シェアの価値, Never, Never Loose Share, ポートフォリオの再発見

ボストン コンサルティング グループ
2003 AUTUMN
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イスタンブール
台 北
ジャカルタ
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クアラルンプール
トロント
リスボン
ウィーン
ロンドン
ワルシャワ
ロサンゼルス
ワシントン
マドリッド
チューリッヒ
メルボルン
● シェアの価値
● ポートフォリオの再発見
(BCGクラシックス)
● 時間という武器:
タイムベース競争(BCGクラシックス)
C O N T E N T S
プライシング:デフレ下の収益向上
●シェアの価値
1
●ポートフォリオの再発見
12
(BCGクラシックス)
●時間という武器:タイムベース競争
17
(BCGクラシックス)
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http://www.bcg.co.jp/
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シェアの価値
シェアの価値
・経験的観察によると、市場シェアを争う2者の間で、シェアの拡大(もしく
は縮小)が双方にとって現実的でも有利でもなく、均衡を保っているときの
シェアの価値
比率は2対1である。
・首位企業のシェアの4分の1を下回るシェアは、もはや競争上の意味をなさ
ない。これもまた経験的観察による結論だが、このことは経験曲線からも
推定できる(注)。
市場シェアを失うことには弁解の余地はない。シェアを失えば、その結果と
……2社のシェアが拮抗している場合には、相対シェア(首位企業の場合は、自
して優位性が低下し、規模が縮小するためにコストが増加し、戦略上の自由度
社シェアの二番手企業シェアに対する比率。二番手以下の企業の場合は、自
も狭まる。最後に待っているのは市場からはじき出される危険だけである。人
社シェアの首位企業シェアに対する比率)を伸ばした企業が、販売量とコスト
間は酸素がなければ生きられないように、シェア拡大の戦略がなければ企業に
の両面で差別化できる。
エネルギーと活力は生まれない。不安定な経済状況、業界の先行き不安、強
力なライバル企業――どんな状況にあろうとシェアを死守することは可能だし、
またそうすべきである。
(注)経験曲線とは、BCGが発見した、累積生産量の増加に従って、実質コス
トが一定の割合で低下していく法則。経験則によると、累積生産量が2倍にな
ところが実際には、短期的なパフォーマンスを最大化するためにシェアを犠
るごとに、実質コストが20〜30%ずつ低下する場合が多い。競合企業に対して
牲にする経営幹部がなんと多いことか。そんなとき彼らは、
「競合X社は小企業
2倍のシェアを維持すれば、累積生産量も2倍になり、20〜30%のコスト格差を
で、恐るるに足りない」とか「現在我が社の急務は財務面の改善であり、それ
維持できることになる。
と比べればシェアが徐々に低下していくことなど重大な問題ではない」といっ
た理屈を言う。本来厳しい戦線で勝利するにはイノベーションへの投資が必要
ヘンダーソンが「The Rule of Three and Four」を書いてから30年近く経つが、
だが、こうした幹部の多くはこれを怠りがちだ。さらに、コスト削減と利幅拡大
現在でもこの法則は通用する。市場リーダーが、既存の優位性を失わないた
を達成しようとするあまり、少しずつ商品の質を落としてしまうこともあまりに
めには、競合企業、コスト構造、顧客についてよく理解し、商品の付加価値を
多い。こういうやり方では、短期的利益を得たとしても、長期的には損失にな
さらに高めるために投資し、また市場シェアの侵食に対してすばやく策を講じ
ってしまう。
なければならない。
1976年、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の創業者ブルース・
ヘンダーソンは、
「The Rule of Three and Four」と題した「Perspectives」という
弊社小冊子のなかで、市場シェアについて次のように述べている。
最悪な戦略は「様子見」である。何もせずに、
「競合企業の動向を見守る」、
「ある市場で成功したアイデアが別の市場でも成功するかどうか見守る」、
「低
価格戦略によってシェアを大幅に拡大できるかどうか見守る」という姿勢はと
るべきではない。シェアリーダーにとって、時は敵であり、すばやい対応こそ最
競争市場が均衡を保っている場合、主だった競合企業の数は最多で3社であ
も有力な武器である。
り、彼らの市場シェアの格差は最大で4倍である。
この法則は次のような前提から導き出された。
1
2
シェアの価値
シェアの価値
3つのE―embrace, extend, extinguish
において優位にあり、かつ事業を深く理解しているので、競合企業が彼らに追
私たちはこれまでのコンサルティング経験から、
「シェアの拡大」、
「顧客(消
いつくのは至難の業である。多くの消費者向け商品・サービスに共通すること
費者)の視点に基づく市場の定義」
、
「競合企業の脅威に対する素早い対応」の
だが、市場リーダーは収益の源泉の実に80%、もしくはそれ以上を手に入れて
重要性を強く認識するにいたった。私たちの経験的観測によれば、企業の収
いる。これが二番手になると収益は資本コストにも満たなくなる。そして差別
