる、とイエスに考えさせる
事はサタンの狙いだった。 しかし、たった二人でもイエスは神様の息子であると受け入れ、
魂を救うに至るまでの信仰を持っていたなら、イエスはその計画を実施してあげた事を私は見
た。
イエスはまず、サタンが人々を苦しませる権力を破る働きを開始した。 その悪権力で苦しん
でいた者をいやした。 病人を回復させたり、足の不自由な人を癒してあげたりしたので、彼
らは喜びのあまり胸が躍り、神様に栄光を帰した。 イエスは長年サタンの残酷な力で縛られ
ていた目の見えない人に目が見えるようにしてあげた。 弱い者、震えている者や、落胆した
者を恵み深い言葉で慰めた。 死んだ人はイエスに復活していただき、神様の偉大な力が示さ
れたので神様をあがめた。 イエスを信じた人のためにイエスは大いに力を発揮した。 サタ
ンが以前勝ち誇って、握っていた苦しんでいる弱い者をイエスはもぎ取り、自分の力で彼らに
健全な体を与え、大きな喜びと幸せをもたらした。
イエスの人生は慈悲と思いやりと愛に満ちたものであった。 いつも寄って来る人たちの話を
丁寧に聞き、彼らの苦難を和らげてあげた。 多くの人がイエスの神性な力の証拠を自分の身
に持っていた。 でも、そのわざが行なわれてからすぐ、たくさんの人はあのへりくだりなが
ら偉大な先生を恥に思っていた。 なぜなら、指導者たちがイエスを信じなかったので、彼ら
はイエスと一緒に苦しみを受けたくなかったからである。 イエスは悲しみの男で、悲嘆を
知っていた。 イエスの真面目な自制のある生活を耐える事のできる人は少なかった。 彼ら
は世が授けるような名誉が欲しかった。 多くの人はイエスに付いて行き、その唇から出る恵
み深い言葉や教えを楽しく聞いていた。 その言葉は意味深かったが、一番弱い者でも理解で
きるように分かりやすかった。
サタンと彼の天使たちは忙しかった。 ユダヤ人の目を盲目にし、理解力を曇らせた。 サタ
ンは民の長と指導者たちを扇動して、イエスの命を取らせようとした。 そしてその指導者た
ちは、イエスを連れてくるように役人を送ったが、彼らはイエスに近づくと非常に驚いた。 それはイエスが人間の苦難を目撃すると、哀れみと思いやりが沸いてきて、愛を持って優しい
言葉で弱い者や悩みを抱えている者を元気付けるのを彼らは見たからである。 更に、権力の
ある話し振りでサタンの力をとがめ、サタンの支配下にいる捕虜たちを自由にせよ、と命令す
る事をも聞いた。 イエスの唇から出た知恵ある言葉の数々を聞いていた役人たちは魅了さ
れ、イエスに手を掛けられなかったので、手ぶらで祭司たちや長老たちのところに戻った。 役人たちは、「なぜ、あの人を連れてこなかったのか」と問われた。 彼らが目撃したイエス
の奇跡や、聞いた聖なる知恵、愛、そして知識に満ちた話を告げ、「この人の語るように語っ
た者は、これまでにありませんでした」と報告を終えた。 すると祭司長たちは、「お前たち
もだまされている」と彼らを非難した。 何人かはイエスを連れて来なかった事を恥に思っ
た。 祭司長たちは、イエスを信じてしまうような指導者がどこに居るか、とあざけった口振
りで尋ねた。 本当は多くの指導者と長老がイエスを信じた事を私は見た。 しかし、サタン
に縛られていたので、公に認めなかった。 彼らは神様より、人間の批判を恐れたからであ
る。
この時点まできても、救いの計画はサタンの憎しみと悪賢さによって壊されていなかった。 イエスが世に来た目的を達成する時が迫ってきた。 サタンと彼の天使たちは協議して、キリ
ストの同胞者がキリストの血を強く求め、新しい残酷な行為を考えだし、それを軽蔑的にもキ
リストにぶちまけるように仕向ける事を決めた。 イエスがそんな待遇に腹を立て、おとなし
さや謙遜な態度を守らなくなるのがサタンの狙いだった。
サタンがその計画を練っていた間、イエスは味わわなければならない苦難を丹念に弟子たちに
教えた。 自分は十字架に掛けられ、そして三日後に復活する事を。 しかし、彼らの理解力
は鈍かったようで、イエスの言っている事がさっぱり分からなかった。
ルカ4:29、ヨハネ7:45−48、8:59を参照
第6章
イエスの姿変わり
イエスの姿変わりで弟子たちの信仰が非常に強くなってきた事を私は見た。 信者たちがひど
い悲しみや失望の中で確信を捨ててしまわないため神様は、イエスこそが約束された救い主で
ある有力な証拠を彼らに与える事にした。 姿が変わった時に主は、イエスが経験する苦痛と
死について話すため、イエスのもとにモーセとエリヤを送った。 神様は、自分の息子と話し
合うのに天使を選ばないで、この世の試練を経験した者を選んだ。 イエスの信者の何人かは
イエスと一緒に居る事が許され、イエスの服が白くてつやつやするのを目撃し、顔が神性の栄
光で光るのを見、そして恐ろしく威厳のある声で神様が、「これは、私の愛する子である。 彼の言うことを聞きなさい」と言うのを聞いた。
エリヤは神様と一緒に歩んでいた。 彼の仕事は楽しいものではなかった。 神様は、エリヤ
を通して罪をとがめた。 彼は神様の預言者で、身を守るためにあちこち逃げなければならな
かった。 野性動物を狩って、殺すようにエリヤは追われていたが、彼は死を見ずに神様に
よって天国へ移された。 そして大勝利と栄光の中、天使たちによって天国まで運ばれた。
モーセは大いに神様から栄誉を受けた人物だった。 彼の時代の前に生きていた人の中で彼ほ
ど偉大な者はいなかった。 人が友達と話すように、面と向かって神様と話す特権が彼に与え
られた。 また、父なる神様を包んだ輝かしい光や素晴らしい栄光を見る事が許された。 彼
を通して神様は、イスラエルの民をエジプトでの奴隷の身から解放した。 イスラエルの民の
仲裁者としてモーセは、よく神様の怒りと彼らの間に立った。 イスラエルの不信と不満のつ
ぶやきや重い罪が神様の怒りに大いに火をつけた際、モーセがどれほど彼らを愛しているのか
が試された。 もし彼がイスラエルから手を引いて、滅ぶがままにすれば、彼から大国を築
く、と神様は約束した。 モーセは懸命な嘆願をもってイスラエルに対する愛を明らかにし
た。 神様が激しい怒りを抑え、イスラエルを赦してくれるよう、そうしないなら自分の名前
を神様の本から消しても良いと、苦悩の中に祈った。 水がなくなった時、自分たちとその子供たちを殺すためにエジプトから導き出したか、とイス
ラエルの民は神様とモーセに対して不満をつぶやいて、非難した。 神様がその不満のつぶや
きを聞いて、モーセに、石をたたいてイスラエルの民に水を与えるよう命じた。 そこでモー
セは怒って、石をたたき、自分に栄光を帰してしまった。 イスラエルの民の絶え間ない背教
や不満のつぶやきがモーセを大変悲しませた。 神様はどれほど彼らに対して忍耐強いのか、
それに、その不満のつぶやきは自分に対するものではなく、神様に対するものだという事をモ
ーセは、わずかの間忘れてしまった。 モーセは彼らを深く愛したにもかかわらず彼らがあま
り感謝しなかったので、自分はどれほど不当な扱いを受けているか、とばっかり考えていた。
イスラエルの民がその件を通して神様の偉大さを知り、あがめるはずだったが、モーセは石を
たたいて、神様に栄光を帰さなかった。 そして主はモーセに対して不愉快に思い、「あなた
を約束の地に入らせないよ」と言った。 よくイスラエルを窮地に導く事で彼らを試し、追い
込まれた時に自分の力を示すことによって彼らの記憶に残して、そして彼らが自分をあがめる
事が神様の計画だった。
二枚の石板を持って山から降りた時にイスラエルが金の子牛の像を拝んでいるのを見たモーセ
は激怒して、石板を投げて壊した。 モーセはこの事で罪を犯さなかった事を私は見た。 神
様のために怒り、その栄光のため、しっとに燃えた。 でも心の元の感情に従い、神様に帰す
べき栄光を自分のものにした行為は罪だった。 その罪で神様は、モーセが約束の地に入るの
を許さなかった。
サタンは、天使たちの前でモーセを告発するためのねたを捜していた。 そして、モーセを陥
れた事で神様を不愉快にさせたのを勝ち誇った。 世の救い主が人間を身受けするためにやっ
て来る時、自分は勝って見せるぞ、と自慢そうに天使たちに言った。 この罪でモーセは、サ
タンが支配している国→死、に陥った。 もしモーセがしっかりして、栄光を自分のものにし
なかったなら、主は約束された地に彼を導き、そして死を見ずに彼を天国に移ってあげる事は
ずだった。
モーセは死を通ったが、腐敗する前にミカエルが降りてきて、彼に命を与えた事を私は見た。
遺体は自分のものだとサタンは主張していたが、ミカエルがモーセを復活させ、天国に連れ
て行った。 自分の獲物である遺体をつかみながら悪魔は、それを取ろうとした神様を、「不
公平だ!」と激しくののしった。 悪魔の誘惑と力で神様に仕えた人は陥ったのに、ミカエル
は悪魔を叱らなかった。 キリストは自分の父を指して、「主があなたを戒めてくださるよう
に」とおとなしく言った。
イエスは、一緒に立っている弟子の中で、死を味わう前に神様の国が力強く来るのを見る者が
いる、と言った。 姿変わりの時にこの約束が実行された。 イエスの表情の様子が変わって
太陽のように輝き、服装は白くてつやつやしていた。 イエスの第二回の現れに死から復活さ
れる人たちの代表者、モーセはその姿変わりの場に居た。 そして、死なずに天国に移された
エリヤは、イエスの再臨の時に死なずに天国に移され、永遠の命を持つようになる人たちの代
表者であった。 弟子たちは恐れと驚きでイエスの素晴らしい威厳のある姿と自分たちを覆っ
ていた雲を見ながら、恐ろしい威厳のある声で神様が、「これは、私の愛する子である。 彼
の言うことを聞きなさい」と言うのを聞いた。
出エジプト32章、民数記20:7−12、申命記34:5、列王記下2:11、マルコ9章、ユダ
9を参照
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第7章
キリストは裏切られる
次に私は、イエスが弟子たちと一緒に過ぎ越しの晩さんを食べている時まで運ばれた。 自分
はサタンにだまされ、キリストの真の弟子の一人だとユダは思い込んでいだ。 しかし、彼の
心はいつもこの世のものに向いていた。 ユダはイエスの働きの場に一緒に居たり、その力の
あるわざを見たりしたので、イエスは救い主である証拠に圧倒され、認めざるを得なかった。
しかし、彼はお金を愛して、欲深く、ケチだった。 高価な軟こうがイエスの上に注がれた
事で腹を立て、文句をつけた。 マリアは自分の主を愛していた。 自分の数多くの罪を赦し
てくれたし、非常に愛していた兄を死から生に返してくれたので、イエスのためなら高すぎる
贈り物はないと思っていた。 その軟こうが貴重で高いほど、自分の救い主に対する感謝の気
持ちをはっきり表せると思い、心を込めてささげた。 ユダは自分の欲張りを隠そうと、その
軟こうを売ったら代金を貧しい人にあげるのに、と言った。 でも貧しい人の事を心に留めた
わけではなかった。 彼は利己的で、貧しい人に配るはずの任された金をよく着服していた。
イエスの暮らしを快適にする必要な物に心を配らず、ただ自分の欲張りを言い訳しようとよ
く貧しい人の事を口にした。 マリアの気前のよい行為で彼の欲張りの性質は痛烈に非難され
た。
サタンの誘惑がユダの心に容易に受け入れられるように用意されていた。 ユダヤ人はイエス
を憎んでいたが、イエスの知恵のある話を聞くためや、力強いわざを見るために大勢の人が群
がった。 彼らはその素晴らしい先生の教えに耳を傾けると心の底まで動かされ、熱心にイエ
スに従ったので、祭司たちと長老たちの注目が薄くなってしまった。 多くの位の高い指導者
たちはイエスを信じたが、会堂から追放されるのを恐れていたから、その信仰を告白しなかっ
た。 祭司たちと長老たちはイエスへの注目をやめさせなければならない、と決めた。 すべ
ての人がイエスを信じるようになるのを恐れていた。 彼らは自分自身の安全を保証するもの
はないと感じていた。 自分の地位を失うか、イエスを殺すか、この二つの道しかなかった。
殺しても、イエスの偉業を記念している人がまだ生きている。 ラザロはイエスによってよ
みがえった。 だからイエスを殺しても、ラザロはイエスの偉大な力を証明するのではない
か、と恐れていた。 皆、よみがえった人を見るために群がっていたので、ラザロをも殺し
て、この大騒ぎを静める事を決めた。 それで、もう一度皆を人間の言い伝えや教理に向けさ
せ、ハッカやヘンルーダの十分の一をささげさせ、自分たちの影響力が取り戻せると思った。
イエスが群集に囲まれ、皆がその話に集中している時に捕らえようとしたら石打ちで殺され
るので、イエスが一人にいる時に捕らえる計画に彼らは賛成した。 ユダは、彼らがどれほどイエスを捕らえたかっていたかを知り、わずかの銀貨で裏切る事を提
供した。 お金に対する執着心が自分の主を恨み重なる敵の手に渡すように至った。 サタン
は、ユダを通して直接働き、最後の晩さんの感動的な場面の最中にイエスを裏切ろうとたくら
んでいた。 その夜イエスが悲しげに、自分のために弟子は皆つまずくと言った。 しかしペ
テロは強く否定して、皆がイエスのためにつまずいても自分はつまずかないと断言した。 イ
エスはペテロに、「サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。
しかし、私はあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。 それで、あな
たが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」と言った。 次に私が見た場面は、イエスが弟子たちと一緒に園にいるところであった。 深い悲しみで、
誘惑に陥らないため注意して祈りましょう、とイエスは弟子たちに勧めた。 彼らの信仰は試
されるし、期待していた事は外れるので、力を付けるために注意深く見張って、熱心に祈る必
要があるとイエスは知っていた。 イエスは涙を流し、叫びながら祈った、「父よ、みこころ
ならば、どうぞ、この杯を私から取りのけてください。 しかし、私の思いではなく、みここ
ろが成るようにしてください」。 神様の息子はひどく苦しんで祈った。 顔から血のような
大粒の汗が出て、地面に落ちた。 天使たちは上を舞いながら、その光景を見下ろしていた。
苦しんでいる神様の息子を力付けるためにたった一人の天使が派遣された。 天国に居る天
使たちは自分の冠とハープを投げ落とし、興味深く静かにイエスを見つめた。 天国に喜びが
なかった。 彼らは神様の息子を囲みたかったが、指揮官の天使たちはそれを許さなかった。
それは、イエスの裏切られる光景を見ると、彼らがイエスを救い出すのを防ぐためであっ
た。 その計画はもう練られていて、イエスは最後までそれを果たさなければならない。
イエスは祈ってから弟子たちの様子を見に行った。 皆寝ていた。 その恐ろしい時に自分の
弟子たちさえ慰めや祈りをしてくれなかった。 ついさっき、あんなに熱心だったペテロは深
い眠りについていた。 イエスは先ほどペテロが断言した事に触れ、彼に言った、「眠ってい
るのか。 ひと時も目をさましていることができなかったのか」。 三度も苦しみながら神様
の息子は祈った。 するとユダと彼が率いた群集がやって来た。 ユダはいつものようにイエ
スに挨拶しようとした。 群集がイエスを囲んだが、イエスは、「だれを探しているのか。 私が、それである」と尋ね、その場で自分の神性の力を明らかにした。 彼らは後ずさりし
て、地面に倒れた。 こう尋ねた理由は、彼らがイエスの力を目撃し、もしその気になればイ
エスは自分を救い出す事ができる、という証拠を彼らに示すためであった。
棒や剣を持っていた群集があれほど早く倒れるのを見た弟子たちに希望が沸いてきた。 彼ら
が起き上がり、もう一度イエスを囲もうとしたところ、ペテロが剣を取り、ある(人の)耳を
切り落とした。 イエスは剣を収めるようにペテロに命じ、「私が父に願って、天の使たちを
十二軍団以上も、今つかわしていただくことができないと、あなたは思うのか」と聞いた。 イエスがこう言った時に天使たちの表情がいきいきしてきたのを私は見た。 その時、その場
で、天使たちは自分の司令長官を囲み、暴徒を解散させたかった。 でもイエスが、「しか
し、それでは、こうならねばならないと書いてある聖書の言葉は、どうして成就されようか」
と付け加えたので、彼らは再び悲しみに覆われた。 イエスが連行されるのを許したので、弟
子たちは再び落胆して、非常にがっかりしてしまった。
弟子たちは我が身を案じ、あちこち逃げてしまったので、イエスは一人残された。 その時、
サタンはどれほど勝ち誇ったか! 神様の天使たちはどれほど悲しんで悲哀を感じたか! 多
くの聖なる天使と各部隊の背の高い指揮官の天使はこの光景を目撃するために送られた。 神
様の息子に与えられるすべての事、その侮辱や残酷な行為を書き記し、イエスが感じる苦しみ
を一つ残らず記録する。 なぜなら、それを与える人たちはその場面をもう一度、生きている
文字で見なければならない事になっているからである。
マタイ26:1−56、マルコ14:1−52、ルカ22:1−46、ヨハネ11章、12:1−1
1、18:1−12を参照
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第8章
キリストの裁判
天使たちは各自のキラキラと光る冠を悲しみのなかで脱いで、天国を去った。 司令長官(イ
エス)が苦しみ、いばらの冠をかぶろうとしている時に、自分たちの冠をかぶる事はできな
かった。 サタンと彼の天使たちは裁判所で人間性を壊し、哀れみを無くそうと努めた。 そ
の場の空気は彼らの影響で重く、汚染されていた。 祭司長たちや長老たちは彼らの影響を受
け、人間の性質が一番堪え難い方法でイエスをののしったり、虐待したりした。 このような
侮辱や苦しみによって神様の息子から不平や不満を引き出すか、あるいはイエスが自分の神性
を働かせ、群集の手から逃げる事で、ついに救いの計画は失敗に終わる事がサタンの狙いだっ
た。
自分の主が裏切られてからペテロは付いて行った。 イエスに何が起こるのかをペテロは心配
していた。 自分が弟子の一人だと責められたらそれを否定した。 自分の命が取られること
を恐れて、弟子の一員である事が指摘されても、「その人は知らない」と強く打ち消した。 弟子たちの言葉遣いは純粋だという評判があったので、ペテロは周りをだますために三回目に
はののしりと、口汚い言葉で自分がキリストの弟子ではない事を否定した。 するとペテロか
ら少し離れていたイエスは、悲しげな非難の眼差しで視線をペテロに向けた。 ペテロは、イ
エスが晩さんの席で言った事、それに自分が、「たとい、みんなの者があなたにつまずいて
も、私は決してつまずきません」と熱心に断言した事を思い出した。 自分の主をののしりを
掛けるほど強く否定したが、イエスの眼差しでペテロの心は直ちに和らげられ、救われた。 そしてペテロは激しく泣き、自分の大きな罪を悔い改めて改心した。 これでペテロは兄弟を
力付けるため用意された。
群集は大騒ぎして、イエスの血を求めていた。 残酷にもイエスにむちをあて、王様が着るよ
うな紫色の古い着物を着せ、その聖なる頭にいばらの冠をかぶらせた。 その手に葦を持た
せ、イエスの前でひざまずきながらおじぎをし、「ユダヤ人の王様、万歳!」とイエスをバカ
にした。 次に手から葦を取り、それでイエスの頭を打った。 これによっていばらがこめか
みを刺して、血が顔からひげにしたたり落ちていた。
天使たちにとって、この光景は堪え難いものだった。 イエスを群集の手から救いたかった
が、指揮官の天使たちはそれを許さなかった。 これは人間のために払う大いなる身代金だ
が、この身代金は完全なものなので、やがて死を支配する者を滅ぼす事になると説明した。 イエスは侮辱されている光景が天使たちに見られている事を知っていた。 一番弱い天使でさ
え、その群集を倒し、イエスを救い出す事ができるのを私は見た。 自分の父に願えば、直ち
に天使たちに解放してもらう事をイエスは知っていた。 しかし、救いの計画を成し遂げるた
め、悪い人たちからの苦しみをよく味わわなければならなかった。
そこにイエスは狂った群集から卑劣な虐待を受けながら、へりくだり、おとなしく立ってい
た。 彼らはイエスの顔につばを掛けた。 神様の街を照らす顔、太陽より強く輝く顔、彼ら
にはその顔から隠れたくなる日がくる。 でもイエスは彼らに向かって怒った顔付きなどを見
せなかった。 ただおとなしく手を上げて、つばをふいた。 彼らはイエスの頭に古着を掛
け、目隠しをし、そして顔を打ちながら叫んだ、「言いあててみよ。 打ったのは、だれ
か」。 天使たちはそこで騒いでいた。 彼らは直ちにイエスを救いたかったが、指揮官の天
使たちに抑えられた。
弟子たちは勇気を出して、イエスの居るところに入り、裁判を見た。 彼らはイエスが自分の
神性を働かせ、敵の手から自分を救い出し、受けている苦難に応じて仕返しをする事を期待し
ていた。 各場面によってその期待は高まり、また低くなったりしていた。 時には疑って、
自分たちはだまされたのではないかと恐れた。 しかし、イエスの姿変わりの際に聞いた声
と、そこで目撃した栄光によってイエスは本当に神様の息子であると彼らの信仰が強くなって
きた。 彼らはイエスと一緒に居た時にイエスが奇跡を起こして病人をいやしたり、盲人の目
を開けたり、耳が聞こえない人の耳をも開けたり、悪霊を叱り、追い出したり、死んだ人をよ
みがえらせたりした刺激的な場面を思い出した。 イエスが叱ると風さえも従った。 弟子た
ちはイエスが死ぬなんてとても信じられなかった。 以前のように力強く起き上がり、神殿に
入って神の家を市場のような所にした人たちを追い払い、彼らが武器を持つ兵士の中隊に追わ
れるように逃げた時と同じように、その血を求めた群集を権威のある声で解散させる事を弟子
たちは期待していた。 イエスが自分の力を現して、自分自身はイスラエルの王である事を皆
を納得させる事も弟子たちは望んでいた。
ユダは、イエスを裏切った行為による恥と良心のとがめで胸がいっぱいになった。 イエスが
虐待されるのを目撃すると、すっかり参ってしまった。 彼はイエスを愛していたが、お金に
対する執着心の方が強かった。 自分が率いていた群集に、イエスは捕らえられるような事を
許さないで、奇跡を起こして、彼らの手から自分自身を救うだろうと思っていた。 しかしユ
ダは、裁判の場で激怒した群集がイエスの血を求めているのを見て、良心のとがめを深く感じ
た。 そして多くの人がイエスを告発している場でユダは、大急ぎでその人込みを割って、
「罪のない者を裏切った」と自分の罪を告白した。 その代金を返そうとイエスの完全無罪を
断言し、イエスを解放するよう強く頼んだ。 祭司たちはしばらくの間、いらだちと混乱で無
言になった。 「イエスの弟子」と自称していた人を雇い、イエスを裏切ってもらった事を群
集に知られたくなかった。 イエスを泥棒のように、ひそかに捕らえた事を隠したかった。 しかし、ユダの告白と有罪そうなやつれた顔によって、イエスを捕らえたのは彼らの憎しみか
らくるものであった事が暴かれた。 ユダが大きな声でイエスの無罪を訴えると、祭司たちは
答えた、「それは、我々の知ったことか。 自分で始末するがよい」。 彼らはイエスを手中
に収めていたので、その身柄を確保する決意を固めた。 心の苦しみに押しつぶされたユダ
は、今や憎くなってしまったお金を雇ってくれた人たちの足元に投げつけ、罪の重大さや恐ろ
しさのあまり出て行って、首をつってしまった。
群集の中には多くの人がイエスを支持していた。 いろいろ問われたが、イエスは何も答えな
かったので皆が驚き怪しんだ。 侮辱やあざけりに対して、その表情に不機嫌そうなところは
まったく無く、しかめ面もなかった。 イエスは威厳のある姿を保ち、落ち着いていた。 そ
の様子は高貴で、完璧だった。 観衆は不思議そうにイエスを見つめた。 その断固たる高貴
で、完璧な様子は、裁判にあたっている支配者たちと比べると、イエスの方が王様らしく、国
を託すのにふさわしい者ではないかと互いに言い合っていた。 イエスの人相には犯罪者らし
い特徴がなかった。 イエスの目は優しく、澄んで、大胆不敵で、そして額は広くて高い。 慈悲と高潔さが深く彼の容貌に刻まれていた。 イエスの忍耐力と辛抱強さはあまりにも人間
を超えていたものなので、多くの人は震え上がった。 領主ヘロデと総督ピラトでさえ、イエ
スの高貴な神様らしい様子に大いに悩まされた。
ピラトは、最初からイエスは並の人間ではなく、優秀であると確信し、イエスがまったく無罪
だと信じていた。 その光景を目撃していた天使たちはピラトがイエスに対して同情や哀れみ
の心を確信している事に気づき、イエスを十字架に付けるひどい行為の責任から救うためにひ
とりの天使がピラトの妻へ送られた。 そして夢を通して、ピラトが今裁いている者は神様の
息子で、無罪の被害者である事を彼女に教えた。 彼女が直ちに夫の元へ使いをやって、「夢
で、イエスのためにひどい目に遭ったからその聖なる方とかかわらないで下さい」と注意し
た。 その使いは急いで群集をかき分け、妻が書いたものをピラトに渡した。 ピラトはそれ
を読むと震え上がり、真っ青になってきた。 そしてすぐにこの件とかかわらず、群集がイエ
スの血を求めても自分は関与しないで、イエスを救い出す事に努力すると決めた。
ヘロデがエルサレムにいると聞いてたピラトは喜んで、イエスの判決と無関係になり、この嫌
な件から一切手を切ろうとした。 そこで、イエスを原告側の人たちと一緒にヘロデのもとに
送った。 ヘロデは冷酷な人となっていた。 ヨハネを殺害した事によって自分自身では消さ
ない傷が良心に残った。 イエスの事とその素晴らしい活動ぶりを聞いたヘロデは、「ヨハネ
がよみがえったのではないか」と思った。 やましい心があったから恐怖で震え上がった。 イエスはピラトからヘロデの手に引き渡された。 ピラトがそうしたのでヘロデは自分の権
力、威力や判断力が認められたと思った。 その時までこの二人は敵だったが、その場で仲直
りをした。 ヘロデは、イエスが何か大きな奇跡を起こして、喜ばせてくれると期待していた
のでイエスを見た時喜んだ。 でも好奇心を満足させるのはイエスの仕事ではなかった。 人
を救うために持っている神性な力や奇跡的な力を使っても良いが、自分のために使うべきでは
ない。
ヘロデの質問攻めに対してイエスは何も答えなかったし、敵に激しく告発されても気にしな
かった。 イエスがヘロデの威力を恐れそうもなかったのでヘロデは自分の兵士たちと一緒に
神様の息子をあざけったり、バカにしたり、虐待したりした。 恥をかかされても、虐待され
ても、イエスは高貴な神様らしい様子を保っていたのでヘロデは驚いて、判決を下すのを恐
れ、イエスをピラトのもとに返した。
サタンと彼の天使たちはピラトを誘惑して、彼を自分の破滅に引き入れようとした。 ピラト
に、「イエスの判決から手を引いたとしても他の人がやるし、群集はイエスの血を渇望してい
る。 そしてイエスを十字架に掛けるように命じなければ、権力と世の名誉を失い、詐欺師と
言われている人の信者と名づけられ、非難されるに違いない」とほのめかした。 それで自分
の権力と威力を失うのを恐れたピラトは、イエスの死を承諾した。 イエスの血の責任を告発
側に負わせ、その群集がそれを受け、「その血の責任は、我々と我々の子孫の上にかかっても
よい」と言ってたが、ピラトには責任があった。 キリストの血の責任を。 彼はこの世の偉
い人々からの名誉に対する欲と私利私欲のため、無罪の者を死に引き渡した。 もしピラトが
持っていた確信に従っていたら、イエスの有罪判決にかかわる事はしなかった。
イエスの裁判と有罪判決によって多くの人は考えさせられた。 そしてその場で作られた印象
は、イエスが復活してから現れるようになる。 後に教会に加わる多くの人の経験はイエスの
裁判で始まり、確信がそこで芽生えた。
サタンは祭司長たちをうまく利用して、イエスを虐待した。 でもあれほど虐待されても、イ
エスは少しも不平をつぶやかなかったので、サタンが激怒した。 イエスが人間の性質を取っ
たが、神様らしい力と不屈の精神で支えられ、父なる神様の意思に全然反しなかった事を私は
見た。
マタイ26:57−75、27:1−31、マルコ14:53−72、15:1−20、ルカ22:
47−71、23:1−25、ヨハネ18章、19:1−16を参照
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第9章
キリストのはりつけ
神様の息子は十字架につけられるために群集に引き渡され、その愛しい救い主は連行された。
受けた殴打やむち打ちの痛みと苦しみによって弱り果て、衰弱していた。 それでも彼ら
は、もうすぐイエスをはりつけにする重い十字架をイエスに背負わせようとした。 しかし、
その荷が重くて、イエスは気絶した。 三度イエスにその重い十字架を背負わせようとした
が、イエスが三度とも気絶してしまった。 そこでイエスの信者の一人を捕まえた。 彼はイ
エスを信じていたが、まだ信仰を告白していなかった。 そこで彼に十字架を背負わせた。 そして彼がそれを運命の場所まで運んだ。 その場所の空中に、天使の部隊が整列していた。
「どくろ」というところまで何人かの弟子が悲しみ泣きながらイエスに付いて行った。 イ
エスが勝ち誇って、(ろばに乗って)エルサレムに入った事を思い出した。 その時イエスに
付いて行き、上着を道に敷き、美しいヤシの木の枝を取ってこう叫んだ、「いと高き所に、ホ
サナ」。 彼らはイエスがその場で国を受け取り、この世的にイスラエルの君主になって、こ
の国を統治すると思っていた。 どれほど状況が変わった事か! 彼らの希望はどれほどくじ
かれたか! 以前のようにいきいきして、希望に満ちた心でイエスに従う事ができなかった。
今は恐怖と絶望感に取り付かれながら弟子たちは、侮辱を受け、卑しめられ、死にゆく者に
悲しくゆっくりと付いて行った。
イエスの母はそこにいた。 自分の子をかわいがる母親にしか感じられない苦悩に胸が刺され
ていた。 苦悩に取り付かれた心にはまだ、息子が何か大きな奇跡を起こし、人殺しの手から
自分自身を救い出すのを弟子たちと同じく、期待するところがあった。 自分の息子がはりつ
けの刑に服従するという思いに耐えられなかった。 でも準備ができて、十字架にイエスを横
にして置いた。 ハンマーと釘が持って来られた。 弟子たちは気が遠くなった。 お母さん
も堪え難い苦しみに襲われた。 イエスを十字架の上に伸ばして、その木製の十字架の横棒に
残虐な釘でイエスの両手を留めようとした。 釘が柔らかい手と足の筋肉や骨に「がちゃん」
と打ち込まれる音をイエスの母に聞かせないため、弟子たちは彼女をその場から運びだした。
イエスはあまりの苦悶にうめき声を出したが、不平は言わなかった。 彼の顔は真っ青で、
額に大粒の汗が出た。 神様の息子を苦しませる事でサタンは大変喜んだと同時に、自分の国
は滅び、自分は死ななければならないのではないかと恐れていた。
十字架にイエスを釘で打ち付けてからその十字架を持ち上げ、前もって用意したところに力強
く突き立てた。 肉を裂き、強烈な痛みを与えた。 彼らはできるだけ恥をかく死に方を与え
ようとした。 イエスの両側に泥棒を一人づつはりつけた。 その二人とも懸命に抵抗し続け
たあげく、無理やりに腕が押さえ付けられ、それぞれの十字架に釘で打ち付けられた。 でも
イエスはおとなしく服従した。 その腕を十字架に押さえ付ける必要はなかった。 泥棒たち
が死刑執行人をののしった時にイエスは、苦しみながら敵のために、「父よ、彼らをおゆるし
ください。 彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」と祈った。 イエスは肉体的
の苦しみだけを耐えたのではなく、全世界の罪をも負っていた。
イエスが十字架に掛けられている間、通りかかった人の何人かは頭を振りながら王様に対して
するようなおじぎをしながら、「神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。 もし神の子
なら、自分を救え。 そして十字架からおりてこい」とののしった。 荒野で悪魔も同じ言葉
を使って、イエスに、「もし神の子なら」と言った。 祭司長たち、長老たちや律法学者たち
があざけって言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。 あれがイスラエ
ルの王なのだ。 いま十字架からおりてみよ。 そうしたら信じよう」。 その場の空中で
舞っていた天使たちは、イエスが「もし神の息子なら、自分を救え」とバカにされたのを聞い
て、憤慨した。 彼らは直ちにイエスを救助しに行きたかったが、許されなかった。 イエス
の任務の目的は達成されようとしていた。 何時間も十字架に掛けられても、ひどく苦しんで
