海外パッケージツアーのブランドと 価格に関する構造的課題

日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
海外パッケージツアーのブランドと
価格に関する構造的課題
鬼澤 義信
JTBワールドバケーションズ
The price appeal type course of the overseas package tour is usually released as the additional product after the release of the
annual standard course. The purpose of this price appeal type course is to generate the demand that may not normally occur based
on the annual standard course.
However the price appeal type course consequently forces the severe low price competition among the travel agencies and brings
the low profit structure to the travel agencies. Therefore the all travel agencies have been trying to build up their own brand that is
strong enough to create a demand with or without 'price appeal courses' for a long time.
Unfortunately, such a brand has yet to be built up. Additionally the low-priced brands, equated to operation at a lower cost, has
become a norm where customers expect price-reduced tours.
This study is to verify that the structure of the product based on the cause of this phenomenon and to consider the future direction.
1.はじめに そこで、本稿はこうした低価格化要因と
海外パッケージツアー
(以降、パッケー
ブランド形成上の阻害要因がパッケージツ
2.パッケージツアーの構造的特性とツア
ジツアー)は、基幹商品と呼ばれ年間標準
アーの基本構造に根ざすものであることを
ーブランド形成上の課題
となるコースの発売の後に、追加商品と呼
検証し、価格とブランドの今後について考
パッケージツアーを構成する、航空、鉄
ばれる価格訴求型コースが発売されること
察するものである。まず次章、
「2.パッ
道、バス、船などの輸送機関、宿泊施設、
が常態化している。この価格訴求型コース
ケージツアーの構造的特性とツアーブラン
観光、送迎、ガイド、食事、ショッピング、
が常態的に市場に投入される最大の理由は、
ド形成上の課題」では、パッケージツアー
添乗員など
(以下旅行素材)
はパッケージツ
先行する基幹商品だけでは供給に見合った
の旅行素材の多寡に着目し、フルパッケー
アーの部品であるが、それらは単独で独立
需要が創造できないからであり、その需給
ジ型ツアーとスケルトン型ツアー二つのタ
して旅行者に利用されることのできる自立
ギャップを価格弾力性によって埋めようと
イプにおけるブランド形成上の難易度を考
した商品でもある。従ってパッケージツア
いうものである。しかし、その結果は旅行
察し、難易度の高いスケルトン型ツアーの
ーは自立した商品を部品として内部に持つ
会社間に熾烈な低価格競争をもたらし、ひ
ブランド形成の条件とその事例について考
商品である。ここでは、この部品である自
いては旅行会社に収益の低下を強いること
察する。また、
「3.シーズナリティの価
立した商品の自律性が、その親となるパッ
となっている。そこで、価格弾力性に頼ら
値と価格」ではパッケージツアーの原価や
ケージツアーにどのような影響を及ぼすの
ず需要の喚起ができるだけの強固なブラン
販売価格のシーズナリティに起因する低価
か、また同時にそれら部品の親商品として
ドの形成が望まれて久しく、旅行各社はそ
格化要因について、
「4.ストック商品的
のパッケージツアーの独自性はどのように
れぞれのブランドの形成に腐心して来た。
性向」では、パッケージツアーのストック
形成され発揮されるのか、表−1分類④フ
しかし、低価格化、低収益化を克服するに
商品的要素がもたらす価格の極小・極大化
