フランスにおける継承日本語教育の実態調査

第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
フランスにおける継承日本語教育の実態調査
佐藤純子(フランス国立東洋言語文化大学)
根来良江(同上)
村中雅子(お茶の水女子大学大学院)
1. はじめに
グローバル化が進み、国境を越えて移動する人々が増加している。実際、在外邦人数
や日本人が関わる国際婚姻件数はいずれも増加傾向にあり、外務省の海外在留邦人数調査
統計速報 1 によると、フランスでも 2008 年邦人永住者数は 10 年前から倍増している。こ
のような人口移動と国際婚姻数増加に伴い、親の母語である日本語を社会の主要な言語で
あるフランス語に対し少数言語として継承する子ども、つまり、継承日本語学習者がフラ
ンスでも増加していると思われる。
移民大国といわれるフランスでいわゆる継承語は出自の言語(langues d’origine)と呼ばれ
ている 2 が、それらの言語使用実態が公表されたのは 2002 年とフランスにおける移民の歴
史から見るとごく最近である。それは、1999 年に行われた国勢調査(無作為に抽出され
たフランス本国在住の 18 歳以上 380,000 人が回答)の結果を元に INED(国立人口問題研
究所)と INSEE(国立統計研究所)が協力し、DGLFLF(フランス語及びフランスの諸言
語委員会)の資金援助を受け、処理、分析を行い、一般に公開したことによる(Héran,
Filhon et Deprez 2002, Clanché 2002, Burricand et Filhon 2003, Deprez 2008 etc.)
。これらの調査に
より、フランス国内でどんな言語が使用され、どれほど継承されているのかが明らかにな
り、主な移民の言語であるアラビア語、アフリカ諸言語継承などについての研究も続いて
発表されており(Barontini et Caubet 2008, Leconte 2008 etc.)、研究誌 Le Français Aujourd’hui で
も 2007 年にテーマとして取り上げられている。
フランス国内で使用されている 400 あまりの言語の一つであり、1%にも満たない使用
者しかいない日本語の使用状況や継承率などはこれら調査の分析には含まれていなかった
が、増えつつある継承日本語学習者を取り巻く家庭環境、言語使用実態を調査することは、
今後実態に即した教育支援を行い、教育の質を向上するためにも急務であると思われる。
また、フランスにおける日本語継承の実態を調査することは、継承語教育研究の発展にも
貢献するであろう。
2. 先行研究
先に述べたように、フランスにおける移民の言語継承の実態が明らかにされたのが
2002 年であり、継承語教育を取り上げた研究は多いとは言えない。筆者らは、フランス
における継承語教育に関する文献を調査し、2010 年 3 月の時点で 73 点の文献を収集した。
そのうち半数以上の 42 点は移民の言語教育や外国語教育に関する通達やデクレ 3 など政
府刊行物であった。23 点が論文、著書、残り 8 点が口頭、ポスター発表であった。これ
らの研究の大部分はヨーロッパ共同体、フランス共和国など社会的枠組みの中での移民の
言語教育政策や継承について論じたものや、先に述べたようにアラビア語、アフリカ諸語、
トルコ語など多くの移民の出身地言語の継承について論じたものである。一例を挙げると、
90
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
池田(2001)は移民と学校教育について政府通達を元に考察しており、1970 年代から
2000 年初めまでのフランスの公教育における異文化対応の変遷を追っている。
継承日本語に特化した研究も数点あった。フランスにおける国際結婚家庭の日本語継
承要因を調査した Honjo (2008)や日本人母親が日仏国際児への日本語継承をどのように意
味づけているか考察した村中(2010)などである。いずれもフランスの一地方に在住する国
際結婚家庭における日本語継承について、インタビュー調査を元に論じられたもので、フ
ランス全土に渡る継承日本語学習者やその家庭を対象にした調査ではない。
以上、文献調査の結果、フランスにおける継承日本語学習者の言語使用実態や家庭、