も、イエスは自分の母親のことを忘れなかった。 彼女は苦しみにあふれた場面から離れられ
なかった。 いたわりと人情がイエスの最後の教訓だった。 悲嘆に暮れた母を見てから、愛
する弟子の方に視線を向けた。 イエスは母に向かって言った、「婦人よ、ごらんなさい。 これはあなたの子です」。 そしてヨハネに、「ごらんなさい。 これはあなたの母です」と
言った。 そしてヨハネはその時から彼女を自分の家に引き取った。
ひどく苦しんだイエスは、のどの渇きを覚えた。 しかし、ここでも彼らは侮辱を重ね、酢と
苦いものをイエスに飲ませた。 愛する司令長官のはりつけられる光景を見るのが我慢できな
くなり、天使たちは顔を覆った。 太陽も、その恐ろしい光景を見るのを拒んだ。 イエス
は、「すべてが終った」と大声で叫んで、人殺しをぞっとさせた。 すると神殿の幕が上から
下まで裂け、地が揺れ動き、岩が裂けた。 地面は真っ暗やみに包まれた。 イエスが死ぬと
弟子たちの最後の望みもぬぐい去られそうだった。 多くの信者はイエスの苦しみと死の光景
を目撃して、悲しみの杯がいっぱいになってしまった。 その時、サタンは以前のように喜ばなかった。 救いの計画をめちゃくちゃにしてやりたかっ
たが、その計画はよく練られていた。 イエスの死によって自分はいつか死んで、そして自分
の国は取りあげられ、イエスに渡さなければならない事を悟った。 そこで自分の天使たちと
会議を開いた。 サタンにはイエスに対して勝るところがなかったので、皆はもっと努力し
て、悪賢さや力をイエスの信者に向けなければならない。 信者がイエスの買い取った救いを
受け取らないように手を尽くして、それをじゃましなければならない。 こうすることによっ
て、サタンはまだ神様の統治に反抗を続けるようになる。 その上、できるだけ多くの人にイ
エスを受け入れさせないようにする事は自分のためにもなる。 なぜなら、イエスの血によっ
て償われた人々は打ち勝ち、犯した罪は最終的に罪の創始者である悪魔に戻され、彼はそれら
を負わなければならない。 しかし、イエスを通して救いを受け入れない人は自分の犯した罪
を自分自身で負う事になる。
イエスの人生は華やかなぜいたくなものではなかった。 そのへりくだった、自制心のある人生
は、世の名誉と安楽を追及していた祭司たちや長老たちの人生と対照的だった。 イエスの厳
格な聖なる暮らしぶりによって、彼らは自分の罪のために絶え間なく責められていた。 彼ら
はイエスのへりくだりと純粋さを軽蔑した。 しかし、イエスを軽蔑した者は、イエスが天国
の壮大さとお父さんである神様の比類のない栄光に包まれる姿を見る時がくる。 裁判の場で
イエスは自分の血を渇望していた敵に囲まれた。 無情にも、「その血の責任は、我々と我々
の子孫の上にかかってもよい」と叫んだ者は、イエスの誉れ高い王様である姿を見る事にな
る。 天国にいる者は皆勝利と威厳と権力の歌を歌いながら、殺されたが、再び生きている力
強い征服者であるイエス・キリストを護衛する事になる。 人間、弱く卑劣で、惨めな人間が
栄光の王の顔につばをかけると、群集からその卑劣な侮辱に対する残忍な勝利の叫びがあがっ
た。 その顔を残酷に殴り、傷を負わせ、天国にいる者を皆驚嘆させた。 しかし彼らはもう
一度その顔を見る。 その時、真昼の太陽のようにまぶしく輝く顔から逃げたくなる。 彼ら
は残忍な勝利の叫びをあげるどころか、恐怖のあまり泣きわめく。 そしてイエスは、両手に
あるはりつけの跡を見せる。 イエスの体にこの虐待の跡は永遠に残る。 釘跡の細部までも
人間の救いの素晴らしさとその救いの高貴な代価を物語るようになる。 命の主の脇にやりを
突き刺した人、まさにその人はやりの跡を見て、イエスの体を傷つけた役目を苦悶の中で深く
嘆き悲しむ。 イエスを殺した人たちは、イエスの頭の上に掲げられた書、「ユダヤ人の王」
に対して非常に腹を立てた。 しかし、その(イエスがやって来る)時、イエスが栄光と王の
権力を持つ姿を見ざるを得ない上、イエスの服と太ももに生きる文字で書かれている、「王の
王、主の主」を見る事になる。 イエスが十字架に掛けられた時に、「イスラエルの王キリス
ト、いま十字架からおりてみるがよい。 それを見たら信じよう」とイエスをバカにして叫ん
だ。 でもその時、王の権力と権威を持つキリストを見る。 見るとイエスはイスラエルの王
様である証拠を要求しないで、イエスの威厳さや素晴らしい栄光を感じ、圧倒され、「主の名
によってきたるものに、祝福あれ」と認めざるを得ない事になる。
地面が揺れ、岩が裂け、暗やみが地面を覆い、そしてイエスは力強く大きな声で「完了し
た!」と叫び、自分の命を明け渡した事によって敵は悩まされ、人殺したちは震え上がった。
弟子たちはこの特異な現象を不思議がっていたが、望みが完全につぶされてしまった。 自
分たちもユダヤ人に殺されてしまうのではないかと心配していた。 神様の息子に対する憎し
みがあれほど激しかったので、そこで終わらないだろうと思っていた。 彼らは失望して、何
時間も寂しく悲しみながら泣き続けた。 イエスがこの世の君主として支配するだろうと期待
したが、その期待はイエスの死と共に消えてしまった。 悲しみと失望のどん底の中、イエス
にだまされたのではないかと疑った。 母でさえ面目を失って、イエスは本当に救い主である
かと思い、信仰が揺らいだ。
イエスに対して失望したにもかかわらず、弟子たちはまだイエスを愛した。 その遺体を大切
にして、敬意を表そうとしたが、どうやって遺体が受け取れるのか分からなかった。 影響力
を持ち、地位高い議員のアリマタヤのヨセフはイエスの本当の弟子の一人であった。 彼は勇
気を出しながらも密かにピラトの所へ行って、イエスの遺体をくれるよう懇願した。 ユダヤ
人の憎しみが激しかったので、もしイエスの遺体にふさわしい墓に収めようとしたら、妨げら
れるのではないかと弟子たちは思ったので、ヨセフは公に行くのを恐れた。 しかしピラトは
許可を与えた。 彼らはイエスの遺体を取り下ろした時にまた悲しみに襲われ、絶望感にさい
なまれた。 高級な亜麻布でイエスを巻いてから、ヨセフが自分の新しい墓にイエスの遺体を
横たえた。 イエスの遺体が敵に盗まれないように、まだ生きている間彼に従っていた謙遜な
女性達は、イエスが死んでも遠く離れず、その聖なる遺体が墓に収められ、非常に重い石が墓
の入口に転がされるまで別れを惜しんだ。 でもそんな心配は必要なかった。 天使の大勢は
言うに言われない程の興味を持ち、イエスの収められた場所を見詰めているのを私は見た。 その墓を警備して、「栄光の王を監獄から解放せよ」という命令を首を長くして待ち、それぞ
れの役割を果たしたかっていた。
イエスを殺した人たちは、イエスが復活して、逃げるのではないかと恐れた。 そこで彼らは
三日目まで墓の番をするよう、とピラトに強く求めた。 ピラトは武器を持つ兵士を与え、弟
子たちがイエスの遺体を盗んで、「イエスはよみがえった!」と言わせないため、墓の入口の
石を封印して、準備するように命じた。
マタイ21:1−11、27:32−66、マルコ15:21−47、ルカ23:26−56、ヨハ
ネ19:17−42、黙示録19:11−16を参照
10章 キリストの復活 ヘ進む
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第10章
キリストの復活
安息日に、弟子たちが自分の主の死を悲しみながら休んでいた間、栄光の王イエスも墓の中で
休んだ。 その夜はゆっくりと過ぎた。 まだ暗いうちに墓の上を舞っていた天使たちは、自
分の愛する司令長官である神様の愛しい息子の解放の時間が迫っている事を知っていた。 そ
してイエスの勝利の時間を待ち焦がれていた時、ある力強い天使が素早く天国から飛んでき
た。 その天使の顔は稲妻のようで、服は雪のように白かった。 飛んできた跡の暗やみは彼
の光で消散され、その光と栄光でイエスの遺体を自分の物だと意気揚々と主張していた堕天使
たちが怖くなり、逃げた。 イエスが侮辱を受けた光景を目撃し、聖なる眠りの場所を見張っ
ていたひとりの天使は、先に天国から来た天使と合流して、墓まで降りて来た。 墓に近づく
と地面が揺れ始め、大きな地震が起こった。 力強い方の天使が墓の前の石をつかみ、入口か
ら素早く転がして、その上に座った。 番人たちはひどい恐怖に襲われた。 イエスの遺体を引きとめる権力はどこに行ったのだろ
う? 遺体が弟子たちに盗まれる事や自分の任務を考えてはいなかった。 天使たちの光が太
陽よりも明るく周りを照らして、非常にまぶしかったので彼らは驚き恐れた。 ローマの番人
たちが天使を見て、死んだ人のように地面に倒れた。 天使のひとりが勝ち誇って石を転が
し、澄んだ力強い声で、「神様の息子よ! あなたのお父さんが呼んでいる! 出て来なさ
い!」と叫んだ。 死はもうイエスを支配する事ができなくなった。 死んでいたイエスは立
ち上がった。 一方の天使は墓に入り、勝利を得たイエスが立ち上がると、その頭に巻かれて
いた布をほどいてあげた。 厳粛ないけいの念に打たれた天使の大勢は、イエスが征服者とし
て墓から歩み出た光景を眺めた。 イエスが荘厳に墓から歩み出ると、光っている天使たちは
地面へひれ伏して拝み、神聖な囚人をもう引き留められない「死」に対して勝利の歓声を上
げ、歌を歌った。 もはやサタンは勝ち誇らなかった。 彼の天使たちは天国の天使たちの物
を貫くようなまぶしい光から逃げてしまった。 そこで彼らが自分の王に、「暴力的にも獲物
が取られた」と激しく苦情をぶつけ、「すごく嫌なやつが死からよみがえった」と訴えた。
サタンと彼の天使たちは、自分の力で堕落させた人間を操り、少しの間命の主を墓に倒した勝
利を楽しんでいたが、その地獄的な勝利はつかの間のものだった。 イエスが威厳のある征服
者として監獄から歩み出た時、サタンは、「いつか死んで、支配している国を、その支配権を
持つ者に渡さないといけない始末になる」事を悟った。 あんなに努力して、力を振るったの
に、イエスを陥れなかった。イエスが人間のために救いの道を開いたので、誰でもその道を歩
む者は救われる事に対してサタンは嘆いたり、激怒したりした。
しばらくの間サタンは悲しく、苦しそうだった。 自分の天使たちを集め、次にどうやって神
様の統治に反抗を続けるかについて会議を開いた。 サタンが自分の天使たちに、「祭司長た
ちと長老たちの所に早く行け。 以前彼らをだまし、盲目にし、イエスに対して無情にさせる
事に成功した。 イエスは詐欺師だと信じさせた。 あのローマの番人たちは、『イエスがよ
みがえった』という嫌な事を知らせるだろう。 我々は祭司たちや長老たちを誘導して、イエ
スを憎ませ、殺させた。 でも今度、その行為のひどさを彼らに思い知らせてやろう。 もし
イエスがよみがえったという事が知られると彼らは、『罪のない人を殺した』と見なされ、皆
に石で打ち殺されるだろう」と言った。
天使の大勢が天国に戻ると、光と栄光が消え、そこにいたローマの番人たちは周りを警戒しな
がら立ち上がったのを私は見た。 墓の入口からその巨大な石が転がされ、そしてイエスがよ
みがえったという事に気づくと彼らはびっくり仰天した。 そこで急いでこの驚くべき出来事
を祭司長たちと長老たちに伝えに行った。 その驚異的な報告を聞くと人殺しの顔がみな真っ
青になってきた。 自分たちのやった事で彼らは恐怖感に襲われた。 もし、その報告が本当
だったら、自分たちは滅びると気付いた。 しばらくの間ぼう然自失して、何を言ったらいい
のか、どうしたらいいのか分からず、ただ黙って互いに顔を見合わせた。 イエスを信じよう
としたら、「罪を犯した者」と定められる立場に立たされる。 そこでちょっとわきへ離れ、
互いに相談した。 「イエスが素晴らしい栄光と共によみがえり、番人たちはその栄光で死ん
だ者のように地面に倒れた」という報告が広まると人々が激怒するので、自分たちは殺される
に違いないと思った。 この事件をもみ消すことに決め、兵士たちに口止め料を払う事にし
た。 そして彼らに大金を差し出して、「『弟子たちが夜中にきて、我々の寝ている間に彼を
盗んだ』と言え」と言った。 そこでその番人たちが、「持ち場で寝た」という事に対して受
ける処置について聞くと、「我々が総督を説いて、あなたがたに迷惑が掛からないようにしよ
う」と答えられた。 ローマの番人たちは祭司たちと長老たちの提案に賛成して、お金のため
に自分の名誉を売ってしまった。 イエスが十字架に掛かり、「完了した!」と叫んだ時に岩が裂け、地面が揺れ、それにいくつ
かの墓が揺さぶり開かれた。 イエスが死からよみがえり、死と墓を征服して、監獄から勝利
を得た征服者として歩み出たとき、地面はぐらぐらと揺れ、天国の素晴らしい栄光がその聖な
る場所に集中した。 そして多くの死んだ義人がイエスの呼び掛けに従い、イエスの復活の証
人になった。 その復活され、恵まれた聖人たちは栄光を受け、出て来た。 彼らは天地創造
の時からキリストの時まで各時代に生きていた特別に選ばれた少数の聖人たちであった。 祭
司長たちや律法学者たちがキリストの復活を隠そうとしながら、キリストの復活を証言し、そ
の栄光を宣言するために神様はあの集団を選び、それぞれの墓から呼び起こした。
よみがえった人たちの身長や容貌はばらばらだった。 地球の住民が退化して、器量のよさと
体力がだんだん落ちてきている、と私は教えられた。 サタンは病気と死の支配権を握ってい
る。 各時代において地球の呪いは明らかになり、サタンの権力がもっとはっきりと見えてき
ている。 よみがえった人の中のある人たちは容貌や姿が他の人より立派だった。 ノアやア
ブラハムの時代に生きた人は姿と器量のよさと体力の面で、より天使に似ていた事は私に示さ
れた。 しかし、世代ごとに弱くなり、病気にかかりやすく、寿命が短くなってきている。 サタンは、人間を悩ませ、衰弱させる方法を勉強し続けている。
イエスの復活後、(墓)から出て来た聖なる人たちは多くの人に現れ、「人間のためのいけに
えはもう完了し、ユダヤ人にはりつけられたイエスが死からよみがえった」と言い、「我々も
イエスと共によみがえった」と付け加えた。 彼らはイエスの強い力によって墓から呼び起こ
された事を証言した。 うその報告が流されたにもかかわらず、祭司長たちやサタンと彼の天
使たちがこの件を隠せなかった。 なぜなら、墓から呼び起こされたこの聖なる集団が驚くべ
き喜ばしいニュースを広めたからである。 更に、イエスが悲嘆にくれた弟子たちに姿を現
し、不安を取り除いたので、彼らの悲しみは喜びと幸福に変わった。
そのニュースが市から市へ、町から町へと広まったので、今度ユダヤ人は、自分たちが殺され
るのではないかと恐れ、弟子たちに対する憎悪を隠した。 彼らはうその報告を広める事にす
べての望みをかけた。 このうそが真実だ、と願う者はそれを信じた。 ピラトは震え上がっ
た。 「イエスが死からよみがえった際に多くの人を復活させた」という力強い証言を彼は信
じ、心の平和が永久に去ってしまった。 この世の名誉のためと、自分の権威や命を失わない
ためにピラトはイエスを死に引き渡した。 ただ普通の無罪の人の血を流したのではなく、自
分は神様の息子の血を流してしまった事を、もはや納得せざるを得なくなった。 ピラトの人
生は惨め、終わりまで惨めなものだった。 すべての希望や楽しみが絶望と苦悩で押しつぶさ
れたので、彼は慰められるのを拒み、悲惨な最期を遂げた。
ヘロデの心は更に冷酷になり、「イエスがよみがえった」と聞いてもあまり気にしなかった。
ヤコブの命を奪った事がユダヤ人を喜ばせたと見て、ペテロをも捕らえ、殺そうとした。 しかし、神様はペテロにやるべき仕事を与えたので天使を送って、彼を救い出した。 ヘロデ
は裁きに遭った。 大衆の目の前で、自分自身を褒めたたえた時に神様に打たれ、ぞっとする
ような死に方をした。
朝早く、まだ暗いうちに、聖なる女性たちはイエスの遺体に塗る甘い香料を墓の方へ持って
行った。 すると、なんと墓の入口にあったあの重い石が転がり、遺体は中になかった。 遺
体が敵に奪われたのではないかと彼女たちは恐れ、落ち込んだ。 するとそのそばに、白い服
を着た天使がふたり現れたのではないか! 天使たちの顔は明るく、光っていた。 天使たち
は聖なる女性たちの用事を知っていたので直ちに、「あなたたちはイエスを探しているが、も
うここには居ない。 イエスはよみがえった。 イエスが横たわっていたところをごらんなさ
い。 さあ、弟子たちのところに行って、『イエスはあなたたちより先にガリラヤへ行く』と
伝えなさい」と言った。 しかし女性たちはびっくり仰天して怖がった。 そして慌てて、自
分の主がはりつけにされたので慰められる事のない喪服中の弟子たちのところに急いで走り、
見た事や聞いた事を知らせた。 弟子たちはイエスがよみがえった事を信じられなかったが、
知らせてくれた女性たちと一緒に急いで墓の方に走り、そして本当にイエスがそこに居ない事
を確かめた。 亜麻布の服はそこにあったが、「イエスは死からよみがえった」という良き知
らせを信じられなかった。 帰り道に彼らは、自分の見た事や女性たちの報告を考え巡らし
て、不思議に思った。 しかし、マリヤは墓の近くで見た事を考えながら、「だまされたか
な?」という思いに悩まされ、名残を惜しんだ。 新しい試練が待ち受けているだろうと思っ
ていた。 また悲しい気持ちに襲われた彼女は、激しく泣き崩れた。 もう一度身をかがめ、
墓の中を見ると、そこに白い服を着たふたりの天使が居た。 彼らの顔の表情は明るく、光っ
ていた。 ひとりはイエスの遺体が横たわっていた所の頭の方に、もうひとりは足の方に座っ
ていた。 そしてマリヤに優しく声を掛け、「なぜ泣いているのか」と尋ねた。 「誰かが、
私の主を取り去りました。 そして、どこに置いたのか、分からないのです」とマリヤは答え
た。
彼女が墓から振り向くとイエスがそばに立っているのを見たが、それはイエスだと知らなかっ
た。 イエスはマリヤに優しく話し掛け、悲しみの原因を聞いて、「誰を探しているのか」と
尋ねた。 その話し掛けてくれた人は庭の管理人だとマリヤは思って、「もし主をどこかへ運
んだのなら、その置いた場所を教えてくれるなら、自分が引き取りに行く」と頼み込んだ。 そこでイエスは神聖な口調で、「マリヤよ」と言った。 マリヤはあの愛しい声色をよく知っ
ていたので、ためらわず、「主よ!」と返事をした。 彼女は喜びのあまりイエスを抱こうと
したが、イエスは一歩下がって、「私にさわってはいけない。 私は、まだ父のみもとに上っ
ていないのだから。 ただ、私の兄弟たちの所に行って、『私は、私の父またあなたがたの父
であって、私の神またあなたがたの神であられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝え
なさい」と言った。 マリヤは喜びながら急いで、弟子たちの所にその良き知らせを伝えに
行った。 イエスも急いで父のもとに昇り、父の唇から、「いけにえを受け取り、すべてうま
くやった」と聞いた上、天上の権利と地上の権利をすべて自分の父から受けた。
天使たちは雲のように神様の息子を囲み、栄光の王が入れるために朽ちる事のない門を上げる
よう命じた。 イエスはその聖なる輝かしい大勢と一緒に居た間も、自分の父の前で神様の栄
光に包まれていた間も、地球に居るかわいそうな弟子たちのことを忘れなかった事を私は見
た。 戻って、彼らと共に居る間に力づけるための力を、イエスは自分の父から授かった。 そしてイエスは同じ日に戻り、弟子たちに姿を見せた。 もう既に自分の父のもとに昇り、力
を授かったので、自分の体を触る事を許した。
しかし、この時トマスはその場に居なかった。 彼は他の弟子の報告を素直に信じず、(イエ
スの)手にある釘跡に指で触り、脇にある残酷なやりが刺された跡を手で触らない限り、「決
して信じない」と固く言い切った。 これで兄弟に対する信頼の薄さを表した。 皆が同じよ
うな証拠を必要とするなら、ほとんどの人はイエスを受け入れず、その復活を信じない。 で
も弟子たちの報告が言い伝えられ、実際に見たり、聞いたりした人たちの口から多くの人がそ
れを受け取るのは神様の心だった。 神様はこんな不信に対して喜ばなかった。 イエスが弟
子たちと再び会った時にトマスはそこに居た。 彼はイエスを見るなり信じた。 でも見るに
加え、触る証拠がないと満足しないと断言したので、イエスが彼の望んだ証拠を与えた。 そ
こでトマスは、「わが主よ、わが神よ」と叫んだ。 しかしイエスはその不信のため、「あな
たは私を見たので信じたのか。 見ないで信ずる者は、さいわいである」と彼を叱った。
同じように第一と第二の天使のメッセージを経験していない人は、そのメッセージを順番に
従った経験のある人から受け取る必要がある事を私は見た。 イエスがはりつけにされたよう
に、これらのメッセージもはりつけられてしまった。 そして「天下でイエス以外の名前には
人間に与えられた名前の中で救いはない」と弟子たちが宣言したように、神様に仕えている人
たちも、第三のメッセージに関する真理の一部だけを受け入れる人に、「神様に与えられたま
まで第一、第二、第三のメッセージを喜んで受け入れなければならない。 そうしないなら、
これらのメッセージから完全に手を引きなさい」と忠実に、また大胆に宣言するべきである。
聖なる女性たちが、「イエスがよみがえった」という知らせを伝えていた間、ローマの番人た
ちは、祭司長たちや長老たちに言われた通り、「私たちが夜に寝ている間弟子たちが来て、イ
エスの遺体を盗んだ」といううそを広めていた事は私に示された。 サタンがこのうそを祭司
長たちの心と口に吹き込んだ。 そして人々は言われる通りに受け入れる心構えをした。 し
かし、神様はこの出来事を確かにした。 救いが懸かっているこの大事な事を疑いの余地のな
いものにするため、祭司たちや長老たちがその事を隠す事のできないようにした。 証人たち
が死からよみがえり、キリストの復活を証言した。
イエスは40日間弟子たちと一緒に過ごして、彼らに神の国についてもっと具体的に教え、弟
子たちの胸を弾ませ、喜ばせた。 イエスは弟子たちに自分の苦しみや死、それに復活に関す
る、彼らが見た事や聞いた事を証言するよう任命した。 更に、自分が罪のためにいけにえを
ささげたので、誰でも近付いて来る者は永遠の命を得る、という事を証言するよう任せた。 イエスは忠実に、彼らが迫害されたり、困難に遭ったりする事はあるが、自分の言った言葉を
思い出す事と、彼ら自身の経験した事を振り返る事によって楽になる、と優しく教えた。 自
分は悪魔の誘惑に打ち勝ち、そして試練と苦難を通してその勝利を保持した、と弟子たちに
言った。 サタンがもう自分に対して何の力も無い、でも弟子たちや今後自分の名前を信じる
ようになる人にもっと直接的にサタンの誘惑と力がのし掛かってくる、とイエスは言った。 自分が打ち勝ったように彼らも打ち勝つことができる。 イエスは弟子たちに奇跡を起こす力
を授けた。 悪い人たちは彼らの体に対して力を振るう事もあるが、時には天使を送って彼ら
を救い出したりして、与えられている使命が成し遂げられるまで命は取られない、とイエスは
教え続けた。 そしてそれぞれの証言が終わると、伝えていた証言を証明するために命が取ら
れる場合もある、と言った。 不安だったイエスの信者たちは喜んでその教えを聞き入れた。
その聖なる唇から出る言葉を一つ一つ楽しく、熱心に聞いた。 そこで彼らは、イエスが絶
対に世の救い主である事を確信した。 語られた一つ一つの言葉がみな深く心に刻まれた。 そして彼らは、天からの神聖な先生と別れなければならないで、もうそろそろ、イエスの口か
ら出る慈悲深い慰めの言葉が聞けなくなるので悲しんだ。 天国に行って、彼らのために豪邸
を造り、また来て、彼らを歓迎して、そして永遠に一緒に居られる、とイエスに言われると、
弟子たちの心はまた愛で温まり、胸が弾んだ。 弟子たちを導き、祝福し、そしてすべての真
理を教えてくれる慰めの者「聖霊」を送ってあげる、とイエスが言ってから、両手を上げ、彼
らを祝福した。
マタイ27:52−53、28章、マルコ16:1−18、ルカ24:1−50、ヨハネ20章、使
徒行伝12章を参照
「第一、二、三の天使たちのメッセージ」について黙示録14:6−12、この本の23章,24
章,28章を参照
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第11章
キリストの昇天
全天は、イエスが自分の父のもとに昇って来る大勝利の時を待っていた。 天使たちが栄光の
王を迎え、勝ち誇りながらイエスを天国まで護衛するために降りてきた。 イエスが弟子たち
を祝福してから彼らと別れ、天に引き揚げられた。 イエスが先頭に立って上へ行くと共に、
復活の時によみがえった多くの捕虜たちが付いて行った。 多くの天使も一緒に昇った。 天
国では数え切れないほどの天使がイエスの帰りを待っていた。 聖なる都に昇って行きながら
付き添った天使たちが、「門よ。 おまえたちのかしらを上げよ。 永遠の戸よ。 上がれ。
栄光の王が入って来られる」と叫んだ。 イエスの帰りを都で待っていた天使たちは有頂天
になって、「栄光の王とはだれか」と叫んだ。 そして付き添った天使たちは勝ち誇って答え
た、「強く、力ある主! 戦いに力ある主! 門よ! おまえたちのかしらを上げよ! 永遠
の戸よ。 上がれ。 栄光の王が入って来られる」。 天の大勢は繰り返して叫んだ、「栄光
の王とはだれか」。 すると付き添った天使たちが美しいメロディーで、「万軍の主! これ
ぞ、栄光の王!」と答えた。 そしてその聖なる列が都へ行って入った。 入ると天国の大勢
は皆、自分の威厳のある司令長官である神様の息子を囲み、熱愛をこめたおじぎをし、持って
いるキラキラ光る冠を彼の足元に投げた。 そして彼らが金の琴を取り、殺されても威厳と栄
光を持ち、再び生きる小羊のために美しく深みのある音楽や歌で全天を満たした。
次に、自分の主が天の方に昇っている姿を最後まで悲しそうに眺めている弟子たちの様子は私
に示された。 彼らのそばに白い服を着たふたりの天使が立って、「ガリラヤの人たちよ。 なぜ天を仰いで立っているのか。 あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に
上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」と言っ
た。 イエスの母も弟子たちと一緒に神様の息子の昇天を目撃した。 そして彼らは、イエ
スの素晴らしいわざやこの短い間に起こった不思議な、栄光のある出来事について話し合っ
て、その夜を過ごした。
サタンは自分の天使たちと相談し、神様の統治に対する深い憎しみを持って、「私が地球の権
威と権力を持つ限り、イエスに従う人に対して十倍の努力をしないといけない。 イエスに対
しては何もできなかったが、できれば、彼の信者たちを倒さなければならないし、各世代に
渡ってイエスとイエスの復活や昇天を信じる者を陥れなければならない」と言った。 更にサ
タンは、「イエスは弟子たちに我々を責めたり、追い出したり、また我々が病気にした人たち
を治したりする権力を与えた」と自分の天使たちに詳しく説明した。 それでサタンの天使た
ちは、イエスの信者たちを滅ぼそうと、吠えるライオンのように出掛けた。 詩篇24:7−10、使徒行伝1:1−11を参照
第12章
キリストの弟子たち
はりつけにされたが、復活した救い主のことを弟子たちは力強く説いた。 彼らは病人をいや
し、生まれつき足の不自由な人まで完全に治してあげた。 彼は皆の前で歩いたり、飛び跳ね
たり、神様を賞賛したりして、弟子たちと一緒に神殿に入った。 その知らせが広まると人々
は弟子たちの周りに押し寄せ始めた。 多くの人が駆け集まり、いやされた事に対して驚い
て、不思議に思った。
イエスが死ぬと祭司長たちは、これで奇跡はなくなり、大騒ぎも消滅して、人々は再び人間の
習わしに戻るだろう、と思った。 しかし、見よ! 彼らのただ中に、弟子たちは奇跡を起こ
して、皆が驚きのあまりぼう然と彼らを見つめていた。 イエスははりつけにされたので、弟
子たちはどこからこの力を手に入れたのか。 イエスがまだ生きている間、自分の弟子たちに
力を与えたと彼らは思っていたので、イエスが死ぬと自然に奇跡も消えるだろうと考えてい
た。 そこでペテロは、彼らが戸惑っているのを知って、「イスラエルの人たちよ、なぜこの
事を不思議に思うのか。 また、私たちが自分の力や信心で、あの人を歩かせたかのように、
なぜ私たちを見つめているのか。 アブラハム、イサク、ヤコブの神、私たちの先祖の神は、
そのしもべイエスに栄光を賜ったのであるが、あなたがたは、このイエスを引き渡し、ピラト
がゆるすことに決めていたのに、それを彼の面前で拒んだ。 あなたがたは、この聖なる正し
いかたを拒んで、人殺しの男をゆるすように要求し、いのちの君を殺してしまった。 しか
し、神はこのイエスを死の中から、よみがえらせた。 私たちは、その事の証人である」と
言った。 生まれつき足の不自由な人を完全に治したのはイエスに対する信仰である、とペテ
ロが彼らに言った。
祭司長たちや長老たちがこの言葉に耐えられなかったので、弟子たちを捕まえ、監禁しておい
た。 しかし、弟子たちの話をたった一度聞いただけで何千人もの人がイエスの復活と昇天を
信じ、改宗した。 祭司長たちや長老たちは悩んでいた。 人々の思いを自分たちの方に向か
せるためにイエスを殺したが、事態は以前より悪くなってきてしまった。 「神様の息子の殺
害者」として弟子たちに公然と訴えられ、この事がどこまで発展するのか、そして人々にどう
思われるのか予想できなかった。 喜んで弟子たちを殺したかったが、群集に石打されるので
は、と怖がっていた。 そこで弟子たちを呼び出し、会議場に連れて来させた。 正しい者の
血を渇望していた人たち、正に同じ人たちが会議場に居た。 ペテロが「イエスの弟子の一
人」として訴えられた時に、卑怯にも悪口とののしりを掛けて否定したことを彼らは聞いてい
た。 ここでペテロを脅かそうとしたが、彼はもう改心した。 こうしてペテロにイエスを褒
めたたえるチャンスが与えられた。 前に一度イエスを否定したが、ここでその軽率で、卑怯
な否定の汚点を消して、否定していた名前に敬意を表す事ができる。 臆病な恐れは今やペテ
ロの胸には無かった。 ペテロが聖なる勇気と聖霊の力で大胆に、「この人が元気になって皆
の前に立っているのは、ひとえに、あなたがたが十字架につけて殺したのを、神が死人の中か
らよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのである。 このイエスこそは『あ
なたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。 この人による以
外に救いはない。 私たちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられてい
ないからである」と断言した。
人々はペテロとヨハネの大胆ぶりに驚いた。 二人の高貴で大胆な振る舞いが人殺しに迫害さ
れた時のイエスの振る舞いによく似ていたので、二人とも「イエスと一緒にいた者」と皆に認
められた。 以前イエスを否定した時、イエスに悲哀に満ちた顔付きでペテロは叱られたが、
この時大胆に主を認めたのでイエスに認められ、祝福された。 そしてイエスに認められたし
るしとして、ペテロは聖霊に満たされた。
祭司長たちには弟子たちに対する憎しみを表すほどの勇気はなかった。 その二人を会議場か
ら出るように命じ、内輪で話し合った。「あの人たちをどうしたらよかろうか。 彼らによっ
て著しいしるしが行われたことは、エルサレムの住民全体に知れわたっているので、否定しよ
うもない。」 彼らはこういった良い働きの広まりを恐れた。 広まったら、自分たちの権力
は失われ、イエスの殺害者と見なされる。 あまり勇気がなかったから二人にただ、死にたく
ないならイエスの名前によって話すな、と命じ、脅した。 しかしペテロは、自分たちの見た
事や聞いた事を告げるしかない、と大胆に言った。
病気で苦しめられた人々が連れて来られると、弟子たちは皆をイエスの名前でいやし続けた。
祭司たちや長老たち、それに彼らと深く関わりがあった人たちは不安に陥った。 はりつけ
にされたが、復活して、昇天した救い主の旗印の下には、毎日何百人もの人が参加していた。
彼らがこの大騒ぎを鎮めようと使徒たちを牢獄に閉じ込めた。 そこでサタンは勝ち誇っ
て、悪天使たちも大変喜んだ。 しかし、神様の天使たちは送られ、獄のドアを開け、大祭司
や長老たちの命令に反して、「神殿に入って、命の言葉を一つ残らず告げなさい」と使徒たち
に命じた。 会議員が集まり、警官を送って、囚人を引き出して来させようとした。 しか
し、警官が獄のドアを開けて見ると、引き出しに来た囚人はそこに居なかった。 彼らは祭司