ルパッケージ型ツアー
(旅行素材の多いツ
足るブランドを創造し得たかといえば、否
性向について検証する。さらに、
「5.パ
アー)
とスケルトン型ツアー
(旅行素材の少
といわざるをえない。また、ローコストオ
ッケージツアーの価格とブランドの今後」
ないツアー)
の対比において検証する。
ペレーションを背景に低価格そのものを売
では激化する価格競争と、FIT化する旅
なお、フルパッケージ型ツアーとスケル
り物にした低価格ブランドが登場して久し
行市場においてパッケージツアーの存在の
トン型ツアーの比率は旅行先により異なる。
く、低価格化はむしろ拡大される方向にあ
証として求められるブランドの方向性につ
JTB REPORT 2010によれば、ヨーロッパ・
る。
いて考察する。
ロシア方面ではフルパッケージ型が77.7%
−11−
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
収益を実現するには、相応の旅行素材を販
表−1 パッケージツアーの分類
売しなければならないことになる。それは
①ツアー型
(団体行動型):個人型(自由行動型)
参加者全員が決められた旅程に沿って旅行をするものがツアー型
(団体行動型)
。
とりもなおさず、旅行者が必要とする旅行
決められた旅程はなく個人が自分で旅行するのが個人型
(自由行動型)
。旅行者の
素材を、オプショナルツアーやミールクー
意志または行動をもとに分類。
ポンのような形態で用意しそれを販売する
②エスコート型:ノンエスコート型
ことである。そして、これらのオプショナ
旅程管理をする添乗員がついているかいないかの違いによる分類。
③周遊型(観光型)
:滞在型(リゾート・街歩き型)
ルツアーやミールクーポンは、本来ツアー
として含まれているべきものであり、当然
旅行地を複数巡るものが周遊型(観光型)。多く移動しないものを滞在型(リゾート・
ツアーブランドの統制のもとになければな
街歩き型)と言う。観光地の訪問数
(行程)を基準に分類。滞在型は一箇所滞在が主
らないものである。しかしこれらを提供す
流であり、モノデス
(モノデスティネーション)型ともいう。
る現地の組織は往々にして全く別の請負会
④フルパッケージ型:スケルトン型(フリータイム型)
社、もしくは同じ会社でも指揮系統の異な
ツアーを構成する旅行素材の量の違いによる分類。
スケルトン型とは、航空便、ホテル、送迎サービス、基本的な観光、毎朝食程度
が付いているもの。フルパッケージ型は航空便やホテルなどはもとよりほとんど
の旅行素材が付いているもの。
各分類の左辺同士、右辺同士は近似関係にあり、業界ではどれもほぼ同義的に使わ
る別組織であったりして、一貫したツアー
として統制しにくい実態がある。つまり、
スケルトン型ツアーは確定した旅行素材が
少なく、現地で追加される旅行素材は他人
任せの内容になりがちで、パッケージツア
れている。
ー独自のブランドを形成しにくい状況にあ
ると言える。
を占め、グアム・サイパン方面では89.3%、
商品ブランドを形成する源泉となっている。
ハワイでは81.8%がフリータイム型
(スケ
従って、このように創意工夫の対象である
2−3 商品の中の商品がもたらすもの
ルトン型)で占める。それぞれは各タイプ
旅行素材が多いフルパッケージ型ツアーは
パッケージツアーのタイトルに、
“○○
の代表方面である。
他社のツアーやFITとの違いを出しやす
航空で行く…”
あるいは、
“○○ホテルに泊
く、それだけブランドを形成しやすいツア
まる…”と固有の航空会社名やホテル名を
ーであると言うことができる。
冠し、特定の航空会社やホテルの利用を強
2−1 フルパッケージ型ツアーの商品特性
フルパッケージ型ツアーの代表であるヨ
調したツアーがある。これは車で言えば、
ーロッパのパンフレットを見ると、旅程上
2−2 スケルトン型ツアーの商品特性
の特長について多くの説明が割かれており、
スケルトン型ツアーの代表であるハワイ
部品を強調するものである。車を買う場合
航空会社、宿泊施設などの説明はスケルト
やグアム・サイパンのパンフレットでは、
に、もし部品メーカーがことさらに強調さ
ン型ツアーの代表であるハワイ、グアム・
利用するホテルやその客室、航空便といっ
れているとしたら違和感を覚えるだろう。
サイパンのものに比べると少ない。パッケ
た旅行素材そのものの紹介が中心となって
しかし、パッケージツアーの場合、部品で
ージツアーを企画実施する旅行会社は単に
いる。スケルトン型ツアーの旅程の内容は
あるホテルや航空会社のブランドの力を借
旅行素材を並べて旅程を組んでいるわけで
文字どおりスケルトン
(骨格)
であり、旅行
りて商品化することは、一般に行われてい
はなく、旅行素材に創意工夫を凝らすこと
会社が発揮すべき創意工夫の対象である旅
る。それが成り立つ理由は、ホテルや航空
によりツアーを特徴付けている。例えば、
