地方大学の LEA 課程の状況 グルノーブル・スタンダール第三大学の場合

第五回フランス日本語教育シンポジウム 2003 年フランス・アヌシー
5ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Annecy France, 2003
地方大学の LEA 課程の状況
グルノーブル・スタンダール第三大学の場合 – 既習者のプロフィルから
東伴子(HIGASHI Tomoko)
グルノーブル・スタンダール第三大学
I.グルノーブル・スタンダール第三大学の日本語教育の概要
学術都市として知られるグルノーブルには 四つの高等教育機関がある。理工学部・医
学部のグルノーブル第一大学(現在では数学者の名にちなんでジョゼフ・フーリエ大学と
呼ばれる)、社会・人文科学部(経済・法律・歴史・心理学・哲学など)の第二大学(政治家
の名にちなんでピエール・メンデス・フランス大学)、文学・語学・言語学・コミュニケ
ーション学の第三大学(スタンダール大学)、そしてグランゼコールのINPG(Institut
National Polytechnique de Grenoble)である。
グルノーブルの日本語教育は1986年に選択科目としての日本語コースがグルノーブ
ル第三大学に設置されたのに始まる。そして1992年には日本語が必修である LEA コ
ースが開設される。1996年には第三大学付属の言語文化センターi の設立によりグル
ノーブルの他の高等教育機関でも日本語が第二または第三外国語として選択できるシステ
ムが充実し、非専攻コースの日本語登録者が大幅に増えた。現在では、学習者はLEAコ
ース(4 年生まで)に63人、非専攻コース(4レベル)に約280人(理工系の学生が年々増
えている)となり、日本語の実践的能力養成を目指した教授法構築に力を入れている。
II. LEA課程とは
本稿の目的はLEA課程の既習者対応についての報告なので、簡単にLEA課程につい
ての説明を加えておこう。フランスの大学で語学を専攻する場合、大きく分けて2つの課
程がある。専攻した言語やその国の文化・文学を深く研究し、将来研究者や教師を目指す
LLCE(langues, littératures et civilisations étrangères)コースと2つの外国語を並行し
て学習し、同時に社会科学系統の科目(経済学・経営学・会計学・法律学・など)も広く
学び実務的な分野での就職をめざすLEA(langues étrangères appliquées)コースの2つ
である。ii LEAコースで専攻できる外国語の種類と可能な組み合わせは大学によって
違うが、一番多いのはやはり英語と主要ヨーロッパ語(ドイツ語、スペイン語、イタリア
語など)の組み合わせである。グルノーブル大学に関していえば、希少価値を買われてか、
アラビア語、日本語、オランダ語などのいわゆる『小さな言語』(petite langue)が英語と
ペアでLEAコースに設置されている。この2つのコースの特徴をまとめると次のように
なる。
L.E.A. Langues Etrangères Appliquées
応用外国語課程
⇒ 多面的能力養成・実践的アプローチ
L.L.C.E.
Langues,
Littératures
et
Civilisations Etrangères 外国語・文学・
文化専攻課程 ⇒ 深い専門性・文学的ア
プローチ
専攻科目
専攻科目
♣ 英語・日本語 (語学と文化・翻訳など ♣ 日本語・日本語学(文法・語彙・発
実践的能力養成) (各言語 週 4~6 時間)
音・文体論・言語学)と文化的歴史的アプ
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♣ 社会科学関係の科目が必修(経済・会計 ローチ(あるいは文学と文明学)(週10
学・法律・経営・など)(週6時間程度)
時間程度)
将来目指すの仕事のタイプ
将来目指すの仕事のタイプ
企業、貿易関係、国際機関、ビジネス翻訳 研究者、教師、翻訳家など
など
表1 LEA (Langues Etrangères Appliquées) vs. L.L.C.E. (Langues, Littératures et
Civilisations Etrangères)
LEAコースは科目数が多いので進級がかなりきついと言われる。また、英語や社会系
の科目が得意でないといくら日本語がよくできても進級できない。このコースを専攻して
いる学生たちのプロフィルを把握しておくため、グルノーブル大学のLEAコースの1年
生を対象に行った調査(2003年3月)の結果の一部を簡単に紹介しよう。