たちや長老たちのところに戻って、「獄には、しっかりと錠がかけてあり、戸口には、番人が
立っていました。 ところが、あけて見たら、中にはだれもいませんでした」と告げた。 そ
してある人が入って、「行ってごらんなさい。 あなたがたが獄に入れたあの人たちが、宮の
庭に立って、民衆を教えています」と知らせた。 それで警官の長が警官たちと一緒に行っ
て、群集に石打される事を恐れたので、手荒なことはせずに彼らを連れて戻った。 彼らを連
れ戻した後、議会員の前に立たせた。 そして大祭司が、「あの名を使って教えてはならない
と、厳しく命じておいたではないか。 それだのに、なんという事だ。 エルサレム中にあな
たがたの教えをはんらんさせている。 あなたがたは確かに、あの人の血の責任を私たちに負
わせようと、たくらんでいるのだ」と使徒たちに言った。
彼らは神様を愛するより、人間に誉められるのを好む偽善者だった。 良心が麻痺していたの
で使徒たちの一番素晴らしい出来事に対してただ激怒した。 弟子たちがイエスのはりつけや
復活、そして昇天のことを説くなら、自分たちは「犯人」と決められ、イエスの殺害者である
事が明らかになると分かった。 彼らが以前、「その血の責任は、我々と我々の子孫の上にか
かってもよい」と激しく叫んだ時ほどは、イエスの血の責任を負う気はなかった。
使徒たちは大胆に、「人間に従うよりは、神に従うべきである」と断言した。 そこでペテロ
が言った、「私たちの先祖の神は、あなたがたが木にかけて殺したイエスをよみがえらせ、そ
して、イスラエルを悔い改めさせてこれに罪のゆるしを与えるために、このイエスを王子と
し、救い主として、ご自身の右に上げられたのである。 私たちはこれらのことの証人であ
る。 神がご自身に従う者に賜った聖霊もまた、その証人である」。 人殺しはそれを聞いて
激怒した。 再び自分たちの手を血で染め、使徒を殺したかった。 その計画を練っている間
天使が神様からガマリエルに送られ、彼が祭司長や指導者たちに良い忠告ができるよう心に働
きかけた。 そこでガマリエルが、「あの人たちから手を引いて、そのなすままにしておきな
さい。 その企てや、しわざが、人間から出たものなら、自滅するだろう。 しかし、もし神
から出たものなら、あの人たちを滅ぼすことはできない。 まかり違えば、諸君は神を敵にま
わすことになるかも知れない」と言った。 悪天使たちは祭司たちや長老たちを唆して、使徒
たちを殺させようとしたが、その計画をけん制するため天使が神様から送られ、彼らのうちか
ら弟子たちを支持する者を引き起こした。
使徒たちの働きはまだ終わっていなかった。 彼らはまだ王たちの前に立たされ、イエスの名
前を証しして、見た事や聞いた事を証言しなければならない。 でも祭司長たちや長老たちは
使徒たちを釈放する前に彼らをむち打って、「イエスの名によって語ってはならない」と命じ
た。 そこで彼らは、神様の愛しい名前のために苦しむに値する者とされた事を喜びながら、
議会から出て行った。 そして彼らは神殿や、すべての招かれた家々で説教して、与えられた
天職を続けた。 神様の言葉が広まり、増えた。 祭司長たちや長老たちはサタンに唆され、
ローマの番人たちにお金を渡して、「寝ている間に弟子たちが来て、イエスの遺体を盗んだ」
という虚偽の証言を言わせた。 このうそで本当の事を隠そうとしたが、見よ、イエスの復活
の証拠は雨後の竹の子のようにあちこち現れているではないか! 弟子たちはイエスの復活を
大胆に宣言し、見た事や聞いた事を証言して、イエスの名前を通して素晴らしい奇跡を起こし
た。 神様の息子に対して思うままに扱う事が許された時イエスの血を切に求めた人たちの上
に、弟子たちが大胆にもその血の責任を負わせた。
神様の天使たちには各時代に渡って、イエスの信者の信仰を支える大事な聖なる真理を守る特
別な仕事が託されているのを私は見た。 イスラエルの望みになる大事な真実の出来事、つまり、イエスのはりつけ、復活や昇天を目撃
した使徒たちの上に聖霊が特別に降りて来た。 人間は皆、唯一の望みとして世の救い主に頼
り、イエスが自ら命を犠牲にした事で開いてくれた道を歩み、そして神様の戒めを守って生き
るべきである。 イエスがユダヤ人に嫌われ、殺された原因となった働きと同じ働きをするた
めにイエスは弟子たちに力を与えた。 ここに私はイエスの知恵と善さを見た。 彼らにサタ
ンの働きに勝る権力が与えられた。 軽蔑され、悪い人の手によって殺されたイエスの名前を
通して、彼らはしるしや不思議な事をした。 イエスの死と復活の前後に栄光や光が集中して
いる事は、イエスが世の救い主である聖なる事実を永久に物語っている。
使徒行伝3−5章を参照
第13章
ステパノの死
エルサレムで弟子の数が急増した。 神様の言葉が広まり、多くの祭司たちも信じ、従うよう
になってきた。 信仰の厚いステパノは皆の前で不思議な事をしたり、奇跡を起こしたりして
いた。 祭司たちがいけにえ、ささげものや慣例をやめ、イエスを「大いなるいけにえ」とし
て受け入れ始めたので多くの人は怒った。 天から力を受けたステパノは、祭司たちや長老た
ちを責め、彼らにイエスの偉大さを説いた。 ステパノの知恵と力のある話に反抗できず、勝
つ見通しがない、と分かってくると彼らはある男たちにお金を渡して、「ステパノがモーセと
神様を汚す言葉を言うのを聞いた」という偽りの証言をさせた。 そして群集をかき立て、ス
テパノを捕まえた。 その偽りの証人たちを通して、「この人は神殿や律法に反する事を言っ
た。 それに、『あのナザレ人イエスは、モーセが私たちに与えた慣例を廃止する』と言うの
も聞いた」とステパノを告発した。
ステパノの裁きの場に居た者は皆、彼の表情に神様の栄光が光っているのを見た。 その顔は
天使の顔のように光った。 彼は信仰と聖霊に満ちて立ち、預言者の時代からイエスの降臨、
はりつけや復活、昇天に至る時まで順を追って話をした。 そして主は、手で造られた神殿な
どには住まない事を教えた。 裁きの座についた人たちは神殿を拝んでいた。 彼らにとっ
て、神様に対する悪口より、神殿に対する悪口の方が気に障るものであった。 彼らの悪や、
心の無割礼に対してステパノの霊が動かされ、「あなたがたは、いつも聖霊に逆らっている」
と聖なる怒りをもって叫んだ。 彼らは外見的に律法を守っていたが、心は腐って、致命的な
悪で満ちていた。 ステパノは預言者を迫害した先祖の残忍さに触れ、「彼らは正しいかたの
来ることを予告した人たちを殺し、今やあなたがたは、その正しいかたを裏切る者、また殺す
者となった」と言った。
祭司長たちや指導者たちは率直な鋭い真理を聞くと激怒して、ステパノをめがけて殺到した。
天国からの光がステパノを照らしながら天をじっと見つめている彼に、神様の栄光の幻が与
えられた。 天使たちは彼の周りを舞っていた。 「ああ、天が開けて、人の子が神の右に
立っておいでになるのが見える」と彼が叫んだ。 しかし、群集は彼の言うことを聞こうとし
なかった。 大声を出しながら彼らが耳をおおい、一斉にステパノに殺到し、街の外に引き出
してから石打にした。 そこでステパノはひざまずいて、「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負
わせないで下さい」と大声で祈った。
ステパノは神様のためによく働き、教会の中で重要な役割を果たすために選ばれたという事を
私は見た。 ステパノが石打で殺されると弟子たちは大いに悲しむ、とサタンが知って、大変
喜んだ。 しかし、サタンの勝利の喜びは長く続かなかった。 なぜなら、イエスは、ステパ
ノの死を目撃した人の一人に自分を現そうとしたからである。 その人は実際にステパノに石
を投げなかったが、彼の死に賛成した。 サウロは神様の教会を迫害するのに熱心で、彼らを
探したり、それぞれの家で捕まえたり、信者たちを殺したかった人たちの手に渡したりした。
サタンはうまくサウロを利用していた。 しかし神様は、悪魔の力を砕き、悪魔の捕虜に
なっている者を自由にする事ができる。 神様の息子とその信者たちに対して反乱を続けるた
めにサタンは、教養のあるサウロの才能を勝ち誇って利用していた。 しかしイエスは、自分
の名前を広め、弟子たちを力付け、ステパノが残した穴をステパノより満たす事ができる聖別
された器としてサウロを選んだ。 サウロはユダヤ人に大いに尊敬されていた。 その熱心ぶ
りと学識で彼らは喜び、と同時に多くの弟子たちはおびえていた。
使徒行伝6、7章を参照
第14章
サウロの改宗
サウロが、イエスのことを教えた男性たちと女性たちを縛って、エルサレムに引っ張り連れて
帰るために委任状を持ってダマスコ市へと旅をした時、彼の周りの悪天使たちは大変喜んでい
た。 でも旅中に突然天から光が周りを照らし、悪天使たちを追い散らして、サウロをどたん
と地面に倒した。 するとある声が、「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」という声が
聞こえた。 サウロは、「主よ。 あなたはどなたですか」と尋ねた。 そこで主が、「私
は、あなたが迫害しているイエスである。 あなたがいばらをけるのは難しい」と答えた。 サウロがびっくり仰天し、びくびくしながらまた尋ねた、「主よ。 どうしたら良いでしょう
か」。 主が、「立ち上がって、町に入りなさい。 そうすれば、あなたのしなければならな
い事が告げられるはずです」と答えた。 同行者たちはその声を聞いたが、誰も見えなかったので言葉を失い、あぜんとしていた。 光
が消えていくとサウロは地面から立ち上がり、目を開けたが誰も見えなかった。 天国からの
栄光の光で彼は盲目になってしまった。 同行者が彼の手を引き、ダマスコ市まで連れて行っ
た。 そこで彼は三日間も目が見えず、何も食べたり飲んだりはしなかった。 サウロが捕ら
えようとしていた人の一人に主が自分の天使を送り、幻の中で、「『まっすぐ』という街路に
行き、サウロというタルソ人をユダの家に尋ねなさい。 そこで、彼は祈っています。 彼
は、アナニヤという者が入って来て、自分の上に手を置くと、目が再び見えるようになるのを
幻で見たのです」と教えた。
この事は何かの間違いではないか、と思ったアナニヤは、サウロについて耳にした事を主に告
げようとした。 でも主がアナニヤに、「行きなさい。 あの人は私の名を、異邦人、王た
ち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、私の選びの器です。 彼が私の名のために、どんなに苦し
まなければならないかを、私は彼に示すつもりです」と言った。 そしてアナニヤは主の指示
に従って家に入り、サウロの上に手を置いて、「兄弟サウロ。 あなたが来る途中でお現れに
なった主イエスが、私を遣わされました。 あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされ
るためです」と言った。
すると直ちにサウロが見えるようになり、起き上がってバプテスマを受けた。 そして会堂に
行って、「このキリストこそが神様の息子である」と教えた。 その話を聞いた人たちは驚い
て、「この人はエルサレムで、この名前を呼ぶ者たちを滅ぼしたではありませんか。 ここへ
やって来たのも、彼らを縛って、祭司長たちのところへ引いて行くためではないのですか」と
言った。 しかしサウロはますます強くなって、ユダヤ人を言い伏せた。 彼らはまたも窮地
に追い込められた。 サウロは、聖霊の力で自分が経験した事を伝えた。 彼がイエスに対抗
していた事とイエスの名前を信じた者を皆探し出し、死に引き渡す事に熱心だった事は、周知
の事実だった。 その奇跡的な改宗談で多くの人は、「イエスは神様の息子だ」と確信した。
サウロは自分に起こった出来事を話した。 つまり、ダマスコ市の方に旅をして、男性たち
と女性たちを縛って獄に送ったり、死に至るまで迫害したりしている最中、突然天からまぶし
い光が自分の周りを照らし、そしてイエス自身が現れ、イエスこそが神様の息子であるのを教
えてくれた、と話した。 影響力の大きいサウロは大胆にイエスの事を教えた。 彼は聖書に
精通していて、イエスに関する預言に聖なる光が当たったので改宗後には真理を大胆に、はっ
きりと教えて、聖書の教えを曲げようとする解釈があれば、正す事ができた。 神様の霊に覆
われながらサウロは、イエスの最初の降臨まで預言された事を順に追って教え、イエスの苦し
み、死、や復活に関する預言が成就された事を力強く、はっきりと聞いている人たちに示し
た。
使徒行伝9章を参照
15章 ユダヤ人はパウロを殺す事に決めた ヘ進む(
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第15章
ユダヤ人はパウロを殺す事に決めた
パウロの体験談の効果を見ると祭司長たちや指導者たちは彼を憎むようになってきた。 パウ
ロが大胆にイエスのことを教え、イエスの名前によって奇跡を起こしたりしたので多くの人は
その話を聞き入れた。 祭司長たちや指導者たちは自分が作ったしきたりに人々が背を向け、
さらに、「神の息子を殺した人」と見なされてきた事に気付いた。 そこで彼らは怒りに燃え
て集まり、「どうやってこの大騒ぎを鎮めるのか」と話し合って、対策を検討した。 安全な
道は一つしかないと思い、パウロを殺す事に決めた。 しかし神様は、彼らの計画を知ってい
たので、パウロが使命された事を成し遂げ、イエスの名前のため苦しみを受けるのに備えて、
彼の身を守る天使たちを送った。
「ユダヤ人があなたの命を狙っている」とパウロは知らされた。 イエスを信じなかったユダ
ヤ人はサタンに導かれ、ダマスコ市の門を昼夜見張って、パウロが出ると直ちに殺そうとし
た。 しかし、弟子たちは夜にパウロをかごに入れ、壁の上からつり下ろした。 こうしてユ
ダヤ人は自分たちの失態に恥じ入り、サタンの計画も失敗に終わった。 それからパウロはエ
ルサレムに行き、弟子たちの仲間入りをしようとしたが、彼らは怖がっていた。 パウロが弟
子になったという事が信じられなかった。 ダマスコ市でユダヤ人に狙われた上、今度パウロ
は、兄弟であるはずの弟子たちに歓迎されなかった。 そこでバルナバが彼を使徒たちのとこ
ろに連れて行き、パウロが道で主を見て、ダマスコ市で大胆にイエスの名前によって宣教をし
た事などを彼らに教えた。
しかしサタンは、パウロを殺そうとして、ユダヤ人をかき立てた。 するとイエスはパウロ
に、エルサレムから離れるように命じた。 パウロがイエスの事を教えたり、奇跡を起こした
りしながら町から町へ巡ると多くの人は改宗した。 生まれながらの足の不自由な男性がいや
されたので、偶像礼拝者たちが弟子たちにいけにえをささげようとした。 パウロの胸が痛
み、「私たちは人間に過ぎない。 皆が天、地、海、とその中にあるすべてのもの造った神様
を礼拝しなければならない」と彼らに告げた。 パウロは神様を褒めたたえようとしたが、彼
らの興奮ぶりを抑えるのに苦労した。 彼らには本当の神様が受けるべき礼拝や尊敬、そして
信仰の対象である知識が芽生えた。 でもパウロの話を聞いている最中、イエスを信じなかっ
た他の町のユダヤ人はサタンに導かれ、パウロの後を追って、彼の良い働きの成果を台無しに
しようとした。 そのユダヤ人たちはパウロについてデマを飛ばし、偶像礼拝者たちを扇動し
た。 先ほど驚嘆して、弟子たちを崇拝しようとしていた群集の気持ちは憎しみに急変し
た。 そこでパウロを石打にして、死んだと思ったので町の外に引きずり出した。 しかし、
弟子たちがパウロの周りに立って悲しむと、なんと彼は起き上がった。 そして彼らは喜ん
で、パウロと一緒に町に入って行った。
パウロがイエスの事を教えている間ずっと、占いの霊に取りつかれた女性は、「この人たち
は、いと高き神のしもべたちで、あなたがたに救いの道を伝えるかただ」と叫びながら彼らの
後をついて行った。 こう何日も弟子たちの後について行った。 でもパウロは、彼女がつい
て来て叫ぶと、人々が真理の話に集中できなくなる事に困っていた。 これによって皆をうん
ざりさせ、弟子たちの影響力にダメージを与えるのがサタンの狙いだった。 しかし、自分の
霊が胸に沸きあがってきたパウロは、彼女に向かってその占いの霊に、「イエス・キリストの
名によって命じる。 その女から出て行け」と言った。 すると悪霊は叱られ、彼女から出て
行った。
その女性の所有者たちは、彼女が弟子たちの後について行った事を喜んだ。 でも悪霊が出
て、彼女がおとなしくなり、イエスの弟子になってしまったのを見ると彼らは激怒した。 今
まで彼女の占いによって金がざくざく入っていたが、こうなると金もうけの見込みがなくなっ
てしまう。 サタンの目的はくじかれたが、サタンに仕えた人たちがパウロとシラスを捕ま
え、広場に居る行政官の方に引っ張って行って、「この人たちはユダヤ人でありながら、私た
ちの町をかき乱している」と訴えた。 広場に集まった群集がパウロとシラスを責め立て、長
官たちも二人の服をはぎ取り、「むち打ちにせよ」と命じた。 それで何度もむちで打ってか
ら二人を牢獄に入れ、「しっかり番をするよう」と命じられた看守が、彼らを奥の獄室に押し
込んで、足かせをしっかりかけておいた。 しかし、神様の天使たちもその二人と一緒に獄の
中に入った。 その投獄で神様は栄光を受け、選んだ者と共にいて働いている事、そして神様
の力にかかれば、獄の壁は揺れ、頑丈な鉄格子も簡単に開いてしまう事を、人々に示した。
真夜中ごろ、パウロとシラスが神様に祈り、賛美の歌を歌っている時に、突然大地震は起こ
り、獄の土台が揺れ動いた。 神様の天使がたちまち皆の鎖を解いたのを私は見た。 目を覚
ました看守は、獄の戸が開いてしまったのを見て、怖くなった。 囚人たちが逃げ、自分は罰
として処刑されてしまうだろうと思った。 彼が自殺しようとした時にパウロが大声で、「自
害してはいけない。 私たちは皆ここにいる」と叫んだ。 神様の力が看守を悟らせた。 彼
は灯かりを頼んで、獄に飛び込んで、ぶるぶる震えながらパウロとシラスの前にひれ伏した。
そこで二人を外に連れ出して、「先生がた。 救われるためには、何をしなければなりませ
んか」と尋ねた。 そして二人が、「主イエスを信じなさい。 そうすれば、あなたもあなた
の家族も救われます」と答えた。 そう言われた看守が家族の者を皆集めたので、パウロはイ
エスについて話をした。 看守の心がその兄弟たちと一つになり、彼らの打ち傷を洗ってから
その夜に自分と家族の者は皆バプテスマを受けた。 それから食事をもてなし、「全家族をそ
ろって神を信じたことを心から喜んだ」。
「牢獄のドアが開かれた事と、看守とその家族が皆改宗して、バプテスマを受けた事によって
神様の栄光ある力が現れた」という素晴らしいニュースが広まった。 指導者たちもそれを聞
いて怖くなり、看守のところに使いを送って、パウロとシラスを解放するように頼んだ。 し
かしパウロはひそかに獄から離れようとしなかった。 パウロは、「彼らは、ローマ人である
私たちを、取り調べもせずに公衆の前でむち打ち、獄に入れてしまった。 それなのに今に
なって、ひそかに私たちを送り出そうとするのか。 とんでもない。 彼ら自身がここに来
て、私たちを連れ出すべきである」と言った。 パウロとシラスは、神様の力で起こった事が
隠されるのを許さなかった。 使いたちが指導者たちにパウロとシラスの言ったことを報告す
ると、二人ともローマ人であるのを聞いて、ますます怖くなってきた。 それで指導者たちは
パウロとシラスのところに行き、二人を獄から連れ出し、「この町から立ち去ってくれるよ
う」と懇願した。 使徒行伝14、16章を参照
第16章
パウロはエルサレムを訪れた
パウロが改宗してから間もなくエルサレムに行って、イエスの事や素晴らしい恵みについて説
教した。 パウロの奇跡的な改宗談で祭司たちや指導者たちが激怒して、彼を殺そうとした。
しかし、パウロが祈ると、殺されないためにイエスはもう一度幻の中で彼に現れ、「急い
で、すぐにエルサレムを出て行きなさい。 私についてのあなたのあかしを、人々が受け入れ
ないから」と言った。 そこでパウロが必死にイエスに頼んだ、「主よ、彼らは、私がいたる
ところの会堂で、あなたを信じる人々を獄に投じたり、むち打ったりしていたことを、知って
います。 また、あなたの証人ステパノの血が流された時も、私は立ち合っていてそれに賛成
し、また彼を殺した人たちの上着の番をしていたのです」。 エルサレムにいるユダヤ人が自
分の体験談に反抗できず、「そんなに人を大きく変えられる力は神様にしかない」と見なして
くれるだろう、とパウロは思った。 でもイエスは、「行きなさい。 私が、あなたを遠く異
邦の民へつかわすのだ」と言った。
パウロはエルサレムから離れている間体験した事を手紙に書き、いろんなところに送った。 その手紙の数々は力強く証しをしたが、ある人たちは彼の手紙の影響力を無くそうと努力し
た。 手紙が意味深く、力強いものだと認めざるをえなかったが、パウロ自身については、
「弱い、話ぶりは下手くそ」と彼らが言いふらした。
パウロは博学の人で、知恵と振る舞いによって聞いてた人たちをうっとりさせた事を私は見
た。 多くの教養のある人は彼の知識を評価して、イエスを信じるようになった。 王様や大
観衆の前でパウロはあまりにも雄弁に語り、皆を圧倒したので祭司たちや長老たちは激怒し
た。 パウロは深い論理的な話を分かりやすく説明する事ができ、最高の清い思考が分かるよ
うに話をした。 神様の豊かな恵みやキリストの素晴らしい愛を生き生きと描写する事をして
から、話を庶民の理解力に合わせ、簡単に、また力強く自分の体験談を話した。 そして彼ら
は、「キリストの弟子になりたい」と熱望するようになってきた。
主は、「あなたはもう一度エルサレムへ行かなければならない。 そこで縛られ、私の名前の
ゆえに苦しめられる」とパウロに示した。 長い間パウロは捕虜の身柄になったが、それに
よって主は特別な働きを進めた。 パウロの手錠によってキリストの事が広く知られ、その手
錠は神様に栄光を帰す手段となった。 裁判が町から町へと移された際、証しをする機会が与
えられ、王様や総督たちがイエスに対して無知のままでいてはならないため、パウロは興味を
引く改宗の体験談を話した。 何千人もの人がイエスを信じ、その名前で喜ぶようになった。
パウロの航海で乗組員が彼を通して神様の力を目撃し、異邦人もイエスの名前を聞き、そし
てパウロの教えと行なわれた奇跡とによって、多くの人が改宗できるという神様の特別な計画
がやり遂げられた事を私は見た。 王様や総督たちはパウロの理屈に魅了され、彼が熱心に聖
霊の力でイエスの事を説いたり、面白い改宗の体験談を話したりすると、「イエスは神様の息
子だ」と彼らは確信した。 パウロの話で驚かされた一人は声を上げ、「あなたに説得され、
もう少しでクリスチャンになるところだった」と言った。 いつか聞いていた話を考慮しよう
と彼らは思っていたが、ぐずぐずしている間サタンが働き、心が和らいでいる時の好機を逃し
てしまった。 それで彼らの心が永久に麻痺してしまった。
サタンの最初の仕事はユダヤ人を、イエスが救い主である事に対して盲目にする、と私に示さ
れた。 その次は、彼らがイエスの大いなるわざに対して妬みを感じ、イエスの命を求めるよ
うに仕向ける事だった。 サタンはイエスの弟子の一人に入り、ユダヤ人にイエスを裏切るよ
うに唆した。 そして彼らは命の主、その栄光の主を十字架にはりつけた。 イエスが死から
よみがえってもユダヤ人は罪に罪を重ね、イエスの復活の事実を隠そうとローマの番人たちに
お金を渡して、偽りの証言をさせた。 でもイエスと一緒にたくさんの証人がよみがえったの
で、イエスの復活は二重に確実な事となった。 イエスは弟子たちに現れ、そして500人以上
集まって来た人にも現れた。 イエスによって復活した人たちは多くの人に現れ、「イエスが
よみがえった!」と宣言した。
ユダヤ人はサタンに導かれ、神様に反乱した。 彼らは神様の息子を受け入れず、はりつけの
処刑によって最も貴い血を流して、国民に汚点を残した。 どれほど「イエスは世の救い主、
神様の息子」という説得力のある証拠があっても、イエスを殺害してしまった。 イエスの好
意を得る見込みがなくなり、ただ堕落後のサタンに残った道と同じく、彼らには慰めと望みの
道は一本しかなかった。 それは神様の息子に対して反抗し続け、打ち勝っていこうという道
だった。 弟子たちを迫害したり、殺したりして、反乱を続けた。 そのユダヤ人にとって、
はりつけにした「イエス」の名前ほど耳に障る言葉がなく、どんな証拠があっても「聞くま
い」と決心した。 ステパノの場合、聖霊が彼を通して、「イエスは神様の息子」という有力
な証拠をはっきり示しても、ユダヤ人は説得されないために手で耳をふさいだ。 そしてステ
パノが神様の栄光に包まれながら、彼に石を投げて殺した。 サタンは、イエスの殺害者たち
をしっかりと握った。 彼らは悪性な事をしていたので、自らサタンの支配下に入り、振り回
された。 そして彼らを通して、サタンは、キリストの信者たちを苦しめ、悩ませた。 それ
にユダヤ人を通して異邦人をもかき立たたせ、イエスの名前とその名前を信じ、従った人たち
に敵対させた。 しかし、弟子たちが聞いた事や見た事を証しできるために神様は天使たちを
送って、力付けた。 そしてついに、不動の信念を保ちながら、自分の証しを自分の血で証明
するようになる。
自分が仕掛けたわなにユダヤ人がすっかり掛かったので、サタンは喜んだ。 彼らは無駄な礼
拝をしたり、無駄ないけにえをささげたり、それに無駄なおきてを守る事をやめようとはしな
かった。 イエスが十字架に掛けられ、「完了した!」と大声で言った時に神殿の幕が上から
下まで真っ二つに裂けた。 これで神様は、もはや神殿で祭司たちと会わないし、彼らのささ
げものや働きを受け入れない事を示した。 その上、ユダヤ人と異邦人との間の壁が壊された
事を示した。 イエスはユダヤ人や異邦人両方のためにも自分をささげ、両方が救われるな
ら、「イエスは世の救い主で、罪のための唯一のささげものである」と信じなければならな
い。
イエスは十字架に掛けられた時、兵士の一人がやりで脇を突き刺した。 すると血と澄んだ水
が、はっきりと二つの筋に分かれて流れてきた。 血はイエスの名前を信じる者の罪を洗い清
めるためのものである。 一方、水は信者がイエスから得る、「命を与える生ける水」という
意味をしている。
マタイ27:51、ヨハネ19:34、使徒行伝24、26章を参照
第17章
大背教
その後の時代、偶像礼拝者たちがクリスチャンを残酷に迫害したり、殺したりした時代まで私
は運ばれた。 血が大量に流れていた。 貴族、学者、庶民は皆同じように無慈悲にも殺され
た。 信念を妥協しようとしなかった裕福な家庭が貧しくなったりした。 そのクリスチャン
たちは迫害や苦難を受けても、基準を下げようとしないで、純粋な信念を守り続けた。 サタ
ンが神様の民の苦しみに対して勝ち誇った様子を私は見た。 これに対して神様は、忠実な殉
教者たちを大変「善い」と認め、その恐ろしい時代に生き、「神様のために苦しんでもいい」
と思ったクリスチャンを非常に愛した。 苦しみを辛抱したびに、彼らのご褒美が天国で大き
くなった。 聖人たちの苦しみでサタンは喜んだが、まだ満足しなかった。 なぜなら、身体
だけではなく、精神をもコントロールしたかったからである。 耐えられた苦難を通して、そ
のクリスチャンたちはもっと互いに愛し合ったり、もっと主に頼ったりして、それに罪を犯す
事に対する恐れが強くなる結果となった。 彼らが神様を怒らせたら、力や堅い信念は失われ
るとサタンが知って、それをさせようと努めた。 何千人もの人が殺されても、代わりに新し
く信仰に入ったクリスチャンがすぐ現れ、その穴を埋めた。 サタンは、自分の国民が迫害さ
れ、殺されても、イエスに守られ、イエスの国民になるという事が分かってくると、もっと有
効的に神様の統治に対抗して、教会を倒してやる計画を練った。 偶像礼拝者たちを導き、彼
らがキリスト教の一部を信じるように仕向けた。 「イエス・キリストのはりつけと復活を信
じる」と公言して、イエスに従う人たちに加わろうとしたが、その心は変わっていなかった。
教会はどれほど危険にさらされたか! その時クリスチャンたちは精神的に苦しめられた。
あるクリスチャンは、「少し基準を引き下げ、キリスト教の一部を信じるようになってきた
偶像礼拝者たちと統一したら彼らは救われるだろう」と思った。 これでサタンは、聖書の教
えに不純物を混ぜようとした。 ついに基準が引き下げられ、偶像礼拝者たちがクリスチャン
たちと統一する場面を私は見た。 彼らは以前、偶像を礼拝していた。 「クリスチャンに
なった」と公言しても、その偶像礼拝心を改めようとはしなかった。 ただその礼拝の対象物
を聖人たちの像やイエスのお母さんとイエス本人の像までに入れ替えただけ。 クリスチャン
たちは少しずつ妥協したのでキリスト教が堕落して、教会も力と純粋な心を失ってしまった。
しかし、ある人たちは妥協せず、純粋な心を保ち、神様だけを拝み続けた。 彼らは天上に
あるものであろうと、天下にあるものであろうと、どのような像の前にもひざまずこうとしな
かった。
多くの人が堕落したのでサタンは大変喜んだ。 彼はその堕落した教会をかき立て、純粋な信
仰を保とうとしたクリスチャンたちを強制的に儀式に従わせ、偶像礼拝をさせようとした。 従わないと殺される。 そしてイエスの本当の教会に対して迫害の炎が再び燃え上がり、何百
万人もの人が無慈悲にも殺されてしまった。
こういうふうに私に示された→太陽、月、と星が描かれた黒い旗を揚げている偶像礼拝者の大
集団があった。 彼らは凶暴で、非常に怒っているように見えた。 次に見せてくれた集団は
「純粋」と「主に神聖を」と書かれた真っ白な旗を揚げていた。 堅固さと天上的な忍耐が彼
らの表情に刻まれていた。 偶像礼拝者たちが接近すると多くの人が殺害された様子を私は見
た。 クリスチャンたちは彼らの前に溶けるように消えたが、クリスチャンの集団がより一層
団結して、もっとしっかりと旗を握った。 多くの人が倒れても他の人はその穴を埋め、旗の
周りで結集した。
偶像礼拝者の団体が話し合っているのを私は見た。 クリスチャンたちを譲歩させようとした
が、失敗したので、新しい提案に同意した。 彼らが自分の旗を下げ、堅固なクリスチャンの
集団のところに行き、提案を出したのを私は見た。 最初、その提案は門前払いされた。 次
に、クリスチャンの集団が話し合っているところを私は見た。 ある人が、「旗を下げ、提案
を受け入れたら命は救われるし、最終的には偶像礼拝者の中でクリスチャンの旗を揚げるほど
強くなるだろう」と言った。 でもある人はこの提案と妥協せず、旗を下げるぐらいならしっ
かりと握りながら死んだ方がましだ、と堅く心に決めた。 次に、クリスチャンの集団に居た
たくさんの人が旗を下げ、偶像礼拝者に加わったが、堅固な動揺しないクリスチャンたちが旗
をつかんで、また高く揚げたのを私は見た。 人が一人一人ひっきりなしに純粋な旗を揚げた
集団から出て、偶像礼拝者に加わり、黒い旗の下で団結した様子を私は見た。 この集団が白
い旗を揚げた人たちを迫害し、大勢の人を殺したが、人は次々と引き起こされ、白い旗を高く
揚げ、周りで結集した。
イエスに対する「異教人の激怒」を引き起こしたユダヤ人はそれを免れる事ができなかった。
あの裁判の場でピラトがイエスを有罪にするかどうか、ためらっていた時に激怒したユダヤ
人は、「その血の責任は、我々と我々の子孫の上にかかってもよい」と叫んだ。 そしてユダ
ヤの民族が求めた通り、ひどい呪いが自分の上に降りかかってしまった。 異教人と「クリス
チャン」と言われる人たちがユダヤ人を敵とした。 ユダヤ人がイエスをはりつけたので、
「クリスチャン」と自称した人たちは、キリストの十字架のための熱心さのあまり、「ユダヤ
人を迫害するほど神様は喜ぶ」と思った。 それで多くの不信心なユダヤ人はあちこち追わ
れ、殺され、あらゆるやり方で罰を受けた。
イエスの血と殺害した弟子たちの血の責任があったので、ユダヤ人は恐ろしい裁きに見舞われ
た。 神様の呪いが付きまとい、異教人とクリスチャンとの間で彼らはあざけりの的となっ
た。 まるで、カインのしるしがあるかのように彼らは敬遠され、軽蔑され、嫌われた。 し
かし、不思議な事に、神様がこの民族を守って、そして世界中に彼らを散らしたのを私は見
た。 それは、「ユダヤ人は特別に神様に呪われた」と皆に見なされるためであった。 国民
単位でユダヤ人は神様に見捨てられた事を私は見た。 でも彼らの中に心のベールを取り外す
者もいる。 自分たちに関する預言がもう成就した事を悟り、「イエスは世の救い主」という
事を受け入れる。 それに、自分の国民がイエスを拒み、はりつけにした罪の重大さも分かっ
てくる。 ユダヤ人の中には個人的に改宗する者もいるが、国民単位としては彼らは永遠に神
様に見捨てられている。
