組織・人材のグローバル化が遅れる日本企業に効果的 - Strategy

この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
特集 ◎ 新しい日本的経営に向けて
組織・人材の
グローバル化が
遅れる日本企業に
効果的な
5つの処方箋
著者:後藤 将史
多くの日本企業にとって、グローバル化は生き残りを懸けた喫緊の課題だ。
だが、どのような改革が必要なのか全体像は捉え難く、
具体的な活動に結びつけることができずにいる企業が少なくない。
ブーズ・アンド・カンパニーが昨年実施した調査で、
組織・人材のグローバル化に向けた取り組みにおける 4つの課題ともいえる傾向が浮かび上がった。
真にグローバル化するには何が必要か。処方箋を提示する。
ブーズ・アンド・カンパニーは、2011年11月に、上場日本企
業 128 社(売上高 500 億円以上)を対象に独自アンケート調
査を実 施した。調 査は、慶 應 義 塾 大 学 大 学 院 経営 管 理 研究
科の浅川和宏研究室と、フランスのビジネススクールである
INSEAD のマーティン・ガルジウロ教授の協力を得た。
調査では、組織・人材のグローバル化に向けた 69 項目の取
今回の調査の概要
実施時期 : 2011年11月
調査方法 : アンケート用紙送付
調査内容 : 海外のグローバル企業で見られる組織・人
材のグローバ ル 化に向 け た 69 項目の取り
り組みについて、
「何を重要と考えているか」
「 何に着手してい
組みにつき、それぞ れ「重 要と考えてい る
るか」を調査した。回答企業は製造業を中心とした各業界か
か」
「 着手しているか」を選択式で回答
ら構成されており、売上規模・海外売上比率の点からも幅広
いサンプルとなった。調査結果の分析から、日本企業の取り
回答企業 : 売上高 500 億円以上の上場日本企業 128 社
(業種限定なし、製造業・非製造業の両方を含む)
組みにおける 4つの傾向が浮き彫りとなった。
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後藤 将史(ごとう・まさし)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの
プリンシパル。消費財・流通業、電子部品、
総合商社などの業界を中心に、グローバ
ル成長戦略、組織・オペレーション改革な
どのテーマについて、多様なコンサルティ
ングプロジェクトを手がける。著書に『グ
ローバルで勝てる組織をつくる7 つの鍵』
(東洋経済新報社)がある。
図表1 : 各施策カテゴリーの重要度と着手率
(%)
100
A 企業理念
90
B 組織要件
80
C
70
着手率
45度線の下に点在し、
重要度に着手率が
追いついていない
オペレーションのプロセス・インフラ
D 人材要件
60
50
E
人材マネジメントの制度・インフラ
F
実行リーダーシップ
40
CB ←B
F
30
20
E
10
A
とくに人材に
関する取り組みで、
着手率が低い
D
0
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100(%)
重要度
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
傾向① 危機感と実行度合いに深刻なギャップがある
C)。ここに当てはまる打ち手は、たとえば「企業理念の英訳」
今回調査したグローバ ル 化に対する取り組み のうち、9 割
など、比較的実行が簡単なものが多い。組織やオペレーショ
近い項目
( 60 項目)について、過半数の企業が重要視している
ンについても、
「グローバルで IR を担当する組織を持つ」「海
と回答した。海外売上比率が 2 割以下の企業が半数を占める
外法人のローカルスタッフ採用権限の委譲 」など、大きな抵
なかで、今後の海外展開を見据え、組織・人材のグローバル化
抗が生まれにくい打ち手が多く含まれる。海外売上比率が上
がきわめて高い関心を集めていることがわかる。
がると、これら比較的容易なカテゴリーの重要度と着手率は
一方で、実際に打ち手を実施している比率は、ほぼ全項目
