「入り口としての」日本語授業における書き言葉教育

第 11 回フランス日本語教育シンポジウム 2010 年フランス・リヨン
11ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Lyon France, 2010
「入り口としての」日本語授業における書き言葉教育
神山剛樹
(パリ第三大学音声学・音韻論研究室
パリ第七大学東アジア言語学部日本語学科)
キーワード :
「入り口としての」日本語授業、書き言葉教育、カタカナ
1. 担当授業の概要および実践の動機
本稿は、「外国語としてのフランス語教育」課程における「未習言語の学習」の授業と
して行われた日本語入門授業の中での書き言葉教育の実践報告である。当該授業は、フラ
ンス、ブザンソンのフランシュコンテ大学言語・人文社会学部言語科学科フランス語教員
養成課程の中で行われたものである。受講者は、約 10 名、日本語学習経験については、
書籍等で自習したことのある受講者が数名、その他は全員、完全な初心者であった。受講
者は全員、言語学科フランス語教員養成課程の学部三年生、大半の受講者の母語はフラン
ス語であったが、アラビア語(チュニジア方言)
、中国語等を母語とする受講者もいた。
この種の授業では、学習経験のない言語の学習を通して学習者の立場を経験し、その経験
を批判的に内省することを主目的としている。よって、学習言語の習得そのものは主目的
ではなく、授業時間数も通常 20-30 時間程度と限られている。実際の実施形態としては、
通常の入門授業に他の課程の受講者とともに参加したり、あるいは自習によって言語学習
を進めたり、場合によっては授業担当教員が他の教員を招き、クラス全員がその教員によ
る同一の入門授業を受けることもある。授業担当教員は、いずれの場合においても、受講
者が自己観察を行い、学習日誌をつけ、学期末にテーマを選んで報告書をまとめることが
できるよう指導を行う。今回のケースでは、担当教員が同時に日本語の入門授業を受講者
全員に対して行い、授業後半で受講者による授業観察および自己観察の結果について意見
交換をし、受講者各自が学習日誌を執筆するという形式が取られた。
こうした授業では、学習言語において実際にどの程度の到達度が得られたかについては、
学習動機を高めるために成績評価に組み入れられることもあるが、本質的には評価対象の
中心は自己観察・考察である。したがって、言語習得に関して共通の到達目標があらかじ
め設定されているわけではなく、限られた時間の中で高度の言語能力を習得することが求
められているわけでもない。しかし、興味を抱いた受講者は、その後も各自自律学習を続
ける、または現地滞在の際に役立てるなどの形で、学習成果を活用できる可能性がある。
そうした意味で、日本語、日本文化への入り口を提供する機会ともなりうる。
そもそも、教育機関側によって設定される到達目標は、課程によって大きく異なるもの
である。大学における一般的なケースについていくつか検討してみると、専門課程
(LLCE:外国語および文化コース)
、準専門課程(LEA:
「応用外国語」コース)の場合、
特に前者については、日本語の専門家を養成することを目的とすることから、最終的に高
度な言語運用能力を身につけることが目標となる。非専門課程(選択授業、diplôme
universitaire:大学独自の語学免状など)の場合には、高度な言語運用能力は目標としない
にしても、基本的な能力はひととおり身に付けていることが求められる。本実践報告のケ
ースは、それらの場合と異なり、学習体験から自己観察をすることが主目的である。
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書き言葉、とくに文字習得についてみると、専門および準専門課程では、最終的に母語
話者に準じるレベル、すなわちひらがな、カタカナを含め、常用漢字程度の知識および運
用能力を修得することが最終目標として考えられるだろう。一方、選択授業の場合には、
総学習時間数、年数にもよるが、ひらがな、カタカナのほか、基本的な漢字の修得が目標
として設定されることが多いのではないだろうか。
本実践例のような「入り口としての授業」においては、学習者のニーズ、学習者がかけ
ることのできる学習時間とエネルギーを考慮することが必要となる。ほとんどの受講者に
とって、日本語は、必修授業の中で選択の余地なく「押し付けられた」言語であった。そ
のため、授業時間外で学習にかけることのできる時間および熱意が必然的に限られるとい
う事情があった。とくに文字、書き言葉学習については、ほとんどの受講者が日本語の文
