発熱,頸部痛の1例 2011年度研修医 恵寿通信第1号(2011.12.5.発行)掲載 牧尉太 【症例】60歳,主婦 【主訴】頭痛,発熱 【既往歴】20代時に子宮全摘術施行 【家族歴】特記事項無し 【職業】主婦 【薬物アレルギー】特記事項無し 【現病歴】 2011/8/15頃に,右頚部,右鎖骨中枢側,右前胸部といった部分に痛みが出現した。呼吸とは無関係で姿勢変 化によって痛みが増強した。熱感はなし。さらに左腰部痛も出現し,右下腿内側中部に皮下結節も出現した。 8/23,右下顎の歯が抜けたので治療を開始した。 8/25,Aクリニックを受診したところ,37.3℃の微熱を指摘された。咽頭の軽度発赤あるが,熱の原因とはい えないだろうと言われた。屯用の解熱鎮痛薬を処方されたが,程なく,38℃代の発熱が出現した。熱感,寒 気,悪寒はともなわなかった。 8/28,さらに,咽頭痛,嚥下困難感と嚥下痛,右耳閉感が出現したので, 9/1に当院の内科(1回目)と耳鼻科を受診した。身体所見で頚部リンパ節が軽度に腫脹し,圧痛を認めた。 H23/ 9/1のデータ WBC 86 x10^2/μ,Hb 12.1 g/dl,血小板数 29.3 x10^4/μ,Neut 77.3,Eos 0.0 %,LYM 14.1 %,AST(GOT) 20 IU/l,ALP 251 IU/l,γ-GTP 24 IU/l,LDH 205 IU/l,CRP 16.1 mg/dl, A群β溶連菌迅速検査:陰性。 耳鼻科で浸出性中耳炎,内科では咽頭炎と診断され,内科から経口ペニシリン薬が処方された。 9/3,発熱は39℃台に及んだ。しかし寒気,熱感は乏しいままであった。 この頃から頭痛が出現した。両こめかみと後頭部に局在し,拍動性,持続性,熱とともに増強した。解熱薬 の屯用で,解熱と共に頭痛は軽快した。 同日,B病院を受診し,採血検査と胸部レントゲン検査を受けたが,新たな診断には至らず,耳鼻科の受診を勧め られ,そのまま当院を受診したが, しかし,土曜日のため,当院日直者が診察(研修医 牧が診察させていただきました)したが,診断不明な ために,そのままC耳鼻科を受診した。急性咽頭炎,滲出性中耳炎はあるものの,熱の原因になる様子はない といわれた。 9/4,昼,入浴時に左下腿前面とアキレス腱にも発赤と圧痛を伴う,皮下結節があることに気づいた。 さらに,軽度倦怠,体重減少4kg/1週間,食欲低下,軽度熱感,発汗,盗汗,めまい,暗黒感,立ちくらみ(入 浴後),両側聴力の低下,軟便を認めた。 9/5,当院内科(2回目)を再受診した。 H23/9/5 身体所見 意識鮮明,体温:38.1℃ 血圧:130/90mmHg(座位) 脈拍:90回/分 呼吸:24回/分 SpO2:98%(室内気) 手,指,爪:手の震えあり 結膜:貧血様 黄疸様なし, 口腔:齲歯なし 歯周病なし 口腔底腫瘤なし 扁桃異常なし 頚部:血管雑音なし, 甲状腺腫 右葉が腫脹し,強い圧痛を伴う, 頸部リンパ節腫脹なし 腋下リンパ節腫脹なし 心音 異常なし 呼吸音 異常なし 腹部 軟,平坦 グル音正常 血管雑音なし 圧痛なし 鼡径リンパ節腫脹なし 四肢の浮腫なし アキレス腱反射:正常 膝蓋腱反射:亢進 バビンスキー:陰性 関節:頚部硬直なし 四肢関節痛なし 皮下結節,右下腿内側に1個 左下腿前面に2個 アキレス腱にも1個発赤と圧痛があり H23/9/5のデータ WBC 59 x10^2/μ,Hb 11.4 g/dl,血小板数 30.1 x10^4/μ,Neut 59.4,Eos 0.2 %,LYM 27.0 %,ESR 60 分 110以上 mm,CRP 18.3 mg/dl,Na 142 mEq/l,Cl 105 mEq/l,K 3.7 mEq/l,Ca 9.4 mg/dl,P 4.3 mg/dl, BUN 13.1 mg/dl,CREAT 0.6 mg/dl,UA 3.7 mg/dl,T-P 8.2 g/dl,T-BiLi 0.61 mg/dl,AST(GOT) 20 IU/l, ALT(GPT) 18 IU/l,ALP 221 IU/l,γ-GTP 24 IU/l,LDH 178 IU/l,TTT 6.0 kunkel,ZTT 15.1 kunkel, FT3 11.76 pg/ml(正常1.45~3.48 pg/ml),FT4 4.50 ng/dl(正常0.71~1.5 ng/dl),TSH 0.1以下 μIU/m (正常 0.5~4.5μIU/m) , マイコプラズマ抗体陰性, 抗核抗体 80倍 H23/ 9/ 5:甲状腺エコー *右葉:size 腫大 21.5x23.7mm ・内部エコー 極めて不均一 ・SOL(-) ・Cyst(-) Surface 若干rough 【診断】 亜急性甲状腺炎,結節性紅斑 (重要な鑑別は化膿性甲状腺炎) 【2回目の内科診断時の考察】 痛みの訴えは右頚部,右鎖骨中枢側,右前胸部,咽頭,下顎と多彩であり,さらに嚥下痛を伴っていた。