益性、安定性、自由度は、相対市場シェアによって決まる。そして、競争が激
化できない企業にいたっては、かえって損失をこうむることになる。図表1に示
しくなると、プライシング、市場での認知、プロモーション、市場予測等にお
したのは、ある消費財の例であるが、市場リーダーは二番手企業の倍のシェア
ける能力や選択肢が制限される。さらに競合企業に主導権を握られると、その
を有しており、製造、原材料、流通、販売、マーチャンダイジング、プロモーシ
対策を考え実行するのに時間がかかるようになる。マイクロソフトの「3つのE」
ョンの規模を生かすことで、営業利益率を21%も上乗せしている。
―「embrace, extend, extinguish(取り込み、拡張し、抹殺する)
」―と呼ばれる戦
相対市場シェアを保持できない企業は、いずれそのつけを払うことになる。
略は、競合の脅威に対して迅速に対応し、自らのシェアの維持拡大を図る代
特に、小売業界のような固定費の高い業界では、シェアを失うと、固定費を支
表的な例である。
えきれずに事業に破綻をきたす。
(Kマートや百貨店業界の一角の急速な衰退
このような私たちの考えは、多くの消費者向け商品・サービスの市場におけ
を見ればわかるだろう。彼らは、中核事業への専門店の猛襲に耐えかね、次
る分析に基づいており、これらの分析から、競争戦略の4つの原則が見出され
から次へと商品カテゴリーのシェアを手放した。
)航空業界でも同様のことが起
た。
きている。サウスウエスト航空のやり方に対して、高コストの航空会社はただ
・市場に関する最も重要な指標は、顧客(消費者)の視点で定義された市
場領域におけるシェアである。シェアリーダーは主導権を掌握し、消費者
の意識の中で他社を凌ぐ存在感を持ち、利益の大半を握る。
<図表1>
ある消費財の例:
二番手企業の2倍のシェアを有する市場リーダーは、営業利益率も2倍
・シェアが拮抗もしくは劣っている場合には、どんどん投資を続けてもリタ
ーンを得られないというワナに陥りやすい。
市場リーダーの
コスト構造
(対売上%)
・シェアリーダーを安定した座から追うには、消費者についての斬新な洞
察、持続的な製品イノベーション、マクロ経済環境に対する理解、さらに
構造的な競合優位性が必要である。運とスピードと勇気が、市場シェアの
変化を促進することもある。シェアリーダーとしてその地位を守りたいな
ら、決してその地位にあぐらをかいてはならない。
・たいていの企業はシェアの侵害に対する対応が遅く、時間もかかる。そ
の結果シェアを取り戻すための取り組みに、高いコストを費やし、得られ
る利益は少なくなる。
シェア獲得は好循環をもたらす。市場リーダーになり、その地位を維持する
100
0― 8
製造原価
・原材料費
・包装・梱包費
・加工費
・工場管理費
45
30
5
5
5
5
2
1
1
1
物流費
営業費用
一般管理費
広告宣伝費
販売促進費
営業利益
8
4
4
4
15
20
2
1
1
1
3
21
価格
出所:BCG分析
ことの利点は、永続的に攻撃側にいられることである。リーダー企業は経済性
3
二番手企業の2倍の
シェアにより
獲得できる
マージン増加分
(対売上%)
4
シェアの価値
シェアの価値
手をこまぬいているだけだ。自動車業界ではこのシナリオが延々と続いてい
アメリカの現像市場の約15%を手に入れた。しかもウォルマートの成長軌道に
る。アメリカの自動車メーカーは、品質でもコストでも、トヨタの攻撃に充分応
うまく乗ることができた。1997年、同社は3億ドルを投じて、高度に自動化され
戦できていない。
た感光紙工場をサウスカロライナ州に建設し、北米で消費される感光紙の20%
消費財業界では現在、大手小売企業がサプライヤーの整理集約化を一段と
に当たる量の生産を始めた。写真フィルムについても同様のハイテク工場を
厳しく推し進めようとしている。カテゴリー・マネジメントが一般的になるにつ
2億ドルで、これもサウスカロライナに建設し、稼動し始めた。両工場には、生
れ、小売企業は、棚に並べる商品の効率よい品揃えがうまくなり、売れ行きの
産能力を倍増できる備えがあった。この年同社は、写真フィルムの価格を25%
よくないブランド・SKU(ストア・キーピング・ユニット、在庫管理単位)
・メーカ
以上、大幅に引き下げるという挙に出た。
ーを巧みに排除するようになった。こうした取り組みはチャネル競争に煽られ、
富士フイルムはさらに感光乳剤塗布に関連して「画像が100年持つ」という触
今後10年間でさらに進むだろう。アメリカの食品スーパー業界では、従来の競
れ込みの新技術を導入し、また真新しい製造拠点網を構築し、これにより最低
合企業に加えウォルマートまで参戦し、競争がさらに激化する中で、サプライ
コスト・最低価格のメーカーになった。そして優れたイメージ戦略で消費者を引
ヤーの整理に余念がない。
きつけ、高いブランド認知度を確立した。
(至る所で目にするコダックの「黄色」
に代わり、今や富士フイルムの「緑」が消費者の意識を支配するようになった。
)
戦いに破れたリーダーたち
その結果1997年、アメリカの写真フィルム市場における同社のシェアは、10%
市場シェア争奪戦に破れた有名な2つのリーダー企業の例を見れば、
「成り
から約16%に伸張した。
行きを見守る」戦略のつけがいかに高いかがわかるだろう。
コダックは、こうした富士フイルムの積極的なマーケティング、プライシン
コダックと富士フイルム
<図表2> コダック対富士フィルムの戦い
アメリカの写真フィルム市場を舞台に、コダックが富士フイルムを相手に演