1)『L.E.A.の特徴、切り札は何だと思うか?』という問いに対しては『高いレベルの
英語能力と希少価値のある日本語能力を兼ね合わせること』である、という回答が多かっ
た。また POLYVALENT(多目的)なプログラムが将来役に立つ、というような就職を
意識した回答も目立った。
2) 日本学プロパーのLLCE課程に比べ、
『広く浅く』的養成だと、日本学者たちか
らは継子扱いされることもあったLEA課程なのだが、最近は、LEAに誇りを持って、
将来の仕事を真剣に準備するというタイプの学生が増加している。
『もしグルノーブル大
学にLLCEコースができたら、そちらへ行きたいか』との質問には、過半数が、それで
もLEAを選ぶと答えているからだ。以前よりも日本語を『道具』として学習しようとい
う学生が増加しているのは事実である。今年LEAコースの一年生に登録している学生の
過半数はこの L.E.A.の実践的・多目的なプログラムに魅かれて来ている(33人中20
人)(日本語プロパーにはなりたくない、英語のディプロームなしでは就職活動で不利で
ある・・・)一方、L.C.E.がグルノーブルにないために仕方なくLEAに籍を置いている
タイプの学生も相変わらずおり(33人中10人くらい)彼らには英語や社会科学系当の
科目が苦痛以外の何者でもないようだ。
III. LEAコースの日本語既習者の内訳・プロフィル
III-1. 既習者のカテゴリー
大学における既習者と一口にいっても背景はさまざまである。最初のカテゴリーは中
学・高校で日本語教育を受けた人達だが、この中にも、正規の授業 (第3外国語として)を
取って来たグループと課外活動として受けてきた人達がいる。これはその大学のある町や
大学区にどのような高校があるかが大きく影響している。グルノーブル大学の場合は、市
内には正規の日本語コースを設けている高校はないので、最初のケースは少ない。隣接県
で同じ大学区(アカデミー)の Ardèche の BOISSY 高校で行われているテレビを使った
遠隔授業が唯一のもの。またグルノーブル近郊の Grésivaudan 高校では課外活動として
だが活発な日本語授業が行われている。スタンダール大学のLEAコース入学者で高校で
の既習者はこのいずれかの場合が多いが、絶対数としては非常に少ない。毎年1名程度。
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今年度の1年生ではこのケースはゼロである。このグループの学生もバカロレアの第三外
国語を日本語で受けてきたものとそうでないものの2つのグループにわけられる。高校で
は課外活動として言語そのものよりむしろ文化面に関心があった生徒は語学レベルが十分
でないと判断してバカロレアで日本語を選択しなかったと言っている。
次のカテゴリーは、高校に日本語の授業がなかったので通信教育のCNEDで学習した
という人たちで、グルノーブル大学にはむしろこのグループの既習者が多い。かれらのプ
ロフィルは、日本語に情熱を持っていて、自立している、など。しかし
CNEDで最後までやってバカロレアを受けたという人は少なく、途中で挫折したという
人が多い。結局1年目からやり直すことが多い。やはり毎年1名程度。
3番目のカテゴリーは、10年前にはほとんど皆無であったのだが近年は増加している
カテゴリーで、高校生の時に一年間日本の高校に留学したというケースである。ロータリ
ークラブを通して、または姉妹都市、姉妹校があるという場合だ。 Toulouse 大学, Lyon
大学などからもこの種の既習者がいるという報告を受けている。 彼らは日本で十分な特
にオーラルレベルでの能力を身につけてきており、バカロレアも第3または第2外国語を
日本語で受験しているのだが、その後の伸び方は本人次第といえる。日本で学んだ『蓄え』
にすがっていて大学ではすこしも進歩しない学生もいれば、日本で学んだ基礎をバネにし
て自立して勉強しかなり高いレベルに達する学生もいる。現在LEAコースには2人いる。
最後のカテゴリーはその他の機関で学んだ人(文化センター、個人教授など)、独学組
がある。独学の人たちはテレビゲームやマンガの影響で最近増加しているが、かなり高い
レベルまで達している人もいる。また独学に見られがちな自己流の字の書き方、間違えて
覚えていること、などの矯正にポイントを置けば彼らの努力を生かして伸ばしてあげるこ
とも可能ではないかと思う。グルノーブルではこのタイプの既習者が一番多いが、レベル
に差があるため、一括した対応政策はない。
また既習者という観点から見れば、大学の非専攻の選択コースで一年間やり、日本語の