創世記4:15を参照
「宗教改革」や「宗教裁判所」の項目を百科事典を参照
第18章
邪悪の奥義
サタンが立てた計画の目的は常に、人の心をイエスから人間に向けさせる事と、個人の責任を
消す事である。 神様の息子を試みたらサタンの計画は失敗したが、堕落した人類を試みると
ある程度成功した。 キリスト教の教理が腐敗してしまった。 法王たちや神父たちが厚かま
しくも高い位を取り、「自分で直接キリストを求めるのではなく、我々に罪の許しを求めるべ
きだ」と人々に教えた。 彼らは非難されないために真理を隠し、一般の人が聖書を持つ事を
許さなかった。
人々はまんまとだまされた。 「法王や神父はキリストの代表者」と教えられていたが、実
は、彼らはサタンの代表者であった。 彼らに向かってひざまずくなら、サタンを拝む事にな
る。 一般の人が聖書を求めたが、神様の言葉を読んだら目が開かれ、ついに自分たちの罪が
暴かれる危険性がある、と神父たちは考えていた。 人々はこの詐欺師たちの言葉が、神様の
口から出たものとして受け取るように教えられた。 神様しかコントロールしないはずの精神
まで彼らはコントロールしていた。 それで、誰かが自分の信念に従おうとしたら、サタンと
ユダヤ人がイエスに対して働かせたような憎しみが生じ、権力のある人はその人の血を渇望す
る。 サタンが特に勝ち誇った時代は私に示された。 多くのクリスチャンは純粋な信念を守
ろうとしたのでひどい方法で殺された。
聖書は憎まれていたので、世界から神様の貴い言葉を取り除く運動があった。 聖書を読んだ
ら殺されるようになって、それに聖なる本は見付け次第燃やされた。 しかし神様は、自分の
言葉を特別に心に掛け、守った事を私は見た。 ある時代に存在した聖書の数は非常に少な
かった。 でも神様は、自分の言葉が無くなるのを許さなかった。 そして世の終わりの時代
に、どんな家庭でも聖書が手に入れるようにと数を増やせた。 聖書の数がほんの少ししかな
かった時に、イエスの迫害された信者たちにとって、その聖書は大切で、慰めとなっていた事
を私は見た。 聖書は極秘の中で読まれていた。 それを読める素晴らしい特権を得た人に
とって、これは神様と、神様の息子イエス、そしてイエスの弟子たちと話し合いができたよう
な気がした。 でもこういう素晴らしい特権のため、多くの人の命が奪われた。 彼らは見付
けられたら、聖なる言葉を読んでいる場所から首切り場へ連行されたり、火刑に処せられた
り、飢え死にするまで獄に入れられたりする事があった。
サタンは、救いの計画をじゃまする事ができなかった。 イエスははりつけにされ、三日後よ
みがえった。 「そのはりつけと復活さえをうまく利用して見せるぞ」とサタンが自分の天使
たちに言った。 サタンは、「イエスを信じる」と告白した人たちがイエスの死と共に、「十
戒も死んだ」とまで信じさせる事に成功したら、彼らが、「ユダヤ教のいけにえやささげ物の
制度がイエスの死で廃止された」と信じても気にしない。
多くの人がサタンの悪巧みをうのみにしてしまった事を私は見た。 神様の聖なる戒めが踏み
にじられるのを見ていた全天は義憤を感じた。 イエスと天国にいる者は皆、神様の戒めの質
を心得ていて、神様がそれを変えたり、廃止したりする事はしないと知っていた。 人間の絶
望的な状態で天国は深く悲しんで、イエスの心も動かされ、神様の聖なる戒めを犯した者のた
めに死んでもいい、とイエスが提案した。 その戒めを廃止する事ができるなら、イエスが死
ななくても人間を救う方法はあっただろう。 イエスが死亡したからと言って、自分の父の戒
めが滅ぼされた訳ではなく、むしろ名誉を受け、褒めたたえられた。 そしてイエスの死で、
その聖なる戒めをみな守らないといけない、という事が確定された。 もし教会が純粋で、確
固たる状態を保っていたら、サタンは彼らをだましたり、神様の戒めを踏みにじらせたりする
事ができなかったはず。 この大胆な計画でサタンは、天と地での神様の統治の基盤を直撃し
ている。 彼が反乱したので天国から追い出された。 反乱を起こしてから自分を救うために
神様に戒めを変えてもらいたかった。 でも神様が天の大勢の皆の前で、「私の戒めを変える
事はできない」とサタンに言った。 神様の戒めを犯す者は皆、死ななければならない。 サ
タンは、他者を唆し、神様の戒めを犯させるのなら、彼らは自分のものになる事を知ってい
る。 サタンはより(強烈な攻撃を)しようと決めた。 「神様の戒めのため警戒心があまりにも強
いので、このわなに掛からない人もいる」とサタンは自分の天使たちに言った。 更に、「十
戒ははっきりと書かれているので、多くの人が、『まだ守らないといけない』と信じ続けるだ
ろう。 だから生きている神様を描写している第四の戒めを乱さないといけない」と言った。
サタンは代表者たちを導き、十戒の中で天と地を創った本当の神様を描いている唯一の戒
め、その安息日を変えさせようとした。 イエスの素晴らしい復活を彼らに示して、「イエス
が週の最初の日によみがえったので、安息日を第七日から第一日に変えた」と言った。 こう
してサタンは、イエスの復活を自分の目的を達成するために利用した。 自分たちが作った過
ちが、「私たちはキリストの友だ」と自称する人たちの間で容易に受け入れられたので、サタ
ンと彼の天使たちは喜んだ。 ある人がぎょっとするような過ちは、他の人に受け入れられる
であろう。 いろいろな過ちは受け入れられ、熱心に守られる。 神様の意思は自分の言葉で
はっきりと書かれているのに、「これは神様の戒めだ」と教えられてきた過ちや習慣に覆われ
てしまった。 こういう天国を挑発するような詐欺は、イエスが二度目に現れる時まで継続す
る事が許された。 しかし、過ちや詐欺が行なわれている間、神様には証人がいない時はな
い。 教会の迫害や暗やみの中で、神様の戒めをみな守る忠実な正しい証人たちがいる。
天使たちが栄光の王様の苦しみや死を見て、呆気にとられた事を私は見た。 でもその命と栄
光の主、天国を喜びや輝きで満たした主が死のかせを破り、勝利を得た征服者として獄から歩
み出した事は、天の大勢にとって不思議ではない事を私は見た。 この二つの出来事のどちら
かを記念して「安息日」にするべきなら、はりつけの日の方がふさわしい。 しかし、どちら
の出来事をも神様の戒めを変えたり、廃止したりする事はない事を私は見た。 むしろ、これ
らは戒めの不変性の一番確実な証拠となっている。
この二つの大事な出来事にはそれぞれの記念がある。 我々はちぎったパンやぶどうの実を取
り、聖さん式に参加する事で、主の死を主が帰って来る時まで記念している。 この記念の儀
式を通して、イエスの苦しみや死の光景が新鮮に頭に浮かんでくる。 バプテスマで我々はイ
エスと共に葬られ、新しい命の中を歩むためイエスが復活したと同じように、水の墓から起き
上がる事によってイエスの復活を記念している。
神様の戒めはいつまでも変わる事なく、新地球で永遠に存在する事は私に示された。 天地創
造の時に、地球の土台が敷かれ、神様の息子たちが造り主の創ったものを見て感心して、それ
に天国の大勢は皆喜びのあまり叫んだ。 その時に安息日の基礎が築かれた。 天地創造が六
日間で終わり、そして第七日目に神様が自分の一切の仕事を休んだ。 自分の一切の仕事を休
んだので神様は、第七日目を祝福して、聖別した。 人間が堕落する前に安息日はエデンの園
で制定され、アダムとエバと天国の大勢の皆に守られていた。 神様は第七日目に休み、その
日を祝福して聖別した。 安息日はいつまで経っても廃止されないで、償われた聖人たちや天
使が皆大いなる造り主に敬意を表して、その安息日を永遠に守るという事を私は見た。
テサロニケ第二2章、ダニエル7章を参照
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第19章
死、永遠に惨めに生きるものではない
サタンはエデンの園で詐欺の働きを開始した。 エバに向かって、「あなたは決して死なな
い」と言った。 これはサタンが教える「霊魂の不滅」についての最初のレッスンだった。 彼はこの詐欺をその時代から今の時代まで続けてきて、そして神様の子供たちの監禁が覆され
る時まで続けていく。 エデンの園にいたアダムとエバの事が私に示された。 彼らが禁止さ
れた木の実を食べてから命の木の周りに炎の剣が置かれた。 そして二人は命の木の実を食
べ、不死の罪人にならないために園から追放された。 命の木は永遠の生命を維持するための
ものである。 天使のひとりが、「アダムと彼の子孫の中で炎の剣を通り、命の木の実を食べ
た者があるのか」と質問するのを私は聞いた。 すると他の天使が、「アダムと彼の子孫の中
で炎の剣を通り、あの木の実を食べた者は一人もいない。 だから不死の罪人は一人もいな
い」という答えをも聞いた。 罪を犯す魂は永遠に死ぬ。 その死は永遠なもので、復活の望
みはない。 それで神様の怒りは治まる。
神様の言葉、「罪を犯す魂は死ぬ」を「罪を犯す魂は死なないで、永遠に惨めに生きる」とサ
タンがその意味を変え、容易に人々に受け入れた事は私にとって不思議だった。 「苦しみな
がらも、喜びながらも、生命は生命だ。 死には苦しみもない、喜びもない、憎しみもない」
とあの天使が言った。
「あなたは決して死なない」とエデンでエバに初めて言った詐欺、特にそのうそに力を入れて
広めよう、とサタンは自分の天使たちに言った。 この過ちが人々に受け入れられ、「人間は
永遠に生きる」と信じるようになってきた。 サタンは更に、「罪人は永遠に苦しみながら生
きる」と彼らに教えた。 こうしてサタンには、代表者たちを通して働ける道が開かれた。 人々が、「神様は復讐の念に燃える暴君だ。 神様のお気入りでない者は地獄に投げ入れら
れ、永遠にその怒りを感じ、言葉に言い表せないほどに苦しみもがき、永久の炎の中でのたう
ち回る様子を神様は見下ろして満足する」と教えられた。 この過ちが受け入れられたら、多
くの人は神様を愛し、賛美するどころか、怖がって憎む、とサタンは知っていた。 それに多
くの人は、神様が創造した者を永久の苦悶に投げ入れる事はその愛と慈悲の性格に反するの
で、言葉に書かれている威嚇的な表現は実際に実現されない、と信じるようになる。 神様の
正義や言葉に書かれている威嚇的な表現を見逃させ、神様の慈悲の面ばかりに注目させ、そし
て「最終的に聖人でも、罪人でも、誰も滅びないで、皆が救われ、天国に行く」とサタンは彼
らを反対の極端に導く。 霊魂の不滅や永久の苦しみという人気のある過ちで、サタンは別の
タイプの人を操って、「聖書は神様の霊感で書かれたものではない」と思わせる。 「聖書に
は良い事がたくさん書かれているが、永久の苦しみという事もはっきりと書かれている」と教
えられてきたので、こういう人たちは聖書を信頼したり、愛したりする事ができない。 サタンはまた別のタイプの人をより一層操り、「神様なんか存在しない」と思わせる。 彼ら
にとって、聖書に書かれている神様は、もしある人間を永遠にひどく拷問するなら、性格に一
貫性があると考えられない。 だから聖書とその著者とを否定して、「死は永遠の眠りだ」と
考える。
サタンは、また別のタイプの人、気が弱く、怖がる人たちを罪を犯すように導く。 彼らは罪
を犯してからサタンに、「罪の報いとは、死ではなく、終わりのない人生でひどい拷問を永遠
にさらされることだ」と教えられる。 サタンはその機会を利用して、彼らの薄弱な精神に付
け込んだり、永遠の地獄の恐ろしさを考えさせたりするので、最終的に彼らの気が狂ってしま
う。 そこでサタンと彼の天使たちは喜び、無神論者と異教徒たちもキリスト教を非難する。
人気の異端は受け入れられているので、この悪い結果は聖書とその著者を信じる人における
当然の始末と見なされる。
サタンがこう大胆に働いた事に対して、天国の大勢は憤慨したのを私は見た。 「神様の天使
は強く、委任されたら敵の力をたやすく破れるのに、どうしてこんなに沢山の惑わしが人間の
考えに影響を与える事が許されているのか」と私は尋ねた。 そして、サタンがあの手この手
で人間を滅ぼそうとする事を神様は知っているので、自分の言葉を書かせ、一番弱い者でさえ
も過ちを犯す必然性がないように自分の計画をはっきりと人間に示した事を私は見た。 その
言葉を人間に与えてからサタンや彼の天使たちがどんな代理人や代表者を通して滅ぼそうとし
ても、それができないように、注意深く保存した。 他の本は滅ぼされるかも知れないが、こ
の聖なる本はずっと存在する。 そして世の終わりが近付くとサタンの惑わしが増えるので、
誰でも神様が人間に示した事を知りたいなら、手に入れるように、神様はこの本の数を増やす
事にした。 誰もがもしその気なら、この本を使って、サタンの惑わしやうその不思議のわざ
に備え、武装できる。
神様が聖書を特別に守った事を私は見た。 しかし、部数が少なかった時にある学者たちが聖
書を分かりやすくしようとして、いくつかの単語を変えたりした事もある。 でも実際には、
伝統に従って、昔ながらの思考に傾ってしまい、明らかな所をうやむやにしてしまった。 こ
んな事があったにもかかわらず、全体的に見ると、聖書は完全な連なりを持っていて、ある部
分が他の部分を説明している事を私は見た。 神様の言葉が命への道を易しく、分かりやすく
説明している上、その言葉に示されている命への道を理解できるように、案内してくれる聖霊
も送られるので、本当に真理を追究するなら過ちを犯さないといけない事はない。
神様の天使たちが人間の意志をコントロールする事はない事を私は見た。 人間の前に神様は
命と死という選択を置いておく。 好きな方を選んでも良い。 多くの人は、「命が欲しい」
と思いながらも命を選ばないで、広い道を歩み続ける。 有罪とされた人類のために、神様は自分の息子を死に引き渡した。 ここに神様の慈悲とあわ
れみがある事を私は見た。 救いのためにこんな大きな犠牲を払ったのに、それを頂こうとし
ない人は罰を受けなければならない。 神様に創造された者が神様の統治に反乱する道を選ん
だが、神様は彼らを永遠に地獄での苦しみに封じ込めたりはしない、という事を私は見た。 潔白な聖なる者と会わせるなら彼らの悲惨な状態は極まるので、神様は彼らを天国に連れて行
けない。 天国に連れて行かないし、永遠に苦しませる事をもしない。 神様が彼らを完全に
滅ぼして、存在しなかったような状態にする時、自分の正義の要求が満たされる。 神様は人
間をちりで形作った。 不従順な聖でない者は焼き尽くされ、再びちりに戻る。 神様の慈悲
とあわれみはこういうものだから、皆がその性格を賞賛し、熱愛するべきである事を私は見
た。 そして邪悪な者たちが地球から消されてから、天国の大勢は皆、「アーメン!」と言
う。
サタンは、イエス・キリストの名前を唱えながらも、自分が作った惑わしに強い執着を持つ人
たちを見て、大変喜んだ。 新しい惑わしを作り出すのが彼の仕事である。 彼は強くなり、
だんだんずるくなってくる。 自分の代表者、その法王たちや神父たちを導いて、彼らが自分
自身を高めるようになった。 更にサタンは、法王たちや神父たちを通して、導入された惑わ
しに服従しようとしないで神様を愛している人たちを猛烈に迫害させようと人々を扇動した。
自分の代理人たちを通してサタンは、イエス・キリストに献身的に従っている人たちを滅ぼ
そうとした。 彼らは神様の貴い信者たちにどれほどの苦悶や苦しみを掛けたことか! 天使
たちはこれらすべてを忠実に記録してきた。 しかし、聖人たちを力付け、世話している天使
たちに向かってサタンと彼の天使たちは喜びながら、「本当のクリスチャンを地球に残さな
い、皆殺しにするぞ」と言った。 その時代、神様の教会は潔白だった事を私は見た。 腹黒
い人が神様の教会に加わる心配はなかった。 あえて信仰を告白する本当のクリスチャンに
は、サタンと彼の悪天使たちが発明して人間に教えたあらゆる苦悶、火あぶり、や拷問にさら
される危険性があった。
創世記3章、伝道者の書9:5、12:7、ルカ21:33、ヨハネ3:16、テモテ第二3:1
6、黙示録20:14−15、21:1、22:12−19を参照
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第20章
宗教改革
聖人たちがよく迫害されたり殺されたりしたにもかかわらず、四方八方から新しい証人が起こ
された。 神様の天使たちは任された仕事をやり続けていた。 一番暗いところを捜し、その
暗やみから誠実な人々を選び出していた。 この人たちは誤りにうずもれていたのに、神様が
サウロを選んだように彼らが真理を広め、「クリスチャン」と言われている人の罪を指摘する
ために選ばれた器だった。 神様の天使たちはマルチン・ルターやメランクトン、その他いろ
んなところにいる人々の心を動かし、神様の言葉の生きた証しを渇望するように導いた。 敵
は洪水のように入り込んで来たので、それに対して旗を掲げなければならない。 ルターは、
その嵐や堕落してしまった教会の怒りに敢然と立ち向かう者として選ばれた。 それに聖なる
公言に忠実だった少数の人々を力付るためにも選ばれた。 神様にとって嫌な事を犯すのを彼
はいつも恐れていた。 自分の行為によって神様の好意を得ようとした。 しかし、天国から
のかすかな光が心の中のやみを追い払って、自分の行為によるのではなく、キリストの血の功
績を信頼するようになるまで彼は満足しなかった。 この光で、法王たちや聴罪司祭たちを通
さないで、イエス・キリストだけを通して神様のもとに行けると分かった。 ルターにとって
この事はどれほど価値のあることだったか! この世のどんな価値の高い宝物よりも、不明な
ところを明白して、自分の信じた迷信を追い払ってくれた貴重な新しい光を大事にした。 神
様の言葉は新鮮なものとなった。 何もかもが変わってきた。 美点が見えなかったので怖
がっていた聖書は彼にとって「命」そのものとなった。 聖書は彼の喜びや慰めで、有難い先
生であった。 どんな事があろうと、聖書の勉強をやめようとはしなかった。 以前は死を恐
れていたが、神様の言葉を読んでいるうちにその恐れが消え、ただ神様の性格に見とれ、神様
を愛するようになってきた。 自分のために神様の言葉を調べた。 その中のたくさんの宝物
を楽しんで味わってから、教会のためにも調べた。 救いを任せていた人たちの罪に対して彼
はうんざりした。 そして本当に多くの人が自分を覆っていたのと同じ暗やみに覆われている
事を知った。 ルターは彼らに、世の罪を取り除く唯一の者である神様の小羊を紹介する機会
をしきりに作ろうとした。 ローマ教皇の教会の過ちや罪に対して声をあげ、何万人もの人々
が自分たちの行為で救われると信じさせた暗やみの鎖を心から断ち切りたかった。 彼は神様
の本当の恵みの豊かさやイエス・キリストを通して手に入れる救いの素晴らしさを切に彼らに
悟らせたかった。 聖霊の力で声を上げ、教会のリーダーたちがやっている罪を力強く告げ
た。 そして神父たちの嵐のような反対を受けても、ルターの勇気は無くならなかった。 な
ぜなら、神様の強い腕を堅く頼みにしたので、勝利を収めると確信していたからである。 ル
ターが戦いを少しずつ核心の方に進めると神父たちの怒りは激しくなってきた。 彼らは改心
させられる事を望まなかったし、安楽と逸楽、邪悪のままで良いと考えていて、教会を暗やみ
にとどめておきたかった。
ルターは恐れず、大胆に罪をとがめ、そして真理を熱烈に広めた事を私は見た。 彼は悪魔た
ちや悪い人を気にしなかった。 自分には皆よりも強い者が付いている事を知っていた。 ル
ターは勇気と熱意と大胆さを持って、燃えていたが、時にはやり過ぎをする恐れもあった。 そこで神様は、宗教改革を進めるために性格が正反対の人を起こして、ルターの手伝いとし
た。 その人、メランクトン、は小心な人で、怖がりやでありながら注意深く、忍耐が強かっ
た。 彼は神様に非常に愛された。 聖書に大変詳しく、判断力や知恵の点では優れていた。
神様のための働きにかける彼の愛は、ルターと引けを取らないものだった。 主がこの二人
の心を合わせ、ずっと引き離す事のない仲間とした。 メランクトンが怖がって、あまり進ま
ない恐れがあった時、ルターに大いに助かってもらった。 一方、ルターがやり過ぎしないた
め、メランクトンに大いに助かってもらった。 神様の働きがルターだけに任せられたら問題
は生じてしまったはずだが、注意深いメランクトンが長い目でものを見たので、よくそういう
ような問題を避ける事ができた。 一方、全部メランクトンに任せられたら、その働きはよく
進めなかったはず。 わざわざ性格の違う二人を宗教改革の担当者として選ばれた事に神様の
知恵がある、という事は私に示された。
その時点で、私は使徒の時代までさかのぼって運ばれた。 私はそこでも、神様が熱心なペテ
ロとおとなしく忍耐強いヨハネとを選んで仲間にした事を見た。 ペテロは時々衝動的になっ
た。 熱意のあまり、やり過ぎしてしまうペテロは、よくイエスに愛された弟子に注意されて
いたが、改善されなかった。 しかし、ペテロが自分の主を否定し、悔い改め、そして改心し
てから、ヨハネの穏やかな注意だけで彼の熱意は抑えられた。 もし全部がヨハネに任せられ
たら、キリストのための働きはよく打撃を受ける事になったはずなので、ペテロの熱意が必要
だった。 その大胆さや精力でよく二人をも困難から助け出し、敵を黙らせた。 ヨハネは人
懐こい者だった。 彼の忍耐の強さや献身の深さで多くの人がキリストのための働きに加わっ
た。
宗教改革を促進し、教皇の教会に存在した罪を力強く告げるためにいろんな人が神様によって
起こされた。 サタンはこの生きている証人たちを殺したかったが、神様は彼らの周りに防壁
を作った。 神様の名前に栄光を帰すため、ある人には自分の血で証しを押印する事が許され
た。 しかし他の人、ルターやメランクトンのような強い人たちが生き続け、法王や神父、そ
して王様の罪を力強く告げる事は、神様に栄光を帰すには一番良い方法だった。 ルターの声
を聞くと彼らは震えた。 神様に選ばれた人たちを通して放たれた光線が暗やみを消散し始め
た。 そして本当に多くの人がこの光を喜んで受け入れ、その中を歩んだ。 一人の証人が殺
されると、二人かそれ以上の人がその穴を埋めるために起こされた。
しかしサタンは満足しなかった。 それは肉体しか支配できなかったからである。 サタンは
信者が持っていた信仰や希望を捨てさせようとしたが、できなかった。 殺されても、彼らは
正しい人が復活する時に永遠の命を得るという輝かしい希望で勝ち誇った。 彼らは並外れた
行動力を持っていた。 あえて一睡もしようとはしなかった。 いつも戦いに備え、クリス
チャンの武装を身に着けていた。 敵は霊的なものばっかりではなく、サタンに取り付かれた
人間でもあった。 「信仰を捨てないと死ぬぞ」と敵は絶えず叫んだ。 「私はクリスチャン
だ」と世の大半が自称しても、キリストのための働きには卑怯だった人より、少数の力強いク
リスチャンの方が神様にとって貴重だった。 教会が迫害された間に彼らは団結して、互いに
愛し合っていた。 彼らは神様を通して力強かった。 罪人、だます方とだまされる方、両方
とも教会に加わるのが許されなかった。 すべてをキリストのために捨てる人だけは弟子にな
る事ができた。 彼らは貧しく、へりくだって、キリストのようになれる事を喜んだ。
ルカ22:61−62、ヨハネ18:10、使徒行伝3−4章、百科事典で「宗教改革」を参照
第21章
教会と世間の結合
その後、サタンは自分の天使たちと相談して、「今まで何を手に入れてきたか」について検討
した。 何人かの小心者に死を恐れさせ、真理を受け入れるのを妨げる事に成功したのが事実
だが、多くの人は真理を受け入れた。 非常に気の小さい者でさえも。 真理を受け入れる
と、たちまち恐れや臆病が消えた。 そして信仰の上で、「兄弟」という人たちが忍耐強く堅
固に死に向かう様子を目撃すると、神様や天使たちがその苦しみを耐えるために助けてあげた
のを知っていたので、恐れがなくなり、勇ましくなってきた。 あまりにも忍耐強く、堅固に
信仰を保っていたので、殺害者たちの方が震え上がった。 サタンと彼の天使たちは、最終的
にもっと確実に人間を滅ぼす方法があるはずと思った。 クリスチャンたちを苦しい目に会わ
せても、彼らは不動の信仰をもって輝かしい希望に励まされた。 とても弱い者でさえ強くな
れ、拷問台や火あぶりの炎にめげなかった様子をサタンと彼の天使たちは見た。 イエスが自
分の殺害者の前で見せた高貴な振る舞いをそのクリスチャンたちが真似たので、彼らの不変の
心やその上にとどまった神様の栄光を目撃し、真理を確信した人は多かった。 そこでサタン
は、もっと穏やかな形で接することを決意した。 聖書の教理をめちゃくちゃにしたので、何
百万もの人を滅ぼすしきたりが根を深く下ろしていた。 サタンは自分の憎しみを抑え、支配
下にある者たちがそんなに猛烈に迫害しなくても良いと決めた。 その代わり、教会が聖人た
ちに与えられた信仰のために戦うのをやめさせ、いろんなしきたりのために戦うように導い
た。 サタンは恩人のふりをして、「世間からの名誉や好意を受ける事はためになるよ」とい
うふうに教会に勧めた。 しかし、教会はそれを受けるにつれ、神様の好意を失い始めた。 この世の友や快楽を求める人たちが教会に加わるのを許さない純粋な真理を言明するのを避け
るようになったので、教会は少しずつ力を失ってしまった。
現代の教会はもう、迫害の炎を味わった時代の特有な(世間から)離れた教会ではない。 そ
の金のくすみ様は! 何と変わり果てたものだ! もし教会がずっと特有な聖なる質を保って
いたら、弟子たちに与えられた聖霊の力が今でも彼女にあって働く、という事を私は見た。 病人はいやされ、悪魔たちは叱られて追い出される。 そんな教会は非常に強く、敵にとって
恐ろしい教会となる。 自分は「クリスチャンだ」と非常に多くの人は言うが、神様は彼らを
自分のものと認めていない事を私は見た。 神様は彼らを喜ばない。 人々が自分はクリス
チャンであると思い込むなら、宗教を装っているサタンは大変喜ぶ。 彼らがイエスのことと
イエスのはりつけや復活のことを信じても、サタンは大変喜ぶ。 サタンと彼の天使たちもこ
れらを全部信じ、震えた。 でもこういうような信仰は良い行動を生み出さず、「信仰があ
る」と言ってもイエスの自制のある人生を真似する程に至る信仰でないなら、サタンは気にし
ない。 なぜなら、彼らはただ「クリスチャン」という名前を受けただけで、心はまだ世俗的
なままである。 だからサタンは彼らを「クリスチャン」と呼ばれていない人よりうまく利用
できる。 彼らは「クリスチャン」という名前を使って、自分の心のゆがみを隠している。 清められていない性質やまだ克服していない悪い感情のままでやっていく。 そこで不信者は
これらの欠点をイエス・キリストの顔にぶつけたり、非難したりする。 その上、これで本当
の純粋な信仰を持つ人に悪評をかぶせる機会が与えられる。
この世的な口ばかりの「信者」に合わせ、牧師たちは口先のうまい事しか教えない。 これは
まさにサタンの思うつぼである。 その牧師たちには、イエスや聖書の鋭い真理をあえて教え
るほどの勇気がない。 もし教えようとしても、この世的な口ばかりの「信者」は聞いてくれ
ない。 たとえ彼らがサタンや彼の天使たち同様で、教会にふさわしくなくても、その多くは
金持ちだから教会に入れておかないといけない。 イエスの宗教は人気で、尊敬すべきなもの
だと世の人に見せ掛ける。 人々は宗教を持てば、世間から尊敬されると教えられている。 こんな教えはイエスの教えとは全く掛け離れている。 イエスの教えと世とは平和でいられな
かった。 イエスに従った人たちは世を捨てなければならなかった。 この口先のうまい教え
はサタンと彼の天使たちによって作られた。 彼らがその計画を立て、そして口ばかりの「ク
リスチャン」たちはそれを実行してきた。 偽善者や罪人が教会に加わる。 面白い作り話は
教えられ、快く受け入れられている。 しかし、もし真理が純粋のままで教えられたら、偽善
者や罪人たちはその真理ですぐさま締め出される。 でも、「イエスに従っている」と自称し
ている人たちは一般の世の人々とはなんら変わりがない。 もし教会員がかぶっている仮面を
引きはがす事ができたとしたら、そこには腐敗と汚れ、邪悪が現れる。 神様を信じ、遠慮深
い性格の人でさえそれを見れば、ためらわないで彼らのことを、「悪魔を父親とする子供たち
だ」というふさわしい名前で彼らを呼ぶ事になるのを私は見た。 彼らは悪魔の働きをやって
いるからそう呼ばれる。 イエスや天国の大勢は皆この光景を見て、うんざりした。 にもか
かわらず、神様は教会のために大事な聖なるメッセージを持っていた。 もしこのメッセージ
が受け入れられたら教会の中に徹底的な改革が起こり、偽善者や罪人を追い出すような生きる
証しが復活される上、教会は再び神様の好意を受ける事になる。
イザヤ30:8−21、ヤコブ2:19、黙示録3章を参照
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第22章
ウィリアム・ミラー
神様は、聖書を信じなかった農夫の心を動かし、預言の勉強を勧めるために天使を送ったのを
私は見た。 神様の天使たちは何回もその選ばれた人のところに訪れ、神様の信者にとって
ずっと意味不明だった預言を彼が理解できるように明かした。 真理の連鎖の最初の一環を教
えてくれたので、彼は一環一環を探し続けた。 そのうち、神様の言葉に驚嘆して、感心する
ようになってきた。 そこに彼は真理の完全な連鎖を見た。 神様の霊感を受けていないと
思っていた本は、今や彼の目には美しく輝いていた。 聖書のあるところが聖書の別のところ
を説明していると分かってきた。 だからあるところが理解できなかった場合、それを説明し
てくれる別のところを見付た。 神様の神聖なことばを喜びとし、深く尊敬して、いけいの念
を抱いていた。
ミラーは預言を順に追って調べると、地球の住民はこの世の歴史が終わろうとしている時代に
生きているのに、それに気付いていない事が分かってきた。 教会の腐敗を見渡すと、彼らの
愛はイエスからこの世に移ってしまった事が見えた。 彼らは上から来る名誉よりこの世の名
誉を求め、天国で宝を貯えるより熱心にこの世の富を手に入れようとしていた。 どこを見て
も偽善と暗やみと死が目に入った。 ミラーのうちなる霊は奮起させられた。 エリシャが神
様に呼ばれ、自分の牛と農場を去って、エリヤに付いて行ったように、ミラーも神様に呼ば
れ、農場を去った。 彼は震えながらも、神様の国について謎に包まれていた事を人々に解き
始めた。 すると話をする度に自信が付いてきた。 キリストの二回目の降臨の時まで預言さ
れた事を順に追って、人々に教えた。 バプテスマのヨハネがイエスの一回目の降臨を告げ、
イエスがやって来るための準備をしておいたように、ウィリアム・ミラーと彼に加わった人た
ちは神の子の二回目の降臨を宣言した。 私は弟子たちの時代にさかのぼって運ばれた。 イエスに愛されたヨハネが成し遂げるべき特
別な仕事は神様の計画である、と私に示された。 サタンはこの仕事をじゃまするのに一生懸
命だった。 そこで自分に仕えている者たちをかき立て、ヨハネを殺そうとした。 しかし、
神様は天使を送って、不思議な方法で彼を守った。 ヨハネの救出で神様の強い力が現れ、そ
れを目撃した人々は皆驚いて、そのうち多くの人は彼がイエスに関して証した事は正しく、彼
自身が神様と共にいると納得した。 ヨハネを滅ぼそうとした人たちには、もう二度と彼の命
を奪うほどの勇気がなかったので、彼はイエスのために苦しみ続く事が許された。 敵に無実
の罪が着せられてから間もなく、ヨハネは島流しにされた。 主がその寂しい所に天使を送
り、これから地上で起ころうとしている事や、世の終わりまでの教会の状態を彼に明かした。
教会が後退していく事と、もし教会が神様を喜ばせるなら、その時の勝利した教会の置かれ
る地位をも明かした。 天国からの天使は威厳に包まれながらヨハネの所にやって来た。 そ
の天使の表情は天国の素晴らしい栄光で光っていた。 神様の教会に関する興味深いスリリン
グな光景をヨハネに示し、教会が耐えないといけない危険な争いの光景をも見せてあげた。 ヨハネは、教会の人たちが炎のような試練を通して白く清められ、最終的に打ち勝って、神様
の国で素晴らしく救われるのを見た。 神様の教会が最終的に大勝利を得る場面をヨハネに見
せると、天使の顔が喜びと栄光で輝いていた。 教会が最終的に救助される光景を見たヨハネ
はうっとりして、あまりの栄光でいけいと尊敬の念に打たれ、天使の足元にひれ伏して拝もう
とした。 すると天使は直ちにヨハネを起こし、優しく叱って、「そのようなことをしてはい
けない。 私は、あなたと同じしもべ仲間であり、またイエスのあかしびとであるあなたの兄
弟たちと同じしもべ仲間である。 ただ神だけを拝しなさい。 イエスのあかしは、すなわち
