1. 甲状腺疾患を理解するための基本的な知識

甲状腺 DotJP
Thyroid DotJP presented by Sumire Hospital
1. 甲状腺疾患を理解するための基本的な知識
胃腸や肝臓の病気というと、何となく想像できる方が多いのではないかと思い
ますが、甲状腺の病気となると、ちょっと事情が違います。なぜなら、まず甲
状腺がどこにあるのか知らない、またどんな働きをしているのかよくわからな
いという人が多いからだと思います。まずは、そのあたりから説明を始めます。
甲状腺はどこにあるの?(図 1)
甲状腺はのど仏の下に蝶が羽を広げたような形で、気管を抱きこむように存在
しています。右の図を見てください。のどには甲状軟骨という大きな軟骨があ
ります。その上縁で前方に飛び出したところが、一般にのど仏と言っていると
図 1
ころです。甲状腺はこの甲状軟骨を目印に探します。患者さんの中には、この甲状軟骨を甲状腺のはれと
間違って受診される方がありますが、甲状腺はその側面から下にあります。
正常の甲状腺は、重さが 15 グラムくらいの小さなもので、また軟らかいので外から触れてもそこにあると
いうことはわかりません甲状腺腫というのは、甲状腺が硬くなったり大きくなったりして、外から触れる
とその存在がわかるようになった状態を言います。
甲状腺はどんな働きをしているの?
甲状腺では体の成長や新陳代謝を調節するのに必要な甲状腺ホルモンが作ら
れています。ホルモンとはからだの中で作り出される、微量で大切な働きをす
るものの総称です。これまで 50 以上のホルモンが見つかっていますが、甲状
腺ホルモンはそのなかでも最も重要なものの一つです。甲状腺から分泌された
ホルモンは、血液によって全身に運ばれて働きます。
甲状腺ホルモンの主な作用は新陳代謝を活発にすること、すなわち食物に含ま
れる各種の栄養素がうまく体内で利用されるように働きます。甲状腺ホルモン
が不足すると、この新陳代謝が低下するために、いろんなところの働きが鈍く
なります。脈が遅くなったり、便秘になったり、頭の回転も悪くなりますし、
子供さんでは身長がのびにくくなります。逆に過剰になると代謝が活発になり
すぎて、食べているのにやせてきたり、常に脈が速く汗をかいて、いつもマラソン
図 2
をしているような状態になり、疲れやすくなります。
甲状腺ホルモンが過剰になったり、不足したりするとどうなるの?
甲状腺ホルモンが過剰になると(図 2)、疲れやすい、動悸がする、汗が多い、
手が震える、よく食べるのにやせる、暑さに弱いなどの症状が現れます。
一方、甲状腺ホルモンが不足すると(図 3)、過剰になったときとまったく逆
で、体の動きが鈍くなって眠っているような状態になります。主な症状は、
皮膚がかさかさする、顔や手がむくむ、寒がり、便秘、あまり食べないのに
太る、髪の毛が抜ける、生理が多いなどです。
図 3
情報提供: すみれ病院 院長 浜田昇、副院長 岡本泰之
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甲状腺にはどんな病気が起こるの?
甲状腺に起こる主な病気は、ごく簡単には次の2つに分かれます。
甲状腺の機能(働き)が問題になる病気: 代表的疾患としては、バセドウ病、橋本病
こぶ(腫瘍)が出来て、それが悪性かどうかという点が問題になる病気: 代表的疾患としては腺腫(せん
しゅ)、腺腫様甲状腺腫(せんしゅようこうじょうせんしゅ)、がん
すなわち、甲状腺に起こる主な疾患は、バセドウ病や橋本病のような自己免疫疾患(あとで説明します)
と腫瘍性疾患ということになります。この他に日常みられる甲状腺の病気としては、単純性びまん性甲状
腺腫と亜急性甲状腺炎(あきゅうせいこうじょうせんえん)くらいです。
ちなみに甲状腺にみられる疾患をすべてあげてみると 表1 のようになりますが、よくみられる疾患とし
ては、今あげたバセドウ病、橋本病、単純性びまん性甲状腺腫、亜急性甲状腺炎、腺腫、腺腫様甲状腺腫、
がんの7つです。
表 1 甲状腺疾患の種類
甲状腺自体に原因がある甲状腺疾患
甲状腺以外に原因がある甲状腺疾患
自己免疫性甲状腺疾患
二次性(下垂体性)甲状腺機能低下症
バセドウ病、橋本病、萎縮性甲状腺炎(特発性
下垂体前葉機能不全
粘液水腫)
TSH 単独欠損症
炎症性甲状腺疾患(自己免疫によるものを除く)
急性化膿性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎
二次性(下垂体性)甲状腺機能亢進症
TSH 産生腫瘍
単純性びまん性甲状腺腫
三次性(視床下部性)甲状腺機能低下症
良性腫瘍
末梢性甲状腺機能異常症
ほとんどが濾胞腺腫
全身型甲状腺ホルモン不応症
悪性腫瘍
下垂体型甲状腺ホルモン不応症
乳頭癌、濾胞癌、未分化癌、悪性リンパ腫
その他
hCG 過剰による甲状腺機能亢進症: 妊娠性甲
腫瘍様病変
腺腫様甲状腺腫、腺腫様結節、のう胞
機能性結節性甲状腺腫