じた戦いは有名である。このエピソードは、侵入者への対策で遅れをとり、市
場の主導権を掌握することができなかった企業がどうなるかを物語っている。
(図表2に、コダックと富士フイルム両社の業績を示す。)1980年、コダックはア
十億ドル
25
売上1
コダック
15
誇っていたのである。ところがこの年、富士フイルムがコダックの支配的地位
10
とフィルム分野における破格の収益率に対して、不断かつ破滅的な攻撃を開
始した。富士フイルムは、日本で写真フィルム及び感光紙の市場を半ば独占
して成長し、その後低価格の製品をアメリカに輸出し始めた。もっとも、1980
営業利益1
3.0
20
メリカの写真市場において無敵だった。何しろ84%という驚くべき高シェアを
十億ドル
3.5
コダック
富士 2
3
富士 2
1.0
0.5
85 87 89 91 93 95 97 99 01
年
5
4
1.5
5
キャッシュ1
6
2.5
2.0
富士 2
十億ドル
7
2
コダック
1
85 87 89 91 93 95 97 99 01
年
85 87 89 91 93 95 97 99 01
年
年代のアメリカでのシェア獲得は慎ましいものだったと言える。
しかしこの間、富士フイルムは手元資金を蓄積し、専有技術を開発した。そ
して時を待ち、最終的にはその潤沢な資金を使って、コダックに多方面攻撃を
仕掛けた。1996年、富士フイルムはウォルマートの6つの現像工場を買い取り、
5
出所:各社アニュアルレポート
注:為替変動による影響を避けるため、全ての期間にわたって、1ドル=100円で換算。
1 各年の財務諸表に基づく。事業売却による遡及修正報告を含まない。
2 富士フィルムの1995年のデータは、会計年度変更のため除いた。
6
シェアの価値
シェアの価値
グ、流通能力に対して策を講じず、その代わりに高価格を維持することで、市
は、ビール市場全体のどのカテゴリーをとってもシェアリーダーの地位にはい
場規律を強化しようとした。また投資を非中核事業に振り向けるという、言わ
ない。いま世界で最も売れているビールはバドライトである。ミラーライトは、
ば写真フィルム市場のシェアを売り払うような行為に出た。その結果、富士フ
アメリカの低カロリービール市場においてバドライトとクアーズライトの後塵
イルムを始めとした競合企業にシェアの4分の1近くを奪い取られることになり、
を拝し、第3位に甘んじている。
その後もかつての「キャッシュ・カウ」
(金のなる木)部門は、競合企業の脅威
破滅への兆候は、たいてい何らかの形で現れるものである。ビール業界で
にさらされている。アメリカの写真フィルム市場におけるコダックのシェアは、
は、若年層の消費行動が、商品カテゴリー別の市場規模拡大やシェア伸張に
現在までに20ポイント落ち込んだ。つまり年間約4億ドルの収入を失ったわけ
大きく影響する。ミラーが世代別の消費データをもとに市場シェアを予測して
である。アメリカ国内市場とて、もはや甘く見ることはできなくなった。
いたなら、その後の運命に気づき、
「成り行きを見守る」やり方を考え直しただ
競争相手の侵略に際しては、第一波の攻撃をすばやく迎え撃つことが肝要
ろう。ところが実際には、低カロリービール市場でシェアリーダーの座を追わ
である。相手が勢いと収益性を得るまで対策を打たずにいると、時機を逸す
れたとき、これが警鐘だとは気づかず、その後の衰退を招いてしまった。ミラ
ることになる。
ーは、ライトビール市場で真っ向勝負を挑むべきだったのに、その代わりにク
リア・ビール、プレミアム・リザーブ、ミラー―これはどこにでもある標準カロ
ミラーとバドワイザー
リーのビール―といったあまりぱっとしない新商品に1億ドルも投資し、せっか
大手ビール会社の中で低カロリーのビールを最初に売り出したのはミラーだ
く手に入れたシェアリーダーの地位をふいにした。そして彼らは出口のない
った。彼らがライトビールというカテゴリーを創出し、支配し、確立したのであ
堂々巡りに陥った。1989年から2000年にかけて同社がビール市場全体で計上
る。同社のマーケティング・スローガンである「Tastes Great, Less Filling(味
したシェアの伸びは、わずか1ポイントである。同時期アンホイザー・ブッシュ
は最高、しかもお腹にたまらない)」は、さりげなくそれでいて消費者の心に残
のシェアは22ポイント上昇し、ミラーに大きく水をあけた。
(図表3参照)
った。業界首位のアンホイザー・ブッシュも、この新しいカテゴリーの登場に
2002年、ついにフィリップ・モリスはアンホイザー・ブッシュとの長年の戦い
は不意をつかれた。当初アンホイザー・ブッシュは、バドワイザーというブラン
に終止符を打ち、南アフリカ最大のビール会社、サウス・アフリカン・ブルワ
ド名が弱体化するのを恐れて、この新カテゴリーに手を出しかねていた。しか
リーズ(SAB)にミラーを売却した。南アフリカ市場で97%のシェアを誇るSAB
し最終的にはこれで3度目となるミラーとの戦いに打って出ることを決め、バド
はミラーの事業を統合し、新会社はアンホイザー・ブッシュに次ぐ世界二位の
ライトを発売した。その後アンホイザー・ブッシュは、強大な流通システムの
ビール会社になった。同社は36億ドル相当の新会社株式をフィリップ・モリス
優位性を生かし、バドライトの市場認知を確立した。間もなくミラーはライトビ
に割り当てるとともに、20億ドルの負債も引き受けた。
ールのシェアを徐々に失い始め、やがては、ビール市場全体のシェアも落とし
ていくことになった。
どうしてシェア喪失を野放しにしておくのか?
