4月 修士論文構想発表会 2008/4/15 13 世紀初期フランドルとフランス王権 ――ボードワン 9 世の死後のフランドルの動揺―― 東北学院大学大学院 文学研究科 ヨーロッパ文化史専攻 博士前期課程 2 年 大沼友行 1.はじめに ・フランドルは伝統的にフランス寄りであったが、ボードワン9世の頃にイギリス寄 りへと外交の大転換が行われた。 ⇒1180 年にフィリップ 2 世と結婚したイザベル・ド・エノー(ボードワン 9 世の姉) が 1190 年に亡くなり、その婚資であるアルトワ伯領などの広大な所領を取り戻 すため。 フランス王権の拡大によって、その勢力がフランドル周辺域まで迫っていたた め。 次のフランドル伯フェラン(ボードワン 9 世の娘ジャンヌの夫)、神聖ローマ皇帝 オットー4 世、イングランド軍などの連合軍とフランス国王フィリップ 2 世の間 でブービーヌの戦いが 1214 年に行われている。 ・一見するとフランドル伯は一貫してイングランド寄りであり、フランス国王に敵対 しているように見えるが実際にはボードワン 9 世の死後、再びフランス寄りへと戻 る動きが見られる。 (1) 研究史の整理 ・ 1920 年代に大きな研究の動きが見られるが、第二次大戦を挟んで研究が途絶し ていた。 ・ 近年になって再び、研究されるようになってきた。 ⇒John W. Baldwin ・フィリップ 2 世を中心とした研究の中で指摘している。 ・貨幣知行(fief-rente)に特に注目した研究がなされており、ブービーヌの戦い の前、1212 年頃までをその検討の対象としている。 ・イングランドによる貨幣知行は 1066 年という早い時期に、1103 年には確か にイングランド王からフランドル貴族へ定期的な金銭知行が行われている ことを指摘。 1 ・フランスによる貨幣知行は 1204 年頃から徐々に増え始める。(1202 年にボ ードワン 9 世は第 4 回十字軍へ) ・イングランドに対抗するためフランスの貨幣知行はフランドルに集中し、 1212 年までにはフィリップ 2 世の行っていた貨幣知行の 49%がフランドル に集中していたことを明らかにしている。 ・しかし、フランスによる貨幣知行はイングランドの貨幣知行には及ばなかっ た。 fief-rente ・訳として「貨幣知行」「貨幣施封」「定期金レーン」「定期給与知行」 。 ・通常忠誠やオマージュの代償として年間または半年毎に支払われた。 ・イングランドやフランスでの貨幣知行の財源の 85%が財務府からであった。 ・特定の土地を準備する必要がないので授与するときもやめるときも柔軟に対 応ができた。 ・またイングランドにおいては国王のみが授与を行い、その対象は国外の君候、 騎士に対して与えられた。 ⇒David Nicholas. ・中世フランドル伯に関する研究の中でこの問題に触れている。 ・フランドルの女性相続人であったジャンヌやマルグリトを中心にした研究が 行われ、ブービーヌの戦い以後にフランドル伯フェランがフィリップ 2 世の 捕虜になった後のフランドルに関しても注力した研究が行われている。 ・基本的には Baldwin の研究を依拠した研究を行っている。 ・ボードワン 9 世亡き後、その弟の摂政ナミュール伯フィリップ(後にフィリ ップ 2 世の娘マリーと結婚)を通して、フィリップ 2 世が王権をフランドル にまで伸ばしていたことを明らかにしている。 (2)問題設定 ・ この時期に関するフランドルの先行研究は、おもにイングランドとフランスによ るフランドルにおける貨幣知行(fief-rente)やフランドル都市に関して論じられ てくることが多かった。そのため修士論文ではフランドル側からの視点で年代記 等の史料を用いて人的関係に着目した研究を行いたい。また特にフランス王権が フランドル伯領内で影響力を及ぼすためにの媒介の役割を果たしていた摂政ナ ミュール伯フィリップとフィリップ 2 世の娘マリーとの結婚に着目したい。 ・史料としては、Monumenta Germaniae Historica, Scriptores, Ⅸ内の“Flandria Generosa Continuatio Claromariscensis”を用いる。 2 2.本論 (1)イングランドとフランスの状況 ①ルイ 7 世とアリエノール・ダキテーヌとの離婚問題 ・1152 年にアキテーヌ公領の女性相続人だったアリエノールと離縁(理由:近親婚) ・同年にアンジュー伯アンリ(後のヘンリー2 世)と結婚したことにより、大陸に広 大な所領を持つプランタジネット朝が創設された。 ⇒アンジュー伯アンリはアンジュー伯ジョフロワ4世とヘンリー1世の娘マテ ィルダの子。父ジョフロワから 1150 年にノルマンディ公領を受け継ぎ、1151 年父の死によりアンジュー伯領を受け継ぐ。またアリエノールとの婚姻によ ってアキテーヌ公領を支配下に治めている。 ②フィリップ 2 世期 ・フランスにおけるイングランド勢力の掃討が課題。 ・1200 年フィリップ 2 世によるジョン王の全フランス領土の剥奪を宣言。 ⇒ジョン王が既に婚約者のいたイザベラ・オブ・アングレームと結婚したこと に対して、婚約者のユーグ・リュジニャンがフィリップ 2 世に訴えたことが 契機。 