ともに上昇する。
についてはるかに低い水準であった。平均すると、実際に着手
一方、人材関連の取り組みに関しては、重要度の意識は高
されている打ち手は全体の 2 割強にすぎない。グローバル化
いものの着手率は上がっていない。
への危機感はあっても、現実にどこまで実行するかはまったく
グローバ ル市場での 競 争 優 位の 構築に向けて、人材強 化
別の問題となっているのが実態である
(図表1参照)。
の必要性は広く議論されている。採用から育成・評価・登用に
至る一 連の人事制 度の見直しは、
「グローバ ル人材マネジメ
傾向② やりやすいことから手をつける
ント」と呼ばれる。その出発点としてまず、どのような人材が
打ち手の種類によって実行度合いには濃淡がある。
必要なのか、定義し管理するインフラをつくることが求めら
比較的着手率が高いのが、企業理念や組織のハコ(部や課
れる。この人材要件の定義そのものが、
「重要 視しているが、
など形のうえでの組織体制)の整備、海外と日本のオペレー
着手できていない」項目の筆頭となっている。関連質問を平
ション連 携 強 化 の取り組みである。これらのカテゴリーは、
均すると、海外を含めた人材要件の整備に着手できているの
重要度と着手率が比較的近い値となっている
(図表1の A 、B 、
は、全体の 1割にすぎない。
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図表 2 :「重要視しているが、着手できていない」比率
過半数の項目:■
人材要件
66
59
58
60
グローバル
グレーディング
グローバル
人材
データベース
55
51
50
定義
グローバル統一
コンピテンシー
グローバル
リーダー
ポスト設定
グローバル
サクセッション
プランニング
人材マネジメント
61
53
50
54
46
42
52
56
41
29
採用
選抜型
グローバル化 キャリアパス 海外法人幹部 本社幹部へ
プログラム
定常研修
提示
登用への研修 の候補選抜
日本人向け
海外人材向け
内外共通
評価
の選抜
(グローバル
プログラム
共通化)
登用
(異動)
共通
育成
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
具体的な人事制度についても同様に、
「重要だが着手でき
具体的には、グローバル本社の設立、社内文書や会議での
ていない」事項が多い。とくに、評価基準や選抜型の人材育
英語使用、本社幹部登用も視野に入れた海外での積極採用に
成制度について、日本人向けの制度はある程度着手が進んで
ついて、
「 重要だ」とする回答自体が少ない。これらの取り組み
いるが、海外拠点や海外人材についてはほとんど手がつけら
は、本 社で の日常 業 務 の あり方 に 直 接 影 響 を与えやす い。
れていない。海外まで一体化した制度の整備や、人材の育成
根本的な部分で現状維持の姿勢が想像される
(図表 3 参照)。
は遅れている
(図表 2 参照)。
傾向④ 「本気でやる」企業と「やらない」企業の分化
傾向③ 聖域である本社の日常業務にメスを入れない
個別に見ると、本気度のレベルにより4 段階に分化が進ん
さらに改革の本丸といえる重要部分、とくに本社の根幹に
でいる。4 つのカテゴリー の 企 業は、それぞ れ 以下のような
関わる部分には手をつけておらず、かつそもそも関心が低い
特 徴を持つ。
点も顕著である。
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図表 3 :「重要視しておらず、着手もしていない」課題(トップ10 )と比率
海外採用:■ 英語化:■
79
海外での技術学校などの設立
76
海外大学への教員派遣
72
海外大学での冠講座開設
71
「グローバル本社」設置
65
重要社内会議の英語使用
58
社内公用語に英語も採用
56
重要社内文書の英語での作成
52
グローバル広告宣伝・販促立案組織の設置
49
イントラネットの英語版も運用
海外大学での採用活動
45
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