預言の霊である」と言った。 次に、天使が天国の街の栄華やきらめく栄光をヨハネに見せて
あげた。 ヨハネはその街の栄光に圧倒され、うっとりした。 先ほど天使に叱られたのを忘
れ、またその天使の足元にひれ伏した。 そしてまた天使に、「そのようなことをしてはいけ
ない。 私は、あなたや、あなたの兄弟である預言者たちや、この書の言葉を守る者たちと、
同じしもべ仲間である。 ただ神だけを拝しなさい」と優しく叱られた。
黙示録は牧師たちや一般の人にとって神秘的なもので、聖なる書の他の箇所ほど重要ではない
と見なされてきている。 でも黙示録は正に神様からの啓示で、特に世の終わりの時代に生き
る人々が本当に何を信じたら良いのか、やるべき事は何なのか等を手引きするものである事を
私は見た。 ウィリアム・ミラーが預言について勉強するように導いた神様は、彼が黙示録を
解明するため大いに助けてあげた。
もしダニエルの幻が理解されていたら人々はヨハネの幻をもっと理解できたはず。 でも神様
はちょうど良い時期に自分が選んだ者の心を動かした。 彼は神様に仕え、聖霊の力ではっき
りと預言された事を解き明かし、ダニエルとヨハネの幻や聖書の他の箇所との調和を人々に示
した。 更に、イエス・キリストがやって来るのに備え、聖書に書かれている聖なる恐ろしい
警告の重要性をも納得させた。 彼の話を聞いた人たち、牧師、一般人、罪人、や不信者は感
銘を受け、確信して主に立ち帰り、最後の審判に臨むため準備をした。
神様の天使たちは、天職を果たそうとするウィリアム・ミラーと共に居た。 彼は堅固な人
で、動揺せず任せられたメッセージを大胆にも宣言した。 邪悪な世界と俗な冷たい教会が
あっただけで、彼は奮い起こされ、苦労、窮乏、苦しみなどを進んで受けた。 「クリスチャ
ン」と自称する人たちや世の人々に反対されても、サタンと彼の天使たちに攻撃されても、招
かれればどこへでも出向いて、多くの人に永遠の福音を伝える事をやめようとはしなかった。
そこで彼は声を張り上げ、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。 神のさばきの時がきたから
である」と教えた。
列王記上19:16−21、ダニエル7−12章、黙示録1章、14:7、19:8−10、22:6
−10を参照
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第23章
第一の天使のメッセージ
1843年の「時間の宣言」という運動に神様が共に居た事を私は見た。 それが試金石になっ
て、人々が目覚め、決めなければならない立場に立たされるのは神様の目的だった。 牧師た
ちは預言の期間に関する解釈の正しさを認め、確信した。 自尊心、給料、それに教会を捨
て、あちこちにそのメッセージを広めた。 しかし、「キリスト教の牧師」と言われ、天国か
らのメッセージを本当に心から受け入れた人はわずかしかいなかったので、メッセージが託さ
れた人のほとんどは牧師ではなかった。 ある人はメッセージを伝えるために自分の畑を去
れ、他は自分の店や商売から呼び出された。 数人の専門家まで、第一の天使のメッセージを
伝える人気のない仕事をせずにはいられなく、自分の専門職を捨て去った。 牧師たちは自分
の宗派の教えや感情を置き、団結して、イエスがやって来るのを宣言した。 そのメッセージ
をどこで聞いても、人々は感動した。 罪人は泣きながら悔い改め、許しを求めて祈った。 不正で知られていた人たちは必死に埋め合わせをしようとした。
親は自分の子供に対して深い心遣いを感じた。 そのメッセージを受け入れた人たちの魂が厳
かなメッセージの重みを感じながら、不信者である友人や親戚に「人の子」のやって来る事を
警告して、備えるよう切願した。 心のこもった警告で重要な証拠が知らされても、服しよう
としなかった人たちの良心は本当に麻痺したものだった。 この魂を清める運動によって心は
世俗的な事から遠ざかれ、かつて経験した事もないほどの献身ぶりへと導かれた。 何万人も
の人は、ウィリアム・ミラーが説いた真理を受け入れた。 このメッセージをエリヤの霊と力
によって宣言するため、神様に仕える人たちが引き起こされた。 イエスに先立ったヨハネの
ように、この厳かなメッセージを説いた人たちも、木の根におのを当て、人々が悔い改めにふ
さわしい実を結ぶよう、勧めずにはいられなかった。 彼らの証言の強い影響を受けた各教会
が目覚め、本当の性質を明らかにするのは神様の狙いだった。 「やって来る怒りから逃れよ
う」という重大な警告が広まると、各教会に入っていた人の多くはいやしのメッセージを受け
入れ、自分の逆戻りに気付いた。 そして悔い改めの激しい涙を流しながら魂の苦悶を感じ、
神様の前でへりくだった。 神様の霊に覆われると彼らは、「神をおそれ、神に栄光を帰せ
よ。 神のさばきの時がきたからである」という叫びに声を合わせた。
特定の時間(にイエスがやって来る)という教えは説教壇にいる牧師から天国に敵対する一番
無謀な罪人まで、あらゆる階級の人の大反対を呼び起こした。 「その日やその時は誰も知ら
ない」という声が偽善の牧師たちや無礼にあざ笑う人たちから聞かれた。 両者とも、預言の
期間が終わる年を示した人の教えがあっても、キリストが間もなく来る兆しがあっても、その
聖句の本当の解釈を聞き入れ、自分の間違えを直そうとはしなかった。 群れの牧者の多く
は、「イエスを愛している。 イエスがやって来るという話に反対はしない。 ただ特定の時
間の話に異議がある」と言った。 全知の神様は彼らの心を探った。 彼らはイエスを心から
愛していなかった。 イエス・キリストが残したへりくだった道を歩んでいないので、自分た
ちの非キリスト教的な人生では試練に耐えられる事ができないと自覚していた。 こういう偽
牧者たちは神様の働きの障害物であった。 真理には説得力があったので聞いていた人たちは
目覚め、あの刑務所長(使徒行伝16:30)が尋ねたように、「私は救われるために、何をすべ
きでしょうか」と尋ね始めた。 そこでこの偽牧者たちは人々と真理との間に割り込んで、口
先だけのうまい説教で、皆を真理から引き離そうとした。 彼らはサタンと彼の天使たちと声
を合わせて、「大丈夫だ。 平和だ」と叫んだが、本当は大丈夫ではなかった。 神様の天使
たちは一切を記録して、そして清くない牧者たちの服は(惑わされた人たちの)魂で血まみれ
になった事を私は見た。 楽な生活を好み、神様と離れても平気な人たちは、この世的な安心
から目を覚めようとしなかった。
牧師の多くはこの救いのメッセージを拒んだばかりではなく、受け入れようとしていた人たち
を邪魔した。 人の魂の責任の血は彼らにある。 牧師たちや一般の人が共にこの天国からの
メッセージに反対した。 彼らはウィリアム・ミラーの影響力を傷付けるためデマを飛ばした
りして、一緒に働いた人たちを迫害した。 神様からの忠告をはっきりと伝え、聴衆の心を鋭
い真理で突いたウィリアム・ミラーに対して何度も人がかっとなって、礼拝の後に彼を殺そう
と待ち伏せした。 しかし、彼の命を守るために神様の天使たちが送られ、暴徒の群集から安
全なところに連れて行った。 彼の働きはまだ終わっていなかった。
信心深い人たちは喜んでそのメッセージを受け入れた。 メッセージは神様からのもので、
ちょうど良い時期に送られたと彼らが分かった。 天使たちは興味深く天国からのメッセージ
の成果を見つめていたが、各教会がそれに背き、拒否してくると、彼らは悲しみながらイエス
と相談した。 するとイエスは各教会から顔を背け、天使たちにその証言を拒まなかった大切
な人たちを忠実に守るように命じた。 なぜなら、もう一つの光が彼らを照らす事になるから
であった。
「クリスチャン」と言われる人がもし、自分の救い主を愛情の対象とし、現れるのを好んで、
この世に匹敵する者はいないと思っていたら、救い主がやって来る最初のほのめかしで大喜び
するはず事を私は見た。 でも、自分の主がやって来るのを聞くとそれに対する嫌悪を表した
ので、彼らは主を愛していない事が確実に立証された。 サタンと彼の天使たちは勝ち誇り、
「イエス・キリストの信者」と言われる人たちはイエスが再び現れるのを望んでいないほどイ
エスに対する愛情が薄い事を、イエスとイエスの聖なる天使たちの面にぶつけた。
神様の民は自分の主がやって来るのを喜んで待ち望んでいる光景を私は見た。 でも神様は、
彼らを試す事にした。 神様は自分の手で預言の期間の計算にある一つの間違えを隠した。 自分の主を待ち望んだ人たちはその間違えを見落として、それに預言の期間(の教え)に反対
した優秀な学者たちでさえそれを見落としてしまった。 自分の民が挫折に遭うのは神様の計
画だった。 そして、預言された時間が過ぎ去った。 自分の主がやって来るのを喜んで待ち
望んでいた人たちは悲しんで、落胆してしまった。 それに対して、イエスが現れなくても良
いと思いつつも、ただ恐怖心からメッセージを受け入れた人たちは、期待通りにイエスがやっ
て来なかったのでほっとした。 信仰の告白が彼らの心を変えず、人生を清める事もしなかっ
た。 「預言の期間の過ぎ去り」という計画がよく練られ、こういう人たちの心を明らかにし
た。 その人たちは一番先に刃向かって、イエスの現れを心から望んでいる、悲しんで、落胆
した者をバカにした。 神様は、困難に遭うと尻込みする者を探り出すため、自分の民に厳し
い試練を与えた。 ここに神様の知恵があるのを私は見た。
イエスと天国に居る者は皆、魂から愛する者に会いたく、首を長くして熱望している人たちを
同情や愛情を込めた目で見た。 彼らの試練の時がくると、支えてあげるため天使たちはその
周辺の上を舞いていた。 天国からのメッセージを受け入れなかった人たちは暗やみに残され
た。 天国から光が送られたのに、受け入れようとしなかった人に対して、神様の怒りが燃え
た。 自分たちの主がなぜ来なかったのか理解できず、落胆してしまった忠実な人たちは暗や
みには残されなかった。 彼らはもう一度預言の期間を調べるために聖書の方に導かれた。 計算した数字から主の手がずらされると、間違えたところが明らかになった。 預言の期間は
1844年まで及んでいると彼らが分かってきた。 1843年に預言の期間が終わると教えた証拠そ
の物が、1844年に終わる事を証明した。 神様の言葉にある光が彼らの立場を照らすと、少し
の間待つべき期間、「もし幻が遅くなっても、それを待て」を見つけた。 イエスが早くやっ
て来るのを熱望した人たちは、幻の待つべきところを見落としてしまった。 でもこれこそが
真に心から待っている人とは誰か、を明らかにするための手段だった。 もう一度彼らにある
時点に関するメッセージがあった。 しかし、多くの人がひどい失望感を乗り越えられず、
1843年にあったほどの活力や熱意を取り戻せなかった事を私は見た。
サタンと彼の天使たちは彼らに勝ち誇った。 そのメッセージを受け入れなかった人はそれを
「妄想」と呼び、その「妄想」を受け入れなかったので自分は賢く、先見の明があると誇らし
く思った。 自ら神様からの忠告を拒否している事を彼らは悟らず、サタンと彼の天使たちと
手を組んで、天国からのメッセージを生活に取り入れた人たちを当惑させている事に気付かな
かった。
このメッセージを信じた人たちは各教会で弾圧された。 しばらくの間、教会の人たちは恐れ
ていたので心の思いを行動に移らなかったが、預言された時点が過ぎ去ると本当の気持ちが明
らかになってきた。 信じた人たちは、「預言の期間は1844年まで及んでいる」と証明する使
命感に駆られていたが、各教会の人たちはそれを黙らせたかった。 信じた人たちは自分のミ
スをはっきりと説明して、そして主が1844年にやって来るのを期待している理由を告げた。 反対した人たちはそんな有力な理由に対して言い返すことばを見つける事ができなかった。 信じた人たちに対して各教会の怒りが燃え上がった。 彼らはどんな証拠があろうと、それに
耳を貸さない上、他の人に聞こえるチャンスがないように、信じた人の証しを教会から締め出
す事を決意した。 それで、神様がくれた光を他人に与えずにはいられなかった人たちは各教
会から締め出されてしまった。 しかし、イエスが一緒にいたので、彼らはイエスの表情の光
の中に喜んだ。 第二の天使のメッセージを受け入れる(心の)準備ができた。
ダニエル8:14、ハバクク2:1−4、マラキ3−4章、マタイ24:36、黙示録14:6−7
を参照
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第24章
第二の天使のメッセージ
各教会は、第一の天使の光を受け入れようとしなかった。 そして天国からの光を拒むと、神
様の好意を失ってしまった。 自分の力に頼り、第一のメッセージに反対したので、自ら第二
の天使のメッセージの光が見えない立場に立たされた。 しかし、神様に愛され、弾圧を受け
た人たちは、「バビロンは倒れた」というメッセージを聞き入れ、堕落してしまった各教会か
ら離れた。
第二の天使のメッセージの終わり頃に、天国からの光が神様の民を強く照らしているのを私は
見た。 その光線は太陽のようにまぶしく見えた。 そして、天使たちが、「さぁ、花婿だ、
迎えに出なさい!」と叫ぶ声を私は聞いた。
「真夜中の叫び」は第二の天使のメッセージに力を付けるために伝えられた。 がっかりした
聖人たちを目覚ませ、これからの重要な働きに備えるために天使たちが天国から送られた。 メッセージを先に受け入れた人は優れた才能を持つような人ではなかった。 天使たちは、謙
虚で献身的な者のところに送られ、彼らに、「さぁ、花婿だ、迎えに出なさい!」と叫ばせ
た。 この叫びが託された人たちは急いで、聖霊の力でそれを広め、がっかりした兄弟たちを
奮い起こした。 この叫びは人間の知恵や学識からのものではなく、神様の力によるものだっ
たから、聞いていた聖人たちは抵抗できなかった。 一番信心深い人たちが最初にこのメッセ
ージを受け入れた。 以前神様の働きを率いていた人たちは最後にこれを受け入れ、「さぁ、
花婿だ、迎えに出なさい!」という叫びに声を合わせた。
地の至る所で第二の天使のメッセージに光が当てられ、その叫びは何万人もの心を和らげ、溶
かしていた。 そのメッセージは町から町へ、村から村へと、神様の民が完全に奮い起こされ
るまで回った。 メッセージが各教会に入ることを多くの人は許さなかったので、生きている
証しを持つ大きな団体は、堕落してしまった各教会から離れた。 「真夜中の叫び」は素晴ら
しい事を成し遂げた。 そのメッセージは心の細部まで探り、信者が自分の生きている経験を
求めるように導いた。 お互いに頼り合ってはいけないと彼らは分かった。
聖人たちは真剣に自分の主を待ちながら、断食したり、見張ったりして、ほとんど絶えず祈り
続けた。 何人かの罪人でさえ、預言された時点に対して恐怖を感じながら待っていた。 で
も大半の人はそのメッセージに対してかき立てられたようで、サタンの精神を表していた。 彼らはあざ笑って、(聖人たちを)バカにした。 「その日、その時は、だれも知らない」と
言う声が至る所に聞かれていた。 邪悪な天使たちは彼らの周りで大変喜び、心をかたくなに
させようと、天国からの光線を一つも受け入れないように説得した。 そうすれば彼らは更に
わなにはまっていく。 多くの人が、「私の主のやって来るのを待ち望んでいる」と言った
が、その中のほとんどの人の本心は全然違っていた。 神様の栄光を目撃し、待っている人た
ちの謙虚さや信心深さを見て、有力な証拠に圧倒された彼らは口先だけで、「真理を受け入れ
る」と言ったが、改心しなかった。 彼らは準備ができていなかった。 聖人たちはどこも厳
かで、真剣な祈りの霊を感じ、聖なる厳粛さに覆われていた。 天使たちは興味津々に結果を
見守り、天国からのメッセージを受け入れた人たちの心を高め、この世の物から心を引き離
れ、救いの源から大量に手に入れるように導いた。 その時、神様の民は神様に認められてい
た。 イエス自身の姿が彼らに反映されたので、イエスは満足そうに彼らを見た。 彼らはす
べてを犠牲にし、完全に献身して、不死の状態に移る事を期待していた。 でも悲しくも、ま
たがっかりさせられる運命づけられていた。 救出されると期待していた時点が過ぎ去ってし
まった。 彼らはまだ地上に居て、地球がのろわれた時に受けた影響を以前よりはっきりと見
えるようになった。 天国に望みを託し、永遠の救出を快い期待の中で味わっていたが、その
望みは実現されなかった。
多くの人が抱いていた恐れがたちまち消えたわけではない。 失望した人たちに対してすぐに
も勝ち誇る事をしなかった。 でも目に見えるかたちで神様の怒りを感じなかったので、抱い
ていた恐れから立ち直り、彼らをあざけったり、バカにしたりし始めた。 神様の民はまたも
や試された。 世の人たちに笑われ、非難され、バカにされた。 預言された時にイエスが
やって来て、死んだ人をよみがえらせ、生きている聖人たちを変え、王国を受けて永遠に所有
すると疑わずに信じていた人たちは、キリストの弟子たちと同じような思いをした。 「だれ
かが、私の主を取り去りました。 そして、どこに置いたのか、分からないのです。」
マタイ24:36、25:6、ヨハネ20:13、黙示録14:8を参照
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第25章
再臨運動の描写
私はいくつか縄で縛られているようなグループを見た。 その中に多くの人は真っ暗やみに置
かれていた。 目は地面の方に向いていて、イエスとのつながりが無さそうだった。 こう
いったいくつもの違ったグループの中に、表情が明るく、視線が天国の方に向いている人が点
在しているのを私は見た。 太陽の光線のような光がイエスから彼らに送られた。 天使に、
「よく見て御覧なさい」と言われたので私が見ると、光線を持つ人は皆天使に見守られている
のに対して、暗やみに置かれた人たちは悪天使たちに囲まれていた。 ある天使が、「神をお
それ、神に栄光を帰せよ。 神のさばきの時がきたからである」と大声で言うのを私は聞い
た。
各グループを覆っていた素晴らしい光を受け入れた人は誰でも啓発された。 暗やみにいる人
の何人かは喜んでその光を受け入れた。 他の人は天国からの光を、「我々を惑わすための詐
欺だ」と言って反対した。 そうすると光は移り、彼らを暗やみに残した。 イエスからの光
を受け入れた人たちは、与えられた貴重な光の増加を大事にして、喜んだ。 彼らの顔が明る
くなり、聖なる喜びで光っていた。 そして熱心に上の方、イエスの方に視線を向け、声をそ
の天使と合わせ、こう言うのが聞こえた、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。 神のさばきの
時がきたからである」。 声を上げると暗やみにいる人たちは脇や肩で彼らを強く押している
様子を私は見た。 そうすると聖なる光を大事にした人の多くは縛られていた縄を切って、各
グループから出て行って、離れたところで立った。 多くの人が縛られていた縄を切っている
最中、各グループに属する尊敬された人たちはグループの中を巡回していた。 ある人は優し
い言葉で、またある人は怖い目つきや脅迫的な身ぶりで緩んできた縄をしっかり結び、絶えず
に、「神様は私たちと共にいる。 私たちは光の中に立って、真理を持っている」と言い続け
た。 「こういう人たちは誰ですか」と私が尋ねた。 すると、「彼らは光を拒んだ牧師やリ
ーダーたちで、他の人が光を受け入れるのを許さない者だ」と答えてくれた。 光を大事にし
た人たちは興味深く熱心に上の方を見つめ、イエスのやって来る事とイエスのところに引き上
げられる事とを期待しているのを私は見た。 でもすぐ、光の中に喜んでいた人たちは雲に覆
われ、顔が悲しそうになってきた。 そこで私は、「この雲の原因は?」と尋ねると、「それ
は彼らの失望だ」と教えてくれた。 自分の救い主を期待した時点が過ぎ去ったのに、イエス
がやって来なかった。 失望感が彼らを覆っていたと対照的に、私が先ほど見た牧師やリーダ
ーたちは大喜びした。 光を拒んだ人たちは大いに勝ち誇った時、サタンと彼の悪天使たちも
その周りで大変喜んでいた。
その後、もうひとりの天使の声が、「バビロンは倒れた! 倒れた!」と言うのを私は聞い
た。 失望した人たちは光に当たると、もう一度イエスを見つめ、現れるのを熱望するように
なってきた。 次に、何人かの天使が、先、「バビロンは倒れた! 倒れた!」と叫んだ第二
の天使と話し合っているのを私は見た。 この天使たちは第二の天使と一緒に声を張り上げ、
「さぁ、花婿だ、迎えに出なさい!」と叫んだ。 至る所に彼らの声が音楽のように響いたよ
うだった。 与えられた光を大事にした人たちの周りに非常にきれいな、まぶしい光があっ
た。 顔が素晴らしい栄光で光りながら、彼らは天使たちと声を合わせて、「さぁ、花婿
だ!」と言った。 各グループの中から彼らが合唱して声を張り上げていくと、光を拒んだ人
たちは怒った顔つきで彼らを押したり、軽蔑したり、あざけったりした。 こう迫害された人
たちにサタンと彼の天使たちは自分の暗やみを押し付けようと努力して、天国からの光を拒ま
せようとした。 でも神様の天使たちは彼らの上でゆっくりと翼をはばたき続けた。
次に、バカにされたり、押さえられたりしていた人たちに、「彼らの間から出て行き、汚れた
ものに触れてはならない」と言う声があるのを私は聞いた。 すると多くの人は縛られていた
縄を切り、その声の言う通りに暗やみにいる人たちと離れ、先に縄を切った人たちに加わっ
て、喜んで声を合わせた。 まだ暗やみにいる各グループの中、少数に残った人から真剣で苦
しそうな祈りの声を私は聞いた。 牧師やリーダーたちは、各グループを回り、縄を更にしっ
かり締めていた。 それでもまだこの真剣な祈りの声が聞こえた。 次に、祈っていた人たち
は、神様を喜びとし、団結した自由なグループの方に手を伸ばして、助けを求めた事を私は見
た。 すると彼らは、天国の方を見つめながら上を指差して、「彼らの間から出て行き、彼ら
と分離せよ」と答えた。 自由を求めた個々の人がやっとの事で縛られていた縄を切ったのを
私は見た。 縄をもっとしっかり締めようとしている人たちには対抗され、「神様は私たちと
共にいる。 私たちは真理を持っている」と何度言われても、彼らは耳を貸さなかった。 暗
やみにいる各グループから人が次々と離れ、地球の上に浮かんだ広々とした野原のような所に
いる自由なグループに加わった。 彼らは上の方に視線を向け、神様の栄光で覆われながら神
様を褒めたたえた。 皆は天国の光に包まれたようで、団結していた。 このグループの周り
に光の影響を受けた人が数人いたが、別にこのグループと団結したわけではなかった。 与え
られた光を大事にした人は皆、興味深く上の方を見つめていた。 イエスは快く彼らを見て、
認めた。 彼らはイエスのやって来るのを期待して、その出現を首を長くして待っていた。 一度も名残惜しそうに地球を見たりはしなかった。 またしても雲が待っている人たちの上に
現れるのを私は見た。 彼らが疲れた目つきで視線を下の方に向けるのを私は見た。 「どう
してこう変わったですか」と私が尋ねると、付き添いの天使は、「彼らの期待していた事が起
こらなかったから失望してしまった。 イエスはまだ地球にやって来られない。 彼らはイエ
スのために苦しみ続け、もっと大きな試練を通らなければならない。 人間から受け継いだ過
ちやしきたりを捨て、神様と神様の言葉に完全に従わないといけない。 彼らは試され、白く
され、清められなければならない。 そして、その強烈な試練に耐える人は永久の勝利を得
る」と答えてくれた。
「イエスは地球を浄化するためにやって来て、火で聖所を清める」と喜びをもって待っていた
グループが期待したが、イエスは地球に来なかった。 彼らが計算した預言の期間は正しかっ
た事を私は見た。 1844年に預言時間が終わった。 聖所についての解釈と、その清めかたの
解釈に問題があった。 確かにイエスはその期間が終わると聖所を清めるため一番聖なる部
屋、至聖所、に入った。 私はもう一度、あの待っている、がっかりしたグループを見た。 彼らは悲しそうだった。 信仰の証明を綿密に調べ、預言の期間の計算を順に追って調べて
も、間違っているところは見付からなかった。 その期間は成就したのに、彼らの救い主はど
こにいる? どこにいるのか、まったく分からなくなってしまった。
次に、イエスの弟子たちが墓に行って見ても、イエスの遺体が見付からなかったので失望した
事は私に示された。 マリヤは、「だれかが、私の主を取り去りました。 そして、どこに置
いたのか、分からないのです」と言った。 悲しんでいる弟子たちに、「あなたたちの主はよ
みがえった。 先にガリラヤに行く」と天使たちは教えた。
イエスが(1844年に)失望した人たちを哀れみ深い目で見た事を私は見た。 そして今、自分
はどこに居るのか彼らが見付け、付いて行けるために天使たちを送った。 自分が移動した事
や、地球は聖所ではない事、それに天国の聖所を清めるため至聖所に入らないといけない事を
理解してもらう目的があった。 更に、自分がイスラエルのために特別なあがないをし、自分
の父親から王国を受けてから地球に戻って、永遠に一緒に住めるため彼らを連れて帰って行く
事を理解してもらう目的もあった。 弟子たちの失望は1844年に自分の主を期待していた人た
ちの失望をよく表している。 イエスが(子ロバに)乗って、勝ち誇ってエルサレムに入った
時代まで私はさかのぼって運ばれた。 その場でイエスが王国を受け取り、君主としてこの世
を治め始める、と弟子たちは信じ、意気揚々と自分の王様に付いて行った。 きれいなヤシの
木の枝を切ったり、快く上着を脱いで熱心に道に敷いたりして、ある人は前の方に、ある人は
後ろの方に付いて行って、「ダビデの子に、ホサナ。 主の御名によってきたる者に、祝福あ
れ。 いと高き所に、ホサナ」と叫んだ。 この大騒ぎがパリサイ人の気に障って、イエスに
弟子たちを叱ってもらいたかった。 でもイエスは彼らに向かって、「もしこの人たちが黙れ
ば、石が直ちに叫ぶであろう」と言った。 ゼカリヤ書9章9節の預言は実現しなければならな
いが、弟子たちは絶望する運命づけられた事を私は見た。 数日後彼らは、イエスがはりつけ
にされる場所まで付いて行き、あのひどい十字架の上にイエスの血まみれで、むごい姿を眺め
た。 そのひどく苦しい死にかたを目撃してからイエスを墓に収め、悲嘆にくれた。 彼らが
期待していた事は一つも実現されなかった。 イエスが死ぬと彼らの希望も没してしまった。
しかし、イエスが死からよみがえり、悲しんでいた弟子たちに姿を現すと、彼らの希望は生
き返った。 自分の救い主を見失っていたが、再び見付けた。
主が1844年にやって来ると信じた人たちの失望は、弟子たちの失望ほどひどいものではなかっ
た。 第一と第二の天使のメッセージによって預言された事は成就した。 両方ともちょうど
良い時に伝えられ、神様の計画通りの結果をもたらした。
ダニエル8:14、マタイ21:4−16、25:6、マルコ16:6−7、ルカ19:35−4
0、ヨハネ14:1−3、20:13、コリント第二6:17、黙示録10:8−11、14:7−
8を参照
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第26章
もう一つの描写
天国にいる者が皆、地上で進められてきた運動に関心を持っている事は私に示された。 イエ
スは、一人の力強い天使を任命し、地球に降りて、そこの住民にイエスの二回目の出現に備え
る警告をするよう命じた。 その力強い天使がイエスの前から去り、天国から出て行く様子を
私は見た。 その天使の前には非常にまぶしく、素晴らしい光が照らして、その光で地球を照
らす事と、神様の怒りが迫っている事を人間に警告する任務が彼にあると私は教えられた。 そして多くの人はその光を受け入れた。 ある人は厳粛な気分に打たれたようで、他の人は喜
んで有頂天になったようだった。 光は皆を照らした。 ある人たちはただその影響を受けた
だけで、心から受け入れようとはしなかった。 しかし、受け入れた人は皆、顔を上の天国の
方に向け、神様を褒めたたえた。 多くの人は激怒した。 牧師たちや一般の人は邪悪な人た
ちに加わって、頑強にもその力強い天使から出た光に反抗した。 でも受け入れた人は皆、こ
の世の人たちから離れ、団結を固めた。
サタンと彼の天使たちは少しでも多くの人の心を光から遠ざけさせようと躍起になった。 光
を受け入れなかったグループは暗やみに取り残された。 天国からのメッセージが伝えられる
と、「神様を信じる」と告白した人々がそれぞれどんな人格を形成するのか、先の天使が強い
関心をもって記録しているのを私は見た。 「私はイエスを愛している」と主張したたくさん
の人が天国からのメッセージを嫌って、あざけったり、バカにしたりすると、紙を手に持って
いた天使はその恥ずべき事を記録した。 「イエスを信じる」と自称した人たちがイエスを侮
辱したので、天国にいる者は皆憤慨した。
(主を)信用した人たちが失望してしまった事を私は見た。 期待していた時に自分の主が現
れなかった。 将来を隠し、自分の民が決心しなければならない立場に立たされるのが神様の
計画だった。 もしこの預言された時点がなかったら、神様が計画した運動の目的は達成され
なかった。 サタンはたくさんの人の関心を遠い将来に導こうとしていた。 キリストの現れ
の時点が宣言されたら、今、自分自身がどう準備すれば良いのか、真剣に考えなければならな
い。 預言された時点が過ぎ去ると、その天使の光を全面的に受け入れなかった者は、天国か
らのメッセージを軽蔑した人たちに加わり、失望した人たちに刃向かってバカにした。 天国
で天使たちがイエスと相談している様子を私は見た。 彼らは、「キリストの信者」と言われ
た人たちの状態を記録しておいた。 はっきりとした時点が過ぎ去る事によって信者たちが試
され、はかりに掛けられると多くの者は、「足りない」と判断された。 そういう人は皆大き
い声で、「私たちはクリスチャンだ!」と主張したが、ほぼ全部の面でキリストに従わなかっ
た。 「キリストの信者」と言われた人たちがこういう状態にあったので、サタンは大変喜ん
だ。 自分が作ったわなに彼らは掛かった。 大半の人はまっすぐな道から逸れるようにサタ
ンに導かれ、自分なりの道で天国に登ろうとしていた。 シオンにいる罪人やこの世を愛して
いる偽善者と一緒に、清く、聖なる純粋な人たちが混合しているのを天使たちは見た。 彼ら
がイエスを本当に愛した人たちを見守ったが、堕落した人たちは聖なる人たちに悪い影響を与
えていた。
熱心で、イエスを見たくてむずむずしていた人たちが、兄弟と称する人々にイエスのやって来
る事について話すのは許されなかった。 天使たちはその光景を全部見渡して、イエスの現れ
を心から願っていた少数残っている人たちに同情した。 そこで、もうひとりの力強い天使が
地球に降りるよう、任命された。 イエスがその天使に書き物を手渡した。 そして彼が地球
に近付くと大声で、「バビロンは倒れた! 倒れた!」と叫んだ。 そうすると失望した人た
ちには再び元気が出て、天国の方に見上げ、信仰と希望を持って自分の主の現れを期待するよ
うになってきた事を私は見た。 しかし、多くの人は寝ぼけて、間の抜けたような状態を続け
た。 でもこういう人たちの表情に深い悲しみもあった事を私は見た。 失望した人たちは、
自分は今、「待つ期間」の中にいるので、幻が成就されるまで忍耐強く待たなければならない
事を聖書を通して分かった。 自分の主が1843年にやって来るという証拠が1844年に同じよう
な期待をもたらした。 大半の人が1843年に持っていたような強い信仰を1844年に持っていな
かった事を私は見た。 彼らの失望が信仰に水を差した。 しかし、失望した人たちが第二の
天使の叫びに加わると、天国にいる者は皆興味津々に見て、そのメッセージの効果を書き留め
た。 「クリスチャン」と言われた人たちが失望した者に刃向かって、あざけったり、軽蔑し
たりするのを天国にいる者は皆見た。 こういった人たちの口から、「おまえら、まだ昇って
ないのか!」という言葉が出ると、ある天使がそれを書いた。 あの天使が、「彼らは神様を
バカにしている」と言った。
時代をさかのぼって、エリヤが生きたままで天国に移された事は私に示された。 彼のマント
がエリシャに落ち、そして悪い子供たちは付いて行って、大声で、「上って来い、はげ頭。 上って来い、はげ頭」と彼をバカにした。 神様をバカにしたので彼らはそこで罰を受けた。
彼らはそういう口を両親から習った。 同じく、聖人たちの昇るのをあざけったり、バカに
したりした人は神様からの災害に見舞われると、神様はただ者ではない事が分かってくるは
ず。