字体系の習得が容易ではないという認識を持っており、学習に消極的であった。また、新
たな文字体系を習得する努力にみあう学習成果が得られること、またそこで習得した知識、
運用能力が何らかの形で役に立ちうるということも重要な要素であった。授業そのものの
時間数に関しても、自己観察指導等の時間を含めて 33 時間(3 時間授業×一学期間 11 回)
に限られていた。このような事情から、口頭表現を中心に扱い、多くの学習者にとってな
じみのない文字学習体験として、ひらがなあるいはカタカナを導入することとなった。そ
の際に、外国語および第二言語教育を専門とする一部の同僚教員との協議の結果、カタカ
ナを導入することとなった。
2. 入門レベルの学習者にとってのカタカナ学習の利点
第一言語としての日本語の書き言葉教育(国語教育)においても、また外国語および第
二言語としての日本語教育の場面においても、文字学習の際にはまずひらがなを学習し、
ついでカタカナを学習し、それから少しずつ漢字を学習していくという手順が一般的であ
るように思われる。そうした中で、入門段階の学習者がひらがなではなくカタカナを学習
することには、次のような利点が挙げられる。
2.1. 学習者の名前、出身地を記すことができる
今回の実践例に限れば、ほとんどの学習者はヨーロッパ言語を基にした名前を持ち、ヨ
ーロッパの出身であるため、カタカナの学習により、名前や出身地などを書くことができ
るようになる。漢字圏出身の学習者にとっても、現在、韓国・朝鮮人名や朝鮮半島の地名
は(日本語における近似)発音のカタカナ表記、あるいは漢字とカタカナの併記を行うこ
とが多く、中国語名、地名についても、読みをカナ表記で併記することが一般的である。
従って、学習者の言語・文化的出自にかかわらず、カタカナ習得によって、書き言葉で
「自分を語る」ことができるようになる。もっとも、日本語以外の言語の固有名詞をどの
ように(日本語の音韻体系に沿った形で)カナ表記するかについては、一定量の学習が必
要であり、自明のことではないということは留意すべきである。ただ、初期の段階では、
教員が各学習者に関連のあるものについて、カナ形を教示すればよいであろう。具体的な
教室活動としては、名前、居住地等を記した名刺を作成した上で自己紹介活動を行うこと
ができるようになる。これは、ヨーロッパ共通参照枠の自己評価表の A1 レベルにおける
「例えばホテルの宿帳に名前、国籍や住所といった個人のデータを書き込むことができる」
*1*に対応しているといえよう。
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2.2. 外来語を読むことができる
とくに学習初期段階においては、習得語彙が限られていることから、読む(だいたいの
音形をつかむこと)ことができることは、必ずしも理解につながるわけではない。しかし、
カタカナで表記されている外来語(とくに英語起源のもの)については、当然のことなが
ら日本語の音韻体系に合わせて音形は変化しているものの、原語を想像することが比較的
容易である(また、英語などを起源とする語がどのように「デフォルメ」されて日本語に
取り入れられているかは、学習者の興味を引きうる話題でもある:「マ○ドナルド」の例
などは学生のお気に入りとなることが多い)
。もちろん、本格的な学習をする上では、幅
広い語彙学習が必要となることは言うまでもないが、初期の段階では、このようにして、
(既習言語の)既知の語に比較的容易に結びつけることのできる外来語にアクセスできる
のは利点ではないだろうか。決して容易ではない、新たな文字体系(ハングルなどと異な
り、カナについては文字の形と音形の間に何ら有契性−文字の形とその発音の間の関連性
−がないということを忘れるべきではない)を習得したことに対する、いわば「ご褒美」
として、カタカナで書かれた多くの外来語が理解できる、ということになる。ひらがな習
得の利点がこれと異なるのは、初級者用の教材を除けば、ひらがなの知識のみで読むこと
のできる語、表現は少なく、その多くは和語であることから、読むことができても未習語
である確率が極めて高くなるという点である。この点は、基礎的語彙、とくに和語が多く
習得されている状態から始める第一言語の書き言葉教育(国語教育)と対照的である。ひ
らがなと入門段階の基礎的語彙を習得しただけで日本の町中に出ても、かな書きされた駅
名などを除けば、理解できる情報というのは極めて少ないのではないだろうか(もっとも、
アルファベットによって得られる情報量も無視できないが)
。一方、カタカナについては、
日本語母語話者が日常生活の中で目にしている文字情報(いわばレアリア)の中にも、カ