•「トップランナー」企業(回答企業の 1割程 度): 海 外売上
これらのなかには、中期経営計画に海外成長を盛り込んだ
比率がある程 度高く、企業理 念、組 織、オペレーションに
ものの、具体的な実現の手立てを決めかねている企業も少
ついてはほとんどの 分 野 で取り組みを 進 めてい る。人材
なくない。そのような企業は、次の取り組みに早急に着手
関連の取り組みでは一部 積み 残しがある。
する必要がある。
•「自己 流 海外展開」企業(同 2 割程 度): 海 外売上 比率は
ある程 度高いが、取り組みの重要度・着手率は項目により
①成長戦略に基づき、何をやるか・やらないかを明確にする
バラツキが ある。つまり、やるべきことはやるが、そうで
出発点として、成長戦略の実現に求められる組織・人材要
ないことはやろうとせず、さほど関心も持たず、海 外で事
件を定め、組織内でどのような変革が不可欠かを明確に決め
業 展開を行っている。技 術に競 争 優 位性を持つ製 造 業 の
る必要がある。ただし、やみくもにグローバル化の施策を打
企業で多い点が 特 徴である。
ち出しても、かえって害が多く機能しないこともある。そのた
•「様 子見 」企業(同 5 割程 度): 海 外売上 比率はある程 度
め、自社が「何をやるか」も重要だが、
「 何をやらないか」をはっ
高いか、もしくは低い。多くの分野の取り組みについて重
きり打ち出すことは同じくらい重要である。この際、
「他社も
要度が 高いと考えている。企業理 念、組 織、オペレーショ
やっているかどうか」ではなく、あくまで自社が競争に勝つた
ンでは多少の取り組みを行っているが、積み 残しも多い。
めに必要なことをあぶり出すべきだ。
人材に関する部分 はほとんど すべて「重 要 だ が 着 手で き
ていない」。
②国籍を問わず人材を育て、保つ仕組みを構築する
( 2 割程 度): 海 外売上 比率がゼロもしく
•「国内集中」企業
施策を決めても、実行できる人材がいなければ絵に描いた
は低く、海 外で成長戦 略を描く予定はなく、ほぼ すべての
餅となる。そこで、グローバ ル展開を推 進できる人材を確保
取り組みについて重要度・着手率ともに低い。
することが必要となる。
グローバ ル人材の育成は多くの 企 業 ですでに聞かれる取
国内外で人材育成「外付け型」の方法も
り組みだが、二つの点に注意する必要がある。一つは、対象を
日本人社 員 だけに絞る必 要は ないことである。適 性 のある
以上で、とくにリスクが大きいのは「様子見」企業である。
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海外人材も発掘できなければ、真の適材適 所とは言えない。
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特集 ◎ 新しい日本的経営に向けて
もう一つは、人材育成を研修で終わらせないことが重要であ
も多い。買収先とグローバルでのよりよい経営手法をとも
る。必ず具体的な実践・評価・登用と連動させ、選抜を継続する
に学び合い、積極的にグループ経営の質を高めていくことも
ことが不可欠となる。
重要だ。
この点でたとえばセメックス社の事例が興味深い。もと
③社内に「実験室」を作る
もとメキシコのローカル企業であった同社は、数十の内外買
変化の機運を作り出すうえで、目に見える実例は重要な役
収を通じ世界有数のセメント企業となった。同社では、自社が
割を果たす。そこで採用と異動を組み合わせ、社内に一種の
持つグローバル共通の業務手法に照らして買収先の業務を
「実験室」となる部門をつくることは、一つのアプローチにな
審査し、残すべき業務プロセスを取捨選択する。その場合、
る。ポイントは、
「日本人」
「新卒」
「男性」
「内向き」でない人材
必ず買収先の優れた手法も吸収し、共通業務手法そのものを
が集まる組織を意図的につくり出すことにある。全社ではな
つねに更新していく。結果として実現される質の高い業務
くても、範囲を決めてそこに「非主流」の人材を集中投入する
手法と買収先の素早い統合が、競争力の源泉となっている。
ことで、組織風土を変えることができる。
また、採用のあり方で、実験的な視点を取り入れることも十