イエスは他の天使たちを任命して、自分の民の信仰に熱を入れ、第二の天使のメッセージが理
解できる準備をする事、それに天国での重要な移動がもうすぐ行なわれる事を知らせるため、
急いで飛んで行くように命じた。 この天使たちはイエスに強い力や光をもらって、第二の天
使の働きを手伝う任務を果たすため、素早く地球に飛んで行くのを私は見た。 天使たちが、
「さぁ、花婿だ、迎えに出なさい」と叫ぶと、神様の民には強い光が当たった。 その時、失
望した人たちが起き上がって、第二の天使の声に合わせ、「さぁ、花婿だ、迎えに出なさい」
と宣言するのを私は見た。 天使たちの光は暗やみの至る所を貫いて照らした。 サタンと彼
の天使たちは、その光の広まりや計画された効果をじゃましようと努めた。 彼らは神様の天
使たちと言い争って、神様が人々をだましたので、いくら力や光があっても、イエスのやって
来る事を納得させるのは、「無理だ」と言った。 でもサタンがじゃましようとしても、人の
心を光からそらせようとしても、神様の天使たちは働き続けた。 その光を受け入れた人たち
は幸せそうだった。 ひたすら視線を天の方に向け、イエスの現れを首を長くして待ってい
た。 何人かはひどく苦しんで、泣いたり、祈ったりしていた。 目は自分自身をじっと見て
いたようで、彼らにはあえて上を見上げる勇気がなかった。
天国から貴重な光が彼らの周りの暗やみを追い払うと、絶望的に自分を見つめていた目は上の
方に向けられ、表情の細部までが感謝や聖なる喜びで満たされていた。 イエスと天使たちは
皆、待っている忠実な人たちを快く見た。
第一の天使のメッセージの光に反対して拒んだ人たちは、第二の天使のメッセージの光を見
失って、「さぁ、花婿だ」というメッセージに伴う栄光や力の恩恵を受ける事ができなかっ
た。 イエスはまゆをひそめて、顔を彼らから背けた。 イエスは彼らに軽蔑され、拒まれ
た。 (でも)そのメッセージを受け入れた人たちは栄光の雲に包まれていた。 神様の心を
見定めるため、彼らは祈ったり、見張ったり、待ったりしていた。 神様の心にかなわない事
をしてしまうのを大変恐れていた。 サタンと彼の天使たちはこの神聖な光が神様の民に届か
ないよう努めているのを私が見たが、待っている人たちが光を大事にして、視線を地球から上
の方、イエスの方に向ける限り、サタンはこの貴重な光を奪う事ができなかった。 天国から
のメッセージでサタンと彼の天使たちは激怒した。 「イエスを愛している」と言いながらイ
エスのやって来る事を嫌がった人たちは、イエスを信頼する忠実な人たちをあざけったり、軽
蔑したりした。 しかし、天使は、忠実な人たちが「兄弟」と自称した人たちから受けた侮
辱、悪口や迫害を逐一書き記した。 たくさんの人は声を上げ、「さぁ、花婿だ」と叫んだ。
そしてイエスの出現を嫌で、再臨についてあまり話すのを許さなかった「兄弟」から離れ
た。 イエスは、自分のやって来る事を嫌で拒んだ人たちから顔を背けた。 そして自分の民
が汚染されないため清くない人の中から導き出すよう天使たちに指示した。 するとメッセー
ジに従う人たちは出て、団結して、自由な身になった。 聖なる素晴らしい光が彼らを照らし
た。 彼らはこの世に対する愛着を引き裂き、自分なりの計画などを犠牲にして、この世を放
棄した。 この世の宝物を手放し、愛する救い主を見るのを期待して、真剣に天国の方に視線
を向けた。 聖なる光と喜びで光った表情が心の平和と喜びを物語った。 彼らが試練に会う
時が近付いてきたので、イエスは天使たちに、「行って、彼らを強めてあげるよう」と指示し
た。 こう待っていた人たちは受けるべき試練をまだ通っていない事を私は見た。 まだ完全
に過ちから離れていなかった。 地球の人々に警告を送り、何回もある時点に至らせるメッセ
ージを送った事には神様の慈悲や善良さがある事を私は見た。 これで彼らは自分自身を綿密
に調べ、異教徒やローマ教皇の者から伝承されてきた過ちを脱ぎ捨てるように導かれた。 こ
れらのメッセージを通して神様は自分の民のためにもっと力を発揮する事ができ、自分の戒め
をみな守れるようになるため彼らを導き出してきている。
列王記下2:11−25、ダニエル8:14、ハバクク2:1−4、マタイ25:6、黙示録14:
8、18:1−5を参照
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第27章
聖所
次に、神様の民の失望した辛い経験は私に示された。 期待していた時に彼らはイエスを見な
かった。 なぜ自分の救い主がやって来なかったか分からなかったし、預言された期間がまだ
終わっていないという証拠も見付けられなかった。 ある天使が、「神様の言葉は失敗に終
わったか。 自分の約束を果たせなかったか。 いいえ、違います。 約束した事を全部果た
した。 イエスは起き上がり、天国の聖所の聖なる部屋のドアを閉め、そして聖所を清めるた
めに至聖所のドアを開けて入った」と言った。 その天使が言い続けた、「忍耐強く待つ者は
誰でもこの不思議な出来事を理解する。 人間は間違ったが、神様は失敗したわけではない。
神様の約束した事はすべて成し遂げられたが、人間が間違って、預言の期間の終わりに清め
られる聖所はこの地球だと思い込んでしまった。 人間の期待は外れたが、神様の約束は全然
外れていない」。 イエスは、聖所を清めるため、そしてイスラエルの特別なあがないをする
ために至聖所に入った、という事を失望した人たちに分かってもらおうと、そう指導する天使
たちを送った。 イエスは天使たちに、「私がどんな仕事をするのか、私を見付ける人は誰で
も分かる」と教えた。 イエスが至聖所にいる間、新しいエルサレムと結婚するのを私は見
た。 そして、至聖所での仕事を完成すると、王様の権力で地球に降りて来て、イエスの出現
を忍耐強く待っている貴重な人たちを自分のところに連れて帰る事をも私は見た。
次に、1844年に預言された期間が終わると、天国で何が起こったかが私に示された。 イエス
が聖所の第一の部屋での仕事を終えると、そこの部屋のドアを閉めたのを私は見た。 そのド
アが閉まると、「キリストがやって来る」というメッセージを聞いても拒んだ人たちは真っ暗
やみに覆われ、イエスが見えなくなった事も私は見た。 そしてイエスは高価な服を身に着け
た。 そのローブのすその回りに、鈴、ザクロ、鈴、ザクロがあった。 肩から珍しい作りの
胸当てが吊られていた。 イエスが動くと、その胸当てに書かれたか彫られたか、名前みたい
な文字が大きく見え、ダイヤモンドのようにきらきら光った。 頭に王冠らしいものをかぶっ
ていて、身支度が整ってからイエスは天使たちに囲まれながら燃えている車に乗って、二番目
の幕の向こうに通った。 その時私は、天国の聖所の二つの部屋を注目するように指示され
た。 そのカーテンかドアみたいなものを開けてくれて、私が入るのは許された。 第一の部
屋に七つのともしびを持つ豪華な輝かしい燭台と、あがないのパンが載っているテーブルと、
香壇や吊り香炉が見えた。 この部屋の家具は全部最高級の純金のように見え、そこに入る者
の姿を映した。 この二つの部屋を仕切るカーテンは輝いていて、素晴らしかった。 いろん
な素材や色からなっていて、縁飾りに美しい天使を表している金でできたものがあった。 そ
のカーテンを上げてくれたので第二の部屋の中を見た。 そこに最高級の純金でできたように
見えた契約の箱があった。 その上面の縁には王冠を表している大変美しい純金でできたもの
があった。 契約の箱の中に十戒が刻まれた石版があった。 そして両端に美しいケルブが翼
を広げ、箱を覆っていた。 ふたりの翼は高く上に伸び、箱の前に立っていたイエスの頭の上
で触れ合った。 そのふたりは互いに向き合っていて、視線を下の契約の箱に向けていた。 それは天使が皆、興味を持って、神様の戒めを見ている事を意味する。 そのケルブの間に金
の香炉があった。 そして、聖人たちの信仰のこもった祈りがイエスに届いて、イエスがそれ
を自分の父にささげると、香から甘い香りが立った。 それは色とりどりの大変美しい煙のよ
うに見えた。 契約の箱の前に立っていたイエスの上に非常にまぶしい栄光があったが、私は
直接それを見る事ができなかった。 そのものは神様が住んでいる王座のように見えた。 香
が父なる神様のところに上っていくと、王座から素晴らしい栄光がイエスに送られ、そしてイ
エスから甘い香りのように上って来る祈りをする人たちに送られた。 光や栄光が豊かにイエ
スに注がれ、「あがないのふた」を覆った。 宮がその栄光の列でいっぱいになってきたの
で、私は長く見続けられなかった。 言葉ではそれが言い表せない。 私は圧倒され、栄光の
壮大さや素晴らしさから向きを変えざるを得なかった。
地上に二つの部屋がある聖所は私に示された。 これは天国にある聖所に似ていた。 この聖
所は天国の聖所を模範している「地上の聖所」であると私に教えてくれた。 地上の聖所の第
一の部屋にあった家具は天国の聖所の第一の部屋にある家具に似ていた。 カーテンを上げて
くれたので、私は至聖所の中を見た。 そこの家具は天国の聖所の至聖所にある家具と同様で
あった。 祭司は、地上の聖所の両部屋で務めた。 第一の部屋で一年を通して毎日務めた
が、祭司は年に一度だけ至聖所に運ばれてきた罪を清めるために至聖所に入った。 イエスが
天国の聖所の両部屋で務めた事を私は見た。 自分の血をささげた事を通して、イエスは天国
の聖所に入った。 地上の聖所の祭司たちは死で長く務められなかったのに対して、イエスは
「永遠の祭司」である事を私は見た。 地上の聖所に持って行くいけにえやささげものを通し
て、イスラエルの民は、将来にやって来る救い主の値打ちを自分のものとする仕組みになって
いた。 私たちは振り返り、イエスが天国の聖所で何をしているのかを理解するため、地上の
聖所の務めが詳細に渡って教えられた。 ここに神様の知恵がある。
イエスが丘の上で十字架に付けられて死んだ時、「完了した!」と大声で言うと、神殿の幕が
上から下まで真っ二つに裂けた。 これによって神様は、もう地上の聖所で祭司たちと会わな
い、彼らのいけにえを受け入れない、それに聖所での務めは永遠に廃止された事を表した。 その時、イエス自身が天国の聖所の務めに使う血が、自分の血が、流された。 地上の聖所を
清めるために祭司が年に一度至聖所に入ったように、1844年にダニエル書8章14節の2,300日が
終わると、イエスは天国の聖所の至聖所に入った。 イエスは、自分の仲裁の恩恵が受けられ
る人を皆に最後のあがないをするためと、聖所を清めるため、至聖所に入った。
出エジプト25−28章、レビ記16章、列王記下2:11、ダニエル8:14、マタイ27:50
−51、へブル9章、黙示録21章を参照
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第28章
第三の天使のメッセージ
聖所の第一の部屋での務めが終わるとイエスは至聖所に入って、神様の法律が入っている契約
の箱の前に立った。 そしてもうひとりの力強い天使を地球に送り、彼に第三のメッセージを
与え、紙を手渡した。 その天使が威厳や権力をもって地球に降りながら、恐ろしい警告、今
まで人間に告げられた警告の中で一番怖い警告を宣言した。 このメッセージには神様の子供
たちが警戒するよう促す目的があり、それに、直面する誘惑や苦悶の時期を示す目的もあっ
た。 あの天使が、「彼らはあの獣と獣の像と接戦するようになる。 永遠の命を得たいな
ら、しっかりと信仰を保つしかない。 命を懸けても、真理をしっかり握らないといけない」
と言った。 そして第三の天使が、「ここに、神の戒めを守り、イエスを信じる信仰を持ちつ
づける聖徒の忍耐がある」という言葉で自分のメッセージを終える。 これらの言葉を繰り返
しながら彼は天国の聖所の方を指差した。 このメッセージを進んで受け入れる人は皆、至聖
所で契約の箱の前に立っているイエスの事を考えるよう勧められている。 そこでイエスは、
まだ慈悲が受けられる人たちと、知らないで神様の法律を犯してしまった人たちのために最後
の仲裁をしている。 このあがないはもう既に死んだ義人たちと、生きている義人たちのため
に行われている。 神様の戒めについての光がなく、知らずに罪を犯して死んでしまった人た
ちのために、イエスはあがないをしてあげている。
イエスが至聖所のドアを開けてから、安息日に当たる光が見えるようになってきた。 神様の
法律を守るかどうか、イスラエル人が昔、神様に試されたように、現在、神様の民は試され
る。 第三の天使が失望した人たちに上の方、天国の聖所の一番聖なるところへの道を指示し
ているのを私は見た。 そこで彼らは信仰上、イエスに付いて行って、至聖所に入った。 そ
して再びイエスを見付けると、また喜びや望みが沸いてくる。 彼らがイエスの再臨を宣言し
てから1844年に預言の期間が切れるまで経験した事を振り返っている様子を私は見た。 彼ら
は失望した原因を納得したので、喜びや確信を抱くようになり、再び活発になる。 第三の天
使が過去、現在、や将来に光を当ててくれたので、自分たちは不思議な摂理で本当に神様に導
かれてきた事が分かる。
少数残っている人たちはイエスに従って至聖所に入り、そこで契約の箱と「あがないのふた」
の栄光にうっとりした、というふうに私に示された。 イエスは契約の箱のふたを開けると、
ほら、見て御覧! そこには十戒が書かれている石板があるではないか。 彼らは生き生きし
ている神託を順番にたどるが、十項の聖なる戒めの中に四番目が生きているのを見ると、震え
ながら後ろへ跳びのく。 四番目に他の九つよりも明るい光が当たって、それに栄光の光輪が
その周りを照らしている。 そこで安息日が週の最初の日に変わったり、廃止されたりした事
を説明するものは見付からない。 神様が山の上で稲光と雷の中、厳粛な壮麗さで自分の口で
語った通り、そして自分の聖なる指で石板に書いた通り今でも、「六日間、働いて、あなたの
すべての仕事をしなければならない。 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である」と書
かれている。 彼らは十戒の保護ぶりを見ると驚く。 十戒がエホバの近くに置かれ、エホバ
の神聖さに覆われ、保護されている事も見える。 十戒の四番目の戒めを踏みにじり、エホバ
に聖別された日を守らないで、異教人やローマ教皇の人たちに伝わってきた日を守ってしまっ
た事に気付く。 そこで彼らは、神様の前にへりくだり、自分が犯してきた罪のため悲しむ。
イエスが彼らの告白や祈りを自分の父にささげると、吊り香炉の香から煙が出るのを私は見
た。 煙が上がると、イエスと「あがないのふた」はまぶしい光に覆われてきた。 そして
祈っている熱心な人たちは、神様の法律を犯した事に気付き、困っていたが、その光に祝福さ
れたので、表情が望みと喜びで明るくなってきた。 彼らは第三の天使の働きに加わり、声を
上げ、厳粛な警告を宣言した。 最初の頃にメッセージを受け入れた人は少なかったが、彼ら
は活発に警告を伝え続けた。 次に、多くの人が第三の天使のメッセージを受け入れ、最初に
警告を宣言した人たちと声を合わせたのを私は見た。 そして彼らは、神様に聖別された休日
を守る事で神様を褒めたたえて、栄光を帰した。
第三のメッセージを受け入れた人の多くは前の二つのメッセージを経験しなかった。 サタン
はこれを知ったので、敵意のこもった目つきで彼らを倒そうとした。 でも、第三の天使は彼
らに至聖所を指し、それに、前のメッセージを経験した人たちは天国の聖所への道を指示して
いた。 多くの人は天使たちのメッセージに真理の連鎖の完全性があると悟り、喜んで受け入
れた。 彼らはメッセージを順番に受け入れ、そして信仰の上でイエスに従って、天国の聖所
に入った。 これらのメッセージは(受け入れた)団体を安定させる「いかり」のようなもの
である、と私に示された。 一人一人はメッセージを理解し、受け入れると、サタンの数々の
迷いから保護される。
1844年の大失望の後、サタンと彼の天使たちは(メッセージを受け入れた)団体の信仰を揺る
がせようとわなを仕掛ける事に力を入れた。 サタンは1844年の運動を体験したある人たちの
考えに影響を与えた。 彼らは謙虚そうに見えた。 そのうちある人は第一と第二のメッセー
ジを変えて、「未来に実現する」と言った。 またある人は、「遠い昔に実現した」と主張し
た。 こういう人たちは経験が浅い人の注意をそらせ、信仰を揺るがせた。 ある人たちは団
体から独立して、自分なりの信条を作ろうと聖書を調べていた。 これらの事でサタンは大変
喜んだ。 サタンは、「いかり」から切り離された人たちを、いろんな過ちと、教えの風で思
うままに操る事ができるのを知った。 第一と第二のメッセージの先頭に立っていた人の多く
は、両方のメッセージを否定してしまった。 そして分裂と散乱が団体中にあった。 その
時、私はウィリアム・ミラーを見た。 彼は当惑しそうに見え、率いていた人たちのために大
変悲しんで、心を痛めていた。 ミラーは、1844年に団結を保ち、愛し合っていたグループが
同胞愛を失い、互いに対立していくのを見た。 彼らが逆戻りをして、冷たくなってきた状態
をも見た。 悲しみのあまり、ミラーの体力が衰えてしまった。 リーダーたちは、ミラーが
第三の天使のメッセージや神様の戒めを受け入れるかどうか、心配そうに彼の行動を見張って
いる事を私は見た。 ミラーが天国からの光に頼ろうとすると、彼らは何かをたくらんで、注
意をそらせようとした。 ミラーの持っていた勢力を保有して、心を暗やみに引き留めるため
に彼らが人間的な影響を与えた事を私は見た。 そしてついに、ミラーは天国からの光に対し
て反対の声を上げてしまった。 自分が失望した理由を全部説明できるメッセージを拒んでし
まった。 そのメッセージには過去に栄光や光を当てて、疲れ切った彼を元気付け、希望を与
え、そして神様を褒めたたえるに導く力があるのに。 しかし、神聖の知恵より、人間の知恵
に頼ってしまった。 年齢のせいと自分の主人の働きのための苦労で衰弱しきった彼には、真
理から彼を離れさせた人たちほど責任がなかった。 彼らに責任があるので、その罪は彼らに
ある。 もしミラーは第三のメッセージの光が見えたなら、暗く、理解しにくい事の多くは解
明されたはず。 「あなたのためを思っている。 本当に愛しているよ」と「兄弟」に言われ
たから、ミラーは縁が切られないと思った。 心が真理の方に傾くと、彼は「兄弟」の方に視
線を向けた。 彼らは真理に反対していた。 イエスがやって来るのを宣言した時に自分と並
んで肩を持ってくれた人たちと縁を切る事ができるだろうか? 彼らに迷わされるはずがな
い、とミラーは思った。
ミラーがサタンの支配下に入り、死に治められる事を神様は許した。 神様は、しきりに彼を
神様から離れさせようとした人たちからミラーを隠して、墓に収めた。 モーセが約束の地に
入ろうとした時に過ちを犯したように、ウィリアム・ミラーが天国のカナンに入ろうとした時
に影響力を真理に反対に回して、過ちを犯した事を私は見た。 他の人が彼を迷わせたので、
責任は彼らにある。 しかし、神様に仕えた「ウィリアム・ミラー」という貴重なちりは天使
たちに見守られ、そして最後のラッパが鳴る時に彼は出て来る。
出エジプト20:1−17、31:18、テサロニケ第一4:16、黙示録14:9−12を参照
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第29章
揺るぎない台
私は、しっかりした、よく守られているグループを見た。 彼らは、団体の確立した信仰を揺
るがせようとする者を受け入れようとしなかった。 神様は快く彼らを見た。 三つのステッ
プ、一、二、三、その第一、第二、第三の天使のメッセージは私に示された。 あの天使が、
「これらのメッセージのブロックを動かしたり、留め金をわずかでも揺るがしたりする者は災
いだ」と言った。 これらのメッセージを正しく理解するのは極めて重要である。 受け止め
方によって、魂の行方は決まる。 もう一度、順番に、これらのメッセージが私に示され、神
様の民がどれほど苦労を払って、経験を自分のものにしたかを私は見た。 その経験は多くの
苦労や接戦の結晶であった。 神様は一歩一歩彼らを導き続け、最終的に確固不動の台に載せ
た。 次に、人は個々に台の方にやって来ると、登る前に台の基礎を調べるのを私は見た。 ある人は喜びながら直ちに台に登った。 他の人は台の基礎の築き方について文句をつけ始め
た。 改良してくれるなら、台がもっと完璧になり、皆はもっと喜ぶだろう、と彼らが願っ
た。 ある人は台から下りて調べると、「築き方が間違っている」と断言した。 ほとんど皆
が台の上でしっかりと立って、台から下りた人たちに、「神様は台の建築請負者だから、あな
たたちは神様と闘っている。 文句を言うのをやめよう」と勧める様子を私は見た。 彼らが
神様の素晴らしいわざで揺るぎない台に導かれた事を順を追って話すと、ほとんど皆が一斉に
天の方に見上げ、大声で神様を褒めたたえた。 これで文句を言い、台を下りた人の中に何人
かが感動して、謙虚そうにもう一度台に登った。
時代をさかのぼって、キリストの最初の降臨の宣言の事は私に示された。 イエスのやって来
る事に備えるため、ヨハネはエリヤの霊と力で送られた。 ヨハネの証しを拒んだ人たちはイ
エスの教えの恩恵を受けなかった。 最初の降臨の宣言に反対した事によって彼らは自ら、一
番有力な証拠があっても、イエスが救世主である事を容易に受け入れられない立場に立たせら
れてしまった。 ヨハネのメッセージを拒んだ人たちは更にサタンに導かれ、イエスを拒み、
十字架につけるように至った。 こうして彼らは自ら、天国の聖所への道を教えてくれる五旬
節の日の恩恵が受け入れられない立場に立たせられた。 宮の幕が裂けた事で、ユダヤ教の制
度やいけにえはもう受け入れられる事はない、と示された。 大いなるいけにえはささげら
れ、受け入れられた。 五旬節の日に降りて来た聖霊は、地上の聖所から天国の聖所へと弟子
たちの注意を向けるよう導いた。 そこにイエスは自分の血を持ち込んで、そして自分のあが
ないの恩恵を弟子たちに与えた。 ユダヤ人はまんまとだまされ、真っ暗やみに残された。 救いの計画に当たる光、その得られる分の光を全部見失って、まだ無駄ないけにえやささげも
のを信用し続けた。 だから彼らは、聖所の第一の部屋で行なわれるキリストの仲裁の恩恵を
味わう事ができなかった。 天国の聖所が地上の聖所に代わっても、彼らは天国の聖所への道
が全く分からなかった。
ユダヤ人がイエスを拒んだり、十字架につけたりした事を考えると、ぎょっとする人は多い。
その恥ずべき虐待の話を読むと、「私はキリストを愛している。 自分なら、ペテロのよう
に否定はしなかっただろうし、ユダヤ人がキリストを十字架につけたような事はしなかっただ
ろう」と彼らは考える。 しかし神様は、自分の息子に「同情している」と言っている人たち
を見て、彼らを試し、口で言うイエスに対する「愛」を確かめている。
天国にいる者は皆、メッセージが受け入られるかどうか、興味津々に見た。 でも口で「イエ
スを愛している」と言い、十字架の話を読むと涙を流す人の多くは、メッセージを喜んで受け
入れるどころか、憤慨し、イエスのやって来る良い知らせをあざけったりして、「あれは妄想
に決まっている」と断言する。 彼らは、イエスの現れを心から期待した人たちを嫌って、仲
間外れにし、各教会から締め出した。 最初のメッセージを拒んだ人は、第二のメッセージの
恩恵が味わえなかった。 そして信仰上、イエスと一緒に天国の聖所の一番聖なる部屋に入る
ための準備を整えてくれる「真夜中の叫び」の恩恵も味わえなかった。 また、先の二つの
メッセージを拒んだので、至聖所への道を示している第三の天使のメッセージにある光が見出
せない。 名ばかりの教会は、ユダヤ人がイエスをはりつけたように、これらのメッセージを
はりつけにした事を私は見た。 だから彼らは、天国で行なわれた移動や至聖所への道が分か
らない上、イエスがそこでしている仲裁の恩恵が味わえない。 ユダヤ人が無駄ないけにえを
ささげたように、彼らはイエスが去った聖所の部屋の方に無駄な祈りをささげる。 「イエス
に従っている」と自称する人がだまされ、わなに掛かっているので、サタンは喜んでそのわな
をしっかりと締める。 彼は宗教的な様子を装い、この「クリスチャン」と自称している人た
ちの注意を自分の方に向けさせ、力、しるし、や不思議な偽りを見せて働く。 ある人をある
方法でだまし、他の人を違う方法でだます。 彼はそれぞれの考え方に合う惑わしを作って、
仕掛けてくる。 ある惑わしに対してぎょっとしても、別の惑わしを容易に受け入れる人がい
る。 サタンは、ある人たちを交霊術で惑わす。 また、光の天使のふりをしながら、やって
来て、影響を地に広げる。 至る所に偽りの改革が起こっているのを私は見た。 各教会は、
「神様は我々のために素晴らしい事をしている!」と意気揚々に受け取ったが、本当は、これ
が違う霊のしわざだった。 こんなものは次第に消え、世と教会を以前より悪い状態に残して
しまう。
名ばかりのアドベンチストや堕落してしまった各教会の中に、神様の正直な子供たちがいる事
を私は見た。 そして、災害が注がれる前に、牧師たちや一般の人はこれらの教会から呼び出
され、真理を喜んで受け入れる事も私は見た。 サタンはこの事を知っているので、第三の天
使の大きな叫びの前に真理を拒んだ人たちが、「神様は我々と共にいる」と思い込むように、
このような宗教団体の間に大騒ぎを引き起こす。 正直な者を惑わして、「神様はまだ各教会
のために働いている」と思わせるのがサタンの狙いである。 しかし、光は照らして、正直な
者は皆、堕落してしまった各教会から出て来て、少数残っている人たちと一緒に立つ事にな
る。
マタイ3章、使徒行伝2章、テサロニケ第二2:9−12、コリント第二11:14、黙示録14:
6−12を参照
30章 交霊術 ヘ進む
第30章
交霊術
私は、「たたき」という惑わしを見た。 サタンには、イエスにあって眠っている親戚や友達
の姿を取る偽者を、私たちの前に現す力を持っている。 生きていた時の馴染みの言葉や話ぶ
りで私たちに聞かせ、本当に目の前にいるように見せ掛けてくる。 こういった事はすべて、
この世の人をだまして、惑わせるためのわなである。
聖人たちは今の真理に精通して、それを聖書から弁明しなければならない時がくる事を私は見
た。 彼らは、死んでいる人の状態を知る必要がある。 なぜなら、悪魔たちの霊はいつか愛
する友達や親戚を装い、聖書に反する教えを主張しながら聖人たちに現れるからである。 そ
の悪魔たちの霊は、主張する事を裏付けるために全力を尽くして奇跡を起したりして、同情心
を引き起こそうとする。 死んでいる人は何も知らないし、それに、これらのものは「悪魔た
ちの霊だ」と神様の民は聖書の真理を持って、この霊たちに抵抗できる準備をしておかなけれ
ばならない。
なぜ私たちは望みを抱いているのか、その理由を聖書で説明しなければならない時がくるの
で、その望みの基盤を徹底的に調べる必要がある事を私は見た。 それは、この迷いが広がる
のを見て、いつか私たちはそれに面と向かって闘わなければならないからである。 用意して
おかないと、私たちはわなにはまって落ちてしまう。 しかし、すぐやって来る闘いのために
できるだけの準備をするなら、神様は自分の役を果たして、全能の腕で私たちを守ってくれ
る。 忠実な者がサタンの不思議な偽りにだまされ、連れ行かれるよりは、栄光の中にいる天
使を皆、彼らの防壁になるため送っても良いと神様は思っている。
この迷いが急速に広がっているのを私は見た。 電光石火の速さで走っている電車は私に示さ
れた。 あの天使が私に、「よく見て御覧」と言った。 そして私は、その電車をじっと見つ
めた。 人類は皆乗っているように見えた。 次に彼は、乗客が皆尊敬した立派な容貌をして
いる車掌を私に見せてくれた。 私は戸惑ったので、付き添いの天使に、「あの者は誰です
か」と聞いた。 すると彼は、「あれはサタンですよ。 彼は光の天使の外見をしている車掌
で、この世の者をとりこにした。 彼らはうそを信じ、罰を受けるために強い迷いに引き渡さ
れている。 サタンに次いで位の高い者は機関士で、そして他の部下はサタンの必要に応じ
て、いろんな仕事をやっている。 彼らは皆稲妻のように速く地獄の方に走っている」と答え
てくれた。 そこで天使に、「残っている者はいないのですか」と尋ねる事にした。 「逆の
方向を見てみなさい」と言われたので見ると、狭い小道を歩いている小さなグループが見え
た。 彼らは皆、真理によって結ばれ、固く団結しているようだった。
この小さなグループの人たちは厳しい試練や闘いを経たようで、顔がやつれていた。 ちょう
どその時、太陽は雲の後ろから現れ、彼らの顔を照らしたので、その顔付きが勝利をもうほと
んど収めているように見えた。
主が全人類にそのわなを見つけるチャンスを与えた事を私は見た。 クリスチャンにとって、
他に証明するものがなくても、これ一つだけで十分な証明になる→それは、卑劣なものと貴重
なものとの区別をしない事である。
体がもう既にちりに戻ったトマス・ペインは、あの1,000年の後、第二の復活の時に報いを得る
ため呼び出され、そして、第二の死を味わう。 「彼は天国に居て、とても賞賛されている」
とサタンは言う。 サタンは地上で彼をできるだけ長く利用した。 トマス・ペインが地上で
教えていたように、彼が今、天国で同じような事を教えている上、賞賛されている、とサタン
は見せ掛けている。 彼の生涯と死、それに生きている間の曲がった教えでぞっとしていた人
のうちには、神様と神様の法律を嫌った一番堕落した卑劣な人物の一人であった、トマス・ペ
インに今、教えられるのを許す人もいる。
偽りの父は自分の天使たちを、使徒たちの代弁者として送り、世の人を盲目にさせ、惑わす。
彼らは、使徒たちが地上に生きた間、聖霊に口述されて書いた内容と矛盾する事を言ってい
るように見せ掛ける。 使徒たちが自分の教えを曲げ、元々の本当の教えは純粋なものであっ
た、とこのうそつきの天使たちは見せ掛ける。 こうしてサタンは、「生きている」という名
前を持っても、本当は死んでいるクリスチャンたちやこの世の者を皆に、神様の言葉に対して
疑わしい思いを引き起こす事ができる。 その言葉によってサタンの進路は妨げられ、そして
彼の計画はだめになる可能性が高い。 だから彼らに、聖書の神聖の起源に対して疑わしい思
いを引き起こす。 その上、不信心者トマス・ペインを立たせ、彼が死んだ時に天国に案内さ
れ、地上で大嫌いだった聖なる使徒たちに加わって、世の者に教えているように見せ掛ける。
サタンは自分の天使をそれぞれ配役する。 悪賢く、巧妙に、こっそりと行動するよう、彼ら
に命じる。 ある堕天使は使徒の役を演じ、代弁者となると同時に、他の堕天使は、死んだ時
に神をのろったが、改心したように見える元不信心者や悪人の役を演じるよう、とサタンの指
示を受ける。 一番聖なる使徒と一番卑劣な不信心者とのけじめをつけない。 両方とも同じ
事を教えているように見せ掛ける。 サタンにとって、自分の目的を達成するのなら、誰を話
させようか気にしない。 トマス・ペインは生きている間よくサタンを手伝った。 あまりに
も彼と親密な関係を持っていたのでサタンは、自分に忠実に仕え、自分の目的を上手に果たし
てくれた敬虔な子供の筆跡や言葉遣いなどを簡単に知る事ができる。 彼が書いたものの多く
はサタンに口述されたので、今、サタンがいろんな考えを自分の天使たちに口述して、それを
生きている間サタンに献身的に仕えたトマス・ペインから出ているように見せ掛けるのは簡単
である。 これこそサタンの傑作である。 「死んだ使徒、聖人、や悪人の教え」と言われて
いるものはすべて、直接、悪魔大王様から出ている。
サタンをあんなに愛した者、その者が神様を完全に嫌っていても、聖なる使徒たちや天使たち
と一緒に栄光の中に居る、という見せ掛けだけで、まだ理解できない人は誰であれ、サタンの
暗やみに包まれている不思議な働きを見出す事ができるだろう。 つまり、サタンはこの世の
人や不信心者に、「いくら悪くても、神様や聖書を信じても信じなくても、天国はあなたの住
まいになる。 好きに生きても良い」と言わんばかりしている。 トマス・ペインみたいな者
が天国であんなに賞賛されているなら、誰でも行ける、と皆は知っている。 これはあまりに
も明白だから、誰でも理解したいならできる。 サタンはトマス・ペインのような人を通し
て、堕落してからやろうとしてきた事を今やっている。 自分の力と不思議な偽りでクリス
チャンたちの希望の基盤を壊し、それに天国に至る狭い小道を照らす太陽を消そうとしてい
る。 「聖書には神様の霊感が入っていない、ただの小説だ」とサタンはこの世の人に信じ込
ませながら、代わりに提案するものは→霊的なしるしだ!