タカナ語が数多く含まれているものは少なくない。その例としては、街頭でみかける看板、
商品パッケージ、スーパーマーケットやファーストフード店のチラシなどが挙げられる。
とくに、ファーストフード店のメニューなどはそのほとんどがカタカナ語で占められてお
り、それらの語彙を習得していれば、ごくわずかな表現を学ぶだけで、メニューを見て注
文ができるようになる*2*。
この点について、たとえば、日本語母語話者が韓国・朝鮮語を学習するケースを考慮さ
れたい。ほとんどの日本語母語話者にとって、韓国・朝鮮語の表記に用いられるハングル
は、新たな、未習の文字体系である。一方、表音文字(ほぼ音韻表記に対応)であること
から、文字と発音の規則のうち、やや複雑な音変化を伴うものを別にしても、基本的なも
のをおさえてしまえば、読む(少なくともだいたいの発音をつかむ)ことができるように
なる。その上、文字が比較的直線的である点は、カタカナと共通する。一方、カタカナと
異なる点としては、音韻面から見て、文字体系が規則的である(調音位置を同じくし、調
音用式が異なる音−例えば、日本語母語話者にとってパ行音、バ行音、マ行音に聞こえる
音−には類似の記号ㅍㅃㅂㅁが用いられるなど)という、習得上の利点もあげられる。
また、実際の運用面を考慮すると、韓国では大半、北朝鮮では原則として数字以外の全
ての文字情報はハングルで表記されるため、ハングルを習得していれば(意味がわかるか
どうかはともかく)、ほぼ全ての文字情報を「読む」ことができる(さらにいえば、韓国
でハングル以外で表記されているものも、日本語母語話者にはなじみのある漢字とアルフ
ァベットである)
。さらに、少なくとも韓国においては、日本語のものと起源を同じくす
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る漢字語(がハングル表記されたもの)や英語からの外来語が数多く使用されている。そ
うした語の音形は日本語のものと異なるため、すぐに意味を理解できるとは限らない。特
に漢字語については、日本漢字音(音読み)と朝鮮漢字音との間の隔たりが大きいことが
多く、同音異義語も少なくないため、決して理解が容易であるわけではない。英語起源の
外来語、固有名詞にしても、日本語母語話者にとって、対応する日本語の外来語、固有名
詞形がわかりにくいケースも存在する(たとえば、日本語母語話者には「ヘムニッ」のよ
うに聞こえる햄릿 Hamlet「ハムレット)など)
。しかし、意識的にであれ無意識的にであ
れ、ある程度の音韻対応がわかれば、日本語における語形を推測することは可能となる。
また、場合によっては、状況の助けを得て理解できるということもある。
「주차금지」
(近
似の音をカナで表せば「チュチャクムチ」)という標識が道端に立っていれば、それが
「駐車禁止」に対応しているということを想定するのはそれほど困難ではないだろう。日
本のものと類似の標識であればなおさらである。
このように、日本語母語話者がハングルを習得している場合、例えば韓国の町中で得る
ことができる文字情報は少なくない。日本語におけるカタカナの占める割合は、当然のこ
とながら韓国・朝鮮語におけるハングルの使用比率と比べれば極めて低いが、外来語はほ
とんどがカタカナ表記であるため、程度は限られているものの、類似の効果が期待できる。
2.3. 文字がひらがなに比べて直線的であり、習得しやすい
後述の授業活動の節で触れられる通り、まったくの初学者にとっても、ひらがなの画に
は曲線が多く、カタカナには直線的な画が多いという特徴は把握しやすい。カタカナは直
線的な画を多く含むため、ひらがなよりも幾何学的で、書きやすく、そのため習得しやす
いという面がある(ただしこの点に関しては、カタカナのほうが形が単純である分、他の
文字と混同しやすいという感想を持つ学習者がいることも付け加えておきたい)
。カタカ
ナ習得が困難であるという感想を持つ学習者は少なくないが、多くの場合はまずひらがな
を習得し、その消化が十分ではないうちにカタカナを習得したため、両者の間に混同が起
きるというケースなのではないだろうか。その場合、仮にカタカナを習得してからひらが
なを習得したとしても、ひらがなについて同じ問題が起こる可能性はあるわけであり、特
にカタカナ習得が困難であるということを示すことにはならない。
実際のところ、外国語および第二言語としての日本語教育の場合でも、第一言語として
の日本語教育(国語教育)の場合でも、まずカタカナを教えるという実践例がみられる。
INALCO 名誉教授であった故藤森文吉氏によれば、
「まずカタカナから教え、それからひ
