甲状腺疾患と周産期 東京都予防医学協会内分泌科 百渓尚子 岩間彩香

甲状腺疾患と周産期
東京都予防医学協会内分泌科
百渓尚子
岩間彩香
周産期に健常妊婦と異なる配慮を必要とするのは,バセドウ病と甲状腺機能
低下症(低下症)を伴う場合である.これらが関わる妊婦の問題は,甲状腺機
能の正常化で防ぎ得る.低下症は,T4 の補充によって正常機能を保つことが容
易であるが,バセドウ病は安定した機能を維持できるか否かに難易があるため
に,合併症が回避できないことがある.実際,妊婦にスクリーニングで,平均
妊娠 11 週に見出し,平均 16 週に治療を開始したバセドウ病 73 例,低下症 60
例の成績によると,妊娠高血圧症の率がそれぞれ 8 例(11%),2 例(3.3%)であ
る.
一方,胎児の蒙る影響には,母体の治療で軽減,回避可能なものと不可避な
ものがある.低下症で避けられないのは,甲状腺刺激阻害抗体による胎児の甲
状腺機能の抑制である.妊婦に適切な治療が行なわれても,T4 の胎盤通過性が
不十分なために低下症に罹患して出生する.しかしこの低下症は妊婦の TSH 結
合阻害抗体(TBII)の濃度からほぼ確実に予測でき,母体の治療と生後の治療
が十分であれば,正常な発達を遂げる.一方バセドウ病では,母体の亢進によ
る低体重,中枢性低下症,母体由来の TSH 受容体抗体(TRAb)による亢進症
は,妊婦を抗甲状腺薬ですることで避けられる.服用中は胎児の機能が低下す
ることがあるが,妊婦の遊離 T4 濃度をやや高く保てば正常機能で出生する.し
かし生後発症する一過性の亢進症は免れられない場合がある.この予測には,
妊娠末期の TBII と甲状腺刺激抗体(TSAb)の値が使われる.実際,我々は,
第一世代の TBII 値と低濃度 PEG を用いた従来の TSAb 値を使うと,TBII 50%
以上,かつ TSAb 900%以上の場合には 90%以上で発症し,ともにこの値を下回
れば 90%以上の確率で発症しないと成績を得ている.これは手術,131I 治療後
の患者にみられる胎児期発症の亢進症の診断にも役立つが,近年用いられてい
る高感度法による TBII,TSAb を用いた成績はまだない.
糖代謝異常合併妊娠の管理について
S-8-5
杉山
隆、村林
奈緒、梅川
三重大学
孝、長尾
医学部
賢治、神元
有紀、佐川
典正
産科婦人科
近年の我が国における生活習慣の欧米化に伴う運動不足や高脂肪食摂取から肥満が増加している。これに、晩婚化に伴う
高齢妊娠の増加が相まって、妊娠時に遭遇する糖代謝異常の頻度が増加しつつある。従来より、糖代謝異常合併妊娠では種
々の母体・胎児・新生児さらには将来の児の合併症が増加することが知られており、その管理は重要である。 糖代謝異常
合併妊娠の管理において最も重要なのは血糖管理である。なぜなら血糖値の正常化は、合併症の発症や悪化を抑制すること
ができるからである。たとえば、先天異常の発生は妊娠初期の血糖コントロール不良により増加するので、挙児希望のある
糖尿病女性には計画妊娠を勧めることが肝要である。また糖尿病合併症は妊娠により悪化する可能性があるので、妊娠前だ
けでなく妊娠中にも合併症の評価が必須である。妊娠時の血糖管理法としては、食事療法やインスリン療法を行う。すなわ
ち妊婦にとって必要にして十分な食事療法によっても目標血糖値が達成されない場合には、積極的にインスリン療法を導入
する。血糖コントロールの目標は、HbA1c5.8%未満、空腹時血糖値 70-100mg/dl、食後2時間血糖値 120mg/dl 未満を目標と
し、厳格な血糖管理目標の達成のために頻回の血糖自己測定を行う。とくに妊娠末期には妊娠高血圧症候群や児の過剰な発
育が生じやすく、胎児の発育や well-being の評価を行い、妊娠時期や分娩方法を検討する必要がある。 このように糖代謝
異常妊娠の管理は、短期間にダイナミックに変化する母体と胎児両者を対象とするため、個々の症例の病態を経時的に把握
するとともに、産婦人科、内科および小児科、眼科ならびに栄養士、看護スタッフによる集学的管理および家族の協力が必
要である。
妊婦と糖尿病
岡山大学大学院医歯学総合研究科,産科・婦人科学
平松祐司
わが国の妊娠糖尿病 gestational diabetes(GDM)の頻度は約 3%で,それに妊
娠前からの糖尿病を加えると 4∼5%の妊婦に耐糖能異常があると考えられる.
糖尿病合併妊娠管理の要点は,1)母児合併症の軽減,2)GDM からの将来の糖尿
病発症予防,3)出生児の将来のメタボリックシンドローム予防である.
母児合併症軽減には妊娠前からの血糖コントロールと計画妊娠,早期の GDM
発見が重要である.しかし,スクリーニング実施は不十分実施で,未だ見逃さ
れていた糖尿病からの胎児奇形発生が多い.その他,ピットフォールになる合
併症には肩甲難産と糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)がある.肩甲難産は糖尿病
妊婦の巨大児で発生しやすいが,出生前の推定体重評価が困難なことが多いた
め,対処法を熟知しておく必要がある.DKA は糖尿病合併妊娠の約 1%に発症し,
22∼35%の胎児死亡,約 10%の母体死亡がおこる.誘因には塩酸リトドリン,
インスリン注射の中断,高度脱水,ソフトドリンク,見逃されていた糖尿病など
があり,脱水,体重減少,過呼吸,嘔吐,腹痛,意識障害など多彩な症状で発
症することを知っておくことが重要である.