1991年、ミラーは酒量が多い顧客セグメントで維持していたシェアリーダー
なぜこうも多くのシェアリーダーが簡単にシェアを手放してしまうのか。新
の座も失った。1990年から2000年末にかけて、ビール市場全体におけるミラー
しい競争に直面したときでも、企業幹部は、利益計画を忠実に実行すること
ライトのシェアは2.2ポイント低下し、一方バドワイザー・シリーズのシェアは
を求められることが多く、シェアを守ったからといって評価されるわけではな
10.3ポイント上昇した。2002年、ミラーライトの販売量はさらに1%低下し、ク
い。その結果、あまりにもあっけなく新たな競合企業の参入を許してしまうこと
アーズライトは1%上昇し、バドライトにいたっては8%上昇した。現在ミラー
になる。
「市場参入時のシェアは高が知れている」というのが、彼らの言い訳で
7
8
シェアの価値
シェアの価値
ある。
シェアを獲得するには、持続的に需要を創出していく取り組みが求められ
る。ではミラーの立場に立たされた企業は、リーダーの地位を守るためにどう
すればいいのか?
私たちBCGは、次の3つの行動をとることをお勧めした
い。
・認知度を高める:小売店の棚での商品配置で優位に立つのはもちろん、
至るところに看板を掲げ商品を置いてもらえるよう働きかける
・各地でブランド価値を高める:各地で試供品散布や試用プログラムを実
施するとともに、地場の影響力のあるスポンサーや評判の高い小売店を
活用する。
・ブランドの優位性を長期的に維持する:競合企業より多くの資金を投じ、
あまねく広告宣伝が行き渡るようにし、イノベーションを継続し、消費者
が常用してくれるよう促す。
市場シェアを守るための原則
私たちが長年、シェア拡大や、競合企業の攻略に対する対抗策のお手伝い
をしてきた経験を通じて、シェア争奪戦に勝利するための5つの原則が導き出
された。次にあげる市場シェア保持の原則は、ほとんどすべての競争環境に
あてはまる。
1.シェアが均衡し市場の安定が保たれるのは、競合企業間の販売量の比率
が2対1のときである。
<図表3> アメリカのビール市場におけるシェア推移
2.成長市場では、コスト優位性を維持するとともに、他社に先駆けたイノベ
ーションにより顧客ニーズを満たすために、生産能力増強のための投資が
必要である。
3.成長市場には新規参入者が集まる。市場リーダーなら、より深い顧客の理
アンホイザー・
ブッシュ
市場シェア 60
(%)
50
解と、新参競合企業に打撃を与えるポイントへの集中的投資によって、試
験販売の段階で彼らの侵入を食い止めることができるはずである。
40
4.シェアの測定は、消費者の視点で定義された市場カテゴリーやセグメント
30
ミラー
20
を基に行われるべきである。
5.市場リーダーでも、短期的に利益を維持するために市場シェアを犠牲にす
10
70 72 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00
年
相対シェア(%) 1.6
るような行為をとれば、やがてその地位を失い、最終的には敗北を喫する
ことになる。
2.6
アンホイザー・ ミラー
ブッシュ
ブレイクスルーを実現するにはどうすればよいか? それには経済性と競合
シェア変化
1970―1980(%)
10
17
状況を事実に基づいて分析し、中核となる顧客層、及び、潜在顧客層のニー
シェア変化
1980―2000(%)
22
1
ズを深く理解し、複数の観点から、商品・マーケティングのコンセプト全体を
根本的に見直すことが必要となる。
出所:Impact Databank
*
9
*
10
*
ポートフォリオの再発見
シェアの価値
市場シェアでトップに君臨することは、すばらしい企業資産である。経営者
は通常、就任とともに既存の市場ポジションを引き継ぐわけだが、この資産を
基礎に建て増しを続け、万難を排してシェアを守り抜くか、それとも時間とと
もにゆっくり先細りしていくかは、その人次第である。短期的目標にばかり気
ポートフォリオの再発見
(BCGクラシックス)
をとられていると、ブランド価値も市場ポジションもあっという間に消え去っ
てしまう。市場リーダーの地位を手に入れるにも維持するにも、洞察力と勇
気と機敏さが必要である。
「成り行きを見守る」姿勢をとると、その後必ずと言
っていいほどリーダーの座から追われ、勢いを失い、より深刻で困難な問題に
リストラクチャリングを通じて、事業ポートフォリオを大きく変化させている
直面することになる。ビジョンと決断力を持ち、長期的視野に立つことができ
企業が増えてきた。大半の企業にとって、それは、成長性が高く競争力を有す
る経営者なら、こうした道を選ぶことはない。そうした経営者は、受け継いだ
る領域にフォーカスする必要性を認識しての、前向きの行動である。一方で、
貴重な市場ポジションを守る努力を、怠りなく継続する。そして、比類なき資
買収に対する防御等のために、安定したキャッシュフローを得られる事業のみ
産を粗略に扱うような真似は決してしない。
に集中せざるをえなくなった企業もある。いずれの場合も、ポートフォリオ理論
の有効性を示す現象だと言えよう。
ジェフ・ゲル
ポートフォリオ理論は、1960年代後半に開発され、70年代には大変好評を博
デビット・フーギー
し、威力を発揮したが、さまざまな理由により、70年代後半から80年代前半に
バーバラ・ヒューリット
かけて脚光を浴びなくなってしまった。しかし、今また、ポートフォリオの再構
マイケル・シルバースタイン
築が企業の大きな経営課題として浮上するなかで、この理論が、現代の経営者
にとってどのような点で役に立つかを、再考すべきであろう。
原題: Never, Never Loose Share
ジェフ・ゲル:
BCGシカゴ事務所プロジェクト・マネジャー
デビット・フーギー:
BCGシカゴ事務所プロジェクト・マネジャー
バーバラ・ヒューリット:
BCGシカゴ事務所ヴァイスプレジデント
ポートフォリオ理論の意味
この理論の基本メッセージはきわめてシンプルである。大半の企業は、たと