教育環境などを広く調査、分析したものはまだないことがわかった。フランス国内の日本
語以外の言語を対象とした大規模な調査も 1999 年の国勢調査の際問われた以外ない。そ
こで、筆者らはフランス以外で行われた継承語学習者、その家庭を対象とした質問紙調査
に当たり、本調査の質問紙作成、研究課題設定の参考とした。以下に筆者らが参考とした
主要な調査研究を紹介する。
Landry, Allard et Deveau (2007) はカナダ、オンタリオ州のフランス人学校に通う 12 歳の
フランス系カナダ人の中学生を対象に言語環境や意識を調査している。その結果を元に、
Landry and Allard (1992) で提唱されているモデルを更に発展させ、言語集団のバイタリティ
回復モデル(巨視的モデル)を提案、少数言語集団のバイタリティ回復に寄与する複雑に
絡み合う要因を 4 つに分類し、提示している。簡単にそれぞれの要因を説明する。一番目
の要因、イデオロギー、法的、政治的枠組みでは、マイノリティ言語話者数、政治的影響
力、またその集団の地位によってバイタリティの強弱を測ろうとしている。二番目の要因、
学校と社会的コンテクストではコミュニティ内の生活でどのぐらい少数言語に接触する機
会が与えられているかをマクロなレベルで見ている。三番目の要因、言語文化の社会的適
応化ではミクロなレベル、つまりある少数言語集団に属する一人の話者が少数言語にどの
ぐらい接触しているかを見ている。四番目の要因は、その話者の心理言語発達である。
Yamamoto(2001) では日本在住の日本語と英語の二つの母語を持つ子どもの言語環境を
明らかにし、その子どもらの日本では少数言語となる英語の使用に影響を及ぼす要因を、
質問紙調査を元に探っている。結果として、子どもが通う学校の授業言語が英語であるこ
と、そして子どもに兄弟姉妹がいない、または第一子であることという二つの要因をあげ
ている。また、社会の主要言語を話す親も少数言語を家庭で使用し、なるべく多く少数言
語に触れる機会を作った方が子どもの少数言語使用を促進するとし、
『少数言語への最大
の関与の原則』を提唱している。
Landry, Allard et Deveau (2007) は様々な少数言語継承要因を分類、整理した点で非常に参
考になるが、これら全ての要因に関する大規模な質問紙調査を実施するには自治体や国レ
ベルの補助が必要となるであろう。そこで、筆者らは Yamamoto(2001)を鑑み、Landry,
Allard et Deveau (2007)の第三の要因、言語文化の社会適応化に含まれる言語文化体験、つ
まりどれだけ少数言語に接触する機会を持っているか、と第四の要因、心理言語発達の中
の言語使用、つまり誰に対して何語で話しているか、の関係に着目し、どのような言語文
化体験が子どもから日本語母語話者親への日本語使用の要因となっているかを探ることを
目的として実態調査を行うこととした。
91
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
3. 方法
3.1 質問紙
質問紙は Yamamoto(2001)で配布された質問紙の家族構成員間の言語使用についての項
目と、Landry, Allard et Deveau(2007)で配布された質問紙の子どもの言語接触の項目を参考
に、フランスにおける日本語という文脈を考慮し、修正を加えて作成した。主な質問項目
は、1. 家族構成、2. 家族の言語背景(母語やその他の言語など)
、3. 家族構成員間の言語
使用、4. 子どもの日本語接触機会(メディアなど)
、5. 子どもの教育状況、6. 子どもの教
育機関外での日本語学習、などである。
3.2 データ収集
フランス国内の継承日本語教育機関に協力を依頼し、協力が得られた 13 校を経由して、
在籍する子どもの家庭に、質問紙を配布してもらった。一方、回収は教育機関を経由せず、
協力家庭から直接回収できるよう、調査者宛に郵便で返送してもらった。質問紙の配布・
回収時期は 2010 年 4 月から 7 月中旬にかけてである。配布数は 454 枚、回収数は 166 枚、
回収率は 36.5%だった。回答が得られた 166 家庭の子どもの総数は 319 人である。
配布
配布
表 1 質問紙の配布数と回収数
教育機関
調査者
回収
家庭
図 1 質問紙の配布と回収の流れ
3.3 分析対象条件と分析対象家庭・子ども