らがなに入ると学習がスムーズになる」ということで、
「実際にさまざまな大学でカタカ
ナから教えて」いるということである。また、
「日本語学習を始めてすぐに自分の名前を
日本語で表記することができるという点」についても触れられている(川上祐佳「第 16
回定例勉強会報告」
『フランス日本語教師会便り』 第 20 号(2003), p. 5-6)
。また、静岡大学
国際交流センターの袴田麻里氏によれば、工学部の学生は薬品名などでカタカナを読む機
会が多いため、カタカナを先に教えることもあるという(
「富士にほんごの会・日本語ボ
ランティアセミナー 分科会 2『教材の使い方』報告書」による)
。
第一言語としての日本語教育については、 横峯吉文氏が、簡単なものから順番に教え
るという方針の中で、「縦の棒」と「横の棒」が書けるようになってから直線的な線の組
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み合わせ、カタカナ文字へと進み、その後にひらがなを教えるという順序を提唱している
(横峯 2007)
。実際に、この方式が取り入れられている保育園が鹿児島県に複数あるとい
う。そもそも、1947 年以前の国語教科書では、1933 年度から 1940 年度まで使用されてい
た、いわゆる『サクラ読本』の冒頭「サイタサイタ サクラガサイタ」が示す通り、ひら
がなを教える前にカタカナを教えていたことを考慮すれば、まずカタカナから入るという
ことが特別な考えではないことは明らかである。
入門段階でまずカタカナを教えるということには以上のような利点があると考えられる。
次節では、本実践において、文字導入のために使用した教材と授業活動を紹介する*3*。
3. 授業で使用した教材と授業活動
3.1. 日本語の文字体系 1(他の東アジア言語との比較)
文字導入の第一段階としては、受講者の多くにとってなじみのない文字体系を使用して
いる、複数の東アジア言語の文書を比較することによって、日本語の文字体系がどのよう
なものであるかを全体的に把握する活動を行った。具体的には、日本語、韓国語、中国語
(繁体字)のフリーペーパー、食品パッケージといった生教材を準備、配布し、それぞれ
の資料がどの言語で書かれているかを教示した上で、グループでそれらの文字体系につい
て比較検討してもらった。場合によっては教員が導くこともあったが、概ね、中国語(繁
体字)文書には画数の多い、複雑な文字が多く、韓国語文書には比較的単純で幾何学的な
画が多く、日本語文書にはさまざまなものが混ざっているという全体的イメージをつかん
でもらうことができた。
3.2. 日本語の文字体系 2(ひらがな、カタカナ、漢字の字形比較)
次に、日本語文書のみを検討し、その中にどのような文字(種)があるかについて、や
はりグループで検討してもらった。ここでは、画数の多い、複雑な文字種(漢字)
、比較
的単純で直線的な文字種(カタカナ)
、比較的単純で曲線の多い文字種(ひらがな)
、さら
にはアルファベットも使用されているということを確認することを目的とした。もっとも、
一部の画数の少ない漢字とカナの区別などは困難なこともあるが、漢字、カタカナ、ひら
がながどのような形をしているかについて、場合によっては教員が導きながら、おおまか
に把握してもらうことができた。また、それぞれの文字種がどのような場面で使われるて
いるかを示すような画像の例(図 1)を提示し、観察してもらった。
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図 1:日本語の文字種の使用場面を示す画像の例。左:漢字と、ふりがなとしてのひらが
な(およびローマ字表記) 右:カタカナ表記の外来語
3.3. コンピューター上での外来語入力(カタカナ)
コンピュータの日本語入力システムを利用して、受講者になじみのあるフランス語の地
名および人名を、日本語の外来語音韻法則についての簡単な説明をしつつ(母音挿入な
ど)、ローマ字で入力してもらった。このことによって、本格的にカタカナ習得を行う以
前に、ローマ字を介することによってカタカナを間接的に操ることができる。さらに、入
力したカタカナ語を確認する手段として、入力した文字列をコピー・ペーストによって画
像検索エンジンに入力し、検索結果として対応する画像(
「パリ」であればエッフェル塔、
ノートルダムなど)が表示されるかどうかを調べるという活動を行った。この手段により、
授業時間外でも、興味のある語をローマ字で入力し、その結果を確認するという形の能動
的、自律学習を促すことができる。
3.4. キーワードと画像によるカタカナ学習