え一般的には一つの業種に分類されるとしても、実際には複数の異なる事業
を営んでいるという事実が、この理論の出発点である。これらの事業は、スタ
ート時点からそれぞれ異なった特性をもっており、その後もそれぞれ違う道を
歩み、持続的に高い収益をあげる可能性も、事業により異なると考えられる。
ポートフォリオ理論は、経営者の最も重要な責務の一つは、株主の利益のた
マイケル・シルバースタイン:
BCGシカゴ事務所シニア・ヴァイスプレジデント
めに、投資機会の選択について確固たる意思決定をすることだと説く。ある企
業にとっては、投資機会が多くありすぎ、それらを識別するためのしっかりした
根拠を見出すことが課題となる。一方で、投資機会が少なすぎて、投資機会そ
のものを創り出さなければならない企業もある。いずれにしても、一連の施策
11
12
ポートフォリオの再発見
ポートフォリオの再発見
の意思決定が行われる前に、当該事業における主な選択肢を明らかにし、そ
の枠組みである。けっして、詳細な分析や判断にとって代われるものではない。
れらについて充分な検討を行うことが必要となる。
以下に、現在の環境下で、ポートフォリオ理論を活用する上で注意すべき点を
その選択は、持続的な競合優位性と、キャッシュフロー創出への貢献という
あげておきたい。
2つの要素を関連付けて睨みつつなされなければならない。競合優位性は高収
第一に、持続的競合優位性の問題がある。ポートフォリオ理論は、「競合他
益を生み、その収益は、成長率が鈍化し投下資金が少なくなるにつれ、高いネ
社より高い収益性を得られるかどうかは、何よりもまず競合優位性にかかって
ット・キャッシュフローへ転化していく。これが、さらに、高い収益と市場の評
いる。また、市場自体が成長している事業では、自社の成長も最も容易であ
価を生み、株主を満足させ、買収される危険から防ぐことになる。さらに明白
る。」という観察に基づいている。概して、マーケットシェアで優位にあれば、
なのは、高い収益性と市場の評価により、新規の資本調達が比較的容易かつ
競合優位性も高くなることが多い。しかし、常にそうなるとは限らない。優位性
割安に行えるようになることである。買収も可能になる。優れた企業は、この
とは、より優れた技術、対応の迅速性、品質、特定の顧客ニーズへの注力、立
ようなプロセスを繰返しつつ、新たな事業での競合優位の確立を追求して、成
地条件等、多くの要素を基盤とするものである。これらの要素は、総合的なマ
長のための投資を行っていくのである。
ーケットシェアの優劣に結びつく場合もあれば、そうでない場合もある。
ポートフォリオ理論は、現在の(あるいは潜在的な)収益性が最も高い事業
重要なのは、優位性が一般的なルールや見方に合致するものであるかどう
分野に経営資源を集中投入することが、決定的に重要だと強調する。これは
かではなく、企業が、真にその事業に有効で、顧客に評価され、差別化のベー
次のようなことを意味する。まず、顧客が評価する競合優位性を構築かつ持続
スとなり、持続的な効力をもつ優位性を追求しているかどうかである。このよ
できる分野に、技術や人などの経営資源を集中的に投入すべきだということ。
うな優位性を追求するためには、ほとんどの場合、当該市場の中でフォーカス
次に、有形資産は、独自の(あるいは、少なくとも希少価値のある)ケイパビリ
を定めることが必要となる。したがって、優位性の探求は、真剣に、詳細に、想
ティ
(組織能力)の構築やそのサポートに主眼をおいて保有・取得(あるいは、
処分)するべきだということ。さらに、自己資本は、確実に割安な代替策がな
い場合にのみ投入すべきだということである。
事業のパフォーマンスとポートフォリオ上の位置づけ
このようなガイドラインに従っている企業を想像してみると、成長性、収益
性、投資収益率、市場の評価のいずれも高水準で、明快な将来展望をもち、防
備も万全な姿が浮かび上がる。買収を考える者が買収行為を正当化する理由
の一つは、自分たちには既存の経営資源を、現在の経営者よりもっと有効に活
用できる能力があるという点だが、この理由が成り立たなくなる。
成功を持続している企業は、みなこのパターンをたどっている。彼らがそれ
をポートフォリオ戦略だと認識しているかどうかは別として。
真の優位性
高
市
場
成
長
率
低
・中程度の利益
・低い利益
・高水準の投資
・高水準の投資
・ゼロから正の
キャッシュフロー
・負のキャッシュフロー
・高い利益
・低い利益
・中程度の投資
・中程度の投資
・正のキャッシュフロー
・ゼロから負の
キャッシュフロー
高
ポートフォリオ理論はシンプルであるが、それをどう実際に適用するかとなる
低
競合優位性
とそう単純にはいかない。ポートフォリオ理論は、行動の指針であり、考え方
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ポートフォリオの再発見
ポートフォリオの再発見
像力豊かに、かつ厳密に行われなければならない。企業規模が大きくなり、戦
強みから強みへ
略を策定する人と実際の事業との距離が離れれば離れるほど、優位性構築の
ポートフォリオ理論について、単純すぎるとか、実際の施策に結びつけるの
機会を見過ごしてしまったり、成功するために何が必要かについてあまりに単
は難しいなどと、あら探しをしたり、議論や解説の一つの側面をとりあげて難癖
純過ぎるとらえかたをしてしまったりする危険性が高くなる。
をつけるのはたやすいが、こうした行為は問題の本質を見失っている。
現実には、優位性構築の機会がより多く存在する市場もあれば、優位性構
事業における並外れた収益は、たぐいまれな商品や競合優位性からもたらさ
築の機会が全くない市場もある。将来安定した競合優位性を構築するという
れる。企業がその事業で生き残る権利を得るには、こうして得られる収益を稼
幻想を追い求めて、あまりに多大な投資をしてしまう企業もある。マーケットシ
ぎだし、それを継続しなければならない。以前からあるものに加え、新たな優
ェアや技術的優位性がもたらす価値を盲目的に信じてしまうことほど、期待は