行素材が少ない。従って、ツアーとして独
会社それ自体が自立した商品であり、それ
観光ではその対象が一番きれいに眺望でき
自のブランドを形成しにくいツアーである
ぞれのブランドが消費者に認知されている
る場所や時間を選ぶとか、移動には目先の
ことが見てとれる。
からである。しかも、しばしば彼らの方が
変わった乗物を利用して乗物そのものの楽
また、スケルトン型ツアーは未完成なツ
ブランドとしてビッグネームであり、パッ
しさを演出したりする。また、名物料理や
アーと言うことができる。つまり、ツアー
ケージツアーはそれらの業界からの影響を
旬の料理の提供、人気の美術館の優先入場、
として提供されているものは移動と宿泊の
受け易いものになっている。例えば、ホテ
ツアーのテーマに最適なガイドの選定、ス
手段が主体であり旅行者は旅行開始後、自
ルや航空会社各社のウエブサイトにはスポ
ルーガイドや添乗員によるきめ細かい旅程
分の意志と行動でスケルトンの隙間を肉付
ット価格や各種プランがリアルタイムにダ
管理による安全や快適性への配慮など様々
けし自分の旅行を完成させることになる。
イレクトに提供されるので、消費者は容易
な工夫を凝らす。この旅行素材に加える創
これを旅行会社から見ると、スケルトン型
にそれらを組み合わせたパッケージツアー
意工夫は、その会社の企画力、商品化力、
ツアーは商品的、収益的に不完全なツアー
と比較することができる。従ってパッケー
運営力の発揮によってなされるものであり、
であり、フルパッケージ型ツアーと同等の
ジツアーは類似ツアーとの競争だけでなく
−12−
「□□社製エンジンを積んだ…」と、使用
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構成部品そのものとの競争にもさらされて
などが密集したワイキキという狭い地域に
とある。
いることになる。
大勢の旅行者が滞在するという条件に恵ま
ここではホテルや航空の原価シーズナリ
れ、コスト効率の良いサービスが組めると
ティやパッケージツアーの価格シーズナリ
2−4“オリオリシステム”
の示唆するもの
言う利点を持っている。また、オプショナ
ティの成り立ちと価格低下を惹起するメカ
ニズムについて考察する。
ここでスケルトン型ツアーとして、1995
ルツアーやミールクーポンなど現地で提供
年からハワイ商品に導入されたルックJT
される旅行素材も豊富にあり、その収入は
Bの
“オリオリシステム”
のブランド形成の
サービスシステムの維持発展に役立ってい
3−1 シーズナリティは旅行の価値
手法について検証して見たい。
る。従って、同じハワイでもホノルル以外
旅行に於いてのシーズナリティは旅行の
森下晶美
(2009)
は
‘OLI OLI ’
システム
の地域ではこのような総合的なサービスシ
価値に直接結びつくものである。
はまさしくマス・カスタマイゼーションと
ステムはできていない。ちなみにルックJ
オランダにチューリップを見に行くツアー
言える。と指摘している。つまり、
“オリ
TBでもグアムの
“コンチャシステム”
に類
を例にとると、コース設定はチューリップ
オリシステム”は現地のサービスのやり方
似の形態を見るのみである。さらに都市型
の咲く3月下旬から5月いっぱいまである。
を従来の集合型・団体型から分散型・個人
の滞在地では、ホテルは都市郊外を含めて
しかし3月末と4月中旬では同じ庭園に行
型に転換した。例えば、空港∼ホテル間の
広く分布しており、多くのホテルに少数の
っても花の咲き方はまるで違う。花を鑑賞
送迎、到着時に行われる説明会、ホテルチ
ツアー客が滞在する形態が一般的であり、
することを目的としたこのツアーは花の最
ェックインのタイミング、観光コースの参
1ホテルに何百人かのツアー客が宿泊して
盛期にその地を訪問してこそ一番価値があ
加日などは、参加者自身が都合のよい時間
いるわけではない。そのため、利用ホテル
ることになる。このように、旅程は同じで
を選んで行動できるようにしたものである。
のすべてにツアーデスクを配置することは
も体験できる内容は季節によって大きく異
また、対面サポートの拠点であるツアーデ
コストに見合わない。さらに旅行者の行動
なり、同じコースでも出発日によりその価
スクを従来のホテル内だけでなく市中にも
はより分散的で、
“オリオリトロリー”
のよ
値は異なる。
配置し、外出先での利便性を向上させた。
うなシャトルバスの運行も路線の範囲、頻
さて、冬のヨーロッパは寒く、観光の季
さらに新機軸として、24時間通話無料のコ
度において実用的なものとはなりにくい。
節としてはオフシーズンである。また、出
ールセンターの開設と、当時先端的機材で
また、後段のツアー本体のスタンダードに
発地である冬の日本も長期に休める休日が
あった携帯電話機をフリーレンタルするこ
よる現地サービスの統制も、ツアーの支配
少なく、まとまった休みが必要な海外旅行