カタカナの各文字について、当該音節で始まる国名、外来語等のうち、学習者にとって
意味がわかりやすく、かつ画像化しやすいキーワードを選んだ。そして、そのキーワード
が文字として書かれている画像を見つけ、そこに、より大きな文字でキーワードをつけた
したものを用意した(図 2)。学習者にとって既知(あるいは既知の語と音形が類似)の
語と新たに学習する文字、その文字が学習言語(日本語)において実際に使われている画
像を組み合わせることによって、新しい文字体系の習得を支援するのが目的である。
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図 2:キーワードと画像を組み合わせた例。左:
「インド」の「イ」 右:
「エレベーター」
の「エ」
3.5. スーパーマーケットのチラシ(カタカナ語の演習)
スーパーマーケットのチラシなどには、商品名を表すカタカナ語が非常に多く見られる
のが常である。そこで、チラシの中からカタカナ語を含む商品の画像と文字情報を抜き出
して編集し、準生教材として提供した(図 3)
。また、実際のスーパーマーケットのチラ
シにはインターネット上で閲覧できるものもあるので、こうした素材を使った活動をする
こともできるだろう。
図 3:切り貼りして作成したスーパーマーケットのチラシの例
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3.6. 名刺作成と自己紹介のロールプレイ
すでにカタカナ習得の利点として触れたが、受講者各自が、習得した自分の名前、出身
地、居住地等のカタカナ表記を用い、モデルにならって名刺を作成し、その名刺を使って
自己紹介の活動を行う。また、仮想の人物のものを作成し、自己紹介のロールプレイを行
う。目的は、習得した文字体系を使って、極めて簡単ではあるものの、書き言葉による発
信を行うことである。
これらの活動から得られた受講者の感想の例としては、
「未知の文字を学ぶ(暗記する)
となると大変に思われるが、どのような文字種があるかの比較など、少しずつ学習してい
くと取り組みやすい」というものなどが挙げられる。
4. 今後の課題と可能性
本稿では、未習言語を学習してみるということ自体が目的であり、日本語学習にかける
ことのできる時間と熱意が限られている受講者が多いという状況で、どのような文字教育
を行うかという問題設定から出発し、まずはカタカナを教えるという実践例についてみて
きた。今後の課題としては、ここで挙げられた授業活動をさらに多様化していくこと、他
のケースにどの程度まで応用可能であるかを検討することなどが挙げられるであろう。た
とえば、まずカタカナを教えるということは、日本に短・中期滞在を予定していて、滞在
前あるいは滞在中に少しだけ日本語も学習してみたいと思っている人にとっても役に立つ
ことではないだろうか。実際のところ、かなと基本表現を少し学んだ上で観光目的で東京
を中心に 1 ヶ月ほど滞在した(北米の)仏語話者から、カタカナの習得は有用であったと
いう体験談を得ている。また、本格的に学習に取り組む前に日本語とはどのような言語で
あるかを知りたいという人に対して行われる、
「超入門講座」と呼ぶことができるような
教育実践の中にも取り入れることができるのではないだろうか。日本、日本語および日本
文化に興味はもっているものの、文字習得の苦労とそれにかけなくてはならない時間を考
えて、本格的な学習に踏み切れなかったり、ごくごく入門レベルであきらめてしまってい
る潜在的学習者は少なくないと思われるが、このような「超入門講座」は、学習者の裾野
を広げることにもつながりうるのではないだろうか。
謝辞
本稿実現のためにご協力を頂いた以下の方々に、この場を借りて感謝申し上げます。受
講生の皆さん、Valérie Spaëth さん、Jacques Montredon さん、Catherine Mathon さん。
註
*1*:吉島・大橋編訳(2004) p. 28.
*2*:INALCO(フランス国立東洋語学校)の入門レベルの会話の授業では、実際にファ
ーストフード店のチラシを利用しているということである。
*3*:大学ストライキによって選択の余地なく授業休止に追い込まれたため、後に別の授
業内での実践によって実現した活動も含む。
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参考文献
川上祐佳(2003)「第 16 回定例勉強会報告」
『フランス日本語教師会便り』第 20 号, p. 5-6.
富士にほんごの会・日本語ボランティアセミナー 分科会 2『教材の使い方』報告書