状腺機能亢進症、胞状奇胎、絨毛上皮腫などの
絨毛性疾患
プランマー病など
奇形腫: 卵巣甲状腺腫など
先天性疾患
医原性甲状腺中毒症: 甲状腺ホルモン過剰摂取
先天性甲状腺ホルモン合成障害
甲状腺の形成障害: 甲状腺無形成、異所性甲状
腺、甲状腺低形成
TSH 受容体遺伝子変異による甲状腺機能亢進
症
TSH 不応症
医原性甲状腺疾患
医原性甲状腺機能低下症: 甲状腺手術後、放射
性ヨード療法後、放射線照射後
情報提供: すみれ病院 院長 浜田昇、副院長 岡本泰之
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代表的な甲状腺疾患の簡単な説明
1. バセドウ病と橋本病
この2つは自己免疫で起こる病気です。免疫というのは、はしかに一度かかったら二度かからないという
ように、体を守るためにあるものです。そしてこの体を守るための免疫反応が体にとって悪い方向に働く
状態をアレルギーといいます。このアレルギー反応というのは、花粉症のように体の外のものに対して起
こるものなのですが、その反応が自分の体の組織に対して起きてしまった結果、病気になってしまうこと
があります。それを自己免疫疾患というのです。バセドウ病や橋本病は自分の甲状腺にアレルギー反応を
起こしたために起きてくる病気なのです。
次に、バセドウ病も橋本病も自己免疫疾患だとするとどこが違うのかという点ですが、甲状腺に対してア
レルギー反応を起こした結果、甲状腺に痛みや熱を伴わない慢性の炎症を起こしてくる病気が橋本病です。
一方、アレルギー反応の結果、甲状腺を刺激する抗体ができて、そのために甲状腺ホルモンの分泌が過剰
になる病気がバセドウ病です。これらの病気にかかりやすいかどうかには、遺伝が関係していると言われ
ています。
バセドウ病は甲状腺ホルモンが過剰になる甲状腺機能亢進症(こうしんしょう)の原因の一つなのですが、
一般には甲状腺機能亢進症とバセドウ病は同じものとしてあつかわれています。甲状腺機能を正常にする
治療としては、抗甲状腺剤治療、アイソトープ治療、手術治療の 3 つがあります。残念ながら、自己免疫
反応そのものを治す方法はまだ見つかっていません。
橋本病では慢性炎症の結果、甲状腺の働きが低下してくることがあり、成人の甲状腺機能低下症の主な原
因です。しかし、多くの橋本病では甲状腺の働きは正常です。甲状腺機能低下になりますと甲状腺ホルモ
ンを投与して治療します。
2. 単純性びまん性甲状腺腫
甲状腺がもとある格好のまま全体に大きくなっているのですが、その働きは正常で、甲状腺抗体も陰性で
自己免疫反応のみられないものをいいます。原因不明のことが多いのですが、思春期や妊娠中に見られる
ことがあります。経過観察だけで治療の必要はありません。しかし、最近、検査の感度が上がりこれまで
単純性びまん性甲状腺腫といわれていたものの中に軽症の橋本病や腺腫様甲状腺腫(あとで説明します)
が含まれていることが分かってきました。
3. 亜急性甲状腺炎
ウイルス感染が原因ではないかと考えられている甲状腺の炎症性の病気です。数ヶ月で治ってしまうので
亜急性(急性と慢性の中間)と呼ばれています。甲状腺は硬く腫れ、強い痛みを伴います。また、全身性
に発熱をきたします。そして甲状腺に強い炎症を起こすために甲状腺が破壊され、甲状腺ホルモンが漏れ
出します。その結果、血液中の甲状腺ホルモンが上昇し、甲状腺機能亢進症が起こります。初期にはその
症状が似ているために、風邪やがんと間違われたり、バセドウ病と間違われたりすることがあります。副
腎皮質ステロイドによる治療で完全に治る病気です。
4. 腫瘍性疾患
大きく分けて、良性の腫瘍と悪性の腫瘍に分かれます。甲状腺がこぶのように腫れてきたら、まずがんで
ないかどうかの検査が必要です。
良性の腫瘍ですと心配ありません。直径が 3-4cm 以上にならないと手術の対象になりません。薬を飲むか
そのまま経過観察します。
甲状腺にできる悪性腫瘍は、性質のおとなしい分化型のがんと進行の早い未分化がんに分かれます。幸い
情報提供: すみれ病院 院長 浜田昇、副院長 岡本泰之
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95%以上はおとなしい分化型のがんです。それでも手術は必要ですが、手術をしてしまえば、ほとんど普
通の人と同じように天寿をまっとうできます。声が嗄れることがありますが、よほど末期にならなければ、
がんがあっても症状はでません。
未分化がんは、非常に経過が早いがんです。また、悪性リンパ腫も甲状腺にできます。これらの悪性腫瘍
は、非常に頻度は低いのですが進行が早いので、急に甲状腺が大きく腫れてきたり、圧迫症状が出てきた
り、声が嗄れだしたりした時は、早く専門医の診察を受けたほうがよろしいです。
情報提供: すみれ病院 院長 浜田昇、副院長 岡本泰之
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