とで、双方向の連絡がいつでもどこでもと
力、即ち相応の送客数がなければ難しい面
ではオフシーズンである。現地のシーズン
れるようにし、利便性だけでなく緊急時の
がある。さらに、日本人との親和性のある
のオン・オフは気候、天候といった自然に
情報伝達力も向上させた。また、もう一つ
社会環境も重要な要素である。従って、
“オ
根ざすものが主であり、出発地である日本
の新機軸は追加代金なしで利用できる専用
リオリシステム”はスケルトン型ツアーの
のシーズンのオン・オフは休日の数とその
のシャトルバス
“オリオリトロリー”
の運行
普遍的なブランド形成の手法とはなり得ず、
日並びといったカレンダー効果に依存する。
で、今では珍しくない滞在型ツアーのイン
スケルトン型ツアーのブランド形成には決
このように、海外旅行の需要は出発地と旅
フラ的なサービスを創出している。もっと
め手を欠くと言わざるを得ない。
行地それぞれの理由を異にしたシーズナリ
も画期的なことは、従来は現地の自由意志
ティが組み合わさった結果として形成され、
あるいは都合で組み立てられていた現地の
3.シーズナリティの価値と価格
この点が国内旅行と異なるところである。
すべてのサービスとその提供の仕方につい
市場、商品、価格は季節により変動する。
また、ハワイやグアム・サイパンなどは常
て、はじめてツアーの求めるスタンダード
この変動が一般にシーズナリティと言われ
夏とされ、季節の差が少ない旅行地である。
に照らして明確に規定し商品の中核に位置
ているものであるが、小沢健市
(2007)
によ
その様な旅行地へのツアーは年末年始、ゴ
づけたことである。そして、パンフレット
ると、観光需要の季節性とは、Frechtling
ールデンウイークや夏休みなど出発地であ
に始まり現地のツアーデスクやラウンジに
[2001]
によれば、各年に繰り返されるある
る日本のカレンダーのみがツアーの価値を
至るまで
“オリオリ”
の名称を一貫して用い、
特定の年間の時系列の観光者の変動である
左右すると言っても過言ではない。
ロゴ・デザインも統一して、
「ルックJTB
と定義される。 季節性が生ずる理由として
これら出発日ごとに異なる価値の遷移は
ハワイ」のツアーブランドとして浸透を図
は、気候や天候、社会的慣習や風習、休暇、
価格に反映される。この出発日ごとに設定
った。
事業慣習、そしてカレンダー効果等を挙げ
された価格を業界では価格シーズナリティ
しかし、この方法が世界各地のスケルト
ることができる。―中略―これらの要因に
あるいは単にシーズナリティと呼び習わし
ン型ツアーの全てに展開できるものではな
より、ある観光目的地は、そこへの需要が
ている。
い、と森下晶美
(2009)は指摘する。即ち、
増加したり、減少したりするが、それが原
ホノルルはホテルやレストラン、ショップ
因となり、観光の季節性が生ずる―後略―
−13−
3−2 需要予測次第の価格シーズナリティ
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
サービス商品は生産と提供、消費が同時
よる利益の逸失、オフシーズンには供給過
えば、幾らなら売れ、幾らなら売れないか
に行われ保存がきかないのが特性である。
剰による損失の発生が起きやすい。
である。
つまり、モノのように予め生産し高需要期
図−1は需給ギャップのイメージ図であ
ところで、予測は絶対的なものではない。
に向け在庫切れのないよう準備し、或いは
る。
(+)
の領域は旅客の積み残し
(品不足)
価格シーズナリティを決定した時点での予
売れ残りを貯蔵して別の機会に販売するよ
であり、
(−)
の領域は空席
(売れ残り)
とな
測と実際の需要の差は必ず生じる。従って、
うなことはできない。それだけに、季節ご
り、サービス品はその時を逸しては取り戻
当初決めた価格シーズナリティは販売が進
とに変動する需要と供給を一致させること
すことはできない。
行するにつれて宿命的に市場と乖離したも
は非常に難しいと言える。
ここでホテルの宿泊料や航空運賃につい
のとなって行く。そしてそれは競合相手が
最も一般的な例として定期航空便につい
て見てみよう。これらの原価は季節によっ
多ければ多いほど、多彩な価格シーズナリ
て見てみよう。定期航空便は通年でほぼ一
て大差はないのでほぼ一定である。そこで、
ティが競合し合って価格は不安定なものと
定の座席数を供給する。しかし、需要は季
原価を単純にマークアップして宿泊料や航
なる。
節毎に変動する。変動する需要に対して、
空運賃を設定すれば当然通年で一つの価格
供給を調整する試みがある。即ち、オフシ
となる。しかし、一つの価格では、オフシ
3−3 シーズナリティの不整合と原価取
ーズンに減便、あるいは機材の小型化など
ーズンには高すぎて売れず、オンシーズン
引条件のもたらすもの
で座席数を減らし、オンシーズンに増便や