(http://fuji-nihongonokai.la.coocan.jp/contents/seminar_report/0301bun2.html 2010 年 10 月 26 日
参照)
横峯吉文(2007)『天才は 10 歳までにつくられる:読み書き、計算、体操の「ヨコミネ式」
で子供は輝く!』
.東京:ゴルフダイジェスト社.
吉島茂、大橋理枝(他)編・訳(2004)『外国語教育Ⅱ 外国語の学習、教授、評価のためのヨ
ーロッパ共通参照枠』
.東京:朝日出版社.
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Enseignement de l’écriture dans un cours d’initiation au japonais
KAMIYAMA, Takeki
(Laboratoire de Phonétique et Phonologie, Université Paris 3
Département de japonais, UFR LCAO, Université Paris Diderot – Paris 7)
Le présent article est un rapport sur l’enseignement de l’écriture et de l’écrit dans un cours
d’initiation au japonais, assuré dans le cadre du cours « apprentissage d’une langue inconnue »
dans le cursus de Licence mention FLE. Dans ce type de cours, la maîtrise de la langue n’est
pas en elle-même l’objectif principal et le nombre d’heures est limité en général à 20–30
heures. Cependant, il est possible d’offrir une entrée à la langue et à la culture japonaises.
Étant donné le nombre d’heures limité, la demande des participants et le temps et l’énergie
qu’ils peuvent consacrer à l’apprentissage, il est difficile de fixer le même objectif
d’apprentissage de l’écrit que pour des cours de spécialisation (LLCE) ou d’option. C’est pour
cette raison que l’apprentissage de l’écriture et de l’écrit a été limité à celui de katakana dans
notre cours. Les avantages de l’apprentissage des katakana incluent les suivants :
1) les caractères sont composés de traits plus droits que les hiragana ;
2) les apprenants peuvent écrire leur nom et leur lieu d’origine ;
3) avec des mots en katakana d’origine anglaise, ils ont accès à des informations telles que les
enseignes et les affiches trouvées dans la rue ou les emballages.
Il serait également utile d’enseigner les katakana aux personnes qui envisagent un court ou
moyen séjour au Japon, ou à ceux qui souhaitent avoir un aperçu de la langue japonaise avant
de commencer un apprentissage approfondi.
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