配布数
454 枚
回収数
回収した家庭数
166 枚
(回収率 約 36.5%)
166 家庭
子どもの数
319 人
表 2 子どものプロフィール概要
本調査では各家庭の状況や言語背景を考慮
男子 99 人 (55.9%)
し、回答が得られた家庭のうち、次の四つの
性別
条件を満たす家庭を分析の対象とした。1. 両
年齢
親がフランス国内で同居している、2. 両親の
4. 子どもは幼稚園・小学校・中学校・高校の
3 歳〜17 歳
幼稚園 35 人 (19.8%)
それぞれの母語が異なっている、3. 両親の母
語の組み合わせが日本語とフランス語である、
女子 78 人 (44.0%)
小学校 103 人 (58.2%)
教育課程
中学校 33 人 (18.6%)
高校 6 人 (3.4%)
いずれかに通っている。
両親の母語を日本語とフランス語の組み合わせのみを対象としたのは、回答が得られ
た 166 家庭のうち 120 家庭(約 72.2%)がこの組み合わせであったからである。
上の四つの条件を全て満たし、欠損値もなく最終的に分析の対象となった家庭は 98
家庭、子どもの数は 177 人だった。177 人の子どものプロフィール概要は表 2 に示す。
4. 研究課題
本調査では、子どもから日本語母語話者親(以下、JNP)への日本語使用に着目し、子
どもの言語使用に関連する要因を探ることを目的としている。そこで、次の研究課題を設
け、課題ごとに検定を行った。
92
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
子どもから JNP への日本語使用は
1 JNP から子どもへの言語使用と関連があるか
2 JNP の性別と関連があるか
3 兄弟の有無、あるいは長子であるか否かと関連があるか
4 学校 4 の授業言語と関連があるか
5 日本語メディアとの接触機会と関連があるか
6 教育機関外での日本語学習時間 5 と関連があるか
5. 結果
まず子どもと JNP 間の言語使用については表 3 のように J(日本語優位)
、JF(日仏同
程度)
、F(フランス語優位)の 3 タイプに分類した。子どもから JNP への言語使用は J タ
イプが一番多かった。同様に、JNP から子どもへの言語使用も J タイプが一番多かった。
詳細については表 3 を参照されたい。
表 3 子どもと JNP 間言語使用のタイプとタイプごとの度数(人数)内訳
タイプ
言語使用
子ども→JNP(人)
88
J (日本語優位)
日本語のみ / 日本語が多い
31
JF (日仏同程度)
日本語とフランス語を同程度使う
58
F (フランス語優位)
フランス語のみ / フランス語が多い
JNP→子ども(人)
116
36
25
1 から 6 までの研究課題で、1、4、5、6 は子どもから JNP への日本語使用に有意に関連
があることが確認され、2、3 は確認されなかった。ここでは有意な関連がみられた課題
を取り上げてデータと照らし合わせながら詳細な結果を述べる。
研究課題 1 日本語母語話者親から子どもへの言語使用と関連があるか
JNP から子どもへの言語使用と子どもから JNP への言語使用の関連をカイ二乗検定で分
析したところ、0.1%水準で関連がみられた (χ2 (4) =121.44, <.001). 。続いて残差分析を行い、
言語使用タイプの組み合わせとして(JNP-子ども)
、J-J、J-JF、J-F、JF-JF、JF-J、F-F、F-J
の組み合わせで 1%水準の有意差が確認された。F-JF、JF-F 以外の全ての組み合わせで有
意な差があったということである。残差を見ると、JNP の言語使用と子どもの言語使用は
対応関係にあり、JNP が J(日本語優位)タイプである場合、子どもも J(日本語優位)
タイプが多く、JNP が F(フランス語優位)タイプである場合、子どもも F(フランス語
優位)タイプが多いことがわかった。
研究課題 4 学校の授業言語と関連があるか
学校の授業言語は、日本語を一部でも使用しているか否かで 2 タイプに分類した。学校
の授業言語の違いと子どもから JNP への言語使用との関連をカイ二乗検定で分析したと
ころ、0.1%水準で関連がみられた(χ2(2)=21.88,<.001). 。続いて残差分析を行い、日本語使
用ありの学校の場合で子どもから JNP の言語使用タイプ F と J、また日本語なしの学校の
