ストリーミングビジネス市場はどこまで拡大するか 静岡県立大学国際関係学部教授 前坂 俊之 2001 年12月31日の大晦日。若者に最も人気のある歌手・浜崎あゆみの「カウントダ ウンライブ」がインターネット放送で生中継された。 大手レコード会社「エイベックス」が行ったもので、「ブロードバンド(BB)」(広帯域)対 応(300kbps)でストリーミング配信されたS席は1600円で限定5000人、『ナロー ドバンド』(56kbsp)の A 席は800円で6000人が完売の大人気。フアンは自宅のパ ソコンでテレビ中継以上に迫力ある映像に酔いしれた。 ブロードバンドの画質で浜崎の表情も鮮明に写り、動きもスムーズ、音質もよくテレビ 中継と遜色はなかった。 今、ブロードバンドの本格的な普及によって、これまでマッチ箱ほどの大きさの画面で、 映像や音声が途切れたりして実用に耐えなかったストリーミング映像配信がにわかに ビジネスとして注目を浴びている。 この浜崎あゆみライブの有料インターネット放送が成功したことも1つの突破口となり、 「ヤフーBB」「BB二フティー」「BIGLOVEブロードバンド」などのブロードバンドポータ ルが一挙に増加し、有料のストリーミング動画サイトが続々開設されている。 こうした有料コンテンツのビジネスモデルはどこまで成功するか、これまでのインター ネットはユーザーにとっては無料の世界だっただけに余計に注目されているのであ る。 ストリーミングはインターネットで映像や音声をダウンロードするには不可欠な技術で、 インフラのブロードバンド化とストリーミング技術が組み合わされて、より高度なインタ ーネット放送が可能となる。いわば、インターネット放送のための車の両輪なのであ る。 音楽や映画を楽しむ場合には、まず音楽の配信サーバーから情報を自分のパソコン にダウンロードして再生するが、ストリーミングは動画や音楽の送信方法の1つで、デ ータを一度にダウンロードしてから再生するのではなく、データ-を切れ目なくサーバ ーから受け取りながら、「ストリーム」(stream)の文字通り、小川の流れのようにたえ ることなく、逐次その部分を再生していく方式、再生時間を短縮しようという技術であ る。 今やインターネット放送そのものを指す言葉として使われている。これまでユーザー は ISP(インターネット接続業者)にダイヤルアップで接続していたが、この間のユーザ ーから ISP までのラストワンマイルの通信速度が遅かったため、高品質のストリーミン グ画像は配信できなかったが、ブロードバンドでこの障害はなくなった。 ブロードバンドではこれまで文字、静止画が中心だったインターネットの世界が動画 や音声中心に大きく変化し、この『ストリーミング動画』のインターネット放送がキラー コンテンツになる可能性が高い。 浜崎あゆみのインターネットライブ放送に全面的に技術協力した『株式会社 J ストリー ム』はストリーミングの動画中継のインフラ提供をしている企業だが、テレビの生放送 と連動したアイドルグループ「スピード」のインターネットライブ中継では700万ヒットと いう記録的なアクセスがあった。 「サザンオールスターズ」のチャットを入れたライブ放送や「卒業式」「祭り」「法要」のラ イブ中継など特定少数に特化したストリーム動画による新たな放送の試みに取り組 んでいる。 ブロードバンドによって、ストリーミングのビジネス利用は一挙に拡大しており、株主 総会をストリーミング動画でインターネットライブ中継する企業や IR 活動、商品紹介、 社内研修、テレビ会議、ストリーミング広告、「e−ラーニング」など幅広く活用されてい くだろう。一方、映画、音楽、ゲーム、映像などのエンターテイメント業界はストリーミン グによるインターネットを使ったコンテンツ配信に強い関心を示している。 『2001年ストリーミング白書』(インプレス)によると、2000年11月の時点で日本 のストリーミング人口は900万人(インターネット人口2742万人)でこの1年間にユ ーザーで約5倍、アクセスで3倍に急増した。 2001年6月の調査では、ストリーミングのコンテンツの利用は映画、音楽が一番 多く65%,趣味関連が44%,ニュース関連が36%、ゲームが28%となっており、ユ ーザーの不満は「速度が遅い(再生までに時間がかかる)」75%、「画面が小さいく見 づらい」62%、「画質、音声の質が悪い」52%で、ダイヤルアップよりも ADSL ユーザ ーは速度への不満は大幅に少なくなった。ADSL ユーザーは高い利用頻度を示し、ブ ロードバンド化でストリーミング利用は大きく伸びることをうかがわせた。 この調査から半年後の昨年夏以来、日本のブロードバンド市場は、参入業者が相 次ぎ、急速に立ち上がり、昨年一年間で ADSL(非対称デジタル回線)は150万件を 突破、今年2月までで計200万件、ブロードバンド全体で350万件に増加した。今年 中には900万人を突破する勢いである。これをにらんで、インターネット放送、その周 辺の産業が一斉に立ち上がっている。 ブロードバンドコンテンツビジネスに向けて通信業者、テレビ、エレクトロニクス、コン ピュータ、家電メーカー、新聞、出版、マスコミ各社、ISP(インターネット・サービス・プ ロバイダー)、コンテンツ各社がコンテンツ、映像配信事業に一斉に乗り出し、企業の 合従連衡が活発になっている。 