位性を構築するには、注力すべき目標に焦点を定めて、そこに資源を集中投
ずれに終わりがちなものはない。ポートフォリオ理論が有効に働くためには、次
入し、徹底的に取り組むことが必要となる。これこそが、ポートフォリオ理論の
のような前提が満たされなければならない。それは、追求している優位性が上
教えるところであり、経験が証明してきたことでもある。
述したような真の競合優位性であること、手を打つべきあらゆる課題に対して
きちんと対応していること、その市場における競争の特性と起こりうる進化が
ビジネスサイクルの変局点を迎えるたびに、このメッセージは説得力を増し
てくる。
解明されていることである。
アンソニー・M・マイルズ
成長機会の発見
原題:Renaissance of the Portfolio
第二に、成長の問題がある。60年代から70年代にかけての長期にわたる世
の中全体の拡大基調の中で我々は甘やかされてきたが、今や成長とはそう簡単
に達成できるものではないと認識しなくてはならない。広範な市場の成長とい
う楽な状況にとって代わって、最近見られる成長パターンは、より狭い領域に
限られた成長である。このような成長は、製品・サービスの代替によってもた
アンソニー・M・マイルズ:
元BCGサンフランシスコ事務所 シニア・ヴァイスプレジデント
本稿は、展望Vol.88(1986/10) 「ポートフォリオ理論の復活」 を再編集した
ものである。
らされることが多い。単なるある製品から別の製品への代替のみならず、ある
ビジネスのやり方からもっと良い別のやり方への代替もある。潜在的顧客ニー
ズは、顕在化する前に発見しなければならない。このような状況で成長機会を
創出し開発していくには、従来より高いレベルの洞察や、より充分な準備、よ
り大きなリスク・テークが必要となる。成長とは、自分自身で作り出すもので
ある。成長機会は、往々にして、一見、 低成長 市場、あるいは、 成熟 市場
と思われるところに潜んでいる。このような環境で成長を実現するためには、
先進的な考え方をする第一級のスタッフと、精力的で決断力のある経営陣と
の緊密な連携プレーがますます重要になる。強力なポートフォリオを構築し、
維持することは、今や以前より困難ではあるが、ますます重要になっている。
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時間という武器:タイムベース競争
時間という武器:タイムベース競争
・4分の1と2と20の法則
・3×2の法則
時間という武器:タイムベース競争
(BCGクラシックス)
0.05〜5の法則
どのような事業でも、サービス対応や、製品の注文処理・製造・納品に必要
な正味時間は、そのサービス・製品が企業の価値提供システム内に留まって
いる時間全体と比べれば、はるかに少ない。たとえばある大型車両メーカーで
私たちBCGが80年代後半に発表した「タイムベース競争」というコンセプト
は、組立の準備に45日かかるが、車両1台を組み立てるのにかかる時間はわ
は、その後世界各地のさまざまな企業で実践されることになった。そのコンセ
ずか16時間である。つまり、製品に付加価値がつけられた時間は、価値提供
プトは単純で、競合他社よりも迅速に顧客に価値を届けることができる企業
システム内で費やす時間の2%にも満たないのである。
は、業界他社よりも速い成長を達成し、高い収益性を確保できるというもの
ほとんどの製品やサービスにおいて、実際に付加価値が生み出されている
時間は、企業内の価値提供システムを通過するのにかかる時間のわずか0.05
だ。
このコンセプトの発端となったのは、トヨタのカンバンシステムに代表され
〜5%にすぎない。
る、日本企業のフレキシブル生産システムの研究だった。分析・研究を進め
るなかで、日本企業が時間の短縮という根本的な変革によって、製品・サービ
3分の3の法則
スの多様性や技術レベルにおいても優位性を獲得していったことが浮き彫り
0.05〜5の法則の裏返しになるが、製品やサービスが企業の価値提供システ
になった。それまで欧米の経営者の多くが信奉してきた競争優位の伝統的公
ム内に留まっている時間のうち95〜99.95%は、その製品やサービスには付加
式は、「最高の価値を最低コストで提供する」ことであったが、「タイムベース
価値がつけられず、ただ待機している時間である。待機中のロス時間には次
競争」が多くの企業で実践されるに従い、この公式は、「最高の価値を最低コ
の3種類があり、一般に、95〜99.95%のロス時間は、この3種類にほぼ均等に
ストで最短時間内に提供する」ことへと塗り替えられていった。
分けられる。
以下に、時間という切口での企業オペレーションの分析から見出された「レ
スポンスの法則」と、
「タイムベース競争」の実践によりめざましい成果をあげ
た事例をご紹介したい。
・該当製品・サービスが組み入れられているバッチ処理の待ち時間
・上記に先行するバッチ処理の待ち時間
・管理者が、そのバッチを次の段階に進めてよいか決定し、それを実行する
までの時間
I. レスポンスの法則
私たちBCGのコンサルティング経験や企業オペレーションの研究から、次
懸命に作業したからといって、ロス時間量にはほとんど影響しない。しかし、
のような一連の経験則が見出された。私たちはこれを「レスポンスの法則」
働き方を工夫することで大幅に改善することができる。たとえ物であろうが情
と呼んでいる。
報であろうが、バッチ処理の単位を小さくして、作業の流れを合理化している
・0.05〜5の法則
・3分の3の法則
企業は、価値提供システム内でのロス時間を大幅に短縮している。たとえば、
ある医療機器メーカーでは、標準的な製造ロット・サイズを半分に縮小したと
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時間という武器:タイムベース競争
時間という武器:タイムベース競争
ころ、製品の製造に要する時間が65%減少した。製造の流れを合理化して資
II.
