連載企画 LAは1979年,天然ゴム製手袋に対する接触性蕁麻疹と 麻酔危機管理 して最初に報告された1).1980年頃,欧米ではヒト免疫 不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus:HIV) やB 型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus:HBV) ,C型肝 炎ウイルス(Hepatitis C Virus:HCV)などの感染症に 第13回 手術室における ラテックスアレルギ 対する標準予防策として,医療従事者の天然ゴム製手袋 の使用頻度が劇的に増加した 2).その結果,LA罹患率 Latex Allergy in the Operating Room が急速に上昇し,死亡症例も発生した. 1991年,米国食品医薬品局(Food and Drug Admin- 帝京大学医学部麻酔科学講座・集中治療部 准教授 istration:FDA)が LAに関する注意喚起を行った. 水野 樹 1992年,厚生省薬務局(現在の独立行政法人医薬品医療 Ju Mizuno 機器総合機構)は医薬品副作用情報 No.113 で,米国FDA JR東京総合病院 院長 東京大学名誉教授 の発表を日本語訳して発表した.1999年,医薬品副作用 花岡一雄 Kazuo Hanaoka 情報 No.153 で,天然ゴムを含有する医療用具の表示に関 する添付文書の改訂が行われた. 1996年,日本LA研究会が発足した.以後,毎年研究 ● はじめに 会を開催し,民間,行政およびメーカーが討議,協力し, ラテックスアレルギ(Latex Allergy:LA)は,天然 LAの予防啓発活動を行った.2006年,医療現場での対 ゴム素材であるラテックスに含まれるタンパク質成分に 応だけでなく,一般市民への啓発を目的として,「LA安 対する炎症系メディエータ(Immunoglobulin E:lgE) 全対策ガイドライン2006」を出版し,LAの症状,原因, を介した即時型アレルギ反応である.ラテックスアレル ハイリスクグループの存在の理解と予防対策の重要性を ゲンが接触した皮膚や粘膜から吸収され,紅斑,膨疹, 解説した.2009年,改訂版として「LA安全対策ガイド 掻痒,水疱形成などの皮膚症状のほか,顔面浮腫,結膜 ライン2009」3)を出版し,LA回避のさらなるマニュアル 炎,鼻炎,咽頭浮腫,喘息発作などの呼吸困難,血圧低 化を進めている. 下や意識障害などのアナフィラキシィショックが起こ り,生命が危険にさらされる場合もある. ● 麻酔科医はハイリスクグループ 麻酔科医,外科医,手術室看護師などの手術室内にお ● LAとその対策の歴史 ける医療従事者は,LAのハイリスクグループである4). ヨーロッパ人がアメリカ大陸を発見した際,現地人が なかでも麻酔科医は,天然ゴム製手袋のみならず,様々 ゴムの木の幹に傷をつけ,しみ出てくる白い樹液を自然 な医療機器,医療機材に含まれるラテックスに曝露され 凝固させてゴムを採取していることに着目し,その後, ることが多く,長期間のうちに感作されている.麻酔科 天然ゴム生産量が飛躍的に増加した.現在,天然ゴムの 医は,感作率12.5% 5),ラテックス特異的 IgE 抗体陽性率 原料は南アジアや東アフリカの熱帯で栽培されているパ 33.3% 6),皮膚テスト陽性率15.8% 7)との報告がある.麻 ラゴムノキ(Hevea brasiliensis)などから採取加工され 酔科医の年齢および就業年数とラテックス特異的 IgE 抗 ている. 体陽性率には有意な相関関係が認められる.また,麻酔 Anesthesia 21 Century Vol.12 No.1-36 2010 (2291) 67 科医の過半数がパウダー付きラテックス手袋を使用して 栓,絆創膏,粘着テープおよび手動の血圧計など多くの いる施設では感作の危険が6.0倍に及ぶ 6). ラテックス含有製品がある.曝露抗原量により症状発現 が左右されるとされ,ラテックスの精製度,洗浄度およ ● 術前にハイリスクグループ患者の把握 び接触度などにより抗原性が異なる. 二分脊椎症や尿路生殖器系奇形などの頻回の手術や医 天然ゴム製手袋やカテーテルなどの最終製品に残留し 療処置を受けた患者は,LAのハイリスクグループに属 たタンパク質であるラテックスアレルゲンは皮膚と接触 3) する .乳幼児期より長期間,施術者の天然ゴム製手袋 し,汗によって水溶性タンパク質が溶出する.このとき の接触や,膀胱導尿カテーテルなど医療器具の体内留置 手袋にまぶしてある滑剤コーンスターチパウダーによっ などの医療処置回数が多く,早期に感作されているため て皮膚表層に傷がつき, アレルゲンが侵入しやすくなる. と考えられている. またパウダーに付着したアレルゲンは,手袋使用領域で アトピー性皮膚炎や接触性皮膚炎,気管支喘息,食物 空気中に飛散し,吸入アレルゲンとして作用することが アレルギなどのアレルギ患者は,LAのハイリスクグルー ある9∼11).