研 究 余 滴 「なぜ、女子高生はローファーのかかと のかかとを踏むのか」 門に立って、登校してくる生徒たちを見ている ら、こんな話を漏れ聞きました。――「朝、校 ごみを歩くのは、かなり足に負担がかかります ーのかかとを踏み潰して、渋谷や原宿などの人 とされることが多かったようですが、ローファ 団の同調圧力の一種、権威への反抗などが理由 について、ファッションの延長であるとか、集 と、何人かの女子生徒が、ローファーのかかと 最近、とある都立高校の生徒指導部の教諭か を踏み潰して、サンダルのようにして歩いてく し(それも、あのあたりは人の往来が絶えず、 ローファーのかかとを踏む理由としては、これ 道路の凹凸が激しいところも多いようです)、 までの見解だけでは、片付かない部分もあるで る。ざっざっと音をたてて、ローファーをひき 以前から、いわゆる「服装の乱れ」に関連し しょう。それに、先ほどの教諭らの主張と考え ずるようにして歩く様子が、なんともみっとも て、いくつかの都立高校の生徒指導部のなかで 方を踏まえると、わざわざ誤ったものの使い方 地下鉄や駅構内の昇降、歩行にも支障がないと は、ローファーのかかとを踏み潰す生徒たちの をし、社会や集団の規範に反する行動をとって は思えません。そうした支障をかかえつつも、 存在が指導の対象とされることが多かったよう まで、生徒たちは、どうしてローファーのかか ないので、何度も注意をするのだけれど、いっ です。しかし、なぜ、ローファーのかかとを踏 こうに改善する様子が見られない」と。 み潰す行為が、学校教育のなかで問題視され、 とを踏み潰すのか、そのメリットが、どこかに 踏み潰すものではない」という主張と、「社会 ちの側に、「そもそも、ローファーのかかとは く都内の女子高生ら、複数人に意見を求めてみ ワークを重ね、ローファーのかかとを踏んで歩 のが確実な方法なので、実際に、フィールド・ こうしたことは、その当事者 に詳細を訊ねる あるはずです。 的に見て、ローファーのかかとは踏み潰すもの まず、大枠から考えると、ここには、教諭た 指導の対象となるのでしょうか。 ではない」という主張のふたつがあると見るこ ました。 を踏むのは、タイツやニーハイソックス(=通 何人かが、みな共通して、ローファーのかかと すると、興味深いことに、女 子高生のうちの とができるでしょう。前者は、間違ったものの づくもので、後者は、社会や集団の規範に反す 使い方をする生徒を正そうとする考え方にもと る行動(=逸脱行動)をとる生徒を正そうとす 称「ニーハイ」「ニーソ」)を履くためである めに、制服のスカートとあわせて、タイツやニ 通常、冬になると、女子高生 らは、防寒のた と答えたのです。 して歩く生徒たちは、いったい、どのような考 では、一方で、ローファーのかかとを踏み潰 る考え方もとづくものといえます。 え方によって、そうした行動をとっているので が、これらはいずれも、伸縮性があり、表面が ーハイソックスを着用することが多いのです 従来までの一般的な見解では、こうしたこと しょうか。 16 教育社会学〔124〕 February,2011 Nanami Kagawa 香 川 七 海 歩行の際に困難さや違和感を覚えることがある ルとしたローファーの靴底や中敷となじまず、 滑りやすい生地でつくられているため、ツルツ とか、靴ずれを避けるために、かかとを踏んで としても機能しますが)、着用するためである ソックスを(ときにこれらは、おしゃれの一種 女子高生らは、防寒のためのタイツやニーハイ いタイツやニーハイソックスを履くと、ローフ しているものですから、冬になって、生地の薄 下を着用した状態の足のサイズにあわせて購入 在や靴ずれ防止の手段を教示するという手もあ もあるでしょうし、滑り止めのついた中敷の存 するような履物を生徒たちに許可するという手 が生徒指導を行なう際には、防寒の装いに適合 だとしたら、こうした生徒に ついて、教諭ら いるという場合もあるようです。 ァーの内側に、多少の隙間が生じるのは、当然 ると考えられます。 考えてみれば、もともと、ロ ーファーは、靴 そうです。 のことでしょう。ですが、そのような状態では、 ちに、ずっと、かかとを踏み潰していると、靴 になったと説明してくれました。また、冬のう 然とローファーのかかとを踏みつけて歩くよう ために、あるいは、靴ずれを避けるために、自 うになるのですから、その行為だけに目を向け、 かとを踏みつけて歩いても構わないと考えるよ を避けることのほうを重視し、ローファーのか していません。それゆえ、歩きやすさや靴ずれ ない行為であるという価値観が、ほとんど存在 ちには、みずからの身体のなかに、それがよく ローファーのかかとを踏みつ けて歩く生徒た そういうものではないでしょうか。 れがちですが、教育のいとなみとは、もともと、 これは、とても地味で面倒な 働きかけと見ら 普段のように、歩いたり走ったりすることは難 しくなりますし、場合によっては、靴ずれを起 こしてしまうこともあります。 ……このような理由から、幾 人かの女子高生 の形状に癖がついてしまいますから、時期が移 たちは、歩行の際の困難さや違和感を解決する り変わっても、かかとを踏みつける行為を繰り 生徒たちを注意すれば、教諭と生徒の相互の要 ごく一部の層から寄せられた意見ですから、そ つれた糸をほどいていくような、地味で面倒な どうしても、その段差を少なくするために、も 今日の高校生に対する生徒指 導においては、 求には、段差が生じることもあるでしょう。 れだけで、ローファーのかかとを踏み潰す生徒 働きかけが必要となるのです。 もちろん、これは、都内の女 子高生のうちの 返すようになるとも口にしていました。 たちの行為について、その内実が明らかになっ (國學院大学教職課程・現代子ども学) たわけではないでしょう。こうした行為は、地 域性や学校の雰囲気、伝統などにも左右される ものなので、安易な断定は避けるべきであるの しかしながら、ここで検証し たように、一部 は、指摘するまでもありません。 February,2011 教育社会学〔124〕 17
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