では安すぎてもっと儲けられるのに残念と
航空会社、ホテル、パッケージツアーは
機材の大型化で座席数を増やす方法である。
いう現象が起きる。つまり、原価を単純に
それぞれの依って立つ市場が異なるため、
これを可能にするには、減便や小型化で余
マークアップしても需要に見合った価格と
相互の価格シーズナリティは一致しない。
った機材を引き受けてその座席を埋めるこ
ならないと言うことだ。さらに著しく需要
航空運賃では、価格
(=運賃)
シーズナリ
とができる路線が別に存在しなければなら
が低いシーズンでは、原価を下回る価格で
ティは各就航地の市場動向を考慮して設定
ない。しかし、現実には完全な補完関係は
なければ売れないこともある。このような
されるのが一般的である。 即ち、A⇔B
成り立ちがたく、需要にあわせて供給座席
シーズナリティのある商品の利益はオフシ
⇔Cと三地点を航空便が就航している場合、
数が大きく調整されることは無く、ほぼ一
ーズンに損失を最小限に抑え、オンシーズ
A地発の運賃はA地の市場を、B地発の運
定の供給数となっているのが一般的である。
ンに高額で売り抜くと言った、オフシーズ
賃はA地に対してもC地に対してもB地の
一方、機材の移動が可能な航空機はまだ
ンとオンシーズンの損失と利益のバランス
市場が考慮される。しかし、その運賃シー
しも、ホテルは土地に縛られているのでさ
次第ということなる。
ズナリティは絶対的に出発地の市場に沿っ
らに需給調整は難しい。カプリ島
〈イタリ
そして利益を極大化するためには、各シ
たものではなく、その路線の中でより需要
ア〉のように需要が夏と冬で極端に変動す
ーズナリティの価格は市場に受け入れられ
が高く高収益な就航地の運賃シーズナリテ
るところでは、冬のオフシーズンにホテル
るぎりぎりの価格でなければならない。ぎ
ィに影響されるものである。もしこの就航
の一部または全部を休業してしまうことも
りぎりの価格とは、オフシーズンではこれ
地が我々の運行するパッケージツアーの出
あるが、世界の大多数のホテルは通年で同
以上安くして収益を下げなくても売れる価
発地と異なれば、必ずしも我々の市場に適
一規模のオペレーションをするのが一般的
格であり、オンシーズンではこれ以上上げ
した運賃シーズナリティとはならない。例
である。このように航空便やホテルなどサ
ると売れなくなるという最高の価格である。
えば、先のA,B,C、3地点で、C地発
ービス商品は需要の変化に対して供給が硬
この様なプライシングのよりどころはもは
B地へ及びA地への需要が旺盛であれば、
直的であり、オンシーズンには供給不足に
や原価ではなく需要予測にある。平たくい
C→B間、C→A間の運賃は上がり、その
復路便の運賃も上がることになる。その結
果A地発C地、B地発C地の需要を圧迫す
図−1 サービス商品の需給差
るようになれば、もともとのA→C,B→
Cの運賃もつられて上がっていくことにな
る。もし、A地、B地の需要がオフシーズ
座席数
運賃であれば、A地発およびB地発C地へ
のパッケージツアーのシーズナリティと合
(+)
(+)
(-)
ン、あるいはA地、B地の購買力を超えた
S:供給
D:需要
永遠の品不足
(-)
(-)
S
わないものになる。
D
またホテルの宿泊料金シーズナリティは
そのホテルが所在する観光シーズンと連動
永遠の売り残し
期間
−14−
しているのが一般的であるので、基本的に
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はツアーのシーズナリティと一致するはず
パッケージツアーの価格シーズナリティと
このようなプライシングの結果、需要は安
である。しかし、現地のフェスティバルや
も一致しない。航空運賃と宿泊料金それぞ
いほうに流れ、それぞれ価格の高い個所が
見本市、コンベンションなどは必ずしも
れまちまちのシーズナリティが合計される
売れ残ることになる。この売れ残りは単に
我々の求めるパッケージツアーのシーズナ
と、市場とかけ離れた原価のシーズナリテ
ツアーの売り上げが落ちるだけではない。
リティとはならない。また、冬のハワイは
ィが出来上がってしまう。図−2は、それ
販売数が落ちることにより、仕入れた航空
雨も多くベストの気候とは言えない。また、
をイメージした図である。従って、これを
原価やホテル原価に影響が出るのである。
冬の日本も休日も少なく旅行シーズンとは
単純にマークアップして販売価格を作って
一般的に、パッケージツアーの企画実施会
いえないが、宿泊料金は高い。これは、ハ
も市場に適合した価格とはならないのは容
社とサプライヤー
(ホテル、航空会社など)
ワイのメインの市場がアメリカ・カナダで
易に想像できる。即ち、パッケージツアー
との契約は、原価建てと販売数がセットに
あり、冬はアメリカ・カナダから避寒目的
のプライシングにおいて、原価は絶対的な
なっていることが多い。例えば航空会社と