本 症を念頭にした甲状腺の触診が診断のきっかけとなった。甲状腺の圧痛,腫脹は一側で,硬い圧痛のある甲 状腺腫を触れた。赤沈が著明に亢進しCRP,FT4,FT3が上昇し,TSHは抑制されていた。超音波検査上, 腫脹部位に一致して,境界不明瞭で不均一な内部エコーを認めた。以上から亜急性甲状腺炎による一過性の hyperthyroidismと考えた。甲状腺シンチグラフィーや生検は不要と判断した。本症と皮疹の関係は不明であ った。 【治療,転帰】 自宅安静と,NSAIDによる外来治療を行った。 【処方】 ナイキサン錠 (100mg)6錠 1日3回 食後 タケプロンOD錠【15mg】1錠 1日1回 9/12の外来診察では体温37.2℃で,WBC 55 x10^2/μ,CRP 8.4 mg/dlと 炎症反応は低下し,頭痛と熱感は消退した。また甲状腺の圧痛も軽減していた。 NSAIDSは全体で21日分処方された。 下腿の結節性紅斑の色調は褐色化し,膝内側の結節,圧痛は消退した。 9/19の外来診察を最後に治療終了となった。 朝食後, 【教科書的記載】 亜急性甲状腺炎は,年間当たり約12人/10万人に発症し,男女比は1:2と女性に多く,青年~中年期に発症す ることが多い。発症は,突発的な進行も緩慢な進行もあり,上気道様症状が先行し,その後,発熱,倦怠,食 欲不振,筋痛を訴える。前頚部の疼痛や不快感,圧痛を伴うびまん性の甲状腺の腫大,甲状腺機能の亢進 (FreeT3,T4の増加,TSHの低下),炎症反応の増加,赤沈亢進を呈する。診断は臨床症状とデータによる。 また,甲状腺シンチグラフィーによる放射性ヨウ素の取り込み率の低下は確定診断の助けとなる。疼痛は1~ 2週間増悪し,2~4カ月で自然治癒する。甲状腺ホルモン値は,Hyper-,hypo-,euthyrodismの順で治癒する。 咳や首の回転により増悪する頚部痛や頭痛,咽頭痛や嚥下痛,耳介下部の痛みを訴えることが多いため,し ばしば耳鼻咽喉科外来へ紹介されることが多い。 本症例でも耳鼻咽喉科へ紹介されており,症状,身体所見や検査所見と共に,典型的な経過といってよい。 今後,本例のような症例に遭遇した場合は甲状腺機能検査を検査に含める必要があるが,甲状腺の触診が不 可欠であり,日々のルーチン診察に甲状腺の触診を含める重要性が示唆された。 【研修医のつぶやき】 私が救急外来で診察をした時は,すでに内科や耳鼻咽喉科の専門の先生方の診察がされていたため,急性咽 頭炎や扁桃炎と決め打ちをしていた部分がありました。そのため甲状腺も軽く触った程度でした。また,救 ,雰囲気(悪心,悪寒なし) , 急外来での診察のため,患者さんの外来受診時のバイタル(発熱,軽度頻脈のみ) 表情,話し方から治療を急ぐ救急疾患でもないであろうと,週明け内科に受診してもらうこととしました。 この症例を経験した後からは,症状の似ている人に遭遇した時は,丹念に甲状腺を触診することを自分の義 務としました。 (まだ同症例や甲状腺疾患の人には出くわしていませんが…いつか…) 【文献】 1)Up to date Subacute thyroiditis 2)CURRENT Medical &Diagnosis &Treatment 2012 1083~1094 3)Lazarus JH. Silent thyroiditis and subacute thyroiditis. In: The Thyroid: A Fundamental and Clinical Text, 7th Ed, Braverman LE, Utiger RD (Eds), Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia 1996. p.577. 4)Fatourechi V, Aniszewski JP, Fatourechi GZ, et al. Clinical features and outcome of subacute thyroiditis in an incidence cohort: Olmsted County, Minnesota, study. J Clin Endocrinol Metab 2003; 88:2100.
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