自然の人類学

コスモス国際賞授賞理由説明
フィリップ・デスコラ氏(Professor Philippe DESCOLA)
「自然の人類学」から地球の未来を構築する
フィリップ・デスコラ教授は、人類学者として南米アマゾンに住む現地人への綿密な調
査をもとに、欧米で流布する自然と文化の二項対立的な解釈に反駁し、両者を統合的に捉
える「自然の人類学」を提唱した。このことは「自然と人間との共生」を掲げるコスモス
国際賞の意義に合致するものである。
人類学徒としての野外調査から「自然の人類学」へ
デスコラ教授は 1949 年生まれのフランス人であり、現代世界で有数の哲学者・人類学者
として知られている。デスコラ教授はパリ第 10 大学および高等研究実習院(EPHE)で民
族学を学ぶなかで人類学者のC・レヴィ=ストロース教授に師事した。その後、フランス
国立科学研究センター(CNRS)では人類学のプロジェクト研究主任として活躍してきた。
教授は 1976~79 年の 3 年間、南米アマゾンのエクアドル領に居住するヒヴァロ語族のア
シュアール(Achuar)の人びと(エクアドル領内の人口:2,000 人強)の村落で人間と自
然の共生に関する集中的な調査をおこなった。
アシュアールの人びとは焼畑農耕と狩猟をおもな生業とし、河畔と河間台地を含む環境
を利用してきた。その内容を詳細に分析したデスコラ教授は人類学的なモノグラフの域を
超えて、人間と自然の本源的な関わりの解析を「自然の人類学」として進め、人間と自然
に関する新しいモデルを構築した。
人間界と非人間界(おもに動植物)をつなぐ思想
デスコラ教授は、アシュアールがアマゾンの原自然に適応してきたとする平板な解釈に
は与しない。アシュアールにとり、人間と動植物との関わりは捕食と栽培化を通じて達成
される。このうち、捕食の具体例である狩猟では、狩猟獣は男性にとり母方のオジやイト
コにあたる存在とみなされる。狩猟者は、狩猟対象の動物を庇護するハハの霊やその原型
となる超自然的な存在を仲介とし、狩猟獣と義兄弟の関係を結ぶ。
一方、栽培化を通じた植物との関わりは焼畑農耕地で達成され、栽培種は自分が育てる
子どものようにあつかわれ、人間の場合とおなじく女性成員の血族とみなされる。このよ
うに、アシュアールにとり、動植物を含む自然と人間との関係は人間の親族関係とおなじ
原理にあるものとされている。
また、女性は開墾前の森にある野生植物や、動物の糞便中にある野生の種子を移植ない
し播種し、特定の栽培・野生種の豊饒を祈る儀礼をおこなう。こうして原生林よりもはる
かに多様な生物種をふくむ森林が広大な農耕地として形成されてきた。つまり、人間によ
る適切な介入こそが豊かな森林生態系を維持・継承することになったことが実証された。
人間と非人間をつなぐ4つの存在論
この点で、デスコラ教授は欧米で流布する「自然と文化」の二項対立的な解釈が世界を
捉える普遍的な思想ではないとして、独自の理論を展開した。とくに、人間を非人間から
峻別する人間中心主義の考えに反駁し、両者の関係を統合的に捉えるべきとした。
自然と文化の統合的な理解のために、デスコラ教授はこれまでの人類学、宗教学、哲学
が明らかにした四つの存在論(ontologies)に注目した。すなわち、人間世界と非人間世界
の関係は、内面性(interiority)と身体性(physicality)という 2 つの概念に基づいて、人
間世界と非人間世界が類似しているか異質であるかを区別して、アニミズム、自然主義、
トーテミズム、類推主義に類別されるとする図式を提示した。
この図式にある4つの存在論は、人間と非人間との関係性を類別するためのものではな
い。人間が世界を認識して同一性を獲得しようとする際、4つの異なった考え方を適用す
ることができるが、状況に応じて4つの存在論のなかから、個人の属する社会のなかでも
っとも理にかなった見方を決めることになる。その意味で、このモデルは社会を類別化す
るためというよりも、様々な種類の社会がどのように形成されるかを説明する手引となる
ものである。
アシュアールの社会では、アニミズムやトーテミズムにおけるように、動植物が人間と
同じような内面性をもつと見なす場合や、自然主義や類推主義におけるように内面性をも
たないと見なす場合がさまざまな局面で見出される。この発見がデスコラ教授の理論的な
枠組みの基盤となった。
「自然の人類学」から地球の未来を構築する
デスコラ教授はみずからの研究を「自然の人類学」と位置づけ、以下の3点を大きな目
標としている。第1は、地球上のあらゆる生命体に関する研究として進めるものであるこ
と、第2は、伝統的な社会が自然と関わるなかで育んできた知識と実践の研究を進めるこ
と、第3に人新世(Anthropocene)
(Crutzen & Stoermer 2000)としての 21 世紀以降に、
人類が共通の課題として進めるべき目標とは何かを追求することである。
周知のとおり、アマゾンでは大規模な開発や農地化によって豊かな森林生態系とそこで
育まれてきた生物多様性が急速に損なわれる危機が発生している。1970 年代以降は木材伐
採と石油採掘が進められ、企業の参入による環境汚染と外部から持ち込まれた疾病が拡大
しつつある。豊かな生態系と深くかかわって生きてきた先住民の伝統的な暮らしや生命も
危機に瀕している。こうした事態は世界各地でも発生しており、自然破壊をできるかぎり
軽減し、自然と人間がともに存続していくための哲学を構築することが喫緊の課題となっ
ている。
人間と自然との共生が 21 世紀の大きな課題とされているなかで、自然と文化を二元論的
に捉えて自然の利用を進める欧米的な考えは限界にある。しかも自然との関わりを技術
的・経済的な問題に還元するのではなく、自然の破壊が未来への負の遺産とならないよう
にするためにも、いまこそ共生の意義を見直すべきであろう。この点で、デスコラ教授の
研究成果と思索はいかに人間が自然とともに生きることができるかを指し示す注目すべき
内容をもっており、地球の未来にむけて参照すべき大きな価値がある。
以上の諸点から、人間と自然との共生について、自然への認識と具体的な活動に焦点を
あてた研究から哲学的な思考へと論を進めたデスコラ教授の功績は、本コスモス国際賞の
意義を世界に向けて発信するものとなる。現在、デスコラ教授は自然と文化の問題を図像
学や美術・芸術における景観論として考察する研究を進めておられ、今後の研究交流をふ
くめた日本とのつながりをこの機会を通じて実現することが大いに期待される。