場合でも子どもから JNP の言語使用タイプ F と J に 1%水準で有意差があることが確認さ
れた。残差を見ると、学校の授業言語として一部でも日本語が使われている場合、子ども
から JNP への言語使用に J(日本語優位)タイプが有意に多く、日本語が使われていない場
合、F(フランス語優位)タイプが多いことがわかった。
93
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
研究課題 5 日本語メディアとの接触機会と関連があるか
日本語メディアとの接触機会は六つの尺度項目を作成し、それぞれの項目に対する回
答を、
「毎日」
、「よく」、
「ときどき」
、
「めったにない」
、
「まったくない」の五件法で回答
を得て、六項目の回答の合計点を尺度得点とした。尺度項目は、クロンバックの信頼性係
数を算出して信頼性を確認したところ、α 係数=0.98 となり信頼性の高さが確認された。
日本語メディアとの接触機会の尺度得点と子どもから JNP への言語使用タイプとの関
連をクラスカル・ワーリスの順位検定を用いて分析した結果、子どもから JNP への言語
使用タイプにより、日本語メディアとの接触機会の尺度得点に 0.1%水準で差があり
(χ2(2)=15.63,<.001). 、F<JF<J の順で得点が高いことがわかった。続いてマン・ホイットニ
検定にボンフェローニの調整を加えて多重比較を行った。その結果、子どもから JNP へ
の言語使用タイプで F と JF、F と J の間に 5%水準の有意差が確認された。これにより、
子どもから JNP への言語使用 JF(日仏同程度)タイプと J(日本語優位)タイプは、F
(フランス語優位)タイプと比べて、日本語メディアとの接触機会が有意に多いことがわ
かった。
研究課題 6 教育機関外での日本語学習時間と関連があるか
教育機関外での日本語学習時間と子どもから JNP への言語使用タイプとの関連をクラ
スカル・ワーリスの順位検定を用いて分析した結果、子どもから JNP への言語使用タイ
プにより、日本語学習時間に 0.1%水準で差があり(χ2(2)=18.48,<.001). 、F<JF<J の順で学習
時間が多いことがわかった。それに続き、マン・ホイットニ検定にボンフェローニの調整
を加えて多重比較を行ったところ、子どもから JNP への言語使用タイプで J と F、J と JF
の間に 5%水準の有意差が確認された。これにより、子どもから JNP への言語使用 J(日
本語優位)タイプは、JF(日仏同程度)タイプと F(フランス語優位)タイプと比べて、
教育機関外での日本語学習時間が有意に長いことがわかった。
6. 考察
本調査は「フランス在住の日仏家庭の子どもから、日本語母語話者親への日本語使用に
着目し、子どもの言語使用に関する要因を探ること」を目的に行った。以下、本調査で参
考にした Yamamoto(2001)の分析結果と、本調査の分析結果を比較して考察を行ってみた
い。
表 4 本調査結果と Yamamoto(2001)の結果の比較
Yamamoto(2001)
本調査
A.子どもを出生時
子どもから英語母語話者親(以下、
子どもから JNP への日本語使用は、JNP
から取り巻く言語
ENP)への英語使用は、ENP の性別と関
の性別と関連があるか
環境に関する項目
連があるか
→有意な差はない
→有意な差はない
子どもから ENP への英語使用は、兄弟の
子どもから JNP への日本語使用は、兄
有無、あるいは長子であるか否かと関連
弟の有無、あるいは長子であるか否か
があるか
と関連があるか
→有意に関連がある
→有意な差はない
94
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
B.後天的な言語環
子どもから ENP への英語使用は、ENP か
子どもから JNP への日本語使用は、JNP
境に関する項目
ら子どもへの言語使用と関連があるか
から子どもへの言語使用と関連がある
→関連要因ではあるが、有意差は未確認
か
→有意に関連がある
子どもから ENP への英語使用は、学校の
子どもから JNP への日本語使用は、学
授業言語と関連があるか
校の授業言語と関連があるか
→有意に関連がある
→有意に関連がある
子どもから JNP への日本語使用は、日