の旅行者が増えるからである。そのため冬
よりどころとはならない。そこで、市場に
の契約であれば、半期で○万席、一日当り
のハワイの宿泊料金は、日本の市場が求め
受け入れられる価格を作るため、需要を自
○○○席販売すれば一席○万円の原価とす
る価格シーズナリティとなっていない。つ
ら予測し売れる
(であろう)
価格を創案する
るなど、販売数が下がれば単価が上がり、
まり、主たる市場の影響で価格シーズナリ
ことになる。その結果、各社各様の読みや
販売数が上がれば単価が下がると言ったも
ティは左右される。同様に日本の市場が中
思惑に基づいたパッケージツアーの価格シ
のである。従って、契約した販売数が実現
心であるグアムのホテルの宿泊料金は日本
ーズナリティが出来上がることになる。
できないと、すでに販売したツアーの原価
の市場とリンクしたシーズナリティとなっ
図−3は、A, B 2社が類似のツアーに
も上がり収支は過去に遡って悪化するので、
ている。
設定した販売価格の比較イメージである
深刻な問題となる。従って、原価を維持す
このように、パッケージツアーの原価で
(原価は同一と仮定)
。A社は原価に忠実に
るためには販売数を挽回しなければならな
ある航空運賃や宿泊料金はそれぞれが異な
販売価格を設定し、B社は市場を意識して
い。一般的な販売数の挽回策は値下げであ
った価格シーズナリティを持ち、なおかつ
フラットに販売価格を設定したものである。
る。小沢健市
(2007)
によれば、
旅行商品(パ
ッケージ商品)は、一般に、価格弾力性が
高い商品であるといわれている。とあるよ
図−2 原価のシーズナリティの不一致 イメージ図
うに、販売数を伸ばすために価格を下げる
のは業界の常套手段である。
このように、個別に立てられた需要予測
に基づく価格シーズナリティそのもの不安
定さ、また原価や販売価格それぞれのシー
ズナリティの不整合による市場とのミスマ
ッチ、さらには原価の取引条件はパッケー
ジツアーの価格を不安定化させ価格競争を
促進する要因となっている。
4.ストック商品的性向
越田年彦
(2002)
によれば、もうけ方には
二種類ある。一つは、何かを作ってもうけ
る。このもうけ方は、自然の素材や原材料
図−3 原価のシーズナリティとプライシングの違い
をもとに、道具や機械を使って労働により
A 社の価格
生産物を作るという、工業製品や農作物や
B 社の価格
各種のサービスである。このケースではも
A 社が売れ残る
うけ
(利潤)
の根拠は労働にある。この商品
B 社が売れ残る
の特徴は、絶えず生み出されており、絶え
ず消費され、絶えず消えてなくなっている
ものでこの商品のことをフロー商品と呼ぶ。
フロー商品の価格は生産・販売費用に一定
原 価
の利潤を上乗せして価格を決定するマーク
−15−
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アップ原理に基づく生産・販売価格である。
表−2 ストック商品とフロー商品の特徴
もう一つのもうけ方は、なにがしかの理
由から人気が出てきて高価になった、とい
ストック商品
フロー商品
簡単な定義
人気でもうける
労働でもうける
扱う主体
需要者が供給者へ(一人二役)
役割の転換ができない
う状況の変化によりもうけるやり方である。
数量上の特徴
数に限りがある
絶えず生産され続ける
この場合、もうけ
(利潤)
の根拠は人気・評
具体例
株 骨董品 土地
工業製品 農作物
価格
市場価格
生産価格(市場価格の中で揺れる)
価格の決定要因
人気 評価 好み
生産・販売費用と利潤(マークアップ原理)
価格決定の担い手
売り手と買い手の両方
最終的には生産者だけ
判・好みといった人々の評価にある。形も
性質も、同じモノが、ある時には安かった
のが、ある時には人気が出てきて高くなる。
出所:たとえと事実でつづる 経済12話 越田年彦 山川出版
こうした変化から、もうけ
(利潤)
が生まれ
てくる商品をストック商品と呼ぶ。売りと
表−3 パッケージツアーの要素別特性と商品タイプ
買いの力関係で決まる市場価格である。
特 性
商品タイプ
簡単な定義
労働でもうける + シーズナリティ要素
フロー商品・ストック的要素
扱う主体
供給者と需要者の役割は固定
フロー商品
数量上の特徴
数に限りがある
ストック商品
る。
価格
生産価格 + シーズナリティ要素(人気のある時期) フロー商品・ストック的要素
パッケージツアーのもうけの根拠は一連の
価格の決定要因
マークアップ原理 + シーズナリティ要素
フロー商品・ストック的要素
価格決定の担い手
最終的には生産者だけ
フロー商品
保存性
ない
サービス商品としての特性
表−2は越田年彦
(2002)によるストッ
ク商品とフロー商品についてのまとめであ
労働である。即ち、企画を考え具体化する
作業、サービスの提供者と交渉し契約する
仕入れ作業、サービスをアッセンブルし提