材運搬の工数を少なくし、かつスケジュール調整が必要な中間工程の数を減
「タイムベース競争」をうまく実践した企業に共通するのは、時間という切り
らしたところ、総所要時間はさらに65%短縮された。
こうした著しい改善が見られたこの企業でも、時間生産性は3%から7%に
上昇したものの、0.05〜5の法則の支配から免れるには至らない。
タイムベース競争の事例
口で、顧客の価値の増大や自社の優位性の構築・維持を可能にする戦略機会
を見出し、次に、その戦略を実現するために必要とされるケイパビリティ
(組
織能力)
と現状とのギャップに焦点を当てて、ビジネス・プロセスや組織体制
を再構築したことである。
4分の1と2と20の法則
では、その事例を見てみよう。
価値提供システム内でのロス時間の問題にまじめに取り組んでいる企業に
は、著しい業績改善が見られる。サービスや製品を提供するのに必要な時間
を4分の1に縮めれば、たいていの場合、労働と運転資本の生産性は2倍にな
る。こうした生産性向上は、20%ものコスト削減につながる。
時間とイノベーション
1990年代初頭、米国の自動車メーカー、クライスラーでは、収益性の高い
製品群はミニバンとジープのみで、乗用車やトラックは時代遅れの車種ばかり
あるアメリカの耐久消費財メーカーでは、製品提供に要する総時間を、5週
であった。短期間に新たなヒット商品を出すことが必須という状況に置かれて、
間から1週間強にまで短縮した。労働と資産の生産性向上幅は2倍を上回った。
クライスラーは、新車開発プロセスの再設計を決死の覚悟で断行し、従来4〜
コストも大幅に削減され、利益はかつてない水準に達している。
6年かかっていた新車開発の期間を、39ヶ月に短縮した。
従来のプロセスでは、スタイル決定から設計、部品調達、製造と、それぞれ
3×2の法則
のステップごとの計画が充分練り上げられた上で、一つのステップの計画が
価値提供システム内のロス時間を削減している企業は、それにより競合優
終わって初めて次のステップの立案へ移行する仕組みになっていた。
「タイム
位性の基盤を自社に有利に変換させている。その結果、業界平均の3倍の成
ベース競争」の導入により、各新車モデル毎に、数百人のスタッフで構成され
長率、かつ、業界平均の2倍の利益率という驚くような成果をあげている場合
るチームが、様々なプロセスに関わる作業を同時並行的に進める体制に変更
が多い。
された。従来は機能部門毎に別々の事務所に配置されていたチーム・メンバ
ある建材半製品メーカーは、競合他社が注文対応に30〜45日を要するなか
ーも、全員同一フロアに集められ、面と向かっての密接なコミュニケーション
で、あらゆる顧客のどんな注文に対しても、10日未満で対応できるようにした。
がとれるようになった。また、部品メーカーなど社外のメンバーも含めて、メン
注文の大半は、発注から1〜3日で顧客の元に届けられるようになった。過去
バー全員が共通の情報にアクセスできるようにした。各モデルのチームには
10年間の業界平均成長率が年率3%を下回るなかで、この企業は年10%超の
それぞれ担当ヴァイスプレジデントを置き、旧来の慣習や縄張り意識が入り
成長を記録し、市場リーダーになった。この企業の税引き前純資産利益率は
込まないようにした。新チーム担当となったヴァイスプレジデントの多くにと
80%と、業界平均の2倍を上回っている。
って、このような大規模チームによる新車開発をマネージするのは初めてだっ
レスポンスの法則は、
「時間生産性」の改善の余地がいかに大きいか、そし
て、その改善がいかに大きな経済的効果をもたらすかを、教えてくれる。
た。
この新体制を採用した最初のチームにより開発されたのが、LH大型車モデ
ルだった。
(LHという愛称は、懐疑的な報道関係者により「Last Hope」の頭文
字をとって命名されたものだ。)1992年に、このLHモデルに基づく「Intrepid」
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時間という武器:タイムベース競争
時間という武器:タイムベース競争
「Vision」
「New Yorker」
「Concorde」という4車種が発売された。このチームは
時間とバリューチェーン
開発期間を25%短縮し、投資金額は従来より30%下回った。これらの車種は
「タイムベース競争」は、サプライヤーとその顧客が共同で、企業をまたが
大変な好評を博し、ミニバン以来の大ヒット商品となった。続いて投入した高
るビジネスの仕組み全体を一つのバリューチェーンとして捉え再定義する場合
級イメージのサブコンパクトカー「Neon」の開発期間は31ヶ月間であった。
に、最も威力を発揮する。繊維メーカーのミリケン社が子供服メーカーのウ
ォーレンフェダーボーン社、大規模小売りチェーンのマーキャンタイルストア
時間とサービス
の2社と共同で、QR(Quick Response)に取り組んだケースは、その好例であ
「タイムベース競争」は当初製造業で導入されたため、サービス業界では、
る。
「タイムベース競争」の原理がサービス業にも適用できるのかどうか疑問視さ
1980年代半ば、米国のアパレル業界では、原糸から小売店の棚に並ぶ商品
れていた。しかし、保険会社から運送会社、医療機関に至る様々なサービス