本語メディアとの接触機会と関連があ
るか
→有意に関連がある
子どもから JNP への日本語使用は、教
育機関外での日本語学習時間と関連が
あるか
→有意に関連がある
まず、A の項目に関しての比較だが、網掛けで示したこの分析結果の違いがどこからく
るかは本調査の範囲外であるが、今回フランスで行った本調査の結果から、
「日本語を母
語とする親が父親なのか母親なのか」あるいは「何番目の子として生まれたか」といった、
先天的な環境、子どもや親の努力の範囲外の事項は、子どもの日本語使用を左右する要因
ではないということがわかる。また、B の項目を合わせて見てみると、日本語継承を左右
する要因は、例えば、DVD や本など、日本語のメディアにどれだけ触れられる環境を作
るか、あるいはどれだけ日本語を学習、あるいは日本語で学習する機会を作り、時間をさ
こうとするかなど、子どもの出生以降の親と子どもの取り組みに関するものであることが
わかる。これは、性別や何番目の子どもであるかといった絶対的に動かすことのできない
事項とは違い、その後の取り組みで変化しうる事項であり、日本語を継承していこうとす
る関係者にとっては勇気づけられる結果だと言えるだろう。
Yamamoto(2001)で示唆されている『少数言語への最大の関与の原則』、つまり子どもが
少数(継承)言語と関わる機会を多く持てば持つほど子どもの少数言語の使用は促進され
る、という原則は、本調査の分析結果からも支持されたと言えるだろう。
さらに、日本語メディアとの接触機会と日本語学習時間の結果を照らし合わせると、
有意差があるタイプに異同があることがわかった。この異同が何によって生じたものか本
調査から言明することはできないが、一方的に情報を受信するメディアとの接触とインタ
ラクティブな要素が含まれる学習では、言語運用の質が異なるという点で興味深い。
7. 調査の限界
本調査は、言語使用のみを対象とした調査であり、子どもたちの言語能力については触
れられていない。例えば、ある子どもが日本語母語話者の親と日本語のみで会話するとい
う回答であっても、その日本語がどのレベルの日本語なのかはこの調査からはわからない。
また、少数言語話者の親や子どもの意識や動機付け、また社会の中での政治的影響力や
95
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
言語集団の地位など、Landry, Allard et Deveau (2007)で挙げられているそのほかの要因は今
回の分析の範囲外である。本調査で参考とした Yamamoto(2001)の調査が「日本における
継承語としての英語使用」であるのに対し、本調査は「フランスにおける継承語としての
日本語使用」と、背景の違いがある。親あるいは子どもが、現地の言葉(Yamamoto(2001)
の場合は日本語、本調査の場合はフランス語)の教育より継承語教育を優先することがあ
るのか、国際的に見た場合の英語の占める位置と日本語の占める位置の違い、その土地で
の継承語の持つ価値まで考慮して結果を分析できていない。
最後に、本調査結果は、横断的なものであり、縦断的な調査の結果ではないので、子ど
もが年齢とともにどのように発達、変化をとげるのかといった考察はできない。
8. 今後の課題
以上の限界をふまえて、今後の課題をあげておきたい。
短期の課題としては、今回の調査結果を踏まえ、子どもの言語使用だけではなく、言語
能力の質まで明らかにしていくことである。今回の調査で言語接触の質により有意差のあ
る子どもの言語使用タイプに異同が見られたわけだが、言語接触の質と言語能力の関係に
も注目していきたい。その際、継承語である日本語のみを見るのではなく、同時に現地の
社会の言葉であるフランス語の能力も見ていくべきであろう。
長期的には、量的調査のみではなく追跡インタビュー調査などを通じ、子どもの発達を
考慮した縦断的な調査を行い、Honjo(2008)や、村中 (2010)等の質的な調査の結果と合
わせ、包括的に議論していくことがあげられる。
付記
本調査は、平成 22 年度科学研究費補助金(基礎研究(B)
)課題番号:
(21320096)
「継
承日本語教育に関する文献のデータベース化と専門家養成」研究代表者:中島和子(トロ
ント大学名誉教授/桜美林大学言語教育研究客員研究員)研究分担者:佐々木倫子(桜美
林大学教授)の一環として行ったものである。
謝辞