腸,気道などの粘膜部では皮膚に比較して, プに属する.アトピー性皮膚炎や気管支喘息,食物アレ 溶出したラテックスアレルゲンが組織内へ吸収しやすい ルギの既往があると,感作の危険は 3.8 倍との報告 6) が ため,LAの患者に対しては粘膜部へのラテックス製品 ある.アボカド,バナナ,キウイおよびクリなど特定の の使用は要注意である. パウダー付き手袋の使用施設は, 果物,野菜および穀物に含まれるタンパク質がラテック パウダーフリー手袋の使用施設に比較し,LAの有症率 スアレルゲンと交又抗原性を示すことがある.ラテック が1.5∼2倍高くなる12). スアレルゲンに感作されると,原因食物摂取後,接触部 われわれは,全身麻酔下の婦人科開腹手術中に着用し 位である口腔,口唇および咽頭周辺に限局した違和感, たパウダー付きラテックス手袋のパウダーが媒介とな 掻痒,腫脹および閉塞感などのアレルギ反応である口腔 り,アナフィラキシィショックを呈した症例を経験してい アレルギ症候群,さらには呼吸器症状,アナフィラキシィ る13).開腹後の腹腔内操作中に血圧低下,心拍数増加, ショックを引き起こすことがあり,ラテックスフルーツ 経皮的酸素飽和度(Percutaneous Oxygen Saturation: 8) 症候群と呼ばれる . 天然ゴムの採取者や製造業者,ラテックス手袋を日常 SpO2)低下,気道内圧上昇,呼気終末炭酸ガス濃度(Endtidal Carbon Dioxide:ETCO2)低下,皮膚潮紅を呈し 使用する美容師や製造業者なども,LAのハイリスクグ たが,パウダーフリー手袋に変更後に速やかに改善した. ループに属する.また,婦人科開腹手術や経膣的検査, 術後に検査したラテックス特異的 IgE 抗体が強陽性で 分娩時に着用したラテックス手袋を原因とするLAが数 あったことから,LAと確定診断し得た. 多く報告されている。主婦はラテックスを含有する炊事 用手袋や日用品に接触することが多く,ラテックスの感 作率が高い8). ● 術前問診でLAを疑う 手術患者の病歴,手術歴,職業歴,アレルギ歴,生活 歴などの詳細な問診によりハイリスクグループを確認 ● パウダーはLAの原因 手術室には,天然ゴム製手袋,膀胱導尿カテーテル, し,術前評価からLAを疑う.LAの問診票を作成し,ア ナフィラキシィ対策方法を文章にして携行している施設 ドレーン,マスク,ヘッドバンドおよびエアバックなど もある.しかし現状として,麻酔,手術,検査前にLA の麻酔器具,輸液回路,駆血帯,弾力包帯,バイアルの の確認をしている病院は 5 %にすぎない14). 68 (2292) Serial Project 連載企画 血清学的診断として,血清中の放射性免疫吸着試験 クスアレルゲンへの感作予防,二次予防として感作され (Radio Allergosorbent Test:RAST)によるラテックス た者への発症予防,三次予防として LA発症者への対応 特異的 IgE 抗体を測定する.ラテックス特異的 IgE 抗体 が必要とされる3). 値の測定によって,50∼80%の感度でLAを診断できる. 手術回数とラテックス特異的IgE抗体陽性率には正の相 関関係が認められる15).小児におけるアレルギ疾患の有 15) ● ラテックスセーフな手術室環境 LA患者に対する手術室における対策として,麻酔科 無とラテックス特異的 IgE 抗体陽性率 ,また麻酔科医 医,外科医,手術室看護師,リスクマネジャおよびアレ のアトピー性皮膚炎,喘息および食物アレルギの疾患の ルギ専門医などにより,術前および術中の環境を確認す 既往とラテックス特異的 IgE 抗体陽性率には有意な相 る体制をつくり,手術,麻酔に関する医療機器,医療機 6) 関関係が認められる . 皮膚テストには,スクラッチテスト(プリックテスト) 3) 材のラテックスフリー化を進め,ラテックスセーフな環 境を整える.LA 患者のいる手術室に立ち入る全ての医 とパッチテストがある .使用テスト(use test)は,手 療従事者に周知を行い,ラテックス含有医療材料を取り (指)をぬらし,15∼20 分間,天然ゴム製手袋をはめ,紅 除く.手術室内調査で,医療材料1,595品中47品,手術器 斑,膨疹および掻痒を判定する. 具21,089品中34品にラテックスが含まれていることから, 五十音順に一覧表を作成および管理し,対処方法をマ ● 治療は対症療法 ニュアル化し,入室から麻酔導入まで使用する物品をラ 皮膚に限局する軽症アレルギでは,抗ヒスタミン薬 テックスフリーボックスにまとめることで曝露を防ぎ, を使用する 3).全身症状が出現した場合の治療薬には, 患者用払い出し物品からラテックス製品を削除している アドレナリン,ステロイドおよび抗アレルギ薬などが 施設もある16).しかしながら,LA代替医療用具を用意 ある. している病院は36%にとどまり,非ラテックス性手袋が 麻酔中の対処法としては以下の方法がある。