放送事業者はオンライン配信への事業化に取り組んでおり、コンテンツ制作、著作権 管理会社などを設立、CDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)、コンテンツ課金・ 顧客管理事業者などが誕生し、周辺サービス企業も次々に立ち上がっているのであ る。 このように日本のブロードバンド市場はまだ黎明期だが、リアルネットワークスの調査 では、「ストリーミング市場(コンテンツ収益と広告収入)は2001年で200億円だった が、3年後には約5倍に急増して1000億円市場に成長する」と分析している。 日本より先にブロードバンド市場が立ち上がった米国では、インターネットユーザー のうち20%が映像ストリーミングを利用している、という。ただし、ストリーミングコンテ ンツなどデジタルメディアの有料サイトで利益を上げているところはほぼ皆無に近いと いい、いずれも苦戦している。 しかし、企業内でのコスト削減、業務の合理化、社内の会議や社員研修などにストリ ーミング動画は有効な手段として採用されているところが多い。また、大学や教育施 設、企業の販売部門の研修にインターネット放送を利用するところが増加したため、 企業内でメディア部門を設立したところが相次いでいる。デジタルメディア機能を標準 装備したマイクロソフト「ウインドウズXP」の登場で一層弾みがつくとみられる。 こうした北米のデジタルコンテンツ配信市場は2001年の18億ドルから2005年には 43億ドルに成長する。(技術調査会社・米アバディーン・グループ調べ) また、ストリーミング・メディア対応の広告市場は2005年には約31億ドル規模に、別 の調査ではストリーミング・メディア配信サーバー市場は14億ドルの規模になるとの 調査(米YankeeGroup)も出ている。 では今後、日本のブロードバンド市場はどうなっていくのだろうか。 動画コンテンツのストリーム配信がブロードバンドの代表的なサービスであり、インタ ーネットの普及と利用時間の増加をもたらすだろう。他の放送メディアと比べて、イン ターネット放送は配信にかかるコストは大幅に少なく、既存の放送にはない多様なコ ンテンツが生まれる。 ストリーミング配信ビジネスは企業対企業の電子商取引「BtoB」では社内研修、遠隔 学習、社外通信、テレビ電話、監視モニター、広告の動画配信、プロモーション、ファ イナンシャルサービスなど多方面に活用される。これまでのテキスト、静止画中心の ものから情報、知識、映像の多い「リッチコンテンツ」の双方向のやりとりは、ビジネス 革新に大きく役立つ。 また、企業から消費者への「BtoC」ではインターネット放送はeコマースの主役となっ て、これまでのテキスト、静止画中心から動画、映像によってオンデマンドで買う事が 出来るようになり、電子商取引の市場は一挙に拡大していく。 個人のニーズに合わせた映画、音楽、ニュース,スポーツ、ドキュメンタリー、小売、オ ンラインショッピング、商品映像、取引仲介、不動産、医療、介護、ヘルスケアー、個 人ユーザー制作の映像、ライブ中継など多様なインターネットサービスも映像、動画 中心のものに変わり、映像サービスが当たり前のものとなっていくであろう。 野村総研は今後のストリーミング市場の規模について2002年の動画コンテンツ,動 画広告などのインターネットによる動画配信サービスは260億円,デジタル音楽市場 は20億円,デジタル出版は30億円、ネットゲームは770億円などと見込まれ,全体の デジタルコンテンツ市場は1080億円と予測している。 また、2001年10月に同総研が発表した市場規模予測ではオンライン映像配信市場 は2001年の120億円から年平均成長率60%で急速に拡大して、5年後の2006 年には13倍の約1540億円に達するという見通しである。 ただし、インターネット放送の発展によって、テレビとインターネットが一挙に融合して、 従来型のマスメディアが衰退すると考えるのは早計である。テレビ(放送)とブロード バンド、インターネット放送は性格が違い、得意分野で棲み分けして、相互に基本的 な部分を残しながら、部分的に融合していくだろう。企業や個人など誰もが「パーソナ ル・キャスティング」(個人放送局)になれるというのは大きなインパクトがある。ソニー は『パーキャス TV』を設置し、ムービーカメラを搭載したパソコンで撮影した映像をソ ニーサイトで個人がライブで配信できるサービスを開始した。こうしたパーソナル・キャ スティングコンテンツは今後、ビジネスコンテンツとならんで大きな市場を形成し、両者 は融合したコンテンツになっていくとみられる。 IT国家戦略である政府の「e−Japan計画」では2005年までに、ブロードバンドや光 ファイバーによる高速インターネット、超高速インターネットに4000万人が接続され るとの方針で、こうした「高速化、常時接続化によってストリーミング動画配信が本格 的なサービスになっていく」との見方が強い。あと数年後でブロードバンド・ビジネスは 大成長していくが、その間に多様化するユーザーニーズを把握し、何が事業として成 立するのかをすばやく把握して対応した企業がブロードバンド時代の"勝ち組"になる ことは間違いない。
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