こういう種類のものを独占しているので、サタンはこの世の人を操って、好きなだけ物事を信
じさせる事ができる。 自分と自分の支持者たちを裁く本を喜んで日陰に隠して、そしてこの
世の救い主を普通の人と見せ掛ける。 イエスの墓を見張っていたローマの番人たちが祭司長
たちや長老たちに言わせられた偽りの情報、そのうそを広めたように、この偽りの霊的なしる
しに従う可愛いそうな迷っている人たちは、私たちの救い主の誕生、死、と復活を真似て、
「あれは別に奇跡的ではない」と見せ掛ける。 そして喜んで、イエスを聖書と共に目立たな
いようにする。 それから、自分と自分の不思議な偽りや奇跡の方にこの世の人の関心を引
き、「これらはキリストがやっていた事よりずっと素晴らしい!」と断言する。 こうしてこ
の世の人はわなに掛かり、安心だと思い込んでしまい、その最後の七つの災害が注がれるまで
自分たちはだまされた事の重大さを悟らない。 サタンは、自分の計画が大成功を収め、世の
人が皆わなに掛かっているのを見て、笑う。
伝道者の書9:5、ヨハネ11:1−45、テサロニケ第二2:9−12、黙示録13:3−14を
参照
第31章
貪欲
サタンと彼の天使たちが協議しているところを私は見た。 「特に神様の戒めをみな守り、キ
リストの二回目の現れを期待している人たちにわなを仕掛けよう」とサタンが自分の天使たち
に勧めた。 サタンは彼らに言った、「教会はみな眠っている。 私の力や偽りの不思議を
もっと発揮するから、とりこのままにしておける。 しかし、安息日を守っている宗派が大嫌
いだ。 いつも私たちに不利に働いて、神様の憎い法律を守るために我々の支配下の者を奪っ
ている。
さぁ、行って、お金や土地を持つ人を心配事で酔わせよう。 こうした物事に心が奪われるよ
うになれば、君たちの仕事は成功して、そして彼らはいずれ我々の物になる。 彼らが好きな
ように自分は何様だ、と言っても構わない。 ただ私たちが嫌いな真理の広がりやキリストの
国の成功より、お金の方がもっと大事だと思わせよう。 彼らがこの世を愛し、偶像化するた
め、この世の一番魅力的な面を見せよう。 資産をできるだけこちら側に収めるべきだ。 彼
らに資産が増えるほど私たちの国の傷は大きくなり、支配下の者は奪われる。 彼らが各地で
礼拝会を開く時は危ないので、特にその時に油断するな。 できるだけ気を散らさせ、互いの
愛をぶち壊させよう。 彼らの牧師たちが大嫌いだから、がっかりさせ、落胆させよう。 で
きるだけ多くのもっともらしい理由を示して、資産を持つ者がそれを配らないようにさせよ
う。 お金をコントロールできれば牧師たちを金銭的に困らせ、悩ませる。 これで彼らは気
を落として、熱心ぶりが冷める。 闘え、一歩も譲るな。 彼らの性格を貪欲にし、この世の
宝物に対する執着心が優勢になるように努めよう。 性格がこれらのものに左右される限り、
救いや恵みは後ずさりする。 彼らの周りに注意を引くような物をできるだけたくさん押し付
ければ、絶対に彼らは我々の物になる。 我々の物になるだけではなく、彼らの嫌な影響力は
他人を天国に導くのに向かない。 寄付しようとする人にけちな気持ちを植え付けて、金額を
抑えさせよう。」
サタンが自分の計画をうまく実行した事を私は見た。 神様に仕えている人たちが集会を開く
と、サタンと彼の天使たちは彼らのやる事を知っていたので、その集会の場に居て、神様の働
きを妨げようとした。 更に、サタンは常に神様の民にいろんな事を暗示して、考えさせよう
と努めていた。 ある人をある方向に導き、別の人を別の方向に導く。 サタンはいつも「兄
弟姉妹」の性格の悪いところに付け込んで、彼らの本来の弱点を刺激する。 彼らに元々欲張
りやわがままな傾向があるなら、サタンは喜んで脇に立ち、彼らの陥りやすい罪がその姿を現
すように全力を尽くす。 これらの欲張りやわがままな思いが神様の恵みや真理の光によって
和らいできても、完全に打ち勝たないと、救いの影響を受けていない時にサタンは入ってき
て、すべての生涯の指針である高貴な寛大なところを薄れさせる。 そうすると求められてい
る事が多過ぎると彼らは思って、善い行ないをするのに疲れ、絶望的な苦悩とサタンの力から
受け戻すためにイエスが大きな犠牲を払ってくれた事を完全に忘れてしまう。
サタンは、ユダの欲張りやわがままな性質に付け込み、マリヤがイエスにささげた軟こうに対
してぶつぶつ言うように導いた。 ユダにとって、これは本当にもったいない事だった。 軟
こうを売ったら、その代金を貧乏な人にあげられるのに。 でも彼は貧乏な人の事を気に掛け
ないで、ただイエスに進んでささげられた物はぜいたくだと思っただけであった。 自分の主
の価値を、何枚かの銀貨で売れる程度しか評価しなかった。 「私の主を待っている」と言っ
ている人の中に、ユダのような人がいる事を私は見た。 サタンにコントロールされても、彼
らはそれに気付かない。 神様は、ほんの少しでもの欲張りやわがままなところを賞賛できな
い。 それらを憎み、その気持ちを持っている人の祈りや勧めをも嫌う。 自分の時間が短い
と分かってくるサタンは、彼らをもっと欲張りで、もっとわがままになる方向に導く。 そし
て彼らが自分の事ばかり考えて、わがままやけちになっていく様子を見ているサタンは大変喜
ぶ。 もし彼らの目が開かれたら、自分たちに対して地獄的に勝ち誇って喜んでいるサタンが
見えるようになる。 それに、サタンの勧めを愚かにも受け入れたり、わなに掛かったりして
しまった事でサタンが笑っている様子も見えるようになる。 サタンと彼の天使たちはその人
たちのけちで欲張りな行動をイエスと聖なる天使たちに示して、「彼らはキリストに従ってい
る! 死なないで天国に移るための準備をしている!」と非難する。 サタンは、彼らの逸脱
した行動を書き留め、それらをはっきりと責めている聖句と比べてから天国の天使たちを困ら
せるために見せ、「この人たちはキリストとキリストの言葉に従っている! 彼らはキリスト
の償いや犠牲の成果だ!」とぶつけてやる。 天使たちはうんざりして、その光景から目を逸
らす。 神様は常に自分の民に善を行なうよう求めている。 気前のいい、善い事を行なうの
に飽きてくると、神様も彼らに飽きてしまう。 「神様の民」と言われている人のためにイエ
スは自分の貴い命を惜しまずささげたので、その人に一片のわがままなところが現れたら、神
様は大変不愉快になるのを私は見た。 欲張りで、わがままな人は皆、途中で道から逸れる。
自分の主を売ったユダのように、この世のわずかな益を手に入れようとするうちに生涯の指
針の善いところや高貴で寛大な性質を売ってしまう。 こういう人は皆神様の民からふるい分
けられる。 天国を手に入れたいなら、精一杯に天国の本質を育てなければならない。 そし
て、彼らの魂はわがままな事で薄れていくより、むしろ慈善で膨らむべきである。 互いに善
い事をする機会を利用して、もっと天国の本質に近い状態に成長する必要がある。 イエスは
完璧な模範である事が私に示された。 イエスの人生にわがままなところがなく、公平無私な
慈善が特徴であった。
マルコ14:3−11、ルカ12:15−40、コロサイ3:5−16、ヨハネ第一2:15−17
を参照
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第32章
ふるい分け
ある人たちが強い信仰を持って、苦しそうに叫びながら神様に懇願しているのを私は見た。 心中の闘いが彼らの大変不安そうな青ざめた表情に表れていた。 堅固さや真剣さも表情に表
れ、そして額に大粒の汗が出て落ち続けた。 時々彼らの顔は神様に賞賛されているしるしと
して明るくなってきたが、また前と同じようなまじめで、真剣な心配そうに見える顔付きに
戻った。
悪天使たちはその人たちの周りに群がって、イエスが見えないように自分の暗やみを押し付け
ようとした。 彼らが囲まれている暗やみの方に視線を向けて神様を疑い、ついに神様に対し
て不満をつぶやくに至るのが悪天使たちの狙いだった。 安全な道は視線を上の方に向け続け
るしかない。 神様の民の世話をしている天使たちは、悪天使たちから出た有害な空気がこの
不安だった人たちに押し寄せられると、翼を絶えずはばたき、周りの濃い暗やみを散らし続け
ていた。
でもある人たちが、この苦しそうな叫びや懇願の運動に参加しなかった事を私は見た。 彼ら
は無関心のようで、注意を払っているように見えなかった。 周りの暗やみに抵抗していな
かったので、彼らは濃い雲に取り囲まれてしまった。 すると神様の天使たちは彼らから離
れ、祈りをしている真剣な人たちを手伝いに行った。 全力で悪天使たちに抵抗して、自分を
助けるためにたゆまず神様を頼んでいる人たちを、天使たちがすぐ助けに行ったのを私は見
た。 しかし、天使たちが自分を助けようとしなかった人たちから離れて行ったので、私はそ
ういう人たちを見なくなってしまった。
こう祈っている人たちは真剣に声を出し続けると、時々イエスからの光線に当たった。 当た
ると彼らは元気付けられ、表情が明るくなってきた。
私が見たふるい分けとはどういう事なのか、尋ねる事にした。 すると、これはラオデキア人
への真証人の勧告による真っすぐな証しで起こる事である、と私に示された。 この真っすぐ
な証しは受け入れる人の心に影響を与え、その人が(神様の)基準を高め、真っすぐな真理を
惜しまず伝えるように導く。 でもある人たちはこの真っすぐな証しには我慢できない。 彼
らが真っすぐな証しに対立するので神様の民はふるい分けられる。
真証人の証しの半分も受け入れられていない事を私は見た。 教会の興亡が掛かっている厳粛
な証しは軽視され、ほとんど無視されてきた。 この証しは心からの悔い改めを引き起こさな
ければならない。 そして本当に受け入れる人は皆、それを守って、清められる。
あの天使が私に、「聞いて御覧なさい!」と言った。 するとすぐ、たくさんの楽器の音色が
美しく調和しているような声が聞こえた。 私が今まで聞いた事のある音楽の中でこれは一番
優れていた。 慈悲や同情、それに心を高める聖なる喜びで満ちていて、全身に響き渡った。
あの天使が私に、「見て御覧なさい!」と言った。 そこで私の注意は、先ほど激しくふる
い分けられていた団体の方に向けられた。 先ほど泣いたり、霊の苦しみを感じながら祈った
りしていた人たちの事は再び私に示された。 その周りに護衛する天使の数が倍になった事
と、彼らが頭から足までよろいかぶとに身を固めていた事を私は見た。 彼らは揺るぎなく、
軍団のように隊形をきちんと保ちながら行進した。 その表情には耐えてきた接戦の跡や通っ
てきたきつい苦労が表れていた。 しかし、心中の苦悶が顔に表れても、今やその表情は天国
の明かりや栄光で光っている。 彼らは勝利を得たので、深い感謝の気持ちや聖なる喜びがわ
いてきた。
この団体に属する者の数が減ってきた。 何人かがふるい分けられ、道の脇に取り残されてし
まった。 勝利と救いを得るために我慢強く苦労して、懇願する人たちに加わらず、無関心で
注意を払わなかった人たちは暗やみに残され、勝利と救いを手に入れなかった。 すると直ち
に真理を大事にする人たちが列に加わり、取り残された人の穴を埋めた。 悪天使たちは彼ら
の周りに押し寄せ続けたが、影響を与える事ができなかった。
よろいかぶとを身に着けた人たちが非常に力強く真理を伝えるのを私は聞いた。 それには影
響力があった。 妻たちが主人に縛られていても、子供たちが両親に縛られていても、真理を
聞くのが許されなかった正直な人たちは今、熱心にその真理を聞き入れ、自分の物にした事を
私は見た。 自分の親戚に対する恐れが全部なくなった。 真理だけが大事となって、それは
生命よりも貴重で貴いものだった。 彼らは真理に飢え、渇望していた。 「なぜこんなに変
わってきたのですか」と私が尋ねると、天使のひとりが、「これは後の雨だ。 これこそ主の
居るところから出る元気を付けるもので、第三の天使の大きな叫びである」と答えてくれた。
この選別された人たちには大きな力があった。 あの天使が私に、「見て御覧なさい!」と
言った。 そこで悪い人たちや不信者たちの方に注意を向けた。 彼らはざわめいていた。 なぜなら、神様の民にあった熱心さや力に対して彼らが刺激され、激怒したからである。 混
乱、混乱、四方八方に混乱があった。 神様の光と力を持つ人たちに対する措置が講じられた
のを私は見た。 周りの暗やみが一段と濃くなってきても、彼らは神様に賞賛され、そこに
立って信頼し続けた。 彼らが戸惑っている様子を私は見た。 次に、神様に熱心に助けを求
める叫び声が聞こえた。 昼夜を通して彼らが叫び続けた。 「神様、あなたの心が行なわれ
るように! あなたの名前に栄光を帰す事ができるなら、どうかあなたの民のために逃げ道を
作って下さい! 私たちの周りの異教徒たちから救って下さい! 彼らは私たちを死に定めて
いるが、あなたの腕が私たちを救う事ができる」と彼らが言ったのを私は聞いた。 私が聞い
た言葉の中で、これしか思い出せない。 彼らは自分の価値の無さを深く感じたようで、神様
の心にすべて委ねている事を表した。 しかし皆、一人残らず、熱心に懇願して、ヤコブのよ
うに救助のために苦労していた。
彼らが熱心に叫び始めると天使たちは同情して、すぐにも助けに行こうとしたが、背の高い指
揮官の天使のひとりがそれを許さなかった。 彼が、「神様の心にかなう事はまだ成し遂げら
れていない。 彼らはあの杯から飲まないといけないし、あのバプテスマでバプテスマを受け
なければならない」と言った。
すぐに、私は天と地を揺るがす神様の声が聞こえた。 そして大地震が起こった。 建物は四
方八方に揺り倒された。 その時、強い音楽のような澄んだ勝どきが上がるのを私は聞いた。
つい先程まであんなに苦しんで、縛られていた団体を私は見渡した。 彼らは束縛から解放
され、素晴らしい光を浴びていた。 その時、彼らはどれほど美しく見えたか! 疲れや心配
の跡は全部消えて、皆の表情に健康と美しさが見えた。 そして彼らの敵、その周りにあった
異教徒たちは死んだように倒れた。 彼らは聖なる解放された人たちに当たった光に耐える事
ができなかった。 天の雲の中にいるイエスが見えるまで、この栄光と光は試練を通ってきた
忠実な団体の上にそのままとどまった。 そこで彼らは直ちに、瞬く間に、栄光から栄光へと
移された。 墓が開かれると、不死をまとった聖人たちは死と墓に対して勝どきを上げながら
出て来た。 そして栄光と深みのある音楽のような勝利の叫びがすべての不死の舌、すべての
聖化された聖なる口から出ながら、彼らは自分の主に会うために生きている聖人たちと一緒に
空の方に引き上げられた。
詩篇86章、ホセア6:3、ハガイ:2:21−23、マタイ10:35−39、20:23、エペ
ソ6:10−18、テサロニケ第一4:14−18、黙示録3:14−22を参照
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第33章
バビロンの罪
私は、「各教会が堕落した」と第二の天使が告げた時から、それらの教会の状態を見た。 彼
らの堕落ぶりはひどくなってきているのに、まだ、「キリストの信者」という名前を持ってい
る。 この世の人と彼らと区別するのはまったく不可能である。 その牧師たちは神様の言葉
を引用するが、口先だけのうまい話を説いている。 生まれ付きの心はこれに反対しない。 そういう心は真理の精神と力、それにキリストによる救いだけを嫌う。 一般の人気のある牧
師の話にはサタンを怒らせたり、罪人を震わせたり、迫り来る恐ろしい裁きの事実に心と良心
を向けさせたりするところはない。 だいたい、悪い人たちは真の信心の事より、その形式を
持つ宗教を好んで、それを手伝って支持する。 あの天使が、「暗やみの支配者たちに勝利を
収め、継続するには義のよろいかぶとに身を固めるしかない」と言った。 サタンは各教会を
丸ごと自分の物にしている。 神様の言葉のはっきりとした鋭い真理よりも、人間の言行が注
目されている。 あの天使が、「世の友情と心は神様に敵対している」と言った。 イエスに
ある力のある質素な真理が世の精神に当たると、たちまち迫害心は呼び起こされる。 多く、
本当に多くの「クリスチャン」と呼ばれている人は神様を知った事がない。 心の性質は変
わっていないし、俗の考えもまだ神様に敵対している。 彼らは別の名前を取ったにもかかわ
らず、忠実にサタンに仕えている。
イエスが天国の聖所の聖なる部屋を出て、二番目の幕を通って向こうに入ってから、各教会は
ユダヤ人のように残され、「あらゆる汚された憎むべき鳥」でいっぱいになってきているのを
私は見た。 非常に重大な不正やひどい邪悪が各教会にあるのに、彼らがまだ、「クリスチャ
ンだ」と自称している事をも見た。 彼らの言う事、祈り、や勧める事が神様の目には忌まわ
しいものと見なされている。 あの天使が、「彼らの集会で神様は香りをかがない」と言っ
た。 良心の呵責を感じない彼らは、詐欺を働いたり、うそをついたり、利己的な事をしたり
する。 そして、これらの質の悪いところに「宗教」という覆いを被せる。 口先ばかりの各
教会の高慢さは私に示された。 彼らの俗な考えには神様の事がなく、むしろ自分の事でいっ
ぱいになっている。 哀れな、いずれ死ぬ体を飾って、満足そうに快く自分を眺める。 イエ
スと天使たちは怒りの目で彼らを眺めた。 あの天使が、「彼らの罪と高慢は天国に届いてい
る」と言った。 彼らの受ける分は用意されている。 正義と裁きは長く眠ってきたが、もう
すぐ目覚める。 「復しゅうは私のする事である。 私自身が報復する」と主は言う。 第三
の天使の恐ろしい警告が成就される。 そして彼らは神様の怒りを飲む事になる。 数え切れ
ないほどの悪天使は全地に広がっている。 各教会や各宗教団体はこの悪天使たちでいっぱい
になっている。 そこで悪天使たちは大変喜んでこれらの宗教団体を見る。 それは、「宗
教」という覆いが重大な不正や犯罪を隠しているからである。
神様によって造られたもの・人間・が一番低い位に落とされ、けだもの同然の扱いを同胞の人
間にされる様子を見て、天国にいる者は皆憤慨する。 人間の災いを目撃するたびに心を痛め
た、その愛しい救い主に「従っている」と自称する人は、奴隷や人間の魂の売買という極めて
重大な罪に快く加わってしまう。 天使たちはその一切を記録して、あの本に残した。 信心
深い男奴隷、女奴隷、その父、母、子供、兄弟、や姉妹の涙はみな天国に詰めてある。 苦
悶、人間の苦悶はあちこち運ばれ、売買されている。 神様は抑えている怒りをもうすぐ発す
る。 自分の怒りはこの国に対して、そして特にこのひどい取引を認めたばかりではなく、自
ら進んで参加した宗教団体に対して燃えている。 こんなひどい不正や圧制、苦しみなどを目
撃しても、「腰の低いおとなしいイエスに従っている」と自称する人の多くは無情にも、気に
しない。 そのうちの多くは、こんな言い表せないほどの苦しみを憎しみいっぱいで自分自身
で与え、満足しながら、ずうずうしくも神様を礼拝する。 これはサタンが大変喜ぶ厳粛なあ
ざけりである。 彼はこの矛盾を持ち出して、地獄的に意気揚々とイエスとイエスの天使たち
を非難して、「キリストに従っているのは、こんなやつらだ!」と言う。
これらの「クリスチャン」と呼ばれる人たちが殉教者の苦しみの話を読むと、頬には涙がつた
う。 「人間が、同じ人間である者に対してそんなに無慈悲にも冷酷な事ができるなんて」と
彼らは不思議そうに考えながら、同胞の人間を奴隷にする。 そればかりではない。 自然の
絆を切って、日ごとに同胞の人間を冷酷に抑圧する。 彼らが与える絶え間ない無慈悲な拷問
は、異教徒やカトリック教徒たちがキリストの信者に与えた残忍な行為に匹敵する。 あの天
使が、「神様の判決が実施される日に、異教徒やカトリック教徒たちの刑罰はこういう人たち
の受ける分ほどひどくはない」と言った。 圧迫されている者の苦しみや叫びはもう既に天国
に届いている。 人間が自分の創造者の形に造られているのに、その同胞の人間を言い表せな
いほどの冷酷なひどい苦しみに会わせる事に対して天使たちはあっけに取られる。 あの天使
が、「こういう人たちの名前は血で書かれ、その上に取り消し線が引かれ、そして燃えるよう
な悲痛の涙であふれている。 神様が光を持つ国に自分の激怒を飲み尽くさせ、そしてバビロ
ンに倍の報復を与えるまで、その怒りは止まらない。 『彼女が支払ったものをそのまま彼女
に返し、彼女の行ないに応じて二倍にして戻しなさい。 彼女が混ぜ合わせた杯の中には、彼
女のために二倍の量を混ぜ合わせなさい』」と命じた。
無知のままにさせておいた奴隷の魂の責任は主人にある事を私は見た。 その奴隷が犯す罪は
みな主人に科せられる。 神様と聖書について何も知らないで、ただ主人のむちだけを恐れ、
主人の畜生さえより位が低く、無知のままに置かれてきた奴隷を神様は天国に連れて行く事が
できない。 でも哀れみ深い神様はその奴隷に一番いい事をしてあげる。 そういう奴隷は存
在しなかった扱いを受けるに対して、その主人は最後の七つの災害の苦しみを受けなければな
らない上、第二の復活によみがえって、第二のすさまじい死を味わわなければならない。 そ
れで神様の怒りはなだめられる。
アモス5:21、ローマ12:19、黙示録14:9−10、18:6を参照
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第34章
大きな叫び
天国で天使たちが急いで行ったり来たりしている様子を私は見た。 彼らは大事な何かを成し
遂げるために準備をして、地球に下りたり、天国に昇ったりしていた。 次に、第三の天使の
声と合わせ、彼のメッセージに力と説得力を付け加えるために、もうひとりの力強い天使が地
球に下りるよう、任命された事を私は見た。 非常に強い力と栄光がこの天使に与えられた。
そして彼が下りると、地球はその栄光で明るくなってきた。 彼が力強く声を張り上げて、
「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。 そして、それは悪魔の住む所、あらゆる汚れた霊の
巣くつ、また、あらゆる汚れた憎むべき鳥の巣くつとなった」と叫んだ。 すると、この天使
の前と後ろに放たれていた明かりは至る所を貫いて光った。 第二の天使が、「バビロンは倒
れた」と告げたメッセージは再び告げられる。 更に、1844年の時から各教会に入ってきた不
正も告げられる。 この天使の働きはちょうど良い時期に始まり、第三の天使のメッセージが
大きな叫びになって、偉大な最後の運動に発展する時に加わる。 至る所に神様の民は、もう
すぐ直面する「試みの時期」に耐えられるように備えられる。 彼らがまぶしい光に覆われる
のを私は見た。 そして彼らはそのメッセージに加わり、大胆に力強く第三の天使のメッセー
ジを宣言した。
天国からの力強い天使を手伝うために天使たちは派遣された。 すると至る所に、「私の民
よ。 彼女から離れ去って、その罪にあずからないようにし、その災害に巻き込まれないよう
にせよ。 彼女の罪は積り積もって天に達しており、神はその不義の行ないを覚えておられ
る」という声が聞こえた。 このメッセージは第三のメッセージの追加のようで、「真夜中の
叫び」が1844年に第二の天使のメッセージに加わったように、このメッセージが第三のメッセ
ージに加わった。 忍耐強く待っている聖人たちは、神様の栄光に覆われながら重大な最後の
警告、「バビロンは倒れた」を大胆に宣言して、そして神様の民がバビロンのひどい破滅を逃
れるためにそこから出るよう呼び掛けた。
待っている人たちに当たった明かりは、どこをも貫いて光った。 そして各教会に光をいくら
か持って、三つのメッセージをまだ聞いていない、拒否しなかった人たちはその呼び掛けに応
じて、堕落してしまった各教会から離れた。 これらのメッセージが伝えられてから多くの人
は分別のつく年齢になってきたので、光に当たると命か死かを選ぶ特権が与えられた。 ある
人は命を選び、自分の主を首を長くして待って、主の戒めをみな守っている人たちと肩を並べ
る事にした。 第三のメッセージが役割を果たして、皆がそのメッセージで試され、そして貴
重な人たちは各宗教団体から出て来るよう呼び掛けられる事になる。 抵抗できない力に正直
な者の心は動かされる。 同時に、親戚や友達は神様の力の現れで怖くなり、聖霊の働きを感
じる者をじゃましようと思っても、あえて実行するほどの力や勇気がない。 最後の呼び掛け
は哀れな奴隷たちにまで届く。 そして彼らの中の信心深い者は、へりくだった表現で、救い
への幸せな望みをあふれんばかりの喜びで歌う。 あっけに取られ、恐れた主人たちはただ
黙って、彼らをやめさせる事ができない。 著しい奇跡が行なわれ、病人はいやされ、そして
信者たちにしるしや不思議な出来事が付いてくる。 神様はこの働きと共にいるので聖人は
皆、どんな結果になろうとも、自分の良心の信念に従って神様の戒めをみな守っている人たち
に加わる。 それで彼らは第三のメッセージを力強く広める。 第三のメッセージの終わりご
ろに伴う力と説得力は「真夜中の叫び」をずっと上回る事を私は見た。
神様に仕える人たちは力を上から授かり、顔が聖なる献身さで輝きながら働きをやり遂げるた
めに出て行って、天国からのメッセージを宣言した。 すべての宗教団体に点在する貴重な人
たちはその呼び掛けに応じ、ソドム市の破壊の前にロトが連れ出されたように、破滅する運命
づけられている各教会の中から急いで連れ出された。 豊かに降りてきた素晴らしい栄光に
よって神様の民は元気づけられ、「試みの時期」に耐えられる準備ができた。 至る所でたく
さんの声が、「ここに、神の戒めを守り、イエスを信じる信仰を持ちつづける聖徒の忍耐があ
る」と言っているのが聞こえた。
創世記19章、黙示録14:12、18:2−5を参照
35章 第三のメッセージの終わり ヘ進む
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第35章
第三のメッセージの終わり
第三の天使のメッセージが終わろうとした未来の事が私に示された。 神様の力が自分の民の
上を覆っていた。 彼らはそれぞれの働きをやり遂げ、そして目前に控えた試練の準備ができ
た。 更に「後の雨」つまり、「主の居るところからの元気」を受けたので、生きている証し
が再び現れた。 偉大な最後の警告が至る所に告げられた。 地球の住民の中でそのメッセー
ジを受け入れようとしなかった者はそれに扇動され、激怒した。
天国で天使たちが急いで行ったり来たりしている様子を私は見た。 脇に角製のインク入れを
付けていた天使のひとりが地球から帰って来て、イエスに自分の働きは終わった事、そして聖
人たちは皆数えられ、印が押されている事を報告した。 すると、十戒が入っている契約の箱
の前で務めていたイエスが吊り香炉を投げ落とし、手を上の方に差し伸べながら大声で、「完
了した!」と言った様子を私は見た。 そこでイエスが厳粛に、「不義な者はさらに不義を行
ない、汚れた者はさらに汚れたことを行ない、義なる者はさらに義を行ない、聖なる者はさら
に聖なることを行なうままにさせよ」と宣告した時、天使は皆それぞれの冠を脱いだ。
その時に「生」か「死」か、すべての(人間の)判決が下ったのを私は見た。 イエスは既に
自分の国の民の罪を完全に消しておいて、自分の王国を受け取っていた。 その王国の住民の
ためのあがないはもう完成された。 イエスがまだ聖所で務めている間、死んだ義人の裁判の
後、生きている義人の裁判が行なわれていた。 王国の住民は構成され、「小羊」の結婚式は
終わった。 そしてその王国、全天下の王国の偉大さはイエスと救いの相続者たちに与えられ
た。 そこでイエスは王の王、主の主として治世する。
イエスが至聖所から出ると服に付いた鈴がちりんちりんと鳴った音を私は聞いて、そして暗い
雲が地球の住民を覆った。 有罪の人間と怒った神様との間には仲裁者が居なくなった。 イ
エスが有罪な人間と神様との間に立っていた時、彼らにはまだ抑えが効いていたが、人間と父
なる神様との間からイエスが一歩出るとその抑えは効かなくなり、サタンが人間を支配する事
になった。 イエスが聖所で職務を行なう限り災害が注がれる事は不可能だが、その職務を完