1203 年頃までにブルターニュ、ノルマンディー、アンジュー、メーヌ、トゥ レーヌ、ポワトゥーの奪還に成功する。 (2)フランスとイングランドとのフランドル伯領との関係 ①ボードワン 9 世期 ・フランドル伯とエノー伯を兼務。 ・フランス寄りの外交からイングランド寄りへと外交の転換が図られ、1197 年 9 月にリチャード 1 世と同盟を結び、1198 年内には北アルトワ伯領を占領。 ⇒これを契機にフランドル内にイングランド党が形成されたが、ボードワン 9 世がその中心的役割を果たしていた。 ・1200 年ナミュール伯フィリップが捕虜になったために、フランドル伯はイング ランドとの同盟を諦めるというピレンヌ条約で和解し、改めて国王のフラン ス主権を確認。 ⇒フランドル伯は代わりにサン・トメール、エール、ギーヌを得た。 ・1200 年、1201 年とナミュール伯をはじめとする多くの貴族、騎士がジョン王か ら貨幣知行を受け取っている。 ・1202 年にボードワン 9 世は第 4 回十字軍に参加。 ⇒1204 年初代ラテン皇帝に選出。 1205 年ブルガニア軍との戦いの中で捕虜となり、獄死。 3 ②ボードワン 9 世亡き後のフランドル ・1206 年 6 月摂政ナミュール伯とフィリップ 2 世とのポン・ド・ラルシュ会談。 ⇒ナミュール伯のフィリップ 2 世への臣従の誓い、国王の娘マリーとの婚約。 フランドル伯領の 2 人の女性相続人であるジャンヌとマルグリトを国王の許 可なく結婚させないことを約している。 ③ジャンヌの結婚に関する考察 ・フィリップ 2 世の宮廷のメンバーであり、ジョン王に敵対的なエンゲラン・ ド・クーシーが候補に挙がっていたが、フィリップ・ダルザスの未亡人でポ ルトガル出身のマティルダの推薦によってポルトガル国王サンチョ 1 世の 3 男フェランに決まった。 3.今後の展開 4 参考文献 一次史料 Flandria Generosa Continuatio Claromariscensis, Monumenta Germaniae Historica, Scriptores, Ⅸ 二次文献 David Nicholas. The Growth of the Medieval City, From Late Antiquity to the Early Fourteenth Century, London: Longman. 1990 Robert Fawtier. The Capetian Kings of France, Monarchy and Nation 987-1328, Paris,1958 John W.Baldwin. The Government of Philip augustus, Foundations of French Royal Power in the Middle Ages, Oxford, 1986 日本語文献 佐藤彰一 池上俊一 高山博 編 『西洋中世史研究入門』 柴田三千雄 樺山紘一 福井憲彦 『世界歴史体系 樺山紘一 川北稔 岸本美緒 『岩波講座 編 フランス史1』 世界歴史8 山川出版社 ヨーロッパの成長』 岩波書店 江川温 服部良久 編 『西欧中世史 朝治啓三 江川温 服部良久 編 中 成長と飽和』 『西欧中世史 下 ミネルヴァ書房 佐々木克巳 訳 プティ=デュタイイ,Ch 堀米庸三 編 『中世都市』 高橋清徳 訳 『西洋中世世界の展開』 危機と再編』 創文社 『西洋中世のコミューン』 東京大学出版会 森本芳樹 藤本太美子 森貴子 『中世都市の形成 藤井美男 田北廣道 福留久大 編 R.H.ヒルトン 瀬原義生 訳 藤原書店 九州大学出版会 2004 年 2005 年 『ヨーロッパ中世世界の動態像』 『中世封建都市 英仏比較論』 刀水書房 『中世フランドル都市の生成』 ミネルヴァ書房 2001 年 斉藤絅子 『西欧中世慣習法文書の研究』 九州大学出版会 1992 年 アンリ・リュシェール 1991 年 2001 年 山田雅彦 ジョルジュ・デュビー 1998 年 岩波書店 北西ヨーロッパ』 岩波書店 東洋書林 1973 年 『ヨーロッパ中世社会史事典』 『西欧中世形成期の農村と都市』 1995 年 1970 年 A・ジェラール 池田健二 訳 森本芳樹 1998 年 1995 年 ミネルヴァ書房 ピレンヌ,H 1995 年 松村剛 訳 『ブーヴィーヌの戦い』 木村尚三郎 監訳 福本直之 訳 平凡社 1992 年 『フランス中世の社会――フィ リップ=オーギュストの時代』 5 2000 年 東京書籍 1990 年 渡辺節夫 『フランスの中世社会 王と貴族たちの軌跡』 『フランス中世政治権力の研究』 吉川弘文館 東京大学出版会 2006 年 1992 年 論文 鈴木道也 「中世盛期フランス王国の慣習法――北東フランスを中心として」 『西洋史研究』 新輯 22 東出功 「フィエフ=ラント 考序」『北大史学』8 1961 「フィエフ=ラント 考」 『史学雑誌』73(1) 1964 「十四・十五世紀の西ヨーロッパ諸国」 『岩波講座 世界歴史 11 中央ユーラシア の統合』 6 1993 岩波書店 1997
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