に至るまでに通常66週間かかっていた。しかし実際には、1ヶ月後の売れ筋で
業でも実施された結果、
「タイムベース競争」の原理がサービス業でも有効で
さえ誰にも読めず、1年後となると全く予測不能な状況にあり、素材から最終
あることが実証された。ストックホルムのカロリンスカ病院の事例を次にご紹
製品までの非常に長いサイクルタイムに起因するコスト負担は、はかり知れな
介する。
いものだった。不人気商品の値下げや人気商品の在庫切れの結果として、業
全国民に高度なヘルスケアサービスが提供されているスウェーデンでは、
界全体で毎年数十億ドルにも及ぶ損失が発生していた。
1990年代初頭、高騰するコストと弱体化する経済により、政府は医療費の賦
このような状況のなかで、この3社は、いつもコストやリスクをお互いに押し
課を再検討し財政負担を抑制する必要に迫られた。国内有数の大学病院であ
つけあっていた。製造から消費に至る3段階―生地素材、子供服商品、小売り
るカロリンスカ病院では、コスト削減目標を達成しながら、かつ、質の高い医
の各レベルで、他段階により引き起こされる品不足に備えて、重複して在庫を
療サービスを維持する方法はないかと考えた。
抱えていた。需要が下降した時には、各々の段階で在庫を減らすため、争う
そこで、同病院は「タイムベース競争」のアプローチを導入した。導入当初
ようにして上流への注文を減らした。川上から川下への長いリードタイムと、プ
は、患者に対するサービスの質を犠牲にせずに時間を短縮する方法などあり
レーヤー間のコミュニケーションの遅れやずれが、事態をさらに悪化させた。
うるのかと、たいへん懐疑的な医師が多かった。しかし、分析を進めると、連
結果として小売り段階で大幅に値引きせざるをえなくなり、3社全体にコスト面
携やスケジュール調整が不充分なために、作業効率が低下したりコストが増
での大きなプレッシャーをかけることとなった。
大しているばかりでなく、患者にとっても、必要以上に待ち時間が長くなった
り、不便や不安感が増幅されたりしていることが明らかになった。
QRの導入により、3社はパートナーとして連携し、需要予測から、生産、再
注文、物流に至るまでのシステム全体をリエンジニアリングし、短期間に商品
手術手順とスタッフ配置を再設計することにより、カロリンスカ病院は、従
を補充できる新体制を構築した。マーキャンタイル社は、自社のPOS情報をウ
来数ヶ月かかっていた手術前の検査の時間を、数日間に短縮することができ
ォーレンフェダーボーン社とミリケン社に流し共有化した。この3社間の受発
た。また、15あった手術室の内2つを廃止し、手術件数を一日当り30%増やす
注は以前より頻繁に行われるようになり、1回当りの発注量は少量になった。
ことができた。医師は手術のスケジュールを、数ヶ月単位ではなく、数週間単
各社が抱える在庫は以前より少なくなり、他社に押しつけ合う必要もなくなっ
位でたてられるようになった。結果として、より少ないコストで、患者に対して
た。予期していなかったできごとや問題も、3社間の意思疎通により迅速に解
より良いサービスが提供できるようになった。
決されるようになった。小売り段階での在庫回転率が3回から5回に改善され、
値引き販売は業界平均の3分の1に激減し、3社の収益はめざましく向上した。
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時間という武器:タイムベース競争
このようなレベルまで企業の枠を超えた統合を進めるのは、非常に難しい
ことである。何故なら、各社がお互いに、よりオープンにならなければならな
いからである。この例では、時間という共通の価値基準が、実現し難い企業
間連携を達成させる触媒の役割を果たした。時間が、パートナー企業間の、
理解しやすく共通に適用できる唯一の公正な指標となった。徹底的な時間短
縮目標を設定することで、パートナー各社が旧来のやり方を変革することを余
儀なくされたのである。
「タイムベース競争」とリエンジニアリング
「タイムベース競争」は、戦略そのものだ。クライスラー、カロリンスカ病
院、ミリケン社の3つの事例は、まず顧客に迅速に価値を届けることに焦点を
絞り、次にそれを実現するためにプロセス・リエンジニアリングに進んでいる。
決して逆の順序ではない。
単にコストと時間の削減だけを目標としたリエンジニアリングではなく、ス
ピードを武器にして、顧客により高い価値を提供したり自社の競争上のポジシ
ョンを高めたりする方法を見出すことで、はるかに多大な成果が得られる。時
間を軸とした優位性の構築について再度考える。これは、戦略の方向性を定
める全ての経営者にとっての義務であるといっても過言ではなかろう。
ジョージ・ストーク・ジュニア
トーマス・M・ハウト
ジョージ・ストーク・ジュニア:
BCGトロント事務所 シニア・ヴァイスプレジデント
トーマス・M・ハウト:
元BCGボストン事務所
ヴァイスプレジデント
本稿は、原題:Rules of Response( 1987)と原題:Time-Based Results( 1993)
を、統合・再構成したものである。
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