面白さに取り付かれて2年目に専攻を変え、例えば英語専攻の学生がLEAの一年からや
り直すというケースもよくあるが、今回は中等教育高等教育の連携の問題なので今回この
統計には入れていない。iii
III-2. ケーススタディー(既習者の代表的プロフィル)
グルノーブル大学ではLEAの学習者(と既習者)の絶対数が少なく、統計をとってもあ
まり意味がないため、ケーススタディーという形で代表的な既習学習者のプロフィルに目
を向けてみることにした。
その1 A君の場合 : 高校生の時に一年間日本の高校に留学(ロータリ財団)
。日本で
能力試験2級取得。バカロレアLV2。 大学では一年次に日本語だけ二年生の授業に出
る許可を得るが雰囲気になじめず結局1年からやり直す。現在LEAの二年生。授業には
時々顔を見せる程度。最低限しか勉強しない。理解力、会話力を除けば成績はクラスでも
中の上ぐらい。まだ余力があるので2年生の授業には十分ついていけるがこのままでは来
年はほかの人に追い越されるだろう。英語、社会系の分野は成績が悪く進級も危うい。
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その2 L君の場合 : 高校のときCNEDで始めるが途中で挫折。一年日本の高校に
留学。バカロレアLV3。大学に入って日本語だけ2年の授業に出る許可を得たが年末の
試験は1年生の試験から受け直さなければならず、一時やる気を失ったがその後立ち直る。
現在3年生。授業には熱心で向上心が強く自分でもよく勉強している。日本語の能力、知
識はかなりレベルが高く英語、社会系の科目の成績もよい。来年度は日本の国立大学に一
年間留学が決まっている。
その3 Oさんの場合 : 高校のときLV3で日本を選択。3年間学習。 バカロレア
LV3。大学ではゼロからやり直したが、本人にはそれが不満。最初の一年は日本は勉強
しないでもよいのでその分ほかの科目に力を注いでいた。そのため日本語を勉強する習慣
を失ってしまったと本人は言う。現在2年生。真面目に出ているがプライドが高くほかの
学生とあまり馴染めない。授業が簡単すぎる、進み方が遅いといつも文句を言っているわ
りには成績はそれほどよくない。
その4
Iさんの場合 : 高校のとき日本語を自由選択で2年間やったが正規の課程
ではなかった。高校での日本語学習はよい思い出になっているそうだ(特に文化面で学ん
だことが多いとのこと)
。しかし、バカロレアでは日本語を受けなかった。大学では2年
の授業を取るほどのレベルではなかったのでゼロからやり直す。現在3年生。真面目で日
本語の成績は中の上くらい。カナダ留学の経験があり英語が得意なのでLEA全体の成績
には余裕がある。来年はまたカナダに留学する予定。
IV. 地方大学のLEA課程の現状
今回LEAを設置していると思われる地方大学(パリ以外)にアンケートを依頼したので最
後に簡単にその結果をまとめよう。日本語のLEA課程があるのかはっきり確認できなか
った機関もあり、抜けている大学もあるかもしれない。返事をいただけた大学の現状を簡
単にまとめたのが下の表である。iv
LLCE
Université de 有
Bordeaux 3
Université de 無
Grenoble 3
LEA 学生数
( 1 年
生)
有
LEA 80
(45)
有
63
(33)
既習者
年間平均数
学習環境
15 人
既習者への特別な対応・教師の
感想
▲原則として全員ゼロから (初
主に高校
心者には新学期30時間の特訓
があったが予算不足のため来年
度から廃止)
▲授業免除を許可するにはかな
り高いレベルが必要
1~2 人
▲特別な措置はない。場合によ
CNED ・ 高 っては2年生の授業に参加でき
校日本留学 るが試験は1年から受け直す
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Université de 有
Lyon 3
有
110
(44)
Université
d' Orléans
有
83
(30)
有
▲プライドばかり高くて努力を
怠っている学生は少しも上達し
ない。いまのところ個人のやる
気、忍耐力、自立心だけが成功
の鍵になっている
8~9 人
▲特別は措置はない。場合によ
高校
っては1年次のラボ、和訳、仏
CNED
訳の授業の出席の免除
日本留学
▲高校での既習者の間でもレベ
ル,既習事項の差が大きすぎる
5 ~6 人
▲場合によっては既習者は一年
主に高校
目出席免除で試験だけ受けるこ
稀に CNED とができる。
▲既習者が楽なのは最初だけ。
2年目には差は縮まる。