了して、仲裁を終えると神様の怒りを阻止するものは全部なくなる。 そこで訓戒を嫌って、
救いを軽視してきた有罪な人たちの無防備な頭上にその怒りが猛烈に降りかかってくる。 イ
エスの仲裁が終わってから聖人たちは、その恐ろしい時に仲裁者なしで聖なる神様の視界内に
生きていた。 すべての判決が下って、すべての宝石が数えられていた。 天国の聖所の外の
方の部屋でイエスはしばらくの間とどまって、至聖所に入っていた間に告白された罪を、罪の
元祖であるデビルに戻した。 彼はこれらの罪の罰を受けなければならない。
次に、イエスが祭司の服を脱いで、一番王様らしいローブを身に着ける様子を私は見た。 多
くの冠、冠の内側にまた冠がイエスの頭に載っていた。 そしてイエスは天使の大勢に囲まれ
ながら天国から出て行った。 地球の住民に災害が降りかかっていた。 ある人たちは神様を
非難したり、ののしったりしていた。 他の人は神様の民にどっと押し寄せ、どうすれば神様
の裁きの判決を逃れる事ができるかを教えてくれるよう懇願した。 しかし、聖人たちは彼ら
のために何も持っていなかった。 罪人のための最後の涙は既に流され、最後の苦しい祈りは
ささげられ、そして最後の重荷はもう既に負われていた。 「慈悲」の快い声はもう彼らを誘
わない。 警告の終止符はもう打たれていた。 聖人たちや天国にいる者が皆彼らの救いに関
心を持っていた時、彼らは自分自身の救いに関心を持っていなかった。 「生」か「死」、と
いう選択肢が彼らの前に置かれていた。 多くの人は「生」が欲しかったが、手に入れるため
の努力を惜しんだ。 彼らが「生」を選ばなかった。 そして今、罪人を清めるあがないの血
はもうない。 「容赦して、罪人をもう少し、もう少しの間赦して下さい」と彼らのために懇
願する哀れみ深い救い主はもう居ない。 天国にいる者は皆、「もう終わった。 完了した」
という恐ろしい言葉を聞いて、イエスと一致団結していた。 救いの計画が成し遂げられた。
でもその計画を受け入れた者はわずかしかなかった。 そして、慈悲の快い声が聞こえなく
なると受け入れなかった者は恐怖に襲われた。 そこで彼らは、「遅すぎる!遅すぎる!」と
いうのが恐ろしく明確に聞こえる。
神様の言葉を大事にしなかった人たちは急いで行ったり来たりしていた。 彼らは主の言葉を
求め、海から海へ、北から東へと探し回った。 あの天使が、「その言葉は見付からない。 地にききんがある。 これは食料不足ではなく、水不足でもない。 これは主の言葉を耳にす
る不足である」と言った。 彼らはどれほど、「よくやった」と神様からの一言を聞きたがる
事か! しかし、彼らは飢え、渇き続けなければならない。 来る日も来る日も彼らは救いを
軽視しながら、天国からのどんな勧めや富よりもこの世の快楽や富を大事にしてきた。 イエ
スの聖人たちを軽蔑した上、イエスをも拒んできた。 汚れている者は永久に汚れたままでい
なければならない。
災害の影響を受けた悪い人たちのほとんどは激怒した。 それはひどく苦しい光景だった。 親は子供をさんざん責めたり、子供は親を責めたり、兄弟は姉妹を、姉妹は兄弟を責め合った
りしていた。 四方八方に、「このひどい時期から助けてくれたはずの真理を拒んだのは、お
まえのせいだ!」という号泣が聞こえた。 人々は憎しみに満ちて牧師たちに向かって、「私
たちに警告しなかった。 おまえらは、全人類が改宗すると言ったじゃないか。 気になった
ら、『大丈夫、平和だ』と大声で言ってたやろう? この時期について何も言ってくれなかっ
たし、警告してくれた人たちの事を、『悪いやつらだ。 その狂信者のやつらは私たちを台無
しにしようとしている』と言いやがったじゃないか」と彼らを責めた。 でも牧師たちが神様
の怒りを逃れなかった事を私は見た。 受ける苦しみは彼らの管理下の人たちが受ける苦しみ
より十倍もひどかった。
エゼキエル9:2−11、ダニエル7:27、ホセア6:3、アモス8:11−13、黙示録16
章、17:14を参照
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第36章
ヤコブの苦難の時期
聖人たちが町や村から出て、小さなグループを作り、本当にへんぴな所で共同生活を送ってい
る様子を私は見た。 天使たちが彼らに食事と水を与えたが、悪い人たちは飢えたり渇いたり
して、苦しんでいた。 次に、世界の権力者が協議して、その周りにサタンと彼の天使たちが
慌しく動き回っている様子とある文書を私は見た。 その文書がコピーされ、地のいろんな所
に配布された。 それによると聖人たちが独特な信仰を捨て、安息日をあきらめ、週の初めの
日を守らないなら、実行日がくると彼らを殺しても良い、と命じられていた。 しかし、この
時に聖人たちは神様を信頼していて、「逃げる道は用意される」という約束を頼りにしたの
で、冷静沈着であった。 ところどころにその文書が施行される前に、悪い人たちは聖人たち
にどっと押し寄せ、殺そうとした。 でも兵士の姿をした天使たちが彼らのために戦った。 サタンがいと高き者の聖人たちを滅ぼす特権を手に入れたかったが、イエスは彼らを守るよ
う、自分の天使たちに命じた。 周りの異教徒たちの目の前で神様の法律を守り切った人たち
と契約を結ぶ事によって神様は名誉を受ける。 それにイエスも、自分がやって来るのをあん
なに首を長くして待ってきた忠実な人たちを、生きているままで天国に移してあげる事によっ
て名誉を受ける。
すぐ、聖人たちが精神的に大変苦しんでいる様子を私は見た。 彼らは地球の悪い人たちに囲
まれていたようで、形勢は彼らに不利のようだった。 何人かが、「とうとう神様に捨てら
れ、悪い人たちに殺されるかも知れない」と心配し始めた。 でももし目が開けられたら、彼
らは神様の天使たちに囲まれている様子を見る事ができたはず。 怒った悪群集が次にやって
来て、その次に聖人たちを殺すようせき立てている悪天使たちの大勢があった。 しかし、接
近しようとすると、まずこの力強い聖なる天使の部隊を通らなければならない。 これは不可
能であった。 神様の天使たちは彼らを退却させ、その周りで彼らをせき立てている悪天使た
ちをも退却させていた。 聖人たちはこの時期を大変恐ろしく、苦しく感じた。 昼夜神様の
助けを求め、叫び続けたが、形勢で判断したら、彼らに逃げる道はまったくなさそうだった。
悪い人たちは早くも勝ち誇って、「なぜおまえらの神は我々の手から救ってくれないか? 上に昇って、自分で命を救ったらどうだ?」と叫んでいた。 でも聖人たちは耳を貸さなかっ
た。 彼らはヤコブのように神様と格闘していた。 天使たちは心から彼らを救いたがってい
たが、彼らはあの杯から飲まなければならないし、あのバプテスマを受けなければならないの
で、もう少し待つ必要があった。 それで天使たちは責任を忠実に果たして、見守っていた。
神様が自分のすさまじい力を発揮して、聖人たちを見事に救い出す時が迫っていた。 異教
徒たちの間で自分の名前が恥辱される事は許されない。 自分の名前の栄光のために神様は、
名前があの本に書かれて忍耐強く待つ人を皆救い出してあげる。
時代をさかのぼって、忠実なノアの事が私に示された。 雨が降って、洪水が起こった。 ノ
アとその家族は既に箱舟に入っていて、神様によって(扉が)閉められていた。 古代の地球
の住民に軽蔑され、バカにされながらも、ノアは忠実に警告していた。 そして水が地面に
降って来ると彼らは次々とおぼれ死んで行った。 その時、彼らはあんなにバカにしていた船
が安全に水の上に乗って、忠実なノアとその家族を守っているのを見た。 同じように、「神
様の怒りは間近だ」と世の人に警告していた神様の民も救われる事を私は見た。 忠実に地球
の住民に警告して、生きたまま天国に移される事を期待している上、獣のしるしを受けず、獣
の法令に服従しなかった人たちが悪い人たちに殺されるのを神様は許さない。 もし悪い人た
ちが聖人たちを殺すのが許されたとしたら、神様を嫌う人たち、それにサタンと悪天使たちは
皆満足してしまう事を私は見た。 最後の戦いに愛している者を見ようと首を長く、長くして
きた人たちに対して力を振る事ができたら、悪魔大王様はどれほど勝ち誇るだろう! 「聖人
たちは上に昇る」という考えをあざ笑ってきた人たちは、神様が自分の民の世話をして、見事
に救い出すのを目撃する事になる。
聖人たちは町や村から出て行くと悪い人たちに追い掛けられた。 剣を持ち上げ、聖人たちを
殺そうとしたが、持っていた剣がわらのように力無く折れて落ちてしまった。 聖人たちは神
様の天使たちに保護されていた。 そして、彼らの昼夜ずっと救いを求め続ける叫びは神様の
居るところに届いた。
創世記6−7章、創世記32:24−28、詩篇91章、マタイ20:23、黙示録13:11−1
7を参照
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第37章
聖人たちの救出
神様は自分の民を真夜中に救い出す事にした。 周りで悪い人たちが彼らをバカにしている
と、突然、太陽はギラギラ光りながら出て、そして月は止まった。 悪い人たちは唖然とこの
光景を眺めた。 次々にしるしや不思議な出来事が起こって、あらゆるものが自然のなりゆき
から覆されたようだった。 聖人たちはこれらの救出のしるしを厳粛な喜びで眺めた。
小川が流れなくなった。 重そうな暗い雲々が現れて、ぶつかり合った。 しかし、ひとつだ
け澄みきって安定したところから栄光が差していた。 そこから大水のとどろきのように聞こ
える神様の声が出て、天地を揺るがした。 そして大地震が起こった。 墓が揺れ開かれたの
で第三の天使のメッセージを信じ、安息日を守っていた人たちは、神様が自分の戒めを守って
きた人たちと結ぼうとしていた平和の契約を聞くために栄光を受けたまま、ちりの寝床から出
て来た。
空は開いたり閉まったり動揺していた。 山々は風になびく草のように震え、あちこちにごつ
ごつした岩を吐き出した。 海はまるで煮えたぎる鍋のように陸に岩を吹き出した。 神様が
イエスのやって来る日にちと時刻を告げ、自分の民に永遠の契約を伝えた時に一句を言って、
その言葉が地球の至る所を駆け巡っている間、ちょっと間をとった。 神様のイスラエルは
じっと上を見つめながら立って、エホバの口から出て地球を駆け巡る大きな雷のような言葉を
聞いていた。 これは大変荘厳なものだった。 告げられる一句一句が終わる度に聖人たち
は、「栄光! ハレルヤ!」と叫んだ。 彼らの表情が神様の栄光で明るくなり、顔は、モー
セがシナイ山から下りた時の顔と同じように輝いていた。 あまりの栄光で悪い人たちは見て
いられなかった。 そして安息日を守ることで神様に栄光を帰した人たちに終わりのない、永
遠の祝福が下った時、獣と獣の像に対して力強い勝ちどきが上がった。
それからヨベルが始まり、土地は休める事になる。 敬虔な奴隷が勝ち誇って勝利を得、縛ら
れていた鎖を払い落とすのを私は見た。 でも、その奴隷の悪い主人はどうしたら良いのか分
からず、参ってしまった。 なぜなら、悪い人たちは神様の言う事を理解できなかったからで
ある。 そしてすぐ、あの大きな白い雲が現れ、そこに「人の子」が座っていた。
遠く現れた時にこの雲がとても小さく見えた。 あの天使が、「これは人の子のしるしだ」と
言った。 その雲が地球に近付くと私たちは、勝利を得るために乗っているイエスの素晴らし
い威厳と栄光が見えてきた。 頭にキラキラ輝く冠をかぶっていた聖なる天使たちがイエスに
付き添っていた。 その光景の素晴らしさは言葉では言い表せない。 比類のない栄光で威厳
のある生きた雲が更に近付いて来るとイエスの立派な姿がはっきりと見えてきた。 いばらの
冠をかぶらないで、その聖なる額は栄光の冠で飾られていた。 イエスの服と太ももに、「王
の王、主の主」という名前が書かれていた。 イエスの目は炎のようで、足は精錬されたしん
ちゅうのように見え、そして声は多くの楽器のように聞こえた。 イエスの表情は真昼の太陽
のように輝いていた。 地球はイエスの前で震え、「天は巻物が巻かれるように消えていき、
すべての山と島とはその場所から移されてしまった。 地の王たち、高官、千卒長、富める
者、勇者、奴隷、自由人らはみな、洞穴や山の岩かげに身を隠した。 そして、山と岩とに向
かって言った、『さぁ、我々を覆って、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りとから、かく
まってくれ。 御怒りの大いなる日が、既にきたのだ。 誰が、その前に立つ事ができよう
か』」。
ちょっと前に神様の忠実な子供たちを地球から消そうとした人たちは、神様の栄光が彼らを覆
う事を目撃しなければならなかった。 彼らの栄光を受けた姿を。 恐ろしい光景の中で聖人
たちが、「見よ、これは我々の神である。 私たちは彼を待ち望んだ。 彼は私たちを救われ
る」と喜んで言う声を、彼らを消そうとした人たちは聞いていた。 神様の息子が眠っている
聖人たちを呼び起こすと地球は大きく揺れた。 彼らはその呼び掛けに応じ、素晴らしい不死
をまとったまま出て来て、そして死と墓に対して、「勝利だ! 勝ったぞ!」と叫んだ。 「死よ、おまえのとげはどこにあるのか。 墓よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。」 そ
の時、生きている聖人たちとよみがえった聖人たちは声を合わせて長い勝ちどきを上げた。 病気で墓に下った体は永遠の元気と健康を受けて出てきた。 そして生きている聖人たちは瞬
く間に、一瞬にして変えられ、よみがえった聖人たちと共に上の方に引き上げられた。 こう
して一緒に空中で彼らの主に会う。 あぁ、これは何と素晴らしい顔合わせになるだろう! 死で離れ離れになってしまった友達が再会して、もう二度と離れる事はない。
雲車の両側に翼があって、その下に生きている車輪があった。 雲車が上の方に走りながらそ
の車輪は、「聖なる!」と大声で言い、翼は動く度に、「聖なる!」と大声で言った。 それ
に雲の周りにいる付き添いの天使たちも、「聖なる! 聖なる! 聖なる! 全能の主、神様
よ!」と大声で言った。 雲の中にいる聖人たちも、「栄光! ハレルヤ!」と大声で言っ
た。 このようにして雲車は上の聖なる都の方に走り続けた。 聖なる都に入る前に聖人たち
は、イエスを中心にした正方形を作って、立った。 イエスは聖人たちと天使たちより頭と肩
とだけ背が高かった。 その正方形にいる者は皆、イエスの威厳のある姿と立派な表情を見る
ことができた。
列王記下2:11、イザヤ25:9、コリント第一15:51−55、テサロニケ第一4:13−1
7、黙示録1:13−16、6:14−17、19:16を参照
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第38章
聖人たちの報い
次に、都からおびただしい数の天使が、素晴らしい冠を持って来る事を私は見た。 それぞれ
の聖人のために冠があって、各冠にはその聖人の名前が書かれていた。 そしてイエスが冠を
持って来るよう命じると、天使たちはそれらを渡した。 すると愛しいイエスは自分の右手で
聖人たちの頭の上に冠を載せた。 同じように天使たちがハープを持って来て、そしてイエス
はハープをも聖人たちに渡した。 指揮官の天使たちが最初の音を出すと皆は声を合わせて、
幸せと感謝をこもった歌で賛美した。 すべての手は上手にハープの弦をさっとなでて、完璧
な調子で美しいメロディーの音楽を作った。 次にイエスが償われた団体を都の門まで案内す
る様子を私は見た。 イエスはキラキラ光るちょうつがいで動く門をしっかりつかんで、力強
く開け、そして真理を守ってきた諸国の人たちに入るよう言った。 都にあるものはみな目を
楽しませるものばかりだった。 彼らはどこに目をやっても素晴らしいものが見えた。 その
時イエスは、栄光で表情が光って償われた聖人たちを見渡した。 そして優しい目付きで彼ら
を見つめ、深みのある音楽のような声で、「私の魂の労苦の結果を見て、満足する。 この素
晴らしい栄光を永遠に楽しんでも良い。 あなたたちの悲しみはもう終わった。 もはや死は
なく、悲しみも、泣きも、痛みもない」と言った。 償われた大勢はひれ伏して、それぞれの
キラキラする冠をイエスの足元に投げ落としたのを私は見た。 イエスの美しい手で引き起こ
されると彼らはハープを持って、小羊への歌や音楽で天国を満たした。
次に私は、償われた大勢を命の木の方へ案内しているイエスを見た。 そしてもう一度、今ま
で人間の耳に入ったどんな音楽よりも深みのある美しい声でイエスが、「この木の葉は諸国民
をいやすためのものである。 全部食べなさい」と言うのを私たちは聞いた。 命の木には聖
人たちが好きなだけ食べられる美しい実があった。 都に大変素晴らしい王座があって、その
下から水晶のような澄んだ命の水の川が湧いて流れた。 この「命の川」の両端に「命の木」
があった。 川のほとりに、食べるに良い果実をつける美しい木々があった。 天国の様子を
説明するには言葉というものは全く物足りない手段である。 その光景が私の前に現れてくる
と夢中になって、うっとりしてしまう。 その壮麗さや素晴らしい栄光のあまりで私はただペ
ンを置いて、「あぁ、何という愛か! 何という素晴らしい愛か!」と感嘆するしかない。 一番格調高い言い回しを使っても、天国の素晴らしさや救い主の比類のない愛の深さを説明す
る事はできない。
イザヤ53:11、黙示録21:4、22:1−2を参照
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第39章
地球の荒廃
次に、私は地球を見た。 悪い人たちが死んで、そのしかばねは地面に横たわっていた。 「最後の七つの災害」で地球の住民は神様の怒りに苦しめられた。 苦痛のあまり、自分の舌
をかじって、神様をのろっていた。 偽りの牧者たちは特に神様の怒りの的となった。 立っ
たまま、彼らの目玉がその穴の中で溶け、舌が口の中で溶けていた。 聖人たちが神様の声で
救い出されてから、悪大衆の怒りは互いに向けられていた。 地球は血の洪水のようになり、
そして果てから果てまでしかばねがあった。
地球は荒廃を極める状態であった。 都市や村々はあの地震によって崩れ落ち、がれきの山と
なった。 山々はあった場所から移され、大きな洞穴を残した。 海はごつごつした岩を地面
に吹き出して、そして土の中から岩が抜き取られ、地面の至る所に散らばっていた。 地球は
荒れ果てた荒野のように見えた。 大きな木は根こそぎにされ、地面に散らばっていた。 こ
こはサタンと彼の悪天使たちが1,000年間住む場所である。 彼らはここで拘束され、凸凹の地
面をあちこちさまよいながらサタンが神様の法律に反抗した結果を見る事になる。 サタン
は、自分がもたらした呪いの結果を1,000年間も楽しめる。 彼は地球に拘束されるので他の惑
星に行ったり来たりして、堕落していない者を困らせたり、誘惑したりする特権は与えられな
い。 この期間中サタンは本当に苦しむ。 彼が堕落してから自分の性質の悪いところは常に
働かされてきた。 でもその時、自分の権力が発揮できないので、堕落してから果たしてきた
役割を顧みる。 自分のやってきた悪い事と犯させた罪をみなのために苦しみや罰を受けなけ
ればならないという恐ろしい未来の事について、サタンはびくびくおびえながら考える。
次に天使たちと償われた聖人たちから一万個の楽器のように聞こえる勝ちどきが上がるのを私
は聞こえた。 それは彼らが、もうデビルによって困る事も、誘惑に会う事もない上、地球以
外の世界の住民もデビルの存在や誘惑から救い出されたからである。
次に私は王座を見た。 それらの王座にイエスと償われた聖人たちが座り、その聖人たちは神
様の前で王様と祭司として支配した。 死んだ悪い者たちの行為が法令書、つまり神様の言葉
と比べられ、そして彼らは肉体でやった事で裁かれた。 イエスは聖人たちと一緒に、悪い者
たちがそれぞれの行為に応じて味わわなければならない苦しみの量を与え、それを「死の書」
という本の、彼らの名前の欄に書いた。 サタンと彼の天使たちもイエスと聖人たちによって
裁かれた。 サタンの受ける罰は彼がだました者たちの罰よりはるかに重い事になる。 彼ら
が受ける罰と比べものにならないほど重い。 自分がだました者が皆死んでも、サタンははる
かに長く生き続け、苦しめられる事になる。
悪い死者たちの裁きがその1,000年で終わってからイエスは都から出て行った。 そして天使た
ちは列を作って、聖人たちと一緒にイエスに付いて行った。 イエスは巨大な山の上に下り
た。 足が山に触れるなり、山は真っ二つに裂け、広大な平原になった。 次に私たちは視線
を上の方に向け、十二の土台と十二の門、各側に門が三つずつあり、それに各門に天使がいる
大いなる美しい都が見えた。 そこで、「都だ! その大いなる都は神様の元から出て来てい
る!」と叫んだ。 そしてキラキラ輝いた華麗な都はイエスに用意された大平原に下りて、着
地した。
ゼカリヤ14:4−12、黙示録20:2−6、20:12、21:10−27を参照
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第40章
第二の復活
次に、イエスと償われた聖人と付き添いの聖なる天使は皆、都から出て行った。 聖なる天使
たちはイエスを囲んで護衛して、そして償われた聖人たちは列を作って付いて行った。 その
時、大変恐ろしい威厳を持って、イエスは死んだ悪い者たちを呼び起こした。 すると彼らは
墓に入った時と同じような弱々しく、元気のない体で上って来た。 何という有様か! 何と
いう光景なのか! 第一の復活の時に皆は不死盛りのままで出て来たが、第二の際、皆に呪い
の影響が見える。 この世の王様や貴族たちは卑劣な者や身分の低い者たちと、教養のある者
とそうでない者と一緒に出て来る。 そして皆は人の子を見る。 イエスを軽蔑したりバカに
したりして、葦で打ち、イエスの神聖な額にいばらの冠を載せた人たち、正にその人たちはイ
エスの王様らしい威厳のある姿を見る。 裁判の場でイエスにつばを吐き掛けた人たちは今、
イエスの射るような眼差しや、表情の栄光から顔を背けようとする。 イエスの手と足に釘を
打った人たちは今、はりつけの跡を見る。 イエスの脇にやりを突き刺した人たちは自分の残
酷な行為の跡を見る。 そこで自分たちがはりつけて、息を引き取った苦しい時にあざけった
者が正にこの者であると分かる。 そして彼らが王の王、主の主の前から逃げようとする時、
長い苦しいわめき声は上がる。
昔軽蔑していた者の恐ろしい栄光から身を守るため、皆は岩の陰に隠そうとしている。 イエ
スの威厳と優れた栄光のあまり、皆は苦しんで、圧倒される。 そこで皆は一斉に声を上げ
て、恐ろしくはっきりと、「主の名前によって来る者に祝福あれ」と叫ぶ。
次に、聖人は皆イエスと聖なる天使たちと一緒に都に戻る。 そして滅びる運命づけられてい
る悪い者たちの辛い悲嘆やわめき声が至る所に響く。 次に、サタンがもう一度働き出した事
を私は見た。 彼は自分の国民の間を回って、弱い者や元気のない者に力を与えてから自分と
自分の天使たちは強い、と彼らに言った。 それから、よみがえった無数の人を指差した。 戦術に精通して、国々を征服していた偉大な王や戦士たちがそこに居た。 そこには力強い巨
人たちと、戦いに一度も敗れた事のない勇敢な人たちも居た。 接近するだけで諸国を震わせ
た野心のある高慢な男、ナポレオンも、そこに居た。 背が非常に高く、高尚な気品のある振
る舞いをして、戦場で倒れた人たちがそこに立っていた。 征服欲を抱きながら彼らは倒れ
た。 それぞれの墓から出て来る時、死で途切れた思考の流れは、途切れてしまったところか
ら再び始まる。 彼らは倒れた時に左右されていた征服心に再び左右される。 サタンは自分
の天使たちと協議してから王様と征服者、それに強い人たちと協議する。 それからサタン
は、あの巨大な軍団を見渡して、「都にいる団体は小さくて弱い。 我々は上り攻め、そこの
住民を追い出して、そこにある栄光と富を手に入れる事ができる」と言う。
彼らはまんまとサタンにだまされるので、皆が直ちに戦争の準備を開始する。 その巨大な軍
団に、熟練した人たちがたくさん居るので武器を作る事にする。 それからサタンを先頭にし
て、大軍団は移動する。 サタンのすぐ後ろに王様や戦士たちは付いて行って、その大軍団も
各部隊に分かれて付いて行く。 各部隊に隊長がいる。 そして彼らは隊形を整え、聖なる都
を目指して、凸凹な地面の上を行進する。 イエスは都の門を閉める。 そしてその大軍団は
都を囲み、戦闘態勢を取る。 彼らは激戦を予想しているので、あらゆる種類の武器を造って
おいて、都の周りに整列する。 イエスと頭にキラキラ光る冠をかぶっている天使の大勢と、
輝く冠を持つ聖人は皆、都の城壁の上の方に上る。 イエスは威厳のある口調で、「罪人よ!
義人が受ける報いを御覧なさい! 私が償った人たちよ! 悪い者たちが受ける報いを御覧
なさい!」と言う。 そこでその巨大な軍団は都の城壁の上にいる素晴らしい団体を見る。 彼らのキラキラ輝く壮麗な冠を目撃し、それぞれの顔が栄光で光ってイエスの形を表している
事、それに王の王、主の主の比類のない栄光と尊厳を見ると軍団は気を落としてしまう。 失った宝と栄光の貴さがどっと彼らを襲い、そして「罪の報いは死である」という事を痛感す
る。 軽蔑していた「幸せな聖なる団体」が栄光、名誉、不死、それに永遠の命をまとってい
るのに、自分たちは都の外で、卑劣な忌まわしい者と一緒にいる光景を見る。
マタイ23:29、黙示録6:15−16、20:7−9、22:12−15を参照
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第41章
第二の死
サタンは軍団の中に駆け込んで、彼らを奮起させようとする。 しかし、天の方、神様から火
が降り注がれる。 そこで偉大な人、力強い人、貴族たちや貧しい人たち、卑しい人は皆一斉
に焼き尽くされる。 ある人は早く滅びたが、他の人はもっと長く苦しめられた事を私は見
た。 彼らは肉体でやった事に応じて罰せられた。 ある人は多くの日数を掛けて焼かれ続け
た。 体に焼かれていない部分がある限り、痛みは和らぐ事なく感じられる。 あの天使が、
「命の虫が死ぬ事はない。 彼らの火は食い物にする部分がある限り、決して消える事はな
い」と言った。
しかしサタンと彼の天使たちは長く苦しめられた。 ただ自分の罪の重みや罰だけを負わない
で、償われた人の罪がみなサタンに置かれていた。 その上、彼が台無しにした者たちの魂の
ため苦しまなければならない。 次に、サタンと悪い者が皆焼き尽くされたのを私は見た。 それで神様の正義感が満たされた。 そこで天使と償われた聖人は皆、大きな声で、「アーメ
ン!」と言った。
あの天使が、「サタンは根で、彼の子らは枝である。 彼らは今、根元から枝まで焼き尽くさ
れている。 永遠の死を喫してしまい、もう復活がない。 そして神様は清い宇宙を所有す
る」と言った。 次に私が見ると、悪い者たちを焼き尽くした火はゴミなどを焼却していて、
地球を浄化しているところだった。 もう一度見たら地球はもう浄化されていた。 呪いの跡
は一つもなかった。 割れた凸凹な地面は今、巨大な平原のように見えた。 神様の宇宙は
隅々まで清くなった。 大闘争は永久に終わった。 私たちがどこに視線を向けても、どんな
物を目にしても、すべてが美しく聖なる物ばかりであった。 そこで償われた年寄りや若者、
偉大な人と小物は皆、償ってくれた者の足元に自分のキラキラ光る冠を投げ落とし、前にひれ
伏して、永遠の永遠に生きる者を熱愛を込めて礼拝した。 美しい「新地球」とそこにある栄
光のすべては、聖人たちが永久に相続するものであった。 その時、天下の権力と王国、それ
に王国の偉大さのすべては、いと高き者の聖人たちに与えられ、彼らはそれを永遠の永遠、永
遠に所有する。
イザヤ66:24、ダニエル7:26−27、黙示録20:9−15、21:1、22:3を参照
終わり
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