供する手配作業、サービスを提供する斡旋
人気などに価値を依存するため、価格の振
ブランドの今後について考えて見たい。
作業等々労働をマークアップの根拠とした
幅が大きい。ストック商品的要素を持つパ
表−4はパッケージツアー利用者の支払
フロー商品である。
ッケージツアーは価格的に不安定で価格の
った金額の推移である。押しなべてどの方
一方、既に見てきたように、パッケージ
極小・極大化性向を持つ商品と言うことに
面も金額は減少している。デフレの中でい
ツアーの販売価格は原価を無視し、市場を
なる。
わば一貫して価格弾力性に依存して需要を
意識して決定することがある。実態として
喚起して来たことが伺える。今後は、経済
同一コースのツアーの価格がオンシーズン
5.パッケージツアーの価格とブランドの
成長著しいアジア諸国の旺盛な航空需要を
とオフシーズンとで数倍以上の差があるこ
今後
背景としたローコストキャリアが台頭し、
とは珍しくない。この差は極端な需要の差
ここまでを整理すると、パッケージツア
航空会社間の価格競争をより激化させ、既
によるものである。この需要の根拠は人気
ーは、
存の安定した需要層を価格的に破壊しかね
である。人気高い
(価値の高い)
シーズンと
●構成する部品独自の動きに影響されやす
ない情勢にある。つまり、航空便、ホテル、
どうしようもなく人気の低い
(価値の低い)
い。また、往々にして部品のほうがビッ
パッケージツアーなど商品を問わず価格競
シーズンとの差であり、旅行の本来的価値
グネームであり、パッケージツアー自身
争は拡大し、パッケージツアーが従来持っ
の部分とも言える。旅行地や出発地の季節
のブランドを形成することが難しい。
ていたFITに対する価格と供給の優位性を
●価格シーズナリティと原価の取引条件は
維持することが難しくなりつつあると言え
的な人気の循環に旅行商品の価値は依存し、
それは極めてストック商品的である。また、
スケルトン型ツアーは、フルパッケージ型
ツアーに比べるとオンシーズンとオフシー
低価格競争を引き起こす。
●ストック商品的要素は、価格が不安定で、
極大・極小化する性向がある。
る。このように、主たる差別化要素であっ
た価格差が小さくなるなかで、パッケージ
ツアーには本来的な存在の証としてのブラ
ズンの価格差が大きくなる、いわば極小・
以上から、従来言われて来た、強固なブ
ンドの確立が望まれるところである。
極大化性向がある。それは、フルパッケー
ランドによる需要の創造と言う図式におけ
表−5は海外旅行をする際の阻害要因に
ジ型ツアーに比べると、労働の関与する量
る「強固なブランド形成」は商品の構造上
関するアンケートである。この5年間は世
が少ない分、季節的人気に左右され、より
成り立ち難く、また低価格化も商品構造上
界情勢を反映して「治安が心配である」と、
ストック商品的傾向が強く出るからである。
避け難いと言える。特にスケルトン型ツア
安全に対する懸念がトップを占めている。
表−3はパッケージツアーについてフロ
ーではそれが顕著である。
2001年9月11日の同時多発テロでは旅行業
ー・ストックの考え方を援用してまとめた
ではパッケージツアー、特にスケルトン
界も様々な経験をした。そのひとつに、募
ものである。すなわち、定義、価格、価格
型ツアーのブランドは認められないのであ
集型企画旅行の契約解除権の問題があった。
の決定要因についてストック商品的要素を
ろうか。最近のパッケージツアーの価格と
あのような状況のとき、旅行業法では旅行
認めることができる。ストック商品は評判、
海外旅行者の意識について概観し、価格と
会社、旅行者双方に契約の解除権を認めて
−16−
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
方向を示すものであろうと考える。
表−4 デスティネーション別旅行費用 旅行参加+現地旅行費=合計(万円)
2002 年
ハワイ
2009 年
2009 年 - 2002 年
引用文献
22.6+2.0=24.6
15.9+4.4=20.3
9.8+3.5=13.3
8.7+2.7=11.4
▲1.1 ▲0.8=▲1.9
欧州・ロシア
29.6+3.7=33.3
26.9+3.6=30.5
▲2.7 ▲0.1=▲2.8
アメリカ本土
21.8+4.3=26.1
19.2+4.6=23.8
▲2.6
0.3=▲2.3
年彦 山川出版社 2002年P14-19
オセアニア
20.4+3.7=24.1
20.3+4.6=24.9
▲0.1
0.9= 0.8
JTB REPORT 2010日本人海外旅行のすべ
東南アジア
12.2+2.5=14.7
11.0+2.1=13.1
▲1.2 ▲0.4=▲1.6
7.6+2.2=9.8
5.6+3.0=8.6
▲2.0
中国
12.4+1.9=14.3
6.9+1.4=8.3
▲5.5 ▲0.5=▲6.0