⑤組織構造をグローバル化に合わせた形態に変える
分可能である。たとえば 有力 MBA 取得者を、一定 期間( 2 年
本社や人材を急速にグローバル化しようとする試みは、
など)限 定で社内コンサルタントとして登用し、自社の海外
難易度が高い。そこで、
「外付け型」のグローバル化が注目
戦略や変革プロジェクトに活用することで競争力を高める。
される。これは、海外事業を推進する海外本社を日本本社
韓 国 の サム スンをはじめ、多くの 海 外企 業 がグローバ ル
とは別につくるというものだ。その利点は、日本本社の変
リーダー候補の登竜門として採用するアプローチである。給
革に必要以上に時間を取られることなく、グローバルに対
与面ではそれなりの処遇が必要であり、彼らを使いこなすプ
応した本社組織を新たにつくれることである。海外で有力
ログラム準備も必要だが、低リスクで人材の多様化を図るこ
企業を買収すれば、その買収先の組織・人材が海外本社の有
とが可能だ。
力な母体になる。
たとえば JT(日本たばこ産業)がスイスに設立した 100 %
④外部の力を使い、開放型の経営スタイルを取る
子会社の JT インターナショナル( JTI )が好例である。JT は
実際のところ、
「グローバル化が好きだ、得意だ」という
海外買収先を母体に JTI を成長させ、現在では新たな海外買
日本人は多くない。そのため、内にこもって独力で無理や
収も JTI が手がける。JT 本体は日本的な組織の特徴を色濃
り何とかするよりも、外にある触媒をうまく使ったほうが
く残しているが、JTI は経営陣も含めて人材の多国籍化が圧
効率的だ。たとえばM & A、外部機関とのコラボレーション、
倒的に進んでいる。日本事業と海外事業を切り離し、それ
中途採用など、あらゆる機会を活用すべきである。
ぞれのよさを生かしながら段階的に日本本社を進化させる
とくにM & Aは、海外買収も増える昨今では重要な学び
(あるいは海外本社が日本本社を巻き取っていく)ことが可
の促進剤になる。海外買収先には、経営や人材管理のあり方
能となる。
に、日本の本社とはまったく異なる価値観や知恵が眠る場合
さらに本社全体を一つにして考える必要はなく、機能ごと
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に必要な部分のみ海外移転することも選択肢に含めるべき
である。製造業では、競争優位の源泉である技術力(日本の
研究機能・生産現場)を残しつつ、どうグローバルでの事業
開発・営業力を強化するか、という悩みが多い。その際、企
業すべてを変えてしまっては、競争力が損なわれかねない。
と く に 強 化 が 必 要 な M&A の ア ン テ ナ 機 能 や、海 外 営 業 機
能、または海外事業戦略機能など、部分ごとに判断し海外に
本社機能を一部移転することも有効だ。
たとえば HOYA は、租税対策の観点で財務機能をオラン
ダに、市場・生産立地の観点で眼内レンズ事業を米国に、眼
鏡レンズ事業をタイに置くなど、機能ごとに最適化を図っ
た。日本本社には主として人事と予算管理を残し、他は機
能 ご と に 分 解 し た と い う。こ う し た 分 散 型 本 社 に よ る グ
ローバル化も、事業特性によっては現実的なオプションと
なる。
長期に継続してこそ改革の成果が出る
組織・人材のグローバル化に向けた取り組みは、業績を
ど の 程 度 押 し 上 げ る の か。デ ー タ に 基 づ い て、2006 年 ∼
2010 年の株価、売上高、海外売上高、営業利益など、複数の
成果指標と今回の調査の着手率との相関関係を確認した。
結論は、いずれも明確な関係は見られなかった。つまり、今
回調査した打ち手が短期的に業績向上につながった証拠は
見られない。しかし、本来組織と人材の改革が成果を生み
出すには長期で継続することが必要である。競争激化に伴い
残された猶予時間が少なくなるなか、数年後の競争優位に
向けた改革は急務である。
(『週刊ダイヤモンド』2012 年 4 月 14 日特大号掲載記事より転載)
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