GDM,糖尿妊婦には妊娠高血圧症候群(PIH)が 10-20%に合併し,肥満,脂質代
謝異常も多く,メタボリックシンドロームの概念でとらえるべきである.事実,
産後の 75gOGTT 正常群で 7.0%,IGT(境界型)で 42.0%,糖尿病で 55.0%のメタ
ボリックシンドローム発生がみられる.さらに,低出生体重児,早産,PIH など
を合併していると,虚血性心疾患で死亡する危険性が高くなる.
PIH の合併例は,子宮内胎児発育遅延 (IUGR)を起こしやすく,この IUGR で将
来,メタボリックシンドローム発症が多いこと注目され,fetal origin adult
disease として発症機構が研究されている.
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先天性甲状腺機能低下症について
ー札幌市における原発性ならびに中枢性甲状腺機能低下症の検討ー
田島 敏広1,藤倉かおり2,福士勝2,藤田晃三2, 藤枝 憲二3
1.北海道大学小児科,2.札幌市衛生研究所,3. 旭川医科大学医学部小児科
甲状腺ホルモンは乳幼児期の神経髄鞘形成に必要であり,この時期の甲状腺ホルモ
ンの低下は身体発育,知能発達の遅れを示す.そのため早期発見が必要であり,1979
年より我が国でも新生児マススクリーニングが全国的に導入されている.これにより
早期治療が可能となり,先天性甲状腺機能低下症(クレチン症 以下CH)治療に多大な
効果をあげている.しかしマススクリーニングの導入により軽症CH,一過性甲状腺機
能低下症などが発見され,しばしば鑑別が困難な場面にも遭遇する.
我が国のスクリーニングではTSH測定が主流であり,この場合中枢性CHを見落とす
可能性がある.札幌市においては1979年よりTSH, T4/FT4の同時測定を行い,原発性
に加え中枢性CHの発見に務めている.札幌市における1995-2004年の原発性の頻度は
約2000-4000人に1人と従来の報告(1/約4000人)に比し高かった.当科において病型診
断をおこなった症例では合成障害40%(軽症もふくめ),異所性甲状腺 24% ,甲状腺
低形成が1%であった.IQの平均値は99.9+15.8 (範囲 55-139)であった.また中枢
性CHについては1979-2004年までに44,0975人をスクリーニングし13名の患児を見いだ
している(1/34,000人).このなかで9名は複合型の下垂体前葉ホルモン欠損症であっ
た.
このようにCHに対するTSH/FT4の同時によるスクリーニングは原発性CHの知能予後
の改善,中枢性CHの発見に有効である.しかし軽症CHなどの診断,治療については今
後検討を要する.
タイトル:周産期と甲状腺
演者氏名:山田秀人
所属:北海道大学大学院医学研究科
生殖発達医学講座
産科生殖医学分野
妊婦 23,163 人の甲状腺機能スクリーニングの結果,バセドウ病(75 人,0.32%)
を含む 81 人(0.35%)が甲状腺機能亢進症と診断された.また,37 人(0.16%)
が甲状腺機能低下症と診断され,28 人(0.12%)は甲状腺自己抗体が陽性で橋
本病と診断された.妊娠一過性高 free T4 血症(GTH)は,以下の 4 基準を満た
す場合と定義した.すなわち,1)甲状腺疾患既往がない.2)AMC や ATG が陰
性である.3)多胎や絨毛性疾患がない.4)妊娠 16 週以前に一過性に血中 free
T4 濃度が上昇する.GTH は 66 人(0.29%)に認められたが,甲状腺機能亢進症
状は見られなかった.大部分の GTH 妊婦では,一過性の free T4 濃度上昇が正常
上限の 2 倍以下であったためと推察される.GTH 妊婦における回帰分析の結果,
血 中 free T4 濃 度 と hCG 濃 度 と の 間 に 正 の 相 関 が 認 め ら れ た ( Clin
Endocrinol,49,1998).
産後甲状腺機能異常(PPTD)は,産後の一過性の甲状腺機能亢進または機能
低下と定義される.4,022 人の妊婦を対象とし,妊娠初期,産後 1 カ月,産後 3
カ月に甲状腺機能検査および甲状腺自己抗体価の測定を行った.妊娠初期にお
ける甲状腺自己抗体の陽性率は,AMC と ATG がともに陽性 4.0%,AMC のみ陽性
6.0%,ATG のみ陽性 1.2%であった.甲状腺機能が正常でかつ甲状腺疾患の既
往がない妊婦 3,891 人において,抗体陽性者および陰性者の PPTD の発症頻度を
比較した.陽性者の PPTD 発症率は産後 1 カ月で 6.9%,産後 3 カ月では 21.3%
であり,陰性者はそれぞれ 5.3%,4.7%であった.甲状腺機能が正常な妊婦で
も甲状腺自己抗体陽性者では,産後 3 カ月時に甲状腺機能亢進症の頻度が増加
した.上記抗体陽性者で PPTD を発症した女性のうち,27.3%が甲状腺腫をとも
なう橋本病と産後 4 カ月から 2 年の間に診断され,9.1%が甲状腺機能低下症と
診断された(Clin Endocrinol,53,2000).