フランス日本語教師会シンポジウム参加者の方々からは貴重なコメントを頂き、本報
告執筆の参考とさせていただいた。感謝申し上げる。また、本調査にご協力下さった教育
機関、ならびに保護者の方々に改めてお礼申し上げたい。
注
1. 2008 年の永住者数は 6399 人、長期滞在者も含めた邦人総数は 31 003 人に及ぶ。フラン
スでは最長 10 年の滞在許可があるのみで永住権は存在せず、永住かどうかは登録者本
人の申告による。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/tokei/hojin/09/ (2010 年 10 月アクセス)
2. 移民の言語 (langues d’immigration) 又は単に外国語 (langues étrangères) とも呼ばれる。
3. 行政権力による文書化された命令、決定。
4. ここで言う学校とは、義務教育課程として設置されている学校を指し、補習授業校等の
補足的教育機関は含まれない。
5. ここで言う日本語学習時間とは、日本語を学習する時間と日本語で他の教科等を学習す
96
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
る時間の両方が含まれる。
引用文献
池田賢市 (2001) 『フランスの移民と学校教育』 明石書店
村中雅子 (2010) 「日本人母親は国際児への日本語継承をどのように意味づけているか −フ
ランス在住の日仏国際家族の場合−」
『異文化間教育』31 異文化間教育学会 61-75
Barontini, A. et Caubet, D. (2008) La transmission de l’arabe maghrébin en France : état des lieux,
Migrations et plurilinguisme en France;; In Cahier de l’Observatoire des pratiques linguistiques, 2, DGLFLF Ministère de la Culture et de la Communication, 43-48.
Bertucci, M. et Corblin, C. (eds). (2007) Le Français aujourd’hui, 158, Armand Colin.
Burricand,C. et Filhon, A. (2003) Transmission et pratiques des langues étrangères en Ile de France, Ile
de France à la page, Insee, septembre.
Clanché, F. (2002) Langues régionales, Langues étrangères, de l’héritage à la pratique, Insee Première,
830, février.
Deprez, C. (2008) La transmission des langues d’immigration à travers l’enquête sur l’histoire familiale associée au recensement de 1999, Migrations et plurilinguisme en France;; In Cahier de l’Observatoire des pratiques linguistiques, 2, DGLFLF Ministère de la Culture et de la Communication, 34-42.
Héran, F., Filhon, A. et Deprez, C. (2002) La dynamique des langues en France au fil du XXe siècle,
Population et Sociétés, 376.
Honjo, T. (2008) Les facteurs de transmission du japonais au sein d’unions linguistiquement mixtes dans la région Rhône-Alpes. Thèse de doctorat, LIDILEM Université Stendhal-Grenoble Ⅲ.