まず,輸 30%,麻酔器具が 6 %,カテーテルが 7 %および駆血帯 液を負荷する.麻酔薬を一旦中止し,酸素を100%にす は 0 %である14).予定手術で使用するディスポーザブル る.アドレナリンを単回静注後,持続静注する.β刺激 製品,衛生材料,手術器械,薬物および麻酔用物品のラ 薬スプレーなどの気管支拡張薬,メチルプレドニゾロン テックス含有の有無を確認し,代用品を検討し選択する および抗ヒスタミン薬を投与する.手術はできるだけ早 必要がある. く終了する.術後に患者に状況を説明し,皮膚科やアレ ルギ専門医を受診させる. できるだけラテックスタンパク質の含有量の低い製品 を使用し,合成ゴム製品などで代用する.ラテックス製 手袋は,できるだけ短時間の使用にとどめ,また使用後 ● ラテックスアレルゲンからの回避が最も効果的 に手をよく洗って抗原や抗原を含むパウダーを洗い流 な予防法 す.パウダーフリー手袋の着用は,曝露時間の低下,浮 天然ゴム製品への曝露の排除,ラテックスアレルゲン 遊抗原の減少および感作の回数減少につながる.不潔用 からの回避,ラテックスの体内への侵入防止が,LAに 手袋にはプラスチック製やビニール製手袋を使用する. 対する最も効果的な予防法である4).実際,アレルゲン 導尿時は手袋はできるだけ使用しないなどの工夫が必要 を排除すれば,アナフィラキシィショックの臨床症状は である. 数時間で改善することが多い13).一次予防としてラテッ パウダー付きラテックス手袋,パウダーフリー手袋, Anesthesia 21 Century Vol.12 No.1-36 2010 (2293) 69 ラテックスフリー手袋の順に材料費が高くなるが,パウ 天然ゴムラテックス特有の加工の容易さや優れた機械的 ダー付きラテックス手袋からパウダーフリー手袋に変更 物性などの利点により,欠くことのできない材料である することで,コスト全体を下げるのみならず,手袋調達 ことが大きい.また従来,塩化ビニール製手袋が汎用さ コストも下げることができる17).また,医療従事者の健 れてきたが,ダイオキシンなどの環境問題があるため, 康被害や就業不能になるリスクを考えれば,かえってコ ラテックス製品の代替品としては疑問が残る. ストが下がると考えられる.さらに,LAが減少すれば, 9) アレルギ発生時の医療費,訴訟の経費が削減できる . あらかじめ天然ゴムラテックスからアレルギの原因と なるタンパク質をかなりのレベルまで除去した低タンパ ラッテクスフリー製品で代用できないものはガーゼや ク天然ゴムラテックスは,ラテックスアレルギ対策にも ビニールで被覆する.静脈路確保時は,助手に駆血して なり,天然ゴムラテックス特有の加工の容易さ,優れた もらうか,ひもでしばる.ドレーンや膀胱留置カテーテ 機械的物性を損なうことがなく,コストの面からも有用 ルはシリコン製を使用する. な対策方法だといえる.しかし,低タンパク天然ゴムラ 手の皮膚はラテックスに対するバリアである.手にケ ガや傷があればラテックス抗原が侵入しやすいので,ハ テックスであっても,LAの重症患者にはアレルギ反応 を完全防御するにはいたっていない. ンドクリームを塗るかポリウレタンフィルムなどの創傷 被覆剤などで覆う. 手術着および麻酔着には飛沫したラテックス抗原が付 ● おわりに 地球環境の視点から考えると,限りある資源である石 着している可能性があるので,適宜着替えるようにし, 油から作られる合成ゴムラテックスに比較し,天然ゴム 長時間の着用をしない. ラテックスは栽培されたゴムの木の樹液,つまり自然か 朝いちばんは飛沫しているラテックス抗原が最も少な ら作られる究極のエコロジー原料といえる.低タンパク いため,手術はその日の 1 症例目に予定し,他の患者よ 天然ゴムラテックスの使用や直接人体に接触しないよう り早めに入室する.手洗い室から最も遠い手術室を使用 にするなどの対策で,LAのかなりの防止が期待できる. する.床,換気フィルタの清掃を徹底するなどの体制を 医療職員にLAを啓発している病院あるいは健康診断 つくる. を実施している病院は 3 %にすぎない14).LAに対する正 確な知識を持ち,適切な対処を講じることが肝要である. ● ラテックスフリー化への課題 行政の対応,病院としての安全管理対策,マニュアルの 現在,様々な政策にもかかわらず,ラテックスフリー 作成および手術室におけるLA対策が必要である.手術 化が遅れている.その理由としては,合成ゴムラテック 患者および手術室医療従事者に対するLAの情報提供の スの加工の難しさやコストの高さといった欠点に対し, 徹底が望まれる. 70 (2294) Serial Project 連載企画 ■ 参考文献 1)Nutter AF:Contact urticaria to rubber. 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