編集 ㈱ツーリズムマーケティング研究所
全体
17.5+3.2=20.7
13.1+2.7=15.8
▲4.4 ▲0.5=▲4.9
(JTM)
図III-4-6 デスティネーション別
旅行者数
1652 万人
1545 万人
107 万人
グアム・サイパン
東アジア
▲6.7
2.4=▲4.3
0.8=▲1.2
たとえと事実でつづる 経済12話 越田
て 監修 株式会社日本交通公社 発行・
旅行の内容 P48、図II-8-1 旅行費用 JTB REPORT 2003 P36、2010 P34 図 Ⅱ-8-4 デスティネーション別旅行費用より作成
※2002:同時多発テロの翌年 2004:イラク戦争・SARS の翌年 2006:史上二番目の記録
P31 図III−3−1 目的別海外旅行経験
回数別旅行の手配内容 P44 JTB
表−5 海外旅行の阻害要因
REPORT2003図III−4−1 目的別海外旅
2006
2007
2008
2009
2010
海外旅行の阻害要因(複数回答) (n=345) (n=324) (n=299) (n=270) (n=284)
MT=281.2% MT=325.6% MT=333.8% MT=299.6% MT=339.1%
行経験回数別旅行の手配内容 P43
JATA ホームページ 15旅行業者数の推
移 2010年9月現在
治安が心配である
43.8
42.9
47.8
34.1
43.0
言葉に不安がある
34.5
37.0
39.8
32.2
43.0
観光学大辞典 香川眞編 日本観光学会監
費用がかかりすぎる
25.5
34.9
35.1
32.2
35.6
修 小沢健市 35-04 観光需要の季節性
食べ物が合わない
21.7
28.4
30.8
31.1
29.9
飛行機が嫌いである
25.2
26.5
26.4
23.3
26.4
健康に不安がある
27.8
28.4
27.1
23.0
23.9
P94-95
病気になるのが心配だ
17.7
19.8
21.4
14.4
17.3
日本国際観光学会論文集
(16号)2009年3月
海外旅行が嫌いである
13.3
15.1
16.4
17.0
16.2
休暇が取れない
15.7
19.8
13.0
16.7
15.8
*
14.2
17.4
13.0
14.8
行ってみたい旅行先がない
資料:(株)ツーリズム・マーケティング研究所(JTM)「海外旅行志向調査」より
JTB REPORT 2007 P57、2010 P56 より作成
いる。そして、現実に契約を解除した旅行
れ分かり易くなったと言える。
会社もあった。その結果、そのパッケージ
また、ルックJTBは2010年度商品より、
ツアーの旅行者は慣れない土地で極限状況
旅行業法が定める額以上の旅程保証を始め
の中に置かれ途方に暮れた。当時問われた
た。募集型企画旅行における旅程保証とは、
のは法的義務を超えたところの企業のあり
例えば航空会社のミスでオーバーブックが
ようであった。消費者は長年の自らの経験
発生し予定の便が変更になったような場合
や世間の評判などにより企業に対する信頼
でも、企画実施する旅行会社が参加者に対
や不信を醸成する。
「○○のものなら間違
して一定の金銭保証をするものである。ル
いない。
」
、
「○○のものなら安心だ。
」と信
ックJTBはこの保証額を法定額以上に引き
頼を表現する。信頼が裏切られると「○○
上げた。その趣旨は、より重いペナルティ
とあろうものが…。
」となり、消費者は企
を自らに課すことにより、サプライヤーと
業の鏡として商品を見ているので商品は企
課題を共有し、商品上の不都合を未然に解
業の理念の発露でもなければならない。
決し品質を維持しようという企業の積極的
ジャルパックは2010年度商品から19年
姿勢を示したものである。この旅程保証の
ぶりに商品名をアイル、アヴァからJALパ
考えはFITにはもとより無いもので大きな
ックに復帰させた。安全に関する懸念は企
差別化要素であるが、その強化は他のパッ
業の信頼度をより重要なものにしている。
ケージツアーとの差別化にもなっている。
その意味で、再建中とは言えJALはビック
このように企業の姿勢・理念を商品に反映
ネームであり、商品にJALの名があること
し企業ブランドを強化する方法はパッケー
はJALと言う企業ブランドが商品に投影さ
ジツアーが取るブランド戦略として一つの
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35-08 観光需要の価格弾力性 2007年 31日P63−67 ハワイ旅行マーケットで成
功したサービスシステムの成功要因を探る
森下晶美
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
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