▲熱心に勉強を続ける人は伸び
るが省エネ型の学生はほかの人
に追いつかれる
Université de 有
Toulouse
有
135
(65)
2~3 人
高校
日本留学
▲原則として全員ゼロから
▲レベルに差があるので一般化
はできない
表2 地方大学のLEA課程の現状
表現方法は違ってもどの大学も同様の方針をもち、同種の問題点を抱えているのがわか
る。要するに『原則として特別な対応システムはない。しかしケースバイケースで一年次
の、あるいは前期の授業免除を認めることもある。しかし試験は一年次から受け直す。
(一つのセッションにはひとつのレベルの試験しか受けられないという決まりがあるから
である。v) 』ということだ。
また学習者の側に立って考えれば、LEAのように、科目数が多く日本語以外の勉強が
厳しい課程では、既習者は初心者と一緒にやりながら日本語以外の勉強に力を入れること
ができる、というのはひとつの特典かもしれない。しかし、先に述べたように英語や社会
科学の科目に余裕がない学生は、日本語は単に苦労しないで単位がとれる便利な道具にな
り下がってしまう恐れもある。また、心理的には、好きな日本語の勉強ができない、その
期間、日本語が上達したという満足感が得られないという点ではむしろマイナスではない
か、とも思われる。ほかの人よりリードしていてもほかの人が追いつくまで足踏みをして
待っているというのは、自分自身に対してもマイナスのイメージを抱くだけだろう。
ある程度日本語を本格的に勉強してきた既習者は口をそろえて、日本語だけでも1年生
の分は単位をもらいたい、2年生に編入したい、という。 しかし、たとえ日本留学経験
者で会話が流暢にできて日本の高校の教科書がすらすら読めるような学生でも文法に対す
る知識などは弱いということもある。学生のプロフィルを分析して リヨン大学がしてい
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るように、ある種の授業だけ免除するというのも一つの案だろう。 しかし、現実問題と
してただでさえ忙しい教師はこれ以上個人指導のようなことはできないのだ。
既習者はたとえ 1 年次に登録せねばならないにせよ、並行して自立学習ができるように
指導できれば理想的であろう。実際、自主的に学習できるという学習ストラテジーを持っ
た学生とそうでない学生とでは上達面で大きな差ができる。グルノーブル大学に関して言
えば マルチメディア自動学習センターというのがあるが、そのような施設を利用して基
盤のある学生にはどんどん力を伸ばしていってもらいたいものだ。
以上が、LEAコースにおける日本語既習者の状況である。革新的なアイデアは出せな
いが、とりあえず各既習者のプロフィル分析、日本語の背景、レベル、心理的状態、学習
態度、などの調査をし、必要と思われる対策をしっかり設定し、あとは実現に向けて、予
算獲得など具体的な活動をするのが今われわれにできる解決法ではないかと思う。
i.現在では、言語文化センターという名称ではなくなったが、第三大学の外国語学部では
P.O.L.(Politique Ouverte des Langues)という組織で非専攻者対象に16ヶ国語の言語教育と自立学
習利用の学習法の共同開発が行われている。
ii.本来の定義では、2つの同レベルの外国語を専攻する、ということだが、日本語は大学でゼロ
からスタートするので、実際には英語と同レベルでないのは明らかである。
iii.ここで、グルノーブル大学の非専攻選択コースについてひとこと言及すれば、LEAコースと
は、既習者のプロフィルと大学での対応方法という2つの点で大きな違いが見られる。大半の学生
が地元の学区から来ているLEAコースに対して非専攻者選択コースはスタンダール大学以外の学
生、特にグランゼコールの学生が多く、フランス全国から集まっている。高校時代に日本語を正規
の授業でとったという学生もいる。選択コース(年間50時間)の場合は、既習者はクラス分けテス
トを受けて十分な能力が認められれば、2年目、3年目などから編入することが可能である。新学
期の登録時にテストを受けて2年次以上に編入する学生は年間10人近くいる。
iv.このほかに
Université de Provence-Aix-Marseille 1, Université de Nantes などにもLEAコー
スが設置されている
v.前期試験に1年生の試験、後期試験に2年生の試験をうけるということが可能であったか確認
する必要がある
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