Landry, R. and Allard, R. (1992) Ethnolinguistic vitality and bilingual development of minority and
majority group students, In W. Face, K. Jaspaetm & S. Kroon (eds.), Maintenance and loss of minority
languages, Amsterdam, Philadelphia: John Benjamins, 223-251.
Landry, R., Allard, R. et Deveau, K. (2007) Profil sociolangagier des élèves de 11e année des écoles de langue
française de l’Ontario, Ontario ; Institut canadien de recherche sur les minorités linguistiques.
Leconte, F. (2008) Les langues africaines en France, Migrations et plurilinguisme en France; In Cahier
de l’Observatoire des pratiques lingustiques, 2, DGLFLF Ministère de la Culture et de la Communication, 57-63.
Yamamoto, M. (2001) Language Use in Interlingual Families: A Japanese-English Sociolinguistic Study;
Clevedon, Multilingual Matter.
97
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
稿末資料
表 1 JNP から子どもへの言語使用と子どもから
JNP への言語使用 カイ二乗検定(観察度数/期待度数)
表 2 学校の授業言語と子どもから JNP への
言語使用 カイ二乗検定(観察度数/期待度数)
JNP から子どもへ
学校の授業言語
JF
J
total
F
22/8.2
15/11.8
21/38
58
JF
3/4.4
21/6.3
7/20.3
31
JNP
J
0/12.4
0/17.9
88/57.7
88
へ
total
25
36
116
177
子
ど
も
か
ら
平均順位
F
58
3940
67.9
JF
31
2605
84
JNP
J
88
9208
104.6
へ
total
177
子
ど
も
か
ら
total
F
57/47.8
1/10.2
58
JF
28/25.6
3/5.4
31
J
61/72.6
27/15.4
88
へ
total
146
31
177
表 4 教育機関外での日本語学習時間と子どもから
JNP への言語使用 クラスカル・ワーリスの順位検定
データ数
順位和
平均順位
F
58
3940
67.9
JF
31
2605
84
JNP
順位和
日本語
あり
子
ど
も
か
ら
表 3 日本語メディアとの接触機会と子どもから
JNP への言語使用 クラスカル・ワーリスの順位検定
データ数
日本語
なし
JNP
F
J
88
9208
104.6
へ
total
177
子
ど
も
か
ら
F : フランス語優位 JF:日仏同程度 J:日本語優位
98
第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
Enquêtes sur l’enseignement de japonais langue d’origine
Junko Sato (INALCO)
Yoshie Negoro (INALCO)
Masako Muranaka (Université Ochanomizu)
Ayant pour objectif de saisir quels vécus langagiers et culturels sont des facteurs
favorables pour l’utilisation du japonais par un enfant franco-japonais, nous avons
effectué une enquête auprès de parents japonais vivant en France.
Nous avons établi 6 sujets d’étude. L’utilisation du japonais par l’enfant a un rapport avec (1) les langues utilisées par le parent japonophone, (2) le sexe du parent japonais, (3)
le nombre d'enfants et la position dans la fratrie, (4) les langues d’enseignement à l’école principale, (5) la fréquence des contacts avec les médias japonais et (6) le nombre
d’heures consacrées à l’étude du japonais périscolaire. Les résultats de cette enquête sont analysés par le test du X2 et le test Kruskal-Wallis.
Nous avons constaté que ces données confirment « le principe de participation maximal à
la langue minoritaire » proposé par Yamamoto (2001) : plus un enfant a d’opportunités d’être en contact avec la langue minoritaire, plus cet enfant utilisera cette langue pour s’adresser au parent locuteur de la langue minoritaire. Par ailleurs, les résultats montrent
que l’environnement de naissance de l’enfant, comme le sexe du parent japonophone, s’il est ou non enfant unique, ou encore s’il est l’ainé, ne sont pas des facteurs qui influencent
l’utilisation du japonais par l’enfant.
236